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さいたま地方裁判所 平成19年(ワ)1012号 判決 2009年6月24日

原告

被告

Y1 他1名

主文

一  被告、Y1は、原告に対し、一二七四万四五四五円及びこれに対する平成四年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告Y1に対するその余の請求、被告東京海上日動火災保険株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告Y1との間に生じたものについては、これを二〇分し、その一を被告Y1の、その余を原告の負担とし、原告と被告東京海上日動火災保険株式会社との間に生じたものについては、原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告Y1は、原告に対し、六一一万七〇〇〇円の限度で被告東京海上日動火災保険株式会社と連帯して、二億六六〇七万二〇三八円及びこれに対する平成四年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告東京海上日動火災保険株式会社は、被告Y1と連帯して、原告に対し、第一項の金員のうち六一一万七〇〇〇円及びこれに対する平成四年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  事案の要旨

原告(昭和○年○月○日生まれ。事故当時四六歳。)は、平成四年三月二六日に後記の交通事故により受傷し、後遺障害を負った。同後遺障害の等級は、当初併合第一〇級と認定されたが、平成一七年に原告が膝を人工関節にする手術を受けたことから、併合第七級に変更された。

本件は、原告が、その後遺障害等級は併合第五級に該当するものであると主張し、本件事故の加害者である被告Y1(被告Y1)に対しては不法行為に基づき、被告東京海上日動火災保険株式会社(被告東京海上)に対しては自動車損害賠償保障法(自賠法)一六条に基づき、それぞれ損害の賠償を求めている事案である。なお、原告は、平成六年九月二九日、被告Y1との間で示談をし、原告に併合第一〇級の後遺障害があることを前提に算出した示談金の支払を受けており、また、被告東京海上からは、併合第七級の後遺障害等級に該当することを前提とした自賠責保険金の支払を受けているため、本件では、被告らに対して、それぞれ既に填補された額を控除した残額を請求している。

二  争いのない事実等(証拠によって容易に認定できる事実についてはかっこ内に証拠を示す。)

(1)  交通事故の発生

平成四年三月二六日午前一〇時五八分ころ、福島県双葉郡広野町大字上浅見川字小松二二一―六先路上において、被告Y1運転の普通乗用自動車(被告Y1車両)が、反対車線に進入し、同車線を直進中のA運転、原告同乗の普通乗用自動車と正面衝突する交通事故が発生した(本件事故)。

(2)  責任原因

被告Y1には、本件事故について過失があるから、同人は、原告に対して民法七〇九条に基づく損害賠償責任を負う。

(3)  保険契約

被告Y1車両には、被告東京海上の自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)が付保されている。

(4)  原告の傷害及び治療状況等

原告は、本件事故により、右大腿骨骨折等の傷害を負い、平成四年三月二六日から平成一七年一〇月一六日まで入通院治療を受けた。

(5)  原告の後遺症等級認定

自動車保険料率算定会(平成一四年四月一日からは損害保険料率算出機構。以下、「算定会」ないし「算出機構」という。)は、本件事故による原告の後遺障害について併合第一〇級と認定した。

(6)  損害の填補

ア 自賠責保険等

原告は、本件事故により生じた損害につき、原告と任意保険契約を締結していた全国労働者共済生活協同組合達合会(全労済)及び被告東京海上から、以下のとおり填補を受けた(甲一九、弁論の前趣旨)。

(ア) 全労済 二四一六万四八四〇円

(イ) 被告東京海上 四六一万〇〇〇〇円

イ 示談契約

原告は、被告Y1の親権者であるBとの間で、平成六年九月二九日、本件事故に関する損害賠償金として、同人が原告に対し、三六三〇万三八六四円(内訳は以下のとおり)の支払義務のあることを認め、そのうち上記ア記載の受領額を控除した七五二万九〇二四円を支払うという内容の示談契約(本件示談契約)を締結し、上記金員を受領した。

なお、上記示談契約では、原告の基礎収入額は平成四年度福島県年齢別平均賃金(月額四〇万〇七四二円)によること、症状固定は平成六年一月一四日、後遺障害等級は併合第一〇級に該当することを前提に損害額が算定され、後日、自賠責保険において、原告の後遺障害がより重度の等級に該当するとの認定がなされた場合には、その認定変更に伴う損害金については、年齢別賃金によるか、実収入によるかを含め、協議の上決定する旨の合意がされた。

(ア) 治療費 七〇九万四四四三円

(イ) 看護料 二三七万五四四一円

(ウ) 入院雑費 一三万九三〇〇円

(エ) 通院交通費 四四万六六一八円

(オ) 休業損害 一〇六四万六三七九円

(カ) 逸失利益 一〇〇三万〇〇〇〇円

(キ) 慰謝料 三八八万一六八三円

① 傷害慰謝料 二一〇万一六八三円

② 後遺症慰謝料 一七八万〇〇〇〇円

(ク) 物損 一六九万〇〇〇〇円

(甲一九、二〇)

