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さいたま地方裁判所 平成18年(行ウ)38号 判決 2008年1月30日

主文

1  本件訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告独立行政法人理化学研究所が,平成18年4月24日開札のPET用小型サイクロトロン入札手続において,a株式会社を落札者と定めた処分を取り消す。

2  被告独立行政法人理化学研究所が,平成18年4月24日開札のPET用小型サイクロトロン入札手続において,被告a株式会社を落札者と定めた処分に基づき,被告独立行政法人理化学研究所,被告a株式会社及び被告b株式会社との間で締結されたPET用小型サイクロトロン二式の納入に関する契約(賃貸借契約)が無効であることを確認する。

3  原告と被告らとの間において,原告が,被告独立行政法人理化学研究所の行った平成18年4月24日開札のPET用小型サイクロトロン入札手続による落札者たる地位を有することを確認する。

第2事案の概要等

1  本件は,被告独立行政法人理化学研究所(被告理化学研究所)がポジトロンエミッショントモグラフィー(PET)用小型サイクロトロンの調達を目的として行った一般競争入札において,被告a株式会社(被告a)を落札者と決定したところ(本件落札決定),同じく入札に参加していた原告が,被告aは競争参加者として必要な資格を有していなかったと主張して,被告理化学研究所に対し,本件落札決定の取消を求めるとともに,被告理化学研究所,被告a及び被告b株式会社(被告b)ら三者間で締結されたPET用小型サイクロトロンの納入に関する契約(本件納入契約)の無効確認と原告と被告らの間において,原告が,落札者たる地位を有することの確認を求めた事案である。

2  争いのない事実等(証拠により容易に認められる事実は,かっこ内に証拠を示す。)

(1)  当事者

ア 原告は,サイクロトロン装置の販売を主な事業とする株式会社である。

イ 被告理化学研究所は,独立行政法人理化学研究所法により,科学技術に関する試験及び研究等の業務を総合的に行う独立行政法人である。

ウ 被告aは,産業用及び一般用機械等の設計,製造並びに販売等を主な事業とする株式会社である。

エ 被告bは,リース業を主な事業とする株式会社である。

(2)  本件入札手続

被告理化学研究所は,平成18年2月20日,PET用小型サイクロトロンの調達を目的として,入札公告を行い,一般競争入札を行った(本件入札手続,乙6)。

本件入札手続の概要は,平成18年4月7日から同月12日午後3時までに被告理化学研究所に対して入札書を提出することにより競争参加者となり,被告理化学研究所が競争参加者より提出された技術審査資料等をもとにPET用小型サイクロトロンの技術審査を行い,これに適合した競争参加者のうち,予定価格の制限の範囲内で最低金額を提示した競争参加者が落札者となるものである。

その後,落札者は,被告理化学研究所との間で調達物品の納入に関する契約を締結することを要するところ,その具体的契約は,落札者がリース会社との間でPET用小型サイクロトロンの売買契約を締結した上で,リース会社が被告理化学研究所にPET用小型サイクロトロンを賃貸するという三社間での賃貸借契約によることが予定されていた。

本件入札手続に参加したのは,原告及び被告aの二社のみであった。

(3)  本件落札決定

本件入札手続は,平成18年4月24日に開札され,被告理化学研究所は,被告aを落札者として決定した。

(4)  本件納入契約

被告理化学研究所は,平成18年6月15日までに,被告a及び被告bとの間で,PET用小型サイクロトロン一式(2台)の納入に関する契約を締結した。

(5)  本件訴え

原告は,平成18年10月24日,本件訴えを提起した。

3  争点

(1)  本案前の争点

ア 落札決定に処分性があるか(請求の趣旨1について)

イ 訴えの利益があるか(請求の趣旨1について)

ウ 「公法上」の当事者訴訟にあたるか(請求の趣旨2及び3について)

エ 確認の利益があるか(請求の趣旨2及び3について)

(2)  本案の争点

オ 本件納入(賃貸借)契約が無効か(請求の趣旨2について)

カ 原告が落札者たる地位にあるか(請求の趣旨3について)

4  当事者の主張

(1)  争点ア(落札決定に処分性があるか)について

(被告理化学研究所の主張)

取消訴訟の対象となる行政処分とは,法の認める優越的な意思の発動として行われるものであり,その結果,個人の権利又は法律上の利益に直接の影響を及ぼす法的効果を有するものである。

