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さいたま地方裁判所 平成19年(ワ)1626号 判決 2013年2月20日

主文

1  被告は,原告Aに対し,290万7691円及びこれに対する平成19年9月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告B,原告C,原告Dに対し,それぞれ82万2563円及びこれに対する平成19年9月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は,これを10分し,その6を被告の負担とし,その余を原告らの負担とする。

5  この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。

事 実 及 び 理 由

第1請求

1  被告は,原告Aに対し,584万1079円及びこれに対する平成19年9月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告B,原告C,原告Dに対し,それぞれ121万3694円及びこれに対する平成19年9月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告福祉事務所長及び同所職員が,亡Eの妻である原告Aらが生活保護の申請をしたにもかかわらず申請として扱わず又は生活保護の申請を妨害し,生活保護の開始決定後も住宅扶助を支給しなかった上,市外への違法な転居を指導するとともに,転居後は生活保護を受けずに自活することを前提とした不当な取扱いをしたとして,亡Eの相続人である原告らが,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,亡Eが本来なら得られるはずであった生活保護費相当額の損害及び慰謝料等の損害賠償を求める(原告Aについては,固有の慰謝料等の損害賠償も求めている。)事案である(遅延損害金の始期は違法行為の後である訴状送達の日の翌日)。

1  前提となる事実(証拠を摘示しない事実は,当事者間に争いがない。)

(1)  当事者等

ア 亡E(昭和32年6月4日生まれ。)と原告A(昭和33年5月28日生まれ。)とは,昭和53年に婚姻し,その間には,原告B(昭和53年8月12日生まれ。),原告C(昭和55年7月22日生まれ。),原告D(平成2年11月6日生まれ。)の3人の子がいる。

亡Eは,本件訴訟係属中である平成20年3月31日に死亡し,原告らは,亡Eが被告に対して有する権利を,原告Aが2分の1,原告B,原告C,原告Dがそれぞれ6分の1の割合で相続した。

イ 三郷市長は,生活保護法(以下「生保法」という。)による保護の決定及び実施に関する事務の一部を被告福祉事務所長に委任している(生保法19条5項,同法施行令1条)。

(2)  原告らの居住状況

ア 亡Eは,平成16年当時,埼玉県三郷市a所在のアパートb(以下「アパートb」という。)の一室を家賃月額6万7000円で賃借し,原告A,原告C,原告Dと4人で居住していた。原告Bは,平成17年2月には,すでに自宅を出て東京都江東区で生活をしていた。(甲4の1,5,16)

イ 原告Cは,平成18年6月20日に,アパートbを出て,東京都葛飾区にある亡Eの実家で生活を始めた。

(3)  亡Eの入退院状況

亡Eは,平成16年8月に,急性骨髄性白血病を発症し,以下のとおり入退院を繰り返した。(甲3の1・2,4の1・2,92,弁論の全趣旨)

ア 同年12月10日に,国立がんセンター東病院(以下「東病院」という。)に入院し,平成17年1月28日に一時退院をした。

イ 同年3月11日に,骨髄移植のため,東京都中央区築地にある国立がんセンター中央病院(以下「中央病院」という。)に入院したが,骨髄バンクドナーからの移植まで時間を要するために,移植を受けることなく同年4月4日に退院した。

ウ 同年7月25日から同年9月5日まで,東病院に再入院した。

エ 同月28日,中央病院に入院し,骨髄移植後,同年11月30日に退院した。

オ 平成18年2月2日,急性骨髄性白血病の再発が確認されたため,中央病院に入院し,骨髄移植後,同年9月16日に退院した。

(4)  被告福祉事務所での面接,生活保護開始決定

ア 原告Aは,平成17年2月1日,同年3月22日,同年11月9日及び平成18年5月1日に被告福祉事務所を訪れ同所職員と面接した(なお,このうち平成17年11月9日は原告Dが,平成18年5月1日は原告Cが同行した。)。いずれの面接日にも原告Aが生活保護の申請を書面で行うことはなかった(上記以外の日に原告Aないし原告Cが被告福祉事務所を訪れたか,原告Aが口頭で生活保護の申請をしたか等については争いがある。)。

イ 原告Aは,平成18年6月21日,本件原告ら訴訟代理人弁護士である吉廣慶子弁護士(以下「吉廣弁護士」という。)とともに被告福祉事務所を訪れた。被告福祉事務所は,当時アパートbに居住していなかった原告Cを除く亡E,原告A,原告Dを世帯員とする生活保護の申請があったものとして受け付けた。

ウ 被告福祉事務所長は,平成18年7月14日,亡E,原告A,原告Dを要保護者とし,同年6月21日を保護開始日とする保護開始決定をした。支給される保護費には,住宅扶助が含まれていなかった。(甲6,7の1)

(5)  葛飾区への転居

ア 原告A及び原告Dは,平成18年8月28日,アパートbから東京都葛飾区c町のアパートに転居した。被告福祉事務所長は,同月29日付けで,世帯員が減ったことを理由として保護費を減額する旨の決定をした。三郷市の生活保護法施行細則は要保護者の転出について新居住地に通知しなければならないと規定しているが,この際,被告福祉事務所長は,葛飾区に対して,原告A,原告Dが同区に転居したことを通知しなかった。なお,同日ころ,原告Cも亡Eの実家からc町のアパートに転居した。

イ 亡Eは,同年9月16日に,中央病院を退院し,c町のアパートで生活を始めた。被告福祉事務所長は,同月17日付けで,転出を理由として亡Eの保護を廃止する旨の決定をした。この際,被告福祉事務所長は,葛飾区に対して,亡Eが同区に転居したことを通知しなかった。

(6)  葛飾区福祉事務所長は,同月29日,亡Eに対して,同月26日を保護開始日とする保護開始決定をした。

2  争点

(1)  生活保護申請行為の有無(被告福祉事務所長及び同所職員の生活保護申請に対する審査応答義務違反,保護開始決定を行う義務違反の有無)

(2)  被告福祉事務所職員の助言・教示義務違反,申請意思確認義務違反,申請援助義務違反の有無(申請妨害行為の有無)

(3)  被告福祉事務所長が住宅扶助を支給しなかったことの違法性

(4)  被告福祉事務所職員による不当な転居指導の有無

(5)  被告福祉事務所長の葛飾区への通知義務違反の有無

(6)  被告福祉事務所職員が葛飾区での生活保護受給申請を禁止したか否か

(7)  損害

3  争点に関する当事者の主張

(1)  生活保護申請行為の有無(被告福祉事務所長及び同職員の生活保護申請に対する審査応答義務違反,保護開始決定を行う義務違反の有無)

(原告らの主張)

