さいたま地方裁判所 平成18年(行ウ)11号 判決 2006年11月15日
原告
X
被告
川越市
上記代表者委員会
川越市教育委員会
上記委員会代表者委員長
A
処分行政庁
川越市教育委員会教育長 B
被告訴訟代理人弁護士
宇津木浩
同
赤松岳
同指定代理人
小久保清志
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告が原告に対して平成17年6月30日付けで行った「平成16年3月21日以降現在までの高階地区公共施設建設についての地主との協議内容がわかる文書」の部分公開決定のうち、別紙1公文書目録記載の公文書(以下、これらを併せて「本件公文書」という。)に係る非公開決定(以下「本件一部非公開決定」という。)を取り消す。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は、原告が、川越市情報公開条例に基づき、川越市教育委員会教育長に対し、「平成16年3月21日以降現在までの高階地区公共施設建設についての地主との協議内容がわかる文書」の公開請求をしたところ、川越市教育委員会教育長が、一部非公開決定をしたため、原告がこれを不服として、上記一部非公開決定のうち本件公文書に係る処分(本件一部非公開決定)の取消しを求めた事案である。
2 関係法令
川越市情報公開条例(以下「本件条例」という。〔証拠略〕)は、次のとおり規定している。
(1) 1条(目的)
公文書の公開について必要な事項を定め、市民の公文書の公開を求める権利を明らかにすること等により、市の諸活動を市民に説明する責務が全うされるようにするとともに、市民の市政への参加を促進し、市政の公正な執行と市政に対する市民の信頼を確保し、もって開かれた市政のより一層の推進に資することを目的とする。
(2) 6条(公文書の公開義務)
実施機関は、公文書の公開の請求があったときは、当該請求に係る公文書に次の各号に掲げる情報(以下「非公開情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き、当該請求をしたもの(以下「請求者」という。)に対し、当該公文書を公開しなければならない。
一 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの。)であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの。ただし、次に掲げる情報を除く。
イ 法令(法律及び法律に基づく命令をいう。以下同じ。)又は条例の規定に基づき、何人でも閲覧することができるとされている情報
ロ 公表することを目的として作成し、又は取得した情報
ハ 当該個人が公務員等…(中略)…である場合において、当該情報がその職務の遂行に係る情報であるときは、当該情報のうち、当該公務員等の職及び当該職務遂行の内容に係る部分
五 市の機関又は国等の機関が行う検査、監査、取締りの計画、争訟及び交渉の方針、試験の問題、職員の身分取扱いその他の事務事業に関する情報であって、当該事務事業の性質上、公開することにより、当該事務事業の公正かつ適正な執行を著しく困難にするおそれがあると認められるもの
3 基本的事実関係(当事者間に争いがない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認定できる事実)
(1) 当事者
原告は、川越市の住民である。
川越市教育委員会は、本件条例における実施機関であるが、川越市教育委員会教育長に対し、情報公開の事務の関する権限を委任している(〔証拠略〕)。
(2) 仮称高階地区公共施設建設事業(以下「本件事業」という。)の概要(〔証拠略〕)
ア 事業概要 既存の高階公民館、高階出張所の老朽化や狭隘等のため、新たに公民館、出張所、図書館及び児童・青少年施設の機能を持つ、高階地区の拠点となる複合施設(仮称高階地区公共施設)を建設するものであり、第三次川越市総合計画(前期基本計画)、第三次川越市総合計画実施計画(平成18年度から平成20年度)に基づく事業である。
イ 建設予定地 川越市大字藤間××番地×ほか
ウ 敷地面積 約8500平方メートル
エ 建物構造 鉄筋コンクリート造2階建
オ 延床面積 約4500平方メートル
カ 予算 平成16年度から平成19年度 総額15億9690万円
キ 予定 <1> 平成18年度 実施設計の完了、建設工事の着手
<2> 平成19年度 建設工事の完了
<3> 平成20年5月ころ 施設の開設
(3) 本件一部非公開決定に至る経緯
原告は、平成17年5月2日、川越市教育委員会教育長に対し、「平成16年3月21日以降現在までの高階地区公共施設建設についての地主との協議内容がわかる文書」の閲覧及び写しの交付を求めたところ、川越市教育委員会教育長は、平成17年6月30日付けで、計16通の対象文書の一部を非公開とし、その余を公開とする旨決定した(そのうち、本件訴訟の対象となっている7通の公文書の一部非公開決定の内容は別紙2のとおりである。)。
