さいたま地方裁判所 平成18年(行ウ)27号 判決 2007年4月25日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 鴻巣市教育委員会が,原告に対し,平成18年5月2日付け鴻教学第408号をもってした学齢簿登載通知書の請求に係る保有個人情報の不開示決定処分を取り消す。
2 鴻巣市教育委員会は,原告に対し,原告の平成18年4月25日付け保有個人情報開示請求に基づいて,A,B及びCに係る学齢簿登載通知書(東松山市から送られたもの)につき開示決定をせよ。
第2事案の概要
1 事案の要旨
原告が,鴻巣市教育委員会に対し,鴻巣市個人情報保護条例(平成17年条例第148号,以下「本件条例」という。)16条2項に基づき,法定代理人として,離婚後に自己が親権を有することとなった3人の子に代わって同人らに係る学齢簿登載通知書(東松山市から送られたもの)の開示を請求したところ,同委員会は,同通知書の存否を明らかにすると,原告が3人の子の居所を探知できる可能性が生じるとして,本件条例21条,22条2項に基づき,同通知書の存否を明らかにしないで,原告の開示請求を拒否するとの決定をした(以下「本件不開示決定」という。)。
本件は,原告が,本件不開示決定は根拠のない違法なものである等と主張して,被告に対し,同決定の取消しを求めるとともに,上記学齢簿登載通知書につき開示決定の義務付けを求めた事案である。
2 本件条例の定め
本件条例には,次の内容の定めがある(甲6)。
(目的)
1条 この条例は,市の実施機関が保有する個人情報の開示,訂正及び利用停止を請求する権利を明らかにするとともに個人情報の適正な取扱いに関し必要な事項を定めることにより,市政の適正かつ円滑な運営を図りつつ,個人の権利利益を保護することを目的とする。
(開示請求権)
16条 何人も,この条例の定めるところにより,実施機関に対し,当該実施機関の保有する自己を本人とする保有個人情報の開示を請求することができる。
2 未成年者又は成年被後見人の法定代理人は,本人に代わって前項の規定による開示の請求(以下「開示請求」という。)をすることができる。 (保有個人情報の開示義務)
18条 実施機関は,開示請求があったときは,開示請求に係る保有個人情報に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが含まれている場合を除き,開示請求者に対し,当該保有個人情報を開示しなければならない。
(1) (省略)
(2) 開示請求者(16条2項の規定により未成年者又は成年被後見人の法定代理人が本人に代わって開示請求をする場合にあっては,当該本人をいう。)の生命,健康,生活又は財産を害するおそれがある情報
(3)~(7) (省略)
(部分開示)
19条 実施機関は,開示請求に係る保有個人情報に不開示情報が含まれている場合において,不開示情報に該当する部分を容易に区分して除くことができるときは,開示請求者に対し,当該部分を除いた部分につき開示しなければならない。
2 (省略)
(保有個人情報の存否に関する情報)
21条 開示請求に対し,当該開示請求に係る保有個人情報が存在しているか否かを答えるだけで,不開示情報を開示することとなるときは,実施機関は,当該保有個人情報の存否を明らかにしないで,当該開示請求を拒否することができる。
(開示請求に対する措置)
22条 実施機関は,開示請求に係る保有個人情報の全部又は一部を開示するときは,その旨の決定をし,開示請求者に対し,その旨及び開示の実施に関し実施機関が定める事項を書面により通知しなければならない。
2 実施機関は,開示請求に係る保有個人情報の全部を開示しないとき(前条の規定により開示請求を拒否するとき,及び開示請求に係る保有個人情報を保有していないときを含む。)は,開示をしない旨決定をし,開示請求者に対し,その旨を書面により通知しなければならない。
3 (省略)
3 基本的事実関係(当事者に争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 本件開示請求に至る経緯
原告は,平成5年7月27日,D(以下「D」という。)と結婚した。その後,原告は,Dとの間に,長女A(平成6年2月15日出生),長男B(平成9年8月16日出生)及び次女C(平成11年6月15日出生)を設けた(以下A,B及びCを総称して「3人の子」という。)が,原告とDは,平成14年10月11日,協議離婚をした(甲5)。
