さいたま地方裁判所 平成20年(わ)1139号 判決 2009年6月08日
主文
被告人を懲役25年に処する。
未決勾留日数中260日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,Aと共謀の上
第1B(当時62歳)から現金を強取しようと企て,平成18年7月31日午後4時過ぎころ,東京都渋谷区ab丁目c番d号eビル3階前記B方の玄関ドアを客を装ってノックし,同ドアの施錠を外して応対した同人を押し倒して同人方に侵入し,同所において,同人に対し,果物ナイフ様のものを突き付け,「怪我をさせたくない。金を出せ。」などと申し向けるなどの暴行,脅迫を加え,その反抗を抑圧した上,同人所有の現金30万2000円を強取し,
第2平成20年1月10日午後5時過ぎころ,埼玉県川口市fg丁目h番i号j被告人方において,C(当時62歳)に対し,殺意をもって,その頭部を金属製工具様の鈍器及び電気ポットで多数回殴打した上,その頸部を手でやく圧し,よって,そのころ,同所において,同人を頭部損傷による出血性ショック又は頸部圧迫による窒息により死亡させて殺害し,
第3同日午後7時ころ,上記被告人方において,上記C所有の現金約80万円を窃取し,
第4同月11日午後7時ころから同日午後9時ころまでの間,茨城県板東市kl番地mD方敷地内において,その土中に前記Cの死体を埋没し,もって死体を遺棄し
たものである。
(証拠の標目)〔省略〕
(事実認定の補足説明)
第1本件の争点等
弁護人及び被告人は,本件各犯行を共犯者A(以下「A」という。)が行った点については争わず,その点に関しては関係各証拠により証明十分である。一方,弁護人は,殺人,窃盗,住居侵入・強盗については,Aの単独犯行であって被告人はいずれも無罪であり,死体遺棄については幇助犯にすぎない旨主張し,被告人も当公判廷においてこれに沿う供述をしているので,以下検討する。
第2前提となる事実関係
以下の事実は当事者間に概ね争いがなく,関係各証拠から優に認められる。
1 Aの自白等
(1) 平成20年6月13日,死体遺棄容疑で逮捕されたAは,Cの殺害と死体遺棄を自白し,被告人との共謀によるものであるとの上申書を捜査官に提出した。
(2) 平成20年9月22日,Aは,B(以下「被害者B」という。)に対する判示第1記載の強盗の犯人は自分であり,被告人との共謀による犯行であると自白した。
(3) Aは,被告人との共謀による,Cに対する殺人,死体遺棄及び窃盗並びに被害者Bに対する住居侵入・強盗の罪をすべて認め,さいたま地裁でこれらの各罪について懲役22年の判決を受けて控訴中である。
2 A自白の裏付け
(1) Aの自白により,同人の茨城県の実家の敷地内からCの遺体が発見され,殺害現場であると自白された前記j内から,Cの血痕が数か所にわたり発見された。
(2) Aの自白以前に,前記被害者B方からAの指紋が検出されていた。
3 被告人の捜査段階の自白と自白の撤回
(1) 被告人は,逮捕された平成20年6月13日には,Cの殺害及び死体遺棄について自分は全く関与していない旨述べ,犯行を全面否認していた。
(2) しかし,被告人は,翌14日には,Cの殺害については被告人の単独犯であり,死体遺棄についてはAへ命令してやらせたものであると自白した。
(3) その後,被告人は,殺人はAの単独犯であり,死体遺棄についてはAを幇助しただけであると再度供述を変遷させている。
第3争点に対する判断
Cに対する殺人,窃盗,死体遺棄並びに被害者Bに対する住居侵入・強盗の事件のいずれについても,被告人の犯行を直接裏付ける証人はA以外にはなく,同人の証言が唯一の直接証拠である。
1 一般的に言うと,Aは被告人との共犯者として起訴されている者であり,自分の刑を軽くするため被告人をこれらの犯行の主犯であると虚偽の事実を述べる可能性は高いとされるので,同人の証言の信用性については関係各証拠との矛盾の有無を検討するなど慎重な吟味を必要とする。
しかし,本件でAと被告人は,殺人,死体遺棄等の事件の後に正式に婚姻している夫婦であり,間断はあるものの,それ以前の約5年間は内縁関係にあり親密な間柄であった。
被告人とAが互いに深い愛情を現在もなおもち続けていることは,当公判廷において生じた次の事実からも明らかと思われる。
即ち,Aは,当公判廷での証人尋問の終盤を迎えるにあたって,被告人に話したいことがあると言って,被告人の方に向き直って大要次のように述べた。「聖書にこのような言葉がある。罪を自白すれば許される。それは私にも該当する言葉だし,あなたにも該当する言葉である。人をだますことはできても神様をだますことはできない。神様はあなたを愛しているということを信じることが大切だ。お互いにこうなってしまって,これからどうしようもない状況というのが来るかもしれない。でも,全てを神様に委ねようではないか。今後,あなたが望むならば,聖書の本,そして写真を送ってあげる。だから,あなたは健康でなくてはいけませんよ。人生はこれで終わりではない。私は神の下であなたを本当に心から愛します。」。そして,被告人はこれに答える形で一言Aに対して「愛してる。」と発言した。
この事実に加えて,Aは本件各犯行を実行したことを全て認めて実刑判決を受けているのであるから,愛妻である被告人に罪をなすりつけてもA自身の刑事責任を免れることはできないし,虚偽の証言をすれば偽証罪で処罰されることになる。このように考えると,Aが被告人を庇うことはあっても,罪に陥れる動機はむしろ乏しいように思われる。
