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さいたま地方裁判所 平成19年(ワ)2229号 判決 2009年1月30日

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原告

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同訴訟代理人弁護士

川目武彦

東京都品川区東品川2丁目3番14号

被告

CFJ株式会社

同代表者代表取締役

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同訴訟代理人支配人

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●●●

主文

1  被告は,原告に対し,60万0155円及びこれに対する平成18年3月23日から支私済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを5分し,その2を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,137万1290円及びうち129万6994円に対する平成19年9月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告が,貸金業者である被告に対し,①過払金99万6994円とこれに対する平成18年3月23日から本件訴訟提起日である平成19年9月18日までの確定利息7万4296円が発生しているとして,不当利得返還請求権に基づき,これらの金員の合計107万1290円と過払金に対する訴状送達の日の翌日である同月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息の支払を求めるとともに,②同法704条後段に基づく損害として弁護士費用10万円とこれに対する同日から支払済みまで同割合による利息の支払,③被告の原告に対する架空請求を理由に同法709条に基づく損害賠償として慰謝料15万円及び弁護士費用5万円の合計20万円とこれに対する同日から支払済みまで同割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。これに対し,被告は,原告の被告に対する過払金返還請求権については,原告の代理人であった司法書士との間で,既に和解契約(以下「本件和解契約」という。)が締結されていると主張したが,原告は,本件和解契約は和解権限のない司法書士により締結されたもので無効である,本件和解契約は公序良俗に違反し無効である,本件和解契約は錯誤により無効であるなどと反論した。

1  前提となる事実(証拠を摘示しない事実は,当事者間に争いがない。)

(1)  被告は,貸金業の規制等に関する法律(平成18年法律第115号により法律の題名が貸金業法と改められた。以下「貸金業法」という。)3条所定の登録を受けた貸金業者である。

(2)ア  ディックファイナンス株式会社(以下「ディックファイナンス」という。)は,平成15年1月1日,アイク株式会社(以下「アイク」という。)を吸収合併し,同社の権利義務を承継した。

イ  ディックファイナンスは,同日,商号を被告の現商号に変更し,同月6日その旨の登記をした。

(3)ア(ア) 原告は,アイクから,別紙計算書2(1)の「貸付金額」欄記載の各金員を,これに対応する「取引日」欄記載の年月日に借り受けた。(甲1の1)

(イ) 原告は,アイクに対し,債務の弁済として,別紙計算書2(1)の「返済金額」欄記載の各金員を,これに対応する「取引日」欄記載の年月日に支払った(以下,上記(ア)及び(イ)の取引を「アイク取引」という。なお,アイク取引は,上記(2)アの合併後は,原告と被告との間で継続された。)。(甲1の1)

イ(ア)  原告は,ディックファイナンスから,別紙計算書2(2)の「貸付金額」欄記載の各金員を,これに対応する「取引日」欄記載の年月日に借り受けた。(甲1の2)

(イ) 原告は,ディックファイナンスに対し,債務の弁済として,別紙計算書2(2)の「入金額」欄記載の各金員を,これに対応する「取引日」欄記載の年月日に支払った(以下,上記(ア)及び(イ)の取引を「ディックファイナンス取引」という。)。(甲1の2)

(4)ア  原告の代理人であった●●●司法書士(認定司法書士。以下「●●●司法書士」という。)は,平成18年3月16日,被告との間で,原告の被告に対する過払金返還請求権に関し,次のとおりの内容の本件和解契約を締結した。(乙1)

(ア) 被告は,原告に対し,和解金110万円の支払義務のあることを確認する。(1条)

(イ) 被告は,原告に対し,上記(ア)の和解金を,同年4月7日限り,●●●司法書士の銀行口座に送金して支払う。(2条)

(ウ) 被告が原告に対し,上記(イ)の支払を遅滞なく履行したときは,原告は,被告に対するその余の請求を放棄する。(3条)

(エ) 原告と被告は,本和解契約書に定める以外に両者間に何らの債権債務のないことを確認する。(4条)

イ  被告は,同年3月22日,●●●司法書士の銀行口座に上記110万円を振込送金し,原告に対する和解金の支払をした。(弁論の全趣旨)

2  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  本件和解契約は,和解権限のない司法書士により締結されたもので無効か。

(原告の主張)

