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さいたま地方裁判所 平成19年(ワ)2478号 判決 2010年4月23日

主文

1  被告らは,原告に対し,各自4751万1183円及びこれに対する平成18年6月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

主文と同旨

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,原告が,相続税の物納として被告らから取得し第三者に売却した土地に産業廃棄物が埋設されており,第三者に対する売主の瑕疵担保責任に基づき上記産業廃棄物の撤去費用等として4900万6491円を支出したことについて,被告らには,物納の申請の際に差し入れた「土地の埋設物については被告らの責任において処理する」旨の確認書に基づく損害填補義務があると主張して,被告ら各自に対し,上記撤去費用等のうち4751万1183円及びこれに対する支払期日の翌日である平成18年6月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  前提となる事実(争いがないか,掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認める。)

(1)  相続税の物納申請

被告らは,平成10年2月13日に死亡したAの相続人であり,Aからの相続に係る相続税の納付義務を負い,同年12月9日,春日部税務署長に対し,Aからの相続により取得した<省略>の土地(<省略>。以下「本件土地」という。)の持分各4分の1について,相続税の物納を申請した。(証拠<省略>)

(2)  確認書の作成

物納の申請に当たり,被告Y4は平成13年9月27日に,被告Y1及び被告Y3は同月29日に,被告Y2は同年10月6日に,それぞれ,本件土地の地下に埋設物がないこと,及び,物納後に本件土地から埋設物が出土した場合には,自らの責任において処理することを確認する旨の「埋設物がない旨の確認書」と題する書面(証拠<省略>。以下「本件確認書」という。)に署名押印し,関東財務局長に提出した。

(3)  物納許可

春日部税務署長は,平成14年10月24日,上記(1)の被告らの相続税の物納申請(物納申請額2億0515万5638円)に基づき,それぞれの持分につき2873万1848円(被告Y2のみ2873万1847円)の合計1億1492万7391円について物納を許可した。(証拠<省略>)

その結果,本件土地は国有地となり,関東財務局が所管する普通財産となった。(証拠<省略>)

(4)  本件土地の売買契約

ア 原告は,平成16年3月19日,Bとの間で,国有財産売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し,Bは,同日,原告に対し,本件土地の売買代金として9011万1115円を支払い,原告は,Bに本件土地を引き渡した。(証拠<省略>)

イ 原告は,本件土地に係る国有財産売買契約書(証拠<省略>。以下「本件契約書」という。)8条に基づき,Bに対し,本件土地に隠れた瑕疵が発見された場合には,引渡しの日から2年間に限り,民法570条に規定する瑕疵担保責任を負った。

(5)  埋設物の撤去と和解金の支払

ア 原告は,平成16年5月7日,Bから,本件土地の地下に廃プラスチックやアスファルトガラ等(以下,本件土地の埋設物を総称して「本件埋設物」という。)が遺棄されている旨の連絡を受け,被告Y1に立会を求めて,同日,本件土地の試掘調査を行った。(証拠<省略>)

イ 原告は,平成16年6月4日,被告ら全員を代表する立場にあった被告Y1に対し,本件確認書に基づき,本件埋設物の撤去工事を行うか否かを確認したが,被告Y1は,本件埋設物は補助参加人がAの同意の下に30年ほど前に埋め立てたもので,同市にその撤去を要請したがこれに応じないとして,撤去を拒否した。(証拠<省略>)

ウ Bは,平成16年6月18日,本件埋設物の撤去工事を開始し,同年8月4日までにこれを終了した。(証拠<省略>)

そして,Bは,原告に対し,本件契約書8条(民法570条)により,瑕疵担保責任に基づく損害賠償として,本件埋設物の撤去工事費用等合計5493万1910円を請求した。(証拠<省略>)

エ 原告は,平成17年3月18日,Bとの間で,賠償金として4900万6961円を支払う旨の和解契約を締結し,同和解契約に基づき,同月29日,Bに対し,上記金員を支払った。(証拠<省略>)

(6)  被告らに対する請求及び支払拒絶

ア 原告は,撤去工事が終了した後の平成16年12月8日,被告Y1に対し,撤去工事費用の説明を行ったが,被告Y1は,補助参加人が撤去に応じない以上,撤去費用は支払わない旨主張した。(証拠<省略>)

イ 原告は,Bとの和解後の平成18年5月26日,被告らに対し,上記(5)エの4900万6961円を平成18年6月20日までに支払うよう請求した文書を内容証明郵便により郵送し,同郵便は,同年5月30日,被告Y4を除く被告らに到達した。被告Y4に対しては,同年6月19日,普通郵便により郵送し,そのころ到達した。(証拠<省略>)

