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さいたま地方裁判所 平成20年(む)B415号 決定 2008年5月26日

主文

本件請求を棄却する。

理由

第1本件請求の趣旨及び理由

1  弁護人は,平成19年9月28日以降現在までの間に作成したすべての,被告人の供述録取書等(本件公訴事実以外に関するものを含む)につき刑訴法316条の15第1項(以下「本条項」という)7号に基づき,取調べ状況記録書面(「被疑者等がその存在及び内容の開示を希望しない旨の意見を表明した被疑者供述調書等の有無及び通数」の記載欄を含むすべての欄)につき本条項8号に基づき,それぞれ開示を請求したが,検察官は,上記各号不該当を理由に,いずれも開示をしなかった。

2  しかし,上記供述録取書等及び取調べ状況記録書面は,それぞれ上記各号に該当するから,検察官は,開示をすべき証拠を開示していない。

3  よって,上記各証拠の開示を命じることを求める。

第2検討

1  一件記録によれば,弁護人の前記類型証拠開示請求につき,検察官において,本件公訴事実(第1・傷害,第2・覚せい剤使用)に係る被告人の供述録取等及び取調べ状況等報告書は開示したものの,それ以外の被告人の供述録取書等は本条項7号の類型証拠に該当せず,また,それ以外に本条項8号に該当する取調べ状況記録書面は存在しないとして,開示をしなかったことが認められる。

2  まず,被告人の供述録取書等についてみると,弁護人は,平成19年11月上旬から同年12月初旬ころの間に,被告人が警察官に対し知り合いの暴力団組員に関する虚偽の犯罪事実を述べた供述調書が,少なくとも4通作成されている旨主張し,検察官も,本件公訴提起(同年11月2日)の後に,警察官が被告人以外の者を被疑者とする別件刑事事件の参考人として被告人から事情聴取して作成した供述調書が,存在することを認めている。

3  検察官は,上記2の被告人の供述調書を開示しない理由として,①同調書は本件と関連のない事件に関する参考人としての供述調書であるから,元々本条項7号に該当しないし,②同調書が内容虚偽であることと検察官請求の被告人の供述調書の信用性の有無との結び付きが何ら明らかにされていないから,その開示が同被告人供述調書の証明力判断に重要であるとは認められないし,③その開示により別件刑事事件の捜査に対し大きな悪影響があるから,開示の弊害は著しいと主張する。

4  上記①の点についてみると,本条項7号にいう「被告人の供述録取書等」は,被告人が被疑者又は被告人として供述した場合のみならず,参考人として供述した場合をも含むものと解されるから,検察官の主張は採用できない。

5  問題は,上記②の点である。弁護人は,予定主張記載書面において,「平成19年10月18日,被告人の取調べを担当した警察官は,被告人に対し,鑑定により被告人の尿から覚せい剤反応が出た旨を告げた上,寛刑の求刑と引き換えに,捜査機関の要求するとおりの供述調書の作成に協力するよう持ち掛けた。被告人は,自分の尿ではなく便所の水を任意提出したのだから,覚せい剤反応が出るはずはないと思ったが,その言い分を誰も信じてくれないだろうから,警察官の要求を受け入れざるを得ないと考え,知り合いの暴力団組員に関する内容虚偽の供述調書の作成に協力させられた。警察官は,被告人が任意提出した液体に覚せい剤を混入するか,同液体を覚せい剤の入った物と差し替えるという偽計を用いた上,上記のような司法取引を持ち掛けるなどして,被告人に供述調書に署名させたり,別件に関する内容虚偽の供述調書の作成に協力させたりしたのであるから,少なくとも平成19年10月18日以降の被告人の供述調書には任意性がない」と主張し,別件に関する被告人の供述調書(参考人調書)が,検察官請求に係る被告人の供述調書(乙第1,第2,第4ないし第7号証)の証明力を判断するために必要である旨を強調している。

弁護人の上記主張によれば,上記偽計と司法取引の持ち掛けが,被告人をして,覚せい剤使用に関する供述調書(乙第4ないし第7号証)に署名するにとどまらず,別件に関する内容虚偽の参考人調書の作成に協力するにまで至らせたというのであるから,後者の調書が内容虚偽であることと前者の調書の信用性の有無との結び付きが全く明らかにされていないとまではいい難い。しかしながら,弁護人の上記主張を前提としても,司法取引の持ち掛けに先立つ警察官による偽計の有無,すなわち覚せい剤の混入ないし提出物の差し替えの事実の存否こそが,被告人の覚せい剤使用に関する供述調書の信用性判断に重要な意義を持つと考えられるのであり,そして,同事実の存否を確定するためには,別件に関する参考人調書の内容の虚偽性を云々することは必ずしも必要でないのみならず,かえってそうすることにより証拠調べの範囲をいたずらに拡散させてしまうおそれがあるとさえいえる。そうすると,上記参考人調書の開示が,検察官請求の被告人供述調書(乙第4ないし第7号証)の証明力を判断するために重要であるとは認められない。なお,乙第1号証は身上・経歴等に関する被告人の供述調書,乙第2号証は公訴事実第1の傷害に関する被告人の供述調書で,いずれも平成19年10月18日以前に作成されたものであるから,上記開示の必要性は認められない。

6  さらに,上記③の点については,検察官によれば,上記参考人調書は警察において保管中であり,別件刑事事件は現在捜査中で未送致であるとの由であるから,これが開示されれば,同事件の捜査に大きな支障となることは明らかであって,当該開示によって生じる弊害は大きいといえる。

7  以上によれば,検察官が,本条項7号不該当を理由に,上記2の被告人の供述調書(参考人調書)を開示しなかったのは,正当ということができる。さらに,弁護人は,上記参考人調書に関連する取調べ状況録取書面の開示を求めているが,同調書についてこれまで述べてきたのと同様の理由から,検察官が,本条項8号に該当する取調べ状況録取書面が存在しないとして,開示をしなかったのも,正当ということができる。

第3結論

よって,弁護人の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり決定する。

(裁判官 飯田喜信)

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