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さいたま地方裁判所 平成19年(ワ)3044号 判決 2010年12月17日

原告

被告

Y1 他2名

主文

一  被告Y1及び被告株式会社Y2は、原告に対し、連帯して八一九万二五二五円及びこれに対する平成一七年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告Y3共済協同組合は、原告に対し、原告の被告株式会社Y2に対する本判決が確定したときは、八一九万二五二五円及びこれに対する平成一七年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを六分し、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告Y1及び被告株式会社Y2は、原告に対し、連帯して四七五六万九六四八円及びこれに対する平成一七年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告Y3共済協同組合は、原告に対し、原告の被告株式会社Y2に対する本判決が確定したときは、四七五六万九六四八円及びこれに対する平成一七年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、A(以下「A」という。)運転の普通貨物自動車(以下「A車」という。)に被告Y1(以下「被告Y1」という。)運転の大型貨物自動車(以下「Y1車」という。)が追突した後記二(2)の交通事故(以下「本件事故」という。)につき、Aの妻である原告が、本件事故によりAが死亡したと主張して、被告Y1に対しては、民法七〇九条に基づき、被告株式会社Y2(以下「被告会社」という。)に対しては、自動車損害賠償保障法三条又は民法七一五条に基づき、被告会社と損害保険契約を締結していた被告Y3共済協同組合(以下「被告共済」という。)に対しては、同保険契約に係る保険約款に基づき、それぞれ本件事故によりA及び原告に生じた損害の賠償及びこれに対する本件事故の翌日である平成一七年六月二二日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める事案である。

二  前提事実(争いのない事実並びに掲記証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  原告はA(昭和二七年○月○日生まれ、本件事故当時五三歳)の妻である(甲一)。Aは、前妻との間に二人の子をもうけている(弁論の全趣旨)。

(2)  本件事故の発生

ア 日時 平成一七年六月二一日午前三時四〇分ころ

イ 場所 新潟県燕市大字長所地内先路上(北陸自動車道下り四五四・二キロポスト付近)(以下「本件事故現場」という。)

ウ 事故態様 本件事故現場付近を走行中のA運転のA車に、被告Y1運転のY1車が追突した。

(争いがないほか、甲二四。)

(3)  被告らの責任原因

ア 被告Y1は、過失により、Y1車をA車に追突させ、本件事故を発生させたのであるから、民法七〇九条に基づき、原告に対し、本件事故によりA及び原告が被った損害を賠償すべき責任を負う。

イ 被告会社は、Y1車の所有者としてY1車を自己のために運行の用に供していた者であり、また、本件事故当時被告会社の事業のために被告Y1を使用していたのであるから、自動車損害賠償保障法三条又は民法七一五条に基づき、原告に対し、本件事故によりA及び原告が被った損害を賠償すべき責任を負う。

ウ 被告共済は、被告会社と損害保険契約を締結しており、同契約に係る保険約款により、被告会社の損害賠償責任の額が確定したときは、同額を原告に支払うべき義務を負う。

(争いがないほか、弁論の全趣旨。)

(4)  Aの受傷内容及び治療経過

本件事故により、Aは、胸部打撲、縦隔出血、血胸、胸骨骨折、全身打僕挫創、頸椎捻挫、頭部打撲、右下腿皮膚挫創等の傷害を負い、次のとおり治療を受けた。

ア 長岡中央綜合病院

入院 平成一七年六月二一日から同月二九日まで

イ 上尾中央総合病院

入院 平成一七年六月二九日から同年八月二五日まで

通院 同月二六日から同年九月二〇日まで

(争いがないほか、甲三の一・二、甲四~九、乙一~四。)

(5)  Aのその後の経過

Aは、急性膵炎を発症し、平成一七年九月二一日、上尾中央総合病院に再度入院した。入院後、急性膵炎は軽快したが、下半身に麻痺がみられるようになり、同年一〇月六日に行われたMRI検査により、第一一胸椎の骨折(以下「本件骨折」という。)が確認され、同病院の医師により胸椎圧迫骨折と診断された。そして、麻痺の進行の予防及び改善を目的として、同月七日、第八~一一胸椎の椎弓を切除する手術が行われた(以下「本件手術」という。)。その後、肝硬変の症状が現れ、同年一二月二三日、Aは肝不全によって死亡した。

