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さいたま地方裁判所 平成18年(行ウ)54号 判決 2007年9月26日

主文

1  本件訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

(主位的請求)

原告が平成18年7月3日付でした農地法5条に基づく農地転用許可申請について,埼玉県知事が訴外春日部市農業委員会を通じ同月31日付で受理を拒否した処分を取り消す。

(予備的請求)

原告が平成18年7月3日付でした農地法5条に基づく農地転用許可申請について,埼玉県知事が相当の期間内に何らの処分をしないことが違法であることを確認する。

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,原告が春日部市農業委員会に対し,別紙物件目録記載の土地(本件土地)につき,農地法5条に基づく農地転用許可申請(本件申請)をしたところ,春日部市農業委員会は,許可申請書に必要書類(農用地除外証明書等)が添付されていない等として,本件申請を受理しなかったことから(本件受理拒否行為),これを不服とする原告が,春日部市農業委員会は農地転用許可の判断権者である県知事の一機構であり,同行為は知事の行為と評価できると主張して,被告に対し,主位的請求として本件申請の受理を拒否した処分の取消を,予備的請求として,農地転用許可申請がありながら許否の判断を怠った不作為の違法確認を求めたものである。

2  争いのない事実等(証拠により容易に認定できる事実は,かっこ内に証拠を示す。)

(1)  当事者

原告は,パチンコ遊技店を営む株式会社である(甲10)。

被告は,農地法5条に基づき,4ヘクタール以下の農地につき,農地転用許可の判断権限を有する埼玉県知事の所属する行政主体である。

(2)  本件申請

原告は,本件土地を自己の経営するパチンコ遊技店の駐車場として利用するため,本件土地の所有者から期間3年の賃借権の設定を受けたうえ,平成18年7月3日,埼玉県知事宛に農地法5条に基づく本件申請を行った(甲5)。なお,本件申請に係る申請書(本件申請書)は,農地法施行令1条の15第1項の規定に基づき,春日部市農業委員会に提出された。

(3)  本件受理拒否行為

春日部市農業委員会は,原告に対し,平成18年7月31日,本件申請に対し,本件申請書には土地改良区の意見書,排水放流承諾書,農用地除外証明書が添付されていないため受理できない旨の通知を交付して,本件申請を受理しなかった(甲6)。

(4)  審査請求

原告は,本件受理拒否行為に対し,平成18年9月15日付で埼玉県知事を審査長とする審査請求を行ったが,県知事は,同年11月9日付けで同審査請求を却下する旨の裁決をした(甲7)。

3  法令等の定め

(1)  農地転用許可申請手続きに関する定め

ア 農地法5条1項

農地を農地以外のものにするため又は採草放牧地を採草放牧地以外のもの(農地を除く。次項において同じ。)にするため,これらの土地について第3条1項本文に掲げる権利を設定し,又は移転する場合には,政令で定めるところにより,当事者が都道府県知事の許可(これらの権利を取得する者が同一の事業の目的に供するため4ヘクタールを超える農地又はその農地と併せて採草放牧地について権利を取得する場合(地域整備法の定めるところに従ってこれらの権利を取得する場合で政令で定める要件に該当するものを除く。)には,農林水産大臣の許可)を受けなければならない(以下省略)。

イ 同法3条1項

農地又は採草放牧地について所有権を移転し,又は地上権,永小作権,質権,使用貸借による権利,賃借権若しくはその他の使用及び収益を目的とする権利を設定し,若しくは移転する場合には,政令で定めるところにより,当事者が農業委員会の許可(これらの権利を取得する者(政令で定める者を除く。)がその住所のある市町村の区域の外にある農地又は採草放牧地について権利を取得する場合その他政令で定める場合には,都道府県知事の許可)を受けなければならない(以下省略)。

ウ 農地法施行令1条の15

1 法5条1項の許可を受けようとする者は,農林水産省令で定めるところにより農林水産省令で定める事項を記載した申請書を,農業委員会を経由して都道府県知事に提出しなければならない。

2 この場合には,農地法施行令第1条の2第2項から第4項までの規定を準用する。

エ 同施行令1条の2

1(省略)

