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さいたま地方裁判所 平成19年(ワ)1741号 判決 2008年5月30日

主文

1  被告らは,原告Afに対し,連帯して,1889万1095円及びこれに対する平成18年9月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告らは,原告Amに対し,連帯して,1345万1095円及びこれに対する平成18年9月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告らは,原告Bmに対し,連帯して,4361万3257円及びこれに対する平成18年9月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被告らは,原告Cfに対し,連帯して,3388万8908円及びこれに対する平成18年9月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5  被告らは,原告Cmに対し,連帯して,2855万9518円及びこれに対する平成18年9月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

6  被告らは,原告Dfに対し,連帯して,1860万9726円及びこれに対する平成18年9月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

7  被告らは,原告Dmに対し,連帯して,1321万9726円及びこれに対する平成18年9月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

8  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

9  訴訟費用は,別紙(省略)のとおりとする。

10  この判決は,第1項ないし第7項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告らは,原告Afに対し,連帯して,3443万3554円及びこれに対する平成18年9月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告らは,原告Amに対し,連帯して,2280万5932円及びこれに対する平成18年9月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告らは,原告Bmに対し,連帯して,6397万3571円及びこれに対する平成18年9月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被告らは,原告Cfに対し,連帯して,4782万0934円及びこれに対する平成18年9月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5  被告らは,原告Cmに対し,連帯して,3808万2171円及びこれに対する平成18年9月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

6  被告らは,原告Dfに対し,連帯して,3024万6438円及びこれに対する平成18年9月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

7  被告らは,原告Dmに対し,連帯して,2241万4792円及びこれに対する平成18年9月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告らが,被告らに対し,被告E(以下「被告E」という。)が運転する車両(以下「被告車両」という。)が徒歩で通園中の原告らの子供らの列に突入し,原告らの子供を死亡させた交通事故(以下「本件事故」という。)につき,被告Eに対し民法709条に基づき,被告G(以下「被告会社」という。)に対し,自動車損害賠償保障法3条に基づき,連帯して損害賠償及びこれらに対する本件事故日である平成18年9月25日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1  前提事実(証拠を掲記しない事実は,当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

ア 原告Af及び原告Amは,本件事故により4歳で死亡したAの父母であり,相続分は各2分の1である。(甲3の1)

イ 原告Bmは,本件事故により5歳で死亡したBの母である。元夫でありBの父であるBfとの平成19年2月14日の遺産分割協議により,Bの損害賠償請求権の10分の7を取得した。(甲3の2,12の1ないし3)

ウ 原告Cf及び原告Cmは,本件事故により5歳で死亡したCの父母であり,相続分は各2分の1である。(甲3の3)

エ 原告Df及び原告Dmは,本件事故により3歳で死亡したDの父母であり,相続分は各2分の1である。(甲3の4)

(2)  本件事故について

ア 日時  平成18年9月25日午前9時55分ころ

イ 場所  埼玉県川口市a先路上(以下「本件事故現場」という。)

ウ 加害車両  普通乗用自動車(b〔被告車両〕。運転者被告E。所有者被告会社)

エ 被害者  A,B,C,D(いずれも歩行者。4名を併せて,以下「本件被害者ら」という。)

オ 事故態様  被告Eは,被告車両を運転して埼玉県川口市c先の交差点を左折し,本件事故現場の道路(以下「本件道路」という。)に進入した。その後,Eは本件事故現場に至るまでの間,被告車両の助手席に置いていた携帯型カセットプレイヤー(以下「ウォークマン」という。)に視線を向けてこれを左手で操作し,右片手のみでハンドルを操作しながら,前方進路を全く確認しないままに漫然と被告車両を時速約50ないし55キロメートルまで加速して直進していたところ,被告車両を左側へ逸走させた。折しも,本件被害者らを含む保育園児及び保育士の集団(以下「被害集団」という。)が,本件道路左端側に立ち止まって被告車両の通過待ちをしていたところ,被告Eが前方進路を全く確認していなかったために,逸走した被告車両を被害集団に突入させ,本件被害者らを約2メートルないし11メートル以上跳ね飛ばした。

カ 被害結果  本件事故により,D及びAは,いずれも重症頭部外傷等の傷害を負い,事故後約1時間後に死亡した。Bは,脳挫傷を負い,脳ヘルニアを発症し,本件事故の3日後に死亡した。Cは,脳挫傷を負い,開頭外減圧手術を受けるも及ばず,本件事故の7日後に死亡した。