また,原告は,被告らに対し,納入告知書を配達証明郵便により郵送し,同郵便は,同月3日,被告Y4を除く被告らに到達した。被告Y4に対しては,同月19日,普通郵便により郵送し,そのころ到達した。(証拠<省略>)

以上に対し,被告らは,同年6月15日付け返答書により,原告に対し,原告からの上記請求に係る撤去費用の支払を拒否する旨の通知をした。(証拠<省略>)

ウ 原告は,平成19年8月29日,被告らに対し,上記イの請求金額から,Bの借入金金利負担分149万5778円を控除した撤去工事費用4751万1183円及び平成18年6月21日から支払日までの延滞金の支払を請求した文書を内容証明郵便により郵送し,同郵便は,平成19年8月30日,被告Y4を除く被告らに到達し,また,同金額を記載した納入告知書を配達証明郵便により郵送し,同郵便は,同年9月1日,被告Y4を除く被告らに到達した。被告Y4に対しては,上記請求文書については同月10日に,納入告知書については同月12日に,普通郵便により郵送し,そのころ到達した。(証拠<省略>)

3  争点

(1)  本件確認書に基づく合意

ア 本件確認書に基づく義務(争点1)

(ア) 「埋設物」の解釈

(イ) 損害填補義務の有無

イ 説明義務違反ないし錯誤による無効(争点2)

(2)  被告らが負うべき損害填補の額(争点3)

4  当事者の主張

(1)  争点1(本件確認書に基づく義務)について

ア 原告の主張

(ア) 「埋設物」の解釈

a 全ての埋設物

本件確認書の文言によれば,「埋設物」とは人為的に埋められた全ての物をいい,「隠れた瑕疵」(民法570条)に当たるどうかを問わない。

b 「隠れた瑕疵」該当性

仮に,「埋設物」を「隠れた瑕疵」に限定するとしても,以下のとおり,本件埋設物は「隠れた瑕疵」に当たる。

(a) 本件土地からは,被告らが補助参加人が適法に処理したと主張する粒状の廃プラスチックや焼却灰及び地盤の安定を図るためのアスファルトガラ以外に,自転車,畳,シート,トタン等がまんべんなく出土している。

(b) 本件土地には,アスファルトガラだけでなく,上記(a)のとおりの種類の異なる物が不均質で不整形な状況で埋設されており,ベタ基礎により建物を建築しても,将来,不同沈下を生じる可能性が高かった。

(c) 本件埋設物は,地表から50ないし60センチメートル程度の地下から出土し,1メートルの深さまで存在していた。

(d) Bは,一般競争入札において現況宅地と評価された本件土地を購入しており,上記(a)ないし(c)によれば,本件土地が宅地として通常備えるべき品質,性状に欠けていたことは明らかである。

(イ) 損害填補義務の有無

本件確認書の趣旨によれば,同確認書に係る合意内容には,埋設物の撤去義務のみならず,埋設物を被告ら以外の者が撤去した場合の損害填補義務も含まれる。

イ 被告らの主張

(ア) 「埋設物」の解釈

本件確認書にいう「埋設物」とは,生活安全上又は建築上の障害を生じさせる埋設物に限られるべきであり,「隠れた瑕疵」に該当する程度の物でなければならないところ,本件埋設物である粒状の廃プラスチックや焼却灰は,補助参加人が適法に処理した処理済廃棄物(破砕選別不燃ごみ)を,昭和54年ころ,Aが補助参加人の求めに応じ,厚さ約1メートルの覆土の下に埋設したものであって,生活安全上の支障を生じさせる有害物質ではない。また,アスファルトガラは地盤改良のため埋設されたものであって,本件土地の地盤の支持力は十分であり,特にベタ基礎をもってすれば,建物建築に当たり,本件埋設物が物理的な障害を生じさせることもない。さらに,被告らが,本件土地を宅地としてではなく雑種地として物納申請したことにも鑑みれば,本件埋設物は,「隠れた瑕疵」に該当する程度の物とはいえず,撤去の必要のある「埋設物」には当たらない。

(イ) 損害填補義務の有無

本件確認書の文言及び平成18年法律第10号による相続税法の改正(以下,同年同号による改正前の相続税法を「改正前相続税法」,同改正後の相続税法を「改正後相続税法」という。)に伴う通達により初めて撤去費用の填補義務が明示されたことに鑑みれば,被告らは,本件確認書に基づく合意により,埋設物を撤去する義務を負うにとどまる。

