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さいたま地方裁判所 平成19年(わ)930号 判決 2007年12月28日

主文

被告人を懲役20年に処する。

未決勾留日数中120日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

第1  被告人は,平成19年5月10日午後11時過ぎころ,埼玉県北葛飾郡a町b丁目c番d号所在の居酒屋「A」に入店し,ビールを飲むなどしながら同店経営者B(当時65歳)と話をするうち,同女から,同棲相手の女性を侮辱されたなどと感じて激高し,組んだ両手で上記Bの頭部を殴打して転倒させた上,所携の円筒形携帯用灰皿でその頭部等を殴り付けるなどの暴行を加えた。そのため,同女は,頭部等から多量の出血をしながら,被告人にしがみつき,大声で助けを求めるなどしたが,力尽きて動けなくなった。ところが,被告人は,上記暴行の発覚を恐れ,顔を見知られた同女を殺害しようと決意した。

そこで,被告人は,翌11日午前零時過ぎころ,同店内において,床上に横臥している上記Bに対し,殺意をもって,その頸部にタオルを巻いて絞め付けた上,同頸部を左手で押さえ付け,よって,そのころ,同所において,同女を頸部圧迫による窒息により死亡させて殺害した。

第2  被告人は,同日,前記第1の犯行に引き続き,同所において,上記B所有の現金約1万8000円を財布から抜き取り窃取した。

(証拠の標目)

省略

(法令の適用)

省略

(量刑の理由)

本件は,被告人が,居酒屋の女性店主の首を押さえ付けるなどして殺害し,その直後に,同女の財布から現金を抜き取って窃取したという殺人,窃盗の事案である。

1  被告人の刑事責任を基礎付けるべき事情

・ 一連の犯行状況は,戦慄を覚えさせるほどに凶暴かつ残虐で執ようであり,常軌を逸した冷酷非道なものである。

ア  まず,殺害行為に至る前の暴行自体,極めて凄惨なものである。すなわち,被告人は,被害者の言葉に激高するや,いきなりその背後から近付き,振り返った同女の右側頭部に組んだ両手を2回振り下ろして強打し,同女を転倒させてその頭を床に打ち付けさせている。

さらに,被告人は,少し冷静さを取り戻したというのに,被害者がひざまずくような姿勢で自分につかみかかろうとしたとして,その場から逃げるべく,被害者の頭部等を,円筒形の硬質プラスティック製携帯用灰皿(以下「本件灰皿」という。)の底で,血が飛び散るほどに力一杯殴り続けて,再び転倒させている。

その後,被害者から太股付近にしがみつかれるや,被告人は,これを振り払ってあくまで逃走しようと,大声で助けを求める被害者を引きずるようにして後ずさりしながら,同女が力尽きて手を放すまで,再び同女の頭部等を本件灰皿で強打し続けただけでなく,その髪の毛をつかんで後頭部付近を床に何度かたたき付け,その腕を左足で蹴り付けるなどしているのである。

イ  次いで,被告人は,殺意を生じてからは,確実に被害者を死亡させようとしている。すなわち,被告人は,自らの犯行の発覚を恐れて被害者を殺害することを決意するや,目に入ったタオルを手に取り,いったんは同女の首に巻き付けて絞め殺そうとしたが,左手に力が入らなかったことから,左手の平を仰向けに横たわる同女の喉付近に載せ,体重を掛けるようにして押さえ付け,同女の首を絞め続けて殺害したものである。しかも,被告人は,被害者の力が抜けた感触を感じ,その呼吸や脈拍からも同女の死亡を確認した後,立ち上がろうとした際,自己の右肘が近くのテーブルに当たって,これが同女の首付近に倒れ込んだのに,これをそのまま放置している。

ウ  さらに,被告人は,血の付いた手を洗おうとしてカウンター内に入った際,壁際の台の上にあった財布を見付けるや,手も洗わないまま,指紋が残らないようにして,紙幣をすべて抜き取り窃取している。

エ  加えて,被告人は,被害者の呼吸や脈拍からその死亡を確認していたのに,なお不安を覚えたため,カウンター内のまな板の上に置かれていた包丁でとどめを刺すこととし,指紋が付かないようにおしぼりを使ってその柄をつかみ,同女の左胸部にその刃体部分がほとんど埋まるくらいに深く突き刺しているのである。

オ  このように,被告人は,被害者が悲鳴を上げ,血液が多量に飛び散る凄惨な現場において,必死に抵抗する被害者の頭部等を,硬い円筒形の本件灰皿の底で殴り続けて,挫裂創を伴う多数の擦過打撲傷を生じさせており,殺害行為前の暴行からして,その執ようさや凶暴さは顕著である。しかも,被告人において,自らの凶行により瀕死の重傷を負った被害者を救護することを全く考えないまま,犯行の発覚を恐れてためらうことなくその殺害を決意する冷酷さ,殺害直後に,財布から現金を抜き取ることを思い立ち,その際,指紋にまで気を配る狡猾さ,さらに,死亡を確認しながら,なおも念入りにとどめを刺す執念深さは,およそ理解を超えた残虐かつ非道なものである。

