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さいたま地方裁判所 平成19年(行ウ)1号 判決 2007年10月31日

主文

1  戸田市長が原告に対し平成18年5月22日付戸市第××号をもってした情報非公開決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は,原告が,戸田市長に対し,戸田市情報公開条例(平成11年条例第2号。本件公開条例)に基づき,同市の平成18年3月31日現在の住居表示台帳(本件行政文書)について,写しの交付の方法による公開を請求したところ,同市長が,公開しない旨の決定(本件非公開決定)をしたので,被告に対し,同決定は違法であるとして,その取消しを求めた事案である。

2  関係法令等

(1)  住居表示に関する法律(住居表示法)には,次の内容の定めがある。

(住居表示の実施手続)

3条① 市町村は,前条に規定する方法による住居表示の実施のため,議会の議決を経て,市街地につき,当該区域における住居表示の方法を定めなければならない。

② 市町村は,前項の規定により区域及びその区域における住居表示の方法を定めたときは,当該区域について,街区符号及び住居番号又は道路の名称及び住居番号をつけなければならない。

③ 市町村は,前項の規定により街区符号及び住居番号又は道路の名称及び住居番号をつけたときは,住居表示を実施すべき区域及び期日並びに当該区域における住居表示の方法,街区符号又は道路の名称及び住居番号を告示するとともに,これらの事項を関係人及び関係行政機関の長に通知し,かつ,都道府県知事に報告しなければならない。

(住居表示義務)

6条① 何人も,住居の表示については,3条3項の告示に掲げる日以後は,当該告示に係る区域について,同条2項の規定よりつけられた街区符号及び住居番号又は道路の名称及び住居番号を用いるように努めなければならない。

② 国及び地方公共団体の機関は,住民基本台帳,選挙人名簿,法人登記簿その他の公簿に住居を表示するときは,3条3項の告示に掲げる日以後は,当該告示に係る区域について,他の法令に特別の定めがある場合を除くほか,同条2項の規定によりつけられた街区符号及び住居番号又は道路の名称及び住居番号を用いなければならない。

(表示板の設置等)

8条① 市町村は,3条3項の告示に係る区域の見やすい場所に,当該区域内の町若しくは字の名称及び街区符号又は道路の名称を記載した表示板を設けなければならない。

② 前項の区域にある建物その他工作物の所有者,管理者又は占有者は,市町村の条例で定めるところにより,見やすい場所に,住居番号を表示しなければならない。

(住居表示台帳)

9条① 市町村は,3条3項の告示に係る区域について,当該区域の住居表示台帳を備えなければならない。

② 市町村は,関係人から請求があつたときは,前項の住居表示台帳又はその写しを閲覧させなければならない。

(2)  本件公開条例

本件公開条例には,次の内容の定めがある(甲30)。

(目的)

1条 この条例は,行政文書の公開に関し必要な事項を定め,市民の知る権利を保障することにより,市政の公開性の向上と公正の確保を図るとともに,市の行政活動を市民に説明する責務を全うし,市民の市政への参加を促進し,市民と市政との信頼関係を深め,もって開かれた市政を実現することを目的とする。

(定義)

2条 この条例において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めるところによる。

(1)  実施機関 市長,教育委員会,選挙管理委員会,公平委員会,監査委員,農業委員会,固定資産評価審査委員会,水道事業管理委員会及び議会をいう。

(2)  行政文書 実施機関の職員が職務上作成し,又は取得した文書,図画及び電磁的記録(中略)であって,当該実施機関の職員が組織的に用いるものとして当該実施機関が管理し,保有しているものをいう。

(3)  行政文書の公開 行政文書を閲覧若しくは視聴に供し,又はその写し若しくはその複製を交付することをいう。

(公開請求)

5条 何人も,この条例に定めるところにより,実施機関に対し,公開請求することができる。

(公開請求の手続)