しかし,国等が当事者となり,売買等の契約を競争入札の方法によって締結する場合には,落札者があった時点で,国等と落札者は,互いに相手方に対し契約を結ぶ義務を負うに至り,この段階で予約が成立し,契約書の作成により,本契約が成立すると解されている。すなわち,競争入札による落札決定は,双方の合意に基づく契約の予約であって,相手方の意思にかかわらず,一方的に決定し,相手方にその受忍を強制する性質のものではない。

したがって,競争入札における落札者の決定は,法の認める優越的な意思の発動として行われるものとはいえないし,また,それによって直接に個人の権利又は法律上の利益に直接の影響を及ぼす法的効果が生じるものともいえない。

よって,本件落札決定は,取消訴訟の対象となる行政処分にはあたらないから,本件訴えは不適法である。

(原告の主張)

抗告訴訟の対象となる処分性が認められる行政活動とは,①行政庁による公権力の行使として行われる行為であって,②国民の権利義務を形成しまたはその範囲を具体的に確定する行為とされる。

ア 公権力の行使

法律に基づいて行政庁が一方的に国民の権利・財産に介入し,義務を賦課する行為だけでなく,申請認諾・拒否処分のような行為も,国民による法令上の手続的権利すなわち申請権の行為に対応して行政庁が法令上の審査権限を行使したことをとらえて,「公権力の行使」にあたると解するのが通例である。

これを本件についてみると,入札者がある場合に,独立行政法人たる被告理化学研究所は,法令上の審査権限を行使し,当該入札者を落札者とするか否か決定するのであって,入札者と対等な関係で協議するのではない。

したがって,落札決定が「公権力の行使」にあたることは明白である。

イ 国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定する行為

独立行政法人通則法等の法令に基づき,入札が実施され,入札者の中から落札者が決定されると,落札者は,契約締結に向けた義務を負い,他方,落札者とされなかった者は,契約当事者となるべき法律上の地位を取得できない。

したがって,本件落札決定は,国民の法律上の地位に直接影響を及ぼすものであることは自明の理であり,「国民の権利義務を形成しまたはその範囲を具体的に確定する行為」との要件も充足する。

ウ 小括

よって,本件落札決定は,取消訴訟の対象となる行政処分にあたる。

(2)  争点2(訴えの利益があるか)について

(被告理化学研究所の主張)

本件では,本件落札決定後,本件納入契約が締結され,被告理化学研究所は被告bからPET用小型サイクロトロンの搬入を受けて設置されており,必要な試験・検査も平成19年3月15日には全て完了し,リースが開始されている。

本件落札決定が仮に行政処分にあたるとしても,本件納入契約が締結され,その本契約に基づく契約の履行が完了していることからすれば,本件ではもはや訴えの利益は存在しない。

(原告の主張)

本件納入契約は,継続的に調達物品を供給し続けること(利用させ続けること)であり,搬入・設置がなされていても,履行が完了しているとはいえず,訴えの利益はなお存する。

(3)  争点3(「公法上」の当事者訴訟にあたるか)について

(被告aの主張)

本件は,被告三者間のPET用小型サイクロトロン二式の納入に関する契約という,純然たる民事上の契約関係について,第三者である原告が無効と主張しているのであって,何ら「公法上の法律関係」に関するものではない。

(原告の主張)

争う。

(4)  争点4(確認の利益があるか)について

(被告らの主張)

ア 契約無効確認の訴えについて

競争入札による落札決定は,双方の合意に基づく契約の予約であるところ,原告は,落札者ではなく,予約当事者ですらないから,仮に,本件納入契約の無効が確認されても,原告が契約当事者となるわけではない。したがって,原告には,かかる確認を求める法律上の利益は認められない。

イ 落札者たる地位の確認の訴えについて

本件では,本件落札決定後,本件納入契約が締結され,PET用小型サイクロトロンの搬入・設置及び必要な試験・検査も全て完了し,平成19年3月15日からリースが既に開始されている。したがって,本件納入契約に基づく契約の履行は事実上完了しているといえ,仮に,原告が落札者たる地位を有することが確認されても,さらに進んで原告が契約当事者となることはないから,原告には,かかる確認を求める法律上の利益は認められない。

なお,本件における入札金額は,原告が448万円,被告aが382万円であるのに対し,本件における予定価格は417万3411円である。原告は,予定価格の制限の範囲内の金額を提示していないから,原告の主張を前提とし,被告aの入札が無効であると仮定しても,原告は落札者とはなりえない。

したがって,原告が落札者であることを根拠に,原告に確認の利益があるとする主張は,理由がない。

(被告aの主張)