上記離婚の際,3人の子の親権者・監護者は,原告と定められ,また,原告とDは,Dが3人の子と1か月当たり4回の面接交渉をする旨の合意をした。そして,離婚後,原告は,原告の両親の助けも借りながら原告宅で3人の子を育て,Dは,上記合意に基づいて3人の子との交流を続けていた。
原告は,平成18年4月1日の土曜日,自己の居住する鴻巣市内の自宅から,3人の子を東村山市内のDの自宅へ面接交渉のために連れて行ったが,翌日2日の日曜日,Dは,3人の子を原告の自宅に帰宅させることを拒否した。そして,Dは,平成18年4月4日,さいたま家庭裁判所(以下「さいたま家裁」という。)において,原告を相手方として親権者変更の審判を申し立てるとともに,親権者の職務執行停止及び職務代行者選任の審判前の保全処分を各申し立てた(なお,さいたま家裁は,本件不開示決定後,上記審判前の保全処分を命じた。原告は,これを不服として即時抗告をしたが,東京高等裁判所は,同抗告を棄却した。親権者変更の審判は,さいたま家裁において係属中である。)。
(3) 本件開示請求と不開示決定
原告は,平成18年4月25日,本件条例上の実施機関(同条例2条)である鴻巣市教育委員会に対し,本件条例16条2項に基づき,法定代理人として3人の子に代わって同人らに係る学齢簿登載通知書(東松山市から送られたもの)の開示を請求した(甲1。以下「本件開示請求」という。)。
これに対し,鴻巣市教育委員会は,平成18年5月2日付けで,本件条例22条2項に基づき,保有個人情報を開示しない旨の決定をした(本件不開示決定)。そして,同委員会は,保有個人情報を開示しない理由として,本件条例21条を引用した上で,「本件開示請求に係る保有個人情報の存否を明らかにして不開示とした場合,文書の存在自体または文書名によって居所を容易に探知できる可能性が生じるため」と付記した。
(4) 異議申立て及び本件訴訟
原告は,本件不開示決定を不服として,平成18年5月9日付けで,鴻巣市教育委員会に対し,異議申立てをした(甲3)が,同委員会は,同年8月4日付けで,上記異議申立てを棄却した(甲4)。
そこで,原告は,平成18年8月29日,本件訴えを提起した。
4 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 本件開示請求に係る学齢簿登載通知書の存否を答えるだけで,本件条例18条2号所定の不開示情報を開示することになるか(争点1)。
(被告の主張)
一般に,学齢簿登載通知書は,児童生徒がその住所の存する市町村の設置する小中学校以外の小中学校に就学した場合に,区域外就学を受け入れた市町村の教育委員会(以下「転学先教育委員会」という。)が作成し,児童生徒の住民登録のある市町村の教育委員会に送付する文書である。
本件の場合,鴻巣市教育委員会が学齢簿登載通知書の存在を明らかにすると,転学先教育委員会が3人の子の区域外就学を受け入れたことが明らかになる。そうなると,3人の子の就学する小中学校が推測されることになる。そして,a原告が,3人の子の親権を巡ってDと深刻な対立関係にあること,bDがさいたま家裁に提出した申立書等から,原告が3人の子に対して暴力を加えていたことが推測されること,c転学先教育委員会が区域外就学を受け入れていることから,同委員会において,区域外就学を受け入れないと原告が暴力を加えるなどして3人の子の生命,健康,生活又は財産を害するおそれがあると判断したと推測されること,d原告が3人の子のためではなく,さいたま家裁での審判で自己の親権の正当性を争うという自己の利益のために本件開示請求をしていること等の事情からすると,原告は,3人の子の就学する小中学校が推測できた場合には,3人の子に対し何らかの行動を起こすことが危惧される。本件のように,親の暴力等により,子の生命,健康,生活又は財産を害するおそれがある場合は,保有個人情報を開示することにより,取り返しのつかない結果を招くおそれがある。そこで,鴻巣市教育委員会としては,慎重な判断をせざるを得ない。
したがって,本件開示請求に係る学齢簿登載通知書の存否を明らかにしただけで,3人の子の生命,健康,生活又は財産を害するおそれがある情報を開示することになるとした鴻巣市教育委員会の判断は妥当である。
(原告の主張)
