さいたま地方裁判所 平成19年(ワ)2817号 判決 2010年3月26日
原告
日本精密株式会社
同代表者代表取締役
B
同代表者監査役
E
同訴訟代理人弁護士
髙山崇彦
同
大塚和成
同
西岡祐介
被告
Y1
被告
Y2
被告
Y3
被告
Y4
被告
Y5
被告
Y6
上記6名訴訟代理人弁護士
平澤千鶴子
同
武田喜治
主文
1 被告Y1、被告Y2、被告Y3、被告Y4及び被告Y5は、原告に対し、連帯して、1億0750万円及びこれに対する平成19年12月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告Y1と被告Y6が別紙物件目録記載の土地建物についてした平成19年6月26日付け贈与契約を取り消す。
3 被告Y6は、別紙物件目録記載の土地について、さいたま地方法務局上尾出張所平成19年6月26日受付第15845号の持分全部移転登記及び同目録記載の建物について、同法務局同出張所同日受付第15846号の所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。
4 原告の被告Y1、被告Y2、被告Y3、被告Y4及び被告Y5に対するその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は、原告と被告Y6を除く被告らとの間では、原告に生じた費用の10分の9を同被告らの負担とし、その余を各自の負担とし、原告と被告Y6との間では、原告に生じた費用の20分の1を同被告の負担とし、その余を各自の負担とする。
6 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告Y1(以下「被告Y1」という。)、被告Y2(以下「被告Y2」という。)、被告Y3(以下「被告Y3」という。)、被告Y4(以下「被告Y4」という。)及び被告Y5(以下「被告Y5」という。)(以下、上記被告らを総称して「元取締役被告ら」という。)は、原告に対し、連帯して、1億1407万円及びこれに対する平成19年12月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 主文第2項及び第3項と同旨
(3) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(4) 上記(1)につき仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2事案の概要
1 本件は、原告が、株式会社宝屋(以下「宝屋」という。)の発行済み全株式を無償で取得して宝屋を完全子会社化した上、宝屋に対し1億円の増資をしたことについて、同増資は原告の大株主であったA(以下「A」という。)が代表取締役を務める株式会社プラコム(以下「プラコム」という。)の宝屋に対する債権を期限前に回収することを目的としてされたものであり、原告の取締役会においてこれらの事項に係る議案に賛成した元取締役被告らは、取締役としての善管注意義務に違反したものであると主張して、元取締役被告らに対し、会社法423条に基づく損害賠償(増資金相当額及び費用合計1億1407万円)と訴状送達の日の翌日以降の遅延損害金の支払を求めるとともに、被告Y1が代表取締役を退任する直前に、上記損害賠償を免れる目的で、妻である被告Y6に別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件土地建物」という。)を贈与したことは詐害行為にあたると主張して、被告Y6に対し、同贈与契約の取消と同契約に基づきされた登記の抹消登記手続を求めた事案である。
2 争いのない事実等(証拠により認定した事実については、その末尾の括弧内に証拠を掲げる。)
(1) 当事者等
ア 原告
原告は、時計、時計バンド等の製造、販売及び輸出入等を目的とし、株式をジャスダック証券取引所に上場する株式会社である。(甲1、甲19)
イ 被告ら
元取締役被告らは、平成18年6月29日から平成19年6月28日までの間、原告の取締役であった。被告Y1は、平成19年2月26日から取締役退任までの間、原告の代表取締役であった。(甲1)
被告Y6は、被告Y1の妻である。
なお、元取締役被告らのほか、B(以下「B」という。)及びC(以下「C」という。)も、平成19年5月1日当時、原告の取締役を務めていた。(甲1)
ウ 宝屋
宝屋は、金物、荒物、雑貨及び化粧品の販売等を目的とする株式会社である(平成19年8月10日破産手続開始)。(甲2)
なお、被告Y2は、同年4月27日、宝屋創業家一族のIと共に宝屋の代表取締役に、被告Y4は取締役に、それぞれ就任している。(甲2、乙5)
エ プラコム及びA
プラコムは、日用品雑貨等の製造、販売及び輸出入等を目的とし、Aが平成15年5月以前から代表取締役を務める株式会社である(平成19年7月6日再生手続開始)。プラコムは、宝屋の重要な仕入れ先として、宝屋に対し多額の債権を有していた。(甲4、甲18、乙42)
Aは、後記(9)のとおり、平成18年3月ころから平成19年3月まで原告の筆頭株主であり、その後も、原告の大株主であった。(甲3、乙39、乙42)
なお、被告Y2は、平成13年11月から、プラコムのグループ会社である株式会社アジアビーアンドアールネットワークの代表取締役を務め、平成16年5月には、Aが筆頭株主であった株式会社東京衡機製造所(以下「東京衡機」という。)の取締役に就任し、平成18年6月29日、Aの推薦により原告の取締役に就任している。(甲6、甲32、甲33、被告Y2本人)
(2) 宝屋子会社化の端緒
平成18年夏ころ、原告において、宝屋を子会社化して同社の増資をすること(以下、宝屋の子会社化と同社に対する増資を総称して「本件買収」という。)が検討されるようになった。本件買収案件は、元取締役被告らの中でも被告Y2が主導した。(甲10)
(3) デューデリジェンスの実施
被告Y2は、平成19年1月17日の取締役会の了承の下、東京国際会計事務所の公認会計士Dに対し、宝屋の財務内容及び宝屋株式の評価に関する調査を依頼し、元取締役被告らを含めた当時の原告の取締役は、同年4月13日ころ、上記Dから、調査報告書(甲7。以下「D報告書」という。)を受領した。
D報告書においては、宝屋の財務内容について、帳簿上、既に2億2200万円の債務超過があり、さらに死蔵在庫等不良資産を考慮すればその額は2億5000万円ないし3億円に達するものと予想され、自力での早期再生はほぼ確実に無理な状態であること、商品の入出庫記録がなく、在庫の正確な受払い記録がないため、半期、期末の実地棚卸の結果に基づいて売上原価を求めるという丼勘定が行われ、商品コードの設定も確定しておらず、パソコン入力すらできない状態にあること等が指摘され、宝屋株式の評価について、時価純資産方式、類似業種比準方式、配当還元法、収益還元法、その他いずれの方法で評価しても0円である旨の報告がされた。(甲7)
(4) 本件買収案件に関する原告社内での議論
被告Y2は、平成19年4月16日、原告の経営会議において、宝屋に1億円の増資をしたいと提案したところ、D報告書を受領していた経理担当取締役のCからは、1億円程度の増資では宝屋の財務状況は改善されないこと、他方、原告の資金繰りに照らせば1億円の支出により資金ショートとなる危険性があること等を理由に、本件買収案件に反対であるとの意見が出された。これに対し、被告Y2らは、従前のOEM体制からの脱却のためには、販売会社である宝屋の子会社化により販路を得る必要があること等を理由に宝屋の買収を推進した。(甲42、証人C、被告Y2本人)
(5) 監査役会からの意見
常勤監査役E(以下「E」という。)を議長とする原告の監査役会は、平成19年4月27日、取締役会に対し、本件買収案件が債務超過会社の子会社化であることに鑑み、コンプライアンスの視点から、同案件が宝屋の救済を目的とするものではないこと、原告にとって宝屋の子会社化に伴う実益が具体的に見込まれること、宝屋の子会社化が原告の財務状況及び今後の増資等の資金調達計画に悪影響を与えるものでないことについて確認を求め、経営判断の視点から、宝屋の買収に当たって十分なデューデリジェンスが行われていないことを理由に、資料が十分でなく、買収の必要性、相当性について取締役の責任を問われるリスクがあることに危惧を示す意見書(甲8)を提出した。
(6) 平成19年5月1日の取締役会
平成19年5月1日、元取締役被告ら、C及びEら監査役3名が出席して開催された宝屋の子会社化を議題とする取締役会(以下「宝屋買収臨時取締役会」という。)においては、各取締役らに宝屋の平成19年度計画書及び同3か年事業計画等を含む被告Y2、同Y4及び宝屋のI作成の資料(甲9中の議事録に添付のもの。以下「本件取締役会資料」という。)が配布された。本件取締役会資料には、宝屋が「プラコムの支援で再建に取り組んでおり、膿をすべて出し切って再建スピードが上がる」段階にあるとの記載がされていた。(甲10)
宝屋買収臨時取締役会では、本件買収案件について、被告Y2から、宝屋を子会社化することにより、平成18年6月に原告がエヌエスジー株式会社(変更前の商号は「物産グラフトン株式会社」。以下「NSG」という。)を子会社化して獲得したグラフト重合法の特許を用いたグラフトン製品(商品名ブライトン)や、その他原告社内の開発グループの開発製品の販路を確保すると共に、その営業力を利用し、OEM体制からの脱却を目指すことができること、また、宝屋は債務超過状態にあることから、宝屋の株主から株式の無償譲渡を受けることについて合意を取り付けていることといった点について説明が行われた。これに対し、監査役会から、改めて、債務超過の状態にある宝屋を子会社化するにはリスクがあり、取締役会において、十分な検討の上での経営判断ができるのかとの疑問が呈され、取締役会として宝屋買収の必要性、相当性を市場に合理的に説明できるかどうかが肝要であるとの意見が出された。また、取締役会を欠席したBからは、1年後に再度分析し検討するのがよいといった意見が出され、Cも本件買収に反対したが、出席した取締役のうちCを除く元取締役被告ら全員が、宝屋株主から株式の無償譲渡を受けること及び譲渡後宝屋に対し第三者割当による1億円の増資を実行することに賛成したため、この点に関する議案が可決された。(甲9)
(7) 原告による宝屋の完全子会社化
上記(6)の取締役会決議を受け、原告は、平成19年5月1日、宝屋の創業者一族であるJ、I及びKから、宝屋の発行済み全株式を無償で取得して宝屋を完全子会社化し、同日付けで宝屋に対し1億円の増資を行った。(甲2、甲5)
(8) 宝屋によるプラコムに対する期限前弁済