(2)  争点2(説明義務違反ないし錯誤による無効)について

ア 被告らの主張

被告らは,原告から,物納手続の過程で,本件確認書の「埋設物」の意味について,一切説明を受けなかった。

適法に埋設された処理済廃棄物も撤去を求められる「埋設物」に当たるといった「埋設物」についての説明や,本件確認書に基づき被告らが撤去や費用負担等の責任を追及される具体的場合に関する説明があれば,被告らは,本件土地の物納申請を事前に中止することができた。改正前相続税法においては,物納許可に当たり地下埋設物の撤去義務等を課す旨の明文規定がなかったのであるから,原告としては,なお一層の説明をすべき義務を負っていたというべきである。それにもかかわらず,原告から交付された物納書類作成の手引には本件確認書の「埋設物」についての具体例や説明はなく,被告Y1が本件確認書を春日部税務署に持参した際にも,同税務署側からは何らの説明も行われなかった。このように原告が説明義務を怠ったため,被告らは,「埋設物」の意味について,適法に埋設された処理済廃棄物はこれに当たらないと認識し,錯誤に陥った。被告らの錯誤は,徴税行政に携わる原告の説明不足,指導不足に起因するものであって,このような原告の不作為は違法である。

よって,本件確認書の取得過程には原告の過失が介在するから,本件確認書に基づく合意は無効である。

イ 原告の主張

(ア) 民法95条の適用

本件確認書に基づく合意の法的性質について,同合意は,行政処分たる物納許可に付随して行われるものであるが,物納の条件付許可を認める改正後相続税法と異なり,改正前相続税法は,税務署長において,地下埋設物の撤去義務等を物納許可の要件として一方的に課すことを認めておらず,よって,物納許可処分の附款と解することはできない。しかし,改正前相続税法42条2項により,税務署長において,申請に係る物納財産が管理,処分に不適当であると認める場合には,その変更を求め,その結果に基づき物納申請の許可又は却下の処分をすることができるとされていることからすれば,本件合意は,物納者が国に対し,公法上の義務である租税債務の履行に当たり,物納財産が管理,処分に適したものである旨保証するものであるといえ,このように,権力作用たる租税徴収に係り,行政処分たる物納許可に伴うものであることからすれば,国が財産権の主体としての立場ではなく,統治権の主体としての立場から相手方よりも優位な立場において締結する公法上の契約というべきである。

そして,公法上の契約に私法規定が適用されるかは,個別具体的な事案ごとに,公法関係の性質,内容,あるいは,法律の趣旨,仕組み等に照らして検討すべきである。公共の福祉のため行われる財産管理等に伴う公法上の契約については,法全体の構造から特別の取扱いをすべき趣旨が明らかにされない限り,私法規定が適用又は類推適用されるのに対し,公権力の行使たる行政行為については,原則的には私法規定は適用されないと解すべきである。本件確認書に基づく合意は,優越的権力作用である租税徴収に伴い,税務署長が,納税者に対し,公法上の義務である租税債務の履行としての物納を許可する上で,公権力の行使たる行政行為の一環として締結する公法上の契約であるから,対等当事者間の利害調整のための規律規定である私法規定は妥当せず,民法95条の適用はないと解すべきである。

(イ) 錯誤

原告は,物納時の外観からは認識し得ない地下埋設物等についての危険を排除する仕組みをもって,金銭納付の困難を要件とする国税の物納制度を円滑に機能させるため,また,金銭納付の納税者との公平を図るため,物納に際しては,地下に「埋設物」の存在が判明し,撤去等の必要が生じた場合には,物納者において,その撤去等をすることを約する確認書の提出を求めていたところ,本件確認書の「地下に埋設物がないこと」との文言が,土地の地下に土以外に人為的に埋められた物が存在しないことを意味することは,通常一般人であれば当然に理解でき,「埋設物」について,違法な埋設物であること等何らの限定も付されていない。被告らは,本件埋設物の存在を認識していたのであるから,原告からの十分な説明がなかったことを根拠として錯誤に陥ったということはできない。

(3)  争点3(被告らが負うべき損害填補の額)について

ア 原告の主張

(ア) 撤去費用相当額

被告らは,本件確認書に基づき,本件埋設物の撤去工事費用相当額4751万1183円及びこれに対する原告が上記第2の2(6)イのとおり通知した支払期日の翌日である平成18年6月21日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。本件埋設物の撤去工事費用の内訳は別紙一覧表<省略>のとおりである。