2 農業委員会は,申請書の提出があったときは,農林水産省令で定める期間内に,当該申請書に意見を付して,都道府県知事に送付しなければならない。

3 農業委員会が前項の期間内に都道府県知事に送付しなかったときその他農林水産省令で定める事由があるときは,農業委員会を経由しないで,都道府県知事に申請書を提出することができる。

4(省略)

オ 農地法施行規則2条の3

令第1条の2第2項に定める期間は,申請書の提出があった日の翌日から起算して40日とする。

カ 同施行規則2条の5第2項

都道府県知事は,令第1条の2第3項(令第1条の7第2項,第1条の15第2項,第1条の24第2項,第3条の5第2項及び第13条において準用する場合を含む。)の規定により農業委員会を経由しないで申請書が提出された場合において必要があると認めるときは,当該申請に関し,当該農業委員会の意見を聴くことができる。

キ 同施行規則6条2項

令第1条の15第1項の規定により申請書を提出する場合には,次に掲げる書類を添付しなければならない。

1 第4条第1号から第4号までに掲げる書類

2 申請に係る農地又は採草放牧地を転用する行為の妨げとなる権利を有する者がある場合には,その同意があったことを証する書面

3 申請に係る農地又は採草放牧地が土地改良区の地区内にある場合には,当該土地改良区の意見書(意見を求めた日から30日を経過してもなおその意見を得られない場合には,その事由を記載した書面)

4 前項ただし書きの規定により連署しないで申請書を提出する場合にあっては,第2条第1項各号のいずれかに該当することを証する書面

5 その他参考となるべき書類

ク 同施行規則4条

令1条の7第1項の規定により申請書を提出する場合には,次に掲げる書類を添付しなければならない。

1 申請者が法人である場合には,法人の登記事項証明書及び定款又は寄付行為の写し

2 土地の位置を示す地図及び土地の登記事項証明書

3 申請に係る土地に設置しようとする建物その他の施設及びこれらの施設を利用するために必要な道路,用排水施設その他の施設の位置を明らかにした図面

4 次条第5号の資金計画に基づいて事業を実施するために必要な資力及び信用があることを証する書面

ケ 埼玉県が定めた農地等転用関係事務処理要領

申請書には,次に掲げる書類を添付させるものとする。

ア~キ省略

ク 申請に係る農地又は採草放牧地が土地改良区の地区内にある場合には当該土地改良区の意見書

ケ 当該事業に関連する取水又は排水につき水利権者,漁業権者その他関係権利者の同意を得ている場合には,その旨を証する書面

コ~ス省略

セ その他参考資料

(2)  農地転用許可基準に関する定め

ア 農地法5条2項

前項の許可は,次の各号のいずれかに該当する場合には,することができない。ただし,第1号及び第2号に掲げる場合において,土地収用法第26条第1項の規定による告示に係る事業の用に供するため第3条第1項本文に掲げる権利を取得しようとするとき,第1号イに掲げる農地又は採草放牧地につき農用地利用計画において指定された用途に供するためこれらの権利を取得しようとするときその他政令で定める相当の事由があるときは,この限りでない。

1 次に掲げる農地又は採草放牧地につき第3条第1項本文に掲げる権利を取得しようとする場合

イ 農用地区域内にある農地又は採草放牧地

(以下省略)

イ 農地法施行令1条の18

法第5条第2項第1号に掲げる場合の同項ただし書の政令で定める相当の事由は,次の各号に掲げる農地又は採草放牧地の区分に応じ,それぞれ当該各号に掲げる事由とする。

1 法第5条第2項第1号イに掲げる農地又は採草放牧地 法第3条第1項本文に掲げる権利の取得が次のすべてに該当すること。

イ 申請に係る農地又は採草放牧地を仮設工作物の設置その他の一時的な利用に供するために行うものであって,当該利用の目的を達成する上で当該農地又は採草放牧地を供することが必要であると認められるものであること。

ロ 農業振興地域整備計画の達成に支障を及ぼすおそれがないと認められるものであること。

ウ 農業振興地域の整備に関する法律17条

農林水産大臣及び都道府県知事は,農用地区域内にある農地法第2条第1項に規定する農地及び採草放牧地についての同法第4条第1項,第5条第1項及び第73条第1項の許可に関する処分を行うに当たっては,これらの土地が農用地利用計画において指定された用途以外の用途に供されないようにしなければならない。