宝屋は、上記(7)の増資を受けた同日、同金員等を源資とし、プラコム宛の支払期日が平成19年6月5日、同年7月2日、同年8月2日及び同年9月2日の約束手形計24通につき、総額1億3021万4501円の期限前弁済を行った。(甲11ないし13)
(9) 原告における支配権争いと元取締役被告らの退任
ところで、原告の支配権を巡っては、平成19年3月27日、原告の筆頭株主がAからドングー・エムアンドエフシー株式会社(大韓民国内に本店を置き、同国法に準拠して設立された株式会社。後に株式会社エムアンドエフシーに名称変更。以下「M&FC」という。)に移り、同年6月の定時株主総会(以下「本件株主総会」という。)の直前、原告においては、A及びA側に立つ元取締役被告らと、F(以下「F」という。)が理事会長を務めるM&FCとの間に熾烈な支配権争いが生じていた。M&FCは、元取締役被告らによる本件買収を問題視して、同月21日、東京地方検察庁に対し、A及び元取締役被告らを特別背任罪で刑事告訴した。(甲30、乙38、乙39)
そのような中、同年6月12日、元取締役被告らは、基準日後の取得となる新株全てについて本件株主総会における議決権行使を認める第三者割当増資の方式による大規模な新株発行を実施しようとしたが、これに反対するM&FCの申立てに基づき、当庁は、同月22日、同新株発行が、元取締役被告ら経営陣の支配権維持を主要な目的としてされたもので著しく不公正な方法によるものとして、これを仮に差し止める旨の決定をした。(甲14)
さらに、同日、M&FCと共同歩調を取るG(以下「G」という。)が元取締役被告ら及びCを債務者として申し立てた株主総会議長職務執行禁止仮処分申立事件において、本件株主総会の議事進行にあたり元取締役被告らが法令及び定款の遵守を確約する旨の和解が成立し、続いて、同月27日、被告Y1とM&FCのFは、サクラグローバルマネジメント株式会社のH(以下「H」という。)の仲介により、被告Y3及び被告Y2も立ち会って、翌28日に開催予定の本件株主総会における取締役の選任に関し、原告とM&FC双方が集めた委任状については、M&FCの修正提案を可決する旨の議決権行使を行い、A及びプラコムから各徴求した議決権行使委任状については、M&FCの常任代理人弁護士をして議決権行使をすることを認める旨の合意(乙2。以下「Y1F合意」という。)をした。また、Fらは、Hに宛て、和解が成立する限り、原告旧経営陣(元取締役被告ら)の責任を必要以上に追及することはしない旨の念書(乙4。以下「本件念書」という。)を提出し、さらに、同日、Hは、当時の原告代理人に対し、原告並びにM&FC及びGら原告の一切の株主において、元取締役被告らが取締役在任中にした経営判断に関し、民事、刑事その他一切の責任を追及しない、原告の株主から元取締役被告ら在任中の経営判断に関し、責任の追及があった場合には、原告、M&FC及びGは、共同して元取締役被告らのために行動する、元取締役被告らが損害賠償その他何らかの責任を負担するに至った場合には、H自らが一切の責任を肩代わりする旨の誓約書(乙3。以下「H誓約書」という。)を差し入れた。(甲28、甲29、乙2ないし4)
そして、同月28日の本件株主総会において、元取締役被告らを原告の取締役に再任する旨の議案が否決され、元取締役被告らは、同日をもって、原告の取締役を退任し、代表取締役に就任したBら2名のほか、新たに、GやFら5名が原告の新取締役に選任された。(甲1、甲17)
(10) 被告Y1の贈与
被告Y1は、本件株主総会直前の平成19年6月26日、別紙物件目録記載の自宅の土地の持分及び建物を被告Y6に贈与し、請求の趣旨掲記の所有権(持分)移転の登記手続をした。(甲15、16。以下「本件贈与」という。)
(11) プラコムの再生手続開始
上記(1)エのとおり、プラコムは、本件株主総会日の翌日である平成19年6月29日、東京地方裁判所に再生手続開始の申立てを行い、同年7月6日、再生手続開始決定を受けた。(甲18)
(12) 宝屋株式の手形不渡りと株式の無償譲渡
宝屋は、平成19年7月5日に手形不渡処分を受けたことから、原告の新取締役らは、原告の連結会計に与える重大な悪影響を回避するため、同年7月17日、同年5月1日に無償で取得した宝屋の発行済み全株式をI及びJに無償で譲渡した。(甲19ないし21)
(13) 宝屋の破産手続開始
宝屋は、上記(1)ウのとおり、平成19年8月10日、横浜地方裁判所において、破産手続開始決定を受けた。(甲2)
3 争点
(1) 本件買収に関する元取締役被告らの善管注意義務違反の有無
(2) 原告の損害及び元取締役被告らの善管注意義務違反と損害との間の因果関係の有無
(3) 本件贈与の詐害行為該当性
4 当事者の主張
(1) 争点(1)(宝屋の買収に関する元取締役被告らの善管注意義務違反の有無)について
ア 原告の主張
(ア) 善管注意義務違反
取締役は、会社に対して善管注意義務を負い、法令等に違反する行為を行った場合や取締役としての裁量を逸脱する経営判断を行った場合には、同義務違反となり、これによって会社が被った損害を賠償する責任を免れないところ、平成19年5月1日の宝屋買収臨時取締役会決議に基づく本件買収には以下のとおり法令違反及び裁量逸脱があり、元取締役被告らには善管注意義務違反がある。
a 法令違反(特別背任)
原告が宝屋に出資した1億円は、即日、プラコムを受取人とする宝屋振出の約束手形の期限前弁済に充当されているところ、本件買収において主導的な役割を担った被告Y2は、プラコムの代表取締役であるAの推薦によって、本件買収の直前に原告の取締役に就任し、そのプラコムは本件買収のわずか2か月後の平成19年7月6日に再生手続の開始決定を受けている。加えて、元取締役被告らがD報告書作成前の時点ですでに宝屋の子会社化を対外的に表明していたことや、被告Y2を中心とする元取締役被告らが、本件以前の平成18年8月にも、宝屋からプラコムに入金があるまでのつなぎ資金として、実質無担保で、プラコムに対し、約9000万円を融資していることなどに鑑みれば、元取締役被告ら、特にAと密接な関係にあった被告Y2は、宝屋の財務状況等にかかわらず、経営危機にあったプラコムが多額の融資をしている宝屋を上場会社の子会社にし、当該上場会社の資金によって宝屋のプラコムに対する債務を弁済し、プラコムに資金を環流させることを画策して、宝屋を原告の子会社にし、原告から宝屋に、プラコムの要請に基づく金額として1億円を出資したものといえる。元取締役被告らが、平成19年4月を「タイムリミット」として本件買収を進めていたのは、まさに、逼迫していたプラコムの資金繰りに関し、同月が「タイムリミット」であったからであり、繁忙期との関係で、本来は同年3月までに宝屋を子会社化する予定であったことから、同年4月を「タイムリミット」としていたとの主張は、D報告書が同月13日に作成されていることと矛盾する。なお、被告Y2が原告よりプラコムの利益を優先させていたことは、本件買収後、プラコムにおいて再生手続開始の申立てをすることを知った後の同年6月27日にも、宝屋をしてプラコムに対する支払をさせていることからも明らかである。
よって、元取締役被告らの行為は、特別背任に該当する。
なお、OEM体制からの脱却や販路の拡大といった宝屋子会社化の理由は、元取締役被告らの中でもAに近い被告Y2らが検討した一応の理屈に過ぎず、また、宝屋の業務改善についても、平成18年5月に行われた宝屋に対する最初のデューデリジェンスの結果を受け、宝屋の問題点を取り繕うため、主として本件買収後に行われたものに過ぎない。そもそも、デューデリジェンスにおいて、対象会社の問題点が指摘され、子会社とするに耐えないものであることが明らかとなった場合に、買い手側がその業務改善に当たるということは通常考えられず、この点からしても、元取締役被告らが、プラコム救済のため、他でもなく宝屋を子会社化することに拘っていたことが窺える。
b 裁量逸脱
取締役の経営判断が、その裁量を逸脱するか否かについては、取締役が経営上の措置を取った時点で、①その判断の前提となった事実の認識に重要で不注意な誤りがないこと、及び、②通常の企業経営者を基準として、意思決定の内容が特に不合理・不適切なものでないことを基準として判断されるべきところ(経営判断の原則)、元取締役被告らの行為は、以下のとおり明らかに裁量を逸脱している。
① 判断の前提となった事実認識に重要で不注意な誤りがあること
本件買収の対象となった宝屋は、前記第2の2(3)のとおり、D報告書において、約3億円の債務超過状態にあり、在庫管理すらできず、「自力での早期再生はほぼ確実に無理」な状態にあると指摘されていたのであるから、本件買収の投資リスクが著しく高いことは明らかであったといえ、元取締役被告らは、一般的な投資の場合と比して極めて慎重な情報収集及び分析を行うことが要求されていた。したがって、元取締役被告らとしては、本件買収案件におけるリスクの有無及び程度、リスクの軽減及び回避の方策並びにリターンの有無及び程度、すなわち、1億円の増資により宝屋の財務状況が改善しその経営が安定するのか、宝屋の買収ではなく子会社の新設や財務状況の良い他の会社の買収では販路の獲得という目的を達することができないのか、あるいはまた、宝屋を買収することで原告がどの程度具体的なリターンを得られるのかといった点について、情報収集及び分析を行うことが必要であった。
しかしながら、元取締役被告らは、本件買収案件を主導推進していた被告Y2作成の宝屋の事業計画を鵜呑みにし、その正当性、真実性及び実現可能性についての検証を行わず、資金繰表については、本件買収当時、合理的なものが存在したとはいえず、結局、宝屋は、本件買収からわずか2か月後の平成19年7月5日に手形の不渡りを出すこととなったのであり、元取締役被告らは、投資判断の前提となる情報の収集ないし分析を行わず、その他上記の各事項に関しても全く検討を行わなかった。
また、元取締役被告らは、宝屋の経営がプラコムに依存していることを十分に認識しており、プラコムが破綻すれば宝屋も破綻することになることを認識していたにもかかわらず、プラコムの財務状況やプラコムによる宝屋支援の継続可能性等について何らの検証もしなかった。
よって、本件買収の判断に当たり、元取締役被告らにおいて、同判断の前提となった事実認識に重要で不注意な誤りがあったことは明らかである。
② 意思決定の内容が特に不合理・不適切なこと