2 しかし,弁護人は,①Aが実家や先妻との間の子供に対する体面を保つため,被告人にそそのかされてした犯行であるとうそを述べる理由があること,②被告人の携帯電話の履歴時刻を検討すると,被告人がC殺害の実行時刻ころ携帯電話をかけていた疑念が拭えず,殺害に荷担したとするには合理的な疑問があること,③Aの自白の経緯には捜査官の利益誘導が疑えること,④その自白内容のC殺害の凶器はいずれも発見されていないこと,⑤被告人は10万円程度の金策に困って殺害しなければならない経済的苦境にはなく,C殺害の動機はないのであって,いずれにしてもAの自白には信用性が認められない旨指摘している。
そこで,Aの証言の内容とこれを裏付ける事実関係を織り交ぜながら,以下,これら弁護人の指摘に理由がないと判断できることを説明することとする。
3 A証言の信用性について
(1) 一貫性がある
Aは,事件の当初から,事件を起こしたことを反省して,一貫して自分の罪を認めている。Aは,自分の手で人を危めたという,最も話しにくい事柄について,包み隠さず正直に供述している。しかも,この話を,警察段階から自身の裁判,そして,当公判廷に至るまで,およそ1年間にもわたる期間一貫して供述し続けている。このように,Aは,事件の当初から,真摯な反省のもと,一貫して自分の罪を認めているのであり,このことは,その証言内容を検討する前提として外形的に証言の信用性を高める事実である。
(2) 他の証拠と符合し,自然性・合理性がある
本件各犯行について,当公判廷においては,Aのほかに,合計5人の証人が証言している。また,各種供述調書を始め,その他携帯電話の通話の履歴,犯行現場の状況等々,客観的な証拠も数多く存在する。Aの証言は,これら全ての証拠と大要において概ね符合し,その内容が極めて自然かつ合理的である。
もっとも,住居侵入・強盗に関して,その侵入時の態様については,被害者Bの証言と若干の食い違いがあるが,Aの捜査段階の供述と被害者B証言とは概ね符合しているのであり,記憶の薄れ等の可能性があることやこの点についてのみ特に虚偽供述をする動機も考え難い。この細部の事実に関して信用できないことをもって,被告人との共謀状況というA証言の核心部分についての信用性を否定する要素であるとまではいえない。
(3) 具体性・迫真性がある
Aは,当公判廷において,本件公訴事実の全てに関わる様々な出来事について,2日間にわたり長時間をかけて証言している。その間,主尋問はもちろん,弁護人からの厳しい反対尋問においてもその証言は揺らぐことなく,被告人との共同犯行状況について詳細に述べている。そして,その証言内容は,被告人との間の会話の状況や犯行に至る経緯,本件各犯行における証人の葛藤とそれに対する被告人の対応等実際に体験した者であるからこそ述べられる具体的かつ詳細なものであって,極めて臨場感あふれる迫真性があった。
(4) 虚偽供述の動機が小さい
Aは,捜査の当初から現在まで,被告人と一緒に犯行を行ったという点でも,その供述が一貫している。Aは,本件と同様の公訴事実に係る自身の裁判では,素直に罪を認め,既に懲役22年の有罪判決を受けている。なお,現在,Aは控訴してはいるものの,その理由として,他の裁判官の判断も仰いでみたいという思いや,遺族に自分の思いを伝えきれなかったという悔いがあったことから,控訴期限の最終日まで悩み抜いた末に控訴した旨述べており,決して自己の刑責を軽くしようとしているわけではない。しかも,Aは,被告人との共謀の事実を述べる一方,一貫して本件各犯行の実行行為の大部分を1人で行った旨の極めて不利益な事実を認めているのであり,殊更虚偽の供述をして被告人を引っ張り込む動機は小さいものと認められる。
4 A証言に符合し被告人の犯人性を裏付けるその他の事実関係
(1) 殺人,窃盗被告事件について
ア 被告人に動機があったこと
(ア) 被告人も金に困窮していたこと
平成20年1月1日付けで,被告人方において,Eを債権者,被告人を債務者として,1月8日に50万円,2月8日から10月8日まで毎月30万円,計320万円を返済する旨の借用証書が取り交わされた。かかる書面は,事件の約10日前に,被告人のいわゆるパトロンであるEが書いたものであり,被告人に対し,320万円の借金の返済を求める内容である。
また,被告人は,同月9日,つまり殺人事件の前日,借金を返してくれなければ訴訟を起こすという内容のメールをEから送られている。
事件当時,被告人とAは,定職に就かず,もっぱら被告人が男女関係のある複数の男性から貢がせた金などで生活しており,それでは足りずに高利貸しのヤミ金融からも金を借りるような生活に陥っており,事件当日である1月10日も,借金返済の催促をするEに対し,借金返済のためのお金を作りに行く費用という名目で金を無心して4万円を入手し,即座に1万円をFに返済している。それほどまでに被告人は金のやりくりに逼迫していた。
(イ) 被告人がCから借金があったこと
被告人とAが生活に困るほどの借金を負うに至っていた最大の要因は,共にバカラ賭博に膨大なお金をつぎ込んでいたことであった。バカラ賭博場である「G」において,平成19年12月下旬ころ,被告人は,Cから,7万円分のバカラのチップを借りて費消し,利息含みで10万円の借金をするに至っていた。