(3)  農業委員会に関する定め

ア 農業委員会等に関する法律3条

1 市町村に農業委員会を置く。ただし,その区域内に耕作の目的に供される土地(以下「農地」という。)のない市町村には,農業委員会を置かない。

2 その区分が著しく大きい市町村又はその区域内の農地面積が著しく大きい市町村で政令で定めるものにあっては,市町村長は,当該市町村の区域を二以上の分けてその各区域に農業委員会を置くことができる。

(以下省略)

イ 同法6条

1 農業委員会は,その区域の次に掲げる事項を処理する。

一 農地法(昭和27年法律第229号)その他の法令によりその権限に属させた農地,採草放牧地又は薪炭林(以下,「農地等」という。)の利用関係の調整及び自作農の創設維持に関する事項並びに農業経営基盤強化促進法(昭和55年法律第65号)及び特定農山村地域における農林業等の活性化のための基盤整備の促進に関する法律(平成5年法律第72号)によりその権限に属させた事項

二 土地改良法(昭和24年法律第195号)その他の法令によりその権限に属させた農地等の交換分合及びこれに付随する事項

三 前各号のほか,法令によりその権限に属させた事項

2 農業委員会は,その区域内の次に掲げる事項に関する事務を行うことができる。

一 農地等として利用すべき土地の農業上の利用の確保に関する事項

二 農地等の利用の集積その他農地等の効率的な利用の促進に関する事項

三 法人化その他農業経営の合理化に関する調査及び研究

四 農業生産,農業経営及び農民生活に関する調査及び研究

五 農業及び農民に関する情報提供

3 農業委員会は,前二項に規定する事務を行うほか,その区域内の農業及び農民に関する事項について,意見を公表し,他の行政庁に建議し,又はその諮問に応じて答申することができる。

(以下省略)

ウ 同法7条1項

農業委員会の選挙による委員は,被選挙権を有する者について,選挙権を有する者が選挙するものとし,その定数は,政令で定める基準に従い,40人を越えない範囲内で条例で定める。

エ 同法8条

農業委員会の区域内に住所を有する左に掲げる者で年齢20年以上のものは,当該農業委員会の選挙による委員の選挙権及び被選挙権を有する。

一 都府県にあっては10アール,北海道にあっては30アール以上の農地につき耕作の業務を営む者

二 前号の者の同居の親族又はその配属者(その耕作に従事する日数が農林水産省令で定める日数に達しないと農業委員会が認めた者を除く。)

三 第一号に規定する面積の農地につき耕作の業務を営む農業生産法人(農地法第2条第7項に規定する農業生産法人をいう。)の組合員,社員又は株主(その耕作に従事する日数が前号の農林水産省令で定める日数に達しないと農業委員会が認めた者を除く。)

オ 同法12条

市町村長は,選挙による委員のほか,次の各号に掲げる者を委員として選任しなければならない。

一 農林水産省令で定める農業協同組合,農業共済組合及び土地改良区がそれぞれ推薦した理事(経営管理委員を置く農業協同組合にあっては,理事又は経営管理委員)又は組合委員各一人

二 当該市町村の議会が推薦した農業委員会の所掌に属する事項につき学識経験を有する者四人(条例でこれより少ない人数を定めている場合にあっては,その人数)以内

カ 同法23条

総会及び部会の議事は,出席委員の過半数で決する。可否同数のときは,会長又は部長の決するところによる。

(4)  不服申立てに関する定め

ア 農地法85条の2第1項

この法律に基づく処分(不服申立てをすることができない処分を除く。)の取消しの訴えは,当該処分についての審査請求または異議申立てに対する裁決又は決定を経た後でなければ,提起することができない。

4 争点

(主位的請求について)

(1)  本件受理拒否行為が知事の処分といえるか

(2)  本件受理拒否行為が行政処分に当たるか

(3)  審査請求の前置があるか

(4)  本件受理拒否行為が行政処分に当たるとした場合に本件受理拒否行為は違法か

(予備的請求について)