本件買収の当時、原告は4億円から6億円の資金調達が必要であり、平成19年6月には資金ショートを起こすことが想定されるなど、資金繰りが逼迫しており、1億円の出資が持つリスクは原告にとって極めて大きいものであった(このように資金ショートの可能性が生じたのは、株式会社村井に対する投資によるものであり、その意味で、元取締役被告らが、同会社に対する投資額をもって、宝屋に対する1億円の出資を相当と主張するのは失当である。)。にもかかわらず、元取締役被告らは、OEM体制から脱却するためには販路と営業マンを得ることが必要であるとの理由のみで、本件買収を行っており、通常の企業経営者であれば当然するであろう上記①の各事項について何ら検討していない。
元取締役被告らは、業績改善が見込まれる宝屋の子会社化により、その売上金を原告の運転資金として活用することもできたなどと主張するが、宝屋は、本件買収当時、極めて厳しい財務状況にあり、原告の出資により経営状況が改善するというよりは、むしろ、1億円の増資がなければ立ち行かなくなる状況にあったといえ、合理的な再建計画もなく、原告に対し、運転資金を供与するような余裕はなかった。すなわち、原告が宝屋を通じて販売することを検討していたブライトンは、サンワ株式会社(以下「サンワ」という。)の製品であって、原告はその原料であるグラフトンについて特許を有するに過ぎず、サンワと原告及び宝屋との間には何らの関係もなく、そのサンワも、プラコムの支援を受けていたものの平成19年11月に再生手続が開始されるなど脆弱な財務状況にあったことが窺われ、ブライトンの販売により、宝屋の業績改善が見込まれる状況にはなかった。また、宝屋の経営は、プラコムに大きく依存しており、加えて、プラコムと当時の原告との人的関係に鑑みれば、プラコムを仕入れから外して宝屋の利益率を上げるといったことも不可能であった。本件買収による連結決算の黒字化も、多額の債務超過にある宝屋を子会社化することにより、かえって原告から宝屋への資金流出が懸念されるのであるから、これをもって金融機関との関係が正常化されることにはならない。平成19年4月及び同年5月の宝屋の収支が黒字化していたといっても、約3億円の債務超過を解消するにはおよそ足りず、この点も、本件買収に係る経営判断の合理性を基礎付ける事情たり得ない。
資金繰りが逼迫しているのであれば、より慎重な判断が求められるというべきである。資金繰りが逼迫しているからといって、善管注意義務の程度が軽減され、十分な検討を行わずに、リスクの高い投資を行うことが許されるというものではない。
よって、元取締役被告らの意思決定は、通常の企業経営者を基準として特に不合理・不適切なものであるといえる。
なお、宝屋の倒産後、その元従業員が移籍したエス・エム・ジェイ株式会社(以下「SMJ」という。)第3事業部の業績が順調であり、株式会社ドン・キホーテ(以下「ドン・キホーテ」という。)との取引も再開しているということは、むしろ、宝屋ののれんには何の価値も無く、本件買収の必要性が低かったことの証左である。
③ 小括
よって、本件買収にかかる元取締役被告らの判断は、経営判断の原則に照らし、明らかに裁量を逸脱している。
c 任務懈怠の推定
被告Y2は平成19年4月27日に宝屋の代表取締役に就任しているから、本件買収における1億円の出資は利益相反取引に該当する。
したがって、本件買収にかかる取締役会決議に賛成した元取締役被告らには任務懈怠が推定される。
(イ) Y1F合意及びH誓約書
元取締役被告らは、Y1F合意や、Hが元取締役被告らの責任を免除する旨誓約したH誓約書をもって、本件訴訟の提起が不当であるかのような主張をするが、取締役の会社に対する責任を免除するためには総株主の同意が必要であるから、Y1F合意及びH誓約書は元取締役被告らの原告に対する責任との関係において何らの意味も持たない。
むしろ、元取締役被告らは、自ら協議を申し入れ、Y1F合意に当たり、本件買収に関する刑事告発を取り下げること及び元取締役被告らの法的責任を一切追及しないことを求めていたのであって、このことは、本件買収に関し、元取締役被告らが善管注意義務違反に基づく責任を追及されることを恐れていたことの証左である。なお、H誓約書については、原告はその作成に何ら関与しておらず、Hに対し何らかの権限を付与したこともない。
イ 被告らの主張
(ア) 善管注意義務違反
a 法令違反(特別背任)
元取締役被告らは、自己若しくは第三者の利益を図り又は原告に損害を加える目的を有したことはなく、また、任務違背行為を行っておらず、原告に財産上の損害も加えていない。
なお、原告が出資した1億円は、下記b③のとおり、期限前弁済ではなく、本来の支払期限を猶予するため複数回にわたって差し替えられた手形について、プラコムに対する弁済に充てられたのであり、本来の支払期限を相当期間徒過した後の正当な弁済であった。また、プラコムが再生手続開始の申立てをすることとなったのは、原告及び宝屋とは全く関係のない取引で得た手形が不渡りとなったためであって、本件買収に係る取締役会決議を行った平成19年5月1日当時、そのような突発的な経済事故は予想できるものではなかった。なお、同年6月27日付けの3401万1348円の送金は、プラコムその他数社に対する買掛金の支払として送金したものであり、これにより、宝屋は、仕入れを行った約1000万円分の輸入商品の引渡しを受けたのであって、同送金は適正な取引に基づく代金決済である。被告Y2が、上記の送金時に、プラコムの再生手続開始の申立てを知っていたということはない。
よって、元取締役被告らによる本件買収は特別背任行為に該当しない。
b 裁量逸脱
以下のとおり、元取締役被告らによる本件買収という経営判断に当たっては、十分な情報の収集、分析及び検討が行われ、事実認識に不注意な誤りはなく、また、当該事実認識に基づく意思決定の推論過程及び内容には合理性があり、元取締役被告らに裁量逸脱はない。
① 本件買収の必要性及び合理性
原告の資金繰りは平成17年9月ころから逼迫し、金融機関から新規融資を打ち切られるなどし、市場からの資金調達も困難となっていたところ、元取締役被告らは、原告の経営不振の原因が、部品供給先の好不況に左右され、中国等との価格競争から収益を上げることが困難となった原告のOEM体制と原告の完全子会社であるニッセイベトナムに対する約30億円にまで積み重なった投資と貸付にあると把握し、現状打開のためには、OEM体制からの脱却と販路の拡大による業績の向上、すなわち、原告が子会社化したNSGのグラフト重合法の特許を利用したグラフトン製品や原告社内の開発グループの開発製品の早期の販路拡大が必要であると考えた。
そこで、被告Y2は、原告の業績回復のために不可欠な販路拡大の方策として、グラフトン製品の納入先として有力なドン・キホーテ等を主力取引先とし、若く、仕事に対する熱意を持ち、取引先からの信頼が厚い営業マンを擁する宝屋の子会社化を推進することとした。宝屋については、すでに平成18年5月に販路拡大の検討に当たってデューデリジェンスが行われており、その後1年間、在庫管理等のシステムを稼働させるなどして業務の改善が図られ、上場会社の子会社となるに当たって不適当な部分の修正や不良在庫の処分を行ったため、D報告書に記載のとおり債務超過を増大させてはいたが、単年度収支については、子会社後初年度から黒字化が見込まれていた(なお、D報告書に、宝屋において、在庫管理ができていないと指摘されているのは、本件買収に当たり、宝屋の企業価値評価をできる限り低く抑えるべく、原告から、その改善について触れないよう依頼したからに過ぎない。)。元取締役被告らは、宝屋の子会社化について、取締役会及び経営会議で多数回協議を重ね、手堅く作成された宝屋の半期資金繰表等を検討し、宝屋の主力取引先であるドン・キホーテについては、株式会社フィデック(以下「フィデック」という。)に対する売掛債権譲渡による資金回収の前倒しが可能であり、加えて、原告が宝屋を子会社化することによる与信供給により、宝屋振出の手形で商品調達が可能になれば、その運転資金として、原告が出資する1億円以外には新規調達をしなくても資金ショートを生じることはなく、むしろ、出資金1億円をもって輸入品をプラコム経由で調達し、手形の支払期限までの間、フィデックを利用して早期の資金回収を図ることにより、宝屋の売上げを原告の運転資金として活用することもできると判断し、また、原告の子会社となることにより、信用力を得て輸入コードを取得するなどし、海外メーカーからの直接輸入を行い、それまでプラコム等に支払っていた輸入代行手数料を支払う必要がなくなって、利益率を向上させるなど、更なる黒字化、業績の改善も見込まれ、このように、黒字化が見込まれる宝屋の子会社化により連結決算を黒字化することができ、金融機関からの借入を再開することができる見込みがあるなどの利点があると考えた。
なお、宝屋の倒産後、宝屋元従業員が移籍したSMJ第3事業部がドン・キホーテとの取引も再開し、その経営が順調であることは、元取締役被告らの判断が相当であったこと、また、下記③のとおり、宝屋はプラコムの支援を受けてはいたが、プラコムが破綻すれば宝屋も破綻するという関係にはなかったことを裏付ける。
② 宝屋に対する1億円の出資の相当性
本件買収に当たっての宝屋への1億円という出資額は、宝屋の活用によるOEM体制からの脱却という本件買収の目的、原告の財務状況及び原告が再建スポンサーとなった株式会社村井に対する投資額に鑑みれば、過大とはいえず、相当であったといえ、M&FCにより差し止められた平成19年6月の新株発行により資金調達が行われていれば、同出資をもってしても、金融返済にも十分対応できた。
③ プラコムに対する弁済の必要性と本件買収との関連性
宝屋が、プラコムに対し、平成19年5月1日、期限前弁済を行った支払期限未到来の手形は、宝屋の信用不足により手形仕入れができない分をプラコムの仕入れとし、宝屋がプラコムを受取人として振り出した手形の支払期限を延長するなどして宝屋の資金繰りに協力していたプラコムが本来の支払期限を延長猶予し、複数回にわたって差し替えられたものであった。宝屋は、秋から年末に向けての繁忙期を控え、問屋から大量仕入れの必要が生じ、これに先立ち、プラコムから継続的な支援を受けるため、プラコムに対し、債務の相当額をいったん弁済して、プラコムに対する仕入れ枠、実質的にはプラコムの宝屋に対する貸付枠を拡大する必要が生じたことから、上記のとおり本来の支払期限を相当期間徒過した後に、原告から出資を受けた1億円をプラコムに対する弁済に充てたのであり、原告の出資金は、実質的には宝屋の商品仕入れ資金となった。上記①のとおり、原告が宝屋を子会社化する利点の一つとして、宝屋の業績を更に改善し、連結決算を黒字化することができるという点があったところ、元取締役被告らが、平成19年4月を1億円出資の「タイムリミット」としていたのも、本来同年3月までに子会社化する予定のところ増資に失敗したのであるが、宝屋を販売会社として有効活用するためには、上記繁忙期に向け、プラコムの輸入品調達力に頼るべくプラコムに対する債務を縮減し、宝屋に対して早期の、かつ、十分な商品発注を可能ならしめ、その業績向上に資する必要があったからであり、そのため出資と同日にプラコムに対する弁済が行われたに過ぎず、本件買収とプラコムに対する弁済との間に関連性があるわけではない。なお、D報告書については、子会社化が遅れる見込みとなり、直近報告が望ましいとして完成延期を依頼したため、同年3月ではなく、同年4月に作成されたに過ぎない。
