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さいたま地方裁判所 平成20年(わ)30号 判決 2009年3月11日

主文

被告人を禁錮1年6月に処する。

この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,平成19年12月24日午後4時30分ころ,中型乗用自動車(マイクロバスと呼ばれるタイプの車両である。以下「本件車両」ともいう)を運転し,茨城県かすみがうら市ab番地cd広場駐車場から埼玉県ふじみ野市,川越市に向かい発進するに当たり,思慮分別が必ずしも十分とはいえない小学校四,五年生の児童24人を,他に成人の監護者なく引率して同乗させていた上,本件車両は,センタードアのドアステップ内に立ち入った者の身体が容易にドアレバーに触れてしまう構造であり,しかも,センタードアは,ドアレバーを約6.5センチメートル時計回りに上方に回転させると開き始め,更に外側に押すことで車体後方にスライドして開き,それらに必要な荷重は,前者が2.48キログラム,後者が最大2.56キログラムにすぎないのであって,走行中に同乗児童らの身体等がセンタードアのドアレバーに接触するなどしてセンタードアが開き,同乗児童らが車外に転落する危険があったのであるから,このような場合,センタードアの施錠又はその開閉装置の手動から自動への切替えを確実に行い,走行中にドアレバーに接触してもセンタードアが容易に開くことのない状態であることを確認して発進すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,センタードアの施錠及びその開閉装置の手動から自動への切替えをいずれも確実に行わず,ドアレバーに接触することにより容易にドアが開く状態であることに気付かないまま発進した過失により,同日午後6時10分ころ,本件車両を運転して埼玉県戸田市方面から関越自動車道方面に向け,時速約60ないし70キロメートルで進行中,東京都練馬区e町f丁目g番地h先高速自動車国道常磐自動車道・東北縦貫自動車道i線j先道路において,本件車両に同乗し,そのころ,センタードア前のステップ内に立ち入っていた甲(当時11歳。以下「本件児童」ともいう)の身体がセンタードアのドアレバーに接触するなどしてセンタードアが開き,本件児童をして,開口部から路上に転落させた上,本件車両の左後方から進行してきた乙運転の中型貨物自動車の左前後輪で礫過させ,よって,即時,同所において,本件児童を脳挫砕により死亡させたものである。

(証拠の標目)

省略

(事実認定の補足説明)

第1はじめに

1  本件は,被告人が,自己が指導員を務める少年サッカークラブに所属する小学校四,五年生の児童26人を引率して臨んだ遠征試合の帰途,運転する本件車両に上記児童のうち24人を同乗させ,高速道路を走行中,本件車両の施錠されていないスライド式センタードアが開き,車内のドアステップ内でサッカーボールの上に座っていた本件児童が路上に転落し,後続車に礫過されて死亡したという事案(以下「本件事故」ともいう)である。

2  弁護人は,走行中,児童らがセンタードアのドアステップ内に立ち入ることは予見できず,仮に立ち入ること自体は予見できたとしても,立ち入った児童がドアステップ内に置かれたサッカーボールの上に座るというセンタードアが開く具体的危険性を伴う行為に出ることを予見し得るものではないから,本件事故の発生については予見可能性がないのであって,被告人に過失責任を負わせることはできないなどとして,被告人は無罪である旨主張し,被告人もこれに沿う供述をする。

3  そこで,以下,当裁判所が,判示のとおり,被告人に,センタードアの施錠又はその開閉装置の手動から自動への切替えを確実に行い,走行中にドアレバーに接触してもセンタードアが容易に開くことのない状態であることを確認して発進すべき自動車運転上の注意義務(以下「ドア施錠等義務」ともいう)違反の成立を認めた理由を,補足して説明する。

なお,検察官は,被告人には,ドア施錠等義務違反と競合して,走行中,同乗児童らがセンタードアのドアステップ部分に立ち入ってドアレバーに接触することがないように,その動静に留意すべき自動車運転上の注意義務(以下「動静留意義務」ともいう)違反も成立する旨主張するので,当裁判所が,動静留意義務違反の成立を認めなかった理由も併せて説明することとする。