(ウ) 被告人がCから罵倒されていたこと
その後,被告人及びAは,その10万円を返済することができず,Cから,上記店内等において公衆の面前で度々激しく罵倒されるようになった。直接借金をしていたのが被告人であったことから,罵倒はもっぱら被告人に向けられ,その内容は,「体を売る女」,「犬以下の女」,「身分の低い女」,「乞食みたいな女」等々聞くに堪えない屈辱的なものであった。同様に,殺人事件の前日である1月9日にGに行ってCから罵倒されたのも,被告人であった。この際,AはGにはおらず,ゲームを終えた被告人を同所まで車で迎えに行ったにすぎない。
イ 被告人の協力があったこと
(ア) 被告人がCを呼び出していること
事件当日は,被告人がCに架電した上,金を返すから一人で来て欲しい旨虚偽の弁を述べて言葉巧みにCを呼び出し,Aが同人を車で迎えに行っている。どのような内容を申し向けて呼び出すかを考えたのも被告人であり,Cの携帯電話番号を知っていたのも被告人であった。
(イ) 現場が被告人方であること
Aは,上記の経緯でCを被告人方に連れ込んだ上で同人の殺害行為に及んでおり,現場の提供という点でも被告人の協力が認められる。
(ウ) 凶器が2つであったこと
Aは,金属製工具様の鈍器でCの頭部を殴り,倒れこんだ同人に馬乗りになってさらに殴っているところに,被告人が電気ポットでCの頭部を殴ったと供述している。
ウ 被告人に利益があること
(ア) 被告人は罵倒されたことへの報復ができたこと
被告人は,Cを殺害することにより,前記Cからの度重なる屈辱的な罵倒に対する報復を果たすことが叶った。
(イ) 被告人の借金を減らすことができたこと
被告人とAが,部屋の掃除を始めた際,被告人は,Cのバッグの口を開いて中を確認した。そして,その後,AがCのバッグから現金を抜き取り,被告人に渡した。
また,平成20年1月10日の夜,被告人に対して金を貸していたHからの依頼により,名古屋にいる同人の代わりにIが,借金の返済として30万円をAから受け取ることになった。そのため,IはAに架電し,JRn駅東口の旧中山道沿いにあるJ近くのコンビニエンスストアで待ち合わせることに決め,同日午後10時30分ころ,同所でAから30万円を受け取った。
以上から,本件犯行によって被告人は,前記Cに対する借金を事実上免れるとともに,Hに対する借金も返済することができたことが認められる。
(ウ) その他
被告人らは,犯行翌日である1月10日から1月13日にかけて,上記Hに対する返済を含めて,計約89万4040円を遊興費等に費消している。
(2) 死体遺棄被告事件について
ア 被告人に動機・利益があったこと
死体遺棄については,殺人による死体を処分し,殺人の証拠を隠蔽するための犯行であり,前述のように被告人が殺人に関与していたことを前提とすると,死体遺棄についてもまた,被告人自身に動機と利益がある「自分のための犯罪」といえる。
イ 被告人の協力及び役割分担があったこと
被告人らは,犯行翌日の平成20年1月11日,株式会社K川口店において,死体を包むための道具及び被告人方の部屋の掃除の道具として,布団袋,ロープ,布テープを始め,手袋やゴミ袋,タワシや大量の洗剤等を購入した。
そして,被告人は,Aと一緒に死体をロープで縛って布団袋で包んだ上,死体はAの実家の敷地に埋めることに決め,Aが死体を実家に運んで遺棄し,被告人は自身の部屋を掃除して待った。
(3) 住居侵入・強盗被告事件について
ア 被告人に動機・利益があること
(ア) 被告人と被害者Bとの関係
そもそも,被告人は,被害者Bと情交関係にあり,本件犯行までの交際期間において約400万円もの金を出させていた。しかしながら,被告人がすぐに金をバカラ賭博で費消してしまうことに業を煮やし,次第に被告人に金を渡さなくなって出し渋るようになっていた。
(イ) 被告人及びAが金に困窮していたこと
被告人とAは,定職に就かず,バカラ賭博にお金をつぎ込む生活を送っており,金に困っていた。そして,犯行当日もまた,バカラ賭博によって被告人らは手持ち資金を全額費消してしまっていた。
イ 被告人の協力が不可欠であること
Aは,被害者Bの自宅の場所も,同人がポケットに20~30万円の現金を携帯していることも知らず,また,同人の足が悪いことや,同居している妹が偶々その時期海外旅行に行っていて被害者Bが自宅に一人で居ることも知らなかった。これらを知り得る立場にあったのは,被害者Bの親類を除けば,かつて交際していた被告人のみであった。被害者Bとそれまで表立った面識がなかったAが,被害者B方に侵入し,首尾良く現金を奪取することができたのは,被告人からの確実な情報があったがゆえにほかならない。このように,本件住居侵入・強盗についてはまさに被告人の関与なくしてはありえない犯行であったといえる。
この点に関して弁護人は,Aが本件犯行の相当以前から被害者Bに関する情報を熟知していた可能性につき縷々指摘するが,あくまで論理的な可能性にとどまり,被告人の公判廷における供述内容は弁護人指摘の事実を否定する内容と判断されることも勘案すると,本件各証拠上合理的疑いを入れる程度のものとまではいえず,採用できない。
5 共謀状況
前述のように信用できるA証言及び被告人の犯人性を補強する上記各事実から,以下のような共謀状況が認められる。
