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さいたま地方裁判所 平成18年(行ウ)34号 判決 2008年2月27日

主文

1  原告の主位的請求を棄却する。

2  原告の予備的請求に係る訴えを却下する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第3争点に対する判断

1  争点1(本件受理拒否通知に処分性があるか)について

(1)  市町村の定める農業振興地域整備計画中で定められる農用地利用計画は、農用地として利用すべき土地の区域(農用地区域)とその区域内にある土地の農業上の用途区分を設定するものであって(農振法8条)、そのため、整備計画が決定されると、次のような法的効果を生ずる。

すなわち、当該土地が、農用地区域に指定されることにより、開発行為の制限がされ(同法15条の2)、これに反して開発行為がなされた場合には、都道府県知事は、開発行為の中止ないし復旧に必要な行為をすべき旨を命じることができる(同法15条の3)。国及び地方公共団体は、農用地利用計画を尊重して、農用地区域内にある土地の農業上の利用が確保されるように努めなければならず(同法16条)、農用地利用計画において指定された用途以外の用途に供することは制限される(同法17条)。農用地区域内にある土地が農用地利用計画において指定した用途に供されていない場合、市町村長は、当該土地の所有者等に対し、農用地利用計画において指定した用途に供すべき旨を勧告することができ(同法14条1項)、勧告を受けた者がこれに従わない場合は、その者に対し、農用地利用計画において指定した用途に供するため、その土地について所有権等を取得しようとする者と協議をすべき旨を勧告することができる(同法14条2項)。さらに、この協議が整わない場合、市町村長の申請により、都道府県知事は、調停を行うこととされている(同法15条1項、2項)。

(2)  このように、農用地区域内の農用地として指定されると、土地所有権者等には使用制限がなされるなど様々な負担が課せられるのである。そして、農用地区域内の土地所有者が、このような負担を免れようとするときには、農用地利用計画の変更の決定がなされなければならないとされている。

(3)  農振法は、農用地利用計画の変更につき、同法13条において定めているところ、同条1項は、基礎調査の結果により又は経済事情の変動その他情勢の推移により必要が生じたときは、遅滞なく農業振興地域整備計画を変更しなければならないとし、同条2項は、農用地等以外の用途に供することを目的とした農用地区域の変更の要件につき、定めている。同条2項の場合、除外されるためには、当該農業振興地域における農用地区以外の区域内の土地利用の状況からみて、当該変更に係る土地を農用地等以外の用途に供することが必要かつ適当であって、農用地区域以外の区域内の土地をもって代えることが困難であると認められること、当該変更により、農業上の効率的かつ総合的な利用に支障を及ぼすおそれがないと認められること、当該変更により、農用地の保全又は利用上必要な施設の有する機能に支障を及ぼすおそれがないと認められること、当該土地において土地改良事業等が行われた場合には、当該土地が、農業に関する公共投資により得られる効用の確保を図る観点から政令で定める基準に適合していることなどの要件をすべて満たす必要があるところ、これらの要件の有無を判断するにあたっては個々の土地の具体的な状況を勘案する必要がある。また、当該土地を農用地等以外の用途に供する目的による変更自体、土地所有者等の土地利用目的の変更の必要性を契機とすることが予定されているものと解される。

(4)  農用地からの除外を望む土地所有者は、被告が定めた「春日部市農業振興地域整備計画の管理に関する運用方針」(〔証拠省略〕)に基づき、被告に、除外の申出をすることになるが、同運用方針第4によれば、申出には6月及び12月の第1金曜日と締切日が定められ、さらに同申出には、「春日部市農業振興地域整備計画の管理に関する事務処理要領」(〔証拠省略〕)に基づき、変更後の使用目的に係る資料、理由書等の書類を添付した申出書を提出する方法によって行うことが要求されている。そして、被告は、これを受けて、農業振興協議会への諮問、県との事前協議等を経て変更を決定し、公告・縦覧の後、申し出をした土地所有者に除外の可否について通知がされることになっている(〔証拠省略〕)。

なお、過去20年間に農用地区域からの除外の申出件数は、旧春日部市において477件(うち重要変更444、軽微変更33)、旧庄和町において441件(うち重要変更435、軽微変更6)、春日部市において32件(重要変更32、軽微変更0)であり、そのうち行政機関による申請が計37件あるものの、申出に基づかず、農振法13条2項に基づき農用地区域から除外した件はない。

このように被告が運用方針等を定めていること及び上記の申出の実情は、除外の認定に当たって、当該土地の個別的属性を検討する必要があり、職権でこれを探知するのは困難であること、土地所有者等の土地利用目的変更の意思が利用計画変更の前提となることを示しているということができる。