ア 契約無効確認の訴えについて

本件納入契約は,被告ら三者間の民事上の契約であって,原告は契約外の第三者であるから,当該契約の有効無効を論ずる立場にない。

イ 落札者たる地位の確認の訴えについて

原告は,落札者ではないから,落札者たる地位の確認を求める余地はない。

(被告bの主張)

ア 契約無効確認の訴えについて

確認の訴えにおいては,確認の利益が訴訟要件であり,これを欠く場合には,訴えが不適法なものとして却下となる。そして,この「確認の利益」とは,原告の権利または法律的地位に不安が現在し,かつ不安を除去する方法として原告・被告間でその訴訟物たる権利又は法律関係の存否の判決をすることが有効適切である場合に認められると解されている。

ところで,請求の趣旨第2項の訴えは,本件納入契約が無効であることの確認であるが,その内容となっている賃貸借契約はいわゆる債権契約であり,物権契約と異なり,その効力は契約当事者間にしか及ばないのが原則である。そして,原告は,本件納入契約の契約当事者には含まれていない。したがって,本件納入契約は,何ら原告の権利または法律的地位に法的な影響を及ぼすものではなく,これについて判決をすることが有効適切とは認められず,確認の利益を欠くというべきである。

イ 落札者たる地位の確認の訴えについて

請求の趣旨3にかかる訴えは,原告と被告理化学研究所との間で行われたPET用小型サイクロトロンに関する一般競争契約(本件一般競争契約)における落札者たる地位を原告が有することの確認であるが,本件一般競争契約もいわゆる債権契約であり,その効力は契約当事者である原告と被告理化学研究所間にしか及ばないのが原則である。そして,被告bは,この本件一般競争契約の契約当事者には含まれていない。したがって,本件一般競争契約における落札者たる地位を原告が有するかどうかは,何ら被告bに対し,法的な効力を及ぼすものではなく,これについて判決をすることが有効適切とは認められない。よって,原告には確認の利益がない。

(原告の主張)

ア 本件訴えにかかる確認の利益一般について

本件入札手続に参加したのは,原告と被告aのみであり,両者は,一方が落札者となれば,他方は落札者となれないという競合関係にある。原告は,開札期日に,被告理化学研究所より,資格審査,技術審査の結果,適切な入札があったと認められた。したがって,被告aに競争参加資格がなかった場合,有効な入札を行ったのは原告のみであることになる。

ところで,入札手続とは,誰を契約の相手方とするかを決定する手続であり,かつ,本件入札においては,被告理化学研究所には,技術審査及び資格審査以外に独自の価値判断ないし裁量を入れる余地はないから,本件入札手続において有効な入札を行ったのが原告のみである場合には,被告理化学研究所との間で調達物品の納入に関する契約を締結する資格ないし法律的地位を有するのは原告であることとなる。ところが,本件においては被告aが落札者として扱われ,原告の法律的地位に不安が生じている。

よって,原告には,落札者たる地位の確認の利益がある。

仮に,上記の場合といえども原告には落札者たる資格ないし法律的地位が当然には認められないとしても,少なくとも,原告は,唯一の有効な入札者として,被告理化学研究所に対し,自らを落札者と定め,契約を締結するよう請求する権利を有するところ,被告aが落札者として扱われ,かかる原告の権利に不安が生じているといえる。原告が唯一有効な入札を行った者として,被告理化学研究所との間での調達物品の納入に関する契約締結を実現するためには,被告aを当事者として既に調達された調達物品の納入に関する契約の無効を確認することが不可欠であり,本件納入契約につき無効の確認の利益があるのは当然である。

イ 被告らの主張に対する反論

(ア) 被告理化学研究所及び被告aは,原告が落札者ではなく,予約当事者ですらなく,本件納入契約の無効を確認しても,原告が契約当事者となるわけではないから,無効確認の利益はない旨主張する。

しかし,被告らが主張する「落札者」とは,被告理化学研究所が「落札者」と決定した者を意味するところ,本訴を提起するためには同被告主張の意味での落札者であることを要するとすれば,結局被告理化学研究所による違法な落札者決定を是正する方法はなくなる。

そもそも,本件において,確認の利益の有無に関して重要なのは,原告が唯一有効な入札を行った者であるか否か,原告が唯一の有効な入札者として権利を行使できているか,その権利を行使するために,本件納入契約の無効を確認する必要があるか否かであって,被告理化学研究所が主張するように,本件納入契約の無効を確認することによって原告が契約当事者になるか否かではない。

以上により,被告らの上記主張は失当である。

(イ) 次に,被告理化学研究所は,本件納入契約の履行は事実上完了しているから,原告が落札者たる地位を有することが確認されても,原告が契約当事者になることはなく,確認の利益がない旨主張する。