(4) 本件訴えに至る経緯
原告は、平成17年8月19日付けで、川越市教育委員会教育長に対し、一部非公開決定を不服として、川越市教育委員会に対し、審査請求をし(〔証拠略〕)、平成18年4月11日、本件訴えを提起した。ただし、本件訴えは、本件公開請求の対象となる16通の公文書のうち、7通の公文書(本件公文書)に係る非公開決定(本件一部非公開決定)について、取消しを求めるものである。
なお、川越市教育委員会は、平成18年4月14日付けで、上記審査請求を棄却する旨の裁決をした、(〔証拠略〕)。
4 争点
本件の争点は、本件一部非公開決定により非公開とされた部分が、それぞれ、本件条例6条1項1号又は5号が定める非公開情報に該当するか否かである。
5 争点に関する当事者の主張〔中略〕
第3 当裁判所の判断
1 前提となる事実
基本的事実関係に〔証拠略〕及び弁論の全趣旨を総合すると、本件事業の内容、本件事業及び本件公開請求の経過の概要等について、次のとおり認められる。
(1) 本件事業の内容
本件事業は、既存の高階公民館、高階出張所が老朽化し、また狭隘であるため、新たに公民館、出張所、図書館及び児童・少年施設の機能を持つ、高階地区の拠点となる複合施設(仮称高階地区公共施設)を建設するものである。
(2) 本件事業及び本件公開請求の経緯
ア 川越市自治会連合会高階支会は、平成9年9月2日、川越市長に対し、高階地区における出張所、公民館、消防分署等の整備等を求める陳情書を提出した。これを契機としても関係課長等会議、高階地区公共施設検討委員会、高階地区公共施設庁内検討委員会において本件事業の検討がなされた。その結果、最寄り駅である新河岸駅から徒歩5、6分の距離にあること、旧高階出張所から約300メートルの距離に位置すること、敷地が広大であることから、川越市大字藤間××番地×ほか合計敷地面積約8500平方メートルの土地を建設予定地として仮称高階地区公共施設を建設することとなった。
イ 平成16年3月、川越市議会において、借地方式で建設予定地を確保することを前提として算出した本件事業の継続費予算が承認された。また、そのころ、近隣住民に対し借地方式で建設予定地を確保すること等を内容とする説明がなされた。
ウ 平成16年4月28日、建設予定地の地権者から、被告に対し、「仮称高階地区公共施設の建物は自分が建設して土地とともに賃貸したい。」として借地借家方式を採用してもらいたい旨の主張がなされたため、その後、約30回に渡り、同地権者と被告との間で協議がなされた。本件公文書は、同日以降、平成17年4月4日までになされた、地権者やその代理人等の関係者(以下「地権者等」という。)と、川越市長や被告担当者(以下「被告担当者」という。)との交渉や協議の概要が記載された文書である。
エ 原告は、平成17年5月2日付けで、「平成16年3月21日以降現在までの高階地区公共施設建設についての地主との協議内容がわかる文書」の閲覧及び写しの交付を求めたところ(本件公開請求)、川越市教育委員会教育長は、平成17年6月30日付けで、合計16通の対象文書の一部を非公開とし、その余を公開とする旨決定した(本件一部非公開決定)。
オ 平成17年10月17日、建設予定地地権者と被告との間で、土地の賃貸借契約が締結された。
カ 平成17年12月21日、工期を同日から平成18年8月28日として、仮称高階地区公共施設新築工事の実施設計業務委託契約が締結された。
キ 仮称高階地区公共施設の建設工事は、平成18年度中に着手され、平成19年度に完了する予定であり、また、同施設は平成20年5月ころに開設される予定である。
2 本件公文書のうち、仮称高階地区公共施設の建設予定地の地権者及びその代理人等個人の氏名(ただし、被告担当者等の公務員の氏名は除く。)、肩書等に関する情報は、「個人に関する情報…(中略)…であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」として、本件条例6条1項1号に該当するがどうか
本件公文書のうち、仮称高階地区公共施設の建設予定地の地権者及びその代理人の氏名、肩書等に関する情報は、それ自体、本件条例6条1項1号に定められた「特定の個人が識別され、又は識別され得る個人に関する情報」に当たることは明らかである。もっとも、土地に関しては土地登記簿が何人にも公開されており、本件施設の建設予定地は川越市大字藤間××番地×ほか」と公表されているから、上記情報は本件条例6条1項1号ただし書イの「法令又は条例の規定に基づき、何人でも閲覧することができるとされている情報」に当たるのではないかとの疑いもあり得る。しかし、上記建設予定地は、あくまで予定地であり、地番も「川越市大字藤間××番地×ほか」とされていて確定したものではなく、土地登記簿に記載されている権利関係は不動産の真実の権利関係を必ずしも反映しているとはいえないこと等に照らすと、上記建設予定地の地権者等の氏名等に係る情報は、本件の場合には、「法令又は条例の規定に基づき、何人でも閲覧することができる情報」には該当しないとみるのが相当である。そうすると、本件一部非公開決定中、仮称高階地区公共施設の建設予定地の地権者等の氏名等に関する部分を非公開としたことに違法はない。