ア 申請行為

申請は口頭で行うこともできるところ,原告Aは,平成17年1月中旬ころ,同月下旬ころ,同年2月1日,同年3月22日,同年11月9日,平成18年5月1日に被告福祉事務所を訪れ,そのたびに職員に対して生活保護の受給を受けたい旨述べている。また,申請行為というためには生活保護の受給を求める最低限の意思を看取しうる申告があればよいと解すべきであるところ,少なくとも,原告Aは生活費の相談のために被告福祉事務所を訪れ生活の困窮を訴えており,生活保護の受給を求める最低限の意思を看取しうる程度の申告をしているのであるから,申請行為があったことは明らかである。

仮に上記の程度の申告がなかったとしても,本件では,被告福祉事務所職員が①相談者の状態に配慮しつつ生活状況を聴取し,生活保護制度について正確な説明,教示を行う義務,②要保護状態でないことや申請権がないことが明らかでない限り,申請意思の確認を行う義務及び③相談者の要保護性を認識した場合には,申請を促すなど申請を援助する義務の各義務に違反する不適切な対応をし,原告Aはこれにより生活保護の申請ができなかったのであるから,申請があったものと評価すべきである。

イ 義務違反の有無

生活保護実施機関は,申請がされた場合には審査,応答をする義務があり,保護の受給要件を満たしている場合には生活保護開始決定をする義務がある。被告福祉事務所職員は,原告らの申請を繰り返し拒否しており,上記義務に違反している。

また,被告福祉事務所長は,原告ら世帯が要保護状態にあったにもかかわらず平成18年6月21日まで保護開始決定をしていない。被告福祉事務所長は,同所職員の行為を監督し,報告を受ける立場にあるところ,少なくとも平成17年2月1日には,原告Aは生活保護の申請をしていたこと,要保護状態にあったことを認識していたにもかかわらず,同日を開始日とする保護開始決定をしておらず,上記義務を怠り,かつ,このことについて少なくとも過失があった。

(被告の主張)

原告らは,平成17年1月中旬から下旬ころには被告福祉事務所を訪れていない。また,原告Aは,平成18年6月21日に生活保護の申請をするまで生活保護の申請をしていない。同日の面接時には,原告Aは,一家の支えであった原告Cが前日(同月20日)に職場を解雇されて家を出て行ってしまい,収入も苦しいとして生活保護の申請をしたため,これに応じたのである。

したがって,被告福祉事務所職員が原告A,原告Cの生活保護の申請を拒否したことはない。

また,被告福祉事務所長が被告福祉事務所職員の行為を監督し,報告を受ける立場にあることは認めるが,平成17年2月1日に原告らによる生活保護の申請はないのであるから,同日を開始日とする保護開始決定をしなかったことについて義務違反はない。

(2)  被告福祉事務所職員の助言・教示義務違反,申請意思確認義務違反,申請援助義務違反の有無(申請妨害行為の有無)

(原告らの主張)

仮に,各面接日における原告らの申請行為が認められないとしても,生活保護を実施する機関には,①相談者の状態に配慮しつつ生活状況を聴取し,生活保護制度について正確な説明をするとともに,ケースに応じて保護申請の勧奨等後見的観点から助言を行う義務,②要保護状態でないことや申請権がないことが明らかでない限り,申請意思の確認を行う義務,③相談者の要保護性を認識した場合には,申請を促すなど申請を援助する義務があるところ,被告福祉事務所職員は,原告Aに対して,本来申請の要件となっていない補足性の原理について執拗に説明をするなど生活保護の申請について適切な説明を行わず,明らかな要保護状態にある原告らに対し,生活保護の申請を行うよう助言することはなかったし,申請意思の確認や申請の援助も行わなかった。このように,福祉事務所職員の誤った言動によって要保護者が自分には生活保護の受給権がないものと誤信し,この誤信によって保護申請をしなかったとすれば,福祉事務所職員の申請妨害行為自体が国家賠償法上の違法行為を構成する。

(被告の主張)

否認する。平成18年6月21日以前の面接において,原告Aから聴取できた相談内容からは,原告ら世帯は明らかに急迫した状態にあるとは認識できず,申請意思の確認をしたり,保護申請を促したりする義務が課される状況ではなかった。また,被告福祉事務所職員は,面接時に,生活状況を聞き取りながら生活保護制度について十分に説明し,併せて申請意思の確認等も十分に行っている。

(3)  被告福祉事務所長が住宅扶助を支給しなかったことの違法性

(原告らの主張)

被告福祉事務所長は,保護開始決定後も原告らに対して住宅扶助を支給しなかった。当時,住宅扶助を支給しない理由はなかったのであるから,被告福祉事務所長は,住宅扶助を支給する決定をすべき職務上の義務に違反し,このことにつき少なくとも過失がある。

(被告の主張)

住宅扶助が保護費の中に含まれなかったのは,亡Eの住宅賃貸借契約が平成18年6月24日で期間満了となり,不動産業者から契約更新ではなく退去を求められていて,同月からの住宅扶助の需要が確認できなかったためである。すなわち,住宅扶助の認定については契約書等の挙証資料に基づいて認定を行うよう国,県から指導を受けていたところ,原告ら世帯の担当ケースワーカーであったF(以下「F職員」という。)は,亡Eの賃貸借契約期間が満了していることを確認し,原告Aに対して,家屋(宅地)賃貸借契約証明書と題する書面を交付し,この書面に貸主から賃貸借契約をしていることや賃料について証明してもらうよう指示したが,原告Aから同書面の提出がなかったために,家賃の認定を行えなかったのである。

(4)  被告福祉事務所職員による不当な転居指導の有無

(原告らの主張)

F職員は,原告Aに対し,アパートbの家賃を滞納しているため転居するしかないと説明した上で,葛飾区への転居を指示した。

しかし,実際には,アパートbの賃貸人は,原告らに対して賃貸借契約の解除や退去は求めていなかったし,アパートの家賃が三郷市の住宅扶助の上限を超えるものではあるものの,超過分については生活扶助費からやりくりすることが可能であったため,転居するしかないとの説明は明らかに誤りである。仮に転居が必要であるとしても,三郷市ではなく葛飾区に転居しなければならない理由はない。葛飾区には亡Eの実家があるものの,援助は期待できず,このことはF職員も認識していた。

保護実施機関の職員は,相談者に対して法に適合した説明をすべき注意義務があるところ,F職員の説明及び指示は,法に適合しないものであり,職務上の義務に違反し,このことにつき故意又は過失があった。

(被告の主張)

F職員は原告らに執拗に葛飾区への転居を指示しておらず,身内らとよく相談することを勧めたにすぎない。なお,F職員が,葛飾区にある亡Eの実家には援助できるほどの経済的余力がないことを扶養届の範囲で認識していたことは認めるが,原告Cは,葛飾区に移れば金銭的な援助は期待できなくとも精神的な支えにはなると述べていたのであり,原告Aもこれを心強く思っていたはずである。

(5)  被告福祉事務所長の葛飾区への通知義務違反の有無

(原告らの主張)