ア 司法書士法3条1項7号は,司法書士に対し,「民事に関する紛争であって紛争の目的の価額が裁判所法33条1項1号に定める額を超えないものについて,相談に応じ,又は仲裁事件の手続若しくは裁判外の和解について代理すること」を認めているところ,裁判所法33条1項1号は,紛争の目的の価額を「140万円を超えないもの」である旨明確に定めている。また,債務整理事件における「紛争の目的の価額」の算定については,残債務の額ではなく,弁済計画の変更によって債務者が受ける経済的利益によるとされている。

イ(ア) 原告は,平成16年1月上旬頃,司法書士法3条1項の範囲内で,自己の債務の整理を●●●司法書士に委任した。

(イ) ●●●司法書士は,同月22日,被告に対し,取引履歴の開示を求め,被告は,取引履歴を開示した。

(ウ) ●●●司法書士は,同年3月16日,原告の代理人として,被告との間で,本件和解契約を締結した。

ウ(ア) 原告は,●●●司法書士による上記取引履歴の開示請求前に,被告に対し,少なくとも194万5724円(アイク取引に基づく平成15年5月22日の時点での借入残額98万0222円とディックファイナンス取引に基づく同年7月23日の時点での借入残額96万5502円の合計)の借入金債務を負っていることを前提に,その支払を求められている立場にあった。

(イ) ところが,●●●司法書士が開示を受けた取引履歴に基づいて利息制限法の引直計算をすると,原告が,被告に対し,191万9377円の過払金返還請求権を有していることが判明した。

(ウ) ●●●司法書士と被告は,交渉の結果,原告において81万9377円を減額した110万円で本件和解契約を締結した。

エ 上記ウによれば,原告は,被告から,194万5724円の支払を求められている立場にあったにもかかわらず,●●●司法書士の代理行為により,却って,110万円の支払を受けることができた。したがって,●●●司法書士は,304万5724円の経済的利益について裁判外で代理して和解契約を締結したこととなるが,これは,原告が●●●司法書士に授与した権限の範囲を超えており,本件和解契約は,●●●司法書士による無権代理行為となる。貸金業者である被告においても,これを熟知していた。したがって,本件和解契約の効果は,原告に帰属しない。

オ(ア) 本件和解契約が無効であるので,原告の過払金返還請求権を再計算すると,原告が被告から本件和解金の支払を受けた平成18年3月22日の時点での過払金返還請求権は,別紙計算書1のとおり,209万6994円(過払金183万8168円とこれに対する同日までの確定利息25万8826円の合計)である。

(イ) 原告は,被告に対し,平成20年4月22日の第3回弁論準備手続期日において,原告が被告に対し有する上記(ア)の過払金返還請求権のうちの110万円(過払金元金84万1174円とこれに対する確定利息25万8826円の合計)をもって,本件和解契約が無効である結果被告が原告に対し有する110万円の不当利得返還請求権と,対当額で相殺する旨の意思表示をした。

(ウ) したがって,原告は,被告に対し,不当利得返還請求権に基づき,107万1290円(上記相殺後の過払金残金99万6994円とこれに対する平成18年3月23日から本件訴訟提起日である平成19年9月18日までの確定利息7万4296円の合計)及び上記過払金残金99万6994円に対する訴状送達の日の翌日である同月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息の支払を求める。

(被告の主張)

ア 被告と●●●司法書士は,アイク取引とディックファイナンス取引とを一連の取引とする原告主張のような計算方法ではなく,両取引を個別に計算し,アイク取引に基づいて発生した過払金返還請求権からディックファイナンス取引に基づく借入金債務を相殺した結果に基づいて,和解交渉を行い,被告は,これに沿った和解案を提示した。●●●司法書士は,独断で本件和解契約を決めずに,原告にこれを報告し,その結果,原告自身,本件和解契約に応じることとしたものであり,●●●司法書士は,原告の承諾を得たうえで本件和解契約を締結した。

イ 原告は,原告が被告に対し,194万5724円の借入金債務を負っていたことを前提に,これを紛争の目的の価額に含めている。しかしながら,被告の原告に対する194万5724円の貸付残債権は,帳簿上の残高であり,●●●司法書士から利息制限法に基づく再計算の主張があったことにより,計算上又は法律上存在しないこととなったものであるから,法的な債務整理金額から除外されるべきである。

(2)  本件和解契約について,民法110条の表見代理が成立するか。

(被告の主張)

