大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

さいたま地方裁判所 平成19年(ワ)2113号 判決 2008年9月24日

主文

1  別紙物件目録記載の土地建物について,原告が2分の1の割合の共有持分権を有することを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  (第一次)

主文第1項同旨

(第二次)

別紙物件目録記載の土地建物について,原告が4分の1の割合の共有持分権を有することを確認する。

(第三次)

別紙物件目録記載の土地建物について,原告が8分の1の割合の共有持分権を有することを確認する。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

(1)  原告の請求をいずれも棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2事案の概要

原告と被告の母Aは,平成17年7月23日死亡し,同女を被相続人,原告と被告の両名を相続人とする相続(以下「本件相続」という。)が開始した。被告は,A作成の自筆証書遺言があるとして,甲4の遺言書(以下「本件遺言書」といい,これによる遺言を「本件遺言」という。)を提出した。そこには,Aが,財産はすべて被告に与える趣旨のことが記載されていた。

本件は,原告が,第一次的には,本件遺言書は被告の偽造にかかるものであり,被告は,民法891条5号の相続欠格者に当たるから,本件相続の相続人は原告だけであり,別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件不動産」という。)のAの共有持分権2分の1は原告の所有に帰したとして,その持分権の確認を,第二次的には,仮に被告が相続欠格者に当たらないとしても,本件遺言書は遺言の趣旨が表れておらず無効であり,本件不動産のAの共有持分権(2分の1)の法定相続分は原告の所有であるとして,その4分の1の割合の共有持分権の確認を,第三次的には,仮に本件遺言が有効であるとしても,原告の遺留分を侵害しているとして,遺留分減殺請求権に基づき,8分の1の割合の共有持分権の確認をそれぞれ求めたものである。

1  争いのない事実等(末尾に証拠等の記載のないものは,当事者間に争いがない。)

(1)  当事者の身分関係

原告と被告は,父B(平成60年12月19日死亡),母Aの子であり,原告が長男(昭和16年1月2日生まれ),被告が長女(昭和23年9月21日生まれ)である。(甲1の1ないし6)

(2)  Aの死亡等

Aは,本件不動産について,2分の1の割合の共有持分権を有していたが,平成17年7月23日,死亡した。

(3)  遺言書の存在

被告は,A作成名義の本件遺言書を保管していたが,Aが死亡した後の平成19年7月24日,これを原告に示した。

(4)  遺言書の文言等

本件遺言書には,以下のような記載がされていた。

「すべて○○(被告)に,まかせる。

○○(原告)には,いっさいあげない。

平成17年7月6日

A 印 」

(5)  遺留分減殺の通知

原告は,本件遺言書が有効である場合に備え,被告に対し,平成19年7月28日到達の書面で,遺留分減殺の意思表示をした。

(6)  確認の利益

原告と被告は,本件遺言書が有効かどうかを巡って争っている。

2  争点

本件の主要な争点は,

(1)  被告は,民法891条5号所定の相続欠格者に当たるか,具体的には,被告は,本件遺言書を偽造若しくは変造したか(争点1),

(2)  本件遺言書は,自筆証書遺言として有効か(争点2),

(3)  本件遺言は,原告の遺留分を侵害しているか(争点3),である。

3  双方の主張

(1)  争点1について

ア 原告

本件遺言書の作成名義人であるAは,平成17年7月5日,a病院に入院し,同病院から一度も外泊,外出することなく,同月23日,胆嚢癌により死亡した。そのような状態にあったAが,入院した翌日である同月6日に本件遺言書を作成し,これをバッグに入れ,自宅の押人れに置いておくなどということは不可能であった。このようなことからして,本件遺言書は,むしろ,A死亡後,被告が偽造したものと推認するのが相当である。そして,そうとすれば,被告は,民法891条5号により,本件相続から排除されるべきものであるから,本件相続の相続人は原告だけとなり,本件不動産のAの共有持分権(2分1)は,原告がその全部を相続したことになる。

イ 被告

否認する。被告は,本件遺言書を偽造していない。本件遺言書の日付が平成17年7月6日になっているのは,Aが誤って記載したものである。

(2)  争点2について

ア 原告

仮に,被告が相続欠格者に当たらないとしても,本件遺言書1行目の「すべて○○(被告)に,まかせる。」との記載は,何を任せるのか不明であるし,2行目の「○○(原告)には,いっさいあげない。」との記載も,その対象が不明であり,原告に遺産を相続させない趣旨の記載とは判断できない。したがって,本件遺言は無効である。そうとすれば,原告は,本件相続により,本件不動産のAの共有持分権2分の1について,法定相続分の2分の1に当たる4分の1の割合の共有持分権を取得したことになる。