原告としては,被告らがその責任を履行しないことにより,本件土地の売主としての責任に基づき,Bが本件埋設物の撤去及び運搬のため現実に出費したと主張する金額について,一般的に十分な証明力を有すると認められる資料により相当と認められる金額を支払わなければならない立場にあった。原告は,Bから提出された1次マニフェストE票(証拠<省略>。マニフェストの正式名称は,産業廃棄物管理票(廃棄物の処理及び清掃に関する法律12条の3)。以下「本件マニフェスト」という。)に加え,数量算定図(証拠<省略>。以下「本件算定図」という。)や撤去工事現場写真(証拠<省略>。以下「本件現場写真」という。)を総合的に精査し,本件マニフェストに記載された量の産業廃棄物が本件土地から出土し,処理されたと判断し,また,Bが主張する金額のうち金利相当分を除いた金額が,一般的な撤去費用額の範囲内に収まっているとして,これを撤去費用相当額と認めた。

撤去工事費用の中でも,土工事関係費用のうち山砂費,赤土搬入費及び転圧工費は,本件土地の敷地全体を1メートル以上掘り下げ,水が湧く箇所もあった中,多量の埋設物を撤去した後に,本件土地を元の状態に戻すために不可欠であった。また,産業廃棄物撤去工事関係費用のうち,a社における積込及び運搬に関する産業廃棄物積込費及び産業廃棄物・表土運搬費については,下記(イ)のとおり,水切りのため本件埋設物をa社に仮置きせざるを得ず,表土積込費も,産業廃棄物が混在する表土を埋め戻す事態を避けるため,一度a社に搬出して確認する必要があったもので,いずれもやむを得ない費用であった。なお,被告らが主張する廃プラスチックの処理単価は何ら立証されておらず,そもそも,本件埋設物は,混合廃棄物であって前提が異なる。

(イ) マニフェストの信用性

本件マニフェストの排出事業場欄には,本件土地ではなくa社と記載されているが,これは,本件埋設物が水を多く含み,a社のストック場に一時的に持ち込み乾燥させる必要があったためにすぎず,他の産業廃棄物が混入したことをうかがわせる事情はない。作成時期やこれに記載されている業者名,本件算定図や本件現場写真との整合性,更には,本件土地の面積に照らし同マニフェストに記載された合計901立方メートルの埋設物が本件土地の地中に存在したとして何ら不自然,不合理ではないことから,本件マニフェストが本件土地から出土した埋設物の処理に当たって作成されたものであることは明らかである。

マニフェストには,排出事業者から中間処理業者までの廃棄物の収集,運搬の流れに関する1次マニフェストと,中間処理後の残渣物を最終処分するに当たっての運搬,最終処分の流れに関する2次マニフェストとがあり,それぞれA票ないしE票の複写式のもので,排出事業者,収集運搬業者,中間処理業者,運搬処理業者及び最終処理業者が各業務について加筆し,各票を保管することとなっている。このような形式に鑑み,マニフェストはいずれか1票であっても,それぞれ高度の信用性を有し,その中でも,1次マニフェストE票は,最終処分業者が2次マニフェストを記載した後,その結果を中間処理業者が1次マニフェストに転記し,廃棄物の処分終了後に排出事業者に送付する,当該廃棄物の運搬及び処分過程の全てが記載されているもので,その記載に特段の不合理な点がみられない以上,原告において,2次マニフェストの精査等,埋設物の運搬,処分の具体的過程についてまで調査,確認する義務はなかった。

イ 被告の主張

(ア) マニフェストの信用性

本件マニフェストから判明するところは,産業廃棄物の排出事業場がa社,その運搬先の中間処理業者がb社であったというにすぎず,本件マニフェストに記載された産業廃棄物が本件土地から出土したことの証明には足りない。また,本件土地から出土した埋設物は,a社の敷地に一度運搬され,同敷地からb社に搬出されているところ,同敷地に本件埋設物以外の産業廃棄物があった場合に,これらが混在してb社に搬出された可能性もあり,b社から最終処分場までの運搬及び処分の過程を明らかにするためには,2次マニフェストを確認しなければならない。すなわち,マニフェストの他の票と照合しなければ,本件マニフェストに記載された産業廃棄物が本件土地から出土した埋設物であること及び本件埋設物のみが最終処分場まで運搬され,処分されたことの証明には足りない。

