さいたま地方裁判所 平成19年(ワ)3086号 判決 2010年5月28日
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告は,原告A1に対し,3949万9202円及びこれに対する平成19年12月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告A2に対し,3949万9202円及びこれに対する平成19年12月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告A3に対し,4019万4627円及びこれに対する平成19年12月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告は,原告A4に対し,7002万3456円及びこれに対する平成19年12月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
原告らは,さいたま市緑区に所在するF社d店で発生した放火による火災によって死亡した被害者らのいずれも遺族であるところ,被告が設置するさいたま市消防局の職員(以下単に「消防職員」という。)の上記火災における活動が,適切に避難を指示する義務及び速やかに人命検索活動を行う義務に違反するものであり,また,火災発生後に消防職員が原告らに対して行った説明の内容が説明義務に違反するものであるなどと主張して,国家賠償法1条1項に基づき,被告に対し,損害の賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(証拠を掲記しない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 火災事故について
ア Bは,平成16年12月13日午後8時15分ころ(以下,特に断らない限り,月日は平成16年のものである。),さいたま市緑区大字ab番地c所在のF社d店(以下「d店」という。)において,寝具売場の陳列棚に置かれたビニールケース入りの布団及びクッションにそれぞれ火を放ち,同店を全焼させた(以下「本件火災」という。)(甲5,弁論の全趣旨)。
イ 本件火災により,d店の従業員(以下単に「従業員」という。)であったC1,C2及びC3(以上の3名を併せて,以下「本件被害者ら」という。)が死亡したほか,同店の従業員7名及び消防隊員1名が負傷した(甲5,乙1)。
(2) 当事者
ア C1(昭和60年10月29日生まれ。当時19歳。)は,本件火災当時,d店において,時計及び宝飾ブランド品担当のアルバイトとして勤務していた。原告A1及び原告A2は,C1の両親である。
イ C2(昭和59年8月6日生まれ。当時20歳。)は,本件火災当時,d店において,時計及び宝飾ブランド品担当の契約社員として勤務していた。原告A3は,C2の母である。
ウ C3(昭和39年12月18日生まれ。当時39歳。)は,本件火災当時,d店において,家電製品担当のアルバイトとして勤務していた。原告A4は,C3の妹である。
エ 被告は,消防組織法9条に基づき,さいたま市内に各消防署を設置している。
(3) d店の構造等(乙64)
ア d店は,東西47メートル,南北50.2メートル,延べ面積2276.28平方メートルの鉄骨造一部鉄筋コンクリート造平屋建て建物(準耐火建築物)であり(d店の建物全体を指して,以下「本件店舗」という。),このうち店舗部分の面積は,1444.82平方メートルであった。本件店舗北側は国道463号線(以下単に「国道」という。)に,西側は県道大宮・川口線(以下単に「県道」という。)に,それぞれに面していた(両者が交わる交差点を,以下「d交差点」という。)。
イ 本件店舗内の構造等は,別紙図面のとおりである。
本件店舗北側には東西併せて2か所の出入口があり,このうち東側は入口専用,西側は出口専用であった(以下それぞれ「北側入口」,「北側出口」といい,併せて称する場合は,以下「北側出入口」という。)。本件店舗の南側には,商品倉庫や事務所として使用されていた空間(以下「バックヤード」という。)があり,店舗部分とは,店舗部分南側の東端と中央付近の2つの出入口でつながっていた。バックヤードの西端(本件店舗南西端)には,県道につながる搬入口(以下「搬入口」という。)が,本件店舗の南側には,事務所から屋外に通じる従業員用の出入口(以下「従業員出入口」という。)があった。
本件店舗内には,中央部分及び壁側部分に陳列棚が並べられており,商品ごとに売場が区切られていた。中央の売場を囲うように,北側入口及び北側出口をつないで店内を1周する幅約2メートルの通路(以下「外周通路」という。)があったほか,中央部分の陳列棚の間にも,幅約1.5メートルの通路が存在した。本件店舗内の各売場の配置は,別紙図面に表記したとおりである。
(4) 本件火災時の状況
ア 本件火災発生直後,本件店舗内の事務所にいた従業員のD1は,消火活動のために寝具売場へ向かう途中,ブランド品売場にいたC2及びC1に,119番通報をするように依頼した(甲12の10,乙15,証人D1)。
イ C2は,119番通報をしたが(以下「本件通報」という。),その後,「すいません私出ます。」と告げて応答しなくなった。その間,本件通報を受信した消防職員は,C2に対し,避難指示をしなかった。
ウ 本件火災の発生を受け,緑,浦和,大宮,木崎,日の出,東浦和,美園の各消防署又は出張所から,合計12台の車両及び41名の消防職員が本件火災現場に出動した(第1出動)。その後消防体制が増強され,最終的には,消防署の車両28台及び職員91名,消防団の車両9台及び団員109名が出動した(甲7,8)。
エ 本件火災は,出火から12時間以上経過後の12月14日午前8時40分ころ鎮火された(甲7,乙64)。
オ 同日午前8時24分ころには,シューズ・スポーツ用品売場において,C3が頭部を北側にして仰臥位で死亡しているのが発見された。同日午前8時35分ころ,C1が同売場で,頭部を南西側にして仰臥位で死亡しているのが発見された。さらに,同日午前10時35分ころ,カー用品売場で,C2が頭部を西側にして仰臥位で死亡しているのが発見された(乙1,8の1・2,乙64)。本件被害者らの死因は,いずれも火傷死とされ,本件被害者らの死亡時の血中一酸化炭素ヘモグロビン飽和度は,C1については80パーセント,C2及びC3については73パーセントであった(甲15の1ないし3,甲16の1ないし7)。
カ 本件火災当時,本件店舗内には,d店の関係者25名のほか,40名前後の客がいたが,本件被害者ら以外の者は,本件火災発生から短時間のうちに,本件店舗から避難した(乙45)。
(5) さいたま市消防局による会合(甲20ないし23,乙57,62,証人E1,同E2,同E3,原告A1本人,原告A2本人,原告A3本人,原告A4本人)
ア さいたま市消防局は,原告らの要望を受け,平成17年4月29日,同年5月28日,平成18年3月29日の3回にわたり,原告らとの間で会合を行い(以下,それぞれ「第1回会合」,「第2回会合」,「第3回会合」といい,併せて称する場合は,以下「3回の会合」という。),火災の状況,緑消防署の消防隊の出場時の状況,人命検索及び消火活動の状況等について,消防職員から原告らに対する説明が行われた。
イ 第1回会合には,さいたま市消防局警防部企画監(役職は当該会合当時のものである。以下も同様である。)のE1,同部警防課長のE2,査察指導課長のE4及び予防課長のE5の4名,並びに原告らが出席した。
ウ 第2回会合には,E1,E5,E2のほか,緑消防署長のE6及び上野出張所長のE3の5名,並びに原告らが出席した。
エ 第3回会合には,E1,E6,E3のほか,警防部長のE7,調整主幹のE8及び主査のE9の6名,原告らのうち原告A3を除く3名のほか,国会議員の秘書,総務省消防庁のE10課長補佐が出席した。
2 争点
(1) 本件火災の発生時及びその後の消防職員の対応に義務違反(過失)があるか。
(原告らの主張)