カ  なお,検察官は,本件と事後強盗殺人とは,被害者の死亡時期と財物奪取の時期との先後関係がわずかに違うだけであるから,本件は事後強盗殺人にも比類すべき悪質な犯行であると主張する。しかし,事後強盗を強盗として問擬する趣旨は,窃盗犯人が暴行又は脅迫をしたとき,暴行又は脅迫により財物を確保している点で,実質的にみて,強盗と同視し得るほか,窃盗の現場では,窃盗犯人が被害者らに暴行又は脅迫を加えることが多いという刑事学上の実態に着目して,被害者らの人身の保護の観点からも,強盗罪に準ずる犯罪として取り扱うことにしたものであるところ,本件では,被害者殺害までに,被告人に財物奪取の犯意が生じたと認めるに足りる証拠がない以上,上記主張はその前提を欠くというべきである。とはいえ,殺人の犯行後に,被害者の財物を奪取したばかりか,とどめまで刺している本件が凶悪極まりない犯行に変わりのないことは,いうまでもない。

・ 結果は余りにも重大であり,被害者遺族の処罰感情も峻烈である。

ア  被害者は,何らの落ち度もないのに,いきなり,頭部等に上記のような苛烈で執ような暴行を受けて,手による防御もままならず,顔中血まみれになりながら,「やめて」と叫び,大声で助けを求めたのも空しく,ついには,タオルで首を絞められ,手で首を押さえ付けられて殺害されており,その際,同女が感じたであろう衝撃や恐怖心,肉体的苦痛は想像を絶するものがあって,結果は極めて重大である。さらに,被害者は,息絶えた後にも,首付近にテーブルが倒れ込み,左胸部を包丁で深々と突き刺されるなど,その尊厳を著しく踏みにじられた挙げ句,発見されるまで約18時間もの間,無惨な姿のまま放置されたものであって,このような形でその生涯を終えなければならなかった被害者の無念さは察するに余りある。

イ  被害者は,夫及び長男家族と二世帯住宅で同居して,3人の孫にも懐かれ,家族仲良く暮らしており,孫の成長,とりわけ,一番下の孫が成人するまで長生きして,得意の和裁で晴れ着を作ってやるのを楽しみにしていたところ,突然,その夢をこのように無惨な形で絶たれている。しかも,被害者は,働き者であり,念願であった居酒屋「A」を平成17年1月ころに開店させた後は,家事にも手を抜くことなく,常連客らとの触れ合いを楽しみに,生き甲斐のように仕事に励んでいたのに,その店の中で,理不尽にも,客からこのような形で惨殺されたのは,余りに残酷であるというほかない。

ウ  被害者の長男は,第一発見者として惨状を目の当たりにしたこともあって,「それ以来,母との思い出を思い浮かべるたび,母のことを考えるたびに,被告人に殺され血まみれで横たわっている母の姿しか思い出されません」と,当公判廷でも述べるように,最愛の母の無惨な遺体を目の当たりにした衝撃,恐怖,悲しみ等の精神的苦痛は計り知れないものがある。

また,被害者の遺族らはそれぞれに,被害者を迎えに行っていたらなどと自分を責めており,とりわけ,被害者の夫は,毎晩枕が濡れるまで涙を流すなど,悲しみに暮れている。同居していた長男の嫁も,5キロも体重が落ちるほど精神的衝撃を受け,孫たちも,被害者の変わり果てた姿を見て驚き,号泣し,その後も情緒不安定な状態であることがうかがわれる。

このように,被害者を失った遺族らの悲しみはそれぞれに深く,精神的な苦痛は筆舌に尽くし難いものがあることからすると,自分が犯人を殺してやりたい,死刑を望むなどと異口同音に述べるほどに,遺族らの処罰感情が厳しいのは至極当然というべきである。

・ 犯行の動機も,余りにも短絡的で身勝手なものというほかない。

ア  被告人は,犯行に至る経緯や動機について,関係修復の努力も空しく,同棲相手との別れが決定的となり,経済的にも窮迫する中,相談相手になってもらおうとも思って居酒屋「A」に入り,ビールを飲むなどしながら,被害者に同棲相手の女性が部屋を出て行くことを話したところ,被害者から,「最初から住む場所が目的で,あんたと付き合ったんじゃないの」,「あんたのことなんか,好きでもなんでもなかったんだよ,きっと」,「本当にずるい女だね」などと言われたことから,同棲相手を侮辱された,自分の苦労をかき消されたなどと感じて激高し,本件犯行に及んだ,などと述べている。

