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さいたま地方裁判所 平成19年(わ)1951号 判決 2008年11月12日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中250日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1金品窃取の目的で,平成17年2月11日午後1時30分ころ,埼玉県川口市ab丁目<番地略>所在のAアパートc号室のB方居室内に,無施錠の西側掃き出し窓から侵入し,同居室内において,就寝中の上記B(当時22歳)に気付くや,同女から金品を強取しようと企て,同女に対し,「騒いだら殺すぞ」などと語気鋭く言うとともに,その頸部を押さえ付け,さらに,猿ぐつわをかませるようにマフラーで口をふさぎ,衣類を顔面に巻き付けて目隠しをし,衣類で両手首及び両足首を緊縛するなどの暴行,脅迫を加えて,その反抗を抑圧した上,同女所有の現金約1000円を強取し,次いで,劣情を催し,同女を強姦しようと企て,そのころ,同居室内のベッド上において,上記のように緊縛されるなどして抗拒不能の状態にある同女を強いて姦淫し,その際,上記暴行により,同女に全治約1週間を要する頸部圧迫,擦過傷の傷害を負わせた。

第2

1  金品窃取の目的で,平成18年9月22日午前2時20分ころ,同市ab丁目<番地略>所在のCアパートd号室のD方居室内に,無施錠の西側掃き出し窓から侵入し,そのころ,同居室内において,上記D所有又は管理の現金約7000円及びキャッシュカード4枚ほか5点在中の財布1個(時価約5000円相当)並びにE所有又は管理の現金5000円及びキャッシュカード1枚ほか9点在中のバッグ1個(時価合計約1万6000円相当)を窃取した。

2  金品窃取の目的で,平成18年9月24日午後2時15分ころ,同市ef丁目<番地略>所在のFマンションg号室のG方居室内に,前記1の窃取に係る鍵を利用し,玄関ドアからその施錠を外して侵入し,そのころ,同居室内において,上記G(当時51歳)に気付くや,同女から金員を強取しようと企て,同女に対し,所携の折りたたみ式ナイフを突き付け,「金を出せ」などと言って脅迫し,その反抗を抑圧して金員を強取しようとしたが,同女に両手首をつかまれるなどして抵抗されたため,その目的を遂げなかった。

第3

1  金品窃取又は強取の目的で,平成19年7月26日午後11時過ぎころ,同市hi丁目<番地略>所在のHアパートj号室のI方居室内に,無施錠の西側掃き出し窓から侵入し,同居室内において,浴室から出た直後の上記I(当時28歳)に気付くや,同女から金品を強取しようと企て,同女に対し,「殺されたくなかったら,抵抗するな」などと語気鋭く言うとともに,その頸部を押さえ付け,さらに,タオルや衣類等を使って目隠しをし,猿ぐつわをかませるように口をふさぎ,両手首及び両足首を緊縛するなどの暴行,脅迫を加え,その反抗を抑圧した上,同女所有又は管理の現金1000円及びキャッシュカード5枚を強取し,次いで,後記2及び3の各犯行を終えて上記居室に戻った後,劣情を催し,同女を強姦しようと企て,翌27日午前0時20分ころから午前3時30分ころまでの間に1回,同居室内のベッド上において,全裸のまま両手足を緊縛されるなどして抗拒不能の状態にある同女を強いて姦淫し,その際,上記姦淫行為により,同女に全治約1週間を要する外傷性外陰部裂傷の傷害を負わせた。

2  同年7月27日午前0時14分ころ,さいたま市k区l<番地略>所在のJコンビニエンスストアにおいて,同所に設置された現金自動預払機に,前記1の強取に係る前記I名義のK銀行口座のキャッシュカードを挿入するなどして同機を作動させ,同機から株式会社L銀行お客さまサービス部長M管理の現金44万5000円を引き出して窃取した。

3  同年7月27日午前0時16分ころ,前記Jコンビニエンスストアにおいて,同所に設置された現金自動預払機に,前記1の強取に係る前記I名義のN銀行口座のキャッシュカードを挿入するなどして同機を作動させ,同機から前記M管理の現金50万円を引き出して窃取した。

第4金品窃取又は強取の目的で,同年10月30日午後6時45分ころ,埼玉県川口市hi丁目<番地略>所在のHアパートm号のO方居室内に無施錠の西側掃き出し窓から侵入し,同居室内を物色中,同日午後7時15分ころ,上記O(当時26歳)が帰宅したことに気付くや,同女から金品を強取しようと企て,同女に対し,所携のカッターナイフをその面前に突き付け,「静かにしろ。騒ぐと殺すぞ。」などと語気鋭く言うとともに,衣類を顔面に巻き付けて目隠しをし,猿ぐつわをかませるようにタオルで口をふさぎ,ストッキングで両手首及び両足首を緊縛し,さらに,延長コード等で同女をトイレ内の便器に縛り付けるなどの暴行,脅迫を加えて,その反抗を抑圧し,同女所有又は管理の現金約8000円,キャッシュカード3枚,クレジットカード2枚,運転免許証1通及び健康保険証1通を強取した上,そのころ,同居室内において,仰向けに倒れた同女に馬乗りとなり,殺意をもって,両手の親指及び人差し指の付け根付近を同女の頸部に押し当て,両手の平等で同女の頸部や上胸部付近を強く押すなどし,よって,そのころ,同所において,同女を前頸部下半から上胸部にかけての圧迫による窒息により死亡させて殺害した。

(証拠の標目)

省略

(事実認定の補足説明)

第1殺意の有無

1  弁護人は,判示第4の事実について,犯行態様は争わないものの,被告人は,被害者が声を出さないように暴行を加えたにすぎず,殺意はなかった旨主張し,被告人も,上記主張に沿う供述をしているので,被告人の殺意の有無について当裁判所の判断を示すこととする。