被告は,さいたま市消防局を設置する地方公共団体であり,消防職員の消防活動等が公権力の行使に該当すること,本件で問題となっている本件火災に対応した消防職員の活動や火災原因についての説明等が職務行為に当たることは明らかである。そして,消防職員には,次のような義務が認められるところ,本件火災に対応した消防職員にはこれらの義務を怠った過失があるから,被告は,国家賠償法1条1項に基づく責任を負う。
すなわち,消防職員は,①火災発見者から119番通報がなされた場合は,速やかに通報者から火災情報を的確に収集した上で,通報者に対して,適切に避難等を指示する義務(適切な対応指示義務)を負う。また,②火災現場に到着した場合は,消防活動として,火災に遭って人命に対する危難が生じている者がいないかを十分に確認し,行方不明者がいる疑いがある場合には,その検索と救出に全力をあげる義務(人命検索活動義務)を負う。
以上に加え,消防職員は,火災原因や損害の程度等についての調査権限及び質問権が与えられていることの反面として,③火災後,関係者に対し,これらの事項について説明する義務(火災原因等説明義務)を負う。
ア 適切な対応指示義務違反
(ア) C2が本件通報を行ったのは,12月13日午後8時19分42秒であり,同日午後8時21分31秒まで,1分49秒間にわたり通話が継続された。
(イ) 本件火災当時,さいたま市消防局は,「119応対マニュアル」(甲14)に従って119番通報に対応していたところ,同マニュアルによれば,通報者に危険が迫っているような状況であれば,聴取事項は必要最小限にとどめ,早期避難を指示するものとされている。なお,一酸化炭素濃度が5パーセント程度に達した場合,2分足らずで生命に危険が生じるところ,煙の速度は,横方向では毎秒1メートル,縦方向では毎秒3ないし4メートルに達するとされており,「火災便覧(第3版)」(甲13)においても,建物火災時の死亡原因は,煙を吸ったことによる者が全体の4分の1を占め,火災時の煙拡散が人命安全上重要な問題であるとされている。
(ウ) 本件通報において,C2は,対応した消防職員に対し,「煙がすごいです。」と明確に伝えており,本件通報の背後で放送されていた非常警報の火災放送及び警告音も明確に聞こえていたはずであるから,対応した消防職員は,煙の拡散により,C2の身体に危険が及ぶことを容易に認識することができた。そして,消防職員としては,C2に対し,本件店舗内における具体的な通報場所や煙の拡散状況等を確認した上で,聴取事項を最小限にとどめて早期避難を指示すべきであったのに,これを行うことなく,C2が電話口を離れるまで,漫然と聞き取りを継続した。このような対応を行った消防職員には,適切な対応指示を怠った過失があることは明らかである。
(エ) さらに,本件被害者らの死亡推定時刻は,本件通報から間がない12月13日午後8時20分ころであること,仮に本件被害者らが本件通報後一定期間生存していたとしても,本件通報中に相当程度煙が拡散していたと思われ,本件被害者らが一酸化炭素又はシアン化水素の中毒症状により正常に行動することが困難であった可能性が高いこと,本件通報時に本件店舗内にいた他の従業員は避難できていること,本件通報時にC2と一緒にいたC1や,C2と同じ場所で死亡していたC3もC2と同様の状況にあったと考えられることに照らせば,消防職員がC2に対して適切な避難指示を行わず,煙が拡散した店内に留めたために,本件被害者らが死亡したことは明白であり,消防職員の上記義務違反と本件被害者らの死亡との間には因果関係もある。
イ 人命検索活動義務違反
(ア) 「新訂災害救助」(甲10)によれば,人命検索活動は消防活動の中でも最優先事項とされ,消防職員は,火災現場への到着と同時に,有効な情報を持つ関係者を拡声器等で積極的に呼びかけ情報の提供を得るものとされている。また,「消防救助活動事例集」(甲11)によれば,火災現場における人命検索のための情報収集は,①現場付近の負傷者及び取り乱している者,②出火時建物内部にいた者,③火災の発見者,又は通報者,④付近住民の順に行うものとされ,その具体的方法については,「携帯拡声器,又は車載拡声装置を使用し,建物等の関係者を指名して出頭を呼び掛ける,出火当時建物内にいた者に人員を確認する,逃げ遅れた者がある場合には,その氏名と建物の間取り,推定位置及び出火時の行動を聞き出す,他の世帯,来客等にも注意する」などとされている。
以上のことからすれば,消防職員は,火災現場に到着後,速やかに拡声器等を用いて,出火当時建物内にいた者その他関係者から可能な限り多くの情報を収集すべき義務を負っているというべきである。
(イ) しかしながら,本件火災現場到着後,消防職員は,本件店舗から逃げ遅れた者がいるかどうかについて1名から聴取を行っただけで,同人から聴取した逃げ遅れた者はいないとの情報を安易に信用し,その後,d店のマネージャーであるD2から従業員2名が逃げ遅れている可能性があるとの情報を得るまでの約11分間,拡声器等を用いるなどして関係者から情報を得るための活動を何ら行わなかった。
したがって,消防職員には,迅速な人命検索活動を怠った過失がある。
(ウ) なお,被告は,消防職員が,d店の関係者から逃げ遅れた者がいないことを確認した後も,本件店舗西側のd店第2駐車場(以下単に「第2駐車場」という。)等で情報収集を継続したと主張する。しかしながら,このころ,第2駐車場において,消防職員の姿を見た者はいない。また,同じころ,従業員らは,第2駐車場に集まってC2やC1がいないことを確認していたのであり,一部の従業員は,C2らを探すために再び本件店舗内に入るなどしていたのであるから,消防職員が呼び掛けを行っていたとすれば,その場でC2らがいないことを伝えていたはずである。
(エ) さらに,本件被害者らは,消防職員らが本件火災現場に到着した12月13日午後8時25分ころにはいまだ生存していた可能性が高いところ,消防職員らが適切な方法で人命検索活動を行い,本件被害者らが行方不明であることを早期に聴取して,より早く本件店舗内に突入していれば,本件被害者らを救出できた可能性が高い。したがって,消防職員の人命検索活動義務違反と本件被害者らの死亡との間に因果関係があることも明らかである。
ウ 火災原因等説明義務違反
(ア) 消防職員は,火災の被害者の遺族等に対して,その心情に配慮して真摯に火災原因等についての説明を行うべきであるところ,次のとおり,消防職員は,3回の会合の際,本件被害者らの遺族である原告らに対して,虚偽あるいは不合理な説明を行ったり,暴言を吐くなどして,火災原因等説明義務に違反した。
(イ) 本件通報の受信時刻に関する説明について
さいたま市消防局警防部指令課(以下「指令課」という。)が実際に本件通報を受信した時刻は,午後8時19分42秒であるところ,第3回会合において,E8は,原告らに対し,本件通報の受信時刻が午後8時19分19秒であるとの虚偽の説明をした。なお,本件通報の受信時刻について,第1回会合では,12月13日午後8時20分と説明され,第2回会合では同日午後8時19分44秒と説明されていたことからも,E8が原告らに対し意図的に虚偽の説明を行ったことは明らかである。
(ウ) 本件火災現場到着後の消防職員の行動に関する説明について
第3回会合において,E3は,原告らに対し,①本件火災現場に到着後,行方不明者の有無について情報を収集をするために,自ら第2駐車場の近くにある本件店舗南西側の搬入口付近まで移動した,②消防職員は,d店の関係者から本件店舗内に逃げ遅れた人がいないとの情報を得た後も,行方不明者に関する情報収集を継続していたとの虚偽の説明を行った。これらの点につき,第2回会合では,E3を含む消防職員は国道側から徒歩でd点付近まで移動し,その後再び国道側に引き返したと説明されていたこと及び上記イの内容に照らせば,上記①②の内容が虚偽であることは明らかである。
(エ) 消防職員のその他の言動について
第1回会合において,E5は,本件火災時の消火活動の具体的状況等について尋ねた原告らに対し,「遺族に説明する義務はない。」と述べた。