被保護者が居住地を所管区域外に移転したときには,福祉事務所長は新居住地を所管する福祉事務所長に通知する義務があるところ,被告福祉事務所長は,原告らが葛飾区に転出したにもかかわらず,葛飾区に通知をしなかった。

(被告の主張)

葛飾区の福祉事務所長に通知をしなかったのは,当時原告らは被保護者ではなかったからである。すなわち,平成18年8月23日に,原告A及び原告Cは,今後は生活保護を受けずに自活したいとの意思を示しており,被告福祉事務所長は,別居していた原告Cが原告A,原告Dと再び同居することになったこと,原告Dが就労していること,原告Aが就労をする見込みを立てたようであったことから,自立の意思を尊重し,原告Aと原告Dとをあえて被保護者の転出ではないとして扱うこととしたため,葛飾区に通知をしなかったのである。

(6)  被告福祉事務所職員が葛飾区での生活保護受給申請を禁止したか否か

(原告らの主張)

F職員は,葛飾区へ転居する原告Aに対し,葛飾区で生活保護の申請をしないよう指示した。このため,原告らは,葛飾区に転居後しばらくの間,生活保護の申請をすることができなかった。F職員は,原告Aに対して,転居したら国民健康保険に加入するよう指示したが,生活保護受給者は国民健康保険の被保険者となることはできないのであるから,国民健康保険への加入を指示することは,生活保護を受給しないよう指示することと同義である。

原告らには,転居後の葛飾区において保護申請をしてはならない理由は全くなかったのであるから,F職員の説明,指示は誤ったものであり,法に適合した説明をすべき職務上の義務に違反し,このことについて故意又は過失があった。

(被告の主張)

F職員が原告Aに対して葛飾区で生活保護申請をしないよう指示したことはない。転居したら国民健康保険に加入するよう指示したことは認めるが,これは,原告らから生活保護を受けずに自活したいとの意向が示されていたために,生活保護を受給しないにもかかわらず国民健康保険に加入していないという事態を防ぐための配慮から指示したものである。

(7)  損害

(原告らの主張)

ア 亡Eに生じた損害               728万2161円

(ア) 保護費相当額                   462万0146円

亡Eは,被告の違法行為がなければ,医療扶助120万8596円及び医療扶助以外の保護費相当額477万4979円の合計598万3575円から,収入認定される136万3429円を控除した462万0146円を取得していたがはずである。

(イ) 慰謝料                       200万円

(ウ) 弁護士費用                     66万2015円

イ 原告Aに生じた損害              220万円

(ア) 慰謝料                       200万円

(イ) 弁護士費用                     20万円

(被告の主張)

否認ないし争う。

第3争点に対する判断

1  証拠(各項に記載したもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  原告らが被告福祉事務所を訪れるまでの経緯

ア 亡Eは,平成15年ころから,倉庫や配送センターでの管理の仕事をしていたが,雇用契約ではなく下請けのような契約であった。収入は月に34万円程度であった。亡Eは,平成16年12月10日に白血病による入院をして以来,就労をできなくなった。(甲16,亡E)

イ 原告Aは,平成16年12月27日から東病院の精神科に通院するようになった。(甲91)

ウ 亡E及び原告Aにとって,当時差し迫った問題は,治療費の支払が難しく生活費もない等経済的な点であった。亡E及び原告Aは,平成17年1月25日,東病院のソーシャルワーカーであるG(以下「Gソーシャルワーカー」という。)と初めて面談した。その際,Gソーシャルワーカーは,亡E及び原告Aに対して,生活保護も含めて考えていきましょう,高額療養費の手続をしつつ,一時支払金の免除ができるかも調べますと述べた。この面談により,亡E及び原告Aは生活保護制度の利用を考え始めるようになった。(甲16,89,91,92,亡E,原告A)

(2)  平成17年2月1日の面接(甲4の1,89,乙20,原告A,証人H)

原告Aは,平成17年2月1日に,被告福祉事務所を訪れ,職員であるH(以下「H職員」という。)と面接をした。H職員は,原告Aが生活保護制度の利用を含め,制度について知るために来所したものと考え,生活保護制度の説明をするとともに,生活状況について質問した。

原告Aは,生活状況について,亡E,原告A,原告C,原告Dの4人で暮らしていること,亡Eが白血病で平成16年12月10日から平成17年1月28日まで東病院に入院し,今後も治療が必要であること,亡Eは入院するまで倉庫内の事務の仕事をしており,月額給与は手取りで平均34万円であったこと,亡Eが解雇されたのか休職なのかはわからないこと,原告Aは就労していないこと,原告Cが面接日前日からアルバイトを始めたこと,原告Dは中学2年生であること,預貯金,生命保険はないこと,車を所有していること,自宅の家賃が月額約8万円であること,借金があり生活は楽ではないこと,長女が江東区で就労しながら単身生活をしていること,亡Eは4人兄弟であり,父はいるものの母は不明であること,原告Aは3人兄弟であり,母はいるものの父は死亡していることを述べた。H職員は,面接記録票に,「面接内容(主訴)」として「生活保護制度について知りたい」と記入した上,上記の内容を記載した。また,H職員は,原告Aから身体が不自由であるなどと述べられなかったため,原告Aに就労阻害要因はないと考えた。

H職員は,原告Aに対して,家族の中で働ける者がいるかどうか,身内からの援助が可能かどうか及び亡Eの雇用状態についても確認してみるよう助言し,その旨を面接記録票に記載した。

また,H職員は,原告Aから,市役所で仕事の紹介を受けることができると聞いて来所したという趣旨の話があったため,市役所では仕事の紹介をすることはできないと伝えた。

(3)  平成17年2月2日のGソーシャルワーカーからの電話(甲4の2,乙22,証人I)

Gソーシャルワーカーは,平成17年2月2日,被告福祉事務所に電話をかけ,職員であるI(以下「I職員」という。)に対して,原告Aは東病院の精神科に通院中であり,医師によれば能力的に就労が難しいこと,原告Aが家計の状況についてあまり把握していないこと,亡Eは免疫力が低下しており通院は電車でできず,車で通院していることを告げた。I職員は,上記の内容を面接記録票に記載した。

(4)  平成17年3月22日の面接(甲4の3,乙23,証人J)

原告Aは,平成17年3月22日に,被告福祉事務所を訪れ,職員であるJ(以下「J職員」という。)と面接をした。J職員は,原告Aに関する同年2月1日及び同月2日の面接記録票を閲覧した上で面接に臨んだ。