2  犯行態様からの推認

(1) 関係各証拠<証拠略>によれば,以下の事実が認められる。すなわち,

ア 被害者の遺体には,前頸部下半から上胸部(両鎖骨部)にかけての広範囲に,着衣の網目痕及び粗大な点状出血群,すなわち,圧迫痕や圧迫的打撲傷が認められ,その皮下及び筋肉内には,鎖骨及び胸骨上端に沿って広範囲に,厚い層の出血がみられ,輪状軟骨も骨折している。さらに,上背部には,死斑に重なって着衣の網目痕が印象され,その皮下,筋膜下及び筋肉内には,斑状のやや厚い層の出血がみられるところ,この上背部の創傷は,上記頸部下半から上胸部の創傷の対側損傷であると認められる。

イ このような被害者の創傷の状態,すなわち,上胸部(両鎖骨部)に厚い層の出血を伴う圧迫痕が存在し,その反対側の上背部にも着衣の圧痕がみられることは,左右の胸部を前後に強圧されたことを示すものである。しかも,輪状軟骨が骨折していることにも照らせば,頸部から上胸部(両鎖骨部)にかけて,非常に強い力が加わったことが認められる。

ウ さらに,死因に関する鑑定結果及び犯行態様に関する被告人の供述をも参酌すると,冷蔵庫の扉に後頭部が支えられ,頭部が少し床から浮いた状態で仰向けに倒れていた被害者に対し,被告人が,馬乗りとなって,両手の親指及び人差し指の付け根付近を被害者の頸部に押し当て,その頸部に対してほぼ垂直方向から,両手の平等で同女が動かなくなるまでその頸部や上胸部付近を手加減することなく強く押すなどして圧迫した結果,同女を胸郭運動障害を主体とする窒息により死亡させた,すなわち,圧死させたものと認められる。

エ そして,頸部等の圧迫開始から窒息死するまでに少なくとも数分から10分程度かかることは,広く知られるところであるから,被告人は,被害者が動かなくなるまでの少なくとも数分から10分程度という長い時間,同女の頸部から上胸部付近を両手の平等で強圧し続けたものと認められるのである。

(2) このように,被告人が,自らの意思で,少なくとも数分から10分程度という長い時間,被害者の頸部から上胸部にかけてという気管や重要な血管,神経等が集中する身体の枢要部を両手で強圧し続けていることからすれば,被告人が被害者の死亡結果を認識,認容していたことは明らかであって,被告人には確定的殺意があったことを優に推認することができる。

3  弁護人の主張について

(1)ア 殺意に関して,弁護人は,まず,①被告人は被害者が声を出さないように頸部を強く押さえ付けたものであり,胸郭運動障害による窒息という死因に照らすと,被告人の行為が被害者死亡の主要因とはいえない,②前頸部の擦過傷群は死戦期以降の創傷である,③したがって,被告人が被害者の死を意識しながら押さえ付けたとはいいきれない旨主張する。

イ しかしながら,①の点は,被告人の公判供述によっても,被告人の上記暴行以外に被害者の死亡を招くような要因は全く存在しない。そして,被告人の述べる犯行態様によっても,両手の親指及び人差し指の付け根付近を被害者の頸部に押し当てれば,両手の平がその上胸部(両鎖骨部)付近を押すことになるから,被告人の犯行が被害者の死亡の主要因となったことは明らかである。②の点も,前頸部の擦過傷群は,致命傷となった創傷とは全く別個の創傷である。

したがって,弁護人の上記主張はいずれもその前提を欠くものである。

(2)ア また,弁護人は,被告人は一貫して殺意を否認している上,被告人の目的は被害者の反抗の抑圧,特に声を出させないようにする点にあったから,被告人には被害者を殺害する動機がないとも主張する。

イ 確かに,被告人が側に落ちていた包丁を殺害のための凶器として使用していないことなどに照らすと,被告人に被害者の殺害に向けた積極的な意欲まで認めることは困難である。

もっとも,被告人が,捜査公判を通じ一貫して,殺意はなかった旨供述している趣旨は,「意図的に殺してやろうということを1回も思ったことがない」<証拠略>などと述べるように,あくまで,そのような積極的な殺害の意欲を否定するものにすぎない。しかも,被告人は,確定的殺意の存在を否定するような具体的事情を特に積極的に供述しているわけではない。

ウ むしろ,被告人は,捜査段階で述べているように,自らの激しい暴行脅迫にもかかわらず,被害者が大声をあげて抵抗し続けたことから,近隣住民に発覚して逮捕されるのではないかと焦って狼狽し,自分の意のままにならない同女に対して怒りを覚えたというのであって,衝動的に確定的殺意を抱くに十分な動機があったといえる。そしてそもそも,被害者に声を出させないようにする目的は,既に摘示した確定的殺意と何ら矛盾するものではないのである。

エ よって,弁護人の上記主張も理由がない。

(3)ア さらに,弁護人は,被告人が,被害者の首を押さえ付けた力の強さや時間の長さについては明確に認識していないから,死の結果発生の認識,認容に欠け,殺意は認められない旨主張し,被告人も,当公判廷において,相当強い力を入れた記憶はない,自分の記憶では押さえていた時間は本当に気が付いたら,という感じだったなどと供述している。

イ しかし,被告人は,検察官調書<証拠略>では,上記力の強さや時間の長さについて具体的な認識を認める供述をしているところ,以下に説示するとおり,この供述は十分信用することができる。

(ア) 被告人は,その公判供述によると,最初に被害者の殺害を認めた平成19年12月10日の取調べにおいて,首を強く絞めてどんどん力を入れていった旨供述し,平成20年1月10日に実施された犯行再現でも,両手で被害者の頸部を強く押し付けたと再現したことがうかがわれ,その後の同月14日に,上記検察官調書が作成されている。このように,被告人は,捜査段階では一貫して,被害者の頸部に強い力を加えたことを認め,最終的には「首を強い力で絞め続けた」旨供述したことが認められる。

(イ) また,被告人の上記検察官調書には,真に体験した者にしか分からないような,爪を立てて抵抗した手から徐々に力が抜けていったなどという首を絞めている間の被害者の様子について,詳細かつ具体的で迫真性に富む内容が録取されており,まさに,ありのままに語られた被告人の認識をそのまま録取したものと認められる。