(争いがないほか、甲九~一七、一九、乙三。)

(6)  Aの既往症

Aは、平成三年ころ、C型肝炎に罹患してインターフェロン治療を受けるようになった。その後、平成一六年一二月一三日には、肝硬変、食道静脈瘤、肝細胞癌の診断により上尾中央総合病院に入院し、同月二四日に血管塞栓療法による治療を受け、平成一七年一月一一日に退院した。

(争いがないほか、甲一八、乙三。)

三  原告の主張

(1)ア  Aは、前記二(6)のとおり、肝硬変の既往症があったものの、血管塞栓術による治療後は、肝硬変は軽快し、肝予備能は良好であり、癌の治療がコントロールされれば数年間は生存が可能な状態であった。しかし、本件事故でAが胸部や背部を強打したことにより本件骨折が生じ、これにより脊髄が圧迫され、遅発性脊髄損傷と診断された。このため、本件手術が行われたが、手術中の出血や麻酔薬、手術後の疼痛コントロールなどに必要であった薬剤及び手術後の長期臥床や精神不安などが肝臓に悪影響を与え、肝機能が急速に悪化し、死亡に至った。したがって、本件事故とAの死亡との間に相当因果関係があることは明らかである。

イ  肝硬変によって骨が脆弱化することは一般論としてはあり得るが、Aは五〇歳代と若く、体格ががっちりとしていて筋肉もついていたことからすると、同人の骨が脆弱であったということはない。また、本件事故後死亡に至るまでAの肝臓癌が再発したという診断はされていないのであるから、本件骨折の原因が肝臓癌の骨転移であったということもない。

(2)  A及び原告は、本件事故により、以下のとおり損害を受けた。

ア 逸失利益 三六一九万〇二七一円

Aの死亡時から就労可能年齢である六七歳までの一四年間の逸失利益は、次の計算式により上記額となる。

(計算式)

6,093,500×(1-0.4)×9.8986=36,190,271

6,093,500:平成17年賃金センサスによる高校卒業男子労働者(50~54歳)の平均賃金

0.4:生活費控除率

9.8986:14年に対応するライプニッツ係数

イ 死亡慰謝料 一五〇〇万円

ウ 傷害慰謝料 二三〇万円

エ ア~ウの合計のうち請求額 二六七四万五一三五円

Aは前妻との間に二人の子をもうけているから、原告の法定相続分は二分の一となるところ、原告には少なからぬ寄与分があるので、具体的相続分は二分の一を超えることになるが、上記二人の子とは遺産分割協議が進行していないことから、一部請求として法定相続分を請求する。

オ 原告固有の慰謝料 一五〇〇万円

カ 葬儀関係費用 一五〇万円

キ エ~カの合計 四三二四万五一三五円

ク 弁護士費用 四三二万四五一三円

ケ 合計 四七五六万九六四八円

四  被告らの主張

(1)  以下のとおり、本件事故によって本件骨折が生じたり、脊髄損傷が生じたという事実はない。

すなわち、本件事故後、Aが平成一七年八月二五日に上尾中央総合病院を退院するまでの間、CT検査やMRI検査等が行われているにもかかわらず、胸椎の骨折は認められておらず、本件事故から三か月も経過した後に本件事故を原因とする胸椎骨折が生じることは常識的にあり得ない。本件手術後に別の胸椎の圧潰が拡大していることからしても、本件骨折は、肝硬変に基づく肝性骨異栄養症により骨が脆弱化していたために生じたものである。また、本件手術の際の出血量が多いこと、本件手術により胸椎椎弓が切除された部分に大きな腫瘍塊があるように見えること、本件手術の直前に腫瘍マーカーの値が急上昇していることからすれば、本件骨折は、肝臓癌の骨転移により生じたものともいえる。さらに、本件骨折から間をおかずして麻痺が急激に出現していること、前方よりもむしろ後方から脊髄が圧迫されていること、骨折した椎体に角状変形が認められないことからすると、本件骨折によって脊髄損傷が生じたものということもできず、脊髄損傷は、当時同人に存していた黄色靭帯の肥厚や骨化、もしくは肝臓癌の転移によって生じたものである。