(1) 殺人について
1月9日の夜,被告人は,車で迎えに来たAに対して,Cに罵られた怒りをぶつけて,同人の殺害を相談した。被告人は,Aに「あのくそ女め,また言いやがって。Cのせいでまた負けた。本当に殺してやりたいくらい憎いね。」,「Cに『何であんな情けない男と付き合ってるの』と言われた。私も情けないよなあ,あんたみたいな人と付き合って。」と繰り返し言った。Aに言わせれば,被告人は「Cを殺したい気持ち」であり,「ものすごく真剣で険悪な雰囲気」・「本戦モード」で「あおられた」のであり,A自身もCから罵られたことへの怒りがあった上,被告人に工面してもらったお金で飲み食いし遊んでいるという情けない生活であったことなどから,鈍器で殴って殺害する方法を提案するなどしてCの殺害を承諾するに至った。
この点につき,弁護人は,かかる謀議が全体的にあまりに杜撰かつ拙速である旨主張して共謀の存在を否定するが,その場の勢いで殺害を決意したという可能性が強い本件においては,とりあえず人目に付かない自宅で殺害しようとすることは合理的であるといえ,また,凶器を準備する間もなかったことからすれば,謀議の際に偶々車に積んであった工具を凶器に選択することもあながち不合理とはいえないのであって,採用できない。
また,弁護人は,被告人が,本件共謀の最中に,そして,これから犯行に及ぼうというときに,犯行とは関係ないことをしている点を指摘し,共謀の存在を否定するが,前述のように,本件被害者殺害の動機の一因として,借金の存在が大きく影響していたことを前提とすれば,被告人が金策に奔走していたことも不合理ではなく,採用できない。
(2) 窃盗について
窃盗について明示の共謀の成立は認められないが,A証言によれば,被告人がCのバッグの口を開けて中を確認した後,Aがかかるバッグから抜き取った現金を黙って受け取ったことが認められ,その後共同して費消していることからすれば,遅くとも,殺害後,上記現金の受け渡しがあった時点までの間において窃盗に関する黙示の現場共謀が成立していたものと認められる。この点,検察官は,被告人は窃盗の実行共同正犯である旨主張するが,被告人はあくまでAが窃取した現金を受け取ったにすぎず,かかる行為をもって窃盗の実行行為と認めることはできないと思われる。
なお,弁護人は,被告人において,バッグの中身を確認した際,及び,Aから現金を受け取った際にいずれも無言であったことが極めて不自然である旨指摘するが,被告人が殺害行為に関して一貫して主導的な立場を担っていたことや二人が長らく交際関係にあったことからすれば,無言のうちに金を奪う旨の共謀が成立しても何ら不自然ではないのであり,採用できない。
(3) 死体遺棄について
C殺害後に宿泊したホテルにおいて,Aが死体の処分について数日考えさせてくれと言うと,被告人は,「とんでもない,すぐに,明日にでも何とかして処分してくれ。」と申し向け,Aはその後しばらく悩んだ挙げ句,自身の実家のほうに埋める旨提案しており,その時点で,死体遺棄に関する共謀が成立したものと認められる。
この点,弁護人は,被告人がAに対して,自宅に2,3日間遺体を置いておくのを拒否した点をもって死体遺棄の共謀を認めるのは無理があり,幇助犯の成立と何ら矛盾するものではないと主張する。確かに,かかる会話のやりとりのみを切り取ってみれば,弁護人の主張も成り立ちうるものの,本件においては,前述のように,そもそも被告人とAとの共謀の下にCを殺害したことが認められるのであって,かかる経緯からすれば,死体遺棄についてのみ被告人を単なる幇助犯とみることはできず,採用できない。
(4) 住居侵入・強盗について
被告人は,Aに,前述のような被害者Bに関する情報を教示し,「ナイフでも見せればすぐ渡すわよ。さっと取ってきなよ。もし自分の顔を知らない人であれば,自分でもできる。」などと申し向け,それに対してAは,被告人ばかりに依存する生活に対する負い目などから強盗に入ることを承諾したものと認められる。
この点について弁護人は,強盗の計画があまりに杜撰かつ拙速であることを指摘して共謀の存在を否定するが,当時の二人の生活状況からして,自身ばかり金策に奔走してAがただただ遊んで暮らしているという状況に被告人が業を煮やし,他方,Aとしても多少なりとも被告人に対して後ろめたい気持ちがあったことが推認されることからすれば,急遽思いつきで強盗に入る旨の共謀が成立することもあながち不合理とまではいえないのであって,採用できない。
6 弁護人の主張に対する判断
(1) まず,弁護人の①の主張については,被告人とAの生育歴や家庭環境を考察してみる必要がある。
ア 被告人は身長約●●●センチメートル,体重約■■キログラムの韓国人女性であるところ,家族を援助するために平成14年に投資,経営の資格で来日して稼働していた。Aと5年ほど前に勤務先のデリヘル店で知り合い,一時A及びその娘と同居した。けれども,平成17年にAと別居をして,自宅であるjに単身居住した。その後,Aとよりを戻し,それ以降はAと共にするバカラ賭博の金策のために会社経営やホステス等をし,あるいは被告人を援助してくれる複数のパトロンと親密な交際を続けて同人らから借用名下に累計数千万円に及ぶ多額の金銭を引き出していたものの,これをほとんどバカラ賭博につぎ込んで借財を増大させ,結局,借金返済の金策に追われる生活状況であった。