(ウ)a 加えて,被告人の公判供述や平成20年1月11日の取調状況の録画内容<証拠略>に照らしても,被告人に対する取調方法には,その供述の信用性に疑問を生じさせるような問題の存在は特にうかがわれない。とりわけ,被告人が,捜査段階において供述調書の内容をよく確認してから署名指印していたことは,上記録画内容からも十分推認できる上,被告人も,供述調書を十分確認した上,署名指印したことを認めているのである。

b なお,被告人は,当公判廷において,納得して署名指印したわけではなく,訂正してほしい部分があったが,従前の取調べでは受け付けてもらえなかったことから諦めていた,また,検察官が元妻や子どもたちの生活にも気遣ってくれている様子であったため,逆らわない方がよいと考えて,訂正を申し立てなかった旨供述する。

しかし,被告人が訂正してもらえなかったと主張するのは,主に「殺意があった」とする部分であるところ,同月17日付け検察官調書<証拠略>には「『彼女を殺してやろう』とか『死んでも仕方がない』などといった言葉が頭に浮かんだことはない」などと,殺意を否定する被告人の言い分も録取されている。また,被害者の首を絞めた時間の認識という,殺意の有無を決する上で重要な事実についても,取調べ時の被告人の述べるところに従って,その内容が変遷するままに録取されたことがうかがわれる。さらに,手加減しないで絞めたという点についても,無意識のうちに手加減,加減が分からなくなったと,自ら捜査段階でも述べているのである<証拠略>。

このような事情に照らせば,被告人が捜査官に供述調書の内容の訂正を求めたのに訂正してもらえなかったという弁解は,到底信用することができない。

(エ) よって,被告人の検察官調書<証拠略>は,首を押さえ付けた力の強さや時間の長さに関する認識部分についても,その信用性に疑問を抱かせる事情は何ら認められず,信用できることは明らかである。

ウ 他方,被告人は,当公判廷において,殺意を否定する供述をしているので,その信用性についても検討する。

(ア)a まず,被告人は,首を押さえ付けた力の強さについて,相当力を入れたという記憶はない,手加減せずに思い切り絞めたという意識はない旨供述する。

b しかし,初めは手加減していたが,途中からかーっと頭に血が上って手加減しなくなったという流れそのものは,被告人から言い出したものである上<証拠略>,被告人は,当公判廷でも,手加減した記憶はない旨述べている。したがって,力の強さに関する公判供述は,被害者の創傷や死因等といった客観的証拠と符合しないだけでなく,上記のような自らの供述経過とも整合しない。

(イ)a また,被告人は,被害者の首を押さえ付けた時間の長さに関連して,同女が手をつかみ返してきたのは覚えていない,同女はずっと大きい声を出していたという記憶である,同女の声が小さくなって動かなくなってからも絞め続けたという点は覚えていないなどと供述している。

b しかし,被告人は,殺害状況以外の事実については,相当詳細な供述をする一方で,殺害状況についてのみ,記憶がはっきりしないなどと,あいまいで具体性に欠ける供述に終始しており,不自然である。しかも,被告人は,同女が手をつかみ返してきたという具体的な事実について,記憶にはないが客観的な事実から考えたなどと,およそ不合理な供述もしているのである。

(ウ) 以上によれば,被害者の首を押さえ付けた力の強さや時間の長さについての被告人の公判供述は,到底信用することができない。

エ よって,被告人には,被害者の首を押さえ付けた力の強さや時間の長さについて具体的な認識があったと認められるから,これに反する弁護人の主張はすべて理由がない。

(4) 弁護人は,被告人が犯行後に被害者にわいせつ行為に及んでいる点からも,殺意は認められないとも主張する。

しかし,被告人の殺意と殺害後にわいせつ行為に及ぶこととは何ら矛盾しない。とりわけ,被告人は,その述べるところによっても,わいせつ行為に及んだのは,あくまで同女の死亡を確認するためであったというのである。したがって,弁護人の上記主張はその前提を欠くものである。

(5) 以上みてきたとおり,被告人の殺意を争う弁護人の主張はすべて理由がない。

第2責任能力の有無

1(1)  弁護人は,被告人は,本件一連の犯行当時,いわゆるヤミ金からの強圧的な返済要求を含む多数の借金返済の重圧にさらされていた上,ギャンブル依存症に罹患し,その病状が著しく進行していた可能性があるから,判断能力及び制御能力が著しく減退した状況にあった旨主張する。

(2)  確かに,被告人が借金の返済等により相当追い詰められた状況にあったことは認められるものの,一連の犯行において,意識障害や幻覚,妄想等何らかの精神症状の存在をうかがわせる事情は全く存在しない。かえって,被告人は,無施錠の居室に狙いを定め,被害者の反抗抑圧のために両手首及び両足首を縛り上げるなど,犯罪遂行に向けた合目的的な行動を取っているほか,犯行後には,罪悪感を感じて,その場で謝罪するなどの状況に即した心の動きを見せたり,犯行の発覚をおそれて変装や罪証隠滅工作を行うなど,周到な準備や配慮もしているのであり,その判断能力,制御能力に障害があった状況は何らうかがわれない。

また,ギャンブル依存症も,その罹患をうかがわせるべき的確な証拠がない上,一連の犯行状況に照らせば,被告人が当時パチンコに深くのめり込んでいたとしても,そのことが被告人の判断能力や制御能力に影響を及ぼしたことをうかがわせる事情は何ら見出し得ないのである。

2(1)  また,弁護人は,判示第4の強盗殺人における殺害後の異常な緊縛行為を根拠に,被告人の責任能力が減弱していたとも主張する。

(2)  しかし,被告人は,緊縛した理由について,被害者が死んだことは分かっていたが,自分を振り返って見ているような感覚や,声が聞こえているような感覚がして,恐怖感から行ったものである旨供述しており,殺害現場に長時間とどまっていた者の感覚として理解できないものではないから,上記緊縛行為が被告人の責任能力の減弱をうかがわせる事情とはいえない。

