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さいたま地方裁判所 平成19年(レ)28号 判決 2007年8月03日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は,控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  平成18年6月8日,控訴人の前方不注視の過失により,控訴人が運転する車両(以下「控訴人車両」という。)が,被控訴人所有の車両(以下「本件車両」という。)に衝突する事故が起きた(以下「本件事故」という。)。本件事故につき控訴人に過失があり被控訴人に対し不法行為責任を負うこと,本件車両の損害のうち修理代金103万1016円及び代車料金64万0500円については当事者間に争いはなく,既に控訴人の保険会社から弁済が済んでいる。

2  本件は,被控訴人が,控訴人に対し,本件事故により生じた本件車両の評価損75万円及びそれに対する平成18年6月9日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。評価損の算定方法は被控訴人の主張とは異なるものの,評価損を損害とすることを認めて,控訴人に10万円及びこれに対する遅延損害金の支払を命じた原判決に対し,これを不服とする控訴人が本件控訴をした。

3  前提事実(証拠を掲記しない事実は,当事者間に争いがない。)

(1)  本件事故の内容

発生日時

平成18年6月8日午後8時14分ころ

発生場所

北葛飾郡a町bc

加害者

控訴人

被害者

控訴人(本件車両所有者)

被害者車両運転者

加害車両

春日部a

被害車両

土浦b

事故類型

追突

(2)  控訴人には,本件事故につき,前方不注視の過失があった。

(3)  被控訴人は,本件事故により,本件車両の修理代金として103万1016円,代車料金として64万0500円の損害を負った。上記損害は,控訴人が加入している保険会社から支払が済んでいる。

4  争点及び当事者の主張

本件事故による被控訴人の損害として本件車両の評価損が認められるか。認められる場合,その金額。

(被控訴人の主張)

ア 本件車両には技術上の評価損は認められないが,取引上の評価損が認められる。

イ 本件車両はシーマであり,国産高級車だから,事故歴は交換価値の下落の重大な要因となる。本件車両の損傷状況を見ても,パネル等重要な部分に被害が生じている。また,修理費用は103万1016円と多大な額である。そして,車体後部のリヤバンパー等に6時の方向から直接被害を受けてトランクが盛り上がってリヤフェンダーが外側に広がり,リヤフロアが変形してスペアタイヤが外れず,リヤドアの隙間がなくなるなどの取引上重要な下落要因となる損傷を受けている。さらに,修理後も本件車両の右リヤドアの隙間が大きくなっている場所がある。加えて,本件車両は初年度登録から約3年しか経過していない。それに,本件車両の自動車検査証有効期限は平成19年11月23日だから,そのときに買い換える蓋然性は高い。したがって,評価損が認められるべきである。

ウ 「査定加減点ハンドブック(」甲8)によれば,次の計算式により,評価損が計算できる。

(別紙(a)のとおり)

本件車両はクラスシーマだから,具体的には次の算式により,評価損は75万円となる。

(別紙(b)のとおり)

エ 本件車両の交換価値・下取価格が下落することは明白であるから,評価損を修理費の約10%と認めた第1審判決は正当である。

(控訴人の主張)

ア 評価損には技術上の評価損と取引上の評価損があると言われており,それぞれによって評価損が認められるかどうか議論が分かれているところではあるが,判例は,買替費用の請求について,「被害車両が物理的又は経済的に修理不能と認められる状態になったときのほか,被害車両の所有者においてその買替えをすることが社会通念上相当と認められるときをも含む」(最判昭和49年4月15日判決)と判示し,買換費用が損害と認められる場合につき,相当程度に限定している。したがって,単に転売価格が下落するおそれがあるという事情だけでなく,初年度登録からの期間,走行距離,損傷の部位,車種等の事情に照らして,評価損が発生するか否かを厳密に検討するべきである。

イ 本件の本件車両は,シーマ4ドアセダンであり,国産高級車に該当するものの過大評価すべきではない。本件車両の初年度登録は平成14年11月であり,本件事故時既に3年半が経過している。また,本件車両の走行距離について,本件事故のおよそ半年前の平成17年11月24日時点で9万2900キロメートルとする証拠(甲2),平成18年6月16日時点で9万9509キロメートルとする証拠(甲7),平成18年7月28日時点で10万9144キロメートルとする証拠(甲4の1)がある。これらの証拠がいずれが正確かは置くとしても,本件事故当時,本件車両の走行距離はおよそ10万キロメートルであったといえ,既に相当の摩耗がされている。さらに,本件車両の損傷の部位・程度について見ると,機能上及び外観上大きな損傷は受けておらず,機能上及び外観上の損傷は回復している。したがって,評価損は認められるべきではない。

ウ 被控訴人の評価損の算定方法は,独自の理論に基づくものであり,採用すべきではない。原判決が認定した,修理額の1割という算定方法も,根拠が不明であり,採用すべきではない。

第3争点に対する判断

1  認定事実

前提事実及び関係各証拠並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  本件車両は,平成14年11月20日に初年度登録されている。本件事故当時,使用月数は約42か月である。(甲2)

(2)  本件車両の車検有効期限は,平成19年11月23日である。(甲2)

(3)  本件事故による本件車両の主な変化について(甲4の2)

ア リヤバンパー,トランクパネル及びリヤパネル部に直接損傷が発生した。

イ トランクが盛り上がり,リヤフェンダーが外側に広がった状態となった。

ウ 左右のリヤフェンダーが変形し,リヤドアとの隙間がなくなった。

エ リヤフロアが変形し,スペアタイヤが外れなくなった。

(4)  本件車両は,修理費103万1016円をかけて修理が行われた後も,歪みが完全に直らず,右リヤドアとボディとの隙間が2,3ミリメートル程度と大きくなっている(甲3,4の1,9,10の1ないし7)

