さいたま地方裁判所 平成20年(む)B457号 決定 2008年6月13日
主文
検察官に対し,検察官Aが犯罪捜査規範13条と同旨の趣旨に基づき被告人の取調べについて作成した備忘録であって,取調べの経過その他参考となるべき事項が記録され,捜査機関において保管されている書面の開示を命じる。
理由
第1本件請求の趣旨及び理由
1 弁護人は,検察官A作成の被告人の取調べメモ,取調べノート等の被告人の供述内容,取調べ状況等を記録した書面,文書,ノート等について,刑訴法316条の20第1項(以下「本条項」という)に基づき開示を請求したが,検察官は,本条項不該当を理由に開示をしなかった。
2 しかし,上記証拠は,本条項に該当するから,検察官は,開示をすべき証拠を開示していない。
3 よって,上記証拠の開示を命じることを求める。
第2検討
1 一件記録によれば,弁護人の前記証拠開示請求につき,検察官において,同請求に係る検察官A作成の被告人の取調べメモ,取調べノート等が本条項所定の証拠に該当しないとして,開示をしなかったことが認められる。
2 検察官は,本条項不該当の理由として,最高裁判所平成19年12月25日第三小法廷決定・刑集61巻9号895頁(以下「最高裁決定」という)は,「取調警察官が,犯罪捜査規範13条に基づき作成した備忘録であって,取調べの経過その他参考となるべき事項が記録され,捜査機関において保管されている書面」が証拠開示命令の対象となり得るとしているが,検察官は,警察官とは異なり,犯罪捜査規範の規律を受けるものではないから,検察官が作成する取調べメモ等は「犯罪捜査規範13条に基づき作成した備忘録」ではなく,最高裁決定の射程外にあることは明らかであると主張する。
3 確かに,犯罪捜査規範は,犯罪の捜査を行う警察官を対象にして守るべき心構え等を定めたものであり,その13条も,「警察官は,捜査を行うに当り,当該事件の公判の審理に証人として出頭する場合を考慮し,および将来の捜査に資するため,その経過その他参考となるべき事項を明細に記録しておかなければならない」として,警察官に対し備忘録の作成と保管を義務付けている。
しかしながら,検察官は,独自の捜査権限を有し,警察官(司法警察職員)に対し捜査に関する指示・指揮をすることができる立場にある。そのような検察官が,捜査に関し,「当該事件の公判の審理に証人として出頭する場合」や「将来の捜査に資する(こと)」を慮って,「その経過その他参考となるべき事項を明細に記録してお(く)」必要があることは,警察官と何ら変わるところはなく,犯罪捜査規範13条の趣旨は,捜査を行う検察官にもそのまま妥当すると考えられる。そして,取調検察官が,そのような趣旨のもとに,取調べの経過その他参考となるべき事項を記録して作成した備忘録で,捜査機関に保管されているものは,最高裁決定がいうように,「個人的メモの域を超え,捜査関係の公文書ということができる」のであり,「これに該当する備忘録については,当該事件の公判審理において,当該取調べ状況に関する証拠調べが行われる場合には,証拠開示の対象となり得るものと解するのが相当である」ということができる。
4 本件の公判前整理手続においては,覚せい剤使用の事実について,被告人にその故意があったか否かが争点の1つとなっており,弁護人は,これに関する被告人の供述調書の任意性を争い,その理由として,取調べを担当した検察官Aが,「おまえはインポか」などと言って被告人を侮辱し,また,警察署の調書らしきものを被告人の面前で放り投げるなどして被告人を威迫し,被告人に自白を強要したと主張している。そして,検察官は,被告人を取り調べた状況及び被告人の供述に任意性があること等を立証趣旨として,Aの証人尋問を請求している。
そうすると,検察官Aが犯罪捜査規範13条と同旨の趣旨に基づき被告人の取調べについて作成した備忘録であって,取調べの経過その他参考となるべき事項が記録され,捜査機関において保管されている書面は,本条項のいわゆる主張関連証拠に該当し,その関連性の程度は高く,また,被告人の防御の準備のために開示をする必要性もあると認められる。
5 検察官は,検察官A作成の取調べメモ等を開示することにより,それに記載された第三者のプライバシーが侵害され,あるいは本来公にされるべきでない取調官の感想や一般的捜査手法等が捜査機関の外部に知られることとなり,これにより,将来における円滑適正な捜査の実現が妨げられるおそれが大きいことから,開示による弊害は重大であり,開示は相当でないと主張するが,上記関連性及び必要性の程度と照らし合わせて考慮すると,開示の相当性を否定するほどの具体的で重大な弊害は主張されていないといわざるを得ない。
6 以上によれば,検察官が,本条項不該当を理由に,上記4の検察官Aが犯罪捜査規範13条と同旨の趣旨に基づき被告人の取調べについて作成した備忘録(取調べメモ等)を開示しなかったのは,その判断を誤っており,本条項による開示をすべき証拠を開示していないものと認められる。なお,弁護人は,最高裁決定を援用して,検察官A作成の取調べメモ等の本条項該当性を主張しているのであるから,開示を求めているのは,上記の検察官A作成の備忘録にほかならないと目することができる。
第3結論
よって,弁護人の請求は理由があるから,主文のとおり決定する。
(裁判官 飯田喜信)