(5)  知事に不作為の違法があるか

5 当事者の主張

(1)  争点1(本件受理拒否行為が知事の処分といえるか)について

(原告の主張)

農業委員会は,許可権限を有する都道府県知事の一機構として行為する者であり,農業委員会が対外的に行った意思表示は,都道府県知事としての行為と評価できる。

春日部市農業委員会は,埼玉県知事の一機構として,本件申請に対し,その受理を拒否したのであり,受領拒否行為は埼玉県知事の行為と認められる。

(被告の主張)

農業委員会は,農業委員会等に関する法律に基づき,市町村に設置される行政委員会の一つであり,農地法に基づく許可等の法令業務や農政の推進業務について,「特定の者の利益損失に偏ることなく,公平,客観的な判断を行うこと」や「地域の農業に精通した者による合議体として的確な判断を行うこと」等が求められている独立の市町村の行政機関である。農地法施行令第1条の15第2項が準用する同令第1条の2第2項は,「農業委員会は,・・・申請書の提出があったときは,・・・当該申請書に意見を付して,都道府県知事に送付しなければならない。」と定めているが,同規定は,地域の農業に精通した独立の機関たる農業委員会が申請書を受け取った上,これに意見を付して,許可権者たる知事に送付することを定めたものである。

また,知事は,農地転用許可の申請について,市町村の行政機関たる農業委員会に対して指揮命令する権限を有していない。農地法施行令1の2第3項は,農業委員会が40日以内に送付をしない場合には,申請者は知事に対し直接の申請ができる旨規定するが,これは農業委員会と知事とが別個独立の行政機関であって,農業委員会がこのように義務を懈怠したときに知事がこれを是正する措置がないからこそ定められた規定である。

以上のことから,農業委員会は許可権者である知事とは独立した市町村の行政機関であり,農業委員会が知事へ送付するまでの行為は,農地法施行令で定められたとおり,申請手続きの一部ではあるが,農業委員会と知事の行政機関相互間の行為であり,農業委員会の行為はそもそも知事の行為ではないというべきである。

(2)  争点2(本件受理拒否行為が行政処分に当たるか)

(原告の主張)

行政庁が申請書を返戻した場合,返戻行為そのものが行政庁の却下意思の表れである場合には却下処分に当たると一般的に解されている。本件において春日部市農業委員会は申請書を「受理できない」旨明言しているのであって,却下意思は明らかであり,本件受理拒否行為は行政処分にほかならない。本件受理拒否行為は,本件申請に対する県知事の却下処分としてその処分性が認められる。

(被告の主張)

行政庁の処分とは,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものをいうところ,春日部市農業委員会は,本件申請に関し独立の行政処分をする権限を有するものではなく,また申請に対する農業委員会の受理から知事への送付に至る一連の行為は,国民の権利義務を形成し,又は確定する効力を有するものでもないことからすると,本件受理拒否行為には処分性はない。

(3)  争点3(審査請求の前置があるか)について

(原告の主張)

原告は,本件受理拒否行為に対し,春日部市農業委員会を処分庁とする審査請求を行った。本件訴えと同審査請求とは,処分庁が埼玉県知事(本件訴え)か春日部市農業委員会(審査請求)かという違いはあるものの,これは法律構成の違いにすぎず,紛争の中身,事実関係は全く同一である。そして,審査庁によって実体審査もなされているから,審査請求前置主義の趣旨は全く没却されていない。

本件は,行政事件訴訟法8条2項3号に定める「裁決を経ないことにつき正当な理由があるとき」にあたり,訴訟要件を満たしている。

(被告の主張)

原告は,平成18年9月15日付けで審査請求を行い,平成18年11月9日付けで裁決がなされているが,この裁決は,原告が処分であると主張している処分庁「春日部市農業委員会長」の処分に対する裁決であり,知事の処分としての不服申立ては未だ提起されていないものである。

したがって,本件訴えは農地法85条の2第1項に違反し,審査請求前置の要件を満たしているとは言えない。

(4)  争点4(本件受理拒否行為が行政処分に当たるとした場合に本件受理拒否行為は違法か)について

(原告の主張)