しかし,本件納入契約は,継続的に調達物品を供給し続けることであり,搬入・設置等がなされていても,履行が完了しているとは言えない。また,原告が落札者たる地位を有することが確認された場合,被告理化学研究所は,原告との間で調達物品の納入に関する契約を締結する義務を負い,一方,既に搬入等されている物品については原状回復義務を負うことになるのであって,これらの法的効果と,確認の利益は次元を異にする。

したがって,被告理化学研究所の上記主張も失当である。

(ウ) なお,被告理化学研究所は,本件入札手続における予定価格が417万3411円であり,原告の入札価格はこれを越えていたから,原告は落札者とはなりえないと主張するが,かかる事実は否認する。被告理化学研究所は,原告が「本件入札手続は平成18年4月24日に開札され,同日,被告理化学研究所は,原告と被告aから適切な入札があったとし」た旨主張したのに対し,何らの留保も付さずに認めている。また,予定価格は,入札前に入札予定者から提出される定価の見積書等に基づき決定されるところ,本件の対象物件であるPET用小型サイクロトロンは,その定価だけでも少なくとも13億円から14億円はするのである。この対象物件を10年間リースするのであり,その諸費用を含めた場合,417万3411円という数字は,入札者に赤字を強いる数字であり,予定価格として不自然である。そして,入札の実務として,予定価格を超えた金額を提示した者がいた場合には,開札の際に,その旨の指摘がなされるが,本件では,被告理化学研究所は,原告からも被告aからも適切な入札があったと告知したのである。

したがって,被告理化学研究所の主張には理由がない。

(エ) さらに,被告bは,本件納入契約は債権契約であり,その効力は,契約当事者でない原告の権利または法律的地位に影響を及ぼさないから確認の利益がない旨主張する。

しかし,上述のとおり,入札制度は,誰を契約当事者とするかを決定する制度であり,この入札制度を採用して,入札に参加した者のいずれか1者とのみ契約することが決定され,公示された以上は,競合関係にある被告aを当事者とする契約と,原告を当事者とする契約は両立しえない。

そのため,原告が,被告理化学研究所との間で調達物品の納入に関する契約締結を実現するためには,本件納入契約の無効を確認することが不可欠である。

したがって,この点に関する被告bの主張も理由がない。

(オ) 被告bは,本件一般競争契約も債権契約であるところ,同被告は,その契約当事者に含まれておらず,したがって,原告が落札者たる地位を有するか否かは何ら同被告に対し法的な効力を及ぼさないから確認の利益を欠く旨主張する。

しかし,競争入札は,誰が契約当事者となるか決定する手続であり(その意味で,厳密に債権契約といえるかは疑問であるが,この点はさておく。),原告が落札者たる地位を有することが確認されれば,これと被告aが落札者であることは両立せず,この場合,被告aを当事者とする本件納入契約も無効となる。

そうすると,原告が,被告bに対し,落札者たる地位を有することの確認を求めることは有効適切であるのは明らかであり,やはり確認の利益を有する。

(5)  争点オ(本件納入契約が無効か)について

(原告の主張)

ア 本件入札手続に関する入札説明書9には「競争参加者に必要な資格」が規定されており,9(1)②イによれば,「公正な競争の執行を妨げた者,又は公正な価格を害し若しくは不正の利益を得るために連合した者」で,「その事実があった後,2年を経過していない者又は代理人,支配人その他使用人として使用する者」は本件入札手続の競争参加者としての資格を有さないと規定されている。

イ ところで,被告aは,平成14年4月1日以降,平成17年3月31日まで,c公団が支社,建設局及び管理局において競争入札の方法により鋼橋上部工工事として発注する工事について,受注価格の低落防止及び安定した利益の確保を図るため,①d株式会社の営業責任者級の者から落札予定者である旨の連絡を受けた者又は共同企業体を受注すべき者とする,②受注すべき価格は,受注予定者が定め,受注予定者以外の者は,受注予定者が定めた価格で受注できるよう協力する,旨の合意の下に受注予定者を決定し,受注予定者が受注できるように協力し,c公団発注の鋼橋上部工工事を受注しており(本件談合),平成17年9月29日,公正取引委員会より私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第2条第6項(平成17年法第35号による改正前。)に規定する「不当な取引制限」を行ったとして同法第3条違反により同法48条第2項に基づく勧告(本件勧告)を受けた。これに対し,被告aが,本件勧告を応諾することを公正取引委員会に通知したため,同年11月18日,公正取引委員会から本件勧告と同趣旨の審決が下された。