(5)  以上の事実にかんがみると、農用地利用計画において、その土地の利用に制限を受けている土地所有者等が、その制限の解除を求める権利は留保されてしかるべきであり、上記のとおり、農振法13条2項による農用地利用計画の変更は、職権によりこれを行うことが事実上難しく、土地所有者の意思の発動を契機としていると考えられ、実際上もそのような運用がなされていることからすれば、同項による変更について、土地所有者等の申請権を肯定すべきである。

被告は、開発行為の制限は農用地利用計画により直接的に生じるものではなく、土地の形質変更等が都道府県知事の許可にかからしめられ、許可なしには土地の形質変更等ができないとされているにとどまるものであり、農地転用の制限も、農地法の許可をする都道府県知事に対して、その許可をするにあたっては、当該土地が農用地利用計画において指定された用途以外の用途に供されないようにしなければならないという方針を指示するにとどまるものであって、このような制約は、不特定多数の者に対する一般的抽象的な制約にすぎず、直ちに個人の具体的権利に対する侵害が生じるものではないと主張するが、前述のとおり、実際に農地の転用や開発許可をしようとした場合には、農用地として指定されていない土地と比較して、その目的外利用に困難を伴うことは否めないのであるから、被告の主張するような事情は農用地利用計画設定及び変更の決定の処分性を否定する理由に一応なりうるとしても、このことのみをもって農用地利用計画変更の申請権を認めることを否定する理由とはならない。また、被告は、農地転用許可申請をして、その不許可処分を争うことができるから、紛争の成熟性がないと主張する。しかし、農用地区域から除外されないかぎり、農振法17条及び農地法5条2項1号イにより、農地転用許可申請をしても不許可になることはほぼ確実であり、実際に原告が本件土地につき、農地法5条による農地転用許可申請をしたところ、農用地除外証明書の添付がないなどとして転用許可申請は受理されなかった(〔証拠省略〕)。また、本件土地についての農用地区域からの除外に関しては市町村に権限があり、農地転用許可は県知事の権限であるから、農地転用許可申請の不許可処分を争う際に、農用地利用計画の変更がなされないことの違法を主張することは、違法性の承継の問題を含み、困難といわざるをえない。さらに、被告は、本件土地は土地改良事業の行われた土地であるところ、本件土地改良事業による土地区画整理の区域内にある土地であるか否かについては、県知事が確定するものであるから、県を被告とする農地転用許可申請の不許可処分において、農用地利用計画の変更がなされないことの違法を主張する方がむしろ合理的であると主張するが、上記の違法性の承継の問題をかんがみれば、農用地除外の要件を満たしているか否かの主張及び証拠収集の難易の問題と、農用地利用計画の変更がなされないことによる所有権者等の不利益の救済の難易の問題とは必ずしも同一ではないのであって、このことをもって、農地転用許可申請の不許可処分を争う方が合理的であるとか、農地利用計画の変更がなされないこと自体について争えないとしても権利救済に欠けることはないとか言うことはできない。

(6)  そうすると、本件においては、原告のなした農用地利用計画の変更の申請は、農振法13条2項によるものと解されるから、この申請を容認しないものとした本件受理拒否通知は、抗告訴訟の対象となるべき行政処分ということができる。

2  争点2(本件土地が農用地からの除外対象にあたるか)について

(1)  農用地利用計画の変更が認められるためには、前述のとおり、農振法13条2項各号を満たす必要があるところ、土地改良法2条2項に規定する土地改良事業等で、農業用用排水施設の新設又は変更、区画整理、農用地の造成、埋め立又は干拓、客土、暗きょ用水等の事業が行われた土地は、その事業の工事が完了した年度の翌年度から起算して8年が経過しなければ、原則として農用地から除外することができない(農振法13条2項4号、同法10条3項2号、同法施行令8条、同法施行規則4条の3)。

本件土地は、土地改良法2条2項2号に基づいて実施された本件土地改良事業の事業区域に含まれ(〔証拠省略〕)、同事業においては区画整理等が行われている(〔証拠省略〕)ところ、同事業の工事は、平成13年12月10日に完了したことが認められ(〔証拠省略〕)、本件処分がなされた平成18年6月7日において事業の工事が完了した年度の翌年度である平成14年から起算して8年が経過していないことは明らかである。

(2)  もっとも、当該事業が農業の生産性の向上を直接の目的としないものである場合は、農振法10条3項2号の事業からは除くとされているから(農振法施行規則4条の3第1号)、本件土地改良事業が、この場合に該当するか検討すると、本件土地改良事業は用排水路、道路網の整備を行い、安定した取水、大規模営農を可能とすることを目的とするものであり、245ヘクタールの区画整理、199ヘクタールの暗渠排水の整備、かんがい面積199ヘクタールのパイプラインの設置、揚水機場8台、道路3万2642メートルの整備などが行われたことが認められるところ(〔証拠省略〕)、これらの事業目的及び事業内容からすれば、農業の生産性の向上を直接の目的とするものではないということはできない。

