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さいたま地方裁判所 平成19年(わ)1042号 判決 2009年3月03日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中400日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1A(当時41歳)を殺害して同人から金品を強取しようと企て,分離前相被告人B,同C及び同Dと共謀の上,平成17年10月20日午前1時ころ,a県b市の国道上において,同所に停止中の上記A使用に係る普通乗用自動車に乗車していた同人に対し,その顔面を手拳で数回殴打するなどして降車させ,同人の両脇を抱えて同所付近に停止中の上記B使用に係る普通乗用自動車内に押し込むなどの暴行を加え,その反抗を抑圧して,上記A使用に係る車両内にあった上記A所有の現金約350万円を強取した上,そのころから同日午前1時10分ころまでの間,同所から同県c市内のパーキングエリアに至るまでの路上を走行中の上記B使用に係る車両内において,殺意をもって,上記Aの左前胸部をナイフ様の刃物で突き刺し,よって,そのころ,同車両内において,上記Aを左胸部刺創による胸部臓器損傷に伴う失血により死亡させて殺害し,

第2前記B,同C,同D,分離前相被告人E及びFと共謀の上,同日午前5時ころから同日午前6時ころまでの間,d県e市内のG方敷地内において,深さ約1.5メートルの穴を掘った上,前記Aの死体を同穴に落とし入れて土中に埋没し,もって死体を遺棄し,

第3元の氏名であるH名で個人信用情報機関に多重債務者として登録されていたことから,養子縁組をして改姓した事実及び健康保険被保険者証の生年月日に誤記がある事実等を秘して,

1  消費者金融会社からキャッシングカードを詐取しようと企て,平成18年7月7日午後6時12分ころ,東京都f区内の路上において,携帯電話機を使用し,同都g区内の消費者金融会社に電話をかけて,同分室従業員Iに対し,真実は,被告人が養子縁組により,氏名を上記HからJ,さらに,Kへと改姓し,生年月日も昭和38年1月1日であるのに,これらの情を秘し,上記Hとは別人のLであるかのように装って,「申し込みたいんですが,氏名はLで,生年月日は昭和38年1月10日です。改姓した事実はありません」旨虚偽の事実を告げてキャッシングカードの交付方を申し込んだ上,そのころ,同都f区内の被告人の勤務先から,生年月日が昭和38年1月10日と誤記されているL名義の健康保険被保険者証の写しを上記分室にファクシミリ送信し,上記I及びサブマネージャーMをして,被告人が多重債務者として登録されている生年月日が昭和38年1月1日のHとは別人の生年月日が同月10日のLであり,融資可能な人物であると誤信させ,よって,平成18年7月12日,同都h区内の郵便局において,上記従業員から郵送により上記カード1枚の交付を受け,もって人を欺いて財物を交付させ,

2  クレジット会社からキャッシング機能付きクレジットカードを詐取しようと企て,同月8日,i県j市内のクレジット会社において,同店従業員Nに対し,前記1同様に装い,同店備付けのカード入会申込書の生年月日欄に「昭和38年1月10日」等と虚偽の事実を記入した上,生年月日が昭和38年1月10日と誤記されているL名義の健康保険被保険者証と共に提出してキャッシング機能付きクレジットカードの交付方を申し込み,そのころ,上記N及び同店店長Oらをして,前記1同様に誤信させ,よって,平成18年7月12日,上記場所において,同店従業員Pから上記カード1枚の交付を受け,もって人を欺いて財物を交付させ,

3  消費者金融会社から融資名下に金員及びキャッシングカードを詐取しようと企て,同月14日午後6時46分ころ,前記被告人の勤務先において,東京都k市内の消費者金融会社に電話をかけ,同店従業員Qに対し,前記1同様に装い,自己の氏名がLで,生年月日は昭和38年1月10日である旨虚偽の事実を告げてキャッシングカードの交付方を申し込んだ上,そのころ,生年月日が昭和38年1月10日と誤記されているL名義の健康保険被保険者証の写しをカード入会申込書とともに上記会社に郵送し,上記Q及び同店店長Rをして,前記1同様に誤信させ,よって,平成18年7月24日,上記Qをして同都f区内の株式会社銀行に開設した被告人名義の普通預金口座に現金10万円を振込入金させるとともに,同月26日ころ,同都h区内の郵便局において,上記従業員から郵送により上記カード1枚の交付を受け,もって人を欺いて財物を交付させ,

第4同月13日午後3時32分ころ,同都f区内の銀行において,前記第3の1の詐取に係るカードを使用して,同所に設置された現金自動預払機から同支店支店長Sに係る現金30万円を引き出して窃取し,