以上のように,被告aは,本件談合を行い,「不当な取引制限」を行っていたのであるから,本件入札書に規定する「公正な競争の執行を妨げた者,又は公正な価格を害し若しくは不正の利益を得るために連合した者」に該当する者であることは明らかであり,かつ本件談合があった時から,平成18年4月の本件入札手続までは2年を経過していないのであるから,被告aが本件入札手続における競争参加者に必要な資格を有していないことは明白である。

そして,本件入札手続においては,競争参加資格のない者のした入札は無効とされている。

したがって,競争参加資格のない者は,落札者となりえず,被告理化学研究所が,競争参加資格のない者を落札者として調達物品の納入に関する契約を締結しても,そのような契約は無効である。

ウ なお,被告理化学研究所は,競争参加資格は,契約の種類ごとに定めることとされていると主張する。しかし,一般競争の参加資格は,予算決算及び会計令(予決令)70条,71条に定める欠格要件と,予決令72条,73条などに定める積極要件に分かれるところ,そのうち契約の種類ごとに定められるのは積極要件である。積極要件は,当該契約を履行する能力について定められる要件であり,その能力は,契約の種類ごとに定めざるをえない。一方,欠格要件については,一定の不正行為を行ったという事実に着目し,公正な契約の確保の観点からみて,そのような不正行為を行った者を排除する趣旨であるから,欠格要件は,契約の種類ごとに判断すべき要件ではない。

また,被告らは,被告aにつき,契約事務取扱細則5条2項に基づく「一般競争に参加させない」旨の契約担当者の決定がないから,被告aは競争参加資格を有すると主張するが,被告理化学研究所の契約業務部長であるeが,平成16年12月21日付けの「競争参加者の資格に関する公示」において,平成17年度及び平成18年度における競争入札については,「公正な競争の執行を妨げた者,又は公正な価格を害し若しくは不正の利益を得るために連合した者」で,「その事実があった後,2年間を経過していない者」は競争に参加できないと定めたのであり,これにより,上記要件を満たす者は,平成18年度に実施された本件入札手続に参加できないことが決定されたのである。したがって,被告らの主張は理由がない。

(被告らの主張)

ア 独立行政法人の運営の基本その他の制度の基本となる共通の事項を定める独立行政法人通則法28条1項は,「独立行政法人は,業務開始の際,業務方法書を作成し,主務大臣の認可を受けなければならない」と定めている。その業務方法書について,同条2項は,「業務方法書に記載すべき事項は,主務省令で定める。」と規定する。

これを受けて,独立行政法人理化学研究所に関する省令1条(8)は,「競争入札その他契約に関する基本的事項」を業務方法書に記載すべき事項の一つとして挙げている。同省令に基づき,独立行政法人理化学研究所業務方法書は,その第9章「競争入札その他契約に関する基本的事項」において,「研究所は,売買,賃借,請負その他の契約を締結する場合においては,公告して申込をさせることにより競争に付するものとする。」と規定している。

そして,同業務方法書19条にしたがって,被告理化学研究所は,平成18年2月20日付で本件入札手続を公告した。同公告によれば,本件入札手続において「2.競争参加資格」として,「(1) 独立行政法人理化学研究所契約事務取扱細則第5条2項に該当しない者」としているところ,同条は,「公正な競争の執行を妨げた者,又は公正な価格を害し若しくは不正の利益を得るために連合した者」等について,契約担当役等は,「その事実があった後2年間一般競争に参加させないことができる」と定めている。

本件において,被告理化学研究所の契約担当役等は,被告aについて,本件入札に「参加させない」旨の決定,処置等をとっていない。

したがって,被告aが,上記法令等の規定にしたがって,本件入札手続における競争参加資格を有していることは明白である。

イ また,そもそも,被告aが,指名停止の措置を受けたのは,建設工事の請負契約に関してであって,本件のような物品の製造・販売等に関する入札の競争参加資格とは無関係であるから,その点でも,原告の主張は失当である。

国が行う一般競争参加者の資格について定める予決令72条1項では,競争参加資格は,契約の種類ごとに定めることとされている。そして,国が定める一般競争入札の参加資格は,建設工事等については各省庁ごとに公示され,物品の製造等については全省庁統一資格が公示されている。

被告理化学研究所の一般競争入札の参加資格を得ようとする者の申請方法等については,被告理化学研究所作成の「競争参加者の資格に関する公示」において公示されており,調達内容や競争参加資格は,入札ごとに官報により公示される。この「競争参加者の資格に関する公示」によれば,申請の業種区分として,①建設工事,②測量・建設コンサルタント等,③物品の製造等(製造,販売,役務の提供等及び買受け)の3種類が規定され,それぞれについて申請書の提出方法が定められている。