イ Aは,日本人の父と韓国人の母との間に生まれ,16歳の時に来日した後定住者資格を得ていた者であり,平成14年6月6日に前妻との間に娘を儲けている。被告人と交際を始めた後は,数か月稼働しただけでもっぱら被告人の収入に依存してバカラ賭博に耽溺して負け続けながら,被告人と行動を共にして被告人から数千万円以上の巨額の金銭を引き出したりしていた。本件犯行後,娘は実家に預けて養育されている。
ウ 前記ア,イの事実に,Aが娘を溺愛していたことを併せ考えると,確かに,弁護人の推論を完全に否定することは論理的には困難であると思われる。しかし,被告人を悪者に仕立て上げて自己保身を図ろうとするならば,Aが被告人と犯行後結婚した事実や,さらに今なお極悪人となるべき被告人を公の法廷で愛していると述べることは,首尾一貫しない矛盾した行動であると思料され,弁護人の推論は採用できない。
(2) 弁護人主張②の携帯電話履歴の点は以下のとおりである。
ア 被告人は,平成20年1月9日10時44分,被告人のパトロンから「今日12時までに金(50万円)を振り込むか池袋まで持ってくるかしなければ,プライドを捨て弁護士に相談して刑事・民事の両方で告訴します。パスポートが担保にありますし,携帯メールの履歴も全部保護してありますし,日記にホテルに行った事,家に行った事,その時に金を貸した事も全部書いてあります。L,M,N,O,Pの明細書も全部あります。それを証拠として提出します。」とのメールを受信し,謝罪のメールを返信して死をほのめかせた後,うその金策話を返信している。
イ 被告人は,Cに平成20年1月10日15時26分25秒開始時刻で通話時間1分5秒,同日15時28分55秒開始時刻で通話時間16秒,同日15時30分00秒開始時刻で通話時間4分35秒の各電話をしている。
ウ 被告人は,借金をしていたHに平成20年1月9日17時16分54秒開始時刻で通話時間4分35秒,翌10日17時23分2秒開始時刻で通話時間1分32秒,同日20時11分57秒開始時刻で通話時間11秒の各電話をしている。
エ 以上によれば,被告人がC殺害当時,金銭的に逼迫して債権者から厳しく追及されていたこと及びCを殺害したとされる時間帯にもHに携帯電話をかけていた事実が認められる。けれども,被告人自身が当公判廷において,AがC殺害行為に及んでいる最中の現場に居合わせたこと,AがCに馬乗りになってその頸部を絞めるのを目撃していること及びその直前には台所かトイレで携帯電話に被告人が出ていたこと等を自認しているのであるから,これらの携帯の履歴はAの証言に合理的な疑いをもたらすものではなく,弁護人のこの点についての指摘も採用できない。
(3) 弁護人主張③の捜査官の利益誘導の有無については以下のとおりである。
ア Aは,平成20年6月13日に警察官に初めて事情聴取され,その日のうちにCの殺害を認めている。
イ Aは,自白するに至った理由について,「(Cを殺してから)毎日,地獄のような気持ちで過ごしていた。」ところ,捜査官がAの娘の誕生日を考慮してその後にAを逮捕したとの説明を受けて,「(取調べを担当した警察官を)神様から送られた使者だと感じ取り,ああ,これは正直に自白しなきゃいけないなという気持ちが起きた。」と述べている。
ウ 弁護人は,上記捜査はAに対する利益誘導であり,Aの自白の信用性は無いと指摘する。しかし,罪の意識に苦しんでいたAが捜査官の人道的な取り扱いに琴線を揺さぶられ,自分の犯した罪について反省して,自ら責任をとるべく自白したことを,捜査官の画策に基づく利益誘導と認めることは相当でないというべきである。また,強盗事件については現場遺留指紋が採取されていたのであるから,Aが殺人事件の取調べ中に捜査官に「ほかにないか」と聞かれて自発的に自供したというA証言は不自然であるとの点については,本件強盗事件の起訴が本件殺人事件の起訴日である平成20年7月25日の約2か月後である平成20年9月22日になされ,同日付けのAの検察官に対する供述調書が作成されているという事実等に照らせば,殺人の捜査終了後に強盗事件のAの自白がなされたことを推定させるものであり,Aの自白内容と調書の作成日付とが外形的に符合していることからすれば,Aの強盗事件に対する自白の経過に疑念を生じさせるほどのものではないと判断される。
(4) 弁護人主張④の凶器の未発見の点について
ア Cの殺害の凶器とされた金属製工具様鈍器及び電気ポットはいずれも未発見である。
イ Aは金属製工具様鈍器はポンチのようなもので車のトランク内にあったものを持ち出したし,電気ポットは被告人宅にあったものであると供述し,いずれもC殺害後被告人が処分したものである旨述べている。
ウ Cの遺体の頭部には17か所に損傷があり,うち1か所は頭蓋骨外板が陥没している。これらの損傷は遺体の死後変化が進んでいるため生前に生じたものか不明であるが,ポンチと同様のものや電気ポットで多数回殴打された場合にこれらの損傷と殴打は矛盾しないとの鑑定の結果が報告されている。
エ 被告人の部屋に電気ポットが従前から置かれていたこと,C殺害後の捜査で発見されなかったことは関係各証拠から十分認定でき,AのC殺害の凶器がAの自供どおりであると推認することができる。