イ  しかし,被害者は,被告人の同棲相手と何らの利害関係もなく,被告人の話以外に何の情報も持ち合せていないから,仮に被告人の述べるような発言をしたとしても,それは,同棲相手を批判することによって,客である被告人を慰めようとしたものとも考えられるのであり,被害者に落ち度のないことは明らかである。また,被告人は,以前,被害者に同棲相手の不幸な生い立ちを話していたことが,怒りを募らせた要因となったとも述べるが,被告人が同店を訪れたのは本件時を含めわずか3回にすぎないのであり,ほとんど事情を知らない被害者の言葉に怒りを募らせるというのも,視野の狭さや余裕のなさからくる独りよがりの受け止め方とのそしりを免れない。

ウ  のみならず,仮に,被害者の言葉で気分を害したとしても,制止する,文句を言う,帰るなど,無難な対応はいくらもあり得たのであり,被告人の挙げる事情は,およそ被害者に対する暴行を正当化するものとはなり得ないというべきである。ところが,被告人は,問答無用とばかりに無防備の被害者にその自らのむき出しの感情をぶつけ,安易にもいきなり暴力に訴えただけでなく,自己の犯行が発覚することを恐れて殺害行為や財物奪取行為にまで及んだのであって,他者の生命や心情を一顧だにしない余りにも短絡的で身勝手な態度は,極めて厳しい非難に値する。

エ  なお,弁護人は,同棲相手との関係修復を望みながらも,全く改善できない現状に悶々とする中,被害者の言葉を冷静に受け止める精神的余裕がなかったため,同棲相手に対する深い愛情も相まって,被害者の言葉が引き金となり,感情を抑制できなくなったとして,この点には酌むべき事情がある旨主張する。しかし,先にみたとおり,被害者に落ち度がないことはもちろん,感情を抑制できなかったことがやむを得ないともいえないから,弁護人指摘の点は,本件が計画的犯行でないという限度で考慮できるにとどまるというべきである。

・ 周到に証拠隠滅を図っている。

被告人は,血まみれの被害者が倒れており,周囲には被害者の血液が飛散した跡や血だまりが存在する凄惨な現場において,自己が触ったビール瓶やグラス,小皿についた指紋をおしぼりで丁寧に拭き取り,現場から逃げる際も,ドアノブに指紋が付かないようにおしぼりでドアノブをつかむなどした上,自己が使用した割り箸や指紋を拭いたおしぼりを現場から持ち出し,本件灰皿とともに投棄しただけでなく,被害者の血が付着した衣類等もゴミ袋に入れて投棄するなど,念入りに証拠隠滅を図っており,被告人の狡猾さは際だっている。

・ 犯行後の情状も劣悪である。

被告人は,犯行からわずか約10時間後に,以前から下見をして予定していたパチスロのイベントに予定どおりに赴き,盗んだ現金でパチスロを約10時間も遊技し,その金を使い果たしており,盗んだ現金でパチスロをすることについて,特に抵抗を感じなかったと述べている。

2  被告人のために酌むべき事情

・ 事実を詳細に供述し,被害者の遺族に謝罪文を送るなど,被告人なりに反省の態度を示している。

被告人は,被害者の言動や自己の性格等に責任を転嫁するような供述をするなど,自己弁護ともとれる態度がかいま見られ,十分な内省が深まっているとまでは言い難いものの,謝罪文を被害者の遺族に書き送っているほか,被害者には申し訳ないという気持ちしかない,社会復帰が許されたら,まず被害者の墓参りに行きたいと述べるとともに,毎日被害者の冥福を祈っていることがうかがわれるなど,被告人なりに反省の態度を示している。また,被告人は,捜査段階から一貫して,事実を詳細に供述して本件の真相解明に協力している。

・ 被告人の母が慰謝の努力をしたり,情状証人として出廷している。

被告人の母は,できる限りの賠償金を準備して,弁護人に預けた上,北海道から出てきて,被害者遺族に対する謝罪の気持ちを述べるとともに,被告人とはこれからも親子関係を続ける,本件を一緒に背負って生きていきたい旨述べている。

・ その他

被告人は,本件犯行の1年ほど前まで約18年間同じ会社に勤続するなど,それなりに真面目に生活してきたこと,直近の前科は20年以上前のものであること,その他被告人のために酌むべき事情も認められる。

3  結論

以上みてきたとおり,犯行態様の凶暴さや残虐さ,殺害した被害者からその財物を奪取した上,とどめまで刺すという冷酷非道さ,結果の重大性,動機の短絡さや身勝手さといった事情からは,被告人の刑事責任は非常に重大といわざるを得ない。したがって,被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても,被告人については懲役20年に処するのが相当である。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑懲役23年)

(裁判長裁判官 中谷雄二郎 裁判官 福渡裕貴 裁判官 大竹瑶子)

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