ア 上記(1)の原告の主張イ(ア)のとおり,原告は,●●●司法書士に対し,司法書士法3条1項の範囲内で,自己の債務の整理を●●●司法書士に委任し,代理権を授与したことを自認するところ,●●●司法書士は,被告に対し,本件和解契約締結の権限があるように振る舞った。

イ これに対し,被告は,貸金業法に則り,取引履歴の開示や,過払金の返還交渉を行い,本件和解契約を締結した。

ウ 債務整理を依頼された司法書士の権限に関して,原告の主張する見解(上記(1)の原告の主張ア及びエ)を是認した最高裁の判例は勿論,下級審の裁判例もない。

エ 被告は,●●●司法書士に本件和解契約締結の代理権があると信じたものであるが,上記アないしウの事情によれば,被告に過失はない。

オ したがって,被告は,民法110条の表見代理により保護されるべきであり,原告は,本件和解契約の法的効果が及ぶことを拒むことができない。

(原告の主張)

ア ●●●司法書士は,原告から債務整理の依頼を受けた以降,原告に説明することなく,本件和解契約を締結した。したがって,●●●司法書士が,原告からの授権の範囲を超えて和解したことは明らかである。

イ 被告は,大手の消費者金融会社であり,弁護士法,司法書士法を熟知し,司法書士が裁判外で代理人についた場合の代理権限の範囲についても認識していたはずである。被告は,取引履歴を保持し,本件和解により原告が受ける経済的利益を完全に把握していたものであり,原告が司法書士法が定める範囲を超えて●●●司法書士に代理権を授与したと解する特別の事情もなかったのであるから,被告は,●●●司法書士の無権代理について悪意であったというべきであり,仮にそうでないとしても,重大な過失がある。したがって,被告は,民法110条の表見代理の適用を主張することができない。

(3)  本件和解契約は公序良俗に違反し無効か。

(原告の主張)

ア 原告は,被告に対し,平成18年3月16日の時点で,209万5483円(過払金183万8168円とこれに対する同日までの確定利息25万7315円の合計)の過払金返還請求権を有していたものであるが,本件和解契約における和解金額は,その49.2パーセントである110万円に過ぎず,著しく少額である。

イ 上記(1)の原告の主張のとおり,本件和解契約を締結した●●●司法書士には,和解権限がなかった。

ウ したがって,本件和解契約は,公序良俗に違反し,無効というべきである。

(被告の主張)

ア アイク取引に基づく平成15年5月22日の時点での原告の過払金返還請求権は,別紙計算書2(1)のとおり160万8963円,ディックファイナンス取引に基づく被告の貸付残債権は,別紙計算書2(2)のとおり13万6928円であり,これを差し引くと,原告の過払金返還請求権は,147万2035円であった。これに基づき,原告と被告は,相互に譲歩し,和解金を110万円とする本件和解契約を締結した。したがって,本件和解契約の和解金が著しく少額であるとはいえない。

イ ●●●司法書士に和解権限があったことは,上記(1)の被告の主張のとおりである。

(4)  本件和解契約は錯誤により無効か。

(原告の主張)

ア 被告は,●●●司法書士に対し,原告と被告との間に,あたかも消費貸借契約が2つあるかのような取引履歴を開示した。

イ その結果,●●●司法書士は,本来は一体として計算すべき取引を別々の取引としてそれぞれ誤った引直計算をしたため,原告にとって,不利な過払金額を算出し,上記(3)の原告の主張アのとおり,原告に不利な和解をした。

ウ ●●●司法書士において,上記のような誤解をしなければ,本件和解契約を締結することはなかったものであるから,●●●司法書士の錯誤は,要素の錯誤というべきであり,したがって,本件和解契約は,錯誤により無効である。

(被告の主張)

ア 被告は,平成16年9月8日,●●●司法書士から,債務整理通知を受けた。

イ 被告は,●●●司法書士に対し,アイク取引及びディックファイナンス取引の履歴を開示した。

ウ 上記(3)の被告の主張のとおり,アイク取引に基づく平成15年5月22日の時点での原告の過払金返還請求権は160万8963円,ディックファイナンス取引に基づく被告の貸付残債権は13万6928円であり,これを差し引くと,原告の過払金返還請求権は,147万2035円であった。

エ 原告と被告は,相互に譲歩し,和解金を110万円とする本件和解契約を締結した。

オ したがって,原告は,民法696条により,本件和解契約の錯誤による無効を主張することができないというべきである。

カ アイク取引とディックファイナンス取引とを一連計算する原告の計算方法は,下記(5)の被告の主張のとおり不当である。

(5)  アイク取引とディックファイナンス取引とを一連計算することの当否

(原告の主張)