(5)  本件車両の走行距離について

ア 平成17年11月24日現在,本件車両の走行距離計表示値は,9万2900キロメートルであった。(甲2)

イ 平成18年7月28日現在,本件車両の走行キロ数は,10万9144キロメートルであった。(甲4の1)

ウ 平成18年6月16日現在,本件車両の走行距離計表示値は,9万9509キロメートルであった。(甲7)

(6)  本件車両の市場評価について

ア 本件車両は,日産シーマ4ドアセダン,型式TA-GF50である。(甲2)

イ 本件車両について平成18年6月16日に価格査定が行われたときに,修復歴減点は750(千円)と査定されている。(甲7)

ウ 日産プリンスで査定の際に使用されている社内資料「査定加減点ハンドブック」には,概ね次の内容が記載されている。(甲8)

(ア) 価格算定のプロセスとしては,基本価格に加減点を行い,査定価格が算定される。

(イ) 車検残は,加点要素であるが,減点要素とはならない。

(ウ) 使用年数に応じて年もの相応係数というものがあり,その係数は,3年までは1.0,4年は0.9,5年は0.8,6年以降は0.7となっている。査定価格を算定する課程では,この係数を乗じる。

(エ) シーマ(50系)は,特C,特B,特A,ⅠないしⅣ,軽という8段階のクラス分けの中で,特Bに位置づけられている。このクラス分けは,Ⅲが基本クラスであってクラス係数が1.0とされているところ,特Bのクラス係数は1.8である。査定価格を算定する課程では,この係数を乗じる。

(オ) 外板価値減点及び修理歴(未修理車を含む。)減点という項目があり,減点の算出方法は次の計算式(以下「本件計算式」という。)である。

(別紙(c)のとおり)

(カ) 走行キロ数による加減点の項目があり,使用月数が42か月で走行距離が10万キロメートルの場合は34%,同じく走行距離が10万5000キロメートルの場合は36%,それぞれ減価することとなっている。使用月数が42か月のときには,走行距離が12万キロメートルの場合までが早見表上に記載されていて,それを越える場合には個別に計算することとなる。

2  検討

前提事実及び認定事実を踏まえて,以下争点について検討する。

(1)  評価損が認められるか。

ア 損害賠償の考え方の基本は,ある行為と相当因果関係のある損害を全て填補するということである。したがって,事故により,車両に修理をしてもなお外観や機能に欠陥が生じている場合には,損害が残存しているため,その損害を填補するため,金銭による賠償がなされるべきである。一方,修理により外観や機能の欠陥が消滅した場合には,社会生活上事故歴や修理歴があるというだけで車両の売買価格が安くなるため,かかる商品価値の減価分の損害を賠償すべきであるが,車両の使用状況等から将来車両を売買することが見込まれない特段の事情がある場合には,商品価値の減価が現実化せず,使用・収益上の不都合も存在しないことから,損害がないものとするのが相当であると解する。

イ そこで本件について見ると,修理をしてもなお右リヤドアに歪みが残っていて右リヤドアと車体との間の隙間が2,3ミリメートル程度大きくなっていることから,外観上損害が残存していると認められる。その分の評価損は,賠償されるべきである。

ウ なお,被控訴人は,初年度登録から42か月が経過していること,本件事故前後の本件車両の走行距離は42か月でありながら9万9509キロメートルを下回る程度であったこと,自動車検査証の有効期限は平成19年11月23日であることなどの事実を指摘し,評価損を認めるべきではないと主張する。しかし,42か月程度の使用期間であると中古車市場で商品価値がないと認めることはできず,42か月で10万キロメートル程度走行していることは通常の使用方法を逸脱しているとは認めることはできず,自動車検査証の有効期限は売買時に減額要素になるとも認めるに足りる証拠はなく,他方本件車両は国産高級車として高く評価されていることが認められるから,将来本件車両を売買することが見込まれないとはいえない。したがって,仮に外観上の損害が残存していないとしても,本件事実の下では,評価損の賠償を認めるのが相当である。

(2)  損害額

ア 前記認定のとおり,平成18年6月16日に行われた本件車両の価格査定において,修復歴減点が75万円と算定されているが,修理費が240万円かかっているものとして計算されていると考えられ,この金額は相当とはいえない。

イ 本件計算式により計算する。基本価格が231万円(甲7),修理費用が103万1016円(甲4の1)であること,リヤフロア等を修復していて本件車両は3ナンバーであるから適用係数が1.5であること(甲2,4の1及び2,8)から,計算式は次のとおりとなり,48万2268円と算定される。

(別紙(d)のとおり)

ウ 本件計算式は,あくまで一つの買取業者の社内の評価基準を超えるものとは認められず,4.8で除する点など不明な点もあるが,基本価格が高いほど評価損は高くなり,修理費用が高いほど評価損が高くなり,重要部分を修理しているほど評価損が高くなるという点で,一定程度の合理性がある。したがって,本件計算式を参考として,本件においては,40万円の評価損があるというのが相当である。

(3)  よって,被控訴人は控訴人に対し,本件事故について,40万円及びこれに対する平成18年6月9日から支払済みまで年5分の遅延損害金請求権を有しているということができる。

第4結論

以上によれば,被控訴人の控訴人に対する本訴請求は,損害金40万円及びこれに対する平成18年6月9日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があることになり,これと異なる原判決は,30万円及びこれに対する平成18年6月9日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を認容しなかった限度で相当でないが,被控訴人の不服申立てのない本件においては,控訴人の控訴を棄却するにとどめることにする。

よって,本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 片野悟好 裁判官 岩坪朗彦 裁判官 佐久間隆)

別紙

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