6条 請求者は,次の各号に掲げる事項を記載した規則で定める書面を実施機関に提出しなければならない。

(1)  請求者の氏名及び住所(法人その他の団体にあっては,名称,事務所又は事業所の所在地及び代表者の氏名)

(2)  行政文書の名称その他の公開請求に係る行政文書を特定するに足りる事項

(3)  公開請求に係る行政文書の公開の方法

(4)  その他実施機関が定める事項

(公開の原則)

7条 実施機関は,公開請求があった場合において,請求に係る行政文書の中に,次条に規定する公開しないことができる情報が記録されている場合を除き,請求者に対し,当該行政文書を公開しなければならない。

(公開しないことができる行政文書)

8条 実施機関は,法令等の規定により公開することができないとされるもののほか,次の各号のいずれかに該当する情報が記録されている行政文書は,これを公開しないことができる。

(3)  公開することにより,犯罪の予防及び捜査,警備その他の公共の安全と秩序の維持に著しい支障が生ずると明らかに認められる情報

(5)  実施機関が行う監査,検査,取締り,争訟,交渉,契約,試験,人事その他の事務又は事業に関する情報であって,公開することにより,当該事務若しくは事業の目的が損なわれ,又はその公正若しくは適正な執行に著しい支障が生ずると明らかに認められるもの

(公開請求に対する決定等)

12条① 実施機関は,6条の規定による公開請求があった場合は,当該公開請求があった日から起算して14日以内に,当該公開請求に対する公開の決定又は公開しない決定を行い,速やかに,当該請求者に対し,当該決定の内容並びに公開する日時及び場所(郵送により行政文書の写しを交付する場合を除く。)を書面により通知しなければならない。

② 実施機関は,前項に規定する期間内に公開の決定又は公開しない決定をすることができない相当の理由があるときは,当該公開請求があった日から起算して60日を限度として,当該期間を延長することができる。この場合において,実施機関は,速やかに,当該延長後の期間及びその理由を,請求者に対し,通知しなければならない。

③ 実施機関が,1項に規定する期間(2項の規定によりこの期間が延長された場合にあっては,その延長後の期間)内に公開の決定又は公開しない決定をしないときは,請求者は,その請求に係る行政文書の公開をしない旨の決定があったものとみなすことができる。

(他の制度との調整等)

22条① 法令等に行政文書の閲覧若しくは縦覧又は謄本,抄本その他の写しの交付について規定されている場合は,その定めるところによる。

② この条例は,市の図書館,郷土博物館その他の施設において,一般の利用に供することを目的として収録し,整理し,及び保存している資料等の閲覧及び写しの交付については,適用しない。

3  争いのない事実等(証拠により容易に認定できる事実については,括弧内に証拠を示す。)

(1)  当事者

ア 原告は,愛媛県松山市に本店を置き,土地建物その他不動産の調査・測量・図面の作成等を業とする株式会社である。

イ 戸田市長は,本件公開条例上の実施機関(同条例2条)であり,本件非公開決定をした行政庁である。

被告は,戸田市長の所属する地方公共団体である。

(2)  本件公開請求

原告は,平成18年5月2日付(同月9日受理)で,戸田市長に対し,本件公開条例6条に基づき,本件行政文書について,写しの交付の方法による公開請求をした(本件公開請求。甲1)。

(3)  本件非公開決定

戸田市長は,本件公開請求に対し,平成18年5月22日付戸市第××号をもって,本件公開条例12条1項に基づき,本件非公開決定をした(甲2)。

戸田市長は,情報公開等非公開決定通知書と題する書面(甲2)において,本件行政文書を非公開とする理由について,次のとおり記載した。

ア 住居表示法9条2項には住居表示台帳の閲覧について規定されているところ,本件公開条例22条1項によれば,このように他の法令等で行政文書の閲覧について規定されている場合は,その定めるところにより当該行政文書を閲覧に供するものとされているのであるから,本件行政文書は,本件公開条例による公開請求の対象とはならない。