第5同月20日午後5時54分ころ,同区内の株式会社Tにおいて,前記第3の2の詐取に係るカードを使用して,同所に設置された現金自動出金機から同会社店舗サポート部部長U管理に係る現金10万円を引き出して窃取し

たものである。

(証拠の標目)

〔省略〕

(争点に対する判断)

1  弁護人は,死体遺棄については,共犯者とされている者らとの共謀はなく無罪である旨主張し,被告人も当公判廷においてこれに沿う供述をしているので,以下,これらの点について検討する。

2  関係各証拠によると,次の事実を認めることができる。

(1)  当事者の関係

ア 被告人は,暴力団○○組の三次団体の組長として活動していた平成17年初めころ,同じく○○組の四次団体の若頭補佐であった被害者から債権の取り立てを受けたことで知り合い,同人から金貸しや債権回収の仕事の誘いを受けて同人の舎弟となり,その運転手等をするようになっていた。

イ また,被告人は,平成10年ころに知人の紹介で暴力団関係者であるBと知り合って以降,同人とは月に二,三回の頻度で金儲け話で連絡をとる程度の付き合いをしていた。

ウ ところで,Bは,本件当時,本件強盗殺人及び死体遺棄(以下,本件強盗殺人と死体遺棄について合わせて言及する際はまとめて「本件強盗殺人等」という)の共犯者であるC及びDと共に強盗団を結成し,東京都内や埼玉県内で強盗等事件を繰り返していた。

エ そして,死体遺棄の共犯者であるEはBの義兄で,FはEの舎弟であった。

(2)  本件経緯について

ア 被告人は,事業の失敗等で多額の借財を抱えて金銭に困窮し消費者金融から借り入れも出来ない状況であったところ,被害者から約束の仕事を回されずさしたる収入を得られなかったことから,被害者との舎弟関係の解消等を申し出ていたが認められず,暴力を受けるなどの理不尽な扱いを受けていたことに強い不満を抱くようになり,平成17年9月下旬ころから同年10月上旬ころにかけて,Bに対し,被害者と縁を切りたいなどという相談を繰り返して助力を求めていた。

イ 同月15日を過ぎたころから,被告人は,Bに対し,被害者殺害の話を持ちかけはじめた。被告人は,「被害者がその所属する暴力団組織の組長から約1500万円を持ち逃げしており,その半分を被害者の妻に預け,残りの半分を被害者自身で管理し,これをギャンブルに使うために持ち歩いている」,「被害者を殺害してその現金を奪い,これを殺害等の報酬の一部に充て,残額は自分が後に支払う」との趣旨の話をした。被告人から話を持ちかけられたBは,概ね1000万円の報酬で被害者を殺害してその死体を隠す旨の内容で,同月17日に最終的に被告人の依頼を了承し,強盗団の仲間であったC及びDに同様の話を伝えて協力を求め,その両人の了承を得た。

ウ 同月18日,被告人から知らせを受けたBらが被害者を乗せた被告人運転車両を追跡し,被害者殺害の機会を窺ったものの,殺害できなかった。

翌19日,再び被告人から電話で被害者の居場所の情報を得たBらが被害者を乗せた被告人運転車両の追跡を再開し,Bらにおいて被害者を拉致して殺害した上,その死体を遺棄した。

エ 一方,被告人は,Bらが被害者を拉致した後,被告人と高校の同級生で,同じ暴力団組織で活動していたこともあるV方に赴き,車内にあった被害者の(現金在中の)黒いセカンドバッグを手渡した。

3  本件死体遺棄の共謀の有無について

(1)  Bは,当公判廷において,平成17年10月17日の夜,被告人から,「(被害者を殺害後)その死体を絶対に分からないようにしてくれ。どこかに埋めるところはないか」などと依頼されたので,その場で知人に電話をかけて,「死体を埋めるのに適した場所はないか」と尋ねた,自分としても現役のやくざを殺害する以上は死体をそのままにしておくわけにはいかないと考えていたので,被告人の話を聞いて意外には思わなかったなどと証言している。

同証言は,上記エピソードを交えた具体的かつ詳細なものであり,その内容自体特段不自然,不合理な点はない。また,Bから被害者殺害の協力を求められたCが,Bが被告人から被害者の死体の処理についての依頼も併せて受けたという話をしていた旨証言していることとも符合している。そして,Bは,本件強盗殺人等について事実関係をすべて認めた上で既に無期懲役判決を受け,上訴することなくこれが確定しているから敢えて被告人を陥れるような虚偽の証言をする動機も認め難い。そうすると,上記Bの証言部分は十分信用できる。