3 本件公文書の上記2以外の非公開部分が本件条例6条1項5号に該当するかどうか
本件条例6条1項5号は、「市の機関又は国等の機関が行う検査、監査、取締りの計画、争訟及び交渉の方針、試験の問題、職員の身分取扱いその他の事務事業に関する情報であって、当該事務事業の性質上、公開することにより、当該事務事業の公正かつ適正な執行を著しく困難にするおそれがあると認められるもの」を非公開情報と規定している。
1 (前提となる事実)に記載した各事実を総合すれば、本件においては、近隣住民の要望もあって仮称高階地区公共施設の建設が計画されていたが、施設建設予定地の地権者等と被告との間では、「借地方式」を採用するか「借地借家方式」を採用するかなど、不動産賃貸借契約の条件をめぐって平成16年4月以降約1年半に渡って交渉が繰り返されてきたこと、本件一部非公開決定の時点においては地権者と被告との間の不動産賃貸借契約は未だ成立していなかった事実が認められる。
そうすると、本件公文書の作成時期(平成16年4月28日から平成17年4月4日)においては、被告と地権者等間の交渉・協議が本格化し、その交渉・協議過程を記録した本件公文書には、地権者等と被告担当者との間の、交渉当事者以外には知られないことを前提としてした詳細かつ率直な意見交換の内容が記載されているものと推認できる。また、本件公文書は、被告担当者が作成した地権者等との会議録や打合せ録であるから、その中に、被告担当者の地権者等に対する評価が記載されていることも十分に推認できる。加えて、本件公文書の公開部分(〔証拠略〕)からしても、本件公文書の非公開部分には、地権者の希望、資金調達の方法等の私情、風聞に基づく意見、未確定の情報、被告担当者の交渉の方針や地権者等に対する評価等が記載されていたものと推認できる。
そして、建設予定地地権者と地方公共団体との賃貸借契約の合意は、一般に、地権者と地方公共団体の担当者との間で、繰り返し意見交換を行うことによって形成される信頼関係を基にして徐々に形成されていくものである。そうすると、仮に本件において交渉・協議過程に関する情報が公開されれば、地権者の被告及び被告担当者に対する信頼が害され、建設予定地に係る賃貸借契約の締結が延期される可能性は十分にあるし、ひいては賃貸借契約を締結することができず、本件事業自体が白紙となるおそれも否定できない。
また、本件条例6条1項5号にいう「当該事務事業の公正かつ適正な執行を著しく困難にするおそれ」とは、将来同種の事務事業の執行に差し障りが生じる場合にも該当するものと解される。しかるに、交渉過程における被告担当者や交渉相手の発言内容や評価に関する記録が公開されるとなれば、今後行われる賃貸借契約の交渉その他行政契約の交渉が必要となる場面において、率直に意見を交換することができないために交渉が円滑に進まない可能性や、被告の交渉方針が相手に明らかとなるために対等な交渉を行うことができなくなる可能性も否定できないというべきである。
以上からすれば、本件公文書の非公開部分のうち、地権者等と被告担当者の発言内容や被告担当者の感想に関する部分は、公共施設の建設予定地の賃貸借契約の交渉に関する事務の性質上、公開することにより、当該事務の公正かつ適正な執行を著しく困難にするおそれがあるというべきであるから、本件条例6条1項5号に該当するというべきである。
これに対し、原告は、本件において、平成16年3月ころの時点においては被告が建設予定地の地権者が借地借家方式を希望しているとの意向を把握していなかったことや、その後約1年半にも渡り同地権者と被告との間で契約交渉がなされたことを考慮すれば、交渉過程に関する情報をも公開すべきであると主張するが、仮にこれらの事情があったとしても、上記判断を左右するものではない。
4 結論
以上より、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
なお、被告は、被告代表者が川越市教育委員会ではなく同教育長であると主張するので念のため検討する。平成16年法律第84号による改正後の行訴法11条は、被告適格の明確化のため、原則として処分行政庁が所属する行政主体を被告とする旨規定する。そして、被告が地方公共団体である場合には原則として長が被告の代表者となるが(地方自治法147条)、教育委員会等がした処分の取消訴訟等については教育委員会等の独立性にかんがみ、個別法により当該委員会自体が地方公共団体の代表者とされた(地方教育行政の組織及び運営に関する法律56条等)。このような改正行訴法の定めの趣旨に照らすと、教育委員会が規則等によって訴訟に関する事務を遂行する権限を教育長に委任している場合にも、法律上は被告代表者は依然として教育委員会であると解するのが相当である(なお、本件処分についてなされた裁決においても、市の代表者は教育委員会であると教示されている。)。したがって、被告の上記主張は採用できない。
(裁判長裁判官 豊田建夫 裁判官 富永良朗 城阪由貴)