キ 被告Eの過失  本件道路は,両側に民家等が立ち並び,本件事故発生時刻は午前9時55分ころであるから,歩行者の通行が当然に予測される状況にあった。本件道路は,見通しの良い直線道路であり,被害集団はピンク等のカラフルな帽子と園服という目立つ服装をしており,天気は晴天であったから,被告Eは,本件道路に進入した際,本件被害者らを容易に視認することが可能であった。本件道路は,幅員が約6メートルの狭さであり,双方通行であるものの,自動車2台が対向から通過する際は双方が徐行して非常に狭い間隔ですれ違う状況が不可避である。したがって,被告Eは,本件道路に進入した後,速やかに前方左右を注視し,本件道路における歩行者等の有無や状況をいち早く確認してその進路の安全を確認するとともに,速度を調節し,ハンドルやブレーキ等を的確に操作してその進路を適正に保持して進行すべき注意義務を負っていた。それにもかかわらず,被告Eは,本件道路に進入した後,前方左右を全く注視しようとせず,助手席のウォークマンのカセット入替作業に終始し,本件事故発生現場に至るまでの約67.1メートルの間,ウォークマンの方だけに視線を向けて脇見運転を続け,歩行者等の有無や状況を全く確認しないまま右片手のみでハンドルを操作し,本件車両を時速約50ないし55キロメートルものスピードまで加速させて左側へ逸走させ,被害集団へ突入した。被告Eには,前方不注視及び進路適正保持の義務違反がある。

(3)  本件事故に関する被告Eの事情

本件事故を起こしたにもかかわらず,被告Eは自ら119番通報,救護活動などを一切行おうとしなかった。(甲4)

(4)  本件事故について,被告Eは,さいたま地方裁判所で業務上過失致死傷罪により懲役5年の判決を言い渡された。(以下「本件刑事事件」という。)

2  争点

本件の争点は,損害論である。

(原告らの主張)

ア 原告Af  3443万3554円

(ア) Aの損害  1780万5932円

a 治療費  5万2600円

b 逸失利益  3131万1815円

487万4800円(賃金センサス平成17年産業計全労働者計)×9.176(ライプニッツ係数)×0.7(生活費控除)

c 慰謝料  3000万円

d 既払金  -2575万2550円

e 合計  3561万1865円

f 相続分(2分の1)  1780万5932円

(イ) 本人の損害  1662万7622円

a 葬儀関係費用  642万4033円

b 慰謝料  500万円

c 弁護士費用  520万3589円

イ 原告Am  2280万5932円

(ア) Aの損害  1780万5932円

原告Afと同じ。

(イ) 本人の損害  500万円

慰謝料  500万円

ウ 原告Bm  6397万3571円

(ア) Bの損害  4487万4971円

a 治療費  115万3014円

b 入院雑費  6000円

1500(円)×4(日)

c 入院慰謝料  7万円

d 逸失利益  3287万8088円

487万4800円(賃金センサス平成17年産業計全労働者計)×9.635(ライプニッツ係数)×0.7(生活費控除)

e 慰謝料  3000万円

f 合計  6410万7102円

g 相続分(10分の7)  4487万4971円

(イ) 本人の損害  1909万8600円

a 葬儀関係費用  328万2821円

b 慰謝料  1000万円

c 弁護士費用  581万5779円

エ 原告Cf  4782万0934円

(ア) Cの損害  3308万2171円

a 治療費  313万4254円

b 入院雑費  1万2000円

1500(円)×8(日)

c 入院慰謝料  14万円

d 逸失利益  3287万8088円

487万4800円(賃金センサス平成17年産業計全労働者計)×9.635(ライプニッツ係数)×0.7(生活費控除)

e 慰謝料  3000万円

f 合計  6616万4342円

g 相続分(2分の1)  3308万2171円

(イ) 本人の損害  1473万8763円

a 付添交通費  1万1000円

b 葬儀関係費用  191万8390円

c 慰謝料  500万円

d 弁護士費用  780万9373円

オ 原告Cm  3808万2171円

(ア) Cの損害  3308万2171円

原告Cfと同じ。

(イ) 本人の損害  500万円

慰謝料  500万円

カ 原告Df  3024万6438円

(ア) Dの損害  1741万4792円

a 治療費  4万1520円

b 逸失利益  2982万0614円

487万4800円(賃金センサス平成17年産業計全労働者計)×8.739(ライプニッツ係数)×0.7(生活費控除)