(7)  膝関節手術

平成一七年九月二日、原告は、左膝に人工膝関節置換術を受けた。

(8)  症状固定

原告は、平成一七年一〇月一二日、症状固定と診断された(甲一一)。

(9)  等級の変更

平成一七年一一月一七日、原告が、算出機構に対して異議申立てを行ったところ、同年一二月一六日、同機構は、前記左膝人工膝関節置換術が施行されたことを理由に、左膝関節の機能障害について「一下肢の三大関節中の一関節の用を廃したもの」に該当するとして、それまでの第一二級七号から第八級七号に変更し、以下のとおりの後遺障害があるとして、併合第一〇級としていた認定を取り消して併合第七級と認定した。(甲一三)

① 左膝関節の機能障害 第八級七号

② 右股関節の機能障害 第一二級七号

③ 左下腿骨骨折に伴う短縮障害 第一三級九号

④ 脊柱の変形障害 第一一級七号

⑤ 骨盤骨の著しい奇形(変形) 第一二級五号

⑥ 右大腿部痛 第一四級一〇号

(10)  自賠責保険金の差額受領

原告は、上記後遺障害等級の認定変更に伴い、平成一七年一二月二一日、被告東京海上から自賠責保険金として、五七六万円を受領した(甲二一)。

三  争点

(1)  原告の後遺障害等級

(2)  原告の損害額

(3)  素因減額の可否

(4)  被告東京海上に対する請求の遅延損害金の起算日

四  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)(原告の後遺障害等級)について

(原告の主張)

算出機構は原告の後遺障害等級について併合第七級に該当すると認定したが、同認定のうち、右股関節の機能障害を第一二級七号と認定した点及び脊柱の障害を第一一級七号と認定した点には、以下のとおり誤りがあり、これらの点について正しく等級認定をした場合、原告の後遺障害は少なくとも併合第五級に該当する。

ア 右股関節の機能障害について

原告には、右大腿骨骨折により著しい機能障害が生じ、現在に至っても、下肢の基本動作(歩行、立位)に著しい支障がある。

したがって、同障害は「一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」として、第一〇級一一号に該当する。

イ 脊柱の変形・運動障害について

原告は、第四腰椎の圧迫骨折の治療として腰椎前方固定術が行われたことにより前後屈に制限があり、中腰の状態になることができない。

したがって、上記障害は、「脊柱に著しい運動障害を残すもの」として、第六級四号に当たる。

ウ その他の症状について

原告には、外傷性脳幹部障害による平衡障害や外傷性のめまいなどの症状があるが、これらの症状と本件事故との間には相当因果関係がある。

(被告Y1の主張)

原告の主張は争う。原告の後遺障害等級は算出機構による認定のとおり、併合第七級とするのが相当である。

(被告東京海上の主張)

原告の主張は争う。原告の主張には以下のとおりいずれも理由がなく、原告の後遺障害について併合第七級とした認定は妥当なものである。

ア 右股関節の機能障害について

原告の右股関節の屈曲伸展は、平成八年一二月一八日の熊本労災病院の後遺障害診断によると、一二〇度とされており、平成一〇年二月二五日の同病院の後遺障害診断によっても、一〇五度とされている。

そうすると、原告の右股関節の可動域は、参考可動域(一四〇度)と比較しても、その二分の一以下に制限されているものとはいえず、第一〇級一一号に該当しない。

上記のように、平成一〇年に平成八年当時より可動域の制限が拡大していること、また、骨折した原告の右大腿骨は良好な形態で骨癒合を得ていることなどからすると、上記測定値自体に疑問が残るところではあるが、右股関節に機能障害があると認定するとしても、算出機構の認定どおり、健側の可動域角度の四分の三以下に制限されているものとして第一二級七号に該当するとするのが限度である。

イ 脊柱の変形・運動障害について

(ア) 原告は、第四腰椎圧迫骨折との診断で、いわき市立総合磐城共立病院に入院しており、平成四年四月三日には、腰椎前方固定術が行われているようであるが、これのみでは原告が主張する第六級四号の基準には該当しない。

(イ) また、長崎原爆病院の後遺障害診断では、頸椎部の可動域は前後屈で計九〇度、側屈で計七〇度であるとされ、参考可動域(前後屈で計一一〇度、側屈で計一〇〇度)の二分の一以下に制限されていない。

腰椎については、熊本労災病院の後遺症診断によると、可動域は前後屈で計三〇度、側屈で計三五度であるとされ、参考可動域(前後屈で計七五度、側屈で計一〇〇度)の二分の一以下の可動域となっているが、腰椎レントゲンでアライメントの変化がほとんどないことや、全脊柱MRIにおいて上位腰椎から胸腰移行部の所見に異常がないことから、上記測定結果は客観的所見と整合性があるとはいえず、これを前提に判断するべきではない。