また,第2回会合に出席したE6は,原告らからの質問に対して発言をしようとしたE3の足を突き,E3の説明を妨げた。
さらに,第2回会合の後,「すぐに駆けつけて,中に突入して助けることはできなかったのでしょうか。」と尋ねた原告A3に対し,E3は,「隊員の命が大事ですから。」と,遺族の心情を逆なでする無神経な発言をした。
(被告の主張)
否認ないし争う。
ア 適切な対応指示義務違反について
(ア) 一般的に,火災に際して,消防職員に適切な対応指示義務が課される場合があることは認めるが,次のとおり,本件通報に対応した消防職員にはかかる義務違反はない。
消防職員が本件通報を受信したのは12月13日午後8時19分19秒であり,C2が「私出ます。」と言ったのは同日午後8時20分44秒である。本件通報の受信時刻は,さいたま市消防緊急情報システムが本件通報を受信した際に自動的に記録されたものであり(乙46),正確な時刻である。
119番通報を受けた際,消防職員は,通常,①火事か救急かを確認し,火災の場合には,②火災現場の位置,③建物の構造や階数,④具体的な出火場所と現在の火災の状況,⑤通報者の氏名及び電話番号を順次確認しており,これらの事項の確認は,適切かつ迅速な消防活動を行うためには不可欠であって,「119応対マニュアル」(甲14)にも同様の作業を行うべき旨が記載されている。
そして,本件通報に対応した消防職員も,上記に沿った確認作業を行った。なお,上記のとおり,消防職員がC2と通話をしていたのは1分25秒間であるところ,これは,上記事項を確認するのに必要な平均的な時間である。したがって,この点ついて,本件通報に対応した消防職員に義務違反はない。
原告らは,本件通報に対応した消防職員が,C2に対して速やかな避難指示を行うべきであったと主張する。しかしながら,通報者に対して避難指示を行うべきかどうかについては,具体的な通話状況に応じて判断すべきである。本件通報時,C2は,消防職員に対し,落ち着いた声で,何が燃えているのか分からない,火は自分のところからは見えないなどと述べるにとどまり,最後に「私出ます。」と述べるまで,自分自身に本件火災による危険が迫っていること感じさせるような発言をしていなかった。このような状況に照らせば,本件通報に対応した消防職員において,C2に危険が迫っていることを認識することは不可能であり,C2に対して具体的な避難指示を行うべきであったとはいえない。
(イ) 上記に加え,本件被害者らは,本件通報の後も一定時間生存していたと考えられること,C3は本件通報を行ったC2とは別行動をとっていたこと,本件被害者らの遺体は本件通報を行ったブランド品売場や従業員出入口とは離れたシューズ・スポーツ用品売場付近から発見されていることに照らせば,本件通報に対応した消防職員の行為と本件被害者らの死亡との間に因果関係はない。
イ 人命検索活動義務違反について
(ア) 一般的に,火災に際して,消防職員に人命検索活動義務があることは認めるが,次のとおり,本件火災に消火活動に当たった消防職員は,d店の関係者を探して事情を聞くなど人命検索を尽くしており,迅速な人命検索活動を怠った過失はない。
本件火災への出動に当たっては,逃げ遅れた者の情報収集を最優先とする旨の指示が下され,消防職員は,本件火災現場に到着後,直ちに指揮本部を設置すると共に,逃げ遅れた者の情報収集のために本件店舗の周辺を確認するなどした。その後,d店の関係者から逃げ遅れた者はいないとの情報を把握した後も,消防職員は,第2駐車場付近で従業員らに対し,関係者はいないかと呼びかけるなど,人命検索活動を継続しており,これらの活動によって,その後,d店の従業員らへの聞き取りから,本件被害者らが行方不明であることが発覚したのである。
(イ) また,消防職員らの人命検索活動と本件被害者らの死亡との間に因果関係はない。
ウ 火災原因等説明義務違反について
(ア) 一般的に,消防職員は,火災の被害者らやその遺族に対して,火災原因等を説明する義務を負うものではない。
また,原告らは,消防職員と原告らによる3回の会合において,消防職員が,不合理な説明をした,虚偽の事実を述べた,暴言を吐いたなどと主張するが,次のとおり,そのような事実はなく,消防職員に火災原因等説明義務違反はない。
(イ) 本件通報の受信時刻に関する説明について
上記ア(ア)のとおり,本件通報の受信時刻は,午後8時19分19秒であり,消防職員が第3回会合で説明した内容は事実である。
この点,原告らは,第1回会合では,本件通報の受信時刻は午後8時20分であると説明されていたのであり,消防職員は不合理に内容を変遷させていると主張するが,第1回会合で説明されたのは,本件火災の覚知時刻であって,本件通報の受信時刻とは異なる。さらに,第2回会合において,本件通報の受信時刻が午後8時19分44秒であると説明された事実もない。
(ウ) 本件火災現場での消防職員の活動に関する説明について
上記イ(ア)のとおり,第3回会合で消防職員が説明した内容は事実であり,この点について,消防職員が虚偽の事実を説明したことはない。なお,原告らが主張するように,第2回会合において,本件火災現場に到着後,E3が国道側から徒歩でd交差点付近まで移動し,その後再び国道側に引き返したと説明した事実はない。
(エ) その他の消防職員の言動について
消防職員が,原告らに対し,「隊員の命も大切です。」と説明したことはあるが,「隊員の命の方が大事。」とか,「遺族に説明する必要はない。」などと述べたことはない。
また,第3回会合において,E6がE3の足を突いて制止したことはあるが,これは,E3が原告らからの質問に対応しない回答をしたからである。
(2) 損害額
(原告らの主張)
ア 原告A1及び原告A2 合計各3949万9202円
(ア) C1の死亡による逸失利益 4431万6733円
本件火災当時,C1は19歳の健康な女子であり,本件火災によって死亡しなければ,67歳まで48年間就労することが可能であった(350万2200円×(1-0.3)×18.0771)。
(イ) C1の慰謝料 2000万円
(ウ) 相続
原告A1及び原告A2は,C1が死亡したことにより,上記(ア),(イ)につき,法定相続分(2分の1)に従い相続した。
(エ) 原告A1及び原告A2固有の慰謝料 各300万円
原告A1及び原告A2は,愛娘を失ったばかりではなく,発見時にはC1の遺体は炭化した状態であったことから,C1の遺体と対面することができず,C1に対する敬愛,追慕の情が害された。さらに,本件火災後の被告の消防職員の対応が不適切であったことも,慰謝料の増額要素となる。
(オ) 葬儀費用 各75万円
(カ) 弁護士費用 各359万0836円
イ 原告A3 合計4019万4627円
(ア) C2の死亡による逸失利益 4408万1140円
本件火災当時,C2は20歳の健康な女子であり,本件火災によって死亡しなければ,67歳まで47年間就労することが可能であった(350万2200円×(1-0.3)×17.9810)。
(イ) C2の慰謝料 2000万円
(ウ) 相続
原告A3は,C2が死亡したことにより,上記(ア),(イ)につき,法定相続分(2分の1)に従い相続した。
(エ) 原告A3固有の慰謝料 300万円
原告A3は,突然娘を失ったばかりではなく,C2の遺体が炭化した状態に変わり果ててしまったことにより,C2に対する敬愛,追慕の情が害された。さらに,本件火災後の被告の消防職員の対応が不適切であったことも,慰謝料の増額要素となる。
(オ) 葬儀費用 150万円
(カ) 弁護士費用 365万4057円
ウ 原告A4 合計7002万3456円
(ア) C3の死亡による逸失利益 3615万7688円
本件火災当時,C3は39歳の健康な男子であり,本件火災によって死亡しなければ,67歳まで28年間就労することが可能であった(485万4000円×(1-0.5)×14.8981)。
(イ) C3の慰謝料 2000万円
(ウ) 相続
原告A4は,C3が死亡したことにより,上記(ア),(イ)を相続した。
