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さいたま地方裁判所 平成19年(行ウ)15号 判決 2007年11月28日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

上尾税務署長が,平成18年3月9日付で原告に対してした原告の

(1)  平成12年分の所得税の決定処分のうち総所得金額1001万5453円として計算した額を超える部分及び無申告加算税の賦課決定処分のうちこれに対応する部分

(2)  平成13年分の所得税の決定処分のうち総所得金額1164万9536円として計算した額を超える部分及び無申告加算税の賦課決定処分のうちこれに対応する部分

(3)  平成14年分の所得税の決定処分のうち総所得金額1535万0030円として計算した額を超える部分及び無申告加算税の賦課決定処分のうちこれに対応する部分

(4)  平成16年分の所得税の更正処分のうち総所得金額1009万4227円及び退職所得金額554万5758円として計算した額を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分のうちこれに対応する部分をいずれも取り消す。

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,原告が,アメリカ合衆国(米国)の法人が販売する投資商品を取得するため,本邦所在のP1銀行(本件取扱銀行)から米国所在の銀行に米国ドル(ドル)を送金した際,本件取扱銀行に対し,1ドル当たり1円の為替手数料を支払ったのに,上尾税務署長は,上記手数料を上記投資商品に係る雑所得の金額の計算上必要経費に算入せずに,原告に対し,原告の平成12年分,平成13年分,平成14年分の各所得税の決定処分及び各無申告加算税賦課決定処分をし,平成16年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(併せて「本件各課税処分」という。)をしたとして,被告に対し,本件各課税処分のうち,上記手数料を控除せずに計算した税額に対応する部分の取消しを求めた事案である。

2  関係する法令等

所得税法には,次の内容の定めがある。

(雑所得)

35条① 雑所得とは,利子所得,配当所得,不動産所得,事業所得,給与所得,退職所得,山林所得,譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。

② 雑所得の金額は,次の各号に掲げる金額の合計額とする。

一 その年中の公的年金等の収入金額から公的年金等控除額を控除した残額

二 その年中の雑所得(公的年金等に係るものを除く。)に係る総収入金額から必要経費を控除した金額

(必要経費)

37条① その年分の不動産所得の金額,事業所得の金額又は雑所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は,別段の定めがあるものを除き,これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費,一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く。)の額とする。

3  争いのない事実等(証拠により容易に認定できる事実については,括弧内に証拠を示す。)

(1)  電信売相場について(乙1)

各金融機関は,外国為替に係る金融機関間の市場における一定の時間のレートを基準に電信売買相場の仲値(Telegraphic Transfer Middle Rate。TTM)を決定している。さらに,各金融機関は,TTMを基準として,顧客に外貨を売却する場合の為替レート(電信売相場,Telegraphic Transfer Selling Rate。TTS)及び,各金融機関が顧客から外貨を購入する場合の為替レート(電信買相場,Telegraphic Transfer Buying Rate。TTB)を決定する。

そして,各金融機関は,ドルの場合,一般的には,TTS及びTTBについて,TTMとの差額を各1円としていることが多い。

なお,TTSとTTMとの差額は,価格変動リスク,金融機関の手数料等を勘案して定められている。

(2)  原告の投資について

ア 米国法人P2INC.(P2社)は,米国の医療機関から医療保険会社に対する診療報酬請求債権を買い取り,当該債権に基づき,保険会社から診療報酬を回収することを業としている。

P2社は,診療報酬請求債権を投資対象とし,医療機関からの債権購入額と保険会社からの回収額との差額から投資家に対する利息を支払うことを内容とし,元本を確保するとともに,確定利息を保障する投資商品(本件投資商品)を開発し,これを日本の投資家に販売している。

本件投資商品には,利息と元本の返金を円建てで受け取るものとドル建てで受け取るものの2種類があるが,投資金額の送金は,いずれもドルによって行うこととされている。つまり,ドル建ての本件投資商品を取得する場合は,投資金額に相当するドルをP2社指定の米国所在の銀行(米国の銀行)に送金するが,円建ての本件投資商品を取得する場合であっても,投資金額に相当する円を,送金時のTTSによりドルに交換した上で,米国の銀行に送金する。

イ 原告は,本件投資商品を取得するため,平成12年7月18日,投資金額10万ドルを本件取扱銀行から,米国の銀行に送金した(乙2)。

その後も,原告は,本件投資商品を取得するために必要とされるドルについて,自己の外貨預金口座の資金を利用したほか,本件取扱銀行のTTSにより円をドルに交換して調達した(乙2)。

原告は,ドル建ての本件投資商品から生ずる利息として,平成12年分について,2万5500ドル,平成13年分について,5万9500ドル,平成14年分について,6万8000ドル,平成16年分について,6万8180.63ドルを受け取り,円建ての本件投資商品から生ずる利息として,平成12年分について,46万7712円,平成14年分について,63万4500円,平成16年分について,255万2000円を受け取った(本件受取利息)。

(3)  本件各課税処分

原告は,本件投資商品の運用により得た本件受取利息及び外国債券を売却又は償還したことにより生じた売却益等の雑所得を得ていたにもかかわらず,平成12年分ないし平成14年分の所得税について確定申告をせず,また,平成16年分の所得税について上記収入に係る雑所得を所得金額に含めることなく確定申告をした。