また,本件マニフェストは,排出事業場(a社)からb社への運搬受託者として記載されているC,D及びE作成の産業廃棄物運搬実績報告書と整合せず,さらに,本件マニフェストに記載されたb社への産業廃棄物の搬入量はその処理,保管能力を大幅に超えており,写しであることにも鑑みれば,信用性に乏しい。

なお,本件埋設物は主に廃プラスチックであるから,その性質として水を多く含んでいたということはあり得ない。仮に多く含んでいたとしても,a社に持ち込む必要はなく,中間処理施設のストック場で乾燥させることは十分可能である。

(イ) 費用の相当性

原告がBに対し撤去費用として支払った土工事関係費用のうち,宅地とするのに必要な工事費用である山砂費67万2000円,赤土搬入費124万2000円及び転圧工費90万4150円については,本件土地を雑種地として物納した被告らにおいて負担すべきものではない。また,産業廃棄物撤去工事関係費用のうち,a社における積込及び運搬に関する産業廃棄物積込費144万1600円及び産業廃棄物・表土運搬費147万円については,上記(ア)のとおり,a社に持ち込まなくとも本件埋設物を中間処理施設で乾燥させることは十分可能であったといえ,また,表土積込費のうち73万5000円については,再度埋め戻す表土を本件土地外に運搬する必要はなかったから,いずれも不要な工事であった。

加えて,上記(ア)のとおり,本件マニフェストは信用性に乏しく,本件マニフェストのみによっては,これに記載された産業廃棄物が本件土地から出土した埋設物であること及び本件埋設物のみが最終処分場まで運搬され,処分されたことの証明には足りず,マニフェストと共に撤去工事費用算出の根拠とされた本件現場写真にも,不自然な部分あるいは本件マニフェストとの整合性に欠ける部分がある。さらに,1立方メートル当たりの処理単価3万3000円も不当に高額であり,これらの事情にもかかわらず,Bに漫然と賠償金を支払った原告には,撤去工事費用に関する調査義務を怠った過失があるといえ,産業廃棄物処理費用2973万3000円についても,相当な支出とは認められず,被告らにおいて負担すべきものではない。

第3当裁判所の判断

1  本件埋設物について

証拠(<省略>)及び弁論の全趣旨によれば,本件土地には,遍く,補助参加人が埋設した破砕処理済廃棄物である粒状の廃プラスチック,焼却灰及びアスファルトガラが埋まっており,そのほか,自転車,畳及びトタン等も埋まっていたこと,本件埋設物は水を多く含んでいたことが認められる。

2  争点1(本件確認書に基づく義務)について

(1)  「埋設物」の解釈

相続税は金銭で納付するのが原則であり,改正前相続税法によると,物納が許可されるのは,延納の方法によっても金銭で納付するのが困難な場合に,納付を困難とする金額に限られる(同法41条1項)。また,物納に充てることができる財産は限定列挙され(同条2項),申請に係る財産が管理又は処分をするのに不適当であると認める場合,税務署長は,その変更を求め,その結果に基づき申請を許可又は却下することができる(同法42条2項ただし書)。

このように,相続税の物納申請に関し,各種の規制が設けられているのは,国の税収を確保する見地から,処分が容易で,金銭による納付がされたのと同様の税収を上げ得るものに限って物納を許可し,また,物納を受けた財産は国有財産として国が管理するところ,管理又は処分に支障を来すおそれのある財産を物納財産として収納した場合には,租税徴収の効果を上げ得ないだけでなく,本来は必要でなかった費用の支出を強いられることになりかねないためであると解される。すなわち,相続税の物納制度とは,物納財産を国に帰属させてこれを使用収益することを目的とするものではなく,その金銭的価値に着目して,国がこれを最終的に処分して国家の収入に充てることにより,金銭の納付に代わる経済的利益を得ることを目的とするものであり,そうであるとすると,物納財産は,その管理又は処分を通じて,金銭により相続税が納付された場合と同等の経済的利益を将来現実に確保し得るものでなければならないというべきである。

