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さいたま地方裁判所 平成19年(ヨ)123号 決定 2007年6月22日

債権者

株式会社エムアンドエフシー

同代表者代表取締役

同代理人弁護士

稲見友之

田邊勝己

片岡剛

福本修也

寺島哲

中川和寿

同復代理人弁護士

大塚和成

西岡祐介

債務者

日本精密株式会社

同代表者代表取締役

同代理人弁護士

原口薫

主文

1  債務者が、平成19年6月12日の取締役会決議に基づき現に発行手続中の普通株式350万株の新株発行は仮に差し止める。

2  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第1申立て

主文同旨

第2事案の概要

債権者は、債務者の買収を検討し、その大株主であるC(以下「C」という。)との間で、平成19年3月に債務者の新株予約権の譲渡等を合意し、それに基づいて取得した新株予約権を行使して債務者の大株主となるとともに、債務者に資金を貸し付けるなどしていたが、その後、同年4月から5月ころにかけて、C及び債務者との間で確執が生じていた。債務者は、同年6月28日に開催予定の定時株主総会(以下「本件総会」という。)の約2週間前の同月12日に、発行済株式数の約50パーセントに当たる350万株の新株を、払込期日を同月26日として第三者割当の方法で発行すること(以下「本件新株発行」という。)を決めるとともに、会社法124条4項により、上記新株の割当てを受ける第三者に対し、上記新株について、本件総会における議決権行使を認めることを決めた。

本件は、債権者が、本件新株発行は、①債務者の現経営陣の支配権確保を主要な目的とする著しく不公正な発行であることから会社法210条2号に該当し、また、②募集事項の通知・公告又は有価証券届出書の提出が払込期日の2週間前までにされておらず(会社法201条3項)、若しくは有価証券届出書による届出の効力が生じる同書の提出日から15日経過する日の前に本件新株発行の取得日を定めており、証券取引法の定めに反している(同法8条1項)ことから、法令に違反する新株発行であって会社法210条1号に該当し、かつ、①又は②により株主が害されるとして、本件新株発行の差止めを求めている事案である。

1  前提事実

(1)  当事者

ア 債権者は、大韓民国(以下「韓国」という。)ソウル支店に本店を置き、同国法に準拠して設立された株式会社であり、債務者の株式119万株(債務者の発行済み全株式の約17.18パーセント、議決権ベースで約17.70パーセントに相当する。)を所有している。

なお、債権者は、ドンウー・エムアンドエフシー株式会社から、同年3月29日、その名称を変更した。

イ 債務者は、時計バンド等の製造、販売等を業とする株式会社であり、資本金10億7087万6000円、発行可能株式総数1200万株、発行済株式総数692万4000株(平成19年6月12日時点。なお、議決権株式数は672万3000株)であって、ジャスダックに上場している。

ウ プラコム株式会社(以下「プラコム」という。)は、債務者の株式の14万株(債務者の発行済全株式の約2.02パーセント、議決権ベースで約2.08パーセントに相当する。)を所有する株主である。

Cは、債務者の株式87万1000株(債務者の発行済全株式の約12.57パーセント、議決権ベースで約12.95パーセントに相当する。)を所有する株主である。Cは、プラコムの代表取締役会長である。

(2)  債務者は、平成19年6月12日、取締役会において、次のとおり、第三者割当増資の方式により本件新株発行を実施する旨を決議した。

ア 発行新株式数 普通株式 350万株

イ 発行価額 1株につき182円

ウ 発行価額総額 6億3700万円

エ 資本組入額 1株につき91円

オ 資本組入額の総額 3億1850万円

カ 申込期日 平成19年6月26日

キ 払込期日 平成19年6月26日

ク 新株券交付日 平成19年6月26日

ケ 割当先及び株式数 株式会社ティージェイパートナーズ

175万株

グレース投資事業有限責任組合 165万株

D 10万株

(3)  債務者は、同月12日、会社法124条4項に基づき、本件総会の基準日(平成19年3月末日)後に株式を取得した本件新株発行に係る上記割当てを受ける第三者について、本件総会における議決権行使を認める旨の決議を行った(以下「本件新株発行決議」という。)。