したがって、第八級二号(脊椎に運動障害を残すもの)の基準にも該当しない。

(ウ) 以上より、結局、脊柱の後遺障害としては脊柱の変形障害第一一級七号として捉えるのが妥当である。

ウ その他の症状について

原告は本件事故の後遺症として外傷性脳幹部障害による平衡障害や外傷性のめまいなどの症状があると主張している。平成五年及び平成六年の診断において、当該所見が存在していたことを示すものがあるが、それらの内容からみて当該症状所見の程度が重いものであったとは認められず、また、その後の熊本労災病院及び長崎原爆病院等の診療機関における診療経過において、外傷性脳幹部障害による平衡障害や外傷性のめまいが存続していたかは明らかではない。また、原告は、平成一七年九月一日時点での主観的症状として、「セファドール(めまいの薬)は今は調子がいいのであまり飲んでません。」と述べ、また、「平衡感覚障害がある 〇点」と判断されるなど、このころには、原告のめまいの症状は改善していたものといえる。平成一七年一〇月一七日の埼玉医科大学病院の後遺障害診断においても、原告が自覚症状として、「めまい」を訴えたようであるが、当該めまいが外傷性脳幹部障害によるものであるかは不明である。

以上より、原告主張の平衡障害や外傷性のめまいが後遺症として残存しているとは認められない。

(2)  争点(2)(原告の損害額)について

(原告の主張)

ア 被告Y1に対する請求

(ア) 休業損害 一億五三六一万五九八四円

原告の後遺障害は、併合第五級と認定されるべきものであるから、被告Y1は、原告に対して、示談契約後の休業損害について支払義務を負う。休業損害の金額は、以下のとおり、一億五三六一万五九八四円である。

① 原告の基礎収入額

原告の平成三年度中の収入は、一六〇五万五〇八〇円であり、平成四年度も、約三か月間(八六日間)で四四三万六〇四〇円の収入を得ていた(甲一七)。そこで、一日あたりの基礎収入は、以下のとおり、五万一五八二円とすべきである。

なお、被告Y1は、原告が納税証明書を改ざんしたなどと述べるが、これは想像の域をでない主張である。原告は、本件示談契約において、実収入ではなく、福島県年齢別平均賃金を基礎として休業損害額等を算定することに同意しているが、これは、原告は当時の被告Y1の代理人に実収入の主張をしたものの、同人に聞き入れてもらえず、当時原告には代理人がついていなかったこと及び困窮状態にあったことなどから、やむなく当時の被告Y1の代理人の主張を受け入れざるを得なかったという事情によるものである。

443万6040円÷86日≒5万1582円

② 休業日数

休業日数は本件示談契約締結日の翌日である平成六年九月三〇日から、症状が固定した平成一七年一〇月一二日までの四〇三一日である。

③ 労働能力喪失率

原告の後遺障害は上記のとおり併合第五級に該当するので、その労働能力喪失率は七九パーセントというべきである。なお、症状固定時に七九パーセントの労働能力の喪失がある以上、固定前も、少なくとも同率の労働能力の喪失があったことは確実である。

④ 損害の填補

原告は、本件示談契約時に休業損害分として一〇六四万六三七九円を受領した。

⑤ 小括

被告Y1が原告に対して支払うべき休業損害額は、以下の計算どおり一億五三六一万五九八四円となる。

5万1582円×4031日×79%-1064万6379円≒1億5361万5984円

(イ) 逸失利益 八七九〇万八二八四円

① 逸失利益

原告の平成三年度中の基礎収入額は、上記のとおり一六〇五万五〇八〇円であり、原告の労働能力喪失率は、上記のとおり七九パーセントである。そして、後遺症の症状固定時である平成一七年一〇月一二日に原告が五九歳であり、六九歳(平均余命の二分の一)まで一〇年間就労可能であるとすると、ライプニッツ係数は七・七二一七となる。

そうすると、後遺障害逸失利益は、以下のとおり九七九三万八二八四円となる。

1605万5080円×79%×7.7217≒9793万8284円

② 填補額

原告は、本件示談契約時に、逸失利益として、一〇〇三万円を受領した。

③ 小括

原告の逸失利益は、以下の計算により、八七九〇万八二八四円となる。

9793万8284円-1003万円=8790万8284円

(ウ) 後遺症慰謝料 一二二二万円

① 後遺症慰謝料

原告の後遺障害が、前記のとおり後遺障害等級併合第五級に該当すること及び障害の部位、程度、事故態様及び事故後の事情などを総合的に考慮すると、後遺症慰謝料としては一四〇〇万円が相当である。

② 填補額

原告は、本件示談契約時に、後遺症慰謝料として、一七八万円を受領した。

③ 小括

原告が被告Y1に請求できる後遺症慰謝料は、以下の計算により一二二二万円となる。

1400万円-178万円=1222万円

(エ) 弁護士費用 一二三二万七七七〇円

① 被告Y1に対する訴訟分 一一五八万〇七七〇円

② 被告東京海上に対する訴訟分 七四万七〇〇〇円

(オ) 合計 二億六六〇七万二〇三八円

(カ) 本件示談契約との関係

本件示談契約においては、自賠責保険において、後遺障害第一〇級以上の後遺障害に該当すると認定された場合には、その認定変更に伴う損害金については別途協議すると合意されており、上記損害はいずれも後遺障害の認定変更に伴う損害であり、本件示談契約の内容には含まれていない。