このうち,①建設工事及び②測量・建設コンサルタント等に係る競争契約参加資格については,国(文部科学省)に対して上記①又は②の競争契約参加資格を取得するために申請をした又はする場合は,添付書類のうち提出を省略できるものがあるとされ,③物品の製造等に係る競争契約参加資格については,平成16,17,18年度の国(中央省庁)の統一資格を得ている者又は得ようとする者は,ここで公示されている申請の必要はなく,国の統一資格の資格審査結果通知書の写しを提出することにより申請があったものとすると定められている。

このように,国や被告理化学研究所においては,建設工事,測量・建設コンサルタントと物品の製造等の競争参加資格に関する要件,申請方法等は,国や被告理化学研究所においては,明確に区別されて定められているのである。本件でも,原告と被告aは,国から交付された資格審査結果通知書の写しの提出をもって,参加資格の申請に代えているが,これは,参加資格の判断があくまでも物品製造等に限定して行われるものであることを前提に本件入札への申込が行われたことを示している。

また,一般に,取引停止や指名停止の措置に関しても,建設工事と物品の購入等は明確に区別されている。文部科学省所管における物品購入等契約に係る取引停止等の取扱容量及び建設工事の請負契約に係る指名停止等の措置要領にも,このことが表れている。

以上のとおり,国も被告理化学研究所も,競争入札における参加資格について,建設工事と物品の購入等を別異に扱っており,かかる運用が業界のいわば常識となっていることからすれば,物品の調達であることが明記された本件入札説明書中の9項(1)②イの「公正な競争の執行を妨げた者,又は公正な価格を害し若しくは不正の利益を得るために連合した者」とは,「建設工事を除く物品の製造等に関して,公正な競争の執行を妨げた者,又は公正な価格を害し若しくは不正の利益を得るために連合した者」と解すべきことは明らかである。

被告aは,不公正な取引制限をしたとして建設工事にかかる競争参加資格を一定期間停止されたが,物品の製造等については,被告理化学研究所,国から参加資格の停止・取消などの措置を受けておらず,統一資格を現に有している。したがって,被告aが本件入札手続における競争参加資格を有していることは明らかである。

以上によれば,有効な入札を行った被告aを契約当事者とする本件納入契約は当然に有効である。

(被告aの主張)

被告理化学研究所の契約事務取扱細則第5条2項は,契約担当役等は,同項各号に該当する者を一般競争に「参加させないことができる。」と定めているから,同条各号に該当する場合でも,それだけで一般競争入札に参加する資格を自動的・強制的に失わせるわけではなく,被告理化学研究所には参加させるか否かの裁量権がある。この裁量権を否定すると,広範な事業部門を抱える企業からの調達は,当該調達に関係のない部門の行為により,思いがけないことで制約を受けてしまいかねない。被告理化学研究所が,そのような不利益・不自由を忍ぶ義務を負担するわけはない。

被告aは,被告理化学研究所から「一般競争に参加させない」との処分あるいは決定を受けたわけではないから,被告aの一般競争参加資格に問題はない。

本件の入札説明書の「9.競争参加者に必要な資格」は,被告理化学研究所の契約事務取扱細則第5条を正確に再現表記していない。しかし,本件にかかる入札の公告は,「2 競争参加資格」において,競争参加資格を「(1) 独立行政法人理化学研究所契約事務取扱細則第5条の規定に該当しない者であること」と明示しているのであるから,競争参加資格が同細則の規定によって決定されるのは当然のことである。のみならず,競争参加資格は契約の種類ごとに定めるものであって,本件談合が本件入札手続における被告aの参加資格に影響を及ぼさない。したがって,入札説明書の記載をよりどころとする原告の主張は,理由がない。

(被告bの主張)

なお,仮に原告主張のとおり,被告aに対する本件落札決定が無効であったとしても,これにより,直ちに本件納入契約が無効となるものではない。

すなわち,独立行政法人通則法28条2項は,「前項の業務方法書に記載すべき事項は,主務省令(当該独立行政法人を所管する内閣府又は各省の内閣府令又は省令をいう。以下同じ。)で定める。」と規定するのみであり,独立行政法人理化学研究所に関する省令1条8号は,「独立行政法人理化学研究所(以下「研究所」という。)に係る独立行政法人通則法(以下「通則法」という。)第28条第2項の主務省令で定める業務方法書に記載すべき事項は,次のとおりとする。(8)競争入札その他契約に関する基本的事項」と規定するのみであり,独立行政法人理化学研究所業務方法書19条は,「研究所は,売買,貸借,請負その他の契約を締結する場合においては,公告して申込みをさせることにより競争に付するものとする。ただし,予定価格が少額である場合その他規程で定める場合は,指名競争又は随意契約によることができるものとする。」と規定するのみである。