アイク取引及びディックファイナンス取引を一体の取引として引直計算をすべきである。

(被告の主張)

アイク取引とディックファイナンス取引は,貸主及び基本契約を別とする取引であり,アイクとディックファイナンスが合併したとしても,両取引を一連計算することはできない。

(6)  被告は,民法704条前段の悪意の受益者か。

(原告の主張)

被告が,本件訴訟において,みなし弁済規定の適用の主張立証をしない以上,被告は,利息制限法所定の利率を超える利息を収受する法的権限がないことを知りながらこれを受領した悪意の受益者である。

(被告の主張)

否認する。

(7)  被告から原告に対する相殺

(被告の主張)

ア 仮に本件和解契約が無効であるとしても,被告は,原告に対し,別紙計算書2(2)のとおり,平成15年7月23日の時点で13万6928円の貸付債権を有する。

イ 被告は,原告に対し,平成20年7月25日の第4回口頭弁論期日において,上記貸付債権をもって,原告が被告に対し有する別紙計算書2(1)の160万8963円の過払金返還請求権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(原告の主張)

争う。

(8)  民法704条後段に基づく弁護士費用の請求の当否

(原告の主張)

ア 原告は,被告に対し,過払金の返還を受けるため本件訴訟を提起するについて,原告訴訟代理人川目武彦弁護士(以下「川目弁護士」という。)に本件訴訟の提起,追行を委任せざるを得なかったところ,これに要した弁護士費用のうち10万円は,民法704条後段の損害に当たる。

イ したがって,原告は,同法704条後段の損害として,少なくとも10万円の弁護士費用を請求することができるというべきである。

(被告の主張)

争う。

(9)  架空請求を理由とする損害賠償請求の当否

(原告の主張)

ア 被告は,みなし弁済の適用がないことを十分知りながら,利息制限法を超過した約定利息に基づく虚偽の債権を原告に請求してこれを徴収し続け,原告に過払金が発生した後も,被告は,約定利息に基づく元利金を原告に請求して,これを徴収し続けた。原告は,債務がないにもかかわらず,被告の架空請求により,債務が残存するものと誤信させられ,支払を継続させられた。被告のこのような架空請求は,不法行為を構成する。

イ また,支払義務がないにもかかわらず支払義務があると誤信した借主が貸主に金員を交付する場合には,借主が錯誤に陥っていることを知っている貸主は,借主に対して,その旨を告知する信義則上の義務があり,この義務に違反して告知をしないまま金員を受領する行為は,不作為による不法行為を構成するところ,被告は,支払義務があると誤信した原告に対し,支払義務がないことを告げずに金員を受領したのであるから,被告に不法行為が成立する。

ウ 上記ア及びイの被告の不法行為により,原告は,経済的に苦しい生活を余儀なくされ,更に他のサラ金業者等から借入れをすることを強いられるなどして,精神的苦痛を被ったところ,これに対する慰謝料は,15万円を下らない。

エ 原告は,川目弁護士に本件訴訟の提起,追行を委任した。被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,5万円が相当である。

(被告の主張)

ア 利息制限法2条は,債務者において超過部分を任意に支払ったときは,その返還を請求することができないと規定し,制限超過の利息,損害金を支払った債務者に対し,裁判所がその返還につき積極的に助力を与えないことを明らかにしている。仮に,原告の主張するように,制限超過部分の請求と受領が違法行為となるのであれば,その被害者に対し,裁判所が積極的に助力を与えない規定を定めるはずがない。

イ また,昭和58年に,貸金業法43条により,超過部分の支払を「有効な利息の債務の弁済とみなす」旨の規定が新設された。利息制限法1条が,制限超過部分の請求と受領を違法行為とする趣旨であるならば,違法行為に基づく金員の受領を「有効な利息の債務の弁済とみなす」ことなどできないはずである。グレーゾーン金利の請求と受領は,不法行為に該当しない。

ウ 原告は,制限超過利息を支払う旨の合意に基づいて,被告に任意に制限超過利息を支払ったものであるから,これを受領した被告の行為は,不法行為に当たらない。

第3争点に対する判断

1  争点(1)(本件和解契約は,和解権限のない司法書士により締結されたもので無効か。)について

(1)  証拠(甲1の1及び2,4,5の1及び2,6の1及び2,7の1及び2,8,11ないし13,乙1,4,5の1及び2,6,7の1及び2,8,9,11),弁論の全趣旨,本件記録によれば,次の事実が認められる。