④ 小括
以上のように、元取締役被告らは、十分な情報収集及び分析の上での事実認識に基づき、本件買収という経営判断を行ったもので、同判断の内容には合理性、相当性があり、裁量逸脱はない。
c 任務懈怠の推定
被告Y2が宝屋の代表取締役の地位にあったとしても、原告が宝屋に1億円の増資をして同額の資金を拠出した行為自体は、原告と被告Y2との間において利害の衝突を惹起すべき行為ではなく、利益相反取引に該当しない。
なお、宝屋買収臨時取締役会は、実際には、被告Y2が宝屋の代表取締役に就任するための役員登記手続の申請及び宝屋株式の譲渡契約の締結を行った翌日の平成19年4月27日午後に行われた。もっとも、その直後が休日であり、同年5月1日に増資払込等の手続が行われ、さらに、ジャスダック証券取引所との開示打合せが遅れ、取締役会決議の開示が同月2日となってしまったため、同議事録の作成日付を同月1日に修正した。
(イ) Y1F合意及びH誓約書
平成19年6月27日、Fらからの申入れにより、Hの仲介でY1F合意が成立し、さらに、同日、Hは、当時の原告代理人に対し、原告並びにM&FC及びGら原告の一切の株主において、元取締役被告らが取締役在任中にした経営判断に関し、民事、刑事その他一切の責任を追及しない旨を誓約したH誓約書を差し入れ、これらをもって、元取締役被告らとM&FCとの間の支配権争いは終結した。
にもかかわらず、原告は、証券市場及びジャスダック証券取引所に対し体裁を繕うために本件訴訟を提起したのであって、不当である。
なお、H誓約書について、原告は、Hに何らの権限も付与したことはなく知らないと主張するが、同日、HのほかFらも署名した、元取締役被告らの責任を必要以上に追及しないとの本件念書も作成されており、原告の主張は事実に反する。
(2) 争点(2)(原告の損害及び元取締役被告らの善管注意義務違反と損害との間の因果関係の有無)について
ア 原告の主張
(ア) 宝屋に対する増資 1億円
原告が出資した1億円は、宝屋の再建にとって意味のあるものではなく、プラコムに環流されるにとどまった。したがって、原告が1億円を出資した時点で、原告には1億円の損害が発生し、この損害と上記(1)ア(ア)の元取締役被告らの善管注意義務違反との間には因果関係がある。
その後、プラコムの経営破綻(再生手続開始申立て)によって被告Y2が作成した宝屋の事業計画が達成されないことが明白になり、平成19年7月17日、原告が宝屋の全株式をI及びJに無償で譲渡したことにより、会計的にも1億円の損失発生が確定した。
なお、元取締役被告らは、原告が運転資金を取り上げたことが宝屋倒産の原因であると主張するが、宝屋は原告が1億円を出資した同年5月1日の段階で3億円の債務超過会社だったのであり、上記のとおり、そのような会社に1億円の出資をした時点で、原告にはすでに1億円の損害が生じたといえる。さらに言えば、原告が宝屋の運転資金を取り上げたということはない。すなわち、同年6月27日、Y1F合意に当たって協議が行われた際、翌々日の同月29日にプラコムが再生手続開始の申立てをすることについて話題に上っていたにもかかわらず、同協議に立ち会った被告Y2は、同月27日、前払いの名目で宝屋の口座から3410万1348円(元取締役被告らの主張によっても、うち約2400万円)をプラコムに送金し、原告としては、被告Y2がAと共謀して資産隠しなどのために横領した可能性も否定できないと考え、連結対象である宝屋の資産保全のため、被告Y2に宝屋の預金通帳と印鑑を提出させたのである。その後、預金残高に相当する宝屋の取引先への支払は原告が宝屋に代わって行っており、このことが宝屋倒産の原因となったわけではない。
(イ) 外部調査委員会の報酬 300万円
原告は、平成19年7月17日、外部調査委員会を設置し、宝屋に対する増資の引受に関する元取締役被告らの責任の有無について諮問し、同年8月24日、同調査委員会は調査報告書を提出した(甲22、23)。同調査委員会の報酬は300万円であり、同報酬についても、上記(1)ア(ア)の元取締役被告らの善管注意義務違反と因果関係のある損害といえる。
(ウ) 弁護士費用 1107万円
本訴にかかる弁護士費用は1107万円を下らない。
(エ) 合計 1億1407万円
イ 被告の主張
いずれも否認ないし争う。
(ア) 宝屋に対する出資
原告が宝屋に出資した1億円は、上記(1)イ(ア)b①のとおり、元取締役被告らにおいて、その必要性、合理性があると考えて出資したものであり、上記(1)イ(ア)b③のとおり、子会社である宝屋のプラコムに対する正当な弁済に充てられたのであるから、原告に損害は発生していない。
なお、宝屋は増資後に倒産したが、その原因は債務超過ではなく、元取締役被告らの本件買収に係る経営判断と宝屋の倒産との間に因果関係はない。宝屋が1回目の手形不渡処分を受けたのは、M&FCが平成19年6月の第三者割当増資の方式による新株発行を差し止め、資金繰りに窮した原告が、残高約4000万円の宝屋名義の預金通帳と印鑑を取り上げて、宝屋の運転資金を原告の資金手当に流用した上、これを手形の支払期限である同年7月2日までに宝屋の銀行口座に返還しなかったためであり、同年8月2日に2回目の不渡処分を受けたのは、原告が、上記の通帳と印鑑を宝屋に返還することなく、さらに宝屋の小切手、手形帳をも取り上げて、その営業活動に支障が生じたためである。原告は、宝屋の取引先への支払は原告が代わって行ったなどと主張するが、結局は、手形での弁済を行っている。
(イ) その他
外部調査委員会は原告の顧問弁護士である原告訴訟代理人らによって構成されているところ、同委員会の活動は顧問業務の範囲内の活動であり、これについて別途報酬が発生したという主張は不当である。
(3) 争点(3)(本件贈与の詐害行為該当性)について
ア 原告の主張
被告Y1は、元取締役被告らが原告における支配権争いに敗れ、取締役を退任することになることが極めて濃厚になった平成19年6月26日に本件贈与をしているところ、本件贈与当時も現在も、本件土地建物を除いて他にみるべき資産がなく、にもかかわらず、債権者を害することを知りながら、取締役としての責任を追及された場合に備え、財産隠匿目的で被告Y6に本件土地建物を贈与した。
よって、本件贈与は詐害行為に当たる。
イ 被告Y6の主張
本件贈与は、婚姻後20年を経過し、長年の妻の貢献に対し、夫婦間の贈与特例、すなわち、婚姻期間20年以上の夫婦間の居住用不動産の贈与については贈与税がかからないという特例を利用して行われたものであり、債権者を害することを知りながら行われたものではない。贈与そのものを決めたのは登記がされた平成19年6月26日の約1年前であり、被告Y6が自ら登記手続を行ったため、時間を要したに過ぎない。なお、同日の時点では、支配権争いの行方は明らかではなく、H誓約書によれば、被告Y1は、取締役退任後直ちに原告の相談役に就任し、6か月以内に取締役に復帰するとされていたのであるから、被告Y1が原告における支配権争いに敗れ、原告から放逐されることになったことから本件贈与に及んだとの原告の主張は失当である。
よって、本件贈与は詐害行為に当たらない。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(宝屋の買収に関する元取締役被告らの善管注意義務違反の有無)について
(1) 認定事実
前記第2の2の争いのない事実等に加え、末尾括弧内の証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
ア 本件買収当時の原告の財務、経営状況
(ア) 原告の財務状況
原告は、平成10年以降、長期にわたって売上げの低減が続き、平成18年3月期に債務超過に陥り、金融機関からの融資を打ち切られ、約20億円の債務を抱えることとなった。同年6月の第三者割当増資で一時的に乗り切ったが、その後も金融機関からの本格的な融資の再開には至らず、市場からの資金調達もできず、平成19年3月期には営業利益を確保したものの、連結子会社であるニッセイベトナムの減損会計が適用されて利益を計上できず、同年6月には、本件買収を実行しない場合でも資金ショートを起こすことが想定され、4億円から6億円の資金調達が必要な状態であった。(甲9、甲10、乙42、乙43、被告Y1本人、被告Y2本人)
なお、平成19年3月13日には、投資事業組合に対する第三者割当による増資を取締役会において決議したが、これも、結局、中止となった。(乙34、乙35)
(イ) 原告の経営状況
原告は、平成18年6月、NSGを子会社化して、グラフトン製品(商品名ブライトン)に用いられるグラフト重合法の特許を獲得し、また、原告社内の開発グループにおいては、ワイヤレス式監視カメラやグラフトンを使用したファン式脱臭器などの開発を進め、平成19年当時、価格帯や仕様などを特定して商品設計に取りかかることができる状態にあった。(乙42、被告Y2本人)
イ 本件買収当時の宝屋の財務、経営状況
(ア) D報告書における評価
D報告書においては、前記第2の2(3)の指摘に加え、原告が宝屋を完全子会社とする場合には、連結対象となる以上、早急に在庫の厳正な棚卸しを行うと同時に、入出庫の継続記帳制度を導入し、正しい記録が行われるまでは、毎月末棚卸しを行うなどの施策が必要であり、また、貸借対照表における主要勘定の残高数値が決算日以降も定まらないなど、宝屋は自らの財務内容を把握しておらず、会計管理も一から構築する必要があるといった指摘がされた。(甲7)
他方、宝屋を買収する魅力については、ドン・キホーテ等に口座を有して、木工製品、軽家電、ハンガー及び収納ボックス等を納入しており、今後、原告が取り扱う商品の販路を確保することができるという点が挙げられている。しかし、これらの口座についても、原告が利用することでより有効な資産となりうるのであって、口座を有していること自体に営業権的な価値が認められるということではないとされている)。(甲7)
(イ) 平成19年4月から同年5月にかけての収支
宝屋は、平成19年4月1日から同年5月31日までの2か月間で、129万5450円の純利益を出した。(乙8)