原告Aは,J職員に対して,亡Eが白血病で中央病院に入院したこと,亡Eが平成16年12月で退職し,失業保険はなく国民年金等の年金の受給もないこと,原告Aは,亡Eの世話をするため中央病院に行き,また原告Dの不登校などが原因で,精神科に通院していること,原告Aは今までほとんど就労したことがないこと,原告Cのアルバイトによる収入は月額約7万円であり,会社の保険の関係から週4日勤務で正社員にはなれないこと,所有する車について一月当たり6万円ほどのローンがあること,車は今後の通院等に使用するために手放したくないこと,原告Bは独立してdで暮らしているが収入が不規則で援助が難しいこと,亡Eの父,兄,弟からの援助は難しいこと,原告Aは兄と付き合いをしていないことなど,生活費に困窮していることを述べた。J職員は,面接記録票に,「面接内容(主訴)」として「生活費について」と記入の上,上記内容を記載した。

J職員は,原告Aに対して,働けるのであれば働いてくださいと述べるとともに,身内からの援助を確認するよう助言した。

(5)  平成17年11月9日の面接(甲4の4,乙24,証人K)

原告Aは,原告Dとともに,平成17年11月9日に,被告福祉事務所を訪れ,職員であるK(以下「K職員」という。)と面接をした。K職員は,原告Aについての過去の面接記録票を閲覧した上で面接に臨んだ。

原告Aは,K職員に対して,亡Eが白血病により入院中で骨髄移植を受けたが,今後の療養の見込みはわからないこと,同年9月に自己破産をしたこと,家賃を同年3月から支払っていないこと,亡Eの骨髄移植の費用は生活保護を受けていると免除になると聞いていること,原告Aは週3,4日病院に通っていることや年齢から就労は難しいこと,長男はアルバイトで収入月額約10万円であること,原告Bは月に5~8万円仕送りしてくれることを述べた。K職員は,面接記録票に,「面接内容(主訴)」として「生活費について」と記入の上,上記内容を記載した。

K職員は,原告Aに対して,今以上の援助を検討してもらう必要があり,また,原告Aの求職,原告Cの増収について積極的に取り組むよう述べた。

(6)  平成18年5月1日の面接(甲4の5,乙21,証人F)

原告Aは,原告Cとともに,平成18年5月1日に,被告福祉事務所を訪れ,F職員と面接をした。F職員は,原告Aについての過去の面接記録票を閲覧した上で面接に臨んだ。

F職員は,原告らの生活状況が前回の面接時と同様であると認識した上,面接記録票に,「面接内容(主訴)」として「生活費について」と記入した。

F職員は,原告Aに対して,身内にまず相談をしてほしいと説明し,原告Aが就職をすることや,原告Cの収入を増やすことを検討するよう述べた。

(7)  東病院精神科における原告Aの発言

原告Aは,東病院精神科において,以下の各日に以下の内容の発言をした。(甲91)

ア 平成17年2月2日

被告福祉事務所において,生活保護については兄弟で助け合うようにと言われ,生活保護は受けられないと言われた。

イ 同月16日

生活保護で被告福祉事務所には行っていない,夫があまり乗り気ではない,生活保護でなく仕事をすることも考えている。

ウ 同月23日

忙しくて被告福祉事務所に行く暇がない。

エ 同年3月9日

まだ被告福祉事務所に行けていない。

オ 同月16日

被告福祉事務所に電話をし,来週行くことになった。

カ 同年4月13日

3月末に被告福祉事務所に行ってきたが,ダメと言われた。

(8)  吉廣弁護士への相談状況(甲88,証人吉廣慶子)

ア 原告Aは,平成17年8月30日,弁護士会の法律相談に行き,吉廣弁護士に対して,債務超過の状態にあることについて相談をした。

イ 亡Eと原告Aは,同年9月9日,吉廣弁護士に債務整理を委任した。吉廣弁護士が亡Eと原告Aに生活保護の受給を勧めたところ,原告Aは,福祉課に行ったが,その職員から車があるからだめ,借金があるからだめ,親族に支援してもらいなさいなどと言われ,保護を断られていると述べた。これに対して,吉廣弁護士は,車があることや借金があることは保護を断る理由ではないし,今後は債務整理により車も借金もなくなる,また,債務整理をすれば借金ができなくなるので,生活保護を受けないと生活できないと述べ,もう一度福祉事務所に行って生活保護を申請するよう助言した。

ウ 原告Aは,平成18年5月中旬,吉廣弁護士と破産申立てについての打合せをした。原告Aは,吉廣弁護士から生活保護がどうなっているかを聞かれ,まだ受けていない,福祉課には行っているが申請させてもらえない,あなたが働けばいいでしょうとしか言われないなどと述べた。吉廣弁護士は,原告Aに対して,もう一度被告福祉事務所に行き,生活保護の申請をするよう強く勧めた。

エ 原告Aは,同年6月になっても生活保護を受けていなかった。そこで,吉廣弁護士は,原告Aとともに被告福祉事務所を訪れることとし,同月21日に被告福祉事務所を訪れたところ,生活保護の申請があったものとして受け付けられ,生活保護開始決定がされた。

(9)  生活保護開始決定後,葛飾区へ転居するまでの経緯

ア 原告らは,平成18年5月ころには,不動産屋から,家賃を支払わないならアパートbから退去してもらうと言われていた。(甲89)

イ 原告Aは,同年6月22日,中央病院のケースワーカーに対して,自宅は家賃の滞納があり,転居の話も出ていると述べ,可能であれば中央病院の近くに転居することも考えていると述べた。(甲20)

ウ 原告Dは,同年7月4日から,時給750円でアルバイトを始めた。同年8月15日に支払われた給与は6万5100円であった。(甲93,乙3の1,6の1)

エ 原告Aは,同年7月5日から,中央病院において,時給950円で就労を始めたが,1週間程度でやめた。(甲85の1,乙6の2,10)

オ アパートbの賃貸人は,同月24日,不動産屋を通じ,亡Eに対して,滞納家賃が同月までで合計100万円を超えており,これを同年8月31日までに支払うよう求める旨の通知書を送付した。(甲19)

カ 原告Aは,同月31日,原告Cとともに被告福祉事務所を訪れ,F職員に対して,家賃の滞納により同年8月中に退去するよう連絡が来ていることについて相談をした。F職員は,退去については,原告Bや原告Cとも相談して,原告Bや原告Cとの同居や,同居が無理であれば近くへの転居はどうかと提案した。(甲93,乙1,証人F)

キ 亡Eの父,兄,姉,原告Aの母,兄は,同年8月7日までに,被告福祉事務所からの亡Eの扶養に関する照会に対して,精神的な援助も金銭的な援助もできない旨回答した。(甲10の1ないし5)

ク 原告Aは,同月8日,原告Dとともに被告福祉事務所を訪れ,F職員に対して,千葉県内にある物件を転居先の候補として見積りを取り寄せたと話したが,F職員は,当該物件は駅から遠く周りに何もない面があるため,他の物件を探すよう述べるとともに,身内と相談し今後の就労等を考慮して転居先を検討するように述べた。(甲93,乙3の1,証人F)

ケ 原告Aは,同月14日,中央病院のソーシャルワーカーに対して,被告福祉事務所職員から,亡Eの実家のある葛飾区への転居を指導されている旨述べた。(甲20)