(2)  この点,弁護人は,①Bが前記知人に電話をかけた際に,真剣ではなく軽い調子で尋ねているから,死体遺棄という犯罪の相談をそのような軽い調子で行うのは不自然である,②上記電話の後の死体遺棄に関する被告人との具体的なやりとりについて証言していないのでBの上記証言は信用できないとする。

しかしながら,①につき,Bは,軽い調子で知人に相談をしたのは,「人を殺したんだけど死体を埋める場所がなくて困っているなどという話をいきなり知人に対して真剣にすることはできないと考えたからである」と説明している。この説明は常識的な一般人の感覚からして十分納得できる。また,②については,Bは,「平成17年10月17日の時点では,直ちに被害者殺害を実行するなどとは考えていなかった」と述べているところからすると,この時点で被害者の死体の処理方法について詰めた話がなかったことにはそれなりの理由があり,不自然とはいえない。そこで,弁護人の指摘する上記各事情は,いずれも,B証言の信用性を減殺させるものということはできない。

(3)  そうすると,平成17年10月17日の時点で,被告人がBに対して被害者殺害と併せてその死体の処理をも依頼し,Bがこれを承諾したという事実を認めることができるから,この時点で,両名の間で強盗殺人のみならず,死体遺棄についての共謀も成立しているものである。なお,被告人自身も当公判廷において,Bに対して,被害者の死体を分からなくするよう依頼した点についてはこれを肯定する趣旨の供述をしていることからしても,この事実が裏付けられているというべきである。そして,上記共謀に基づき,Bから話を持ちかけられたC,D,E及びFとも順次共謀が成立したものといえ,被告人が死体遺棄についても責任を負うのは明らかである。なお,関係各証拠によると,上記時点で,被告人とBとの間で,被害者の死体の処理の方法や,埋めるとした場合の場所等の詳細な内容についてまで詰めた話がなされたことは認められない。しかし,上記のとおり被告人は,「被害者の死体を分からなくしてくれ」などと,Bに死体遺棄について全面的に委ねる旨の発言をし,Bがこれを了承したことが認められ,それ以降これと異なる趣旨の話をしていないから,被害者の死体遺棄をすることについての共謀が成立していることは明らかである。この時点で日時,場所,方法等の詳細で具体的な話がなされていないことは何ら死体遺棄の共謀の成立を妨げる事情とはならないというべきである。

4  したがって,被告人が死体遺棄について判示共犯者らと共謀した事実が認められ,被告人には判示死体遺棄罪が成立する。この点に関する弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為は刑法60条,240条後段に,判示第2の所為は同法60条,190条に,判示第3の各所為はいずれも同法246条1項に,判示第4及び第5の各所為はいずれも同法235条にそれぞれ該当するところ,判示第1の罪については所定刑中無期懲役刑を,判示第4及び第5の各罪については所定刑中懲役刑をそれぞれ選択し,以上は同法45条前段により併合罪の関係にあるが,同法46条2項本文,10条により最も重い判示第1の罪につき選択した無期懲役刑で処断し他の刑を科さないこととして,被告人を無期懲役に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中400日をその刑に算入することとし,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

1  事案の概要

本件は,被告人が,共犯者3名と共謀して被害者を金品強取の目的で殺害し,被害者が所持していた現金約350万円を強取した強盗殺人(判示第1の事実),さらにその罪跡を隠滅するために被害者の死体を土中に埋めた死体遺棄(判示第2の事実)のほか,消費者金融会社等からキャッシングカード等を詐取した詐欺3件(判示第3の各事実),詐取したキャッシングカード等を用いて現金自動預払機等から現金を窃取したという窃盗2件(判示第4,第5の各事実)の各事案である。