(4)  債務者は、平成19年6月13日、債務者に関する上記(2)及び(3)に係る情報を開示した。

(5)  債務者は、同日、株主に対し、取締役8名の選任等を議題とする本件総会を同月28日に開催する旨の招集通知を行った。

なお、債務者は、同月13日、上記取締役候補者について、当初予定されていた8名のうち、E、F、G及びHを、I、J、K及びLに変更した。

2  争点

(1)  本件新株発行は、債務者の現在の経営陣の支配権維持を主たる目的とするもので、当該株式の発行が著しく不公正な方法により行われる場合(会社法210条2号)に当たるといえるか。

(2)  本件新株発行は、払込期日の2週間前に募集事項の通知・公告又は有価証券届出書の提出を行っておらず(会社法201条3項)、また、有価証券届出書の提出日から15日経過する日(証券取引法8条1項)の前にその効力を生じることとしたことが、会社法及び証券取引法に違反し、かつ、この点をもって、当該株式の発行が法令に違反する場合(会社法210条1号)に当たるといえるか。

3  債権者の主張

(1)  会社法210条各号該当性について

ア 著しく不公正な方法によるとの点(争点(1))について

本件新株発行は、次のとおり、現在の債務者の経営陣の支配権維持を主たる目的とするものであって、著しく不公正な方法による場合に該当する。すなわち、債権者とC及び同人の支配する債務者の現在の経営陣との間では、(ア)ないし(エ)のとおり、債務者の支配を巡る紛争があったところ、(オ)のとおり資金調達の必要性がないにもかかわらず、このような大量の第三者割当増資を行うことは、C及び現在の経営陣の保身のための新株発行であることは明白である。

(ア) 債権者は、平成19年3月20日、債務者らとの間で、概要、次の合意をした(以下「本件合意」という。)。

a C及びプラコムは、同月23日に、同人らがそれぞれ保有する債務者の新株予約権を、Cにつき94個(94万株相当)、プラコムにつき25個(25万株相当)(合計119個)を債権者に譲渡し、同譲渡を債務者の取締役会に承認させる。債権者は、同新株予約権を行使して株金の払込みを行う。

b C及びプラコムは、同日から3か月後に、債権者の要求により、債務者の普通株式を取得することができる取得請求権付新株予約権付社債を債権者又は債権者の指定する者に合理的内容(価額等)で割り当てるようにする。これができない場合には、C及びプラコムは違約金1億5000万円を直ちに債権者に支払う。

c C及びプラコムは、債務者をして、通常の業務の範囲に属さないような事項又は同社普通株式の価値に悪影響を及ぼすような事項を行わせないようにし、債権者が求めた場合には、債務者の取締役、監査役及び従業員並びに全ての帳簿、記録、電磁的記録への合理的なアクセスをできるようにする。

d プラコムは、債権者の指名する者1名を債務者の経営会議の構成員として任命せしめ、経営会議の全員一致がない限り、債務者の資金の使用ができないようにする。

e C及びプラコムは、C及びプラコムの保有する債務者の株式全部に係る議決権の本件総会における行使を債権者又は債権者の指定する者に委任する旨の委任状を債権者に交付する。

f プラコムは、本件総会の招集通知書に、債権者の指定に従った発行可能な株式数の増加及び取締役の員数の増加等に係る定款変更議案並びに債権者が指名するものを取締役に選任することを求める取締役選任議案等を記載せしめ、これらを本件総会で承認、可決せしめる。

g 債権者は、プラコムにサービス対価(報酬)として、1億6560万円を同月23日から5日以内に支払う。

h 債権者は、返済期限を同年9月22日、利息年1パーセント、遅延利息14パーセントとの約定で、同年3月23日に債務者に金2億円を貸し渡す。ただし、債権者又は債権者の指定する者が上記bの取得請求権付新株予約権付社債を購入し、その代金を債務者が受領した場合には、債務者は直ちに貸金元金及び利息を債権者に全額返済する。また、債権者において、債権保全を必要とする相当の事由が生じたときは債務者は期限の利益を喪失する。