オ もっとも,被告人が電気ポットでCを殴ったという点に関しては,Aは当初隠しており,捜査官に話していない。その理由は,A自身が金属製工具で殴ったという記憶が鮮烈であったことや,被告人を庇うために電気ポットの事を捜査官に言うか否か迷っていたというものであり,一応の合理性が認められる。なお,Aがその他の点に関しては,被告人と共謀の上で実行行為の大部分をほぼ全て自身が行ったと一貫して述べているにもかからわず,電気ポットの点についてのみ被告人に罪を着せるというのは極めて不合理であり,すべての真実を告白して神の許しを請うとのAの自白の理由とそぐわない。この点は,当初被告人は思い出せず,忘れていたと述べていることが真相に近いと思われ,この点に関するA証言の信用性も認められる。さらに,金属製工具で被害者を襲うことについての被告人とAの共謀の時期や内容についてAの供述は一貫せず不透明な部分が存することは弁護人の指摘するとおりであるが,これもAが被告人を庇おうとしていたか又は記憶が一部はっきりしないことから生じたものと判断され,被告人との共謀という根幹部分のAの供述の信用性を否定するものではなく,この点についての弁護人の主張も採用できない。
(5) 弁護人主張⑤で,被告人には金策能力があり,Cの殺害の動機がないことについて検討する。
ア これまで述べたとおり,被告人は平成20年1月10日時点において10万円の金策をする資力やあてはなく,Cに10万円を返済できないことでA共々強烈に面罵されて,Cに対して強い恨みを抱いていたことは容易に推認できる。
イ これに関連して,以下のような重要な間接事実が存することを指摘したい。
(ア) まず,Cの知人はCと平成20年1月10日に髪を染めるカラー剤を買う日本語の通訳をするため,一緒に出かけて行動を共にしていたところ,Cの携帯電話が鳴り,「電話の相手が,『お金を渡すから1人で待っていて欲しい』と言っている」,「電話の相手が恥ずかしがるから1人で待っていなくてはならない。」などとと述べていた事実が存する(証人Q及びRの供述)。
(イ) 証人が所在不明で,当裁判所がその検察官に対する供述調書を刑事訴訟法321条1項2号前段で採用したSの供述調書(甲42号証)によると,上記Cの知人はSであり,平成20年1月10日午後3時24分過ぎころCの携帯に電話があり,Cは「今,お金を返してくれる人が会いましょうって言っている。」と述べ,「一緒に行ってあげましょうか。」とのSの申出に対し「ううん,C1人で来てね,他の人は連れてこないでねって言っているから」などと言って手を振りついてくるなというジェスチャーをしたあと,待ち合わせを提案したSに対し,「コーヒー代がかかるし,車で持ってきてくれて,もらってすぐ行っちゃうから大丈夫だよ。」などと言って別れたこと,その際Cは当時居たT銀行の場所を電話の相手に教えていることが明らかである。なお,弁護人は,公判前整理手続で証拠調べ請求を撤回したSの供述調書を刑事訴訟法321条1項2号前段で採用することは許されず,また,同調書の信用性も認められないと主張する。しかし,前記Sの供述調書は,一部分の添付書類のみ同意されてその余は不同意とされたことから,検察官は同号証のすべてを撤回し,Sの証人請求をしたものの,同人が所在不明となってその証言を求められないという事情変更が生じたものと認められる。また,法321条1項2号前段により証拠能力を認めることができる。なお,付言すると,上記供述調書の内容は,Qらの証言等と符合していることからしてその信用性も認められるのであり,当裁判所の判断と異なる弁護人の主張は独自の所論で採用できない。
(ウ) 弁護人は,Cの電話の相手が被告人であるとは断定できないと指摘するが,被告人がCの携帯電話番号を知っていたこと,前記6(2)の被告人の携帯電話履歴からするとその電話の相手が被告人であったことは動かし難い事実である。
(エ) さらに,被告人自身,この電話の内容はCに返済するというものではなかったと述べるものの,Aが新たな借金を求めるためのものであったとして,Cを呼び出した電話に被告人が関与した事実自体は争っていない。
(オ) もとよりAがCに独自に借金をしていた事実はなく,被告人に代わって10万円の借金を払う意思も能力もなかったことは関係各証拠から明らかな事実である。
(カ) さらに,10万円の借金を返済できない被告人とAに対して,Cが再度金銭を貸し与えることを期待できるような親しい関係にあったか吟味する。
Cは,身長約●●●センチメートルの体格の良い韓国人女性で,女手ひとつで子供らを立派に育てあげた後は,短期滞在の資格でしばしば来日し,JRo駅付近にあったバカラ賭博店の「G」に出入りして一定額以外は勝負しないなどという堅実な方法によりバカラ賭博で多額の利益を上げていた。また,同店において被告人及びAと面識を得ていたことから,平成19年12月下旬ころ,同店で被告人に7万円相当のチップを貸し渡し,10万円返済の約束をさせていた。この貸借関係以外に被告人ともAとも私的な交流はなかった。かえって,被告人が前記10万円の返済をできなかったことから,平成20年1月9日被告人とAをG店内で衆人の前で面罵し良好な関係ではなかった。このような事実関係に照らせば,Cが被告人やAに前記10万円の返金がなされないのに再度金銭を被告人やAに貸与する親しい関係でなかったことは明白であろう。
そうだとすれば,被告人がCに対する携帯電話で新たな借金申し込みのためCを呼び出したとする話は荒唐無稽な作り話であることは明白な事柄であると思われる。