c 慰謝料  3000万円

d 既払金  -2503万2550円

e 合計  3482万9584円

f 相続分(2分の1)  1741万4792円

(イ) 本人の損害  1283万1646円

a 葬儀関係費用  304万4262円

b 慰謝料  500万円

c 弁護士費用  478万7384円

キ 原告Dm  2241万4792円

(ア) Dの損害  1741万4792円

原告Dfと同じ。

(イ) 本人の損害  500万円

慰謝料  500万円

ク 逸失利益について

(ア) 基礎収入は,男女差が減少している今日の社会情勢を考慮すると,全労働者計の数値が相当である。

(イ) 生活費控除率は事実認定の問題であり,年少女子の死亡事案について生活費控除率を30%としている裁判例があるのであるから,本件被害者らの生活費控除率は30%とすべきである。

ケ 慰謝料について

(ア) 本件被害者らは,教員の指示に素直に従って被告車両の通過待ちをしていたところ,思いもよらぬ被告Eの悪質極まりない運転により,わずか3年ないし5年でその生涯を閉ざされた。本件被害者らは,家族や友人と話すことさえ叶わなくなり,進学,恋愛,就職,結婚,出産等の希望に満ち溢れた人生は一瞬にしてうち砕かれた。しかも,被告Eは,本件事故を引き起こしたにもかかわらず,119番通報や救護活動を一切行おうとせず,事故後の対応は劣悪である。さらに,事故後も心からの反省の態度が見られない。

(イ) 慰謝料額は,一般的に,一家の支柱や母親・配偶者だと高額であるが,それは扶養的な要素が取り入れられているからと解される。しかし,扶養的な要素は遺族の逸失利益として考慮すべきであり,慰謝料は精神的損害のみを金銭的に評価すべきである。そのような見地からすると,前途に溢れている子供が死亡した場合の方が,ある程度の経験をした大人が死亡した場合よりも精神的苦痛は大きい。また,残された父母の苦痛も想像を絶するものである。ところで,後遺障害等級1級に該当するときの慰謝料は2800万円が相当と解されている。後遺障害を負ったものの苦痛が大きいことはもちろんであるが,後遺障害を負った場合よりも死亡の苦痛の方が大きいのであるから,死亡慰謝料は後遺障害慰謝料よりも高額であるべきである。そうすると,3000万円という慰謝料額が相当である。また,親についても,併せて1000万円という慰謝料額が相当である。

コ 葬儀費用等について

(ア) 3歳ないし5歳の園児4名が,被告Eの悪質極まりない暴走により命を奪われたという本件事案では,原告らが愛する本件被害者らの冥福を祈るべく,相応の葬儀を執り行おうとするのが当然の心情である。さらに,本件事故は各新聞やテレビで広く報道され,社会を激震させ,望まずして社会の耳目を集めた。同級生の園児やその親,保育園職員,原告らの職場関係者,近隣住民その他多数の参列者(300名から400名程度)が参列しており,そのため規模もある程度大きくならざるを得ず,必然的に費用も高額となった。高額な葬儀費用全体が本件事故と相当因果関係がある。

(イ) 仏壇,墓石費用についても,親が子に先立たれた本件事案では,愛する子を供養するために仏壇や墓所を設けるのが当然であるから,相当因果関係がある。

(被告らの主張)

ア 葬儀費用等,逸失利益,慰謝料,弁護士費用以外の損害については,不知。既払額は認める。

イ 葬儀費用は,150万円が相当である。

ウ 逸失利益算定の基礎収入については,男児との公平のため,全労働者計の数値を使うのであれば45%の生活費控除をすべきであるし,30%の生活費控除をするのであれば女子労働者計の数値350万2200円を使うべきであって,全労働者計の数値を使って生活費控除は30%とするのは相当でない。

エ 慰謝料は,本人の慰謝料と近親者慰謝料を併せて本件被害者ら一人あたり2000万円ないし2200万円が相当である。一家の支柱や母親・配偶者の慰謝料を高額にしたり,重度の後遺症慰謝料を死亡慰謝料よりも高額とするのは,実際にそれだけ精神的苦痛が大きいからといえる。また,扶養的要素を考慮しない場合,一家の支柱に当たるものの慰謝料を下げることになりかねず,直ちに一家の支柱以外の者の基準額を一家の支柱の基準額まで引き上げるべきことにはならない。