3  よって,責任能力を争う弁護人の主張もすべて理由がない。

(法令の適用)

省略

(量刑の理由)

本件は,被告人が,約2年8か月の間に断続的に行った一連の,住居侵入,強盗殺人1件(判示第4),住居侵入,強盗強姦2件(判示第1及び第3の1),住居侵入,強盗未遂1件(判示第2の2),住居侵入,窃盗1件(判示第2の1)及びATM窃盗2件(判示第3の2及び3)の事案である。

第1被告人の責任を基礎付けるべき事情

1  住居侵入,強盗殺人(判示第4)の犯行について

(1) 判示第4の犯行は,被告人が犯罪行為を繰り返した当然の帰結である。

被告人は,平成15年ころから借金を重ねてはパチンコに費やす生活を続けて,平成17年1月には借金の額がピークに達し,翌2月には金策も尽き果てたことから,一人暮らしの女性宅に侵入し,その部屋に住む女性を衣類等で緊縛するなどの暴行脅迫を加えて現金を強取した上,強姦するという判示第1の犯行に及んだ。

その後も,被告人は,ヤミ金への返済等に追われ,平成18年9月,判示第1の犯行現場の隣のアパートの1室に侵入してバッグ等を窃取した上(判示第2の1),そのバッグに入っていた鍵を用いてマンションの1室に侵入し,強盗しようとしたが未遂に終わった(判示第2の2)。

さらに,被告人は,給料等をパチンコ等の遊興費に費消する生活を続けたため,借金は一向に減らず,平成19年7月には元妻に渡す約束の生活費を用意することができなかったため,再び一人暮らしの女性宅に侵入し,衣類等で緊縛するなどの暴行脅迫を加えて,現金及びキャッシュカードを強取した上,強姦し(判示第3の1),その際強取したキャッシュカードを用いてATMから現金合計約95万円を引き出し窃取した(判示第3の2,3)。

そして,被告人は,そのわずか約3か月後に,判示第3の1と同じアパートの別の1室に侵入して,強盗殺人(判示第4)の犯行に及んだのである。

このように,被告人は,借金を重ねて金銭を遊興費等に費消し尽くした挙げ句,金欲しさから次々と重大な犯罪に手を染め,ついには人命を奪う判示第4の犯行にまで及んだものであって,この強盗殺人の犯行は,被告人が凶悪な犯罪行為を次々と繰り返した末に,起こるべくして起きた結果ともいえる。

(2) 犯行態様は,卑劣にして凶暴かつ執ようで,残虐極まりないものである。

ア 被告人は,約3か月前の犯行で侵入に成功したアパートに狙いを定め,被害者方の窓が無施錠であるのを確認するや,人目に付かない夜分まで待って,同女方に侵入し,入念に室内の物色を始めた。しかし,被害者が帰宅したため,いきなり背後から襲いかかって,同女の目前に,かねて用意のカッターナイフを突き付けた上,背後から押し倒して,その両手首及び両足首をストッキングで緊縛し,衣類等で目や口をふさいで縛り付ける暴行を加えた。その後,被告人は,物色を再開し,同女の財布の中から現金を抜き取り,通帳を見付けるや,強姦を恐れる同女を更に恐れさせる行為をしてまで,暗証番号を聞き出した。次いで,被告人は,最寄りのスーパーのATMまで現金を引き出しに行く間,逃走されないように,同女を洋式便座に座らせて,延長コードやストッキングでその全身を洋式便座に幾重にも縛り付けた。

そして,被告人は,上記財布等からキャッシュカード等を抜き取ってこれらを奪取した上,ATM付近に設置された防犯カメラの映像から自己の犯行であることが発覚しないように,変装しようとしていたところ,同女が緊縛を解いて外に逃げ出したことから,これを追いかけ,同女の腕をつかむなどして玄関内に引き戻し,仰向けに転倒させた。さらに,被告人は,同女に馬乗りになって顔面を手拳で殴打し,首を絞め付け,起き上がろうとする同女の胸部を蹴り付けるなどの暴行を繰り返した挙げ句,なおも大声で助けを求め,抵抗を続ける同女に対して,前認定のとおり,殺意をもって両手で前頸部下半から上胸部にかけて強く押すなどして圧迫する暴行を加え,同女を窒息死させた。

その後,被告人は,被害者の両手首及び両足首を再び衣類等で緊縛した上,同女の死を確認したが,同女が全く反応せず,呼吸もしていなかったことなどから,同女の死を確信した。ところが,被告人は,なおも同女が再び大声を上げるのではないかなどと感じて,その口にパンティを押し込み,頭部にはストッキングやパンティを6重にも被せるなどして緊縛し,さらに,延長コードや衣類等で同女の手や足を何重にも固く結び,ついには,同女の両手足を縛った衣類等を背後でつなぎ合わせて,身体がえび反りになるまで緊縛した。

そうした上,被告人は,キャッシュカードを使って現金を引き出すという当初の目的を果たすため,変装して出掛け,スーパーのATMから現金を引き出そうとしたが,暗証番号が合わずに失敗に終わったため,同女方に戻って,朝方まで長時間とどまった後,同女のキャッシュカード等をポケットに入れ,同女方を立ち去った。

イ このように,被告人は,一人暮らしの女性被害者に突然襲いかかり,同女を繰り返し緊縛し,懸命に緊縛を解いて逃げようとした同女を引き戻した上,必死に抵抗する同女に対し,顔が腫れ上がり,出血するほどの激しい暴行を加えた挙げ句に,頸部と上胸部を両手で思い切り圧迫して窒息死させたものであり,その暴行は,凶暴にして執ようかつ苛烈なものであるだけでなく,殺害後には同女の遺体をえび反りになるまで執ように縛り上げて現場に置き去りにするなど,残虐極まりない犯行でもある。