以上のような観点に立って検討してみると,土地の物納を受ける場合,物納時の外観からは認識し得ない地下埋設物等があると,そのままではこれを処分しても金銭納付の場合と同等の経済的利益を確保し得なくなる危険があるから,こうした危険を排除する必要があるところ,物納の条件付許可(改正後相続税法42条27項)を許す改正後相続税法が施行される以前は,物納者から,物納に際し,埋設物がない旨の確認書の提出を求めていたものであり,その目的が上記のような危険の排除にあることは明らかであるから,国が物納財産の管理又は処分を通じ,金銭により相続税が納付された場合と同等の経済的利益を将来現実に確保し,もって,物納制度の円滑な機能を確保するためには,同確認書の「埋設物」を民法570条が規定するところの「隠れた瑕疵」に限定するのはその目的を十分に達し得ないものであって相当ではなく,当該物納財産の客観的価値を減殺する可能性のある全ての埋設物を含むと解するのが相当である。このように解することは,本件確認書の文言にはその「埋設物」が「隠れた瑕疵」に該当する程度の物に限定され,あるいは,違法に埋設された物に限定されるという趣旨をうかがわせるような限定的な文言がないことに照らしても,特に不合理とはいえず,また,被告らが本来金銭をもって納付すべき義務に代え,これと経済的価値を同じくするはずの不動産の所有権を移転するという物納制度の構造からみても,本件確認書を作成した被告らに予想し得ない不意打ちとなるものではない。

したがって,本件確認書にいう「埋設物」とは,生活安全上又は建築上の障害を生じさせる埋設物に限定されず,人為的に埋められた全ての埋設物をいうと解され,本件埋設物も本件確認書にいう「埋設物」に当たるというべきである。

(2)  損害填補義務の有無

被告らが,本件確認書に基づく合意により,本件埋設物の撤去義務にとどまらず,第三者が撤去した場合の損害填補義務を負うかについて検討する。

本件確認書において,埋設物が出土した場合の処理方法に関しては,被告らの責任において処理する旨の文言があるのみである。したがって,埋設物の撤去については第一次的に物納者である被告ら各自がこれを負うことは明らかである。そして,本件確認書が,金銭納付の場合と同等の経済的利益を確保することができることを当然の前提とする制度とされる物納に際して徴求される確認書であることに照らせば,被告らが物納財産の経済的価値に影響するような埋設物を任意に撤去しないときには,原告が被告らに代わってこれを行い,あるいはこれを行った者に対して費用を支払った場合に,原告に対してその費用相当額を填補することを約する趣旨を含むと解するのが相当である。(なお,改正後相続税法42条27項により,初めて,物納を許可する場合に,物納財産の性質その他の事情に照らし必要があると認めるときは条件を付すことができるとされ,相続税基本通達42-14において,許可に当たって付すことができる条件の一つとして,通常の確認調査等では土壌汚染等の隠れた瑕疵がないことが確認できない場合に,瑕疵が判明したときには当該瑕疵を除去等すること,すなわち,土壌汚染の除去,地下埋設物の撤去あるいは国がこれらの除去等を行った場合の当該除去費用支払を行わなければならないことが挙げられている。しかし,これは,改正前相続税法の下で国が提出を求めていた地下埋設物がないことの確認書の提出に代えて,許可の条件として,地下埋設物が存在した場合の物納者の義務を明らかにしたものにすぎず(証拠<省略>),改正後相続税法の施行により物納の許可に条件を付することができるようになって初めて損害填補義務が認められることとなったものではない。)

3  争点2(説明義務違反ないし錯誤による無効)について

被告Y1の供述によれば,原告から被告らに対する「埋設物」の意味についての説明としては,春日部税務署側から,「申請地に地下埋設物がない場合には,本人の直筆により署名・押印をしてください。」との記載がある「物納書類作成の手引」(証拠<省略>。以下「本件手引」という。)が被告らに郵送されたにとどまり,それ以上の具体的説明はなかったことが認められる。そして,被告らは,これが原告の説明義務違反に当たり,こうした説明がなかったから錯誤に陥った旨主張し,被告Y1本人の供述中にはこれに沿う部分がある。

しかし,本件確認書にいう「埋設物」が,被告らが前記第2の4(2)アのとおり主張するように違法に埋設された物に限られることをうかがわせるような事情は一切見当たらず(その後に作成された「相続税の物納の手引」(証拠<省略>)によれば,「埋設物」の意味はより一層明確である。),上記1(1)のとおりの本件確認書及び本件手引の各文言に照らせば,本件確認書が,本件土地には人為的に埋められた埋設物が存在しない旨を確認する内容のものであることは通常人であれば容易に理解できるものであったというべきである。そうであれば,本件確認書中の埋設物に関する文言について,被告らが主張するような錯誤に陥るものとは考えられないから,被告らの主張に沿う被告Y1の供述は採用できず,他にこれを認め得る証拠はない。