鴻巣市教育委員会は,Dがさいたま家裁に提出した申立書等の記載や転学先教育委員会が区域外就学を承諾したことなどから安易に原告の3人の子に対する家庭内暴力を推測している。しかしながら,さいたま家裁は,本件不開示決定後にされた審判前の保全処分において,Dが主張するような原告の3人の子に対する暴力の実態はなかったとの認定をした。また,原告は,本件開示請求当時,3人の子の居住地を知っており,だからこそ,東松山市と名指しして本件開示請求をしたのである。そして,原告が3人の子の居住地を知っていることは鴻巣市教育委員会も知り得たのである。さらに,原告は,自己が3人の子の親権者でいることが3人の子の利益になる旨主張し,区域外就学に係る情報(時期,理由,届出者等)の開示請求をしているのであり,自己の利益のために本件開示請求をしたわけではない。
以上のとおり,鴻巣市教育委員会による本件不開示決定は根拠がなく,違法である。
(2) 学齢簿登載通知書には,本件条例18条2号所定の不開示情報が記載されているか(争点2)。
(被告の主張)
仮に,鴻巣市教育委員会において,東松山市から送られた3人の子に係る学齢簿登載通知書が存在するとしても,同通知書には,3人の子の居住地や就学する小中学校等に係る情報等,本件事案の状況下において,3人の子の生命,健康,生活又は財産を害するおそれがある情報(本件条例18条2号)が記載されている。
(原告の主張)
原告は,3人の子の居住地を既に知っているのであるから,鴻巣市教育委員会が,3人の子に係る学齢簿登載通知書を開示したところで,本件条例18条2号所定の不開示情報を開示することにはならない。したがって,同委員会は,上記学齢簿登載通知書の全部につき開示決定をすべきである。
(3) 本件不開示決定において,被告に必要な調査を怠った違法や裁量権の濫用があるかどうか(争点3)。
(原告の主張)
原告は,本件開示請求当時,既に3人の子がDの居住地の区域内である東松山市内の小中学校に通学していることを知っていたが,3人の子への接触を自制し,何らの問題行動を起こしていなかった。そして,鴻巣市教育委員会は,同委員会に対し3人の子に係る学齢簿登載通知書を送付した東松山市教育委員会や原告に問い合わせるなどして,3人の子の生命,健康,生活又は財産を害するおそれがあるような事態が原告によりもたらせているか否かを容易に調査しうる立場にあったにもかかわらず,そのような調査をしなかった。
そうすると,鴻巣市教育委員会は,一方的かつ不十分な証拠からあえて原告による3人の子に対する暴行を読みとったものといえ,同委員会の本件不開示決定については,必要な調査を行わず,また,裁量権の濫用があったというべきである。
(被告の主張)
鴻巣市教育委員会は,転学先教育委員会が認めた区域外就学の承諾理由を不実と判断することはできない。また,同委員会は,転学先教育委員会を審問する立場にない。
原告のその余の主張を争う。
第3当裁判所の判断
1 争点1(本件開示請求に係る学齢簿登載通知書の存否を答えるだけで,本件条例18条2号所定の不開示情報を開示することになるか。)について
(1) 学齢簿の意義と性格
市町村の教育委員会は,義務教育年次の児童生徒の就学状況等を把握するため,住民基本台帳に基づき,当該市町村の区域内に住所を有する児童生徒について学齢簿を編製するとされている(学校教育法施行令1条)。また,市町村の教育委員会は,新たに学齢簿に記載をすべき事項を生じたとき等は,必要な加除訂正を行わなければならない(同令3条)。そして,児童生徒について,住所変更の届出があったときは,市町村長は,その旨を当該市町村の教育委員会に通知しなければならない(同令4条)。
学齢簿には,児童生徒に関する事項(氏名,現住所,生年月日及び性別),保護者に関する事項(氏名,現住所及び保護者と児童生徒との関係),就学する学校に関する事項及びその他市町村の教育委員会が児童生徒の就学に関し必要と認める事項が記載される(学校教育法施行規則30条)。そして,就学する学校に関する事項として,当該市町村の設置する学校に就学する者については,その学校の名称並びにその学校に係る入学,転学及び卒業の年月日,それ以外の学校に就学する者については,当該学校及びその設置者の名称並びに当該学校に係る入学,転学,退学及び卒業の年月日等が記載される(同規則30条)。
そして,何らかの事情で当該市町村に住所のない児童生徒について当該市町村内の学校に就学することを承諾したときは,当該市町村の教育委員会(転学先教育委員会)は,「学齢簿登載通知書」を児童生徒の住民票のある市町村教育委員会宛に通知することとされている(弁論の全趣旨)。