また,被告人は,被害者が履いていたストッキングを脱がせて両足を緊縛しようとした際,同女が強姦されることを恐れていたのに乗じ,その恐怖心を更にあおるような行為までして,キャッシュカードの暗証番号を聞き出した上,同女の死亡後にも,同女の人格や尊厳を無視した卑劣な行為を繰り返しており,同女を愚弄する態度が顕著である。

さらに,被告人は,侵入する際に軍手を着用して指紋の付着を防いでいるほか,被害者殺害後は,外通路に付着した同女の血をふき取り,防犯カメラを意識して変装した上,キャッシュカードを用いて現金を引き出そうとしているのであり,このような,犯行の発覚を防ぎながらあくまで自らの強固な金銭的欲求を満足させようとする冷静かつ狡猾な一連の行動からは,自己の欲望の充足を何よりも優先して,自ら引き起こした被害者の死亡という重大な結果すら意に介さない被告人の冷酷さが際だつのである。

(3) 結果は余りにも重大である。

ア 被害者は,何らの落ち度もないのに,最も安全であるべき自宅に帰り着いて安心した矢先,突然,恐怖のどん底に突き落とされ,必死に抵抗し,大声で助けを求めたのも空しく,上記のような執ようで激しい暴行脅迫を受けて殺害されたのであり,密室内で激しい暴行を受けた末に息絶えた同女の精神的衝撃や肉体的苦痛,恐怖心や絶望感は想像を絶するものである。さらに,被害者は,息絶えた後にも,先に摘示したようなむごい仕打ちを受けた挙げ句に,2日間も無惨な姿のまま放置され続けて,その尊厳を著しく踏みにじられたのである。

被害者は,幼いころから,いつも笑顔を絶やさず,多くの友人に愛される明るい女性であった上,自らの努力で留学し,通訳ができるほどの語学力を身に付けて,英語を生かした仕事がしたいとの夢を実現させた努力家でもあった。そして,今後も,多くの友人に愛され,仕事に邁進し,愛する人と結婚して幸せな生活を送るという輝かしい将来が待ち受けていたにもかかわらず,思いもかけず被告人の凶行によって理不尽にもその夢も希望も絶たれたのであり,いまだ26歳の若さで生涯を終えなければならなかった無念さは察するに余りある。

イ 被害者の父親は,同女の無惨な姿に変わり果てた遺体と対面して,言葉では言い表せない衝撃と悲嘆を覚えて泣き崩れ,同女の母親は,いまだに被害者のことを思うと涙があふれてくるというのであって,誇りであり何物にも代え難い宝物であった愛娘を突然に奪われた両親の悲しみの深さは,計り知れない。また,被害者と仲の良かった妹も,事件後は恐怖心から暗がりにおびえるようになるなど,同女に与えた精神的苦痛も深刻である。

このように,遺族らに与えた影響は余りに重大であり,被害者を返して欲しい,自分の手で被告人を殺してやりたい,死刑を望むと述べるように,愛する娘,姉を無惨な形で奪われた遺族らの処罰感情が峻烈なのは,至極当然である。また,将来,被害者との結婚を考えていた交際相手も,被告人には被害者と同じ苦しみを与えて死刑にして欲しいと述べている。

(4) 殺害の動機に酌量の余地は全くない。

本件殺害の犯行は,被害者の激しい抵抗に直面した結果であるとはいえ,被告人は,約3か月前の判示第3の1の犯行でも,同様の経験をしており,十分に予見できた事態であったのに,あえて再び凶器すら携えて空き巣狙いに及んだものである。しかも,被害者を緊縛した後,現場から逃走することも十分可能であったのに,あくまで金品奪取の犯行を敢行しようとして,ついには殺害行為に至ったものであり,その動機に酌量の余地など,ありようはずがない。

(5) 犯行後の情状も劣悪である。

被告人は,<中略>周到に罪証隠滅工作を図っている。また,犯行の翌日には,再び被害者のカードをATMに挿入して現金を引き出そうとしたばかりか,これに失敗するや,強取した現金をすべてパチンコに費消したというのである。

このように,人命を奪うという重大犯罪を犯したのに,罪証隠滅に向けた周到な配慮を尽くしたのみならず,あくまで金員の取得に固執し,遊興にもふけるという態度からは,後悔の念や罪悪感のかけらも感じられず,犯行後の情状も極めて劣悪である。

2  住居侵入,強盗強姦,窃盗(判示第1,第3の1ないし3)の犯行について

(1) 犯行態様は卑劣かつ執ようで悪質である。

ア 判示第1の犯行について

被告人は,金品を窃取しようとして無施錠の居室を探して侵入したところ,予想に反して居室内にうつ伏せで就寝中の被害者を見付けるや,いきなり両手でその首を絞め付けて脅迫した上,居室内にあった同女の衣類等で,目隠しをし,猿ぐつわをかませ,さらに,両手首,両足首をきつく緊縛する暴行を加えた上,室内を念入りに物色し,同女の財布内から現金を抜き取っている。そして,こともあろうに,強姦目的のないことを確認しようとした同女の言葉に劣情を催し,緊縛されて抗拒不能状態にあった同女に対して執ようにわいせつ行為を行った挙げ句,姦淫行為にまで及んでいる。

イ 判示第3の1ないし3の各犯行について

被告人は,同女方の無施錠の掃き出し窓から居室内に侵入した。そして,居室内に住人がいる場合に備えて,顔を見られないように,持参したビニール袋に穴をあけて覆面をし,その場にあったはさみを手にした上,室内を物色していたが,風呂上がりの被害者と遭遇するや,いきなり同女にとびかかって押し倒し,タオルで目隠しをし,両手で首を絞め,衣類等で両手首及び両足首を緊縛して,猿ぐつわをかませた。その後,物色行為を再開して,財布から現金を抜き取り,キャッシュカードを見付けるや,ドライヤーのコードで同女の首を絞め付けるなどして脅迫し,暗証番号を聞き出した上,逃げられないようベッドに縛り付け,近くのコンビニに出向いたが,その際,同所に設置された防犯カメラの映像から自己の犯行であることが発覚しないように,変装し,タオルを2枚用いて顔を隠し,2回にわたり現金合計約95万円を引き出して窃取した。その後,被告人は,再び同女方に戻った後,同女の裸体を見るうち欲情して,緊縛されて抗拒不能状態にある同女を強姦している。