(イ) 債権者は、本件合意に基づき、①上記(ア)aの新株予約権を譲り受け、同月23日、同予約権行使の対価として、債務者に対し、3億6295万円の払い込みを行い、②同日、債務者に対して、2億円を貸し渡し、③同月26日、プラコムに対する報酬1億6560万円を支払った。一方で、C及びプラコムは、同予約権の譲渡について債務者の取締役会の承認を得て、債権者にこれを譲渡し、本件総会に係る議決権行使に係る委任状をそれぞれ債権者に交付し、同社の指名するM1ことMを債務者の経営会議の一員として同社に承認させ、同人をして、債務者の支出のチェックをさせた。

(ウ) 債務者は、経営会議に諮ることなく、債権者に内密に、債権者から得た資金(合計5億6295万円)を原資として、①同月27日、債務者がCに負っていた債務1億円の返済に充て、また、②プラコムが多額の債権を有し、経営不振に陥っていた株式会社宝屋(以下「宝屋」という。)の買収のため、同年5月1日、取締役2名及び監査役会の反対を押し切って、金1億円を同社に拠出したが、上記資金拠出の目的は、プラコムをして、宝屋に対する債権を回収させることにあった。

(エ) 債務者の代表取締役社長B(以下「B」という。)及び本件合意の仲介者であったHは、同年4月17日、韓国京畿道にある債権者の工場を訪問し、「今回のM&Aは20億円の拠出が前提であるが、残りの資金はいつ出るのか。」などと、従前ありもしない条件を突然持ち出し、C及びプラコムも、「20億円の拠出がないので、債務不履行である。」などとして、上記(ア)eの議決権代理行使に係る委任を取り消し、撤回する旨主張した。

(オ) 債務者は、平成19年3月に債権者から新株予約権の行使による払込み及び貸金により、合計5億6295万円の支払を受けたばかりであって、資金調達の必要性はない。

また、平成19年6月13日付けの「第三者割当による新株式発行並びに主要株主及び筆頭株主の異動に関するお知らせ」と題する文書(以下「本件文書1」という。)に記載された、本件新株発行の目的に関する債務者の釈明と、同日付けの「基準日後株主の一部に対する議決権付与に関するお知らせ」と題する文書(以下「本件文書2」という。)に記載された本件新株発行に係る資金調達の必要性の説明とが整合していない上、それぞれで述べる必要性も、次のとおり、認められない。

a 債務者は、本件文書1において、民事再生手続中の眼鏡卸を業とする株式会社村井のスポンサーとして、新たな会社資本金及び不動産取得資金2億2000万円が必要であるとする。しかし、そもそも同社のスポンサーとなること及びその方法には問題がある上、同社への支払は同年8月末であり、この時期に増資をして調達する必要性はない。

b 債務者は、本件文書1において、開発費として、①メガネ開発費1000万円及び②時計バンド開発費2000万円が必要とするが、そもそも①及び②のような開発計画はなく、また、③防犯機器開発費として2000万円及び④除電気開発費として3000万円が必要であるとするが、③及び④は、それぞれ多くとも1000万円程度しか要しないはずである。

c 債務者は、本件文書1において、グラフトン製品(債務者が買収した物産グラフトン株式会社(以下「物産グラフトン」という。)が有していた特許を用いた製品のこと)拡販費として2000万円が必要であるとするが、この物産グラフトンは、既に買収資金及び運転資金として3000万円以上を支出しているにもかかわらず、半年以上も売上げの報告をせず、売上げも買収前の説明とは異なる上、売上げとして示した手形も問題があり、拡販費が必要となることは考えられない。

d 債務者は、本件文書1において、ベトナム工場のマシニングの更新費4000万円や金型設計人員教育費3000万円が必要であるとするが、前者はかなり先に支払うべき内容のものを水増しした分であり、後者は架空のものである。

e 債務者は、本件文書1において、追加借入金返済分として8110万円が必要であるとするが、平成18年6月の増資の際にも大半を借入金の返済に充てている上、本件総会の直前に増資をしてまで借入金の返済をしなければならない事情は認められない。

f 債務者は、本件文書2において、セラミックの購入増による京セラ株式会社への支払が5月より先行して発生しており、平成19年9月22日を期日とする短期借入金の返済もあるため、資金調達が必要であるとするが、京セラとの取引量増加により、継続的取引の担保として銀行に預けておく資金として必要な6000万円については、同年6月7日に、ニッセイベトナムから債務者に対し約7884万円が送付されており、資金調達が完了している。