コ 原告Aは,同月15日,亡Eの弟であるLとともに被告福祉事務所を訪れた。Lは,原告らに対する金銭的な援助はできないものの,他の面では協力したいと申し出た。原告Aは,転居先として葛飾区ef丁目の物件を探してきたと話した。(甲93,乙3の1)

サ 原告Aと原告Cは,同月23日,被告福祉事務所を訪れ,F職員と面談をした。原告Aは,F職員に対して,中央病院で始めた仕事はすぐにやめてしまったと述べた。また,原告Aは,転居先としてef丁目の物件は住環境があまり良くないため止め,葛飾区c町のアパートを探してきたと伝えた。F職員は,原告A,原告Cに対して,転居後は生活保護を受けずに,まず自活してはどうかと提案をした。この提案をするまで,原告らから自活を考えているとの話はなかった。(甲93,乙3の1,証人F)

(10)  葛飾区への転居後の経緯

ア 原告Aは,平成18年9月,吉廣弁護士から,葛飾区で再度生活保護の申請をするように言われた際,葛飾区に転居したら生活保護の申請に行ってはいけないと三郷市福祉事務所職員から言われていると述べた。(甲88,吉廣弁護士)

イ 原告Aは,同月11日,中央病院のケースワーカーに対して,葛飾区に転居は決まったが,被告福祉事務所の職員から,まだ生活保護の相談に行ってはいけないと言われている旨述べた。(甲20)

ウ 亡Eは,同月16日に中央病院を退院した後,葛飾区役所金町出張所において国民健康保険に加入する手続をしようとした際,担当の職員から福祉事務所に行くことを助言された。(甲16,亡E)

エ 亡Eと原告Aは,同月19日,葛飾区の福祉事務所に生活保護の相談に訪れた。(甲85の1)

2  争点(1)(生活保護申請行為の有無)及び争点(2)(被告福祉事務所職員の助言・教示義務違反,申請意思確認義務違反,申請援助義務違反の有無(申請妨害行為の有無))について

(1)  生活保護実施機関の義務

生活保護実施機関は,生活保護の開始の申請があったときには保護の要否,種類,程度及び方法を決定し,これを書面で申請者に通知する義務を負う(生保法24条1項。以下「審査・応答義務」という。)。

また,後記(2)の申請行為が認められないときでも,相談者の申請権を侵害してはならないことは明らかであり,生活保護実施機関は,生活保護制度の説明を受けるため,あるいは,生活保護を受けることを希望して,又は,生活保護の申請をしようとして来所した相談者に対し,要保護性に該当しないことが明らかな場合等でない限り,相談者の受付ないし面接の際の具体的な言動,受付ないし面接により把握した相談者に係る生活状況等から,相談者に生活保護の申請の意思があることを知り,若しくは,具体的に推知し得たのに申請の意思を確認せず,又は,扶養義務者ないし親族から扶養・援助を受けるよう求めなければ申請を受け付けない,あるいは,生活保護を受けることができない等の誤解を与える発言をした結果,申請することができなかったときなど,故意又は過失により申請権を侵害する行為をした場合には,職務上の義務違反として,これによって生じた損害について賠償する責任が認められる。

(2)  申請行為

生保法は生活保護の開始の申請を書面で行わなければならないとするものではないから,口頭での申請も認められると解すべきである(被告もこの点を争わない。)。

もっとも,同法24条1項は,保護開始の申請があったときには,保護の実施機関は,保護の要否等について決定した上,申請者に対して書面で通知しなければならないと規定している。このように,保護開始の申請が保護実施機関に一定の義務を課すものであることからすれば,保護開始の申請があったというためには,実施機関に審査・応答義務を課すほどに申請の意思が確定的に表示されていることが必要であると解すべきである。なお,原告らは,保護実施機関が助言・教示義務,申請意思確認義務,申請援助義務を果たしておらず,これにより申請ができなかった場合には申請があったものと評価すべきであると主張するが,生活保護実施機関において申請権を侵害する行為があった場合には,上記説示のとおり職務上の義務違反があったとして損害賠償を認めることができるため,端的に,申請の意思を確定的に表示したこと(申請行為)があったか,仮にこれが認められないとして申請権を侵害する行為があったかについて判断すれば足りる。

(3)  平成17年1月

原告らは,平成17年1月中旬に原告Aが2度被告福祉事務所を訪れ,さらに数日後の同月中旬から下旬に原告Aと原告Cとが被告福祉事務所を訪れたと主張し,亡E,原告A及び原告Cはおおむねこれに沿う供述をする。

しかし,亡E及び原告Aは,Gソーシャルワーカーと相談をした上で生活保護の申請をしたと供述するところ,上記に認定したように,亡Eと原告Aが初めてGソーシャルワーカーと会ったのは平成17年1月25日であることからすれば,原告Aが被告福祉事務所を訪れたのは,同日以降であると認められ,亡E,原告A,原告Cの供述のうち,平成17年1月の時点ですでに被告福祉事務所を訪れていたと述べる部分は信用できない。なお,原告らは,同年2月以降にも前提となる事実(4)アに記載の日以外にも被告福祉事務所において面接をした日があったと主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。

(4)  平成17年2月1日

ア 申請行為の有無

原告らは,平成17年2月1日の面接において原告Aが生活保護の申請をしたと主張し,原告Aは,被告福祉事務所の窓口や面接の冒頭のみならず,職員から親戚に援助をしてもらうよう言われた際にも重ねて生活保護の申請をさせてほしい旨述べたと供述する。

前記1に認定のとおり,原告Aは生活に困窮し,Gソーシャルワーカーから生活保護を受けてはどうかとの助言を受けていたことからすれば,原告Aには生活保護を受給したいとの希望があったことが認められる。しかし,同日の面接は初回の面接であり,H職員も面接記録票に「面接内容(主訴)」として「生活保護制度について知りたい」と記入していることや,原告Aが,同月16日に,東病院において,亡Eが生活保護にあまり乗り気でないと述べていたことからすれば,原告Aには,必ずしも面接当日に生活保護の申請をするという意思まではなかったと認められる。加えて,上記(3)で述べたように,原告Aの供述は面接日や面接回数について事実と異なっており,原告Aの面接時の記憶にはあいまいな点があることからすれば,同月1日の面接において職員から親戚に援助をしてもらうよう言われた際に重ねて生活保護の申請をさせてほしい旨述べたとの原告Aの供述は信用することができない。また,仮に窓口や面接の冒頭においては生活保護の申請をしたい旨述べていたとしても,本件においてその具体的態様は明らかでなく,確定的な申請行為があったとまで認められない。