(ウ) 平成19年4月から同年9月までの資金繰表
平成19年4月から同年9月までの資金繰表は2種類存在する。平成19年5月21日の日付が入った資金繰表(甲40。以下「資金繰表Ⅰ」という。)においては、同年4月の収支が319万2000円、同年5月の収支が629万円、同年6月の収支が-96万9000円、同年7月の収支が1117万8000円、同年8月の収支が-483万7000円、同年9月の収支が578万8000円とされ、同月時点での次月繰越が2868万7000円とされている。他方、平成19年12月14日の日付が入った資金繰表(乙9。以下「資金繰表Ⅱ」という。)においては、同年4月の収支が3184万4000円、同年5月の収支が-3548万6000円、同年6月の収支が1172万6000円、同年7月の収支が-26万1000円、同年8月の収支が2052万8000円、同年9月の収支が2916万3000円とされ、同月時点での次月繰越が9686万9000円とされている。いずれの資金繰表も、被告Y2とIが共同で作成した。(甲40、乙9、証人I、被告Y2本人)
(エ) 宝屋の経営状況
平成19年5月当時、宝屋の代表取締役であったIは、同年度の宝屋の売上げを約11億円と予想していた。しかし、宝屋は、自らの信用不足により手形仕入れができない部分をプラコムの仕入れとし、手形の支払期限までの間、ドン・キホーテに対する売掛債権をフィデックに売り渡して資金繰りに当てるなどし、主要仕入れ先であるプラコムの支援を受けてその経営を成り立たせており、同年5月の原告による増資がなければ、プラコムに対する年末以降の商品手配ができない状態にあった。また、宝屋の経営を抜本的に改善するためには、結局本件買収にかかる1億円の増資では足りず、上記Iは更に社屋の売却等も検討していた。(乙17、乙40、乙41、乙43、証人I)
(オ) 平成19年6月27日の送金
宝屋は、平成19年6月27日、プラコム等に対し、3410万1348円を送金した。(甲27、甲43、乙6の2)
ウ 本件買収当時のプラコムの財務状況
(ア) 平成18年8月貸付
原告は、平成18年8月ころ、取締役会の持ち回り決議で、プラコムに対し、宝屋を振出人、プラコムを裏書人とする手形を担保として、約9000万円を貸し付けた。同貸付については、会計監査人の指摘により、監査役会等による調査委員会が設置され、貸付の目的等について、被告Y2に対する事情聴取が行われ、被告Y2は、これをプラコムの取引先である宝屋からプラコムに入金があるまでのつなぎ資金の融資であると説明した。プラコムによる貸金の弁済は、弁済期限前に行われた。(甲41、甲42、証人E、被告Y2本人)
(イ) 再生手続開始申立てと平成19年3月期の純損失
前記第2の2(11)のとおり、プラコムは、本件買収の約2か月後の平成19年6月29日、再生手続開始の申立てをし、同年7月6日、同開始決定を受けたが、プラコム作成に係る同年10月29日付け再生計画案によれば、同年3月期には、10億1801万円の純損失を計上していた。(甲38)
エ 被告Y2及び同Y4とAとの関係
被告Y2は、本件買収の20年以上前からAと付き合いがあり、前記第2の2(1)エのとおり、平成13年11月から、Aが大多数の株式を保有するプラコムのグループ会社である株式会社アジアビーアンドアールネットワークの代表取締役を務めている。その後、平成16年5月には、Aの推薦により、Aが筆頭株主であった東京衡機の取締役となり、Aが原告の筆頭株主となった直後の平成18年4月に、やはりAの推薦により、原告の顧問、同年6月に原告の取締役に就任した。(甲6、甲32、甲33、乙42、乙43、被告Y2本人)
被告Y2は、東京都荒川区の自宅をプラコムの東京支店として使用させ、同宅に<省略>Malaysia Japan(<省略>・マレーシア・ジャパン)の頭文字を社名としたSMJの本店を置き、自ら同社の取締役を務めている。(甲31、甲36、甲44、甲45、被告Y2本人)
被告Y4は、本件買収の前後を通じてプラコムの従業員であり、宝屋の倒産後は、上記のプラコム東京支店に在籍し、併せて、SMJの取締役も務めている。(甲44、被告Y2本人)
オ 本件買収に至る経緯
(ア) 被告Y2が宝屋の経営に関与するに至った経緯
被告Y2は、平成17年夏ころ、上記エのとおりプラコムの従業員であり、販売面からプラコムの取引先である宝屋に助言をしていた被告Y4から、宝屋の業績が悪く、相談に乗って欲しい旨持ちかけられ、平成18年5月ころから、Iに助言するなどして、在庫管埋システムの導入など宝屋の経営改善に関与した。(乙43、証人I、被告Y2本人)
(イ) 平成18年5月のデューデリジェンス
被告Y2は、上記エのとおり、平成18年4月、原告の顧問に就任したが、前記第2の2(3)のデューデリジェンス以前にも、同年5月2日に東京衡機の取締役として東京国際会計事務所に宝屋のデューデリジェンスを依頼し、同月19日、東京衡機宛てとしてすでに案文が完成していた調査報告書(甲35)を、同月26日、原告宛てに変更させ(乙13)、デューデリジェンスの費用は原告が負担するようCに指示した。(甲34、甲35、甲42、乙13、乙42、証人C、被告Y2本人)
新たに原告宛てとされた調査報告書においては、宝屋では、平成17年度まで、在庫表及び棚卸し明細等の在庫金額に係る資料が一切作成されていなかったことなどが指摘されており、同報告書によれば、宝屋は、同年3月期には、約1億8400万円の当期損失、約2億4100万円の繰越損失を計上している。(乙13)
なお、当初の調査報告書の宛先であった東京衡機は、被告Y2がデューデリジェンスを依頼する直前の同年4月27日、中国現地法人の無錫三和塑料製品有限公司及び上海参和商事有限公司を子会社化している。(甲37)
(ウ) 原告社内での検討状況
被告Y3作成の備忘ノート(乙25)によれば、被告Y3は、原告において宝屋の子会社化が検討され始めたころの平成18年7月27日、プラコムとの間で、「宝屋の件」に関し、原告を含む再建計画を協議した。その計画とは、原告が、宝屋がプラコムから仕入れたクリスマス商品等を買い取り、百貨店等に販売するというものであった。(乙25の2、証人C)
被告Y3は、平成19年3月16日、元取締役被告ら、C及びEらに対し、以後経営会議を開催する旨通知し、同月19日、第1回会議が開催され、その後も、取締役会とは別に、過1回程度の頻度で経営会議が開催された。(乙18、乙19、乙27の3、被告Y1本人)
同年4月9日の経営会議及び同月16日の取締役会では、本件買収案件について、平成18年6月から課題とし、販路拡大施策の一つとして検討を重ねてきたが、平成19年4月中の判断が「タイムリミット」であるとして提案がされた。その理由としては、①従来から、ドン・キホーテに対し、原告が宝屋の親会社となる旨を説明してきているが、M&FC関係の記事が掲載されたことで、原告の説明に対する不信感が生じていること、②従来のデューデリジェンスにおいて宝屋の問題点として指摘された管理水準の向上の目途が4月中には立つこと、③サンワのコマーシャル開始に合わせ、ドン・キホーテ等にNSGの商品供給を開始したいこと、④原告の上期予算が前年度との対比で増額できず、ニッセイベトナムでの減損を踏まえ、上期四半期開示前に連結数字の底上げが必要であること、⑤2回目のデューデリジェンスに関するD報告書が1週間以内に提出される予定であることなどが挙げられた。そして、その具体的な計画として、従来は与信及び輸入運転資金による宝屋の収益改善の観点から2億円程度の出資を予定していたが、原告自身の資金状況に鑑み、1億円の出資とすることとされ、同月25日を増資の期日とする具体的な日程案等が検討され、同月から同年6月にかけ、被告Y2が宝屋に詰め、管理体制を構築することとされた。なお、同年5月18日及び同月24日には、在庫管理システムの導入に関し、被告Y2とIが電子メールでやり取りをしている。(乙14、乙15、乙20ないし23、乙27の3)
同年4月27日の臨時取締役会においても、本件買収案件が検討され、本件取締役会資料と同じ資料が配付された。(乙24、乙27の3)
そして、前記第2の2(6)のとおり、同年5月1日の宝屋買収臨時取締役会において、本件買収の議案が承認可決されたが、その開示は、1日遅延し、同月2日に行われた。(乙33)
カ 外部調査委員会による被告Y1に対する事情聴取
原告は、平成19年7月17日、本件買収に関する元取締役被告らに対する責任追及のため、外部調査委員会を設置した。同委員会は、同月30日、被告Y1に対し、本件買収当時の状況を聴取するため、その出頭を求めると共に、取締役としての善管注意義務違反に基づき、原告に対する損害賠償責任が認められる可能性が高いと考えているとした上で、被告Y1において、原告が被った損害の全部又は一部を自主的に返納する意思があるか否かについての回答を準備するよう求めた。(甲22、甲23、甲46)
被告Y1は、上記出頭要請を受け、同年8月9日、上記調査委員会委員の大塚和成及び西岡祐介から聴取を受け、本件買収に関し、買収対象としては、宝屋以外の他社を検討したことはなかったこと、出資額が1億円に決まった経緯については関知していないこと、プラコムの宝屋に対する支援の継続可能性については検討しなかったこと、被告Y2が作成した本件取締役会資料、特に、被告Y2及びIが作成した宝屋の事業計画については、その実現可能性を検討しなかったこと等を述べた。(甲10)
(2) 被告Y2及び同Y4の善管注意義務違反の有無
ア 善管注意義務違反
取締役は、会社の経営に関し善良な管理者の注意をもって忠実にその任務を果たすべきものであり(会社法330条、民法644条)、その任務を怠った場合には善管注意義務違反として、これにより会社に生じた損害を賠償する責任を負うところ(会社法423条1項)、その任務には、法令を遵守して職務を行うことも含まれる(会社法355条)。
もっとも、取締役の経営判断に基づく施策が結果的に会社に損害をもたらした場合であっても、そのことから直ちに取締役が必要な注意を怠ったと断定することは相当でなく、実際に行われた取締役の経営判断そのものを対象として、その前提となった事実の認識について不注意な誤りがあったかどうか、また、その事実に基づく意思決定の過程、内容が会社経営者として著しく不合理なものであったかどうかという観点から審査を行うべきである。そして、前提となった事実認識に不注意な誤りがあり、又は、意思決定の過程、内容が著しく不合理であったと認められる場合には、その取締役の経営判断は、許容される範囲を逸脱したものとして、善管注意義務に違反するものというべきである。
イ 任務懈怠の推定