イ 本件新株発行の会社法及び証券取引法違反との点(争点(2))について

本件新株発行は、払込期日が平成19年6月26日であるから、その2週間前は同月11日となるところ、債務者は、同日までに募集事項を通知・公告又は有価証券届出書の提出をせず、債務者が有価証券届出書を提出したのは同日12日以降であった。

さらに、上記のとおり、債務者が有価証券届出書を提出したのは同月12日であったから、証券取引法上、同月28日まで募集株式を取得させることができないはずである。

よって、本件新株発行は、会社法及び有価証券取引法に違反し、会社法210条1号の差止めの事由に該当する。

(2)  株主の利益侵害について

本件新株発行により、債権者の債務者における持ち株比率(保有議決権比率)は17.70パーセントから11.64パーセントに低下し、本件合意の目的を達することができなくなり、また、C又は同人が支配する債務者の現在の経営陣による債務者支配が継続することで株主の利益を害することになる。

(3)  保全の必要性

本件新株発行による払込期日が迫っており、同期日が到来すると上記(2)のとおり損害を被ることから、本件申立てには保全の必要性がある。

4  債務者の主張

(1)  著しく不公正な方法によるとの点(争点(1))について

ア Cは、債務者の取締役にN、O、P、F及びGを推薦したのは、債務者の人材不足を憂えて行ったものであって、自己の意を受けた同5名を債務者の取締役に送り込み、債務者を支配しているということはない。

本件合意は、債権者とC及びプラコムとの間で合意されたものであって、Bを含めた債務者の取締役らはその内容を知らず、Mを経営者会議に加えたのは大口の資金拠出者である債権者からの強い要望に応じたものにすぎない。

Bらが、平成19年4月17日に債権者の工場を訪問したのは、Cから、債権者が20億円の資金を拠出してくれるとの話を聞いており、その債権者からの要請があったからであるが、その後、債権者が上記融資金を否定し、債務者に対し、無理な要求等をしたことから、債権者と債務者との関係が悪化した。

イ 本件新株発行により割当てを受ける第三者に対して本件総会における議決権を認めることとしたのは、当該割当先の第三者がそれを本件新株発行に係る引受けの条件としたからに過ぎない。

ウ 本件新株発行により資金調達の必要性

(ア) 株式会社村井は、従前、「イブ・サンローラン」とメガネ枠のライセンス契約を交わすなど業界内で確固たる地位を築いていたところ、債務者がメガネ事業を拡大するには、同社を販売者として販売網を構築することが不可欠と判断したが、そのためには同社の再生を目的としたスポンサー契約を締結し、その不動産も必要であり、これらの資金として2億2000万円を要する。

(イ) 債務者は、自社ブランド商品の製造・販売のために株式会社村井向けのメガネフレームの新製品を開発すべく1000万円、物産グラフトンが持つ特許等に基づき時計バンドを開発するために2000万円、事業多角化のための防犯機器及び除電気商品の開発のためにそれぞれ2000万円及び3000万円(以上合計8000万円)が必要である。

(ウ) 物産グラフトンの拡販費として2000万円が必要となる予定である。

(エ) 債務者は、ベトナムにある工場のマシニングセンターの更新等に4000万円、同工場における金型設計人員の教育養成費として3000万円及び金融商品取引法の制定に対応する費用として3000万円(合計1億円)が必要である。

(オ) 債務者は、今年度中に、金融機関からの短期借入金の返済分8500万円、長期借入金の約定返済分3億5841万円及び社債償還費用1億6000万円の合計6億0341万円が必要となるが、平成19年5月末時点での預金残高は1億3000万円程度にすぎない上、債権者との確執により金融機関との関係が悪化しており、新規の借入れが困難であることから、本件新株発行による資金調達が必要である。