オ 弁護士費用に関し,B及びCの損害については,自賠法16条の被害者請求をすることができるのであるから,被害者請求により回復できた損害分に相当する分の弁護士費用は相当因果関係がない。

第3争点に対する判断

1  本件事故の責任が前方不注視及び進路適正保持の義務違反をした被告Eに全面的にあること,本件事故により本件被害者らが死亡したこと,被告会社が被告車両の所有者であること等は,当事者間に争いはない。したがって,原告らは,被告らに対し連帯して,本件事故と相当因果関係のある損害の賠償を求める権利を有している。

2  本件被害者ら及び原告らの慰謝料額について

(1)  前提事実及び関係各証拠(特に断らない限り枝番があるものはそれを含むものである。)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 本件事故前の事情(甲4,21,22,乙7)

(ア) 被告Eは,平成元年に運転免許を取得した。

(イ) 被告Eは,交差点を曲がる際に十分減速せず,ハンドルが戻るとすぐアクセルを一気に踏み込んで急加速したり,右手でハンドル操作をしながら食事をしたり,地図を見たりするなどしていた。また,渋滞を嫌って,いわゆる裏道と呼ばれる住宅地内の道幅の狭い道路に進入し,そのような道路でも時速50ないし60キロメートルにまで加速して走行するような運転をすることが習慣になっていた。さらに,耳にイヤホンをし,ウォークマンで音楽を聴きながら,聴覚から周囲の危険を察知することがほとんど不可能な状態で運転したり,右手でハンドル操作をしながら脇見運転をしてウォークマンのカセットを入れ替えることも繰り返していた。カセットの入れ替え作業の際には,無意識に右手をハンドルの上方に被せて,自車の進路を左寄りに傾かせることがよくあり,そのため,自車を道路左端の塀や歩道に突っ込ませそうになったことも2,3回経験していた。

(ウ) 被告Eは,本件事故前,平成14年から平成17年にかけ,交通違反により5回検挙され,平成17年9月30日には免許停止処分を受けている。

(エ) 被告Eはそれ以前にも交通違反を繰り返して,数回免許停止処分を受けていた。

(オ) 被告Eは,平成18年2月21日,公務執行妨害,窃盗,暴行の各罪により懲役2年,執行猶予3年に処せられており(同年3月8日確定),本件事故はその執行猶予中に起きている。

(カ) 被告Eは,平成18年6月ころ,本件事故と同じ態様の過失により前方に停止していた自動車の発見に遅れて追突するという物損事故を起こしていた。

(キ) 被告Eに対し,その家族は運転の荒さを気にかけ,平成18年2月に執行猶予付判決を受けた後,自動車を運転しないよう助言したり,2台ある自動車のうち1台の鍵を隠すなどした。なお,もう1台の自動車(被告車両)の鍵は被告Eが使える状態であった。しかし,被告Eは,執行猶予取消の原因となる速度違反で検挙されなければよいという態度であり,本件事故に至るまで運転方法を全く改めようとしなかった。

イ 本件事故態様等(甲4,5,21,24の1ないし3,弁論の全趣旨)

(ア) 本件道路は,両側に民家等が建ち並び,幅員は約6メートルと比較的狭く,車両の通行量は少ないが双方通行であって,対向する自動車が通行する際には,双方が徐行してすれ違うことが不可避な道路状況であり,人の通行量も普通の,付近住民等が自宅の行き帰りなどのため日常通行に歩行や自転車等で通行するような,住宅地を走る静かな生活道路である。本件事故が起きたのは,平日の午前9時55分ころであり,歩行者や自転車が本件道路の両端等を通行し,あるいは自動車が対向して通行してくることも当然予測される状況にあった。

(イ) 本件事故直前,被告車両が本件道路に左折進入してきた際には,被告車両の90mほど前方の本件道路左端を,被害集団である本件被害者らや本件事故の際に負傷した12人の園児を含む園児34人が,手をつないで2列に並び,負傷した保育士1人が,負傷した園児2人を乗せるなどしたカートを押し,負傷した保育士2人を含む保育士4人が,園児らの列の前後及び右側を取り囲むようにしながら,歩行していた。本件道路は見通しの良い直線道路であり,園児らはピンクやブルーのカラフルな帽子と園服という目立つ服装をしていたほか,日中で天候も晴れていたから,被告Eは容易に被害集団を視認することが可能な状況であった。