(エ) 原告A4固有の慰謝料 600万円
原告A4は,唯一の家族であるC3を失ったばかりではなく,C3の遺体が炭化した状態に変わり果ててしまったことにより,C3に対する敬愛,追慕の情が害された。さらに,C3の死亡後,原告A4は,十二指腸潰瘍及び胃潰瘍を患い,ほとんど食事をとることができなくなってしまった。加えて,本件火災後の被告の消防職員の対応が不適切であったことも,慰謝料の増額要素となる。
(オ) 葬儀費用 150万円
(カ) 弁護士費用 636万5768円
(被告の主張)
否認ないし争う。
第3争点に対する判断
1 認定事実
前提事実,証拠(次に記載するほか,主な証拠を各項目に掲記する。甲5ないし9,12,15ないし24,乙1,3ないし8,10,13ないし16,20,21,24ないし48,50ないし65,(各枝番を含む。以下,特に特定しない限り,同様である。),証人E11,同E3,同E12,同E13,同E14,同E2,同E1,同E15,同D1,同D3,同D4,同D5,同D2,同E16,原告A1本人,原告A2本人,原告A3本人,原告A4本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 本件火災発生時の本件店舗内の状況及び従業員らの行動(甲5,6,12,18,24,乙13ないし16,20,21,24ないし43,45,47,50ないし54,63,64,証人D1,同D3,同D4,同D5,同D2)
ア Bは,12月13日午後8時15分ころ(以下,特に断らない限り,月日は12月13日のことである。),準耐火建築物である本件店舗北西側寝具売場の陳列棚に置かれたビニールケース入りの布団及びクッションにそれぞれ火を放った。
イ 午後8時16分28秒ないし38秒ころ,本件店舗に設置された自動火災報知設備が火災を感知し,即座に,女性の声で火事の発生を知らせる発報放送が28秒間流れた(なお,上記火災報知設備は,その後,2分間の間隔を空けて,男性の声による23秒間の火災放送と10秒間の警告音を繰り返し流すものであった。)。
ウ 午後8時17分18秒ころ,上記自動火災報知設備と連動したG社コントローラーを通じ,G社の西関東中央コントロールセンターに,d店で火災異常の入電がなされた。G社の従業員は,d店に電話を架けて,同店で火事が発生しているのかどうかを確認し,午後8時19分37秒ころ,119番通報をした(以下「G社119番通報」という。)。
エ 本件火災発生当時,事務所にいたD1は,事務所で女性の声による「火事です」という放送(発報放送と思われる。)を聞き,誤作動かどうかを確認するためにポンプ室に向かったところ,ポンプ室の横にある従業用トイレに水を汲みに来ていたD9から,寝具売場が火事である旨を告げられた。そこで,D1は他の従業員と共に,消火のために寝具売場に向かった。その途中,D1は,外周通路からブランド品売場に入ったところから,同売場奥の一角(以下「サークル」という。)の机の脇にいたC2及びC1に119番通報を依頼した。
オ 従業員のD2,D5,D6,D7,D8,D9,D10らは,寝具売場付近に集まり,消火器や簡易消火用具を用いて消火活動に当たった。その際,C3も,上記従業員らと共に,消火器を用いて消火作業に当たっていた(なお,他の従業員がC3の姿を確認したのは,このときが最後であった。)。さらに,D2,D1,D11は,屋内消火栓ホースを延長して消火に当たろうとしたが,炎が天井に届くほど火勢が増し,黒煙が上がるなどしたことから,D2は従業員らに避難するよう指示した。そこで,消火活動に当たっていた従業員らは,他の客や従業員に避難を呼び掛けながら,北側出入口ないし従業員出入口から本件店舗の外に出た。
カ 他方,従業員のD12,D13,D14,D15,D4,D16,D17,D18,D19らも,本件店舗内の客を北側出入口に避難誘導した後,北側出入口ないし従業員出入口から本件店舗の外に出た。
キ 避難の最中,D1がブランド品売場の脇からサークルの方を見た際には,同所にC2やC1はいなかった。このとき,同売場は照明が点いた状態であり,薄い煙が立ち込めていた。
ク D2は,北側入口から出た直後,D12に対し,119番通報をするよう指示した。これを受けて,D12は,午後8時21分41秒ころ,携帯電話から119番通報をした。また,近くにいたD6も,午後8時21分56秒ころ,携帯電話から119番通報をした。
さらに,D1も,午後8時24分36秒ころ,搬入口付近において,携帯電話から119番通報をした。
ケ 従業員のうち,D15,D4,D16らは,本件店舗外に出た後,再び店舗内に入り,事務所に荷物を取りに行った。また,D13,D14,D4,D19,D15は,本件店舗屋上の自分の自動車等を別の駐車場に移動させ,D6,D3,D9,D2,D18,D5も,本件店舗屋上及び搬入口付近のスロープなどで,客の自動車の避難誘導を行った。その後,従業員らは,搬入口付近や第2駐車場付近に移動した。
コ 第2駐車場に集まった従業員らは,互いに点呼を取るなどし,その結果,C2とC1が見当たらないという話になった(なお,従業員らにおいて,この時点で,C3がいないことについても確認されていたかどうかについては,証拠上明らかではない。)。D16らが本件被害者らの携帯電話に電話を架けたが,本件被害者らはいずれも電話に出なかった。
そこで,D4,D12,D14は,本件被害者らを探すため,従業員出入口から本件店舗内に入ったが,黒煙がひどかったためにバックヤードと店舗部分との出入口付近で引き返した。
サ その後,従業員の一部は,第2駐車場に留まって火災の様子を見るなどしていたほか,D2,D12,D5ら一部の従業員は,本件店舗北側に移動し,同所に設置された指揮本部において,本件店舗の構造や行方不明者について,消防職員に説明を行うなどした。
シ さらにその後,従業員らは,消防職員から健康状態についての問診等を受けた上,さいたま市立病院及びさいたま日赤救命センターに搬送されて診断を受け,従業員のうち,D11,D1,D3,D17,D19,D20,D12が本件火災により負傷したものと診断された。
(2) C2による119番通報(本件通報)の経緯及び通話内容(甲6,12の10,甲18,乙31,46,47の1・2,乙50,51,61,63,64,証人D1,同E11,同E15,同E16)
ア C2は,午後8時19分ころ,ブランド売場のサークルの机上の固定電話から,119番通報をした(本件通報。通報の受信時刻の詳細については後述する。)。
イ 本件通報に対応したのは,指令課のE11であった。C2とE11との間の通話内容は以下のとおりであった。
E11 火事ですか,救急ですか?
C2 えーと,火事なんですけども。
E11 F社で火事?
C2 はい,そうです。
E11 火事なのね,何が燃えてんの?
C2 な,何が燃えてんだろう。何が燃えてんだか,ちょっとわかんないですけど。
E11 何?自火報なの?
C2 はい?
E11 火が出てんの?
C2 火は出てる。ここからはちょっと見えないんですけど,煙がすごいです。
E11 どこで,F社の中?
C2 F社の中で。
E11 はい。これ何階建て?
C2 はい?
E11 何階建て?
C2 私の?
E11 何階建て,F社は?
C2 えっごめんなさい,聞こえないんですけど。
E11 F社は何階建てなの?
C2 あ,えーと2階建てで上が駐車場です。
E11 上,駐車場?
C2 はい。
E11 はい。そんで1階2階だけなのね?
C2 そうです。で1階から火が出てます。
E11 1階から火が出てんの?
C2 はい。
E11 はい。今,出しますからね。なぜ・・・あの,おたくさんのお名前は?
C2 はい?
E11 おたくさんのお名前は?
C2 あ,私C2って言います。
E11 C2さんね。
C2 はい。
E11 電話番号は○○○の○○○○でいいの?
C2 はい。
E11 はい,今行きますからね。
C2 はい,お願いします。
E11 1階のどの辺で煙が出てんの?
C2 はい?
E11 1階のどの辺で煙が出てんの?