イ 申請権侵害行為の有無

上記のとおり,原告Aには,必ずしも面接当日に生活保護の申請をするという意思まではなかったと認められる。

また,H職員は,原告Aに対して,家族の中で働ける者がいるかどうか,身内からの援助が可能かどうかを確認するように述べているが,前記1(2)に認定したように,初回の面接であること,H職員は原告Aに就労阻害要因があるとは認識しておらず,原告Aも面接において仕事の紹介を求めたこと,H職員は身内からの援助の可能性を面接において聴取できなかったことからすれば,H職員の上記発言は,就労可能性や身内の援助可能性を確認してみるように述べたものにすぎず,原告Aに対して生活保護の受給要件がないと誤信させる発言であるとは認められない。

これに対して原告らは,H職員は,原告Aに対して,兄弟で助け合うよう述べ,生活保護は受けられないと述べたと主張する。確かに,前記1(7)アに認定したとおり,原告Aは,平成17年2月2日に,東病院精神科において,生活保護については兄弟で助け合うように言われ,生活保護は受けられないと言われた旨発言しているが,この発言の趣旨は明確とはいえないし,前記1(7)イないしオで認定した同月16日から同年3月16日までの発言によれば,原告AはH職員との面接後も生活保護を受給することが可能であると考えていたと認められることからすれば,H職員が,兄弟で助け合うよう述べるとともに,生活保護は受けられないと述べたとまでは認められない。

よって,平成17年2月1日の面接において,申請権の侵害行為があったとは認められない。

(5)  平成17年3月22日

ア 申請行為の有無

同日の面接が2回目の面接であることや,後記イのとおり,原告Aが生活費に困窮していることに加え,身内からの援助も困難であると述べていることからすれば,原告Aは生活保護を申請する意思をもって被告福祉事務所に出向いたことが認められる。しかし,上記で述べたとおり,面接時に申請の意思を表示した旨の原告Aの供述を直ちに信用することはできず,むしろ後記イで詳述するように,J職員の対応により原告Aは生活保護を受給することができないと考えるにいたったと認められることからすれば,原告Aは,J職員の発言を受けたために申請意思を確定的に表示するにいたらなかったことがうかがわれる。したがって,申請行為があったとまで認めることはできない。

イ 申請権侵害行為の有無

前記1(4)に認定したとおり,J職員は,原告Aに対して,働けるのであれば働いてくださいと述べるとともに,身内からの援助を確認するよう述べている。

原告Aは,平成17年2月1日の面接の際にも稼働能力の活用や身内からの援助を確認する旨を助言され,J職員との面接においては,生活費に困窮していることに加えて,原告C以外に就労が見込める者はおらず,原告Cの収入が増える見込みもない趣旨の話や,身内からの援助も難しい旨を述べていたことからすれば,上記J職員の発言は,原告らの就労による収入を増やし,身内からの援助もさらに求めなければ生活保護を受けることができないと原告Aに誤信させるものであると認められる。現に,原告Aは,面接後の同年4月13日に,東病院において,被告福祉事務所に行ってきたがダメと言われたと述べていることや,生活状況が好転していないにもかかわらずその後吉廣弁護士から生活保護を受けるよう助言を受けるまでの半年以上,被告福祉事務所を訪れていないことからすれば,原告AはJ職員の発言を受けて生活保護を受けられないと誤信したと認められる。原告Aは,このような誤信をしたことで,面接の当初は申請の意思を有しながら,申請をするにいたらなかったのであるから,上記J職員の発言は,申請権を侵害するものであると認められる。

J職員は,原告Aの通院先のGソーシャルワーカーからの情報を含む過去の面接記録票を見た上で面接に臨んでおり,第1回目の「面接内容(主訴)」は「生活保護制度について知りたい」というものであるのに対し,2度目の今回は,その上で「生活費について」相談をしに来所したものと認識し,原告Aからの聴取内容によって,原告ら世帯にこれ以上の大幅な収入,援助が見込めず,生活費に困窮していることを認識していたのであるから,原告Aの申請の意思の存在を推知することが可能であるのに,上記の発言をしたのであるから,原告Aの申請権の侵害をしたことについて,少なくとも過失があると認められる。

(6)  平成17年11月9日

原告Aが,J職員の発言を受けて,生活保護を受けられないと考えるようになったことは上記で認定したとおりである。原告Aは,同年9月9日に前記1(8)で認定した吉廣弁護士からの助言を受け,同年11月9日に被告福祉事務所を訪れていることからすれば,吉廣弁護士からの助言を受けて生活保護を受けることができると考えるようになり,被告福祉事務所を訪れたと認められる。加えて,原告らは,アパートbの家賃を同年3月から滞納しており(甲4の4),同年9月には債務整理を依頼するなど,同年3月22日の面接時に比べてさらに生活が困窮していたことからすれば,同年11月9日の面接で原告Aが申請の意思を表示しなかったというのは考えにくい。また,原告Aは,平成18年5月中旬に,吉廣弁護士から生活保護がどうなっているか聞かれた際,申請させてもらえない,あなたが働けばいいでしょうとしか言われないなどと述べているところ,この発言からも申請をしたものの受け付けてもらえなかったことが推認される。

以上によれば,原告Aは,同年11月9日の面接において,生活保護を申請する旨の意思を確定的に表示したと認められ,生活保護実施機関が原告Aの申請に応答していないから,審査・応答義務に違反したと認められる。

(7)  平成18年5月1日

上記(6)と同様の理由から,原告Aは,面接において生活保護を申請する旨の意思を確定的に表示したと認められ,生活保護実施機関が原告Aの申請に応答していないから,審査・応答義務に違反したと認められる。

3  争点(3)(住宅扶助不支給の違法性)について

アパートbの賃貸借契約の期間は平成18年6月24日までであったが(甲5),更新拒絶がされた事実はうかがわれず,亡Eには家賃として月額6万7000円の支払義務があり(借地借家法26条1項),F職員及び被告福祉事務所長も,現在居住を続けている以上家賃の支払義務があることを認識していたと認められる(甲5,甲7の1,証人F)。

被告は,原告らから賃料額等に関する証明書が提出されなかったために,住宅扶助を支給しなかったと主張する。確かに,賃貸借期間が満了していることや多額の家賃の滞納があったことからすれば,契約状況について確認する必要はあると認められる。しかし,その後家賃額の確認を行った上で住宅扶助を支給しようとするなどの対応がされたことはうかがわれず,亡Eが家賃を支払う必要があったにもかかわらずこれを被告福祉事務所長がこれを支給する決定をしなかったことに合理的理由はない。したがって,被告福祉事務所長が住宅扶助の支給決定を行わなかったことは,職務上の義務に違反する行為であり,少なくともこの点について過失が認められる。

4  争点(4)(不当な転居指導の有無)について

前記1(9)で認定したとおり,原告A自身,生活保護の申請をした翌日の平成18年6月22日には,可能であれば東京都中央区にある中央病院の近くに転居することを考えていたこと,同年7月時点での家賃の滞納額は100万円を越えており,生活保護の受給が始まっても退去を求められる可能性があったこと,アパートbの家賃は三郷市における住宅扶助の上限よりも5000円高かったこと(甲14)からすれば,原告Aに対して転居を指導することがただちに違法であるとはいえない。