イ 被告市内の建物の位置及び住所表示地番が明記された本件行政文書を作成時期を含め一括して公開すると,定期的に同様の公開請求を行うことにより,新築,改築された家屋等に係る情報が得られることになる。そうなると,この情報に基づき事業者がこれら家屋の居住者等に対し集中的に商行為におよぶことが考えられるのであるから,本件行政文書には,本件公開条例8条5号所定の非公開情報が記録されている。

(4)  異議申立て等

原告は,本件非公開決定を不服として,平成18年7月11日付で,戸田市長に対し,異議申立て(本件異議申立て)をした(甲3)。戸田市長は,本件異議申立てについて,戸田市情報公開審査会に諮問し,同審査会は,平成18年9月20日,上記諮問に対して,本件行政文書には,本件公開条例8条5号所定の非公開情報は記録されていないが,住居表示法には住居表示台帳の閲覧について規定されているので,本件行政文書は,本件公開条例による公開請求の対象とはならないとして,本件非公開決定は妥当であるとの答申をした(甲4)。これを受けて,戸田市長は,平成18年10月3日付で,本件異議申立てを棄却する旨の決定をした(甲3)。

そこで,原告は,平成19年1月25日,本件訴えを提起した。

4  争点及び争点に関する当事者の主張

(1)  本件公開条例22条1項の規定により,本件行政文書は,本件公開条例による公開請求の対象とならないか。

(被告の主張)

ア 法令等に行政文書に関し閲覧等の方法による開示について規定されている場合,当該法令等では,本件公開条例とは異なる趣旨目的で,開示を請求できる者の範囲や,その手数料の徴収等について定めている。そうであれば,当該行政文書の開示については,当該法令の規定を尊重し,それに従って開示に供することとし,当該行政文書を本件公開条例による公開請求の対象とはしないとするのが相当である。本件公開条例22条1項は,このことを定めた調整規定と解すべきである。

原告は,本件公開条例22条1項は,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(情報公開法)15条1項等と同様に,他の法令等による開示制度との重複を回避するための規定であり,他の法令等で行政文書の公開請求をすることができる場合に限り,本件公開条例の適用を排除する趣旨である旨主張する。しかしながら,情報公開法15条1項は,「行政機関の長が,他の法令の規定により,何人にも開示請求に係る行政文書が前条1項本文に規定する方法と同一の方法で開示することとされている場合(中略)には,同項本文の規定にかかわらず,当該行政文書については,当該同一の方法による開示を行わない。」と規定するところ,本件公開条例22条1項には,情報公開法15条1項で用いられている「当該同一の方法による」との文言がないのであるから,本件公開条例22条1項は,単に他の法令等による開示制度との重複を回避するための規定とはいえない。

イ 住居表示法9条2項は,本件行政文書の開示について規定しているのであるから,本件行政文書は,住居表示法の規定に従って開示されるべきであり,本件公開条例による公開請求の対象とはならない。

ウ そして,住居表示法9条2項にいう「関係人」とは,①当該住居表示実施区域に住所を有する者,②当該区域に居所,事業所,その他の施設を有する者及び当該区域で新たに住所を設定しようとする者,営業を行おうとする者をいうと解されるところ,関係人以外の者でも一定期間毎に住居表示台帳に記録されている情報を得ることができることになれば,敷地の出入り口,建物の玄関等の位置関係に係る情報がこれらの者にも開示されることになり地域の安全に係る情報が開示されることになってしまうのである。そうであれば,住居表示台帳上の情報を「関係人」が「閲覧」という方法に限って得ることができると制限することには合理性がある。そうすると,住居表示法9条2項は,住居表示台帳上の情報について,「関係人」以外の請求者に対する閲覧及び「閲覧」以外の方法による情報開示を禁止する趣旨であると解される。