仮に本件事故と本件骨折との間に因果関係があるとしても、本件骨折が肝硬変を促進したとの事実はない。

したがって、本件事故とAが死亡したこととの間に因果関係はない。

(2)ア  本件事故とAが死亡したこととの間に因果関係はないから、逸失利益、死亡慰謝料、原告固有の慰謝料、葬儀関係費用については否認ないし争う。仮に因果関係があったとしても、本件事故当時のAの月収は四九万円であるから、逸失利益算定の基礎収入は五八八万円であるし、肝細胞癌のため数年間の生存が可能であったにすぎないから、就労可能年数もその期間に限られる。傷害慰謝料については、平成一七年八月二五日までのものに相当する部分については認めるが、その余は否認ないし争う。

イ  被告共済は、本件事故による損害賠償金として合計八六二万〇八七三円を支払済みである。このうち一四八万六一二〇円は、Aの平成一七年九月分から同年一一月分の休業損害分として支払われたものであるが、同年九月一日以降のAの休業は本件事故とは因果関係を欠くものであるから、本件訴訟で原告が請求する損害にその分てん補されている。

第三当裁判所の判断

一  認定事実

前記前提事実並びに証拠(甲四、九、一二~一四、一六~二九、乙一~四、一七、証人B)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  Aは、平成三年ころ、C型肝炎と診断され、インターフェロンの投与を受けていたが、平成一六年一二月一三日、肝硬変、食道静脈瘤、肝細胞癌との診断により上尾中央総合病院に入院し、同月一四日、食道静脈瘤結紮術が、同月二四日に肝動脈塞栓術が、それぞれ施され、平成一七年一月一一日に退院した。本件事故までの間、Aの肝硬変は腹水などの症状が認められない、いわゆる代償期にあり、肝細胞癌の再発も認められなかった。

(2)  本件事故は、被告Y1がY1車を運転中、助手席のペットボトルに気を取られて脇見運転し、前方を走行していたA車の後方約六mまで接近した時点で初めて危険を感じたが、ブレーキを掛けないままA車に追突したというものである。当時、A車は約一〇〇〇kg、Y1車は約六〇〇〇kgの荷物を積載していた。本件事故によりA車は左右後面が、Y1車は前面がそれぞれ中破し、両車とも走行不能となった。

(3)  Aは、本件事故により、前記第二、二(4)のとおりの傷害を負い、長岡中央綜合病院に入院した。Aは、強い胸痛を訴えており、胸部のX線検査及びCT検査では、明らかな骨折の所見は見られなかったが、縦隔内に血腫が認められた。

(4)  Aは、平成一七年六月二九日、自宅に近い上尾中央総合病院に転院した。同年七月一二日に実施されたCT検査においては、前縦隔の血腫や腹腔の液体については減少傾向にあったが、新たに胸骨骨折が認められた。胸痛はこの時点でも続いていたが、徐々に軽快していった。

(5)  Aは、平成一七年八月二五日に上尾中央総合病院を退院した後もリハビリのため同病院に通院していたが、同年九月二一日、前記第二、二(5)のとおり、急性膵炎により同病院に再入院した。治療の結果、膵炎の症状は軽快したが、同年一〇月始めころから下肢のしびれや背部痛を訴えるようになり、同年一〇月六日には両下肢の筋力低下が著明となり、MRI検査の結果、本件骨折が初めて確認されるとともに、本件骨折及び同部位に生じていた黄色靭帯の骨化により胸髄が圧迫されているものと診断され、同月七日、麻痺の進行の予防及び改善を目的として、上記胸髄の圧迫を除去するための本件手術が行われた(なお、黄色靭帯の骨化が生じた原因は不明である。)。その後、両下肢麻痺は改善傾向にあったが、同月二七日ころから全身の浮腫が著明となり、腹水、肝性昏睡などが生じるなど、肝硬変の症状が現れ、全身状態が悪化した。また、同年一二月二日には再び下肢麻痺が進行し、MRI検査の結果、第三胸椎レベルで胸髄が圧迫されていると診断されたが、全身状態の悪化から手術は見送られた。同月二三日、Aは肝不全により死亡した。