したがって,いずれの規定によっても,本件落札決定の無効を理由として本件納入契約を無効とする旨の法律効果を生じさせるものではない。本件納入契約にかかる条項中にも,本件落札決定の無効を原因として本件納入契約を当然無効とする旨の規定はない。

以上によれば,本件落札決定の無効を理由として本件納入契約が無効となる法的根拠はなく,原告の主張は失当である。

(6)  争点カ(原告が落札者たる地位にあるか)について

(原告の主張)

本件入札手続における入札説明書14においては,「予定価格の制限の範囲内の金額を提示した競争参加者であって,別紙仕様書で規定する規格・構成及び性能諸元等に適合し,採用し得ると判断した技術審査資料を添付した入札書を提出した競争参加者の中から,最低価格をもって有効な入札を行った者を落札者と定める」と規定されているところ,被告理化学研究所は,入札当日,原告及び被告aのいずれも資格審査,技術審査の結果,適切な入札であるとした上で,開札して,最低価格を提示した被告aを落札者と決定した。しかし,前述のとおり,被告aの入札は無効であり,かつ本件入札手続において入札を行ったのは,原告及び被告aの2社であるから,本件入札手続において適法かつ適切な入札を行ったのは原告のみということになる。そうすると,原告は,本件入札手続において落札者たる地位を有するということができる。

なお,被告理化学研究所は,本件入札手続における予定価格が417万3411円であり,原告の入札価格はこれを越えていたから,原告は落札者とはなりえないと主張するが,上記(4)イ(ウ)のとおり,被告理化学研究所自身,本件入札手続において原告の入札は適切なものとして扱っていたのであって,原告の入札は,適法なものであったというべきであり,原告は落札者たる地位を有するものである。

(被告理化学研究所及び同aの主張)

前述のとおり,被告aの入札は有効であるから,原告が落札者たる地位を有することはない。

仮に,被告aの入札が無効であったとしても,上記のとおり,本件における予定価格は417万3411円であるところ,原告の入札金額は448万円であり,予定価格の制限の範囲内の金額を提示していないから,原告は落札者となりえない。

(被告bの主張)

争う。

第3争点に対する判断

1  争点ア(落札決定に処分性があるか)について

(1)  行政事件訴訟法上の取消訴訟の対象となる行政庁の「処分」とは,行政庁の法令に基づく行為のすべてを意味するものでなく,公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうちで,その行為により直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものをいうものであるから,落札決定が取消訴訟の対象となる行政処分であるというためには,それが,法の認める優越的な意思の発動として行われるものが必要であり,その結果,個人の権利又は法律上の利益に直接の影響を及ぼす法的効果を有するものであることが必要である。

(2)  しかし,落札決定により決定された落札者は,契約を締結すべき義務を負うが,この段階では,契約当事者となりうる地位,すなわち予約当事者たる地位にたたされるにすぎない(昭和35年5月24日最高裁第三小法廷判決民集14巻7号1154頁参照)。本件入札手続に関する公告等においても,落札者は契約書の作成が必要とされ,落札決定後に契約の締結を予定している(甲1,乙6)。したがって,落札決定は,契約の相手方選定に係る準備的行為であるというべきである。

そして,本件において,落札者が被告理化学研究所と締結するPET用小型サイクロトロン納入に関する契約は,一般の私人間の契約と同様に対等当事者間の法律関係である私法上の行為であり,相手方の意思にかかわらず,一方的に決定し,相手方にその受忍を強制する性質を有するものではないことからすれば,上記契約の準備的行為にすぎない落札決定は,法の認める優越的な意思の発動として行われるものとは解されない。

したがって,落札決定は,取消訴訟の対象たる行政処分ということはできない。

(3)  この点,原告は,入札者がある場合に,独立行政法人たる被告理化学研究所は,法令上の審査権限を行使し,当該入札者を落札者とするか否か決定するのであって,入札者と対等な関係で協議するのではないから,落札決定には処分性があると主張する。しかし,入札者のうちのいずれを落札者とするかは,入札者の意思と関係なく,予め定められた要件及び手続に従って決定されるものの,これは通常の私人同士の契約締結にあたって,自由競争の範囲内で最良の条件を提示する相手を契約相手に選定することと何らかわりがないのであって,原告の主張は採用できない。