第4被告人の弁解供述の信用性について
被告人は,当公判廷において,殺人,窃盗,住居侵入・強盗についてはAが単独で行ったものであり,死体遺棄についてはAの犯行を手伝ったにすぎない旨主張している。前記認定事実からこれらの弁解供述が採用できないことは明白であるが,事案の重大性に鑑みて,その弁解供述の信用性について一部重複をいとわず敷衍して説明しておく。
1 内容の不合理性
被告人の供述は,一見すると,自身が全く関与していないにもかかわらず,Aによって巻き込まれてしまっているという内容で一貫した,合理的なものであるように見える。しかしながら,その内容を精査すると,それ自体が被告人に都合のよい荒唐無稽かつ不合理な内容なものである。すなわち,被告人がCを携帯電話で呼び出した事実は前述のとおり動かし難い事実である。これを被告人の弁明に従えば,交際していたAが,偶々,何の断りもなく勝手に自分の部屋に被害者Cを連れてきて,ワンルームの狭い部屋であるにもかかわらず,全く気付かない間に突然殺してしまった。それによって,偶々,度々罵倒を受けていて憎いと思っていた者がこの世からいなくなり,かつ,10万円の借金も免れることができた上,同じく全く知らない間にAが勝手に盗んだCの金で自分の高利貸しからの借金も返済でき,かつ,遊ぶ金も手に入ってしまった。他人の家でいきなり人を殺害してしまうような,被告人からすれば極めて異常者であるようなAに恐怖を感じつつも,事件直後には血だらけの同人に抱きつき,その後もAと一緒に暮らして,挙句の果てには結婚までしてしまった。このような被告人に不利なあるいは好都合な事実がこれほどまでに偶然重なり続けることは常識に照らしておよそ考えられない。このように,被告人の弁解供述は極めて不合理,不自然なものであり,Aの証言の信用性に合理的な疑いを抱かせるものではない。
また,住居侵入・強盗の件についても,A証言のみならず,実際にAの写真を見てもなお面識がない旨明確に述べている被害者B証言があるにもかかわらず,偶々Aが,被告人のパトロンであり,足が悪く,現金を裸で持っていることの多い被害者Bの自宅に,同居人が不在の時期に侵入して金を奪ってきてくれたという,やはり被告人に一方的に都合のよい偶然がこれほどまでに重なることは常識に照らして到底考えられず,被告人の供述は不合理,不自然であって,Aの証言の信用性に合理的な疑いを抱かせるものではない。
2 他の証拠との不整合
また,被告人の現在の話は,他の証拠とも食い違っている。前述のように信用できるA証言と真っ向から食い違っているばかりか,Rが,被告人がCさんに怒鳴られたのを見たのは間違いなくCの失踪の前日であって印象に強く残っている1月9日の出来事であったと明確に証言したのにもかかわらず,被告人は,1月5日のことであって,かかる証言は間違っていると述べ,Sが,Cから「お金を返してくれる人が会いましょうって言ってる」と聞いた旨供述しているにもかかわらず,被告人は,自分もAも電話で「金を返すから会いたい。」などという内容の話はしていない旨述べている。また,当の本人である被害者Bが,Aとは面識がない旨を明確に証言しているのに,被告人は,被害者BとAとは事件前から面識があったかのような話をしている。このように,被告人は,単に曖昧な話や不合理に変遷する話をしたのみならず,他の証拠に反する供述をしていて,信用できない。
3 不合理な変遷
被告人の供述は,当初からその内容において変遷を繰り返しており,しかもその理由は下記のように不合理であるといえる。
被告人は,6月13日に,殺人と死体遺棄の双方について「被告人もAも関与していない」と供述した。被告人は,6月14日から,殺人について「被告人がポットで殴って殺害した,Aはいなかった。」,死体遺棄について「被告人がAに遺棄させた。」と述べている。さらに,被告人は,7月20日・22日ころの供述調書では,殺人については「被告人は関与していない。Aがjを出ていった後,自分はCさんの口座番号を聞くために電話をかけた。」,死体遺棄については「被告人は関与していない。翌日,被告人方に風呂敷で包まれた大きな荷物があり,Aは「デリヘルで使う」と説明していた。」と述べている。そして,被告人は,9月22日ころから現在まで,殺人について「Aが殺害した,被告人は途中から目撃した。Aに頼まれてCさんの居場所を聞く電話を取り次いだ。被告人がトイレにいる間にAが居間でCさんを殺した。」,死体遺棄について「Aが遺棄した,被告人は手伝った。一緒に被告人方で布団袋に死体を詰めたりした。」と述べている。
このように供述を変えた理由に関して,被告人は,まず6月14日にC殺害を認めた理由については「Aを庇った」と言い,7月20日ころに関与を否定した理由については,「弁護人と接見して,自分の話がAの手助けにはならないからAを庇うのをやめようと思い,全て正直に話す約束をしたから」と述べている。9月22日の前と後の話は,いずれもAの単独犯行を内容とするものの,その中身は大きく異なっている。被告人は,9月22日ころにさらに現在の供述に変わった理由について,弁護人と接見して,Aが事件を認めていることが分かってAの法廷に証人として呼ばれる心配がなくなったからと述べているが,仮に,被告人が,Aは否認していると思っていたのであれば,当初から一貫してずっと庇い続けていたはずであるし,逆に,Aは自白していると思えば,そのときから現在の話をしていたはずである。なぜ9月22日の前と後で,いずれもAの単独犯行を内容とするものでありながら,話の中身を変えたのかについては合理的な説明は何らなされておらず,むしろ,単にAに罪を被せているとみるのが自然である。