ア 原告は,平成6年11月2日,アイクとの間で借入限度額を一定の金額,返済について残高スライドリボルビング方式とする基本契約を締結して,同社から20万円を借り受け,以後,同社との間で,借入れと弁済を繰り返すようになり,次いで,同年12月28日,ディックファイナンスとの間で借入極度額を一定の金額,返済について残高スライドリボルビング方式とする基本契約を締結して,同社から20万円を借り受け,以後,同社との間で,借入れと弁済を繰り返すようになった。

イ 平成15年1月,ディックファイナンスがアイクを吸収合併し,現在の被告の商号に変更した後も,原告は,被告との間で,アイク取引及びディックファイナンス取引に基づく借入れと弁済を繰り返したが,アイク取引については同年5月22日の弁済を最後に,また,ディックファイナンス取引については同年7月23日の弁済を最後に,被告に対する弁済を怠るようになった。

ウ 原告は,被告を含むサラ金等数社に債務を負っていたところ,平成16年1月頃,●●●司法書士に対し,原告の負債整理のため,調停・和解書類の作成を依頼するとともに,その頃,●●●司法書士に対し,原告の負債整理につき司法書士法3条1項に定める裁判所提出書類作成業務,簡易裁判所における代理業務及び裁判外の和解業務に関する一切の件を委任し,その旨記載した委任状を同司法書士に交付した。

エ ●●●司法書士は,原告からの委任に基づき,同年1月22日頃,被告に対し,原告から債務整理に関する書類の作成を受託したとして,アイク取引及びディックファイナンス取引に関する各取引履歴の開示を請求し,被告から,上記各取引履歴の開示を受けた。被告の各取引履歴によれば,アイク取引については,平成15年5月22日の時点で98万0222円の借入金債務が残存し,ディックファイナンス取引については,同年7月23日の時点で96万5502円の借入金債務が残存していた。

オ ●●●司法書士は,被告から開示を受けた上記各取引履歴に基づき,アイク取引とディックファイナンス取引のそれぞれについて利息制限法の引直計算をしたところ,アイク取引については,平成15年5月22日の時点で155万1648円の過払金が発生し,ディックファイナンス取引については,同年7月23日の時点で13万4368円の借入金債務が残存している結果となった。

カ 原告は,平成18年2月10日頃,被告に対し,アイク取引について過払金が発生しているとして,191万9377円(過払金元金155万1648円と確定利息36万7729円の合計)の返還を請求する不当利得(過払金)返還請求書を送付した。同請求書には,書類作成関与者として●●●司法書士の住所氏名が明記されていた。

キ その後,●●●司法書士と被告との間で,和解交渉が行われ,同年2月24日頃,原告がディックファイナンス取引に基づき13万円余りの借入金債務を負っていることなどを考慮し,被告が原告に対し,和解金110万円を支払うことで交渉がまとまった。

ク 以上の経過のもとに,上記前提となる事実(4)のとおり,●●●司法書士は,原告の代理人として,同年3月16日,被告との間で,本件和解契約を締結し,被告は,同月22日,●●●司法書士の銀行口座に上記110万円を振込送金し,原告に対する和解金の支払をした。

ケ 原告は,平成19年9月18日,川目弁護士に委任して,アイク取引とディックファイナンス取引とを一連計算した結果に基づき,平成15年7月23日の時点で183万8168円の過払金とこれに対する利息1万4073円が発生しているなどと主張して本件訴訟を提起した(原告は,後に,上記第2,2,(1)の原告の主張オのとおり,被告から支払を受けた110万円を過払金に対する確定利息,過払金元金の順に充当して,請求を減縮し,107万1290円〔相殺後の過払金残金99万6994円とこれに対する平成18年3月23日から平成19年9月18日までの確定利息7万4296円の合計〕及び上記過払金残金に対する同月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息の支払を求めた。)。

(2)ア  まず,●●●司法書士が本件和解契約を締結する権限を有していたか否かを判断する前提として,争点(5)(アイク取引とディックファイナンス取引とを一連計算することの当否)について判断すると,アイク取引は,原告とアイクとの間で締結されたものであり,ディックファイナンス取引は,原告とディックファイナンスとの間で締結され,アイクがディックファイナンスと合併した後は,原告と被告との間で継続されたものである。このように異なる法人が行った各取引が,後に法人の合併があり,それにより同一の法人に帰属することとなったとしても,全体が一連,一体の取引であったことになるものではない。したがって,アイク取引及びディックファイナンス取引を一体の取引として引直計算をすべきであるとの原告の主張は,採用することができない。