本件受理拒否処分は,本件申請を受理できない理由として,農用地除外証明書が添付されていないこととする一方,本件土地は甲種農地に当たると認定しており,理由に齟齬がある。すなわち,本件受理拒否処分は,農地の区分について,本件土地が農地法施行令第1条の12第1項第2号及び平成16年7月1日農林水産事務次官通知「農地法の一部を改正する法律の施行について」の第4第1項(3)①イに定める「特定土地改良事業等の工事完了した年度の翌年度から起算して8年経過したもの以外のもの」に該当するとしているが,同通知第4第1項(3)①イは甲種農地について定めているものであるから,知事は本件土地を甲種農地と認定していることになる。そして,本件土地が甲種農地であるならば,申請にあたって農用地除外証明書の添付は不要である。そうすると,本件受理拒否処分は,同証明書の添付が不要な本件申請に対し,同証明書の添付がないことを理由としたことになり,違法である。

(被告の主張)

争う。

(5)  争点5(知事に不作為の違法があるか)について

(原告の主張)

農地法施行令1の2第2項及び農地法施行規則2条の3によれば,農業委員会は,申請書の提出があったときは,申請書の提出があった日の翌日から起算して40日以内に,当該申請書に意見を付して,都道府県知事に送付すべき義務がある。しかるに,春日部市農業委員会は,原告が農地法及び同施行令に基づき,本件申請を行ったにもかかわらず,許可権者である埼玉県知事に本件申請書を送付せず,埼玉県知事は,相当の期間内に何らの処分も行わなかった。当該不作為が違法であることは論を待たない。

(被告の主張)

農業委員会は市町村の行政委員会であり,県とは別の独立した行政機関であるが,本件申請においては,春日部市農業委員会から知事へ申請書の送付がなされておらず,そもそも知事が申請書の内容を審査できる状況になかった。

また,農業委員会が,申請書を40日以内に知事に送付しなかったときは,農業委員会を経由しないで,知事に申請書を提出することができるのであるが,原告において,知事への直接の申請書の提出はなされていない。

このように,農地法は,知事とは別の機関であり,知事の指揮監督権の及ばない農業委員会の不作為に対し,直接知事への申請を認めているのであるから,知事に対し申請がなされ,何らかの処分をすべきであるにもかかわらず,これをしないときにはじめて知事の不作為となるというべきである。

本件においては,春日部市農業委員会から埼玉県知事に対し申請書の送付がなく,また原告から同知事への直接の申請もないから,知事が許可不許可の処分をできる状態になく,知事につき,申請に対し,処分を行わなかったという不作為はない。

第3争点に対する判断

1  争点1(本件受理拒否行為が知事の処分といえるか)について

(1)  農業委員会は農業委員会等に関する法律に基づき設置された市町村の行政機関であり(農業委員会等に関する法律3条),他方都道府県知事は地方自治法に基づき設置された都道府県の行政機関であって(地方自治法139条),その所属する公共団体を異にする別個の機関である。そして,農地法89条が,農林水産大臣につき,農業委員会ないし都道府県知事の事務に関して,農業委員会ないし都道府県知事に対し,指示を行うことができ,都道府県知事がその指示に従わない場合には,農林水産大臣が自らその事務を行うことができると規定していること,これに対し,都道府県知事が農業委員会に対し,同様に指示等を行うことができる旨の規定はないこと及び同法施行令において,申請者は,農業委員会が40日以内に申請書を送付しない場合には都道府県知事に対し直接申請書の提出ができる旨規定していることからすれば,法令上,県知事には農業委員会の作為ないし不作為につき是正する権限はなく,両者は指揮命令関係にはないものと解される。このような両者の関係に加え,農業委員会が選挙により選出された地域の農業に精通した者及び学識経験者等による合議体であり(農業委員会等に関する法律7条,8条,12条),法令に基づき農地法の利用関係の調整及び自作農の創設維持に関する事項を処理するほか,農地等として利用すべき土地の農業上の利用の確保や農地等の利用集積その他農地等の効率的な利用の促進に関する事務の処理や,当該区域内の農業及び農民に関する事項につき,意見を公表し,他の行政庁に建議し,又はその諮問に応じて答申することができるとされていること(同法6条)及び農業委員会が相当期間内に申請書を送付しないため,農業委員会を経由しないで申請書が提出された場合においても,当該申請に関し,農業委員会の意見を聴くことができる(農地法施行規則2条の5第2項)ことからすれば,農地法施行令が,農地法5条の許可申請書を農業委員会を経由して提出することとしたのは,農地転用の許可権者たる県知事が,当該申請につき適切な判断をするにあたり,地域農業に精通する農業委員会の意見を聴取するのが相当としたためであると解される。