4 不利な証言をしたAを責めていないこと
そして,被告人は,当公判廷において被告人との共同犯行を認めるAの証言を聞きながらも,Aを責める言葉を述べることはなく,むしろ,Aに向かって「愛している」と言っている。もしAが無実の被告人を巻き込んでいるのであれば,このような言葉が被告人から発せられることはありえないと思われるのであって,かかる被告人の当公判廷の態度からも,被告人の弁解のうそが窺える。
第5結論
以上縷々検討した結果からすれば,Aが虚偽の自白をしている可能性は考え難い。また,被告人の弁解は到底信用できるものではない。
そして,今回の各事件について,いずれも,被告人に動機があり,被告人の協力が不可欠で,被告人に利益のある事件であったことをも勘案すれば,被告人とAとの間には,殺人,窃盗,死体遺棄,住居侵入・強盗のいずれの犯行についても共謀があったことが認められ,かつ,殺人に関しては,被告人自ら電気ポットで被害者の頭部を殴打するという実行行為の一部を分担していたことが認められる。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為のうち,住居侵入の点は刑法60条,130条前段に,強盗の点は同法60条,236条1項に,判示第2の所為は同法60条,199条に,判示第3の所為は同法60条,235条に,判示第4の所為は,同法60条,190条にそれぞれ該当するが,判示第1の住居侵入と強盗との間には手段結果の関係があるので,同法54条1項後段,10条により1罪として重い強盗罪の刑で処断することとし,各所定刑中判示第2の罪については有期懲役刑を,判示第3の罪については懲役刑をそれぞれ選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により刑及び犯情の最も重い判示第2の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役25年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中260日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
1 本件は,被告人が,当時交際中であった共犯者Aと共謀の上,被告人のいわゆるパトロンであった62歳の男性方に侵入した上,同人から現金を強取したという住居侵入・強盗の事案(判示第1)並びに62歳の女性をこもごも金属製工具様の鈍器や電気ポットで殴打したり,その頸部をやく圧するなどして殺害した上,同女所有の現金を窃取し,さらに同女の死体を土中に埋めて遺棄したという殺人,窃盗及び死体遺棄の事案(判示第2,第3,第4)である。
2 被告人は韓国人女性であるが,日本のバカラ賭博場で面識を得た男性と親密な関係になり,同人が多額の現金を携帯することや足が悪いことを知って内縁の夫であった共犯者Aにバカラ賭博資金等を得る目的で強盗を実行させ,またバカラ賭博場で韓国人の被害者と面識を得て同人からバカラ賭博のため10万円の借金をしたが返済できずA共々バカラ賭博場で面罵されたことに憤激し,Aと共に被告人の自宅に甘言を用いて呼び出して殺害し,その際,同女の所持金を窃取した後,死体遺棄に及んでいる。被告人の利欲的な犯行動機に酌量の余地はなく,尊い人命が失われた殺人の被害結果は誠に重大であり,死体遺棄の態様も死者に対する畏敬の念を何ら感じさせない悪質なものである。それにもかかわらず,被告人は死体遺棄の幇助を認めるのみで,他の犯行を否認するなど反省の態度は微塵も認められない。被害者や被害者遺族が被告人に対して厳罰を望むのは当然の心情と理解できるし,被害者やその遺族に被害弁償や慰謝の措置が講じられていない犯行後の情状も到底看過できるものではない。そこで,極めて重大かつ凶悪な本件各犯行のいずれにおいても被告人が首謀者であり,Aは被告人の下でこれに従属的に行動していた実行正犯であること及びこのような凶悪な犯行を防止すべき一般予防の観点も無視できないことからすれば,被告人の刑事責任は重大である。
以上より,被害者Cの被告人に対する罵倒の仕方が尋常ではなかったことや,被告人が高利貸しからの取立てに追われていたこと,実家の借金の返済のために本邦に入国したという経緯及び本邦において前科前歴がないことなどの酌むべき事情を最大限考慮しても,被告人に対しては,Aの刑責を上回る長期間の矯正教育を施して遵法精神を涵養させ,もって賭博などに耽溺せず額に汗して働き,うそと虚飾の生活から脱却した真面目な人間に更生させるべき必要性を否定し難い。さらにその上で,被告人の残りの全生涯をかけて被害者Cの冥福を祈らせつつ,その遺族に慰謝の措置を講じさせることなどが求められよう。
当裁判所は,これら被告人に不利,有利に斟酌すべき一切の事情を総合考慮して,被告人に対して懲役25年の刑を科することを相当と判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役30年)
(裁判長裁判官 大谷吉史 裁判官 西野牧子 裁判官 廣瀬仁貴)