ウ このように,各強盗強姦の犯行はいずれも,一人暮らしの女性宅に侵入し,いきなり無防備な女性に襲いかかって,その首を絞め,衣類等で緊縛するといった強烈かつ危険な暴行や「殺すぞ」などの強烈な文言を用いた脅迫を加えた上,現金等を奪ったばかりか,被害者が緊縛され身動きがとれない状態であるのに乗じて,自らの欲望の赴くまま強姦にまで及んでいるのであり,その犯行は卑劣極まりないものである。加えて,判示第1の犯行は,白昼堂々と行われ,大胆不敵な犯行ともいえる。

しかも,判示第3の1ないし3の各犯行において,被告人は,あらかじめ覆面に用いる袋を用意した上,現金引出しの際には変装し,犯行後にも後に見るような罪証隠滅工作を図っているのであり,自己の犯行の発覚を防止するために様々な考えをめぐらせた用意周到な犯行というべきである。

(2) 結果は重大である。

強盗強姦の被害女性2人はいずれも,何らの落ち度もないのに,最も安全であるべき自宅内で,いるはずのない見知らぬ男から突然に襲われ,上記のような苛烈な暴行,脅迫を受け,目隠しをされて何も見えない状態のまま,死の恐怖に突き落とされた挙げ句,屈辱的な強姦の被害にまで遭い,さらにその後も,長時間にわたり被告人が居続けたため恐怖にさらされ続けている。そのため,両名が今もなおその恐怖の記憶に苛まれていると述べるように,両名が感じたであろう恐怖や屈辱感は甚大であり,両名のこれからの人生に与えた悪影響も深刻である。

しかも,判示第3の1の被害者は,風呂上がりのほぼ全裸の状態で突然襲われ,貞操まで奪われたばかりでなく,約95万円もの財産的損害を負っており,精神的・肉体的苦痛にとどまらず,経済的被害も重大である。また,判示第1の被害者は,就寝中に突然首を絞められ,とっさに被告人の機嫌を損ねないよう必死で被告人に話しかけるなどしたものの,あえなく上記被害に遭い,事件後,恐怖から引っ越しを余儀なくされている。

そのため,いずれの被害女性も,その処罰感情は厳しく,判示第4の強盗殺人の件も踏まえて,被告人に対し,極刑を求めている。

(3) 強姦の各犯行は性欲のはけ口にすぎず,悪質である。

被告人は,被害者の発言や裸体に劣情を催して強姦行為に及んだというのであり,単に自らの欲望を充足させるための場当たり的な犯行であって,女性の人格や心情,性的自由を全く顧みることなく刹那的な性欲のはけ口とする態度は厳しい非難に値する。

(4) 判示第3の1ないし3の各犯行後の情状も悪い。

被告人は,自己の犯行の発覚を防ぐため,犯行後に,<中略>念入りに罪証隠滅行為に及んでいる。

また,被告人は,強取した100万円近い多額の金員を,生活費や借金の返済に充てただけでなく,わずか3週間足らずでパチンコ等の遊興に費消し尽くしたのである。

3  住居侵入,窃盗,強盗未遂(判示第2の1及び2)の各犯行について

(1) 計画的で悪質な犯行である。

ア 被告人は,判示第2の1の犯行に際して,判示第1の犯行時の経験から,現場のアパートに侵入することが可能であると知って,同アパートに狙いを定め,深夜,指紋が残らないように軍手をはめた上,同女方のベランダに侵入して,就寝中の同女らを横目に,床上に置かれていたバッグ内から財布を抜き取るとともに,もう一つのバッグも手にして玄関から逃走した。

イ その後,被告人は,上記犯行で窃取したバッグの中に,家の鍵が入っていたことから,その鍵を用いて更に盗みに入ろうと考え,同じバッグに入っていた生徒手帳の住所を頼りに判示第2の2の被害者方を探し出し,インターホンを鳴らして留守を確認してから,上記鍵を用いて室内に侵入した。すると,被害者に発見されたため,被告人は,あらかじめ携帯していた折りたたみ式ナイフの刃をちらつかせ,同女の脇腹に押し当てるなどして金を出すよう要求したが,同女が,決死の覚悟で被告人の両手をつかんでねじり上げるなどしたため,金品の強取を断念したものである。

ウ このように,被告人は,過去の犯行時に得た知識を頼りに犯行場所を決め,指紋が残らないよう軍手をはめるなど,計画的かつ用意周到に判示第2の1の犯行に及んでいる。しかも,上記犯行のわずか2日後に,窃取した鍵を使用して,躊躇する様子もなく,ナイフを準備して白昼堂々と判示第2の2の犯行に及んでおり,その犯行は,計画的で,その態様も,大胆にして凶器を使用した悪質なものである。

また,被告人は,盗んだキャッシュカードを用いてATMから現金を引き出そうとしたり,判示第2の1の犯行後すぐに判示第2の2の犯行に及んでいることからは,その金銭的欲求の強さもうかがわれる。

(2) 結果も重い。

窃盗の被害については,財産的損害が少なくなく,被害者の1人はキャッシュカード等の再発行手続といった煩雑な作業を強いられており,結果は軽視できない。しかも,自宅の鍵を盗まれたもう1人の被害者は,その鍵が判示第2の2の犯行に利用されたため,自分が母親を危険な目にあわせたとの責任すら感じている。

また,強盗未遂の被害者は,心臓が張り裂けるぐらいの恐怖を感じているほか,現場に居合わせたその長女も恐怖にさらされたのであり,同女らに与えた精神的な苦痛も軽視できず,意見陳述からも明らかなように,その処罰感情は厳しい。