イ  次に,争点(6)(被告は,民法704条前段の悪意の受益者か。)について判断すると,被告は,貸金業法の登録を受けた貸金業者であるところ,本件訴訟において,アイク取引及びディックファイナンス取引に関し,同法43条1項の要件に該当する事実を何ら主張立証しない。そうすると,アイク,ディックファイナンス及び被告は,同法43条1項の適用があるとの認識を有しており,かつ,そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情があるときでない限り,民法704条前段の悪意の受益者であると推定されるものというべきであるが,被告は,本件訴訟において上記特段の事情を立証しない。したがって,アイク,ディックファイナンス及び被告は,同法704条前段の悪意の受益者であったというべきである。

(3)ア 上記(1)に認定の事実と,上記(2)に基づいて●●●司法書士の権限について判断すると,本件和解契約時に原告と被告との間に存在した紛争の目的の価額は,原告が被告に対し本件和解契約時に有していた過払金返還請求権の額と,原告が本件和解契約4条により免除を得た原告の被告に対する借入金債務の額とを合算したものによると解するのが相当である。

イ(ア)  そこで,まず,原告が被告に対し本件和解契約時に有していた過払金返還請求権の額について検討すると,アイク取引とディックファイナンス取引のそれぞれについて,別紙計算書2(1)及び(2)の各弁済金のうち利息制限法1条1項所定の利息の制限額を超えて利息として支払われた部分を元本に充当し,過払金が発生する度に,過払金に対して民法所定の年5分の割合による利息が発生したものとして計算すると,アイク取引については,別紙計算書2(1)のとおり,平成15年5月22日の時点で160万8963円の過払金が発生し,ディックファイナンス取引については,別紙計算書2(2)のとおり,同年7月23日の時点で13万6928円の借入金債務が残存していたと認められる。

(イ) 次に,原告が本件和解契約により免除を得た被告に対する借入金債務の額について検討すると,上記(1)に認定のとおり,原告は,被告に対し,アイク取引に基づき平成15年5月22日の最終弁済時に98万0222円の借入金債務を負い,ディックファイナンス取引に基づき同年7月23日の最終弁済時に96万5502円の借入金債務を負っていたところ,原告は,本件和解契約4条によりこれらの免除を得たものである。

この点について,被告は,被告の原告に対する194万5724円の貸付残債権は,帳簿上の残高であり,●●●司法書士から利息制限法に基づく再計算の主張があったことにより,計算上又は法律上存在しないこととなったものであるから,法的な債務整理金額から除外されるべきであると主張する。しかしながら,被告は,上記各取引に基づいて上記各最終弁済時まで原告から弁済金を受領していたものであり,その後,●●●司法書士が被告に対し,上記各取引について取引履歴の開示を請求し,更に,原告が被告に対し,過払金の返還を請求したことにより,被告の原告に対する上記貸付残債権が法律上当然に消滅する謂れはない。

(ウ)  上記(ア)及び(イ)によれば,本件和解契約時に原告と被告との間で存在した紛争の目的の価額が140万円を超えていたことは明らかである。

ウ  そうすると,●●●司法書士は,本件和解契約について代理することはできず,本件和解契約は,●●●司法書士の無権代理行為による無効のものとなる。

2  争点(2)(本件和解契約について,民法110条の表見代理が成立するか。)について

(1)  原告が●●●司法書士に対し,司法書士法3条1項の範囲内で,自己の債務の整理を●●●司法書士に委任し,代理権を授与したことは,原告が自認するところである。

(2)  被告は,●●●司法書士に本件和解契約締結の代理権があると信じたものであり,そのように信じたことについて被告に過失がないから,民法110条の表見代理の適用があると主張する。しかしながら,●●●司法書士の裁判外の和解の代理権は,司法書士法3条1項7号が法定するものであるから,被告が,●●●司法書士に本件和解契約締結の代理権があると信じたとしても,そのように信じたことについて過失があるというほかない。したがって,本件和解契約について,被告主張の民法110条の表見代理の適用は認められない。