(ウ) 被告Eは,信号待ちを嫌って,通行経験のない本件道路に,十分に減速せず時速約30キロメートル前後で,方向指示器も出すことなく,歩行者や自転車の有無や状況の確認もせずに本件道路に左折進入した。

(エ) 被告Eは,本件道路に進入後,ウォークマンのテープの入れ替えをしようとして,助手席においたウォークマンの方へ視線を向け,左手を伸ばして入れ替え作業を始め,距離にして約67.1メートル,時間にして少なくとも4,5秒もの間,前方左右を全く注視せず脇見運転を続け,右片手のみでハンドル操作をしながら,アクセルを一気に踏み込み時速約50ないし55キロメートルまで急加速して走行し,本件道路左側端へ向けて逸走した。被告Eは被害集団を前方約15.7メートルに迫った地点で発見し,急制動の措置を講じたが間に合わず,高速度で被告車両の通行待ちをしていた被害集団に突入し,本件事故を起こした。

(オ) 被告車両は,被害集団に高速度で突入しては,園児や保育士に次々と衝突し,ボンネットに跳ね上げ,将棋倒しのように突き倒し,カートを押していた保育士の身体を16メートル以上跳ね飛ばすなどしている。事故現場では,跳ねられた園児らが意識を失って白眼を見せていたり,園児らが転倒して血を流したり周囲の光景におびえたりしながら泣き叫び,保育士らが園児らを必死で介抱しようとするなど,騒然とした状況になっていたほか,被告車両の下には,脱げた園児らの靴や帽子が散乱し,周辺にも,血痕や肉片等が点在するなどの凄惨な状況であった。

(カ) 被告Eは,本件事故後,110番通報,救護活動を行っていない。

ウ 本件事故後の事情(被告側)(甲4,21,22,乙7,弁論の全趣旨)

(ア) 被告Eは,弁護人に言われて本件被害者らに対し,謝罪の手紙を各1通出したものの,内容は宛名や被害者名のみを違えただけの同一の文面であり,被害者感情を逆撫でした。

(イ) 被告Eは本件事故前に300万円近い現金を所持していたが,被害者への賠償に差し出さず,刑務所生活が長くなりそうなので,その間の菓子代等が必要になるとして,実父の被告会社代表者に対し,使わないよう求めた。

(ウ) 被告Eは,本件刑事事件において,公判開始から被告人質問終了まで,傍聴に訪れている原告らに対し,何らの配慮も示さなかったばかりか,警察に見つからなければよいという気持ちで危険な運転を繰り返していたこと,裁判で有利になりたいという態度で捜査機関の取調べ等を受けていたこと,社会復帰後は再び自動車の運転をしたいなどと,反省を感じさせない供述をしている。

(エ) 被告Eは,本件刑事事件の被告人質問後に行われた原告らの意見陳述に接するなどし,態度を改め,原告らに対し土下座して謝罪している。

(オ) 本件刑事事件の判決では,懲役5年という業務上過失致死傷罪の法定刑の上限をもってしても,これに対する社会的非難,そして被告Eの罪責を評価しきれない事案である,被告Eのために酌むべき事情を最大限考慮しても,被告Eに対しては,現行法上可能な最高刑をもって臨むほかないといわれている。

(カ) 被告会社代表者や,被告Eの実弟のF(以下「F」という。)は,原告らに対し,謝罪文を送付し,自宅を訪問して謝罪したり見舞の品と見舞金3万円を持参したりするなどしている。

(キ) 被告E及び被告会社代表者は,本件訴訟において,原告らが被告E及び被告会社代表者の尋問を申請したのに対し,いずれも不必要であると答えている。(なお,被告会社代表者は陳述書において謝意を示すなどしているが,たとえ体調不良などの事情があるとしても,直接法廷において口頭で述べたわけではないから,この点を被告側に殊更有利な事情として斟酌することは相当ではないといわねばならない。)

エ 本件事故後の事情(原告側等)(甲4,6の1ないし4,20,23,25,乙1ないし6,弁論の全趣旨)