原告は、前記第2の4(1)ア(ア)cのとおり、被告Y2が平成19年4月27日に宝屋の代表取締役に就任していることから、本件買収が、会社法356条1項2号の利益相反取引に該当し、本件買収にかかる取締役会決議に賛成した被告Y2以外の元取締役被告らには、任務懈怠が推定される(会社法423条3項3号)旨主張する。
会社法365条1項が同法356条1項の規定する会社と取締役との間の取引、会社が取締役の債務を保証するなどの利益相反取引について取締役会の承認を要する旨定めているのは、そのような取引が会社の利益を害する可能性が高いことに照らして、その取引の手続を厳格にすることを定めたものと解されるところ、被告Y2が、前記第2の2(1)イ及び同ウのとおり、本件買収当時、原告及び宝屋双方の取締役の地位にあったことに照らせば、宝屋に1億円の出資をして行う本件買収は、原告に不利益な結果を生じさせる危惧を抱かせるものであるといえる。
しかし、会社組織のあり方は多様となっており、子会社や関連会社との間での取引等を想定すると、取締役を兼任する会社同士の取引も決してまれな事態ではない。子会社化を前提とした組織体制を前倒しして親会社となる会社の取締役が子会社となる会社の取締役に就任し、その後になって、両会社間で親子会社に関する取引が行われたからといって、それが会社法の制限する利益相反取引に当たるものとはいえない。
これを本件についてみるに、原告においては、前記第2の2(2)のとおり、被告Y2が本件買収案件を主導していたが、被告Y2は原告の代表取締役の地位にあった者ではない。そして、証拠(甲2、乙21、証人I)によれば、宝屋においても、主として原告との交渉に当たったのは、本件買収直前の平成19年4月27日まで宝屋の代表取締役であったIの父、Jであり、同日以前には、被告Y2は宝屋の取締役ですらなかったのであって、こうしたことからみると、本件買収が具体化したことを受け、同被告は、同日、原告の完全子会社となる予定の宝屋の代表取締役に前もって就任したものと考えられる。以上によれば、被告Y2が原告あるいは宝屋において自ら取引行為を担当したとはいえず、本件買収は、原告と被告Y2との間の利害の衝突を惹起すべき取引には当たらないというべきである。
よって、本件出資が同項の利益相反取引に当たるとの原告の主張は採用できず、この点に関する被告Y2のその余の主張について判断するまでもなく、元取締役被告らに任務懈怠が推定されるというものではない。
ウ 法令違反
原告は、前記第2の4(1)ア(ア)aのとおり、本件買収は、Aが代表取締役を務めるプラコムの経営危機を救うべく、被告Y2が中心となり、元取締役被告らが、プラコムが多額の融資をしている宝屋を原告の子会社とし、原告の資金によって宝屋のプラコムに対する債務を弁済し、同資金をプラコムに環流させることを目的として行ったもので、1億円の出資は、元取締役被告らが第三者の利益を図る目的をもってした任務違背行為に基づくものであり、会社法960条1項の特別背任行為に当たると主張する。
確かに、原告による増資の後、宝屋は即座にこれをプラコムに対する債務の弁済に充てており、また、プラコムは、上記(1)ウ(イ)のとおり、平成19年3月期に10億円余の純損失を計上していたもので、本件買収当時、厳しい財務状況にあったと認められるところ、プラコムの従業員である被告Y4及びプラコム代表取締役Aと緊密な関係にある被告Y2においては、こうしたプラコムの財務状況を相当程度把握していたものと推認される。加えて、上記(1)オ(ウ)のとおり、元取締役被告らは、宝屋の子会社化以外にも、宝屋が仕入れた商品を原告が買い取って販売することなどを検討しており、宝屋の救済を通じて、その主要仕入れ先であるプラコムを救済する方策を検討していたことも窺われる。
しかしながら、そもそも、宝屋に対する出資金の1億円については、本件買収を検討していた時点から、プラコムに対する買掛債務の弁済に充てることが予定されていたことについて争いはないところ、証拠(乙7、乙41、乙43、証人I、被告Y2本人)によれば、同弁済は、手形上の支払期限前の弁済ではあるが、年末の繁忙期に向け、宝屋のプラコムに対する仕入れ枠、実質的にはプラコムの宝屋に対する貸付枠を拡大する必要性があったために行われたと認められ、このように出資金の1億円が即座にプラコムに対する弁済に充てられたことについては、その後の宝屋の仕入れを可能にし、その経営の継続に必要なものとして、一定の合理性があったと認められる。また、上記(1)オ(ウ)のとおり、宝屋に対する出資金は当初2億円程度と予定されたものの、原告自身の資金状況に鑑み1億円に変更されたのであるが、その金額の決定に宝屋が関与したものとも、また、財務状況が悪化していたプラコムの都合により同金額が決定されたとも認めるべき証拠はない。さらに、同年4月が本件買収の「タイムリミット」とされたことについては、D報告書が同年4月に作成されているとはいえ、宝屋にとっては、繁忙期に向けた仕入れ枠拡大のため、同年4月ないし5月までにはプラコムに対し一定額を弁済する必要があったと認められることに加え、上記(1)オ(ウ)のとおり、サンワのコマーシャル開始と時期を同じくし、グラフトン製品の供給を開始するのに適した時期であったことといった理由が認められることに照らせば、「タイムリミット」がもっぱらプラコムの資金繰りとの関係で設定されたとまで認めることはできない。
以上に加え、下記エのとおり、OEM体制からの脱却や販路の拡大、そして金融機関等からの融資再開の期待といった宝屋子会社化の理由そのものに一定の合理性が認められることからすれば、上記(1)エのとおりの被告Y2及び同Y4とAとの関係や、上記(1)オ(イ)のとおり、被告Y2が、本件買収に先立つ平成18年5月に、東京衡機の取締役として宝屋のデューデリジェンスを依頼しながら、これを原告宛に変更させたこと、宝屋が本件買収後の平成19年6月27日にもプラコム等に約3410万円を送金していることなどを併せ考慮しても、プラコムに1億円を環流させ、その利益を図ることが本件買収の主たる動機であったとまでは認め難く、1億円の出資がプラコムの利益を図る目的をもって行われたとまで認めることはできない。
よって、被告Y2及び同Y4について、宝屋に対する1億円の増資がもっぱらプラコムに資金を環流させる目的をもってした特別背任行為にあたると認めることはできず、この点に関する原告の主張を採用することはできない。
エ 裁量逸脱
(ア) 上記アのとおり、取締役の経営判断の当否が問題となった場合については、実際に行われた取締役の経営判断そのものを対象として、その前提となった事実の認識について不注意な誤りがあったかどうか、また、その事実に基づく意思決定の過程、内容が会社経営者として著しく不合理なものであったかどうかという観点から検討すべきものである。
(イ) 宝屋の財務状況の認識に関する不注意の有無
本件買収の対象である宝屋の財務状況については、上記(1)オ(ア)のとおり、その主要仕入れ先であるプラコムの従業員であり、宝屋に販売面から助言をしていた被告Y4及び、被告Y4が宝屋に紹介し、その後、主としてシステム面から宝屋の経営改善に関与していた被告Y2は、Iと共に宝屋の平成19年度計画書及び同3か年事業計画等を含む本件取締役会資料を作成し、また、2回にわたってデューデリジェンスを行うなどして、十分に把握していたと認められる(なお、資金繰表Ⅱについては、下記のとおり、極めて実現性の低い利益率の向上等を前提としている点で信用性に乏しく、証人E及び同Cの各供述によれば、少なくとも、これが宝屋買収臨時取締役会において示されたことはなく、後に、Eらの要請を受け、資金繰表Ⅰが作成、提示されたと認められるが、この点は、上記認定を覆すものではない。)。
(ウ) 宝屋の財務状況の認識に基づく判断の当否
宝屋の財務、経営状況としては、D報告書において指摘されているとおり、約3億円に達する債務超過にあり、在庫管理等のシステム化が不十分な状態にあったと認められるが、他方、上記(1)イ(ア)及び同(イ)のとおり、ドン・キホーテ等に販路を有し、平成19年4月にはその収支が黒字に転じていたと認められる。また、前記第2の2(3)のとおり、D報告書において、在庫管理の不備が指摘されている点については、その改善を被告Y2らにおいて意図的に秘匿させたと認め得る証拠はなく、平成18年5月のデューデリジェンスの後、速やかに改善されていたとはいえないが、その後、上記(1)オ(ア)のとおり、被告Y2がその改善について助言し、経営会議において、平成19年4月から同年6月にかけ、被告Y2が宝屋に詰めて管理体制を構築する旨予定されているとおり、本件買収後、被告Y2とIとの間で電子メールのやりとりをするなどして本格的に取り組んだものと認められる。このような宝屋を、社内の開発グループにおける開発商品については、例えば、監視カメラについて、証拠(乙21)によれば、本件買収直前の時期においても、「積極的に検討を続ける」程度の開発状況にとどまっており、上記(1)ア(イ)のとおり、即座に流通に乗せることができる状態にあったとは認められないが、すでにNSGを子会社化していた原告が、サンワの商品ではあるが、自らが特許を有するグラフトン製品について独自の販路を確保することによりOEM体制から脱却し、さらに、連結での損益計算を改善して銀行融資の再開を目指すなどといった観点から、自らも厳しい財務状況の中、1億円を出資して子会社化することについては、そのリスクは否定できず、堅実性に欠けるとはいえるものの、その後のSMJ第3事業部の業績に鑑みても、これを経営判断として著しく不合理であるとまで断ずることはできない。
なお、上記(1)オ(イ)のとおり、被告Y2は、東京衡機の取締役として、平成18年5月に宝屋のデューデリジェンスを依頼し、調査報告書の宛名を原告に変更させてから、上記(1)ウ(ア)の貸付に関しても、宝屋を原告の販売政策上必要となる会社であると説明するなどし(甲41)、その後、自ら宝屋の在庫管理システム等の改善について助言し、上記(1)オ(ウ)のとおり、早い段階から、宝屋の従業員をして対外的に原告の子会社となる予定である旨表明させるなど、子会社化の対象として専ら宝屋にのみ焦点を当てて販路の拡大等を目指していたと認められる。また、確かに、東京衡機という別会社の取締役として依頼したデューデリジェンスを原告宛に変更させたことについては、上記(1)オ(イ)のとおり、東京衡機が同デューデリジェンスの直前に中国の現地法人2社を子会社化していることに鑑みれば、東京衡機として現実的に宝屋の子会社化を検討していたというよりは、被告Y2において、親会社が原告であれ東京衡機であれ、宝屋をその子会社とすることを目論んでいたことを窺わせる。そうすると、経営手法としては、このように子会社の対象を宝屋に絞るよりは、複数の侯補を挙げ、債務超過になく、また、経営改善等の必要のない販売会社を子会社化することを選択する方が好ましかったとはいえるが、他方で、上記(1)オ(ア)のとおり、被告Y2は平成17年夏ころから、被告Y4はそれ以前から宝屋の財務、経営状況をよく知り、その業務改善に当たり、その上で、宝屋を原告の子会社化の対象とするという判断をしたともいえるのである。そうしてみると、上記のとおりの経緯や子会社化の対象を宝屋に絞ったことのみをもって、本件買収という意思決定を行うに当たっての過程が著しく不合理であるとまでいうことはできない。