C2 ちょっとわかんないんですけど,すいません私出ます。
ウ 上記会話の後,C2はE11の呼び掛けに応答しなくなり,その後,回線が切断された。E11とC2との通話時間は,約1分25秒であった。
エ 本件通報の受信時刻について
証拠(乙46,50,63,64,証人E15,同E16)及び弁論の全趣旨によれば,指令課に119番通報が入電された場合,指令課の職員が指令台前のパネルのうち「119受付」又は「携帯119受付」に触れることにより通報者との会話が開始され,パネルに触れた時間が「受付時間」として,自動的に指令課に火災記録として記録されること,本件火災に係る火災記録(乙46)には,本件火災の受付時刻が午後8時19分19秒である旨記録されていること,119番通報受信の際,受付開始後に会話の音声が一定レベル以上になると自動的に長時間録音装置に通報内容が記録されことになっていたところ,本件通報については午後8時19分18秒から録音が開始されていること,さいたま市消防局においては,指令課の火災記録の受付時刻をもって,正式な119番通報の受信時刻としていること,以上の事実が認められ,これらの事実に照らせば,本件通報の受信時刻は,午後8時19分19秒であったことが認められる(なお,長時間録音装置の開始時刻と火災記録の受信時刻とに1秒の差異が生じているのは,それぞれの記録媒体自体の時刻のずれによるものであると推認される。この点,原告らは,本件火災については,少なくとも他に3件の119番通報が記録されているところ,このうち,本件通報のみについて時差が生じているのは不自然である旨主張するが,時差の程度によってはこのような現象が生じることも不合理とはいえない。)。
これに対し,原告らは,本件通報の受信時刻は,午後8時19分42秒であった旨主張し,その根拠として,本件火災後にさいたま市消防局から警察に対して提出されたカセットテープ(以下「本件テープ」という。)のケース(甲24)及び警察官作成の「119番通報が録音されたカセットテープの解析について」と題する書面(以下「捜査報告書1」という。甲6。)には本件通報の受信時刻が午後8時19分42秒であった旨の記載があること,警察官作成の「119番通報の解析及び非常警報の時間経過特定について」と題する書面(以下「捜査報告書2」という。甲18。)によれば,本件通報の受信時刻が午後8時19分42秒であったとすれば,本件店舗内の非常警報の開始時間と矛盾しないとされていることなどを指摘する。
この点,証拠(甲5,6,18,24,証人E2)によれば,原告らが指摘する記載のある本件テープがE2から警察官に対し提出されたことが認められ(ただし,本件テープの記載は,その後,乙63記載の受信時刻と照合したE15により,午後8時19分19秒と訂正されている。甲24,証人E15,弁論の全趣旨。),さいたま市消防局から警察官に対し,当初,本件通報の受信時刻は午後8時19分42秒であった旨報告されていたことが推認される。しかしながら,他方,証拠(乙47の1・2,乙50,51)によれば,本件火災に関して午後8時19分19秒に119番通報があったことは,上記火災記録から明らかであるところ,午後8時19分37秒受信のG社119番通報の受信開始から約15秒経過したころ,「何階建て?」,「何階建て,F社は?」という,本件通報中のE11のC2に対する問い掛けが録音されていること,G社119番通報において,G社の従業員が「入電は今のところ無いということで。」と述べたのに対し,対応した消防職員は「今入電はありましたよ。その前に1本。」と回答しており,G社119番通報に先立って119番通報がなされていたことが認められ,G社119番通報に先立って本件通報がされていたことが明らかである。そうすると,本件通報の受信時刻が午後8時19分42秒であるとすれば,上記の事実関係と明らかに符合しないから,本件テープのケースに本件通報の受信時刻として午後8時19分42秒である旨の誤った記載がされた経緯は不明であるものの,捜査報告書1及び捜査報告書2もこの誤った受信時刻に基づき作成されたものであると考えられるのであって,これらの証拠を根拠に,本件通報の受信時刻が午後8時19分42秒であったと認めることはできない。
さらに,捜査報告書2においては,本件通報の受信時刻が午後8時19分42秒であることを前提に,火災放送のサイクルを逆算した結果,火災報知機の作動時刻との間に矛盾がないものとされているけれども,本件通報の受信時刻が午後8時19分19秒であることを前提としても,火災報知機の作動時刻と本件テープに録音された火災放送とが整合しないとはいえないから(捜査報告書2においては,本件通報の受信時刻が午後8時19分42秒であることを前提に,本件通報直前の火災放送が火災報知機作動後2回目の火災放送であって,本件テープに記録された最初の警告音も火災報知機作動後2回目の警告音であると仮定して逆算すれば,火災報知機の作動時刻は午後8時16分29秒となり,判明している実際の火災報知機の作動時刻(午後8時16分28秒から午後8時16分38秒の間)と整合する旨結論付けているところ,本件通報の受信時刻が午後8時19分19秒であった場合であっても,本件通報直前の火災放送が火災報知機作動後1回目の火災放送であったとすれば,火災報知機の作動時刻は午後8時16分39秒となり,実際の火災報知機の作動時刻とのずれは1秒にすぎないことになる。),上記認定を覆す根拠とはならない。
さらに,原告らは,本件通報の受信に関する消防職員の説明が3回の会合の度に変遷していることも,第3回会合における消防職員の説明が虚偽であることの根拠である旨主張するけれども,後記のとおり,第1回会合で午後8時20分である旨説明されたのは本件通報の覚知時間であって,証拠(証人E11,同E1)及び弁論の全趣旨によれば,覚知時刻とは,通報に対応した職員が指令台のタッチパネルのうち「指令開始」に触れ,出動の指令を開始した時刻を指すものであって,上記の受信時刻とは異なるから,消防職員による上記の説明を根拠に,本件通報の受信時刻が午後8時19分19秒である旨の消防職員の説明が虚偽であると認めることもできない。
その他,原告らが主張する種々の事実によっても,上記認定を覆すに足りない。
(3) 本件火災現場における消防職員の活動(甲7ないし9,19の1・2,乙1,3ないし7,48の1・2,乙55ないし60,64,証人E3,同E14,同E12,同E13)
ア さいたま市の消防活動体制及び本件火災における消防活動の概要
(ア) さいたま市内から発信された119番通報は,指令課の受信台に入電され,指令課の職員が通報者から事案の概要を聴取しながら,コンピューター操作により,現場を管轄する各消防署に出動指令を行うという仕組みがとられている。各消防署への出動指令は,コンピューター音声により行われ,出動種別,住所,建物名のみが伝えられる。出動種別は,現場活動に必要な車両台数に応じ,第1出動から第3出動までの3段階に分かれている。
各消防署にはそれぞれ署隊が置かれ,署隊は,大隊,中隊,小隊から構成される。大隊長の任務は,出場各隊を総括指揮及び監察すると共に火災等の状況を把握し,消防部隊の中枢として効率的な警防対策を講じるというものである。大隊には,指揮隊を置き,大隊長が指揮隊長を務めるものとされる。指揮隊の任務は,各種情報の収集整理に関する事項,火災等の実態把握に関する事項,出場部隊の把握に関する事項,通信連絡に関する事項,関係資料の確保及び関係機関との連絡に関する事項,現場広報に関する事項,火災に至った経過等の把握に関する事項,その他指揮本部長の特命事項に関する事項である。
火災現場においては,一次的には,火災現場を管轄する署の大隊長が指揮本部を設置し,最高指揮者として現場を指揮するものとされる。
(イ) 午後8時20分ころ,指令課から,本件火災現場を管轄する消防署に対し,「火災発生,第1出場。現場は,さいたま市緑区ab番地c。」との内容の指令が下された。
上記指令を受け,緑消防署からは,車両5台,消防職員17名が出動した。タンク車(緑1隊)を先頭に,ポンプ車(緑2隊),救助工作車(緑救助1隊),指揮官車(緑指揮1隊),救急車(救急緑1隊)の5台が連なるようにして本件火災現場に向かった。先頭の緑1隊が緑消防署から出動した時刻は午後8時22分29秒ころ,本件火災現場に到着した時刻は午後8時25分3秒ころであった。
第1出動では,上記のほか,浦和,大宮,木崎,日の出,東浦和,美園の各消防署又は出張所からの出動も合わせて,合計12台の車両及び41名の消防職員が出動した。
イ 本件火災現場における緑消防署の消防職員の活動