(2) 次に,存否応答拒否決定について検討するに,本件条例に基づき,保有個人情報の開示請求がされた場合,実施機関は,当該請求を拒否するときでも,請求対象情報の存在を明らかにした上で拒否するのが原則である。すなわち,請求対象情報が存在する場合は,不開示情報に該当しない部分については開示決定をし,不開示情報に該当する部分については理由を示して不開示決定をする。そして,請求対象情報自体が存在しない場合は,当該情報が存在しないことを示した上で拒否処分をすることになる(本件条例18条,19条,21条,22条参照)。
しかしながら,開示請求に対し,個人情報は存在するが不開示とする又は当該情報は存在しないと回答するだけで,不開示情報の規定により保護しようとしている利益が害されることとなる場合がある。例えば,ある個人が,本人のがんに係るカルテを請求した場合,本人の精神状態,病状の進行程度等によっては,かかる情報が存在することを答えるだけで本人に悪影響を及ぼすことが予見される場合があり得る。また,ある個人が,自己に関する内偵捜査に関する情報の開示を請求した場合,当該情報の存在を知られることにより,捜査の密行性が損なわれ,証拠隠滅が容易になるおそれがある。そこで,本件条例21条は,このような場合に,実施機関は,個人情報の存否自体を明らかにしないで開示請求を拒否することができると規定した。そして,特定の者又は特定の事項を名指しして情報の開示請求をした場合は,理論的にはすべての不開示情報について存否応答拒否が必要な場合があり得る。そこで,同条は,存否応答拒否が可能な不開示情報を限定していない。
(3)ア 以上を前提に,本件開示請求が,本件条例21条に定める「開示請求に対し,当該開示請求に係る保有個人情報が存在しているか否かを答えるだけで,不開示情報を開示することとなるとき」に該当するかを以下検討する。
前記基本的事実関係で認定した事実に加え,証拠(甲,乙各号証)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 原告は,Dと結婚し,3人の子をもうけたが,平成14年10月に離婚し,原告が親権者となって子を育て,Dは子供とは1か月当たり4回の面接交渉をもって接していた。そして,3人の子のうち2人は,平成18年3月までは鴻巣市内の小学校に通っていた(次女は平成18年3月までは未就学)。
(イ) 原告は,平成18年4月1日,3人の子を東松山市内のDの自宅に面接交渉のため連れていったが,翌2日の日曜日,Dは,3人の子を鴻巣市内の原告の自宅に帰宅させることを拒否した。そして,Dは,4月4日,さいたま家裁に親権者変更の審判を申し立てるとともに,親権者の職務執行停止及び職務代行者選任の審判前の保全処分を申請した。そして,3人の子は,平成18年4月以降は,鴻巣市内の学校には通学していない。
Dの親権者変更の申立書や審判前の保全処分の申立書には,申立ての理由として3人の子に対する暴力との記載があった。
(ウ) 原告は,平成18年4月25日,本件条例16条2項に基づき,3人の子の法定代理人(親権者)として,同人らに係る「学齢簿登載通知書(東松山から送られたもの)」の開示を請求した。
(エ) 鴻巣市教育委員会は,同年5月2日,同請求を棄却し,異議申立てについても,同年8月4日に棄却した。そして,その後,Dの申し立てた審判前の保全処分が認容され,さいたま家裁は,親権者である原告の職務執行停止と職務代行者選任を命じた。原告は,これを不服として即時抗告したが,東京高等裁判所は,同抗告を棄却した。
イ ところで,親が離婚し,離婚の際に子の親権者が定められたものの,その後子に対する虐待等を理由として親権者変更が申し立てられ,裁判になっているようなケースでは,子の利益と親権者とされている親の利益は必ずしも一致するとは限らない。本件条例においても,未成年者の法定代理人は,本人に代わって本人に係る個人情報の開示請求をすることができるとされているが(16条2項),本人の生命,健康,生活又は財産を害するおそれがある情報については,法定代理人からの請求であっても,開示義務の例外としている(18条2項)。