(3)  この点、原告は、農用地を非農用地とするための農用地区域からの除外の要件として、土地改良事業が行われた土地では、当該事業の工事が終了してから8年を経過しなければならないという要件を定めた法の趣旨は、土地改良事業という公共投資により得られる効用の確保を図る観点から、当該事業の工事が完了した年度の翌年度から起算して8年間は、農用地としての利用を強制することにあるから、当該公共投資により、当該個別具体の土地が、公共投資による効用を得ていない場合は、工事が終了してから8年が経過していなくとも、除外を認めるべきであり、本件土地は、公共投資による効用を得ていないから農用地区域から除外されるべきであると主張する。

しかし、農振法施行規則4条の3は「農林水産令で定める事業は、次に掲げる要件を満たしているものとする。」とし、「次のいずれかに該当する事業」との文言からすれば、農業の生産性の向上を直接の目的とするものか否かは事業単位で判断されるべきことは明らかであるうえ、農振法が、農業の振興を図ることが必要であると認められる地域について必要な措置を講じることを目的とし(1条)、農業振興地域整備計画は、集団的に存在する農用地で政令で定める規模以上のもの等の要件を満たす農用地等につき、農業上の用途を指定することとし(10条3項1号)、まとまりをもった一定規模以上の農地を確保することを意図していることからすれば、農用地区域から除外するか否かの判断にあたっても、個々の土地ではなく、事業単位で判断するものと解するのが相当である。また、土地改良等の事業が行われた区域内の土地については、公共投資により農業生産の向上という効用が得られるのが通常であるから、この効用の確保を図る点から、一定の年数は農用地区からの除外を認めず、例外的に農業生産の向上を目的としない事業が行われた場合には、上記の要請がないため、除外しうるとすることには合理性があるというべきである。このように解したとしても、土地改良事業においては、土地所有者が意見を述べる機会が設けられており、個々の土地についてみれば、事業が農業生産の向上に資さないと考える土地所有者は、事業の施行、内容につき異議を申し立てることができるのであるから(土地改良事業確定前には、①事業施行申請同意(土地改良法85条2項)、②事業計画書の公告・異議申立(同法87条5項、6項)、土地改良事業確定後には③一時利用地の指定・異議申立て(同法89条の2第6項ないし8項、行政不服審査法6条)、④権利者会議(書面決議書)(同法89条の2第2項、同52条5項ないし7項)、⑤換地計画の公告・異議申立て(同法89条の2第4項、同87条6項)の規定がある。)、土地所有者にとって酷であるということもない。

また、原告は、機械的に工事が完了したかしないかによって除外申請が認められるか否かが決せられるのは、不均衡であると主張するが、農振法13条2項の規定の文言は、同項各号の要件を満たす場合に農用地区域の変更をすることができるとしているにすぎないし、被告によれば、工事完了前の農用地区からの除外申請に対する判断にあたっては、事業資金が当該土地にどの程度投下されているかなども考慮し、総合的に判断しているとのことであるから、工事完了前であれば、工事完了間近であっても除外申請が認められるという事態は生じがたいし、また、工事が完了すれば、当該土地は同工事による農業生産性向上の利益を受けているといえ、これを一律に農用地区からの除外対象とすることにも合理性があるから、原告の主張は採用できない。

仮に、原告の主張するように、個々の土地につき、農業生産性の向上があるかを判断する必要があったとしても、本件土地改良事業によるパイプライン設置により、用水の便が良くなったことは、本件土地において実際に耕作及び土地の管理を行っているAも認めるところであり(〔証拠省略〕)、本件土地に限っても本件土地改良事業が農業生産性の向上を直接の目的としていないと言うことはできない。

(4)  以上によれば、本件土地は、農振法施行規則4条の3に定める土地改良事業の工事が完了した年度の翌年度から8年が経過していない土地であるから、農用地区域からの除外対象にはあたらない。

3  争点3(確認の利益があるか)について

上記のとおり、本件受理拒否通知については、処分性が認められ、本件土地が農用地区域から除外されるべきであることは、この処分の取消訴訟によって争うことができるから、確認訴訟によることが適切であるということはできず、予備的請求にかかる訴えについては、確認の利益は認められない。

4  結論

以上によれば、原告の訴えのうち、主位的請求については理由がないから棄却することとし、予備的請求にかかる訴えについては不適法であるから却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠山廣直 裁判官 富永良朗 久米玲子)

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