(2)  本件新株発行の違法性(争点(2))について

ア 証券取引法違反との点について

債務者は、平成19年6月12日に有価証券報告書を提出し、同月19日に関東財務局長から、同法8条3項に基づき、同条1項の期間を7日間と指定した旨の通知を受けていることから、届出の効力は同月20日に発生している。

イ 会社法違反との点について

確かに本件新株発行については1日不足するが、本件においては、関東財務局に対して有価証券届出書を提出し、縦覧やEDINETにおいて、本件新株発行に係る情報が十分周知されていること、ジャスダックにおいて新株発行の詳細を開示していることからすれば、軽微な法律違反に過ぎず、差止めの原因とはならない。

第3当裁判所の判断

1  当事者間に争いがない事実並びに一件記録及び各当事者審尋の結果によれば、次の各事実が認められる。

(1)ア  債権者は、債務者の発行済み全株式692万4000株のうち、約17.18パーセント(議決権ペースで約17.70パーセント)に相当する119万株を所有している(甲9の1、2)。

なお、債権者は、ドンウー・エムアンドエフシー株式会社から、平成19年3月29日、その名称を変更した。

イ  債務者は、時計バンド等の製造、販売等を業とする株式会社であり、発行可能株式総数1200万株で、現在、692万4000株が発行済みである。

ウ  Cは、債務者の発行済株式のうち約12.57パーセント(議決権ペースで約12.95パーセント)に相当する87万1000株を、プラコムは、債務者の発行済株式のうち約2.02パーセント(議決権ペースで約2.08パーセント)に相当する14万株をそれぞれ保有している(甲9の2)。

(2)ア  債権者は、C及びプラコムとの間で、平成19年3月15日、Cが保有する債務者の新株予約権94万株分、プラコムの保有する同新株予約権56万株分を債権者に譲渡し、Nが保有する同新株予約権47万株分を債権者に譲渡する確約を取り付けることを合意をした(甲1)。

イ  また、債権者は、同月20日、C及びプラコムとの間で、①C及びプラコムが、それぞれ保有する債務者の新株予約権(Cにつき94個(94万株相当)、プラコムにつき25個(25万株相当))を債権者に譲渡し、この譲渡を債務者の取締役会に承認させること、②C及びプラコムが、同月23日から3か月後に、債権者の要求により債務者の普通株式を取得することができる取得請求権付新株予約権付社債を債権者又は債権者の指定する者に合理的内容(価格等)で割り当てるようにし、できない場合には、C及びプラコムが債権者に違約金1億5000万円を支払うこと、③プラコムは、債権者の指名する者1名を債務者の経営会議の構成員として任命せしめ、経営会議の全員一致がない限り、債務者の資金の使用ができないようにすること、④C及びプラコムは、C及びプラコムの保有する債務者の株式全部に係る議決権の本件総会における行使を債権者又は債権者の指定する者に委任する旨の委任状を債権者に交付することをいずれも合意した(甲5)。

ウ  債権者は、債務者に射対し、同日、返済期限を同年9月22日、利息年1パーセント、遅延損害金年14パーセントとの約定で、同年3月23日に金2億円を貸し渡す旨の合意をし、同日、2億円を貸し渡した。

Cは、同月20日、債権者に対し、上記貸金債務を連帯保証した(甲6)。

(3)ア(ア) 債務者は、同月16日、債権者に対し、新株予約権の行使請求に関する案内文書を送付した(甲2)。

(イ) C及びプラコムは、上記合意に係る新株予約権を債権者に譲渡することにつき、債務者の承認を得て、債権者にこれを譲渡した。

(ウ) 債権者は、同月23日、債務者に対し、新株予約権を行使し、その対価として3億6295万円を支払って、債務者の株式119万株を取得した。

イ  債務者は、同年4月以降、債務者の経営者会議に債権者が推薦したMを参加させることとしたが、同人は、同年5月14日以降、同会の構成員から外された。

(4)  債務者の代表取締役Bは、同年4月17日、韓国にある債権者の工場を訪問した際、債権者に対し、20億円の資金の拠出の時期等について尋ねたところ、債権者はそのような合意はないと述べた。