Aが上尾中央総合病院に再入院した後、死亡に至るまでの間、CT検査で肝臓癌ないし肝細胞癌の所見が指摘されたことはなかった。

(6)  Aの平成一七年三月二八日時点での腫瘍マーカーである血中のαフェトプロテイン値(以下「AFP値」という。)は、一一・七ng/mlであり、同年九月一四日時点でのAFP値は、四三・五ng/mlであった。

(7)  医学的知見

ア 肝硬変には代償期と非代償期があり、代償期には腹水、肝性昏睡、浮腫などの具体的な症状は現れないが、出血、薬の投与、長期臥床、精神的不安などによるストレスにより、非代償期に移行し、生存可能性が著しく低下する。

イ 肝炎又は肝硬変に罹患すると、ビタミンD不足になり、骨が脆弱化することがある。また、肝障害があれば血液の凝固系の機能は低下する。

ウ 肝臓癌ないし肝細胞癌が骨に転移して再発する場合、肝臓内の癌の再発を伴わない症例は少ない。

二  本件事故とAの死亡との間に相当因果関係が認められるかどうかについて

(1)  Aは本件事故により胸部打撲、胸骨骨折等の傷害を負ったことが認められるが、このように胸部に傷害が生じたからといって、直ちに背部にある胸椎にも傷害が生じたと認めることはできない。

しかしながら、本件事故は、A車が積載していた荷物の約六倍の重量の荷物を積載していたY1車が高速道路を走行中、ブレーキを掛けずにA車に追突したものであって、両車とも走行不能になったこと、Aは本件事故後の胸部CT検査で縦隔内に血腫が認められた上、胸部の強い痛みを訴えていたこと、本件事故の約三週間後に実施されたCT検査において胸骨骨折が認められたことなどからすれば、本件事故により、かなり強度の衝撃がAの上半身に加わったことが認められる。

そして、Aは、本件事故の一〇年以上前からC型肝炎に罹患し、本件事故の約半年前には肝硬変及び肝細胞癌等と診断され治療を受けていたのであり、肝炎又は肝硬変に罹患するとビタミンD不足により骨が脆弱化することがあるというのであるから、Aについても骨が脆弱化していたことは十分考えられるところ、このことと本件事故による上半身への衝撃とが相まって同人の胸椎が影響を受けたことは合理的に推認できるのであって、骨の脆弱化のため胸椎の損傷が時間の経過とともに次第に拡大していったとも考えられること、MRI検査に比べるとX線検査やCT検査では胸椎骨折を発見するのは困難であって(甲二一)、現に胸骨骨折についても、本件事故から約三週間経過後に初めて発見されたことからしても、本件事故による衝撃によって胸椎に影響が生じ、平成一七年一〇月六日のMRI検査によって本件骨折が初めて確認されるに至ったとしても何ら不思議ではない。そして、Aの骨が脆弱化していたといっても、本件事故よりも前に同人に骨折が確認されたことは証拠上認められず、同人が、本件事故の前又は後に本件骨折を引き起こすような強い衝撃を受けたような出来事があったこともうかがわれない。