(エ) 宝屋のプラコムに対する依存度及びプラコムの財務状況の認識に関する不注意の有無
宝屋は、宝屋自身の財務、経営状況はもとより、上記(1)イ(エ)のとおり、ドン・キホーテ等を主要な取引先として早期に売掛債権の回収を図り、これを主要仕入れ先であるプラコムに振り出した手形の支払期限までの間、資金繰りに当てることによって運転資金を確保していた。すなわち、証拠(甲7、乙17、乙43、証人I、被告Y2本人)によれば、宝屋は、プラコムの多大な支援をもってその経営を成り立たせており、その結果、平成18年12月末時点での宝屋の支払手形残高2億8501万円余のうち、プラコムに対する支払手形残高は2億5222万円余と総額の88パーセントを占めるに至っていることが認められ、被告Y2及び同Y4自身が作成した本件取締役会資料にも、前記第2の2(6)のとおり、「プラコムの支援で再建に取り組んでおり、膿をすべて出し切って再建スピードが上がる」段階にあると記されているとおり、プラコムの安定的かつ継続的な支援なくしてその経営は成り立たない状態にあったことは明らかである。そうであるとすれば、プラコムを仕入れから外して宝屋の利益率を上げ、更なる黒字化を図るといったことはおよそ不可能であったというべきであって、そうした角度からみると、本件買収そのものの合理性に疑問が生じるだけではなく、そもそも本件買収という経営判断に当たっては、宝屋の今後の経営安定化という観点から、その支援を行うプラコムの財務、経営状況に関する調査及び分析が不可欠であったことは明らかである。とりわけ、Aと20年以上の付き合いがあり、プラコムのグループ会社の代表取締役を務めるなどしていた被告Y2及び、プラコムの従業員である被告Y4においては、同人らが原告の取締役に就任した直後の平成18年8月に、上記(1)ウ(ア)のとおり、原告からプラコムに対しつなぎ資金の融資を行うなど、本件買収当時のプラコムが厳しい財務状況にあることを認識し、その詳細を調査し得る立場にあったのであるから、この点に関する調査及び分析を行い、プラコムによる支援の継続可能性を検証しなければ、遡って、宝屋の事業計画等についても、その実現可能性を十分に検討したということはできない。
以上のとおり、被告Y2及び同Y4が宝屋以外の選択肢を検討しなかったことをもって直ちにその経営判断が著しく不合理であったとはいえないけれども、上記のような宝屋のプラコムに対する依存度を考慮すると、宝屋の買収という経営判断の合理性を検討する上では、前提としてプラコムによる宝屋への支援が以後どの程度確実に期待することができるのかという点についての調査及び分析が不可欠であり、その結果、プラコムによる継続的な支援が期待できず、あるいは、プラコムの財務状況等に関する踏み込んだ情報収集が被告Y2らの立場をもってしても困難であるというのであれば、宝屋以外の選択肢を検討するのが当然に期待されていたといえる。それにもかかわらず、被告Y2は、Aが東京衡機と原告の大株主であったことから、プラコムの経営不振を疑った経緯はなかった旨供述しており(被告Y2本人)、本件において、被告Y2及び同Y4はこの点についての調査及び分析を全く行っていなかったことが明らかである。
(オ) 以上によれば、被告Y2及び同Y4は、本件買収という経営判断の前提として、宝屋のプラコムに対する依存度を踏まえたプラコムの財務状況に関する事実認識の前提となるその調査及び分析を十分に行わなかったという点において、不注意な誤りがあったというべきであり、善管注意義務違反があったものと認められる。
(3) 被告Y1、同Y3及び同Y5の善管注意義務違反の有無
ア 任務懈怠の推定及び法令違反
被告Y1、同Y3及び同Y5について当然には任務懈怠が推定されないことは上記(2)イのとおりであり、また、プラコムとの関係が被告Y2及び同Y4と比較して稀薄な被告Y1、同Y3及び同Y5において、特別背任行為があるとはいえず、法令違反が認められないことは明らかである。
イ 裁量逸脱
そこで、裁量逸脱による善管注意義務違反の有無について検討するに、上記(2)エのとおり、被告Y2らから提供された宝屋の財務、経営状況に関する情報のみをもって本件買収に至ることそれ自体については、経営判断として著しく不合理であるとまではいえない。しかし、被告Y1らは、そもそも、本件買収案件を主導する被告Y2らが提供する情報にのみ依存して本件買収の意思決定を行っているのであって(被告Y1本人)、とりわけ、前記第2の2(5)の監査役会意見書(甲8)において、監査役会から、宝屋は、上記(1)ウ(ア)の平成18年8月貸付時にも問題となっており、D報告書の前提となったデューデリジェンスは、会計デューデリジェンスとして、宝屋による回答内容の信憑性の検討、現金預金、有価証券の実査、債権債務等の相手方への確認等が行われていないため、その内容の正確性が担保されておらず、ビジネスデューデリジェンス及び法務デューデリジェンスは一切行われていないのであるから、宝屋の買収という経営判断に当たっての資料としては不十分であるというほかなく、買収の必要性、相当性について取締役の責任を問われるリスクがあるとの厳しい意見を突き付けられているにもかかわらず、これらの調査及び分析、検証を補うことなく本件買収に至ったもので、宝屋について、中立的、第三者的な立場からの財務、経営状況等の把握、将来性等の検討が不十分であったといわざるを得ない。実際、被告Y1自身、責任追及を前提とした外部調査委員会による事情聴取及び本人尋問において繰り返し供述するとおり、宝屋がプラコムから多大な支援を受け、その経営がプラコムに依存していることを十分知り、前記第2の2(6)のとおり、その旨明記された本件取締役会資料をもって本件買収に係る議案に賛成したにもかかわらず、プラコムの宝屋に対する支援の継続可能性について、裏付資料の提出を求めるなどの調査、検討を一切行っていないのである(なお、被告Y1が外部調査委員会の事情聴取の際には迎合的な発言をする可能性がないではないことを考慮しても、上記認定を妨げない。)。
以上によれば、被告Y1、同Y3及び同Y5についても、本件買収という経営判断に当たっての事実認識の前提となる調査及び分析を十分に行わなかったという点において不注意な誤りがあったというべきであり、善管注意義務違反があったものと認めるのが相当である。
(4) Y1F合意及びH誓約書
前記第2の2(9)のとおり、平成19年6月27日、被告Y1とFは、Hの仲介により、本件株主総会における取締役の選任に関し、M&FCの修正提案を可決する旨の議決権行使を行う旨のY1F合意に達し、また、Fらは、Hに宛て、原告旧経営陣(元取締役被告ら)の責任を必要以上に追及することはしない旨の本件念書を提出したことについては当事者間に争いがない。
しかしながら、取締役の会社に対する責任を免除するためには総株主の同意が必要である上(会社法424条)、Y1F合意の内容自体、当初の合意書案(乙1)に含まれていた、M&FCにおいて元取締役被告らの法的責任を追及しない旨の条項が削除されていることからすれば、同合意が元取締役被告らの任務懈怠責任を追及しない旨約したものでないことは明らかである。
また、本件念書においても、元取締役被告らの責任を「必要以上に」は追及しない旨約されているに過ぎず、Y1F合意又は本件念書をもって、Fらが元取締役被告らの責任を追及しない旨約したとは認められない。
なお、H誓約書の作成について、原告が、Hに対し、何らかの権限を付与していたと認めるに足りる証拠は全くない。
よって、Y1F合意、本件念書又はH誓約書の存在をもって本件訴訟の提起が不当であるとする元取締役被告らの主張はいずれも理由がなく、採用することはできない。
(5) 小括
以上によれば、平成19年5月1日の宝屋買収臨時取締役会決議に基づく本件買収について、元取締役被告らは、いずれも善管注意義務違反に基づく責任を免れない。
2 争点(2)(原告の損害及び元取締役被告らの善管注意義務違反と損害との間の因果関係の有無)について
(1) 認定事実
前記第2の2の争いのない事実等及び上記1(1)の認定事実に加え、末尾括弧内の証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
ア 本件買収後の宝屋の財務、経営状況
(ア) 平成19年6月27日の送金と宝屋の預金通帳及び印鑑の交付
宝屋は、平成19年6月27日、プラコム等に対し、3410万1348円を送金し、これを受け、新たに原告の代表取締役に就任したBは、同月28日、宝屋に対し、預金通帳と印鑑の提出を求め、宝屋は残高約4000万円の預金通帳と印鑑を提出した。(甲27、甲43、乙5、乙6、乙43、証人西岡、証人I、被告Y2本人)
その後、原告は、宝屋の債権者に対し、自ら振り出した手形により弁済した。(乙5、証人E)
(イ) 手形不渡処分
宝屋は、平成19年7月5日、1回目の手形不渡処分を受け、その後の同年8月2日、2回目の手形不渡処分を受けた。(甲19、乙6、証人I)
イ 本件買収後のプラコムの財務、経営状況
プラコムの作成に係る平成19年10月29日付け再生計画案によれば、プラコムが同年6月29日に再生手続開始の申立てに至った直接の原因は、同月15日、プラコムの主力顧客の株式会社ケイ・アイ・ディーが手形不渡処分を受けて倒産したため、2億5500万円の損失を受けたことにあるが、もともとプラコムは、サンワや宝屋に対する再生支援活動の失敗による未回収債権が3億5000万円に及ぶほか、リサイクル事業での損失が3億8000万円、中国での投資損失が3億円に及んでいるなど、その財務状況は著しく悪化していた。このような財務状況の下で、プラコムは、その資金不足を手形の繰り回しやAの持株を担保とする融資によって賄ってきたものの、こうした投資の失敗や散漫経営により財務状況が慢性的に脆弱であったため、主力顧客の倒産による打撃を克服できないまま、支払手形の決済不能、仕入れ債務の支払い不能に陥り、再生手続を選択せざるを得ない状況に陥ったものである。(甲38)
プラコムは、同年12月18日、再生計画認可決定を受けた。(甲39)