(ア) 本件事故により,D及びAは,いずれも重症頭部外傷等の傷害を負い,事故後約1時間後に死亡した。Bは,脳挫傷を負い,脳ヘルニアを発症し,本件事故の3日後に死亡した。Cは,脳挫傷を負い,開頭外減圧手術を受けるも及ばず,本件事故の7日後に死亡した。原告らは,本件事故後,傷だらけ,反応がない,チューブにつながれたなどの変わり果てた姿の本件被害者らに対面した。

(イ) 本件事故は,新聞・テレビでも大きく取り上げられ,本件訴訟も大きく報道されている。(当裁判所に顕著である。)

(ウ) 原告らは,被告Eの危険運転致死罪での起訴(訴因変更),業務上過失致死傷罪の法定刑引き上げを求める署名活動を行い,3か月で18万2656名の署名を得て(その後署名は20万名を超える。),前者をさいたま地方検察庁に,後者を法務省に提出した。その影響もあり,業務上過失致死傷罪は改正され,自動車運転致死傷罪が新設された。

(エ) 原告らは現在においても,未だ本件事故による苦痛が癒えず,被告Eに対し極めて激しい被害感情を抱いている。

(2)  慰謝料は加害者に対する懲罰ではないから加害者に反省の態度が見られないからといって直ちに高額の慰謝料を支払わせるなどとすることは相当ではないが,加害者の態度等により被害者の精神的苦痛が増大したり軽減したりするのであれば,それを考慮して慰謝料額を算定するのが相当である。

(3)  そこで本件の相当慰謝料について検討する。上記認定事実からすれば,本件事故は,交通違反を多数回行っているにもかかわらず自らの運転方法の危険性を自覚していない被告Eが,脇見運転をしながら生活道路を時速50キロメートル以上の速度で走行するなどという危険な運転方法を継続的に行ったために,起こるべくして起こった,故意にも比肩する事故といわねばならない。すなわち,本件事故以前に本件と同じ過失態様の物損事故を起こしてもなお被告Eが運転方法を変更しなかったことなどからすると,被告Eは人身事故を起こすまで自らの運転方法の危険性を認識せず,かかる運転方法をやめなかったと考えられ,その結果として,誠に不幸にして本件事故が発生したということができるのである。さらに,本件被害者らには何らの落ち度も認められないところ,故意にも比肩する本件事故により,若年のうちに生命を絶たれた本件被害者らの無念・精神的苦痛は,重大である。加えて,本件事故後に被告Eは救護活動等を行っていないこと,その後の捜査で自己の責任を軽くしようとする態度で取り調べに臨んでいたこと,本件刑事事件においても少なくとも被告人質問までは反省の態度が感じられず,自己中心的に自分の今後の生活のことを考えていること,傍聴している原告らに対しても謝罪や反省の態度を示さず,かえって警察に捕まらなければ良いと思って危険な運転方法をしていた旨,今後も可能ならば運転したい旨など被害感情を逆撫でする発言をしていることなど,被告Eは,原告らや本件事故被害者らの感情を害する態度をとっている。また,被告Eの家族は,被告Eの運転方法の危険性を認識して助言や車の鍵を隠すなどしたものの,被告車両は被告Eが使えるなどその対策は不十分であった。一方,被告Eは本件刑事事件の被害者の意見陳述後は土下座して謝罪するなどしており,被告会社代表者やFは原告らを含む本件事故の被害者に対し謝罪活動を行うなどしている。以上の事情やその他本件で顕れる一切の事情を考慮すると,本件被害者らにつき,各2400万円が死亡慰謝料として相当というべきである。また,近親者慰謝料については,原告Bmを除く原告らにつき各200万円,平成17年9月29日に夫と離婚後Bを育ててきた(甲3の2の1,20の2,弁論の全趣旨)原告Bmにつき300万円が相当である。

(4)  なお,原告らは,慰謝料において扶養的要素を考慮すべきではないと主張する。確かに慰謝料において一家の支柱や配偶者は,一般的にそれ以外の者よりも高額な慰謝料が相当とされているが,それは扶養すべき者がいるにもかかわらず扶養の責務を果たすことができなくなってしまったことへの無念等の気持ちにより,精神的苦痛がより大きいため,相当慰謝料が高額であるというべきなのであって,本件被害者らはこれに当てはまらないといわざるを得ない。