イ 被告東京海上に対する請求 六一一万七〇〇〇円

(ア) 後遺障害等級第五級に基づく自賠責保険金額 一五七四万〇〇〇〇円

(イ) 既払額

① 後遺障害等級第一〇級に基づく自賠責保険金額 四六一万〇〇〇〇円

② 七級に基づく自賠責保険金額(差額分) 五七六万〇〇〇〇円

(ウ) 被告東京海上分弁護士費用 七四万七〇〇〇円

(エ) 残額 六一一万七〇〇〇円

1574万円-(461万円+576万円)+74万7000円=611万7000円

(被告Y1の主張)

ア 休業損害

原告の基礎収入額、休業日数及び労働能力喪失率についての原告の主張を以下のとおり争う。

(ア) 基礎収入額

原告の基礎収入額は、賃金センサス(平成一七年第一巻第一表の学歴計・男性労働者平均)により、年五五二万三〇〇〇円とすべきである。

原告は、平成三年及び平成四年の所得として原告が申告した額が記載されているという納税証明書(本件納税証明書)を根拠に、本件事故当時年間一六〇〇万円あまりの収入を得ていたと主張する。

しかしながら、本件納税証明書の発行年月日が本件示談契約前となっているところ、上記収入があり、かつその証明書を本件示談契約前に取得していたとすれば、同示談契約において考慮されてしかるべきであるにも関わらず、本件示談契約は福島県年齢別平均賃金に基づいてなされていること、本件示談契約の際に当時の被告Y1の代理人に本件納税証明書を見せたかどうかについて記憶がないなどと不自然な供述をしていること、本件納税証明書の原本を提出しないこと、原告は本件示談契約当時には所得の申告をしていなかった旨を自認する供述をしていること、原告は本件納税証明書以外にもその所得を裏付ける証拠が存在するはずであるのに、これを提出しないことなどの事情にかんがみれば、本件納税証明書の記載内容は、改ざんされたものであるといえる。

(イ) 休業日数

原告は本件示談契約により、本件示談契約当時予測していた損害については既に放棄したものと見るべきであるから、本件示談契約後に発見された後遺症等について損害賠償請求できる範囲は、本件示談契約当時予測できなかったものに限られることになるはずである。

原告の請求については、本件示談契約後、左膝関節の人工膝関節置換術という不測の再手術のために入院した日である平成一七年八月二〇日において、それに基づく損害賠償請求権が発生したものと解すべきであり、原告の休業期間は、同日から症状固定日(平成一七年一〇月一二日)までの五三日間となる。

(ウ) 労働能力喪失率

労働能力喪失率については、原告の後遺障害等級(七級、五六パーセント)に基づき、示談時の喪失率(一〇級、二七パーセント)との差である、二九パーセントとされるべきである。

イ 逸失利益

原告主張の基礎収入額及び労働能力喪失率は争う。

ウ 後遺症慰謝料

併合第七級の後遺障害慰謝料は、一〇〇〇万円とするのが相当である。原告はすでに後遺障害等級第一〇級の認定を前提として示談をしているのであるから、第一〇級の後遺症慰謝料(五五〇万円)との差額である四五〇万円のみが後遺症慰謝料として認められるべきである。

エ 弁護士費用

争う。

(被告東京海上の主張)

原告の後遺障害等級は、併合第七級であり、被告東京海上は、併合第七級にかかる保険金の支払を既にしているが、仮に原告の後遺障害等級を併合第五級と仮定したとしても、既払額を控除した保険金額の上限は五三七万円であって、これを超える部分の支払をする義務はない。

原告の被告東京海上に対する請求額は、上記五三七万円に弁護士費用の七四万七〇〇〇円を加算した額であると思われるが、原告の被告東京海上に対する請求の根拠は、自賠責法一六条の直接請求権であるところ、同請求権は、被害者の運転者等に対する損害賠償を自賠責保険の保険金額の範囲内において保険会社が被害者に直接支払うものである。したがって、同条に基づいて、被告東京海上が原告に対して支払義務を負うのは、原告が被告Y1に対して有している損害賠償請求権の金額(弁護士費用も含めることができる)のうち、自賠責保険金額の上限金額にとどまるものである。原告の被告東京海上に対する請求権の根拠が不法行為に基づく損害賠償請求権自体ではない以上、原告が被告東京海上に対して、自賠責保険の保険金額に弁護士費用を加算して請求することはできない。

(3)  争点(3)(素因減額の可否について)

(被告Y1の主張)

原告は、既往症として、糖尿病その他の症状を有しており、また原告の年齢からすると、少なくとも頸椎の症状に関しては、加齢による退行性変化の影響も考えられる。

さらに、原告は、埼玉医科大学病院において、手術という危険を内包した治療方法を選択しているが、その方法を選択するか否かについて原告に裁量の余地がある場合には、損害賠償額につき一定の減額をすべきである。すなわち、必要不可欠とはいえない治療の場合には、その治療の危険性、治療としての必要性、相当性の程度を勘案して交通事故の加害者の責任の範囲を限定するのが、損害の公平な分担の見地からして妥当である。