4  判示一連の犯行について

(1) 犯行に至る経緯に酌むべき点は乏しく,利欲的動機に酌むべき余地はない。

ア(ア) 被告人は,平成15年ころ,母親から借金を申し込まれたのを切っ掛けに,消費者金融から借金をするようになり,パチンコで稼ぐことによって,借りた金を増やしたり,借金を返そうという余りにも浅はかな考えから,次々とパチンコに金を費やしては,借金を繰り返し,ヤミ金にまで手を出して,平成17年1月には約460万円にも上る借金を抱えるに至り,翌2月には金策も尽きて,もはや盗みをするしかないと考え,判示第1の犯行に及んだ。

(イ) その後,民事再生の手続を経て,平成18年3月には,借金が100万円にまで圧縮されたが,被告人は,体裁を繕うため,ヤミ金2社からの借金を当時の妻に隠していたため,その返済に追われる生活が続き,度重なる被告人の借金と虚偽の弁解に愛想をつかした妻は,同年5月,被告人と離婚するに至った。その後も,被告人は,元妻や子どもたちが完全に自分から離れていくことを防ぐため,給料を家に入れるとの約束をしたものの,自己の生活費やヤミ金への返済に窮して再び犯行を決意し,同年9月,判示第2の1及び2の各犯行に及んだ。

(ウ) 被告人は,勤めていた会社にもヤミ金から取立ての電話がくるようになったため,同年12月から別の会社で働くようになった。被告人は,元妻の機嫌をとるため,給料の額を実際よりも多めに話していたことから,その金額に見合う現金を確保しようと,再び借金をし,パチンコでその金を増やそうとして結局費消するなどしたため,借金の額は一向に減ることがなかった。さらに,給料の支払が滞ることもあって,平成19年7月21日の給料日には,元妻へ渡す生活費を用意することができず,元妻からメール等で何度も厳しく請求されて,再び盗み等をするしかないと考え,判示第3の1ないし3の各犯行に及んだ。

(エ) 被告人は,その後もパチンコで金を増やそうとの浅はかな考えに囚われ続け,せっかく手にした同年9月分の給料28万円余りをわずか1週間足らずでパチンコに費消し尽くして,元妻へ渡すべき生活費を失ってしまった。そして,判示第4の犯行当日,元妻から給料を渡すように直接に催促されたこともあって,使い込みが元妻に発覚した暁には,もはや完全に愛想をつかされ,子どもたちとも会えなくなると考え,何としてでも早急に金を手に入れなければという思いから再び犯行を決意し,ついに判示第4の犯行に及んだものである。

イ このように,被告人は,借金の返済資金や生活費等を得るために,それらを一気に賄える大金をパチンコで儲けようという,余りに安易な考えから,パチンコにのめりこんだだけでなく,母親や元妻に良く思われたいとの思いも手伝い,いたずらに体裁を取り繕って,無計画に借金を重ねた挙げ句に本件一連の犯行に及んだものであり,被告人の金銭的な困窮状態に同情の余地は乏しく,まして,その解決のために他人の財産を奪おうとする動機は,極めて身勝手なものであり,酌量の余地はない。

ウ この点,弁護人は,犯行当時の被告人は,ヤミ金による強圧的な取立てや元妻からの執ような督促に追い詰められた状況にあり,その窮状を被告人のみに帰責することはできない旨主張するが,パチンコをやめる,元妻に真実を話す,弁護士に相談するなど,対処方法がいくらもあったのに,被告人が,むやみに体裁を繕いつつパチンコにのめり込んだ末に,自ら招いた窮状というほかはなく,一重に被告人自身の責任といわざるを得ない。

また,弁護人は,被告人がパチンコをやめられなかったのは,ギャンブル依存症のせいであるとも主張するが,既に摘示したとおり,被告人がギャンブル依存症であることをうかがわせる的確な証拠は存在しない。しかも,被告人は,パチンコにのめり込む様子に不審を抱いた元妻から,何度も病院に行くよう促され,自らもやめたいのにやめられない状況であったのに,妻の助言を頑なに拒否し,治療の機会を自ら放棄したものであって,パチンコにのめり込んだことを被告人のために酌むべき事情として考慮することは妥当でない。

(2) 規範意識の鈍麻が顕著である。

被告人は,判示第1の犯行では,凶器等を用意していなかったのに,判示第3の1の犯行では,自らの顔を隠すためのビニール袋の覆面を,さらに,判示第2の2及び判示第4の犯行では,相手を脅迫するための凶器であるナイフ類を,あらかじめ用意している。また,判示第1の犯行では,罪責感から行わなかったキャッシュカードを用いた現金の引出し行為を,判示第2の犯行以降は,躊躇なく行っているのであり,徐々に犯行が計画的かつ悪質になり,歯止めがなくなっている。

被告人の犯行時の態度をみても,判示第1の犯行後は,後悔や罪悪感に襲われ,被害者に対して泣きながら謝罪し,判示第2の2の犯行の際にも,被害者から説教されるや,泣きながら土下座をするなどして謝罪したというのに,判示第3の1や第4の犯行後には,何ら後悔や罪悪感を感じた形跡がみられず,むしろ入念に罪証隠滅工作を行っている。そして順次,強盗強姦,強盗未遂といった重大な犯行を重ね,ついには人命さえ奪うに至ったものであり,その犯罪性向は,この一連の犯行が行われた約2年8か月の間に着実かつ顕著に深まっているといわざるを得ない。

このように,金銭に窮するや,被害者の生命や身体の安全,財産的権利,心情や性的自由を全く顧みようとすることなく,苛烈な暴行や脅迫を用いてまで他人から財物を奪い,姦淫行為に及び,ついには犯行発覚を免れるために殺人行為にまで及ぶなど,自己の欲望の充足や安全のみを優先しようとする被告人の態度は,悪質極まりないものであり,その規範意識の鈍麻を如実に示すものというべきである。