(原告の主張)

ア 本件公開条例22条1項は,他の法令等による開示制度との重複を回避するため,他の法令等で行政文書の公開を請求することができる場合に限り,本件公開条例の適用を排除するという規定である。このように解釈することが,本件公開条例22条1項の文言や,同項に係る被告の運用基準とも整合する。また,被告の主張する解釈を採用すると,他の法令等で公開の手続きが定められている行政文書ほど何ら実質的な理由なく情報開示が制限的になってしまい不合理である。

なお,他の地方公共団体における情報公開条例の運用状況をみるに,本件公開条例22条1項に相当する調整規定を有する地方公共団体の中で,その規定の文言を情報公開法15条1項と同様に定めている地方公共団体はもちろん,本件公開条例22条1項と同様に定めている地方公共団体や,本件公開条例22条1項よりも強く公開条例の適用を排除する文言で定めている地方公共団体においても,原告の主張する解釈を採用している。

イ 住居表示法9条2項には,住居表示台帳について「閲覧」の規定はあるものの,「写しの交付」についての規定はないのであるから,本件行政文書の「写しの交付」を請求している本件公開請求については,本件公開条例が適用される。

ウ また,住居表示法9条2項の文言や同法のその他の規定からは,「関係人」以外の者に対する「閲覧」以外の方法による住居表示台帳の公開を禁止する趣旨を読み取ることはできない。

むしろ,住居表示台帳には,街区符号や住居番号のほかに,①建物等の位置,②建物等の出入り口,③建物等の出入り口と道路をつなぐ通路等の情報(航測写真,衛星写真及び現地調査によって容易に確認することができる情報)が記録されているに過ぎないこと,住居表示法には,住居表示に係る情報を積極的に知らしめていくべき旨を定めた規定が多数存在すること(同法3条3項,5条2項,5条の2第1項,同4項,6条,8条),さらに,住居表示に関する情報の流通手段が発達し,その需要も増大していることからすると,同法の目的である「公共の福祉の増進に資する」(同法1条)ためには,住居表示法上の情報を「関係人」以外に対しても広く知らしめるべきあるし,その公開の方法を「閲覧」に限定する意味はない。

(2)  本件行政文書には,本件公開条例8条3号所定の非公開情報が記録されているか。

(被告の主張)

ア 本件行政文書は,地名地番及び当該地名地番内の建物位置関係が記載された図並びに公図(住居表示台帳附図)とで構成される。

ところで,原告は,本件公開条例に基づき,被告に対し,建物の所在,構造,付近見取り図等が記載されている建築計画概要書の公開請求を過去に行っており,これについては既に部分公開されている。これと本件行政文書により得られる情報を併せると,建物のより正確な位置が特定できるようになる。また,建築計画概要書と本件行政文書はいずれも日々更新されるものであり,原告が建築計画概要書のみならず本件行政文書についても定期的に公開請求を行う予定であることからすると,原告は,これらの文書上の情報を時系列でデータベース化することにより,新築,改築,建替えといった建物のライフサイクルに合わせた情報を集積することができる。

イ そして,原告は,このような情報を不特定多数の者に対しインターネットを通じて配信しようとしているところ,かかる情報の配信によって,その受信者等が,多業種で利用可能なダイレクトメールの送付先や訪問販売先のリストを作成し,多くの市民が一度に悪質なダイレクトメールや訪問販売の被害を受ける危険がある。実際に横浜市では建築計画概要書の一括開示という本件公開請求と類似の公開請求に対し,情報公開をした結果,大量のダイレクトメールが市民に送付され,苦情が市役所に申立てられるという事態となった。このように,戸田市長が本件行政文書を公開したならば,市民生活の安全と秩序に著しい支障が生ずることは明らかである。

ウ 以上のとおり,本件行政文書には,本件公開条例8条3号所定の非公開情報である,地名地番及び当該地名地番内の建物位置関係(住居表示台帳附図)が記録されている。

(原告の主張)