本件において、原告は平成一七年九月二日に人工膝関節置換術を受けるまで一〇年以上にわたって保存療法を行っていたものであり、同手術を受ける必要性相当性はなかったといえる。このような手術によって原告の後遺障害等級は併合第七級と認定されるに至ったのであるから、必要不可欠とまではいえない治療によって、損害を拡大させたというべきである。

したがって、仮に原告主張の損害が認められる場合であっても、賠償額からは上記素因が存在することによる減額がなされるべきであり、その割合は五割を下回ることはない。

(原告の主張)

原告には、素因減額に当たる既往症は存在しない。原告が糖尿病だとしても、それが損害の拡大に寄与しているか否かは不明である。

また、素因減額の対象となるべき身体的要因が加齢性のものである場合には、それが被害者の年齢に照らし、不相当なものでなければならないはずである。そのため、単に事故による受傷と年齢相応な加齢性要因があいまって症状が出現した程度では、素因減額は認められない。

(4)  争点(4)(被告東京海上に対する請求の遅延損害金の起算日)について

(原告の主張)

被害者の保険会社に対する直接請求権は、事故の発生にその基礎を有するから、加害者に対する損害賠償請求権と同様、事故の時から遅滞に陥るというべきである。

仮に、請求の時から遅滞に陥るとしても、原告が被告東京海上に対して保険金を支払うよう最初に直接請求した時を基準とすべきであって(原告は、少なくとも、被告東京海上から自賠責の保険金を受領している時点で、既に保険金の直接請求をしていたと考えるべきである。)、第五級を前提に損害賠償請求した時を基準とすべきではない。なぜなら、被害者の身体のどの部位にどの程度の損害が発生したかということは、被害者の事故後の診療などによって明らかになっていくものであるから、新たな後遺症が判明する度ごとに、その後遺症に基づく損害賠償を請求しなければ、保険会社の損害賠償債務が遅滞に陥らないというのでは、いかにも不当であるからである。

したがって、仮に被告東京海上に対する損害賠償請求権の遅延損害金の起算日が、事故時からではなく、請求時からであるとしても、その年月日は、原告が初めて被告東京海上に対して自賠法一六条に基づき損害賠償請求をした平成六年三月一四日となる。

(被告東京海上の主張)

仮に、本件訴訟において、被告東京海上に何らかの支払責任が認められる場合でも、原告が請求する事故日からの遅延損害金の請求は失当であり、遅延損害金の起算日は、被告東京侮上が初めて後遺障害等級第五級に基づく損害賠償の請求を受けた日の翌日からと解すべきである。

原告は、本件訴訟の訴状において、初めて被告東京海上に対して後遺障害等級第五級の損害賠償を請求した。したがって、遅延損害金の起算日は、本件訴状送達の日の翌日(平成一九年六月一日)と解するのが相当である。

第三当裁判所の判断

一  争点(1)(原告の後遺障害等級)について

(1)  右股関節の機能障害について

ア 右股関節の機能障害について、原告は、その後遺障害は第一〇級一一号(一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの)に該当すると主張し、これに対して被告らは第一二級七号(一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの)にとどまると主張している。

平成四年当時の交通事故による後遺障害の等級は、平成一三年政令四一九号による改正前の自賠法施行令別表が定めており、その等級認定は厚生労働省の通達(昭和五〇年九月三〇日基発第五六五号)(認定基準)に基づいて行うのが相当である。

同認定基準によれば、原告の主張する第一〇級一一号、被告らの主張する第一二級七号に該当する機能障害については以下のように定められている。

① 第一〇級一一号

次のいずれかに該当するもの。

ⅰ 関節の可動域が健側の可動域角度の二分の一以下に制限されているもの。

ⅱ 人工関節・人工骨頭を挿入置換した関節のうち、その可動域が健側の可動域角度の四分の三以下に制限されているもの以外のもの。

② 第一二級七号

関節の可動域が健側の可動域角度の四分の三以下に制限されているもの。

なお、関節の運動機能の障害についての認定に際しては、障害の存する関節の運動可能域と健側の運動可能域を比較して行うのが通常であるが、健側の運動可動域と比較することが適当でない場合には、正常可動範囲を参考として障害等級を認定するものとされる。そして、原則として各関節の主要運動(各関節において日常の動作に一番重要なものをいう。股関節の主要運動は、屈伸及び内外転。)の角度のうち、他動運動による角度を測定するものとされている。また、原則として屈曲と伸展のように同一面にある運動については、両者の可動域角度を合計した値をもって関節可動域の制限の程度を評価することとされている。

イ 以上のことを前提に、原告の右股関節の機能障害について、上記第一〇級一一号の基準に該当すると認められるかを検討する。

熊本労災病院C医師が、平成一〇年二月二五日に原告を診断したところによれば(労災病院平成一〇年診断、甲七の一)、原告は、腰椎前方固定術等の影響により、左股関節にも運動制限があると認められるから、原告の右股関節の運動障害の認定に当たっては、左股関節の運動可動域と比較するのは相当ではなく、正常可動範囲を参考として障害等級を認定するのが相当である。