3  争点(7)(被告から原告に対する相殺)について

(1)  原告が被告から本件和解金の支払を受けた平成18年3月22日の時点でのアイク取引に基づく過払金額は,183万7083円(平成15年5月22日の時点での過払金160万8963円とこれに対する同月23日から平成18年3月22日まで〔1035日〕の民法所定の年5分による確定利息22万8120円の合計)である。原告は,本件和解契約が無効である結果被告が原告に対し有する110万円の不当利得返還請求権と相殺するとして,過払金返還請求を自制するから,原告が被告に対し有する上記過払金返還請求権から確定利息22万8120円,過払金元金87万1880円の順に控除すると,被告は,原告に対し,平成18年3月22日の時点で73万7083円及びこれに対する同月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息を支払う義務を負うこととなる。

(2)  他方,被告は,原告に対し,上記1(3)イ(ア)に認定のとおり,ディックファイナンス取引に基づいて,平成15年7月23日の時点で13万6928円の貸付債権を有するところ,被告が原告に対し,平成20年7月25日の第4回口頭弁論期日において,上記貸付債権をもって,原告が被告に対し有する過払金返還請求権とその対当額において相殺する旨の意思表示をしたことが記録上明らかである。

(3)  結局,被告は,原告に対し,60万0155円及びこれに対する平成18年3月23日から支払済みまで年5分の割合による利息を返還する義務を負うこととなる。

4  争点(8)(民法704条後段に基づく弁護士費用の請求の当否)について

(1)  本件記録によれば,原告は,被告に過払金を請求するため本件訴訟の提起,追行を川目弁護士に委任したことが認められる。

(2)  しかしながら,民法704条後段所定の損害とは,不当利得の原因としての事実から生じた損害をいうのであって,利息の返還によっては填補されないものをいうと解するのが相当である。そうすると,原告が同条後段に基づいて請求する弁護士費用は,被告が不当利得をしたこと自体から発生した費用ではなく,被告が任意に不当利得を返還しないことにより生じた費用に過ぎず,同条後段所定の損害に含まれないというべきである。

(3)  したがって,原告の民法704条後段に基づく弁護士費用の請求は,理由がない。

5  争点(9)(架空請求を理由とする損害賠償請求の当否)について

(1)  上記前提となる事実と,上記1(1)に認定の事実によれば,被告(ディックファイナンスに吸収合併されたアイクを含む。以下,同じ。)は,利息制限法所定の制限利率を超える利息の約定で原告に金員を貸し付け,原告から上記約定に基づいて制限利率を超える利息を受領し,その結果,過払金が発生したものであるところ,貸金業法43条1項の適用がない場合には,上記過払金は不当利得として原告に返還すべきものであるが,被告が制限利率を超える利息の支払を請求してこれを受領するのは,原告との約定に基づくものであるから,被告が制限利率を超える利息の支払を請求してこれを受領したとしても,このことのみをもって,直ちに不法行為となるということはできない。本件全証拠によっても,被告が制限利率を超える利息の支払を原告に請求して,原告からこれを受領した際,原告の無知や窮迫に乗じたり,原告を欺罔又は強迫するなど,その行為の態様が社会的相当性を欠いていたなどの事情は認められない。そうすると,制限利率を超える利息の支払を原告に請求してこれを受領した被告の行為は,原告に対し,不法行為を構成しないというべきである。

(2)  また,原告は,支払義務がないにもかかわらず支払義務があると誤信した借主が貸主に金員を交付する場合には,借主が錯誤に陥っていることを知っている貸主は,借主に対して,その旨を告知する信義則上の義務があると主張する。しかしながら,貸金業者の貸付債権について,利息制限法に基づく引直計算をすると,顧客からのその後の弁済により消滅し,過払金が発生しているか否かを判断するについては,みなし弁済の適用の有無,基本契約に基づく取引の中断の有無等の様々な事情について検討することを要するものであるから,貸金業者において顧客との取引について過払金が発生したか否かを調査し,過払金が発生した以降,顧客にこの事実を告知しないまま顧客から弁済金を受領する行為が,不作為による不法行為を構成するとまではいえない。

(3)  したがって,原告の架空請求を理由とする損害賠償請求は,理由がない。

6  以上の次第で,原告の請求は,上記3(3)の限度で理由があるからこれを認容し,その余は失当であるからこれを棄却し,仮執行宣言の申立ては,相当でないから,これを却下し,主文のとおり判決する。

(裁判官 岩田眞)

<以下省略>

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