(ア) 本件火災においては,緑消防署の大隊長であり指揮隊隊長であるE3が消防活動全体を指揮した。
E3は,出動途中の午後8時24分ころ,乗車していた指揮官車から無線で指令課に現場の状況を確認したところ,本件店舗内の商品が炎上中である旨の回答を得た。そこで,E3は,指令課を通じ各隊に対し,要救助者の有無の調査を最優先とすること,及び屋内侵入の際には空気呼吸器を完全装着することを命じた。
E3は,同日午後8時25分25秒ころ,国道沿いの本件店舗北東に緑指揮1隊の指揮官車を停車させた。このとき,本件店舗の北側出入口からは,煙が噴出している状態であり,E3は,同車の中から,それを確認し,指令課に報告した。その後,E3は,各隊員に対し,要救助者の情報収集,本件店舗北東側への指揮本部の設置,消火活動の準備を命じた。
その後,E3は,搬入口付近まで火災の状況を確認に行った後,d交差点の南西角付近において,d店の関係者とみられる男性から,本件店舗の客や従業員は全員避難した旨を聴取した。E3が男性から聞き取りを行っている最中,緑救助1隊のE14もこれに合流した。
午後8時26分ころ,E3は,緑指揮隊に対し,行方不明者がいない旨を指令課に報告させ,指令課から各隊に対し,行方不明者がいないことが伝達された。さらに,E14は,緑救助1隊の隊員に対し,行方不明者がいないことから,消火活動を実施するよう命じた。そこで,同隊の隊員2名が北側出口から本件店舗内に侵入し,約10分間,消火活動を行った。同じころ,緑1隊及び緑2隊は,本件店舗の北側出口付近から放水を行った。
午後8時32分ころ,E3は,各隊員に対し,行方不明者の情報収集を再度命じ,指令課に対し,行方不明者を再確認中である旨報告した。
(イ) 本件火災現場到着後,E3が搬入口付近まで移動したかどうかについて
本件火災現場到着後,E3が搬入口付近まで移動したことについては,これを裏付ける証拠(乙3,57,証人E3)が存在する。
他方,原告らは,本件火災直後である12月27日に作成されたE3の供述調書(甲8)には,E3が搬入口付近まで行った旨の記載がないこと,E3は,第2回会合では交差点付近に移動した旨説明しており,搬入口付近まで移動したとする第3回会合の説明と内容が変遷していることを根拠に,上記の事実を争う。しかしながら,上記供述調書は,本件火災の刑事捜査の過程で作成されたものであって,必ずしも消火活動の詳細を記録することを目的とするものではないから,同調書に記載がないことから直ちにかかる事実が存在しなかったと推認することはできないし,後述するとおり,E3が第2回会合において,上記の説明をしたことを裏付ける的確な証拠はないことに照らしても,上記認定を覆すに足りないといわざるを得ない(なお,証人E1は,証人尋問期日において,原告代理人から「E3さんは,遺族の方に対して,本件火災の当時,自分は逃げ遅れた者がいないかをd店の従業員に確かめるためにd交差点付近にいたと,ほかの従業員たちは,第2駐車場の方まで確認に行っているはずであると,そのような説明を遺族の方にしていませんか。」と聞かれたのに対し,「説明しておりました。」と答えているものの,その後被告代理人から「2回目の会合の時のE3さんの現場到着後の動きについての遺族に対する説明内容については,きちんと覚えているのですか。」と聞かれて「覚えておりません。」と回答していることや弁論の全趣旨に照らせば,E3が上記趣旨の発言をしたことを認める趣旨でE1が上記証言をしたとは解し難い。)。
ウ 本件火災における浦和指揮1隊(E12,E13)の活動
(ア) 本件火災において,浦和指揮1隊は,情報指揮隊として,要救助者及び延焼の有無について調査する任務にあった。
浦和指揮1隊は,午後8時23分24秒ころ,浦和消防署を出場し,午後8時28分51秒ころ,第2駐車場付近に到着した。
第2駐車場に到着後,E12は,第2駐車場に集まっていた従業員らに対し,ハンドマイクを用いて2回ほど「責任者の方いませんか。」などと呼びかけたが,従業員らからの反応がなかったため,E13と共に降車し,従業員らに近付きながら,再度,「責任者の方いませんか。関係者の方いませんか。」などと呼びかけた。
そうしたところ,従業員らしき人物が,歩道にいたd店のマネージャーであるD2を指差した。E12は,D2に近付き,d店の関係者であるかどうか確認をしたところ,D2がこれを認める反応をしたため,E12は,E13と共に,D2を指揮本部に連れて行った。指揮本部まで歩いている間,D2は携帯電話で通話中であったため,E12及びE13は,D2に対し,質問等をしなかった。
指揮本部到着後,E13は,D2に対し,d店の住所,氏名,D2の役職等について聴取を行い,午後8時34分ころ,これらの情報を指令課に伝達した。
その後,E13が,D2に対し,d店の従業員数を確認しようとしたところ,D2が,E13に対し,C2及びC1の2名が行方不明である旨を伝えた。
そこで,E13は,午後8時37分ころ,指令課に対し,2名の女性が行方不明である模様であり,その旨全隊に周知させるよう依頼した。さらに,E13は,E14を呼び,引き続き,行方不明である従業員の性別,氏名,本件店舗内でいたと思われる場所についての情報の聴取を行い,指令課に対し,聴取した事項を再度伝達した。
(イ) 本件火災現場到着後,E12及びE13が,第2駐車場付近で呼び掛け等を行ったかどうかについて
被告は,本件火災現場到着後,E12及びE13が,第2駐車場付近で呼び掛け等を行った旨主張し,E12及びE13もこれに沿う陳述をする。そして,上記認定事実のとおり,従業員の多くは,本件店舗から避難した後,第2駐車場付近に集まっていたこと,E12及びE13が所属する浦和指揮1隊は要救助者及び延焼の有無について調査する任務にあったところ,浦和指揮1隊が午後8時28分51秒ころ第2駐車場付近に到着した後,午後8時34分ころには,E13はd店のマネージャーであるD2からの聴取を行った上で指令課に第1報を入れていること,D2自身も,d店の店長などに携帯電話で電話を架けていたこと及び「責任者の方いますか。」と消防職員に呼び掛けられたことを認めていること(証人D2),本件火災直後の聞取り調査において,D11は,「第2駐車場に移動し火事を見ていると,消防隊の人が来て「従業員でいない人はいないか,店内に客が取り残されていないないか確認して下さい。」と言われた。」旨回答していること(乙26),E12及びE13の陳述それ自体に不自然,不合理な点もないことなどに照らせば,上記のE12及びE13の陳述は信用することができる。
これに対して,原告らは,本件火災当時,消防職員が第2駐車場付近において,ハンドマイクを用いて呼び掛け等を行っているのを見た従業員はいないこと,消防職員らがそのような呼び掛けを行っていれば,すぐにC2らが行方不明であることを伝えたはずであり,従業員らが自ら本件被害者らを探すために本件店舗内に入るはずがないなどと主張する。しかしながら,D4らがC2らを探すために本件店舗に入った時刻と浦和指揮隊が第2駐車場付近に到着した時刻との先後関係は不明であるし(なお,D15は,D4らが本件店舗から出てきた後,初めて本件店舗西側で消防職員の姿を見た旨述べている。甲12の3。),従業員らの多くは,一度は第2駐車場付近に集合しているものの,その後,行方不明者を探すためにd交差点付近に移動したり,県道南方の交通整理をするなどしており,必ずしも常時第2駐車場付近にいたわけではないこと(甲12の2ないし5・7ないし9・11,証人D3,同D4,同D5),従業員らの中には避難時に煙を吸うなどして負傷していた者もおり,本件火災後の混乱において,必ずしも明確には状況を認識できる状態にあったとはいえないことなどに照らせば(なお,第2駐車場付近での消防職員の活動について,記憶にない,又は明確に覚えていない旨述べている従業員も多い。),原告らの主張する事実によっても,上記認定は覆されない。
エ その後の消火活動等
(ア) 指令課は,女性2名が行方不明である模様であるとのE13からの連絡を受けて,直ちに,各隊に対し,その旨を伝えると共に,至急行方不明者を検索するよう指示した。他方,E3は,E14ら隊員5名で救助隊を編成すると共に,指令課に対し,救急隊の増強出動を要請した。午後8時40分ころ,E14らは,搬入口から本件店舗内に侵入して行方不明者の検索活動を行った。E14らは,ブランド品売場付近まで近付いたものの,急激に周囲の温度が上昇し,黒煙が立ち込めてきたため,検索を断念し,午後9時ころには本件店舗から脱出した。E14は,この検索活動により,一酸化炭素中毒及び耳に熱傷を負い,川口医療センターに搬送された。