同病院のD医師が平成八年一二月一八日に原告を診断したところによれば(労災病院平成八年診断)、原告の右股関節の主要運動における機能障害の状態は次のとおりである(甲七の二、乙八)。

屈曲 伸展 内転 外転

原告 一一〇度 一〇度 一〇度 三五度

参考可動角度 一二五度 一五度 二〇度 四五度

これによると、原告の右股関節の屈曲伸展角度が合計一二〇であるのに対し、参考可動角度は合計一四〇度であり、原告の内外転の角度が合計四五であるのに対し、参考可動角度は合計六五度であり、いずれも、参考可動角度の二分の一以下に制限されているとは認められない。

また、労災病院平成一〇年診断によれば、原告の右股関節の主要運動における機能障害の状態は次のとおりである。(甲七の一)

屈曲 伸展 内転 外転

原告 九五度 一〇度 一〇度 三〇度

これによると、原告の右股関節の屈曲伸展角度は合計一〇五度、内外転の角度は合計四〇度であり、やはりいずれも、参考可動角度の二分の一以下に制限されているとは認められない。

その他、原告の右股関節の機能障害が第一〇級一一号に該当すると認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告の右股関節の機能障害が第一〇級一一号に該当すると認めることはできない。

(2)  脊柱の変形・運動障害について

ア 原告は、脊柱の障害について、その後遺障害は第六級四号(上記改正前自賠法施行令別表によれば、第六級五号)(脊柱に著しい運動障害を残すもの)に該当すると主張し、これに対して被告らは第一一級七号(脊柱に奇形を残すもの)にとどまると主張している。

イ ここで、前記認定基準によると、第六級五号及び第一一級七号については、以下のとおり定められている。なお、第八級二号の運動障害(脊柱に運動障害を残すもの)についても以下のとおり定められている。

① 第六級五号(脊柱に著しい運動障害を残すもの)

次のいずれかにより頸部及び胸腰部が強直したものをいう。

ⅰ 頸椎及び胸腰椎のそれぞれに脊椎圧迫骨折等が存しており、そのことがエックス線写真等により確認できるもの

ⅱ 頸椎及び胸腰椎のそれぞれに脊椎固定術が行われたもの

ⅲ 項背腰部軟部組織に明らかな器質的変化が認められるもの

② 第八級二号(脊柱に運動障害を残すもの)

次のいずれかに該当するものをいう。

ⅰ 次のいずれかにより、頸部又は胸腰部の可動域が参考可動域角度の二分の一以下に制限されたもの

a) 頸椎又は胸腰椎に脊椎圧迫骨折等を残しており、そのことがエックス線写真等により確認できるもの

b) 頸椎又は胸腰椎に脊椎固定術が行われたもの

c) 項背腰部軟部組織に明らかな器質的変化が認められるもの

ⅱ 頭蓋・上位頸椎間に著しい異常可動性が生じたもの

③ 第一一級七号(脊柱に奇形を残すもの)

次のいずれかに該当するものをいう。

ⅰ 脊椎圧迫骨折等を残しており、そのことがエックス線写真等により確認できるもの

ⅱ 脊椎固定術が行われたもの(移植した骨がいずれかの脊椎に吸収されたものを除く)

ⅲ 三個以上の脊椎について、椎弓切除術等の椎弓形成術を受けたもの。

ウ そこで、まず、原告に第六級五号に該当する脊柱の運動障害があるか否かを検討するに、原告が、本件事故により腰椎の圧迫骨折をし、また、腰椎前方固定術を行った事実については争いがないところであるが、その他に、頸椎の圧迫骨折の存在、頸椎の脊椎固定術及び項背腰部軟部組織の明らかな器質的変化を認めるに足りる証拠はなく、原告に第六級五号に該当する脊柱の運動障害があると認めることはできない。

エ(ア) 次に、原告に第八級二号に該当する脊柱の運動障害があると認めることができるかを検討する。

この点、原告は、第四腰椎の圧迫骨折の治療として腰椎前方固定術が行われたことにより前後屈に制限があるなどとして、腰椎の運動障害の主張をしているところ、原告には腰椎圧迫骨折がみられ、また腰椎前方固定術が行われていることについては前記のとおり争いがない。そこで、原告の胸腰部の可動域が参考可動域角度の二分の一以下に制限されているといえるかを検討する。

ここで、関節の機能障害については、前述のとおり原則として主要運動の可動域制限の程度によって評価するものであるとされており、胸腰部の主要運動は屈曲伸展とされている。

(イ) 労災病院平成八年診断によれば、原告の腰椎部の運動障害の状態は次のとおりである。

屈曲 伸展 右 左 右 左

回旋 回旋 側屈 側屈

原告 三〇度 一〇度 四五度 三五度 二〇度 一五度

参考可動角度 四五度 三〇度 四〇度 四〇度 五〇度 五〇度

胸腰部の主要運動は屈曲・伸展であるとされているところ、これによれば、屈曲伸展の参考可動角度が七五度であるのに対して、原告の可動角度は四〇度であり、二分の一以下に制限を受けていないが、このように、主要運動の可動域制限が参考可動域角度の二分の一をわずかに上回る場合(「わずかに」とは、原則として五度とされる。)、その参考運動(脊柱胸腰部の場合、回旋、側屈)が二分の一以下に制限されているときは、運動障害と認定することとされている。そうすると、原告の側屈が合計三五度であり、参考可動角度の合計一〇〇度と比較してその二分の一以下に制限を受けているので、第八級二号の基準に該当することになる。