ア 本件公開条例8条3号は,その文言から明らかなように司法警察活動を適切に維持していくこととの関係で定められたものであって,同号で想定されているのは,具体的な捜査方針や犯罪の予防措置に関する情報である。本件行政文書に記録された情報がそういう類の情報でないことは明らかであるから,本件行政文書に本件公開条例8条3号所定の非公開情報が記録されているという被告の主張は失当である。

イ 仮に,本件行政文書の公開が被告が主張するような危険の助長に多少の影響を及ぼしうるとしても,本件行政文書に記録された情報は,ほとんど公知になっている情報の集合体であって,それを非公開としたところで被告が主張するような危険を防止できるものではない。被告の主張するような抽象的な危険は,それが現実化した段階で,他の法令(刑事法,民事法,その他取締法規)によって対処すべきであり,本件行政文書の公開を制限する理由にはならない。

(3)  本件公開請求は,権利の濫用に当たるか。

(被告の主張)

ア 本件公開条例1条の目的規定から明らかなように,本件公開条例に定められた情報公開制度は,市民の知る権利を保障し,市政への参加を促進する目的で設けられたものである。

イ しかしながら,本件公開請求による本件行政文書の一括大量請求は,住民の税金という負担によって成り立つ行政の労力を,一業者が自己の利益確保のために利用するもので,市民の知る権利を保障したり,市政参加を促進したりするものではない。

ウ よって,本件公開請求は,本件公開条例で定められた情報公開制度の目的に反するもので,権利の濫用に当たり,認められるべきではない。

(原告の主張)

ア わが国の情報公開制度においては,文書を特定して開示請求がされる以上,請求の対象となった文書は原則として開示され,それを拒むことができるのは,文書に一定の非開示情報が記録されている場合に限られる。また,文書に非開示情報が記録されているかどうかを判断する場面では,請求者と文書との関連性が問われることはなく,文書の利用目的が考慮されることもない。

したがって,個々の情報公開請求を権利の濫用として拒むことができるのは,行政文書を適切に管理しているにもかかわらず,公開に至るまで相当な手数を要し,公開の処理を行うことにより実施機関の通常業務に著しい支障が生ずる場合,又は,そのような場合に,実施機関から公開請求の方法につき一定の譲歩を求められたにもかかわらず,請求者が,その譲歩の求めを拒否し,あえて迂遠な方法に固執するなど,かかる公開請求が,専ら行政の事務に著しい支障を生じさせることを目的としてされるような極めて例外的な場合に限られる。

イ これを本件についてみると,本件行政文書は,住居表示法により作成が義務づけられているものであるから,その存否を確認する作業は不要である。また,本件公開請求は,本件行政文書全部の公開を請求しているのであるから,公開請求にかかる文書を特定するための複雑な検索の作業も不要である。さらに,住居表示台帳に記録された情報は,作成規準で定められた一様の内容であるから,文書の量が多くとも,非公開情報が記録されているかどうかの判断は容易である。したがって,公開の可否を決定するための作業を通常の事務と並行して行ったところで,通常の事務に支障は生じない。

また,本件行政文書の写しは,原本又はその写しを複写機で複写するだけで作成が可能であるから,文書の量が多い等の理由で多少の時間がかかることはあっても,その作業を通常の事務と並行して行ったところで,通常の事務に支障が生じるほどのものではない。

そうすると,本件公開請求に係る公開の処理を行うことにより被告の通常事務に著しい支障が生じるとはいえない。

なお,本件は,文書の公開に関する処理を行うことにより実施機関の通常事務に著しい支障が生じる場合ではなく,また,実施機関から何の譲歩の要請もない本件では,原告があえて迂遠な方法に固執するということもないので,原告が,専ら行政の事務に著しい支障を生じさせることを目的として本件公開請求をしているかどうかは問題にならない。