(3) 社会的な悪影響も大きい。

本件一連の犯行はすべて,比較的狭い地域で敢行され,特に,判示第3の1及び第4の各犯行は,同じアパート内で犯されており,周辺住民,とりわけ一人暮らしの女性に強い不安感を与えたことがうかがわれる。さらに,一人暮らしの女性に対する連続凶悪事件として大きく報道され社会の耳目を集めるなどして,社会の安全に対する不安を醸成したことも懸念され,社会に与えた悪影響も到底軽視することはできない。

第2被告人のために酌むべき事情

1  各犯行に固有の事情

(1) 強盗殺人事件(判示第4)の殺害の点については計画性が認められない。

強盗の点については,計画性が認められるものの,殺害の点については,被告人が,所携のカッターナイフも付近に落ちていた包丁も全く使用していない上,被害者から激しい抵抗を受けて大声を出されたことから,犯行の発覚を恐れ,衝動的に殺意を生じたという経緯にも照らすと,殺害についての計画性までは認められない。また,前認定のとおり,被告人には,確定的殺意が認められるものの,殺害を積極的に意欲していたとまでは認められず,被害者の殺害は,その抵抗に狼狽した結果の場当たり的な偶発的犯行というべきである。

(2) 判示第2の1の被害品の一部が被害者側に還付され,その限度で被害が回復している。また,判示第2の2の強盗は,被害者が決死の覚悟で抵抗したために,幸い未遂にとどまっている。

2  一連の犯行に共通の事情

(1) 借金を抱えるに至った経緯には酌量の余地がないわけではない。

被告人の供述によれば,被告人が多額の借金を抱えることになった切っ掛けは,平成15年ころ,母親から70万円の借金を申し込まれたことにあるが,その後,母親は,被告人に借金を全く返済しないまま,平成16年2月に亡くなったため,被告人は,相当に大きな精神的衝撃を受けたというのである。

このような事情に,被告人の借金額の増減状況を照らし合わせると,平成15年ころの借金は,母親の頼みを断り切れず生じたものであり,その後,母親がこれを返済することなく死亡したことが引き金となって,被告人が自暴自棄となってパチンコにのめり込み,借金が増大したという見方もできるのであり,このような一連の経緯には本件の背景事情として酌量の余地が全くないわけではない。

もっとも,被告人は,平成9年ころにも,パチンコ等への浪費や無計画な消費者金融からの借金を原因とした自己破産を一度経験しているように,元々パチンコ等による浪費癖や借財における無計画性があり,しかも,母親の死亡から最初の犯行までに1年近くが経過していることなどにかんがみれば,上記の点を重視することは相当でない。

(2) 被告人には前科前歴がない。

前記のとおり,被告人には犯罪性向の深化がみられるとはいえ,これまでに前科前歴がないことにも照らせば,人の生命を奪うような重大犯罪に対する犯罪性向が顕著とまではいえず,更生不能であるとまではいえない。

(3) 被告人なりに真剣な反省の態度を示している。

被告人は,捜査当初は不合理な弁解に終始して犯行を否認するなどしていたものの,捜査の途中から,被害者らやその遺族に思いを致して反省し,正直に話す決意をした後は,捜査段階ではすべての事実関係を,公判でも殺意の点を除く事実関係を認めて詳細に供述し,事案の真相解明に協力している。被告人は,当公判廷では,殺意の点につき自己弁護に汲々とする態度もみられ,内省の深まりには疑問が残るものの,繰り返し被害者らやその遺族に対して涙ながらに申し訳ないと述べているほか,毎日般若心経を写経して悔い改め,強盗殺人事件の被害者の冥福を祈るなど,被告人なりに真剣な反省の態度を示しており,今後,自己の問題性を直視し,内省を深めることができれば,更生も期待できないわけではない。

(4) その他

被告人の元妻が,被告人と面会し,弁護人を介して差し入れをしているほか,被告人を責めたことを後悔している,今後も被告人との交流を続けるなどと,被告人のために証言している。また,被告人を慕う2人の子供及び重い障害を患った長男も,被告人の存在を必要としていることがうかがわれる。

なお,弁護人は,被告人が母親に2度捨てられるなどしたという不遇な生い立ちを酌むべき事情として指摘するが,その内容や被告人の年齢,被告人の述べる犯行動機等にかんがみれば,その人格形成に与えた影響が全くないとはいえないものの,本件において被告人のために斟酌する事情とまではいえない。

第3結論

以上みてきたとおり,被告人が重大犯罪を繰り返し,特に強盗殺人の事案で顕著なように,犯行態様がいずれも極めて悪質であり,結果が余りにも重大であること,強固な利欲的動機や場当たり的な凶行に酌量の余地はないこと,規範意識の鈍麻が著しく犯罪性向の深化もみられることなどに照らせば,被告人の刑事責任は極めて重大である。さらに,殺害された強盗殺人事件の被害者の遺族の心情にも照らすと,その遺族らが被告人に対する極刑を求めていることには,十分な理由があるというべきである。

ただ,殺害された被害者が1人にとどまり,被害者殺害の点については計画性がないこと,被告人には前科前歴がないこと,被告人なりに真剣な反省の態度を示しており,更生可能性もないとまではいえないことなどの諸事情に加え,死刑が人間存在の根本である生命そのものを国家が永遠に奪い去るという究極の峻厳な刑罰であって,その適用はあくまでも慎重に行わなければならないことに配慮し,従前の判例等をも参酌すると,被告人に対して,死刑をもって処断することには,慎重に検討してもなお躊躇を覚えざるを得ない。

他方,以上みてきたとおり,被告人の刑事責任は極めて重大であって,先に指摘した被告人に酌むべき事情を最大限考慮しても,弁護人が主張するように有期懲役刑に処すべき事案といえないことは明らかである。

以上の次第で,被告人を無期懲役に処することにより,終生,若くして非業の死を遂げた被害者の冥福を祈らせ,犯した数々の罪の贖罪に当たらせることが相当である。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 無期懲役)

(裁判長裁判官 中谷雄二郎,裁判官 福渡裕貴,裁判官 大竹瑶子)

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