(5)  また,原告らは,若年者ほど前途が喪失することにより苦痛は大きいから,慰謝料は一家の支柱となる壮年期の者よりも高額であるべきと主張する。確かに,そのように考えることが不合理であるとまではいえないものの,生命の価値を客観的に評価することはもともと困難なのであるのと同様,若さや寿命の長さを慰謝料の要素として考慮することも困難といわざるを得ないのであって,少なくとも大幅な増額要素とするのは相当ではない。本件では,慰謝料算定の一要素として,本件被害者らが若年で死亡したことを考慮している。

3  逸失利益について

(1)  原告は,基礎収入については男女を併せた全労働者計の賃金センサスによるべきとし,生活費控除については女子の生活費控除によるべきと主張する。

(2)  若年女子の基礎収入の算出においては,現在では女性の社会進出が進み,女子であっても男子並みの収入を得る可能性が十分に期待されることから,女子労働者計の賃金センサスではなく,全労働者計の賃金センサスによるのも可能というべきである。

(3)  もっとも,女子に対し全労働者計の賃金センサスを用いる場合には,生活費控除率については,収入の増額に比例して自己の生活費に充てる割合も増額する可能性があること,もともと生活費控除率は相当な逸失利益額を算出するための調整係数としての機能があることなどから,一般的に女性に対し適用される生活費控除率よりも高くするのが相当である。

(4)  本件においては,本件被害者らはいずれも女子であったが,基礎収入については,賃金センサス平成17年産業計全労働者計の487万4800円を用い,生活費控除率は45%とするのが相当である。

4  葬儀費用について

(1)  認定事実

ア 原告AfはAの葬儀関係費用につき,葬儀代金として71万3975円(甲9の1),斎場使用料として23万1000円(甲9の2),料理代金として22万4860円(甲9の3ないし5),貸し布団代金として2万6250円(甲9の6)の小計119万6085円,墓石等費用につき,仏壇代金として53万5000円(甲9の7),墓所工事代として386万2948円(甲9の8),墓所の永代使用料及び管理料として83万円(甲9の9)を各支払い,結局葬祭費用として合計642万4033円を支払った。

イ 原告BmはBの葬儀関係費用につき,葬儀代金として63万6740円(甲11の1),料理代金として30万8831円(甲11の2ないし4),火葬費用として8900円(甲11の5),位牌代として2万8350円(甲11の6)の小計98万2821円,墓石等費用につき,墓石代金として230万円(甲11の7)を各支払い,結局葬祭費用として合計328万2821円を支払った。

ウ 原告CfはCの葬祭関係につき,葬儀代金として124万6755円(甲15の1及び2),料理代金として60万4485円(甲15の3及び4),火葬料として3万1150円(甲15の5),位牌代金として3万6000円(甲15の6)の合計191万8390円を支払った。

エ 原告DfはDの葬儀関係費用につき,葬儀代金として246万9847円(甲17の1),生花代金として1万5750円(甲17の2),食事代として26万2500円(甲17の3及び4),霊柩車運賃料金として3万1500円(甲17の5),斎場使用料として2万8350円(甲17の6),火葬料として3万7315円(甲17の7)の小計284万5262円,墓石等費用につき,仏壇代金として15万円(甲17の8及び9),仮墓代として4万9000円(甲17の10)を各支払い,結局葬祭費用として合計304万4262円を支払ったことが認められる。

(2)  不法行為による損害賠償は,生じた実損の賠償をすべきであるが,葬祭費用については適正な規模,金額というのが明確ではなく,過大にかけた分の費用まで加害者に賠償させるのは相当ではないから,ある程度画一的に上限を定めるのが相当であり,一般的には150万円が上限額とされている。もっとも,事件の性質,被害者の年齢・身分等により,より高額な葬祭費用が相当額といえる場合には,より高額の葬祭費用を認めることができるというべきである。

(3)  本件では,葬祭費用として,原告Afは642万4033円,原告Bmは328万2821円,原告Cfは191万8390円,原告Dfは304万4262円をそれぞれ支払っている。本件事故は社会的に注目を浴びたこと,いわゆる逆相続の事案であることなどを考慮すると,250万円をもって相当額というべきである。したがって,原告Af,原告Bm及び原告Dfについてはそれぞれ250万円,原告Cfについては上記の支払実額である191万8390円が損害であると認める。