そして,親同士で子供の取り合いとなったり,子に対する暴力が主張されているケースでは,子供とともに生活していない親が,探索的な情報開示請求をすることにより,子の居住地を探索したり,それを把握した上で,子を連れ去ったり,関係者に自己の主張を通すために一定の働きかけをしたり等の行動を起こすことも稀ではないことは公知の事実である。
そして,鴻巣市教育委員会において,原告の請求する「3人の子に係る学齢簿登載通知書(東松山から送られたもの)」の存在を認めた上,開示の適否を判断した場合には,仮にそれに記載された具体的な学校名まで開示しないとした場合でも,学齢簿登載通知書の存在そのものから,少なくとも3人の子が東松山市内の学校に就学している事実は推認される。この場合,東松山市内の小中学校数はさほど多数にのぼるものではないから,原告において,東松山市内の学校を個別に回る等の方法により,子の在学の有無の確認をしたり,在学が確認された場合には,子やD,学校関係者等に何らかの働きかけをする懸念が皆無とはいいがたい。
上記のような本件に顕われた諸々の事実を勘案すると,本件開示請求に対し,鴻巣市教員委員会が,原告請求に係る「学齢簿登載通知書(東松山から送られたもの)」の存否を答えるだけで,実質的に本人である3人の子の生命,健康,生活等を害するおそれがある不開示情報を開示することとなり,開示は相当でないと判断したことは必ずしも根拠のないことではない。
よって,3人の子に係る学齢簿登載通知書(東松山市から送られたもの)の開示請求について,本件条例21条に基づき,その存否を明らかにしないで,同請求を拒否するとした鴻巣市教育委員会の決定(本件不開示決定)を違法ということはできないというべきである。
ウ これに対し,原告は,概ね「面接交渉のために3人の子を定期的に東松山市内のD宅へ連れて行っており,3人の子の就学する小中学校も容易に推定することができた。また,本件開示請求に至るまで,原告は3人の子に対する行動を自制し,何らの問題を起こしていない。そこで,仮に,鴻巣市教育委員会が,上記学齢簿登載通知書を原告に開示したとしても,3人の子の生命,健康,生活又は財産を害するおそれがある情報を開示することにはならないし,また,鴻巣市教育委員会は,学齢簿登載通知書を送付した東松山市教育委員会や原告に問い合わせるなどして,3人の子の生命,健康,生活又は財産を害するおそれがあるような事態が原告によりもたらせているか否かを容易に調査しうる立場にあったにもかかわらず,そのような調査をせずに,不十分な証拠に基づく決定を行った点で,裁量権の濫用がある。」などと主張する。
しかしながら,本件のように子の親権者の相当性をめぐって両親が争っている中で,原告が法定代理人(親権者)の立場で子の個人情報の開示を求めたときは,その適否判断において,当該請求者が本人の生命,健康,生活等についてどのような知識を有しているかどうかは問題とならず,当該情報の性質そのものから客観的に本人の生命,身体,生活等を害するおそれがあるかどうかを判断するのが相当である。また,鴻巣市教育委員会が,本件開示請求に対する判断をするに当たり,どのような方法によりどの程度の調査をすべきかは,同委員会の適切かつ合理的な裁量に委ねられるべき問題で,本件において同委員会は相応の調査をしていることが推認され,同委員会においてなすべき調査を怠ったとか不十分な証拠に基づく決定を行ったもので裁量権の濫用があるとの点は,いずれもこれを認めるべき証拠はない。
したがって,原告の主張はいずれも採用できない。
2 原告の義務付けの訴えについて
義務付けの訴えが認容されるためには,義務付け訴訟に併合して提起された取消訴訟等に係る請求に理由があると認められ,かつ,その義務付けの訴えに係る処分等につき,行政庁がその処分等をすべきことがその処分等の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ又は行政庁がその処分等をしないことがその裁量権の濫用となる等と認められることが必要であるところ(行政事件訴訟法37条の3第5項),前記のとおり,原告の取消訴訟に係る請求は理由がないものと判断されるのであるから,本件義務付けに係る請求は,その本案要件を欠くものとして,棄却するのが相当である。
3 結論
以上の次第であり,原告の請求はいずれも理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 富永良朗 裁判官 櫻井進)
裁判長裁判官豊田建夫は,転補につき,署名押印することができない。裁判官 富永良朗