そこで,上尾税務署長は,原告の本件各係争年分の納付すべき税額は,上記雑所得を所得金額に含めると別表のとおりとなるとして,平成18年3月9日付で,本件各課税処分をした。

(4)  異議申立て等

原告は,本件各課税処分の一部を不服として,平成18年3月14日,異議申立てをしたところ,上尾税務署長は,同年6月12日付で,上記異議申立てをいずれも棄却するとの決定をした。

原告は,上記決定を不服として,平成18年6月17日,国税不服審判所長に対し,審査請求をしたが,同所長は,平成19年2月14日付で,上記審査請求をいずれも棄却するとの裁決をした。

そこで,原告は,平成19年6月16日,本件訴えを提起した。

4  争点及び争点に関する当事者の主張

本件各課税処分において,原告が本件投資商品を取得するために支出した金額のうち,ドルを購入する際に用いられたTTSとTTMの差額に相当する部分(本件差額相当額)は,雑所得の金額の計算上必要経費に算入されるべきか。

(被告の主張)

所得税法35条2項,37条1項の「必要経費」は,あくまでも収益を獲得するための価値犠牲分としての「費用」に限定されるのであって,これにあたらないものは含まれない。

顧客が金融機関からドルを購入する場合には,必要とするドル貨をTTSで換算した円貨を支払わなければ購入することができない。そうであれば,本件において,TTSは,本件取扱銀行におけるドルの売値というべきものであり,本件投資商品の取得原価(投資金額,元本)を決定する一要素に過ぎないというべきである。そうすると,本件差額相当額は,本件投資商品の取得原価の一部として資産に形を変えているのであって,いまだその価値が犠牲にされたとはいえず,「費用」に当たらない。

したがって,本件差額相当額は,本件受取利息に係る雑所得の金額の計算上必要経費に算入されない。

(原告の主張)

原告は,本件投資商品を購入する際,1ドル当たり1円の為替手数料を本件取扱銀行に支払った。本件差額相当額は,本件取扱銀行に対して支払った為替手数料であるから,本件受取利息に係る雑所得の金額の計算上必要経費に算入されるべきである。

原告は,本件投資商品を取得するために,米国の銀行に対し,平成12年に30万ドル,平成13年に32万2850.13ドル,平成14年に36万0109.53ドル,平成16年に70万ドルを送金する一方,上記各年において,前記3(2)イのとおり,本件受取利息を受け取った。原告は,ドル建ての本件受取利息の額に相当する額については,米国の銀行に送金するためドルを購入する必要がなかったので,上記の米国の銀行に対する送金額からドル建ての本件受取利息の額を差し引いたものに1ドル当たり1円の為替手数料を乗じた額(平成12年分は27万4500円,平成13年分は26万3350円,平成14年分は29万2110円,平成16年分は63万1820円)が必要経費に算入されるべきである。

また,本件差額相当額を原告の雑所得の金額の計算上必要経費に算入しないと,本件差額相当額について,本件取扱銀行の法人税及び原告の所得税が課されることになり,不合理である。

第3当裁判所の判断

1  所得税法37条1項は,不動産所得,事業所得又は雑所得の金額の計算上必要経費に算入すべき費用の範囲等について規定するところ,同項は,必要経費に算入すべき金額を,これらの所得の収入金額を得るのに直接に要した費用及びこれらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額と定めている。そして,「費用」は,企業会計における概念として,一般的に収益を獲得するための価値犠牲分を意味するとされている。

他方,所得税法上の資産の取得価額に含まれるべき支出は,いまだその価値が犠牲にされたとはいえず,これらの所得の金額の計算上必要経費に算入されない。

2  証拠(乙1,乙2)及び弁論の全趣旨によれば,TTSとTTMの差額が金融機関において為替手数料と呼ばれたり,金融機関にとって手数料としての性質を含むものであることが認められる一方,TTSは,各金融機関が独自の判断でTTMに一定額を上乗せして定められる為替レートであって,金融機関で外貨を購入しようとする顧客は,当該金融機関が定めたTTSで外貨を購入することになることが認められる。

そうすると,本件取扱銀行におけるTTSとTTMの差額である本件差額相当額については,原告が,本件投資商品という所得税法上の資産を取得する際に支払った円貨による代価の一部として,資産の取得価額に含まれるべき性質の支出であって,本件投資商品の取得時において,いまだその価値が犠牲にされたとはいえないと解するのが相当である。

したがって,本件受取利息に係る雑所得の金額の計算上,本件差額相当額を必要経費に算入しないとしてされた被告の本件各課税処分を違法ということはできない。

3  これに対し,原告は,本件差額相当額を必要経費に算入できなければ,本件差額相当額につき,本件取扱銀行の法人税と原告の所得税が課されることになり,不合理である旨主張する。しかし,原告の必要経費は,原告の収入に対する費用として課税上考慮されるべき支出をいうのであって,本件差額相当額が,本件取扱銀行の所得金額を計算する際,益金の額に算入されるべき金額の一部を構成するものになるとしても,そのことと原告の所得計算において必要経費として算入するか否かは直接関係がない。したがって,原告の主張は採用できない。

4  結論

以上のとおりであって,原告の請求はいずれも理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠山廣直 裁判官 富永良朗 裁判官 櫻井進)

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