5  弁護士費用について

(1)  被告が主張するとおり,自動車損害賠償保障法16条の被害者請求をして支払を受けることができた分については,弁護士費用を要さずして損害賠償を受けることが可能であったというべきであるから,本件事故との相当因果関係を欠くというべきである。

(2)  A及びDの被害者請求による損害填補額を考慮すると,B及びCも2500万円の損害填補を受けることが可能であったと推測できるから,弁護士費用はそれぞれ250万円分減額するのが相当である。

6  損害論

以上を前提とすると,原告らの損害は以下のとおりとなる。

(1)  原告Af  1889万1095円

ア Aの損害  1145万1095円

(ア) 治療費  5万2600円(甲7)

(イ) 逸失利益  2460万2140円

487万4800円(賃金センサス平成17年産業計全労働者計)×9.176(ライプニッツ係数)×0.55(生活費控除)

(ウ) 慰謝料  2400万円

(エ) 既払金  -2575万2550円(争いがない。)

(オ) 合計  2290万2190円

(カ) 相続分(2分の1)  1145万1095円

イ 本人の損害  744万円

(ア) 葬儀関係費用  250万円

(イ) 慰謝料  200万円

(ウ) 弁護士費用  294万円

(2)  原告Am  1345万1095円

ア Aの損害  1145万1095円

原告Afと同じ。

イ 本人の損害  200万円

慰謝料  200万円

(3)  原告Bm  4361万3257円

ア Bの損害  3574万3257円

(ア) 治療費  115万3014円(甲10の1ないし3)

(イ) 入院雑費  6000円

1500(円)×4(日)(甲10の1)

(ウ) 入院慰謝料  7万円

(エ) 逸失利益  2583万2783円

487万4800円(賃金センサス平成17年産業計全労働者計)×9.635(ライプニッツ係数)×0.55(生活費控除)

(オ) 慰謝料  2400万円

(カ) 合計  5106万1797円

(キ) 相続分(10分の7)  3574万3257円

イ 本人の損害  787万円

(ア) 葬儀関係費用  250万円

(イ) 慰謝料  300万円

(ウ) 弁護士費用  237万円

(4)  原告Cf  3388万8908円

ア Cの損害  2655万9518円

(ア) 治療費  313万4254円(甲13の1ないし4)

(イ) 入院雑費  1万2000円

1500(円)×8(日)(甲13の1及び2)

(ウ) 入院慰謝料  14万円

(エ) 逸失利益  2583万2783円

487万4800円(賃金センサス平成17年産業計全労働者計)×9.635(ライプニッツ係数)×0.55(生活費控除)

(オ) 慰謝料  2400万円

(カ) 合計  5311万9037円

(キ) 相続分(2分の1)  2655万9518円

イ 本人の損害  732万9390円

(ア) 付添交通費  1万1000円(甲14の1ないし9)

(イ) 葬儀関係費用  191万8390円

(ウ) 慰謝料  200万円

(エ) 弁護士費用  340万円

(5)  原告Cm  2855万9518円

ア Cの損害  2655万9518円

原告Cfと同じ。

イ 本人の損害  200万円

慰謝料  200万円

(6)  原告Df  1860万9726円

ア Dの損害  1121万9726円

(ア) 治療費  4万1520円(甲16)

(イ) 逸失利益  2343万0482円

487万4800円(賃金センサス平成17年産業計全労働者計)×8.739(ライプニッツ係数)×0.55(生活費控除)

(ウ) 慰謝料  2400万円

(エ) 既払金  -2503万2550円(争いがない。)

(オ) 合計  2243万9452円

(カ) 相続分(2分の1)  1121万9726円

イ 本人の損害  739万円

(ア) 葬儀関係費用  250万円

(イ) 慰謝料  200万円

(ウ) 弁護士費用  289万円

(7)  原告Dm  1321万9726円

ア Dの損害  1121万9726円

原告Dfと同じ。

イ 本人の損害  200万円

慰謝料  200万円

第4結論

以上のとおり,原告らの被告らに対する請求は,被告らに対し連帯して,原告Afにつき1889万1095円,原告Amにつき1345万1095円,原告Bmにつき4361万3257円,原告Cfにつき3388万8908円,原告Cmにつき2855万9518円,原告Dfにつき1860万9726円,原告Dmにつき1321万9726円及びこれらに対する不法行為日である平成18年9月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないから,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 片野悟好 裁判官 岩坪朗彦 裁判官 佐久間隆)

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