(4)  以上によれば,その余の争点について検討するまでもなく,落札決定の取消(請求の趣旨1)にかかる訴えは不適法であるといわざるをえない。

2  争点ウ(「公法上」の当事者訴訟にあたるか)について

上記のとおり,落札決定に引き続いて締結される本件納入契約は,被告理化学研究所と落札者とが対等な立場において行う私法契約であるから,当該契約関係を公法上の法律関係ということはできない。

また,競争入札は,公告により,契約予約の申し込みの誘引がなされ,これに応じて入札をすることが,契約予約の申し込み,落札決定が,これに対する承諾としてそれぞれ位置づけられる。そうすると,入札者ないし落札者と被告理化学研究所との間には,私法上の法律関係が生じるのみであって,公法上の法律関係が生じるものではない。

したがって,請求の趣旨2及び請求の趣旨3にかかる訴えは,行政事件訴訟法4条に定める公法上の法律関係に関する訴えということはできない。

そうであるとしても,これを私法上の法律関係の確認の訴えとして扱う余地はあるから,以下これを前提に検討する。

3  争点エ(確認の利益があるか)について

(1)  確認の訴えは,即時確定の利益がある場合,すなわち,現に原告の有する権利または法律的地位に危険または不安が存在し、これを除去するために被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り、許されるものである。

(2)  そこで,まず,現に原告の有する権利または法律的地位に危険または不安が存在するか検討すると,本件入札手続において,競争参加者は,被告aと原告の二社のみであるから,原告が唯一の有効な競争参加者,すなわち入札参加資格その他の要件を満たした競争参加者であるとすれば,原則として,原告が落札者すなわち契約の予約当事者となり得ることになる。そしてかような場合には,,本件落札決定ないし本件納入契約により,原告の法律上の地位に不安が存在すると評価することができないわけでもない。しかしながら,乙第14号証によれば,本件入札手続においては予定価格が417万3411円と定められたこと,原告の入札金額は448万円であったことが認められ,本件入札にかかる公告(乙6)によれば,予定価格の制限の範囲内で最低価格をもって有効な入札者を落札者とするとされているから,予定価格を上回る入札金額を提示した原告は,本件入札手続において落札者となりうる要件を満たしていないことになる。

この点,原告は,乙第14号証は訴訟の終盤段階で提出されたものであり,被告理化学研究所は,「本件入札手続は平成18年4月24日に開札され,同日,被告理化学研究所は,原告と被告aから適切な入札があったとし」という主張につき,異議をとどめることなく認めていたのであるから,同証拠は信用性がないなどと主張するが,同事情から直ちに同証拠の信用性を否定することはできない。また,原告は,本件の対象物件であるPET用小型サイクロトロンは,その定価だけでも少なくとも13億円から14億円はし、この対象物件を10年間賃貸するのであるから,その諸費用を含めた場合,417万3411円という数字は,入札者に赤字を強いる数字であり,予定価格として不自然であること,入札の実務として,予定価格を超えた金額を提示した者がいた場合には,開札の際に,その旨の指摘がなされるが,本件では,そのような指摘がなされなかったことをもって,同号証は信用できないと主張するが,原告の入札金額に照らしても,上記予定価格が不自然と評価することはできないし,開札の際に指摘がないことをもって予定価格が上記金額ではなかったと評価することもできないのであって,原告の主張は採用できない。

そうすると,結局,原告は参加資格その他の要件を満たした競争参加者ということもできず,したがって原告の権利ないし法律上の地位に不安ないし危険があるということはできず,本件納入契約の無効確認の訴え及び落札者たる地位の確認の訴えはいずれも確認の利益を欠くと言わざるをえない。

なお,契約無効確認の訴えについては,被告三者間の本件納入契約の無効を確認したからといって,直ちに原告の地位ないし権利の存在が確認されることにはならない以上,上記法律関係につき確認判決を得ることが原告の権利ないし法律的地位に対する危険の除去に必要かつ適切とは言い難く,この点においても確認の利益は認められない。

(4)  以上によれば,その余の争点について検討するまでもなく,本件納入契約の無効確認の訴え(請求の趣旨2)及び落札者たる地位の確認の訴え(請求の趣旨3)は,いずれも不適法といわざるをえない。

4  結論

よって,原告の訴えはいずれも却下することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠山廣直 裁判官 富永良朗 裁判官 久米玲子)

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