したがって,原告の説明義務の点について論じるまでもなく,本件確認書による合意が錯誤により無効であるとの被告らの主張は理由がないというべきである。

なお,念のため,原告の説明義務について付言するに,被告Y1本人も上記1(1)のとおり認められる本件埋設物のうち,少なくとも,廃プラスチック等が埋められていることは本件確認書を提出した以前から認識していたにもかかわらず,これらが本件確認書にいう「埋設物」に当たるか否かについて春日部税務署等に特段の問い合わせをすることはなかったのである(被告Y1本人)。このように文言自体から容易に理解可能な「埋設物」の意味について,被告らから何らの問い合わせもないのに,原告において,被告らに対し,さらに本件確認書あるいは本件手引にある以上の説明をする義務があるとか,適法に埋設した物も「埋設物」に含まれると説明すべき義務があるなどということはできないから,説明義務に関する被告らの主張は理由がない。もっとも,改正後相続税法の下では,上記2(2)のとおり,物納の許可に当たって条件を付することができるとされ(同法42条27項),その前提として,同条2項の物納許可に関する調査に当たり,物納申請財産が不動産である場合には,財務局等が現地調査や物納申請者,近隣住民等へのヒアリングに基づく管理又は処分の適否に関する判断を行い,明らかに地下埋設物が存在することが確認できれば,撤去等の措置通知が行われ,その他の場合には,物納の許可に条件を付する取扱いとなっている(相続税基本通達42-14,甲36)。このように,改正後相続税法は,物納申請者へのヒアリング等を予定しているが,これは,税務署長において,地下埋設物が存在する危険を排除すべく,物納許可に条件を付するか否かを決するために行われるものであって,条件付許可の制度が存在しなかった改正前相続税法の下で,更地の場合に,原則として一律に物納申請者において地下埋設物がないことの確認書を差し入れることを求めていたのに代わるものといえ(証拠<省略>),そうであるとすると,同法下において,確認書の差入に先立って更にヒアリング等が行われていなかったとしても,説明義務に違反するとはいえないというべきである。

4  争点3(被告らが負うべき損害填補の額)について

以上の認定判断によれば,被告らは,本件確認書に基づく合意により,本件埋設物の撤去費用を負担した原告に対し,各自その全額について損害填補義務を負うと認められるところ,証拠(<省略>)及び弁論の全趣旨によれば,本件埋設物の量は901立方メートルに及び,その処理単価は1立方メートル当たり3万3000円を要し,その撤去費用は別紙一覧表<省略>のとおりであり,その総額は4751万1183円を下回るものではないことが認められる。これに対し,被告らはその工事の内容及び費用について争うので,以下検討を加える。

(1)  マニフェストの信用性

廃棄物の処理及び清掃に関する法律12条の3によれば,その事業活動に伴い産業廃棄物を生じる事業者が他人に産業廃棄物の運搬又は処分を委託する場合にはマニフェストを交付すべきものとされている。

そして,被告らは,原告の主張する撤去工事の裏付け資料となる本件マニフェストの信用性を争うところ,本件マニフェストのうち廃プラスチック類等に関するもの(証拠<省略>のマニフェストのうち1枚目ないし52枚目。53枚目ないし66枚目はアスファルトガラ等に関するマニフェストである。)は,その事業者欄にB,排出事業場欄にa社と記載されているが,正しくは,事業者欄にa社,排出事業場欄に本件土地と記載すべきであり,また,証拠(<省略>)によれば,本件マニフェストの積替え又は保管場所欄には乾燥のため本件埋設物を一時的に持ち込んだと認められるa社を記載すべきであるのにその記載が誤っていることが認められる。さらに,上記マニフェストは,排出事業者から中間処理業者までの廃棄物の収集,運搬の流れに関する1次マニフェストと,中間処理後の残渣物を最終処分するに当たっての運搬,最終処分の流れに関する2次マニフェストのうち,1次マニフェストのE票であるから,その一部に記入がある「中間処理産業廃棄物」の欄は本来記入すべきではなかったものである(証拠<省略>)。