しかし、労災病院平成一〇年診断によれば、原告の腰椎部の運動障害の状態は次のとおりである。

屈曲 伸展

原告 四〇度 三〇度

参考可動角度 四五度 三〇度

これによると、平成一〇年の時点では平成八年の上記状態は改善して、原告の胸腰部の屈曲伸展の可動角度は七〇度となり、ほとんど制限を受けなくなっていることが認められる。

そうすると、平成八年の前記診断書を根拠に、原告の胸腰部に第八級二号に該当する後遺障害がその後も継続して存在すると認めることはできない。

(3)  その他の症状について

原告は、外傷性脳幹部障害による平衡障害や外傷性のめまいなどの症状があり、これが本件事故に起因するものである旨主張するので、この点について検討する。

原告は、平成六年八月一九日、天草第一病院においてめまいの症状があることを訴えていることが認められる(甲六)。そして、原告は、平成八年一〇月三〇日当時長崎原爆病院において、「項部、後頭部の重圧感、動かしにくい感じ、指先のこわばり感、ふるえ、不随意運動あり。体のだるさあり。」との症状を訴えていることが認められる(甲八)。また、その後の平成一七年一〇月一七日に埼玉医科大学病院において診断を受けた際に、原告が自覚症状として「下肢しびれ、脱力、めまい」と訴えたこと(甲一一)が認められる。

しかしながら、この間に行われた、労災病院平成八年診断(甲七の二)、労災病院平成一〇年診断(甲七の一)、平成一六年七月二四日の福岡原リハビリテーション病院における診断(甲九)、及び平成一七年五月二三日の順天堂浦安病院における診断(甲一〇)の際には、いずれもめまい等の症状を訴えた形跡はない。

上記事実からすると、原告の、めまい等の症状について、平成八年一〇月三〇日から平成一七年一〇月一七日までの間の約九年間の経過が明らかではなく、平成一七年に原告が訴えている症状が、本件事故によるものであると直ちに認めることはできない。

したがって、上記めまい等の症状についても考慮して後遺障害等級認定をすべきだとする原告の主張も認められない。

(4)  まとめ

以上のとおり、後遺障害認定についての原告の主張はいずれも理由がなく、原告の後遺障害については、併合第七級に該当すると認めるのが相当である。

五 争点(2)(原告の損害額)について

(1)  原告の休業損害

ア 基礎収入額

原告は、本件事故当時の年収が一六〇〇万円余りあったと主張しているところ、これに沿う供述(原告本人)及び平成三年分の申告所得金額の欄に「一六、〇五五、〇八〇円」と記載のある本件納税証明書(甲一七)が存在する。

しかしながら、本件納税証明書については、これが写しであることから、同証明書に基づく認定は慎重にすべきところ、同証明書は、以下の事情にかんがみると、その原本の存在とその成立の真正についてはこれを認めるに足りず、同証明書を証拠として重視することはできない。

すなわち、本件納税証明書の発行年月日は、平成五年二月二四日となっており(甲一七)、これによると、原告は、平成六年九月二九日本件示談契約当時、その年収が一六〇〇万円余りあることを示す本件納税証明書をすでに取得していたことになるが、前記認定のとおり、原告は、平成六年九月二九日締結の本件示談契約において、その基礎収入を、福島県年齢別平均賃金を基礎として、月額四〇万〇七四二円(年収四八〇万八九〇四円)として示談金を算出することに合意をしている。しかも、原告は、本件示談契約に際し、当時の被告Y1の代理人に対して、原告の収入が一六〇〇万円余りあることを主張したものの、同代理人から、「税務署に申告してじゃないと駄目だ」「ともかく、今現在は、年齢別平均賃金額で精算する方法しかない」などと言われて聞き入れられなかった旨供述している(原告本人)。さらに、本件示談契約時に、本件納税証明書を前記代理人に示したか否かについては、記憶がないなどと曖昧な回答を繰り返している。

この点、原告は、本件事故により健忘症になったことを記憶がないことの理由とするが、原告の供述を通して、上記回答以外の部分で不自然に記憶がない旨の回答を繰り返す部分はなく、原告の同説明には合理性が認められない。

そうすると、本件示談契約当時に、原告の主張する年収を示す納税証明書が存在したかについては疑問をもたざるを得ず、本件納税証明書の原本が存在し、同原本が真正に成立すると認めることはできない。

また、原告供述については、これを客観的に裏付ける証拠はなく、さらに上記原告の供述態度に照らすと、同供述も信用することができない。

したがって、原告の本件事故当時の年収が一六〇〇万円余り存在した事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