2  犯行に至る被告人の身上,経歴等

本件強盗殺人等に至る背景事情として,以下のような被告人の経済的苦境や家族関係を指摘できる。即ち,その身上,経歴は被告人の供述によると,以下のとおりである。

まず,被告人は,東京都でHとして出生し,地元の小学校に入学後,埼玉県内の小学校に転校してさらに同県内の中学,私立高校を卒業した。同高校在学中は水泳選手として活躍したことから水泳競技の特待生として私立大学に進学して卒業した。その後,被告人は,空手の段位を取得したり,スイミングスクールのコーチを経て家業を継ぎ,カバン,バッグの製造卸を業種とした株式会社を設立して代表取締役として活躍したが,父親の会社の多額の借金を肩代わりして苦境に陥り,平成12年に同社を閉業した。そのころ胃がんの手術で胃の約5分の4を摘出し,その後も大腸がんで3回手術しているが,その他の体の異常はなく,不動産会社の営業や土木建築会社等で一応稼働できる状況であった。また,被告人は,平成9年頃から暴力団に加入し,同18年6月頃まで指定暴力団○○組の三次団体の組長として活動していたが破門された。次に,被告人は,最初の妻との間に長男を儲けたが平成18年に離婚し,その後内妻との間にも男児を授かっている。被告人は,離婚後,借金目的で姓を変更しようと考えて,同年ころ面識の無い人と養子縁組してJを名乗った後,さらに元の妻の母親との間で養子縁組してKと改名しているが,内妻とその男児と生計を共にしていた。各犯行当時さしたる資産は無く,数千万円以上の借財が残存している経済状況であった。

3  本件強盗殺人,死体遺棄について

(1)  犯行動機

被告人は,当時○○組系列暴力団の若頭で三次団体の組長であったところ,本来格下であるべき○○組の四次団体の若頭補佐であった被害者から事実上配下に置かれて顎使されていたことに憤懣を抱き,この事態を打開しようと決意した。そこで,以前から面識のあった元暴力団組員のBに対し,被害者の殺害及び死体遺棄を依頼したところ,Bは1000万円の報酬を条件にこれを承諾し,かねてからBの強盗団の仲間であった暴力団組員のCやDに順次この話を持ちかけてその同意を得た上で,本件強盗殺人等の各犯行に及んでいる。このように,本件強盗殺人等は被告人から発意してBらに持ちかけたものであり,被告人は,その首謀者的立場にあったと評価し得る。

ところで,被告人は,被害者から日常的に激しい暴力を受けており,本件強盗殺人等の直前には,その程度がエスカレートし,このままでは自分が被害者から殺されてしまうかもしれないと考え,この暴力から逃れることが本件強盗殺人等に及んだ主要な動機である旨供述している。この点,被害者の暴力については,その供述内容自体具体的であることに加え,被告人と同様に被害者の舎弟をしていたWの証言とも符合する。そこで,被害者が被告人にある程度激しい暴力を振るっていたという事実があったこと自体は否定し難い。

しかし,上記Wを含め,過去に被害者の舎弟をしていた者はいずれも被害者の下から逃げ出している事実等に照らせば,被告人においても,被害者殺害という凶行に及ぶことなくその事態を打開する手段,方法はあったと考えられる。被告人は,組関係の特殊性や家族等に危害が加えられることを恐れて被害者から逃れられなかったというが,警察に救いを求めるなどの合法的な取り得る別の方策を採ろうとせず,安易に知人であり暴力団関係者でもあったBに被害者殺害を依頼し,実行に至ったのは,被告人の言い分を最大限斟酌しても誠に短絡的で身勝手という他なく,その動機,経緯に酌量の余地は乏しいといわざるを得ない。

また,弁護人は,本件各犯行に至る動機として被告人自身には被害者が所持していたバッグ内にあった現金を着服する意図はなかった旨主張する。この点,前記Vは,当公判廷において,本件強盗殺人等の犯行後に被告人から「処分しておいてくれ」と言われて黒いセカンドバッグを預かった旨証言しているが,そもそも被告人が本当に上記バッグを処分しようと考えていたのであれば,わざわざこれを他人に預けるということ自体が不自然・不合理である上,Vも被告人から預かった上記バッグを直ちに処分することなく物置に置いていたというのであって,これまた不自然といわざるを得ない。加えて,関係各証拠によれば,被告人は,当初Bらに被害者の所持品について曖昧な説明をしていたものの,BやCらから厳しく追及されたのを受けてようやく被害者の所持していた現金をBらに手渡したという経緯が認められることや上記の経済的逼迫状況等にかんがみれば,被告人について,積極的なものとまではいえないものの,あわよくば被害者の所持していた現金を領得しようという利欲的な動機があったものと考えるのが自然であろう。

(2)  犯行態様

Bらの強盗殺人の犯行は,被害者の左前胸部をナイフ様の刃物で突き刺すという粗暴かつ残忍で冷酷なものである。

死体遺棄の犯行は,Bらにおいて,犯行発覚を防ぐべく,殺害した被害者の死体を自動車で運搬し,約1.5メートルの深さの穴を掘った上でその死体を同穴に落とし入れて土中に埋めている。これは,死者への畏敬の念が微塵も感じられない悪質なものである。

弁護人は,本件で主導的な役割を果たしたのはBであって被告人は従たる役割を担ったにすぎない旨主張し,その理由として,報酬の要求や報酬額の提示のほか,待ち合わせ場所の指示や共犯者の役割分担を決めたのはBであると指摘する。