以上によれば、本件骨折は本件事故に起因して生じたものと認めるのが相当である。

そして、前記認定の事実経過及び証拠(甲一八、二〇、二一、二三、乙三、五、証人B)によれば、本件手術当時Aに生じていた両下肢の麻痺は、本件骨折と上記の黄色靭帯の骨化とが相まって生じたものであること、同人は肝硬変に罹患していたが、本件手術については、両下肢の麻痺の進行の予防及び改善を図るために必要なものであったこと、本件手術の際の出血、麻酔薬の投与等により肝臓に負担がかかり、肝硬変が代償期から非代償期に移行し、その結果Aは肝不全により死亡するに至ったこと、以上の事実が認められる。

そうすると、上記のような経過によってAが死亡したことについては、同人の骨が脆弱であったことや黄色靱帯の骨化があったこと、肝硬変に罹患していたことが大きく寄与しているけれども、それと同時に本件事故も原因となっているということができるから、本件事故とAの死亡との間には相当因果関係があると認められる。

(2)ア  被告らは、本件事故後のCT検査やX線検査では胸椎骨折の診断はなされていないのであるから、本件骨折は、本件事故により生じたものではなく、肝硬変による肝性骨異栄養症により骨が脆弱化したため生じたものであると主張するけれども、上尾中央総合病院におけるAの担当医であったC医師(整形外科)及びB医師(内科)は本件骨折は本件事故によって生じたものであるとの意見を述べており(甲二〇、二一、二三、証人B)、上記のとおり、本件事故後の検査により直ちに胸椎骨折が発見されなかったとしても不思議ではないし、本件事故によるAの上半身への衝撃がかなりの強度のものであったことや、本件事故のほかに本件骨折が生じるような出来事があったこともうかがわれないから、被告らの上記主張は採用することができない。また、本件手術後に他の胸椎の圧潰も確認されたとしても、上記事情にかんがみれば、このことから直ちに上記(1)の認定が左右されるものではない。そして、本件骨折がAの両下肢麻痺の一因となっていることは、被告らの提出に係るD医師も認めるところである(乙五)。

イ  被告らは、本件骨折は、肝臓癌の骨転移により生じたものであるとも主張する。

しかし、被告らが上記主張の根拠とするD医師の意見書(乙五)においても、本件骨折が典型的な癌の骨転移の所見とは異なるとされていること、本件手術の際の出血量が通常に比べて多かったとしても、肝障害があれば血液の凝固系の機能が低下するものであること(前記一(7)イ)、前記一(6)のとおり、本件手術直前においてAFP値が上昇している事実は認められるが、数千ng/mlといった異常高値ではなく、証拠(証人B)によれば、Aの主治医であった同証人は、四三・五ng/mlというAFP値について、一年以内に再検査するといった程度の認識であったこと、同証人の証言によれば、被告らが腫瘍塊と主張する部分は、本件手術後に生じた血腫と認められることからすれば、被告らの上記主張を採用することはできない。かえって、Aが平成一七年九月二一日に上尾中央総合病院に再入院した後に、肝臓癌ないし肝細胞癌の再発を指摘されたことはなかったこと、肝臓癌ないし肝細胞癌が骨に転移して再発する場合、肝臓内の癌の再発を伴わない症例は少ないことからすれば、Aについては、その死亡に至るまで、肝臓癌ないし肝細胞癌の再発があったと認めることはできない。

三  損害について

以上認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、原告が本件訴訟で請求する損害のうち、本件事故と相当因果関係を有する損害は、以下のとおりと認められる。

(1)  逸失利益 一五二七万四四七六円

証拠(甲二九)及び弁論の全趣旨によれば、Aは本件事故当時トラック運転手として稼働していたことが認められる。ところで、原告は、Aは六七歳まで就労可能であったと主張するけれども、前記一(1)によれば、Aは、平成三年ころからC型肝炎に罹患していた上、本件事故の約半年前に肝硬変、食道静脈瘤、肝細胞癌と診断され、入院治療を受けるなどしていたことからすると、原告が主張するように、本件事故がなければ六七歳まで就労が可能であったとは認められないが、少なくともAの死亡時から五年間は就労が可能であったと認めるのが相当である。