以上の農業委員会と都道府県知事の有する各権限,両者の関係及び審査手続きに照らすと,農業委員会をもって都道府県の一機構とみることはできない。そして,上記申請に対する手続に照らすと,本件申請は,埼玉県知事を名宛人に対してなされたものではあるが,春日部市農業委員会から同知事に対する申請書の送付がない限り,同知事に対する申請として認められないことになる。したがって,本件においては知事に対する申請はなく,また本件申請に対する知事の処分は存しない。

この点,原告は,農業委員会には独立の処分権限がないことから,農業委員会は知事の一機構であり,本件申請の受理拒否行為は県知事の行為と評価できると主張する。しかし,独立の行政庁が諮問機関としての立場で意見を述べるにとどまり,国民に対する関係で独自の処分を行う権限がない場合は他の法令上も見られることであり,対外的に独自の処分権限がないことをもって,必ずしも農業委員会が知事の一機構であるということにはならない。

(2)  ところで,本件において,春日部市農業委員会は,原告に対し,本件申請を受理できない旨の書面(甲6)を交付しているところ,同書面には,相当期間を定めて補正を促す旨の記載等はなく,申請を却下する最終的な意思を表示したものと評価できる。上記のとおり,本件では,知事による処分の有無が問題となっているから,本来,農業委員会の上記処分について判断をする必要はないが,原告は,このような場合における救済措置の有無を問題としているから,念のため,農業委員会にかかる処分を行う権限があるか検討する。

農地法5条1項に定める農地の転用許可の事務は本来国の事務にかかるところ,都道府県知事の第1号法定受託事務とされたもの(農地法91条の3第1項2号)であって,これにより都道府県知事は,必要的添付書類の有無を含めた申請の適法不適法,許可の適否につき判断する権限を与えられたものと解されること,施行令1条の2第2項が「農業委員会は,前項ただし書の規定により申請書の提出があったときは,農林水産省令で定める期間内に,当該申請書に意見を付して,都道府県知事に送付しなければならない」と農業委員会の送付義務を規定していること,法令は,添付書類の欠如等形式的な不備のある場合に,農業委員会が申請書の受理を拒否できる旨の明文の規定をおいていないことからすれば,農業委員会は,提出された申請書を審査し,意見を付して都道府県知事に送付することができるのみであり,申請書の受理を拒否する権限はないと解すべきである。

そうすると,農業委員会には申請書の受領を拒否する権限はないのであるから,本件申請の受理拒否は無効な行為といわざるをえない。そうであるとすれば,農業委員会に対する本件申請は残存しており,農業委員会は,これに意見を付して送付すべき義務をなお負っていることになる。他方,本件申請があってから40日以上が経過したことも明らかである。したがって,原告としては,農地法施行令1条の2第3項に基づき,知事に直接申請書を提出することができ,これにより本件における原告の救済は達せられるし,このように解することが原告に特段不合理な結果をもたらすともいえない。

(3)  以上によれば,結局本件申請に対する知事による処分は存しないから,本件主位的請求にかかる本件訴えは不適法であるといわざるをえない。

2  争点5(知事に不作為の違法があるか)について

本件において,春日部市農業委員会から埼玉県知事に対し,本件申請にかかる申請書が送付されたことはないのであるから埼玉県知事に本件申請に対する作為義務が発生することはない。そうであれば,原告の本件申請に対する作為義務を前提とする予備的請求にかかる訴えは不適法であるといわざるをえない。

3  結論

以上によれば,原告の訴えはいずれも不適法であるから,却下することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠山廣直 裁判官 富永良朗 裁判官 久米玲子)

(別紙物件目録省略)

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