以上より、原告の基礎収入額については、賃金センサス(平成一七年第一巻第一表の男性労働者産業計学歴計全年齢平均)により、年五五二万三〇〇〇円とするのが相当である。

イ 休業日数

原告は、新たに認められた後遺障害等級が、併合第五級であることを前提にして、本件示談契約以降に生じた損害額を算出し、そこから、本件示談契約ですでに受領している金額を差し引いて、被告Y1に請求すべき損害金を算定している。

しかしながら、原告が、併合第一〇級に基づく損害の補填として本件示談契約を締結していることからすれば、本件事故により原告に生じた後遺障害等級併合第一〇級に基づく損害については、本件示談契約によりすべて填補されたものとすることに合意をしたとみるべきであり、併合第一〇級に基づく休業損害については重ねて請求できないというべきである。

したがって、原告が請求できるのは、新たに生じた後遺症に基づいて休業を余儀なくされた部分の休業損害である。本件では、原告の左膝の人工関節置換術が行われており、この手術を必要とする原告の左膝の症状が本件示談契約後のいつの時点で生じたのかについては明らかではないが、少なくとも、同手術のために原告が入院した平成一七年八月二〇日には同症状が生じていたことは明らかであるから、同日から症状固定日(平成一七年一〇月一二日)までの日数が休業日数と認められる。そうすると、休業日数は五四日となる。

ウ 休業損害額

以上によると、原告の休業損害額については、次の計算式により、八一万七一〇一円と認められる。

552万3000円÷365日×54日=81万7101円(一円未満切り捨て。以下同じ。)

そして、後述のように、同損害については、事故日からの遅延損害金が生じることになるところ、原告が事故のあった平成四年から、休業損害を被った平成一七年までの中間利息を不当に取得することのないように一三年間のライプニッツ係数(現価係数)をかけて計算すると、結局、休業損害は以下のとおり四三万三三二六円となる。

81万7101円×0.53032135=43万3326円

(2)  原告の逸失利益

ア 労働能力喪失率

原告の後遺障害等級が、併合第七級に該当することにかんがみ、労働能力喪失率は五六パーセントと認めるのが相当である。

イ 基礎収入額

逸失利益の算定に当たっても、五五二万三〇〇〇円を基礎収入とすべきである。

ここで、原告は本件示談契約により、後遺障害等級併合第一〇級に該当することを前提とした示談金を受領しているから、同級に基づく逸失利益(労働能力喪失率は二七パーセント)は、これを控除すべきである。

そして、就労可能期間は、六九歳までであるとすると、ライプニッツ係数は、当初の症状固定(平成六年、乙B一、二)から原告が六九歳になるまでの期間である二一年間(六九歳―四八歳)のライプニッツ係数(一二・八二一二)と当初の症状固定から本件後遺症の症状固定日までの期間である一一年間(平成一七年―平成六年)のライプニッツ係数(八・三〇六四)の差である、四・五一四八となる。

ウ 逸失利益

以上のことを前提に逸失利益を算定すると、以下のようになる。

552万3000円×(56%-27%)×4.5148=723万1219円

(3)  後遺症慰謝料

原告の後遺障害慰謝料は、その後遺障害が併合第七級と認定されたこと、原告が既に後遺障害等級一〇級の認定を前提として示談をしていることなどにかんがみ四五〇万円とするのが相当である。

(4)  弁護士費用

弁護士費用については、本件訴訟経緯、その法律上、事実上の主張の難易、その認容額、控除すべき遅延損害金の中間利息等、諸般の事情を勘案して、五八万円と認めるのが相当である。

(5)  小括

以上より、原告の損害額は以下のとおりとなる。

ア 休業損害 四三万三三二六円

イ 逸失利益 七二三万一二一九円

ウ 後遺症慰謝料 四五〇万〇〇〇〇円

エ 弁護士費用 五八万〇〇〇〇円

オ 合計 一二七四万四五四五円

(6)  被告東京海上に対する損害額

上記のとおり、原告の後遺障害等級は併合第七級と認めるのが相当であり、被告東京海上は、すでに併合第七級に基づく自賠責保険金を支払っているのであるから、被告東京海上に対してさらに請求をすることはできない。

三  争点(3)(素因減額の要否)について

証拠(乙B二)によれば、原告は糖尿病に罹患していたものと認められるが、これが原因で、損害が拡大したと認めるに足りる証拠はなく、また、頸椎の症状に関して、加齢による退行性変化の影響があったとしても、これが損害額の認定において考慮すべき程度のものであるとも認められない。

さらに、被告Y1は、原告の人工膝関節置換術が必要不可欠でない手術であるとして、原告は同手術により損害を拡大させたのであるから、このことも減額事由として考慮すべきだと主張するが、同手術の必要性がないと認めるに足りる証拠はなく、また本件事故により生じた症状の治療のために必要な手術であれば、これにより重度の等級が認定されることになっても、同等級に基づく損害額を原告に負担させなければ公平さを欠くとはいえない。

以上より、本件において、素因減額をすべき事情は認められない。

四  結論

以上の次第であり、争点(4)については判断するまでもなく、原告の請求は、被告Y1に対する請求のうち、一二七四万四五四五円及びこれに対する平成四年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 遠山廣直 八木貴美子 辻山千絵)

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