また、逸失利益算定の基礎となる収入について、原告は、平成一七年賃金センサスによる高校卒業男子労働者(五〇~五四歳)の平均賃金であると主張するが、Aが同程度の収入を得られたことを認めるに足りる証拠はないから、被告らが主張する額である五八八万円と認めるべきである。

以上によれば、Aの死亡時から五年間の逸失利益は、次の計算式により上記額となる。

(計算式)

5,880,000×(1-0.4)×4.3295=15,274,476

0.4:生活費控除率

4.3295:5年に対応するライプニッツ係数

(2)  葬儀関係費用 一五〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告がAの葬儀費用を支出したものと認められるところ、本件事故と相当因果関係のある葬儀関係費用として一五〇万円を認める。

(3)  素因減額について

前記二(1)のとおり、Aに胸椎骨折及びこれに続いて両下肢の麻痺が生じたこと、本件手術後全身状態が悪化して死亡するに至ったことについては、同人の骨が脆弱であったことや黄色靭帯の骨化があったこと、更には肝硬変に罹患していたことが大きく寄与していることからすると、被告らにA及び原告に生じた損害の全部を賠償させることは公平を失するというべきであり、上記(1)及び(2)の損害については、その七割を減額した金額(上記(1)につき四五八万二三四二円、同(2)につき四五万円)につき被告らが賠償義務を負うと認めるのが相当である。

(4)  Aの慰謝料

ア 死亡慰謝料 七八〇万円

上記のとおり、Aが死亡に至ったことには同人の素因が寄与していることを勘案すると、Aの死亡に対する慰謝料として被告らが賠償すべき額を七八〇万円と認めるのが相当である。

イ 傷害慰謝料 一四〇万円

上記のとおり、平成一七年一〇月始めころから胸椎骨折に起因する症状が現れ、その後の経過は、Aの素因が寄与していることを勘案すると、本件事故によってAが被った傷害に対する慰謝料として被告らが賠償すべき金額を一四〇万円と認めるのが相当である。

(5)  原告固有の慰謝料 六〇万円

上記(4)アと同様の事情を勘案すると、Aの死亡に対する原告固有の慰謝料として被告らが賠償すべき額を六〇万円と認めるのが相当である。

(6)  損害のてん補

証拠(乙一七)及び弁論の全趣旨によれば、被告共済は、本件事故によりAが被った損害に対する損害賠償金として合計八六二万〇八七三円を支払っているが、このうち①平成一七年一〇月分及び同年一一月分の休業損害分として合計九九万六一三〇円、②慰謝料分として二〇万円を支払っていることが認められ、上記(3)によれば、平成一七年一〇月以降の休業損害(原告は本訴でその支払を請求していない。)については七〇%を減額した額につき被告らが賠償義務を負うと解するのが相当であると考えられるから、上記(1)及び(4)で認定した損害に対して、上記①の七割に相当する六九万七二九一円及び上記②の二〇万円の合計八九万七二九一円がてん補されたとみるのが相当である。

(7)  被告らが原告に対して賠償すべき額

以上によれば、被告らが賠償すべきAの損害は上記(1)の三割相当額である四五八万二三四二円及び同(4)の九二〇万円の合計一三七八万二三四二円からてん補済みの八九万七二九一円を控除した一二八八万五〇五一円であり、原告の相続分はその二分の一に相当する六四四万二五二五円となる(原告は、本件事故によりAに生じた損害のうち法定相続分を一部請求として請求しているが、原告の具体的相続分については何ら主張立証がない。)。そして、被告らが賠償すべき原告固有の損害は上記(2)の3割相当額である四五万円及び同(5)の六〇万円の合計一〇五万円となる。

また、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は七〇万円と認めるのが相当であるから、以上の合計は八一九万二五二五円となる。

四  結論

以上によれば、原告の請求は、被告Y1及び被告会社に対しては、連帯して八一九万二五二五円及びこれに対する平成一七年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で、被告共済に対しては、原告の被告会社に対する本判決が確定したときは、上記と同額の支払を求める限度でそれぞれ理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤正男 村主幸子 谷藤一弥)

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