この間,E3は,店舗内の濃煙が激しくなったことから,各消防団に対し,店舗内への侵入を禁止し,消火隊の後方支援を命じた。その後,北側入口から消防職員を侵入させて,店内の排煙装置の開放を試みたが,濃煙及び熱気が激しくなったためにこれを断念した。さらに,E3は,午後9時26分,第2出動を要請し,これにより,タンク車2台,ポンプ車2台,救助工作車1台,隊員18名が増強され,本件店舗北側出入口付近からの放水活動が続けられた。午後10時15分には,緑消防署長のE6が本件火災現場に臨場し,本件火災現場の指揮責任者となった。
(イ) 午後10時23分ころ,従業員から,男性の従業員1名も行方不明であるとの情報が消防職員に伝えられた。
(ウ) 12月14日午前0時21分ころには,屋上駐車場への放水のために,はしご車2台が増強された。
(エ) 同日午前1時ころ,屋上駐車場の中央付近の一部が崩落した。同日午前1時40分ころ,ようやく火勢が衰え始め,同日午前1時55分,消防職員が本件店舗内に侵入し,検索及び残火処理を開始し,同日午前3時5分には火勢が鎮圧したことから,消火活動に当たっていた部隊員が縮小された。さらに,出火から12時間以上経過後の同日午前8時40分には,本件火災は鎮火された。
(4) 本件被害者らの遺体の発見状況等(甲15,16,乙1,8,10,乙64(各枝番を含む。))
12月14日午前8時24分ころには,シューズ・スポーツ用品売場において,C3が頭部を北側にして仰臥位で死亡しているのが発見された。同日午前8時35分ころ,同売場でC1が頭部を南西側にして仰臥位で死亡しているのが発見された。さらに,同日午前10時35分ころ,カー用品売場でC2が頭部を西側にして仰臥位で死亡しているのが発見された。
本件被害者らの死因は,いずれも火傷死とされ,本件被害者らの死亡時の血中一酸化炭素ヘモグロビン飽和度は,C1については80パーセント,C2及びC3については73パーセントであった。
(5) 3回の会合の状況(甲20ないし23,乙57,62,証人E3,同E2,同E1,原告A1本人,原告A2本人,原告A3本人,原告A4本人)
ア 第1回会合について
原告ら及び国会議員の要請を受けて,平成17年4月29日,第1回会合が開催された。第1回会合には,さいたま市消防局警防部企画監のE1,同部警防課長のE2,査察指導課長のE4及び予防課長のE5の4名並びに原告らが出席した。
会合では,火災の状況,緑消防署の消防隊の出場時の状況,人命検索及び火災活動の状況等について報告がなされた。そのなかで,E2は,本件通報の覚知時刻が午後8時20分である旨述べた。
イ 第2回会合について
第1回会合において,原告らから,火災現場に立ち会った消防職員からの説明を聞きたいとの要望が出されたため,これを受けて,平成17年5月28日,第2回会合が開催された。第2回会合には,E1,E5,E2のほか,緑消防署長のE6及び上野出張所長のE3の5名並びに原告らが出席した。
第2回会合では,緑消防署の消防隊の出動の際の状況,現場に到着してからの消火及び人命検索の状況について遺族から質問が出された。
同会合後,原告A3から,もっと早く中に入って助けることはできなかったかなどとと問われたE3は,隊員の命も大事である旨発言した。
ウ 第3回会合について
原告ら及び国会議員の要請を受けて,平成18年3月29日,第3回会合が開催された。第3回会合には,消防職員としては,E1,E6,E3のほか,警防部長のE7,調整主幹のE8及び主査のE9の6名,原告らのうち原告A3を除く3名のほか,国会議員の秘書,総務省消防庁のE10課長補佐が出席した。
第3回会合においても,第1回会合及び第2回会合と同様に,緑消防署の消防隊の出動の際の状況,現場に到着してからの消火及び人命検索の状況について出席した原告らから質問が出された。その中で,E8は,本件通報の受信時刻が午後8時19分19秒である旨述べた。
また,同会合の最中,E3の言動を制するために,E6が,E3の足を突いた。
2 本件火災の発生時及びその後の消防職員の対応に義務違反(過失)があるか。
(1) 本件火災に対応した消防職員の義務について
一般に,消防職員において,火災関係者に対し,火災発見者からの119番通報を受信した場合に,通報者から火災情報を的確に収集した上で,通報者に危険が迫っているような状況であれば,適切に避難等を指示する義務(適切な対応指示義務),並びに,火災現場に到着した場合に,火災に遭って人命に対する危難が生じている者がいないかを十分に確認し,行方不明者がいる疑いがある場合には,その検索と救出に全力をあげる義務(人命検索活動義務)を負うことについては,当事者間に争いがない。
(2) 適切な対応指示義務違反について
ア 認定事実,証拠(甲14,乙55,61,証人E11),及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 本件通報に対応したE11は,本件通報当時,指令課の副主幹であり,平成12年4月以降本件通報までに,約4年8か月にわたり,119番通報への対応業務を行っていた。
(イ) 本件火災当時のさいたま市消防通信規程(乙55)によれば,消防職員は,災害通報を受報したときは,災害の種別,場所,規模,傷病者の状況その他必要な事項を迅速かつ的確に把握しなければならないものとされていた(8条1項)。また,本件火災当時,さいたま市消防局が準拠していた119応対マニュアル(甲14)によれば,火災による通報を受信した場合には,燃焼物件の把握,火災種別に応じた対応,通報者の氏名等の確認を行うものとされていた。
(ウ) 指令課においては,一般に,119番通報に対して,①災害種別(火災か救急か)の確認,②何が燃えているか,火災現場の位置の確認(119番通報の発信地表示と火災現場とが一致するかどうかの確認),③建物火災の場合には,はしご車等の準備のための建物の構造及び階数の確認,④具体的な出火場所と火災状況の確認,⑤通報者の氏名,電話番号の確認を行うものとされていた。これらの情報を聴取しながら,さいたま市の消防緊急情報システムに入力すると,火災場所及び建物の構造と共に,出場すべき消防署,出場する消防車の種類,救急車やはしご車の必要性の有無等が自動的に決定されることになっていた。
イ 本件通話に対応したE11とC2との会話の内容等は,前記1(2)ア,イ,ウのとおりであり,E11は,本件通報を受信した後,通報の目的が救急か火災かどうか,出火場所が,発信地表示システムに通報元として表示されていたd店と一致するのかどうかについて確認し,さらに,同店の建物の構造及び出火階,通報者の氏名及び電話番号を尋ねたこと,E11がC2に対し,出火場所の詳細について尋ねたところで,C2が「私出ます。」と告げて,電話口から離れたこと,C2とE11との通話時間は約1分25秒間であったことが認められるところ,上記アの事実にも照らせば,E11の対応は,その後の消防活動の態様を決定する上で必要不可欠な事項を聴取したものであり,本件火災当時にさいたま市が準拠していたさいたま市消防通信規程及び119応対マニュアルの内容並びに当時の指令課の一般的な対応手順にも沿ったものであったといえる。
これに対し,原告らは,本件通報において,C2が「煙がすごいです。」と伝えていること,E11にはC2の背後で放送されていた非常警報の火災放送及び警告音も聞こえていたと思われること,建物火災時の死亡原因のうち4分の1は煙を吸ったことによるものであるとする統計資料も存在し,119応対マニュアルにおいても,百貨店等不特定多数の者が出入りする場所における火災への対応につき「不特定多数の者が出入りする場所等から通報を受けた場合,特に営業中か否か,避難誘導等の状況を関係者から聴取する。避難誘導を最優先に行わせる」旨の記載や,通報者が第一通報者である場合の対応につき「通報者に危険が迫っているような状況であれば,聴取事項は必要最小限にとどめ,早期避難を指示する。」とされていることなどを理由に,E11は煙が拡散することによりC2の身体に危険が及ぶことを容易に認識することができたはずであり,C2に対し早期に避難指示を行うべきであった旨主張する。