しかし,まず報酬の点については,Bは,当公判廷において,本件強盗殺人等を実行するに至った経緯として,被告人が被害者を殺害する報酬として1000万円を提示してきたこと,CやDといった仲間に協力を求めるとなると全体で1000万円では安いと考えたので,被告人に対し,1人1000万円になるかもしれないと持ちかけてみたところ,被告人が,被害者が死亡すれば自分の時間が取れるので,何か商売をやって収入を得る旨話していたことなどを証言し,その内容自体自然かつ合理的である。また,前記のとおり,Bには殊更に虚偽証言を行う動機も認められない。さらに,被告人が,さほどの親しい間柄になかったBに対し,報酬を支払う旨提示することなく現役の暴力団構成員である被害者の殺害を依頼するなどということ自体が不自然である。以上の諸事情によれば,被害者殺害の報酬額を先に提示したのは被告人であると認めることができる。

次に,関係各証拠によれば,待ち合わせ場所の指示や共犯者の役割分担の決定のほか,実行行為それ自体を主導的に行ったのはBであることが認められるけれども,本件強盗殺人等は,被害者から酷使されていた被告人がこれに耐えかねてBに被害者殺害を持ちかけたことがきっかけとなって行われたことに加え,上記実行行為それ自体をBが主導的に行った点についても,まさに報酬支払と引き替えにBをはじめ被告人以外の他の共犯者が本件強盗殺人等の実行行為を行う旨の共謀を遂げていたというにすぎないのであるから,この点をもって被告人が従たる役割を果たしたと評価することは相当でない。

以上によれば,弁護人の上記主張は採用できない。

(3)  本件被害の結果等

被害者は,その生命を奪われたばかりか,遺棄された結果,約2年後に見るも無惨な姿で発見されたのであり,その結果は極めて重大である。普段行動を共にしていて信頼していた被告人から突然暴行を加えられた上,見知らぬ共犯者らにも襲われて殺害された被害者の受けた驚愕,恐怖感,苦痛は甚大であったといえる。そして,被害者の無念さはもとより,残された遺族の悲しみも深く大きい。被害者の妻は夫を殺害された憤り,悔しさ,さらには,犯人が,被害者が女性と一緒に妻子を捨てていなくなったと嘘の説明をしていた被告人であることを知った際の驚き,怒りなどの心中を吐露し,それまでに傷つけられた癒しがたい心の傷を強く訴え,遺族として被告人の刑罰については厳罰を望む旨述べている。遺族の処罰感情が峻烈であることは当然の感情として理解でき,到底看過できるものではない。また,遺族の精神的被害はもとより強取金額も約350万円に上り,財産的被害も大きいが,慰謝の措置は取られていない。

4  本件詐欺及び窃盗について

被告人は,前記に述べたとおりの事情で当時金銭に窮していたところ,旧姓では消費者金融等から借り入れができないということで,養子縁組をして姓を変更した上,当時の勤務先に虚偽の生年月日を申告して健康保険被保険者証の交付を受け,これを用いて別人であるLになりすましてキャッシングカード等を詐取し,これを用いて現金を窃取したというものであり,その利欲的な動機に酌量の余地はなく,また,計画的犯行であるといえる。被害額も合計50万円と多額であるが,被害弁償はなされていない。

5  前科

被告人には,平成12年に証拠隠滅罪による罰金前科が1件あるのみである。

6  結論

以上の各事情からすると,被告人の刑事責任は誠に重大である。

そうすると,被告人は,死体遺棄については共謀の事実を否認しているほかは,事実関係を概ね認め,当公判廷においても被害者への謝罪の念を述べるなどして被告人なりに反省の態度を示していること,本件強盗殺人等については,先に指摘したような被害者の態度にもいささか問題があったことは否定し難いこと,被告人の元の勤務先の社長が情状証人として当公判廷に出廷し,本件強盗殺人等の事実を知った上で,なおもこの先被告人を待ち続け,出所後の被告人の面倒を見る意思がある旨証言していること,前記のとおり,これまで罰金前科1犯があるほかは前科がないこと,被告人を頼りとする扶養すべき家族がいることなど,被告人にとって有利に斟酌し得る事情を考慮しても,本件は,酌量減軽すべき事案であるということはできず,被告人については,主文のとおり無期懲役に処し,その生涯をもって罪を償わせるのが相当であると判断した。

(求刑 無期懲役)

(裁判長裁判官 大谷吉史 裁判官 西野牧子 裁判官 長橋政司)

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