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さいたま地方裁判所 平成20年(わ)1822号 判決 2009年5月07日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中120日をその刑に算入する。

押収してあるバール1本(平成21年押第33号の1)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,Aに対して借入金等の名目で合計1345万円の支払債務を負い,同人からその支払を迫られていたものであるが,同人を殺害して同債務の支払を免れようと企て,平成20年11月1日午後8時30分ころ,埼玉県春日部市a町b丁目c番地dの飲食店「B」店舗内において,同人に対し,殺意をもって,手に持っていたバール(平成21年押第33号の1)でその後頭部を1回殴った上,左腕を同人の頸部に巻き付けて絞めつけるなどし,よって,そのころ,同所において,同人を頸部圧迫による急性窒息により死亡させて殺害し,同債務の支払を免れて財産上不法の利益を得たものである。

(証拠の標目)〔省略〕

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法240条後段に該当するところ,所定刑中無期懲役刑を選択して,被告人を無期懲役に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中120日をその刑に算入し,押収してあるバール1本(平成21年押第33号の1)は,判示強盗殺人の用に供した物で被告人以外の者に属しないから,同法19条1項2号,2項本文を適用してこれを没収し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

1  事案の概要

本件は,犯行当時経済的に困窮していた被告人が,家族ぐるみで交際するなどの親交があった被害者から,同人に対して負担していた債務の弁済を強く迫られたことに怒り,その追求から逃れるために同人を殺害して債務の支払を免れようと決意し,同人の背後から所携のバールでその後頭部を殴打した上,その頸部を強く絞めつけるなどして窒息させて殺害し,1345万円の債務の支払を免れたという強盗殺人の事案である。

2  犯行動機及び犯行に至る経緯等

被告人は,東京都で出生し,埼玉県で生育して,私立大学中退後は主として不動産業界で稼働していたところ,景気悪化後もかつてのバブル景気下での感覚から抜けきれずに詐欺事件を起こして平成9年にC地方裁判所で懲役2年(3年間執行猶予)の判決を受けていた。他方,この判決以前から被告人は被害者と会社の同僚として面識を得て親交を深め,勤務先を退職後は被害者の経営する会社に従業員として勤務したり,被害者と会社を共同経営するなどしていた。

しかし,被告人と被害者との共同経営の会社は失敗し,被告人は金銭に窮乏してサラ金や被害者から借金を重ねていた。そこで,被告人は,平成20年5月に被害者から飲食店の営業権を譲り受けた際,被害者との間で,それまでの被害者からの借金等をまとめるという意味で合計1410万円を支払う内容の金銭借用証書を作成し,その後一部を分割返済して残債務額が1345万円にまで減少していた。

ところが,同年9月末に被告人は道路交通法違反(無免許・酒気帯び)で身柄を警察に拘束され,手元不如意で借金の返済が不可能な状態になってしまった。そのような中,同年10月20日に被害者は警察の留置施設にまで来訪して被告人に強く借金の返済を迫り,被告人の窮状に理解を示さなかった。

そこで被告人は,被害者の態度が非情であると憤りを覚え,これまでの被害者の金銭に対する強い執着心や目的を必ず成し遂げようとする実行力ある性格からして,店の経営を再開させて,その後順調に店を経営していくためには被害者を殺害して上記債務の支払を免れるほかに方法はないと短絡的に殺害を決意したものである。

3  犯行の計画性

被告人は,被害者をバールで殴って失神させた上で首を絞めて殺害しようと計画し,殺害準備のために被害者と会う日を一日遅らせた上,その間に,被害者を気絶させるために用いる全長約59.2センチメートル,重量約1.32キログラムもあるバール1本及び殴る際に手が滑らないように使用する滑り止め付き手袋1双を購入するなどして準備を整えて,被害者を営業休止中で人気の無い犯行現場に呼び出して殺害に及んでいる。また,犯行後は,結果的に遺体を処分できずに現場に放置していたものの,遺体を解体して処分しようと企て,ノコギリ等を購入するなどしていた。これらの事情に鑑みると,本件犯行は計画的であり,極めて悪質な犯行である。

4  犯行態様

被告人は,何ら躊躇なく所携のバールでいきなり背後から被害者の後頭部を殴りつけ,その後,床に倒れ込んだ同人を仰向けにしてその上に馬乗りになって両手で首を絞め,さらに,同人がうつ伏せになって這って逃げようとすると,その上に覆い被さって背後から左腕を同人の首に巻き付け,自己の全体重をかけ,同人が抵抗しなくなるまでその首を強く絞め続けて頸部圧迫による急性窒息により死亡させている。このような被告人の犯行態様は,執拗かつ残忍なものといえる。加えて,被告人が免れた債務の金額も多額であって,悪質である。

5  被害結果

本件犯行の結果,被害者は,2人の娘及び将来結婚を誓い合った内妻と4人で新しい家庭を築く目前で,41歳の若さで突然無惨にも生命を奪われているのであり,被害者の肉体的,精神的苦痛,死に至る恐怖感等は筆舌に尽くしがたいというべきである。