ウ よって,本件公開請求は,権利の濫用に当たらない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(本件公開条例の適用の有無)について

(1)  被告は,本件行政文書については,住居表示法に従って閲覧に供されるべきであるので,本件公開条例22条1項が適用され,本件公開条例による公開請求の対象とはならない旨主張する。

本件公開条例5条は,何人も同条例に基づいて実施機関に対し実施機関が作成した文書等の情報(行政文書)を公開請求することができると規定しているところ,本件行政文書が行政文書に該当する文書であることは明らかであるから,原告は,同条例に基づいて本件行政文書の公開請求をすることができる。そして他方,本件公開条例22条1項は,情報の閲覧等の公開の方法について他の法令等に規定されている場合は,同規定による旨定めている。そうすると,本件公開条例によれば,原告は本件行政文書について住居表示法に従った方法による公開請求については同法に従ってすることになる。

そこで住居表示法についてみるに,同法9条2項は関係人から請求があったときは,前項の住居表示台帳又はその写しを閲覧させなければならないと定め,公開の方法として,閲覧についてのみ定める。そうすると,閲覧ではなく写しの交付を求めている本件公開請求については,本件公開条例22条1項の適用はなく,その適用を主張する被告の主張は理由がない。

(2)  ところで,住居表示法9条2項は,前記のとおり,住居表示台帳の公開について関係人からの請求についてのみ規定するにとどまる。そうすると,関係人以外の者からの請求については規定していないものということができる。そして,ここで関係人とは,①当該住居表示実施区域に住所を有する者,②当該区域に居所,事業所,その他の施設を有する者及び当該区域で新たに住所を設定しようとする者,営業を行おうとする者をいうと解されるから,原告が関係人に該当しないことは明らかである。

そこで,次に,住居表示法が,本件公開条例に基づいて関係人以外の者に本件行政文書を公開することを禁止する趣旨であるかについて検討する。

ア 住居表示法によれば,市町村は,住居表示の実施のため,市街地につき,区域を定め,当該区域における住居表示の方法を定め,当該区域について街区符号及び住居番号又は道路の名称及び住居番号をつけなければならず(同法3条1項,2項),また市町村は,このようにしてつけられた住居番号等を告示するとともに,関係人及び関係行政機関の長に通知し,かつ都道府県知事に報告しなければならない(同条3項)とされ,住居番号等は,上記告示に掲げる日以降,当該区域の住居表示として,私人並びに国及び地方公共団体の機関により広く一般に用いられることとなり(同法6条1項,2項),そのため,市町村は,住居表示が記載された表示板を当該区域の見やすい場所に設けなければならず(同法8条1項),また,建物等の所有者等は,建物等の住居番号を見やすい場所に表示しなければならないとされ(同条2項),さらに市町村は,当該区域について,その住居表示に係る情報を記録した住居表示台帳を備えることとされている(同法9条1項)。

以上の住居表示法の規定によると,住居表示台帳に記録された情報は,当該区域の住居の表示に係る基礎的な情報として広く社会に共有されることを前提としたもので,一般的に知りうる性質のものであると認められる。

イ また,「個人が特定の町名を自己の居住地等の表示に用いることによる利益不利益は,通常,当該土地を含む区域に現にその特定の名称が付されていることから生ずる事実上のものであるにすぎない」(最高裁昭和48年1月19日判決・民集27巻1号1頁)ことからすると,住居表示法が関係人による住居表示台帳の閲覧について定めた目的は,関係人の有する法的利益を保護するためのものとはいえない。

ウ そして,住居表示法には,戸籍法(117条の6),不動産登記法(153条)等の情報公開法の適用を除外する規定や,住民基本台帳法(11条の2第7項)等の公開された情報の第三者への提供を禁止する規定は存在しない。