イ 被告

争う。

(3)  争点3について

ア 原告

仮に本件遺言が有効であるとしても,本件遺言は,原告の遺留分を侵害しているから,原告は,本件不動産について,8分の1の割合の共有持分権を有している。

イ 被告

否認する。

第3当裁判所の判断

1  争点1について

原告は,本件遺言書が被告の偽造によるものであると主張する。その根拠は,遺言書の日付である「平成17年7月6日」は,Aが入院した翌日であり,しかも,被告本人は,Aは入院するに際し,印鑑等を保管していたバッグを病院に持ち込むなどしていないと供述しているから,Aが入院した翌日に本件遺言書を作成したと認めるのは困難であり,本件遺言書は,これを保管していた被告が偽造したとみるほかはない,というのである。

しかし,遺言書の日付は先日付で記載することもあり,また,遺言者が日付を間違って記載することもあるから,遺言書の日付の日に遺言書が作成された可能性がないからといって,遺言書の保管者が偽造したとみることはできない。本件遺言書のA名下の印影がAの印章であることについては争いがないから,本件遺言書のAの印影はAの意思に基づくものと推定され,本件遺言書前提は,Aにより作成されたものと認められる。

もっとも,本件遺言書は,子細に見ると,全体の筆跡が微妙に異なっており,本文の筆跡が稚拙なのに対し,日付の筆跡はそうではない。そして,日付の筆跡は,被告の陳述書(乙6)の日付の筆跡と酷似している。この陳述書は,被告が自ら作成したものであり,その日付の記載も被告がしたものと認められることに照らすと,本件遺言書の日付の記載は,被告の手によるものと推認される。そして,この事実に加え,証拠(調査嘱託の結果,被告本人尋問の結果,弁論の全趣旨)によれば,Aは,平成17年7月5日,a病院に入院し,同病院から1度も外泊,外出することなく,同月23日に胆嚢癌により死亡していることが認められることに照らすと,本件遺言書は,Aが入院前に本文を記載し,日付を記載しないまま,署名押印して,自宅に保管していたところ,Aと同居する被告が,Aの入院中か,あるいはA死亡後にこれを見つけ,日付が空欄になっていたことから,その空欄部分に「平成17年7月6日」と記載して遺言書を完成させ,後日これをAの遺言書として原告に示したものと認められる。

ところで,本件のような自筆証書遺言は,全文自書することが必要であり,しかも,日付も記載しておくことが要件とされているが(民法968条1項),遺言書が方式を欠き無効である場合に,相続人が方式を具備させて有効な遺言書又はその訂正としての外形を作出する行為は,民法891条5号にいう遺言書の偽造又は変造に当たるが,それが遺言者の意思を実現させるためにその法形式を整える趣旨でされたにすぎないものであるときは,上記相続人は,同号所定の相続欠格者には当たらないというべきである(最高裁昭和56年4月3日判決・民集35巻3号431頁参照)。

そこで,これを本件についてみるに,上記のように,日付の記載のない遺言書に,相続人が被相続人の意思に基づかずに日付を記載することは,未だ有効に作成されたものとはいえない遺言書を,外形を整えて完成させるものであるから,民法891条5号にいう変造に当たるというべきである。しかし,その変造は,日付の記載という,時的要素を判断する上で重要な記載に関するものであり,単に遺言書の名下に欠けていた印を押すというような行為とは異なるものであるから,それをもって,遺言者の意思を実現させるため,その法形式を整える趣旨でしたものとみることはできない。したがって,被告が本件遺言書に日付を記載した行為は,民法891条5号にいう変造に当たり,被告は,本件相続に関し,相続欠格者に当たるというべきである。

そうすると,本件相続については,原告のみが相続人となるから,原告は,本件相続により,本件不動産のAの2分の1の割合の共有持分権を取得したものというべきである。

2  争点2,3について

以上によれば,争点2,3は判断の必要がない。

3  結論

よって,原告の第一次的請求は理由があるからこれ認容することとし,訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤壽邦)

file_2.jpg別紙

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例