しかし,証人Fの証言及び弁論の全趣旨によれば,本件マニフェストはa社が初めて作成したマニフェストであること,本件埋設物は水を多く含み,a社は,乾燥のため,一時的にそのストック場に本件埋設物を持ち込んだことが認められ,これによれば,a社が本件マニフェストの記載,特に,排出事業場欄の記載を誤ったことが直ちにその記載全体の信用性を左右するものではないというべきである。そして,本件において,a社に産業廃棄物が持ち込まれたのは,本件埋設物が水を多く含んでいたとの特殊な事情に基づくものである一方,当時a社の敷地に他の事業場から搬入された産業廃棄物が数多く存在し,これが本件埋設物に混入したとうかがわせるに足りる資料は見当たらず,かえって,本件現場写真(証拠<省略>)No.7016ないしNo.7018等の証拠(<省略>)によれば,本件埋設物を保管したストック場は,敷地内に敷かれたビニールシートにより区別されていたことが認められる。また,証拠<省略>に添付されたマニフェストは写しにすぎないが,特に原本からかいざんされたことをうかがわせるような事情は見当たらない。

以上によれば,複写式に過ぎない1次マニフェストの他の票,あるいは,2次マニフェストとの整合性を検証しなくても,本件マニフェストの写には,相当程度の信用性があるというべきであり,これと本件現場写真及び本件算定図等との整合性にも照らせば,上記認定のとおりの埋設物の量を認定することができる。

なお,証拠(<省略>)によれば,本件マニフェストに登場する業者の作成に係る産業廃棄物の実績報告書等に記載された運搬委託業者の中にはa社の名がないこと,搬送業者であるEがb社の所在地(春日部市)へ搬送した事実の報告がされていないこと,b社が監督官庁に対して産廃実績報告書を提出していないことがうかがわれるが,本件現場写真及び本件算定図等に照らせば,それらの点は直ちに本件マニフェストの信用性に関する上記判断を左右するものではない。また,証拠(<省略>)によれば,b社の産業廃棄物許可証の記載に基づくその廃棄物保管及び破砕能力が本件マニフェストに記載された産業廃棄物の量を下回っていることがうかがわれるけれども,本件現場写真及び本件算定図のほか,本件埋設物が破砕処理済廃棄物を含めた様々な態様のものであったことに照らせば,上記の点は直ちに上記認定を左右するものとまではいえない。

(2)  費用の相当性

次に,本件埋設物の量の算出根拠とされた本件現場写真について,被告らが不自然であると指摘する,例えば,本件現場写真(証拠<省略>)No.13001ないしNo.13003の見出しが「廃棄物及び埋設物をb社(中間処分場)からc社(最終処分場)へ搬出」とされているのに,これと同じ写真である工事写真帳(証拠<省略>)2頁は,b社への搬入状況を撮影したものとされていることについては,本件現場写真の前後関係やNo.13003の個別見出しが「産業廃棄物一次ストック場より搬出状況」,すなわち,一次ストック場であるa社からb社への搬出状況とされていることに鑑みれば,単なる写真の整理の誤りにすぎないというべきである。また,同日日中における群馬県及び長野県内の2箇所の最終処分場への運搬等についても,その間の距離を考えれば不合理とまではいえず(証拠<省略>),本件現場写真の信用性を減殺させるものではない。

そして,本件埋設物の量については,原告が本件現場写真等と整合する本件マニフェストに基づき算出したとおり,901立方メートルであったと認めるのが相当であるところ,その1立方メートル当たりの処理単価について,証拠(<省略>)中には,上記の認定額である1立方メートル当たり3万3000円よりも低額であるとの部分があるけれども,それは,粒状の廃プラスチック,焼却灰及びアスファルトガラにとどまらず,自転車,畳及びトタン等も含んだ本件埋設物のようなものを前提としているものとはいえないことからすると,結局それらの証拠は上記認定を左右するものではない。

そして,その他,原告が費用の相当性について争う土工事関係費用のうち山砂費,赤土搬入費及び転圧工費は,上記のとおり901立方メートルの本件埋設物を撤去した後に本件土地を元の状態に戻すに当たって必要な費用であったと考えられるし,また,産業廃棄物撤去工事関係費用のうちa社における積込及び運搬に関する産業廃棄物積込費及び産業廃棄物・表土運搬費については,水を多く含む本件埋設物を適切に処理するためには不可欠であったといわざるを得ない。また,表土を本件土地からa社まで積み込み,これを本件土地に戻すに当たって要した表土積込費についても,上記1(2)のとおり種々の産業廃棄物を含む本件土地の表土から産業廃棄物を取り除くに当たって必要であったといえ(証拠<省略>),いずれも,本件埋設物を本件土地から撤去し,本件土地を復元するに当たり,必要かつ相当な費用の支出であったというべきである。

第4結論

以上によれば,原告の被告らに対する請求はいずれも理由があるからこれを認容し,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,65条1項を,仮執行の宣言について同法259条1項を各適用して,主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤陽一 野口宣大 開發礼子)

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