原告らは,仮に転居が必要であったとしても葛飾区に転居するよう指導することは許されない旨主張し,原告A及び原告Cは,F職員に対して,三郷市に住み続けたいと述べ当初三郷市の物件を転居先の候補として提案したものの,断られ,葛飾区への転居を強く勧められた旨供述するので,この点について判断する。

前記1(9)に認定した事実によれば,F職員は,平成18年7月31日に,原告Aから家賃滞納によって退去を求められているとの話を聞き,身内との同居や身内の近くに転居することを勧め,原告Aが次に被告福祉事務所を訪れた同年8月8日の面談の際には,原告らが転居先として提案した千葉県内の物件は交通の便が悪いなどの理由で別の物件を探すよう指示した上,再度身内との関係や就労を考慮して転居先を検討するよう述べていること,原告Aは,同月14日,中央病院のソーシャルワーカーに対して,被告福祉事務所職員から葛飾区への転居を指導されている旨述べていることからすれば,F職員が葛飾区への転居を強く勧めていたことが認められる。

これに対し,原告らが三郷市に20年の間住み続けていたこと(甲89)からすれば,原告A及び原告Cが供述するとおり,原告Aらは同年7月31日にF職員に対して転居する場合にも三郷市に住み続けたいと述べたと認められる。もっとも,原告Aは,同日の次に被告福祉事務所を訪れた同年8月8日には転居先として千葉県内の物件を示しているのであって,原告A及び原告Cが転居先として三郷市内の物件を探してきたがF職員がこれを拒絶したという事実を認めることはできない。

以上によれば,確かに,原告らは積極的に葛飾区への転居を望んではいなかったと認められ,また,葛飾区には亡Eの実家があるものの,前記1(9)に認定したとおり,亡Eの身内からの経済的な援助は期待できなかったのであるから,F職員が葛飾区への転居を強く勧めたことは相当でなかった面がある。

しかし,F職員は原告らが千葉県内に転居することを勧めず他を探すよう指示したことからすると,F職員は原告らを三郷市外に転居させることを意図していたとは認められず,F職員が他を探すように述べたのは,原告らの交通や就労の便を思ったためであると推認される。葛飾区は,原告Cが居住していたほか,亡Eが入院しかつ原告Aの就労場所でもあった中央病院に通うには原告らが居住していた場所に比べて便利であることは明らかであり,F職員はこうしたことも考慮して葛飾区へ転居を強く勧めたと考えられる。上記のとおり,F職員が原告らの探してきた三郷市内の物件を拒絶した事実は認められない。

そうすると,前記のとおり,F職員が原告らに対して葛飾区への転居を強く勧めたことは相当とはいえないにしても,これを違法とまでは認められない。

5  争点(5)(葛飾区への通知義務違反の有無)について

被保護者が居住地を他の福祉事務所長の所管区域内に移転したときは,被告福祉事務所長は,新居住地の福祉事務所長に通知する義務がある(三郷市生活保護法施行細則4条2項(乙17))。被告は,原告A及び原告Cが平成18年8月23日に生活保護を受けずに自活したいとの意思を示しており,被保護者が移転したものではないため通知をしなかったと主張する。

確かに,同日付けの生活指導記録(甲93,乙3の1)には,原告Aないし原告Cがそのような意思を示したとの記録がある。

しかし,上記前提となる事実及び前記1(9)に認定したように,生活保護が開始されて以降,原告Aは,いったん就労を始めたものの一週間程度でやめているし,原告Dはアルバイトを始めているものの,時給は750円にすぎなかった。その他原告らの収入が増えた等自活できることを裏付ける事情はなんら見当たらない。また,原告らが何度も被告福祉事務所を訪れていた経緯からすれば,保護開始からわずか約2か月後に,生活状況がそれほど好転していないにもかかわらず,自活したいと思うようになったとは考えがたい。実際に,同日の面接においても,自活の話は原告らからされたものではなく,F職員から出されたものであった。また,F職員自身も,自活できるか心配はあったと供述している。これらの事情からすれば,原告らは,同日の面接において,F職員からの提案を受け,真意に基づかないにもかかわらず自活したい旨の意思を表明することになったと認められる。

このように,原告らは,なんら自活可能な状況にはなかったにもかかわらず,職員からの提案により真意に基づかず自活するとの意思を表明するにいたったにすぎないから,被告福祉事務所長は,原告A,原告Dの移転及び亡Eの移転について葛飾区に通知をすべきであった。被告福祉事務所長は,職員を監督する立場にあり,面接記録や生活指導記録その他の記録から原告らの生活状況を把握できたことからすれば,通知義務違反について少なくとも過失が認められる。

6  争点(6)(葛飾区での生活保護受給申請を禁止したか否か)について

原告らは,F職員が,原告らに対して,葛飾区に転居したら生活保護の申請をしてはならない旨述べていたと主張し,原告A及び原告Cはこれに沿う供述をする。

上記で認定したとおり,F職員は,原告らに対して自活を促していることからすれば,原告A及び原告Cの供述は,少なくとも,F職員が,原告らに対して,自活をする以上葛飾区で生活保護の相談に行ってはいけない旨を述べたという限度では信用性がある。

上記5で認定したとおり,原告らは,F職員から自活を促され,真意に基づかず自活の意思を表明していたところ,自活することを前提として葛飾区で生活保護の相談に行ってはいけないと述べたことは,原告らの生活保護を受ける権利を侵害するものである。また,当時の原告らの生活状況及び上記のF職員の供述からすると,原告らの意思の表明が真意に基づかないことは,F職員も知っていたか,又は知らなかったことに過失があると認められるので,F職員には,職務上の義務に違反したことについて少なくとも過失がある。

7  争点(7)(損害)について

(1)  証拠(甲13,14,69,70)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 生活保護が開始されると,被保護者は,生活扶助(居宅1類,居宅2類(冬季加算を含む),入院患者日用品費(冬季加算を含む),期末一時扶助費),教育扶助,住宅扶助,医療扶助等の扶助を受けられる。扶助額は居住する地域によって支給額が異なる。三郷市は2級地―1,葛飾区は1級地―1である。

イ 生活扶助

(ア) 居宅1類

居宅1類は世帯構成員ごとに,年齢に応じて定められた基準額を合計して算出される。

2級地―1の基準額は,平成16年度(17年3月31日まで)は,亡E及び原告Aについて3万4740円,原告Cについて3万6370円,原告Dについて4万0050円であり,平成17年度及び平成18年度は,亡E及び原告Aについて3万4740円,原告Cについて3万6650円,原告Dについて3万8290円である。1級地―1の平成18年度の基準額は,亡E及び原告Aについて3万8180円,原告Cについて4万0270円,原告Dについて4万2080円である。