(5)  債務者は、同年5月1日、取締役会を開催し、同会において、宝屋の買収を議題とし、監査役会が、上記買収に対して危惧する旨の意見を述べ、E、Oの両取締役が欠席し、Q取締役が反対したものの、上記買収が決定された。

債権者は、宝屋が債務超過状態にあるにもかかわらず、債務者が1億円の資金を拠出して、上記買収をすることを決めたことなどから、債権保全の必要性が生じ、(2)ウの貸金についての債務者の期限の利益が喪失したとして、同年5月11日、債務者に対し、同貸金の返還を求めた(甲14の1)。

(6)  債権者は、同年5月23日、プラコムに対し、同社、C及び債権者と共同して、(2)イの合意に基づき、Rら5名を債務者の取締役に選任することを求める旨の取締役選任議案を株主提案するよう求めた(甲18)。

これに対し、プラコム及びCは、債権者から債務者への20ないし30億円の資金提供がされておらず、本件総会の招集通知の印刷の期限である同年6月4日までにその提供等がされない場合には、債権者の同希望には対応できない旨返答した(甲20)。

(7)  債務者は、平成19年6月12日、取締役会において、本件新株発行決議をし、同月13日、当該情報を開示した(甲24の1)。

(8)  債務者は、同取締役会において、本件新株発行により新株式を取得した者に対し、同月28日開催の予定の本件総会に係る議決権を付与することを決定し、同月13日、当該情報を開示した(甲24の2)。

(9)  債務者は、同月13日、株主に対し、議題として、取締役8名の選任等が掲げられた本件総会の招集通知を行った(甲39の1)。

債務者は、本件新株発行による新株の割当てを受けた第三者である株式会社ティージェイパートナーズ及びグレース投資事業有限責任組合の要請により、上記招集通知記載の選任予定の取締役候補者8名のうち、E、F、G及びHを、上記第三者の推薦する、I、J、K及びLに変更することとし、同月13日、それを株主に伝えた(甲39の2)。

2  上記1で認定した事実に鑑みれば、債務者の大株主であるC及びプラコムと債権者との間で、債務者の取締役の選任等の支配権に関して争いがあり、また、債権者と債務者の現在の経営陣との間でも宝屋の買収等に関して確執があるところ、債務者が、本件総会のわずか16日前に突然発行済株式数の約50パーセントにも相当する新株を発行して第三者に割り当てることを決めた上、払込期日までに法律上必要となる期間に満たないわずか14日後を払込期日、申込期日及び新株券発行期日とし、更に当該新株を引き受ける第三者に新株全部について本件総会における議決権行使を認めることとしたというのであり、加えて、本件総会において選任すべき取締役候補者について、代表取締役のB等の一部のほかは、急遽、上記第三者が推薦する者を選任することとし、半数の取締役候補者を変更したというのであるから、本件新株発行については、特段の資金調達の必要性が認められない限り、現在の経営陣が自らの支配権を確保することを主要な目的として発行するものというべきである。