この点,119番通報に対応する消防職員としては,通報者がどのような状況にあるかを早期に把握し,通報者自身に危険が迫っていることが推測されれば,早期に避難を指示すべきものであるけれども,認定事実のとおり,本件通報においては,「何が燃えてんの?」とのE11の問いかけに対し,C2が「何が燃えてんだろう。何が燃えてんだか,ちょっとわかんないですけど。」と答え,さらに,火災現場からの通報なのかどうか疑問に思ったE11が「自火報なの。」,「火が出てんの。」と尋ねたのに対し,C2は「火は出てる。ここからはちょっと見えないんですけど,煙がすごいです。」と答えるなど,火元から離れていることをうかがわせるような発言をしていること,C2は,本件通報の最後に「ちょっとわかんないんですけど,すいません私出ます。」と述べて電話口を離れるまでの間,取り乱したりする様子はなく,E11の問い掛けに対し比較的冷静に受け答えをしていること(乙47の1),D1やD16が本件店舗外に向かいながらブランド品売場を見た際には,C2及びC1の姿はなく,少なくともこの時までにはC2とE11との通話は終了していたと考えられるところ,本件通報の間,C2及びC1以外の従業員は,火元付近で消火活動や避難誘導を継続しており,その後,本件被害者らを除いては,皆本件店舗から避難していることに照らせば,客観的にも,本件通報の間,とりわけC2及びC1が直ちに避難を要するような危険な状況にあったとまではいえないことも勘案すると,本件通報の際,通報者は火元から離れているものと判断した上で,避難指示をすることなく必要事項の聴取を継続したE11の対応が,適切な対応指示義務に違反するものであって,過失があるとまでいうことはできない。したがって,原告らの上記主張は採用することができない。また,前記のとおり,D1が避難する際には,ブランド品売場のサークルの周囲にはC2やC1はおらず,C2とE11との通話は既に終了していたと考えられるし,C3については,他の従業員と共に消火作業に当たっていたというのであるから,本件被害者らの死亡と,本件通報におけるE11のC2に対する対応との間に相当因果関係があると認めることもできない。
(3) 人命検索活動義務違反について
原告らは,本件火災に臨場した消防職員は,本件火災現場に到着後,本件店舗から逃げ遅れた者がいるかどうかについて1名から聞き取りを行った後,逃げ遅れた者はいないとの情報を安易に信用し,その後,D2らから,従業員2名が逃げ遅れている可能性があるとの情報を得るまでの間,約11分間に渡り,拡声器等を用いるなどして関係者から情報を得るための活動を何ら行わなかった旨主張する。
しかしながら,上記認定事実のとおり,本件店舗の客や従業員は全員避難した旨を聴取した後である午後8時32分ころにも,E3は,隊員に対し,行方不明者の情報収集を再度命じ,指令課に対し,行方不明者を再確認中である旨報告したこと,そのころ,本件火災現場の情報指揮隊として要救助者及び延焼の有無について調査する任務に当たっていた浦和指揮1隊も,第2駐車場付近に到着し,第2駐車場に集まっていた従業員らに対し,ハンドマイクを用いて「責任者の方いませんか。」などと呼び掛けを行ったことが認められるから,原告らの上記主張は採用することができない。
そして,上記の事実に加え,前記1(3)イ(ア),ウ(ア),エのとおり,本件火災現場の消火活動等を指揮したE3は,本件火災現場までの出動途中の8時24分ころ,乗車していた指揮官車から指令課を通じ,各隊に対し,行方不明者情報の最優先確認を命じたこと,本件火災現場到着後,E3は,各隊員に対し,行方不明者の情報収集を命じたこと,浦和指揮1隊の呼び掛けの結果,d店の責任者であるD2を発見するに至り,指揮本部において,D2から,d店の住所のほか,同人の氏名や役職を確認し,さらにD2から従業員2名が行方不明であることを告げられたため,即座に指令課に対し,行方不明者が2名いることを伝達すると共に,引き続き,行方不明である従業員の性別,氏名,本件店舗内でいたと思われる場所についての情報の聴取を行い,指令課に対し,聴取した事項を再度伝達したこと,その後直ちに救助隊を編成すると共に,救急隊の増強出動を要請し,数分後には救助隊が本件店舗内に侵入して行方不明者の検索活動を行ったものの,本件店舗内の火災の状況が悪化したため,20分程度で本件店舗内から引き揚げたこと,その後は,店舗内の濃煙が激しくなったことから,店舗内への侵入を断念したことが認められ,これらの人命検索活動について,特段不適切,不合理な点は認められない。
したがって,本件火災に対応した消防職員において,人命検索活動義務違反があったとは認められない。
(4) 火災原因等説明義務違反について
ア 行政がある事柄についての説明義務を負っているか否かは,説明義務を規定する法令の有無,当該事柄の内容・性質,住民と行政との相談・交渉の経緯等の具体的事情を総合して判断すべきであるところ,消防法等関係法令には,火災の被害者や関係者に対する火災原因の説明に関する定めは存在しない。この点,原告らは,消防職員は,火災原因及び損害の程度等の調査権限や質問権が与えられていることの反面として,火災後に関係者に対し,火災原因や火災による損害の程度等について説明する義務がある旨主張するが,上記のとおり,消防法等関係法令には,そのような説明に関する定めはなく,「火災を予防し,警戒し及び鎮圧し,国民の生命,身体及び財産を火災から保護すると共に,火災又は地震等の災害による被害を軽減するほか,災害等による傷病者の搬送を適切に行い,もって安寧秩序を保持し,社会公共の福祉の増進に資することを目的とする。」(消防法1条)という消防法の趣旨に照らしても,同法31条の定める火災原因等の調査は,その後の効果的な予防及び警戒の体制を確立すると共に,消火活動を遂行する上で不可欠な資料の提供を確保することを目的とするものと解されるから,上記のような規定があることから直ちに,原告らが主張するような説明義務を認めることはできない。
もっとも,火災原因の調査結果等について,火災の被害者やその遺族らの求めに応じて説明を行うこととなった際には,故意に虚偽の事実を告げることが許されないことはいうまでもないから,そのような場合には,別途,国家賠償法上違法となる余地があるものというべきである。
イ 本件通報の受信時刻に関する説明について
原告らは,第3回会合において,E8が,本件通報の受信時刻を午後8時19分19秒と説明した点について,意図的に虚偽の説明を行ったものである旨主張するところ,前記説示のとおり,本件通報の受信時刻は午後8時19分19秒と認められるから,原告らの主張は前提を欠く。
なお,前記認定のとおり,第1回会合で説明されたのは本件通報の覚知時間であって受信時刻ではなく,第3回会合でこれと異なる本件通報の受信時刻を告げたことも特段不合理とはいえない。さらに,原告らは,第2回会合では,本件通報の受信時刻が午後8時19分44秒であると説明されたと主張し,これをうかがわせるメモも存在するけれども(甲22の添付資料2),仮にそのような事実が存在したとしても,直ちに,消防職員が故意に虚偽の事実を述べたとか,本件通報の受信時刻に関する消防職員の説明全体が不合理なものであって,国家賠償法上違法であるとまではいえない。
ウ 本件火災現場到着後の消防職員の人命検索活動に関する説明について
原告らは,第3回会合において,E3が原告らに対し,本件火災現場に到着後,行方不明者の有無について情報を収集をするために,自ら第2駐車場の近くにある本件店舗南西側の荷物搬入口付近まで移動したと説明したこと,及び,関係者1名から本件店舗内に逃げ遅れた人がいないとの情報を得た後も,行方不明者に関する情報収集を継続していたと説明したことについて,意図的に虚偽の説明を行ったものである旨主張する。しかし,前記1(3)イ及びウのとおり,E3が本件火災到着後,搬入口付近に移動したこと及び行方不明者がいないとの情報を把握した後も,消防職員が行方不明者に関する情報収集を継続していたことが認められるから,E3が虚偽の説明をしたとは認められず,原告らの上記主張は失当である。
エ 消防職員のその他の言動について
上記のほか,消防職員が,会合の場で隊員の命が大事である旨述べたこと,他の職員の発言を制止するためにその足を突くなどしたことについては,前記のとおり,原告らが主張するような事実が存在したことが認められ,これらの言動がなされた状況や経緯,その態度等によっては,本件被害者らの遺族である原告らの心情を逆なでする結果となり,原告らに不快感を抱かせ得るものではあるけれども,上記言動がなされた具体的状況等は必ずしも明らかではなく,消防職員の言動が,特段,不適切なものであって,国家賠償法上,実質的に違法であるとまで認めることはできない。
3 以上のとおり,本件火災に対応した消防職員の行動には,いずれも原告らが主張するような義務懈怠(過失)があるとはいえないから,その余の点を判断するまでもなく,原告らの請求はいずれも理由がない。
第4結論
以上のとおりであるから,原告らの請求をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 片野悟好 裁判官 加藤正男 裁判官 濱辺麻由)