殊に,被害者は,被告人を自身の経営する会社の役員として招き入れたり,取得した店の営業権を譲渡してその経営を任せたりするなどして被告人の仕事の世話をし,頼まれるまま被告人に多額の金員を貸し与え,様々な助言や指導を続けて被告人の援助をして親交を深めていたにもかかわらず,かかる恩を施した被告人から殺害された上,最愛の娘2人を残して突然人生を終えることを余儀なくされたのであるから,その無念さは察するに余りある。

また,被害者の母親は,当公判廷において,「殺されたAも子供達が心配で心残りで成仏できないでしょう。息子を殺された母親,父親を殺された子供達が心に受けた傷は消えることはないでしょう。私は,人の命を奪った人は自分の命で償うのが当たり前のことと思っています。被告人の死刑を心から望んでいます。」などと意見陳述をして被告人に対して極刑を望んでおり,被害者の2人の娘及び内妻らが被告人に対して抱く処罰感情も峻烈である。さらに,何の前触れもなく突然愛する家族を失った遺族の受けた精神的衝撃,苦痛及び悲しみは計り知れないものがあると理解できる。

6  犯行後の情状

加えて,被告人は,本件犯行後,床に付いた血液を拭き取り,さらに血が付着した衣服を着替えた上,被害者の車両を使って逃亡を謀るとともに,電源を切った携帯電話等の被害者の所持品や血液の付着した自己の衣服等をごみ集積所に投棄するなどの罪証隠滅工作を行い,被害者の遺体を殺害場所からレジ台脇,奥の厨房の方へと順次移動させて隠すなどして犯行を隠蔽しようとしている。また,犯行翌日には,被害者の遺体を解体して処分しようとノコギリやごみ袋,ゴム手袋まで用意したものの,結局解体不可能と判断して,被害者を無残な姿で犯行現場である「B」店内に放置している。かかる被告人の行動からは,自らが殺害した被害者に対する哀れみの感情や悔悟の念は皆無であると言わざるを得ず,犯行後の情状も良くない。

7  被告人の弁解について

まず,弁護人は,被告人が被害者に対して負うに至った債務の内容として,そもそもその根拠が極めて希薄なものが含まれていたという事情があり,これは被告人に有利に斟酌すべきである旨主張して,被告人も同旨を述べている。

確かに,被告人と被害者との間における契約には,営業権の譲渡など評価的概念を含むものがあるほか,必ずしも透明でない内容の旧債務の存在が窺える。けれども,その件に対する被告人の主張は,本来,被害者との話し合いや専門家による解決の方途を選択することによって解決を図るべきものであり,この点を被告人に特に有利に斟酌すべき事情とすることはできないと思料される。

さらに弁護人は,被害者の生前の行状には非難すべき点が多々あり,そのような被害者に対して被告人が抱いていた憎しみや,被害者からの解放を求める気持ちが本件犯行の主な動機であったと指摘し,被告人も同様の弁解を述べている。

しかしながら,被害者の生前の行状がどのようなものであったにせよ,被害者を殺害したという行為を正当化できるものではない。また仮に,被告人において被害者の行状に憤懣が存していたとしても,被害者との関係を絶つことに格別の客観的な障害が存していたとは認められない。即ち,被告人は,被害者を犯行現場に呼び出した際,借金の減額等を求める最終確認をしたところ,これを断られるや躊躇なく本件犯行に及んでいるばかりか,それ以前に,従前から積もり積もっていた被害者に対する不平,不満等の心情を被害者に吐露すらしていない。これらの事実に鑑みれば,本件犯行の主たる動機が被害者に対する上記債務を免れることにあったと推認することが自然と判断せざるを得ない。

8  結論

以上に述べたとおり,被告人の本件犯行は,その動機において自己中心的かつ身勝手なものであり,その態様は凶器を使用した計画的なもので犯情悪質である上,その結果は尊いかけがえのない被害者の生命が失われたという誠に重大なものである。

他方,本件について被告人なりに一応反省の弁を述べ後悔の心情を示していることや,これまでは正業に就いて稼働してきたこと,被害者の従前の言動が被告人を精神的に追い込む状況を作出したこと,自首していること,さらには被告人には父親がおり被告人を案じていることは,被告人に有利に斟酌すべき事情である。

そこで,以上のとおりの被告人に有利,不利に斟酌すべき一切の事情を総合して考慮すると,被告人には,その生涯をかけて被害者の冥福を祈らせ贖罪させることが相当であり,被告人を無期懲役に処するべきであると判断した。

なお,弁護人は,被告人には自首が成立するから,自首によって刑を減軽し,有期懲役刑を選択するのが相当である旨主張するが,被告人の自首は,被告人が被害者の遺体の解体処分を断念した結果,いずれ遺体が発見され,被告人の犯行が発覚すると考えてやむなくしたものにすぎないという経緯等からして,被告人の真摯な反省悔悟の念に基づくものと評価することはできず,被告人の刑を減軽して有期懲役刑を選択するのは相当ではなく,この点の弁護人の主張は採用できない。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 無期懲役,主文記載のバール1本の没収)

(裁判長裁判官 大谷吉史 裁判官 西野牧子 裁判官 廣瀬仁貴)

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