平成17年度からは多人数世帯の場合に調整を行う。世帯員が4人の場合には合計額に0.98(平成18年度は0.96)を乗じる(10円未満は切り上げる)。

(イ) 居宅2類及び冬季加算

居宅2類は,世帯員数に応じて額が算出される。2級地―1の基準額は,平成16年度は,世帯員4名の場合5万2760円,平成17年度及び平成18年度は,世帯員4名の場合5万0200円,世帯員3名の場合4万8490円である。1級地―1の平成18年度の基準額は,世帯員3名の場合5万3290円,世帯員4名の場合5万5160円である。

11月から3月までは冬季加算がされる。2級地―1の冬季加算額は,平成16年度は世帯数4名の場合月額4920円,平成17年度は世帯数3名の場合月額4340円である。

(ウ) 入院患者日用品費及び冬季加算

入院患者がいる場合,入院患者日用品費が支給され,11月から3月までは冬季加算がされる。2級地―1の平成17年度の入院患者日用品費は月額2万3150円で,冬季加算額は月額1000円である。

(エ) 期末一時扶助

12月に期末一時扶助が支給される。2級地―1の平成17年度の世帯員4名の場合の支給額は5万1600円である。

ウ 教育扶助

世帯に小中学生がいる場合,教育扶助が支給される。2級地―1の平成16年度及び平成17年度の中学生がいる世帯への支給額は,一般基準額4180円,給食費4400円,学級費等740円である(被告は原告Dが中学3年生の3月(平成18年3月)は2840円になると主張するが,根拠は明らかでなく認めることができない。)。

エ 住宅扶助

2級地―1の住宅扶助基準額は4万7700円であり,この基準額では不足であることがやむを得ない場合には最大6万2000円が支給される(原告らには6万2000円が支給されることには当事者間に争いがない。)。

オ 生業扶助

高校に進学する生徒が入学準備のために費用を必要とする場合には,6万1400円の範囲内で入学準備のための高等学校就学費が認められる。原告ら世帯は,原告Dが高校に進学する際に入学準備のための費用を必要としていた。

世帯に高校生がいる場合,高等学校就学費として月額5300円が支給される。

(2)  亡Eに生じた損害

ア 生活保護費相当額

(ア) 上記2で認定した違法行為がなければ,原告Aは平成18年3月22日に生活保護を申請することができたと認められる。以下で詳述するように,原告らの収入は当時の生活保護の基準額を下回っていたので,亡Eは,同日を保護開始日として生活保護の開始決定を受けられたと認められる。したがって,同日から平成18年6月21日(実際の保護開始日の前日)までに受給できたであろう生活保護費相当額が亡Eに生じた損害となる。

また,上記3で認定した違法行為がなければ,亡Eは,平成18年6月22日(保護開始日)から同年8月28日(原告A,原告Dが葛飾区に転居した日の前日)まで,住宅扶助の支給を受けていたと認められるので,この期間の住宅扶助相当額が損害となる。

さらに,これまでに認定したとおり,原告らは葛飾区に転居した当時,生活状況は好転しておらず,上記5及び6で認定した違法行為がなければ,葛飾区に転居してすぐに生活保護を申請し,生活保護を受けられたと認められるので,平成18年8月29日(原告A,原告Dが葛飾区に転居した日)から同年9月25日(葛飾区における原告らの実際の保護開始日の前日)までに葛飾区において受けられたであろう生活保護費相当額が損害となる。

上記期間における生活保護費相当額を算定するに当たっては,原告ら世帯における上記期間における基準額を算定した上で,収入として控除される額を減じることとする。

(イ) 生活扶助,教育扶助,住宅扶助

上記(1)に認定した事実によれば,本件各違法行為がなければ亡Eが受けられたであろう生活保護費のうち,医療扶助を除く分は,別紙1(医療扶助を除く生活保護費,添付省略)のとおりであり,合計425万1855円であると認められる。

(ウ) 医療扶助

上記(1)に認定した事実に加え,証拠(甲71の1・2,72の1ないし6,73の1ないし3,101)及び弁論の全趣旨によれば,本件各違法行為がなければ亡Eが得られたであろう医療扶助相当額は,別紙2(医療扶助,添付省略)のとおりであり,合計115万4956円であると認められる。

(エ) 収入認定

被保護者に収入がある場合,収入から基礎控除,必要経費等の控除をした残額(収入認定額)が生活保護支給額から差し引かれる。

原告C,原告A,原告Dの給与額,基礎控除額,必要経費額が別紙3(収入認定,添付省略)の各欄記載のとおりであることについては,当事者間に争いがない。弁論の全趣旨によれば,通常の賞与時期に該当する6月及び12月には,適用月の前6か月分の支給額の1割に相当する額が控除(特別控除)されると認められる。原告Cは,平成18年6月20日に転出し,以後別世帯となっているので,同年5月31日の給与に関しては日割計算して収入認定額を算定し,同年6月以降の給与は生活保護費相当額から減じない。また,原告Dは平成18年9月15日に給与の支給を受けているが,原告らは同月25日までに得られたであろう生活保護費相当額を求めているので,11日間の日割額を収入認定の対象額とする。そうすると,別紙3(収入認定,添付省略)のとおり,合計で107万1430円を減じるべきであると認められる。

(オ) 以上より,上記(イ)及び(ウ)の合計540万6811円から上記(エ)の107万1430円を差し引いた433万5381円が,本件各違法行為がなければ亡Eが得られたであろう生活保護費相当額となる。

イ 慰謝料

亡Eは,上記で認定した各違法行為により,平成17年3月から平成18年6月まで1年以上にわたり生活保護を受給できないばかりか,保護開始後も住宅扶助の支給を受けられず,また葛飾区での生活保護申請を禁止されたこと等からすれば,精神的苦痛に対する慰謝料を認めるべきであるが,他方で,主に直接被告福祉事務所の職員との対応をしていたのは原告Aであることからして,慰謝料として20万円を相当と認める。

ウ 弁護士費用

認容額その他の事情から,弁護士費用として40万円を損害と認める。

エ 上記のとおり,亡Eに生じた損害の合計は,493万5381円であり,相続により,原告Aが246万7691円,原告B,原告C,原告Dがそれぞれ82万2563円の損害賠償請求権を取得する。

(3)  原告Aに生じた損害

ア 慰謝料

原告Aは複数回被告福祉事務所を訪れたにもかかわらず,申請権の侵害に当たる対応をされていたのであり,精神的苦痛に対する慰謝料として40万円を相当と認める。

イ 弁護士費用

認容額その他の事情から,弁護士費用として4万円を損害と認める。

第4結論

以上より,原告Aの被告に対する請求は,290万7691円及びこれに対する平成19年9月21日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があり,原告B,原告C,原告Dの被告に対する請求は,それぞれ82万2563円及び前同様の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中西茂 裁判官 橋本英史 裁判官 寺内康介)

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