エ 上記アないしウを総合すると,住居表示法9条2項が,関係人から請求があったときは,住居表示台帳又はその写しを閲覧させなければならないと定めたのは,当該区域の住居表示に事実上の利害関係を有する関係人に対しその内容を知りうる機会を付与したにとどまるもので,本件公開条例その他の法令により,「関係人」以外の者に対する住居表示台帳の公開を禁止する趣旨までは含まないと解するのが相当である。

2  争点(2)(本件公開条例8条3号該当性)について

(1)  本件行政文書には,地名地番及び当該地名地番内の建物の位置関係が表示されているところ(乙1の1,1の2),同情報それ自体が本件公開条例8条3号所定の非公開情報に該当するということはできない。

(2)  ところで,被告は,上記情報が公開され,他の情報と組み合わせることにより市民の氏名や住所が明らかになり,市民が悪質なダイレクトメールや訪問販売に多く曝されることになり,結局「公共の安全と秩序」に対する「著しい支障」が生ずるのであるから,上記情報は本件公開条例8条3号所定の非公開情報に当たる旨主張する。

そこで検討するに,確かに,証拠(乙1,4ないし13)によれば,本件行政文書には,地名地番及び建物の位置関係が記録されていること,同情報と建築計画概要書に記録された建物の所在,構造,付近見取り図等の情報とを組み合わせることによって,建物の新築,改築等に係る情報が公開されることになることが認められる。そして,このような情報を利用して,悪質な業者が,当該区域の居住者等に対し,ダイレクトメールを送信したり,訪問販売をしたりすることは考えられる。

しかしながら,前記のとおり,そもそも住居表示に係る情報は基本的に広く社会に共有されることを前提とした情報で,一般に知りうる性質のものであることからすると,仮に本件行政文書が公開されたとしても,「公開することにより,・・・公共の安全と秩序の維持に対する著しい支障が生ずる」といえるほど,多くの市民が悪質なダイレクトメールや訪問販売に曝されることが明らかであるとまでは認められない。

(3)  そうすると,本件行政文書に記録された地名地番及び当該地名地番内の建物の位置関係に係る情報が,本件公開条例8条3号所定の非公開情報に該当するとは認められず,被告の主張は理由がない。

3  争点(3)(権利の濫用)について

被告は,原告による本件公開請求は,原告が,本件行政文書を商業的に利用することを目的として,一括大量に請求しているのであって,本件公開条例が定めた文書公開制度の目的に反する旨主張する。しかし,本件公開条例における文書公開制度は,請求の理由及び請求対象文書の利用の目的を問わず,また請求者の何人であるかを問わずに行政文書の開示を求めることができるとする制度であり(同条例5条ないし7条),行政文書を公開することを原則として,例外的に非公開とされるのは,同条例8条に規定する非公開情報に限っていること(同条例7条,8条)に照らすと,本件公開条例に基づく公開請求においては,その理由や,請求対象文書の利用目的は問われないと解するのが相当である。そして,このように解することは,市民がためらわずに公開請求を行うことにもつながり,市政の公開性を向上させるとか,市の説明責任を全うさせるという本件公開条例の目的とも整合的である。そうであれば,本件公開請求の目的が被告の主張のとおりであったとしても,そのことから本件公開請求が権利の濫用に当たるということはできない。また公開を求める文書の量が多いとしても,そのことから直ちに,本件公開請求が権利の濫用に当たると評価することもできない。ほかに本件において,本件公開請求が権利の濫用であると認めるに足りる事情は存在しない。

したがって,本件公開請求が権利の濫用に該当するとの被告の主張は採用できない。

4  結論

以上によれば,本件非公開決定は,本件公開請求につき,本件公開条例が適用され,本件行政文書に記録された情報が本件公開条例8条所定の非公開情報に該当しないにもかかわらず,これを非公開とした違法な処分である。

したがって,本件非公開決定の取消しを求める原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠山廣直 裁判官 富永良朗 裁判官 櫻井進)

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