(2) 原告の損害
ア 上記の認定事実によれば、宝屋に対する1億円の増資のわずか約2か月後の平成19年6月29日、宝屋を支援していたプラコムが再生手続開始の申立てを行い、プラコムにおいて以後、宝屋を支援することができない状況となり、また、同年7月5日には宝屋が手形不渡処分を受けて倒産に至ることが必至の状況となったため、前記第2の2(13)のとおり、同月17日に原告が宝屋の全株式をI及びJに譲渡することを余儀なくされ、グラフトン製品等の販路として宝屋を確保し、OEM体制からの脱却を図るという原告の計画が頓挫し、1億円の増資が無益に帰し、損害の発生が確定的となったといえる。
イ 元取締役らの善管注意義務違反と損害との間の因果関係の有無
そこで、次に、上記1(2)及び同(3)の元取締役被告らの善管注意義務違反と上記損害との間の因果関係の有無について検討する。
宝屋が上記のとおり平成19年7月5日に1回目の手形不渡処分を受けたのは、これに先行するプラコムの再生手続開始の申立て、あるいは、宝屋の従前の債務超過に直接的に起因するものではなく、証拠(乙5、乙6、証人I、被告Y2本人)によれば、上記(1)ア(ア)のとおり、原告が、宝屋に対し、その預金通帳と印鑑を提出させながら、宝屋振出の手形の決済に充てなかったことに起因するものと認められる。
しかしながら、上記1(2)エのとおり、宝屋の経営は専らプラコムの支援に依存していたことに照らすと、プラコムが倒産し、宝屋の支援を継続できなくなった場合には、上記1(1)ア(ア)のとおり、原告も同年6月には4億円から6億円の資金調達が必要な状態であって、およそ宝屋を支援する余力があったとはいえないのであるから、手形の支払期限まで猶予されていた資金繰りが不可能となり、宝屋も倒産することが不可避になることは明らかであったと推認される。にもかかわらず、上記1(2)及び同(3)のとおり、本件買収の当時、元取締役被告らは、善管注意義務に違反し、被告Y2及び同Y4以外の元取締役被告らであっても容易に閲覧可能なプラコムの計算書類等すら検討することなく、本件買収に当たり、プラコムの財務、経営状況に関する調査や分析を一切行うことも、これを試みることすらなかったと認められる。そして、プラコムが再生手続開始の申立てをするに至った直接の原因は、上記(1)イのとおり、本件買収後の同年6月15日、プラコムの主力顧客が手形不渡処分を受けたことにあるとしても、それ以前から、プラコムは、手形の繰り回しや代表取締役を務めるAが自己の持ち株を担保に金融機関から融資を受けるなどして、多額の損失を計上しながら資金繰りを行うという脆弱な財務状況の下での逼迫した経営状態にあったのであって、そうであるとすれば、本件買収に先立つ時点でプラコムの財務状況を相当程度把握し得る立場にあったと推認される被告Y2及び同Y4のみならず、その他の取締役被告らにおいても、宝屋に1億円の増資をするにあたり、その善管注意義務を果たして十分かつ慎重な調査及び分析を行えば、プラコムの財務・経営状況が慢性的に脆弱で逼迫した状態にあり、従って、宝屋に対するプラコムの安定的かつ継続的な支援を期待することはおよそ困難であったことを認識することができたというべきである。
以上によれば、元取締役被告らにおけるプラコムの財務、経営状況に関する調査及び分析の不足の結果、同社の財務・経営状況の判断を誤り、その結果、同社の支援に依存する宝屋の財務・経営状況の判断を誤り、原告による本件買収が選択されるに至ったというべきであるから、こうした善管注意義務違反と、上記アの原告の損害との間には相当因果関係があると認めるべきである。
(3) 損害の範囲
次に、上記(1)アの損害のほかに、元取締役被告らの善管注意義務違反と因果関係ある損害の範囲について検討する。
ア まず、原告は、外部調査委員会に対する報酬300万円が相当因果関係のある損害に当たると主張し、上記1(1)カのとおり、原告が本件買収に関する元取締役被告らに対する責任追及のため外部調査委員会を設置したことが認められるが(甲22)、その報酬額が300万円であったとの証人Cの証言には裏付けがなく、他にこれを認めるに足りる証拠はないのみならず、原告の固有の機関ではなく、外部調査委員会を新たに設置した主たる理由は、原告の新取締役らが本件株主総会における委任状合戦の結果、新たに就任したものであることから、公正性・透明性の確保のためとされており(甲22)、単なる原告側の内部事情によるものであることに照らすと、その調査に要したという報酬額をもって元取締役被告らの善管注意義務違反との間に相当因果関係のある損害と認めることは困難と言うべきである。
イ 他方、原告が元取締役被告らに対する損害賠償請求のために原告訴訟代理人に対して本件訴訟提起を委任したことは本件記録上明らかであり、これにより原告が弁護士費用相当の損害を被ったことは明らかというべきところ、本件事案の性質、審理の経過及び認容額にかんがみると、原告が元取締役被告らの善管注意義務違反による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は750万円と認めるのが相当である。
(4) 小括
以上によれば、元取締役被告らは、取締役としての善管注意義務違反に基づき、1億0750万円の損害賠償義務を負う。
3 争点(3)(本件贈与の詐害行為該当性)について
(1) 認定事実
前記第2の2の争いのない事実等並びに上記1(1)及び同2(1)の認定事実に加え、末尾括弧内の証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
ア 被告Y1の勤務状況
被告Y1は、大学卒業後、当時原告の親会社であった株式会社マルマンに入社し、その後、平成18年6月29日に取締役に就任するまで、技術系従業員として原告に勤務していた。(甲10、乙42)
原告における従業員の平均年間給与は平成19年当時521万3000円である。(甲24)
イ 本件土地建物に関する担保権設定状況
本件土地建物には、平成13年12月2日付け金銭消費貸借契約に基づき、債権者を住宅金融公庫、債務者を被告Y1として、債権額1000万円の抵当権が設定されている。(甲15、甲16)
ウ 被告Y1の資産状況
被告Y1は、資産として本件土地建物を所有していたほかには不動産を所有しておらず、平成19年8月当時、本件買収後に就任した相談役としての報酬の支払も止められていた。(甲10)
(2) 詐害行為該当性
ア 本件贈与の詐害行為性
本件贈与は、前記第2の2(10)のとおり、本件株主総会直前の平成19年6月26日に行われたものであるところ、同日は、まさに元取締役被告らとM&FCとの間の支配権争いを終結させるべく、本件株主総会における取締役の選任に関し、委任状合戦により双方が徴求した委任状について、M&FCの修正提案を可決する議決権行使をする旨のY1F合意が成立した前日であり、同合意内容及びこれに先行する同月22日、前記第2の2(9)のとおり、基準日後の取得株式についても議決権行使を認める大規模な第三者割当増資が差し止められたことに鑑みれば、本件贈与の当日までには支配権争いの形勢が被告Y1にとって不利な方向に傾いていたものと認められる。以上の経緯の中で、上記1(4)のとおり、被告Y1が、Y1F合意の合意書案(乙1)に法的責任不追及の条項を入れるよう求め、結局、Y1F合意に不追及の条項は盛り込まれなかったものの、元取締役被告らの法的責任を必要以上に追及しない旨の本件念書がFらから差し入れられていることなどに鑑みれば、被告Y1は、支配権争いに敗れた場合、取締役としての法的責任を追及されることを恐れ、これをできる限り免れようと試みていたと推認することができる。そうすると、被告Y1は、原告が被告Y1に対する任務懈怠責任に基づく損害賠償請求権を有し、その責任追及を受ける可能性があることを知悉していたものと認められる。
そして、上記(1)のとおりの収入、資産状況に鑑みれば、被告Y1には、本件贈与の時点において、本件土地建物以外にさしたる資産がなく、本件贈与は被告Y1の財産を減少させるものであって、かつ、被告Y1は、本件贈与により債権者を害することを知っていたものと認めるのが相当である。
これに対し、被告Y6は、前記第2の4(3)イのとおり、本件贈与は、婚姻後20年を経過し、長年の妻の貢献に対し、夫婦間の贈与特例を利用して行われたものであり(乙31)、贈与そのものを決めたのは登記がされた平成19年6月26日の約1年前であったが、被告Y6自らが登記手続を行ったため、時間を要したに過ぎないとして、被告Y1が債権者を害することを知りながらしたものではない旨主張し、被告Y1の陳述書(乙42)及びその供述中にはこれに沿う部分がある。しかしながら、贈与税の配偶者控除特例を利用したとしても、本件贈与が被告Y1の財産を減少させる行為であることを左右するものではなく、本件贈与の詐害性を覆すものではないし、また、上記の認定に加え、登記原因たる贈与の日付が平成19年6月26日となっていることからすると、登記申請書に添付された登記原因を証する書面(贈与契約書)の作成日付も同日付けとなっていると推認されることに照らせば、被告Y6の上記主張に沿う証拠を採用することはできない。
よって、本件贈与は、原告に対する詐害行為にあたるというべきである(なお、本件において、被告Y6が本件贈与により債権者を害することを知らなかったことを認めるに足りる証拠はないから、被告Y6が本件贈与によって債権者を害すべき事実を知らなかったと認めることはできない。)。
イ そうすると、本件贈与は原告に対する詐害行為として取消を免れないものであり、被告Y6は、本件土地については持分全部移転登記の抹消登記手続を、本件建物については所有権移転登記の抹消登記手続をする義務がある。
第4結論
以上によれば、原告の請求のうち、元取締役被告らに対し、取締役としての善管注意義務違反に基づく損害賠償を求める部分については、1億0750万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成19年12月8日以降の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、被告Y6に対し、本件贈与の詐害行為による取消等を求める部分については、全部理由があるから、これらを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条本文及び65条1項本文を、仮執行宣言につき同法259条1項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤陽一 裁判官 野口宣大 開發礼子)
(別紙)物件目録<省略>