3  そこで、債務者における資金調達の必要性についてみるに、本件新株発行により調達した資金の使途について、債務者は、一方で、第三者割当による新株発行等の情報開示の際には、①民事再生手続中の株式会社村井への資金提供、②新型メガネ等の開発費、③拡販費、④設備投資をあげながら、他方で、同日に決めた、割り当てを受ける第三者に本件総会における議決権行使を認める債務者取締役会決議に係る情報開示においては、a京セラ株式会社への支払が発生していること、b平成19年9月22日を期日とする短期借入金の返済をあげており、上記の①ないし④とは整合していない(なお、債務者は、前者の情報を開示している文書においても、上記aの点を指摘している旨主張するが、上記文書には、今回の増資による調達する資金の使途にaの点は掲げられていない。)。その上、②については、時計バンドの開発品を提案する予定の取引先を債務者で担当する営業課長等が同予定を認識していないこと(甲30ないし33)、③については、グラフトン製品の開発等を行う会社には社員が1名もいないこと、④については、投資されるベトナムの子会社(ニッセイベトナム)の社長自身が購入した機械の代金額は1560万円程度にすぎない旨述べていること(甲32)からすれば、①ないし④の資金の必要性自体、直ちに信用することはできない。また、aについても、京セラとの取引量の増加による継続的取引のための担保として銀行に預ける資金について、開示した新株発行に関する説明には何ら触れられていない上(甲24の1)、ニッセイベトナムから債務者に対し、約7844万円が送金されていること(甲30、36の1及び2)、bの借入金の返済額についても、債務者は、同年6月に1億1253万円、7月に7738万円、8月に3865万円、9月に8464万円が必要である旨主張するが、当事者審尋の際には債務者は必要な資金は毎月6000万円から7000万円程度であり、この金額は少なくとも平成19年3月ころから特に変化がなく、緊急に返済を求められている融資先はないと述べていた上、債務者は、債権者が筆頭株主になったことで、主要な取引先や金融機関との関係が悪化し、新たな融資を受けられなくなったとの点についても、同年3月27日に債権者が筆頭株主になったことを市場に明らかにした(甲24の9)後、同年4月17日に、債務者代表者のBが韓国の債権者の工場を訪問して20億円の資金拠出を要求した際には、債権者が債務者の筆頭株主になったことによる問題点については何ら話をしていないことからすれば、上記a及びbについての資金の必要性についての債務者の主張も直ちに信用することはできない。

むしろ、他方で、債務者は、①平成19年3月27日、Cに対し、1億円を返済したが、その必要性は明らかではなく、また、②債務者は、同年5月1日、宝屋に対し、1億円を拠出したところ、同社は、同日、上記金員を含め約1億3000万円をプラコム等に対する支払期日未到来の手形等の支払に当てており、その資金を拠出する必要性が明らかではない。この点、債務者は、宝屋がプラコムの信用で仕入れ等をしており、資金があるときに返済する必要があること、宝屋は債務超過であっても、債務者の今後の経営上必要であることなどから、上記資金の拠出が合理的である旨主張するが、上記のとおり、拠出した資金の大半が、同日中に支払期日未到来の手形の支払に当てられていることからすれば、上記債務者の主張によっても、資金を拠出する必要性が明らかとはいえない。

以上のとおり、本件新株先行による資金調達の必要性自体直ちに信用しがたい上、他に必要性が明らかではないことに多額の資金を使用していることからすれば、債務者の主張及び立証をもって、本件新株発行による資金調達の必要性があり、それが本件新株発行の主要な目的と認めることはできない。

4  そうすると、債務者の指摘するとおり、新株発行については、基本的には、授権資本の枠内では取締役会の判断で可能であるとしても、2で検討したとおり、本件新株発行の主要な目的が現在の債務者の経営陣がその支配権を維持するためであるというべきであるから、本件新株発行が著しく不公正な方法によるものであるということになり、会社法210条2号に該当する。そして、本件新株発行が行われた場合、債権者等従前の株主の持ち株比率が大幅に低下し、これにより、株主が不利益を受けることは明らかであるから、債権者が債務者に対して会社法210条に基づく本件新株発行の差止請求権を有するものと認められる。

5  そして、本件新株発行により、発行される株式数がそれ以前の発行済株式数の約50パーセントにも及ぶものであり、債権者の持ち株比率が17.70パーセントから11.64パーセントに下がることなどからすれば、債権者が著しい不利益を被るおそれがあり、また、本件新株発行による払込期日が平成19年6月26日と定められていて間近に迫っていることからすれば、本件新株発行の手続を差し止めることについて保全の必要性も認められる。

6  よって、債権者の申立ては、その余の点を判断するまでもなく、理由があると認められるから、債権者に代わり第三者弁護士西岡祐介に金7000万円の担保を立てさせた上でこれを認容することとし、申立費用につき、民事保全法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 餘多分宏聡)

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