第2前提事実

関係各証拠によれば,本件の前提となる事実として,次のような事実が認められ,これらの点については,被告人及び弁護人も,特に争わない。

1  サッカークラブの活動状況等

(1) 被告人は,学習塾とスポーツクラブを経営する有限会社丙の社員として,同社が運営する丁サッカークラブ(以下「本件サッカークラブ」ともいう)の指導員を務めていた。本件サッカークラブは,幼稚園児及び小学生を対象に,練習指導,練習試合,合宿等の活動を行っており,本件車両を平成18年4月に購入し,児童らの送迎に使用していた。被告人は,1週間に1回から3回程度の割合で,本件車両を運転していた。

(2) 本件児童は,当時小学校5年生であり,本件サッカークラブに所属していた。小学校4年生以上の児童は,トップチームとサテライトチームに分かれ,本件児童はサテライトチームに所属していた。

2  本件車両の構造等

(1) 座席の配列等

本件車両は,定員29人,8列にわたって座席が設置されている。1列目は,前方に向かって右側(以下左右をいうときは同様)に運転席,荷物置き場を隔てて左側に助手席が設置されている。2列目は,右側が2人掛け用座席,通路を隔てて左側に1人掛け用座席が設置されており,1人掛け用座席に折り畳み式の補助席が付属している。3列目は,右側に2人掛け用座席が設置され,これに補助席が付属している。左側は,階段状に一段下がったドアステップ(以下「ドアステップ」ともいう),これに続いてスライド式の客室出入口ドア(以下「センタードア」ともいう)が設けられている。4列目から7列目までは,いずれも,右側に2人掛け用座席,通路を隔てて左側に1人掛け用座席があり,2人掛け用座席に折り畳み式補助席が付属している。最後列は4人掛け用座席で通路はない。補助席を除く各座席にはシートベルトが設置されているものの,補助席には設置されていない。

(2) センタードア及びドアステップの状況

ア 本件車両の左側側面の2列目と4列目の座席の間の位置にセンタードアが設置されており,車両後方外側にスライドさせて開く構造となっている。センタードアを開くと,開口部は,最大で高さ177センチメートル,幅59.2から61.2センチメートルとなる。センタードア内側に設けられたドアステップの底面は,奥行き41.5センチメートル,幅65センチメートルである。また,客室通路とドアステップ底面との高低差は29.5センチメートルである。客室通路からドアステップ内への進入を防止するための設備はない。

イ ドアレバー設置位置

センタードアには,ドアステップ底面から高さ74センチメートル,ドア前方端から7.8センチメートルの位置に,長さ12.3センチメートル,最大幅2センチメートル,最小幅1センチメートルの棒状のドアレバーが,先端を垂直に下に向けた状態で設置されている。ドアレバーは,センタードア内側表面に突起しており,ドア表面からの高さは,最も高い位置で3.1センチメートルある。またセンタードア内側には,ドアステップ底面から高さ100.5センチメートルの位置に,押し下げて施錠,引き上げて開錠する構造のロックボタンが設置されている。

ウ 座席,ドアステップ及びドアレバーの位置関係

3列目2人掛け用座席横の補助席を通路側に展開した場合の同補助席座面左前角からセンタードアまでの距離は約48.5センチメートル,同補助席座面左前角からセンタードアレバーまでの距離は約51.5センチメートルである。

(3) センタードア開扉の機序

ア 手動開閉の機序

ドアレバーを時計回りに左上方に回転させ,ドアレバー先端の位置が直線距離にして6.5センチメートル移動すると,センタードアが開き始める。その際に必要な荷重は2.48キログラムである。そして,ドアレバーを把持したまま更に車体外側方向に押すと,センタードアが車体後方にスライドして開く。その際に必要な荷重は最大2.56キログラムである。ロックボタンが施錠された状態のときは,ドアレバーを操作してもドアは開かない。

イ 自動開閉の機序

(ア) センタードアについては,運転席からの操作によってのみ開閉でき,客席から手動で開閉できないようにする仕組みが設けられている(以下,このような開閉を「自動開閉」といい,自動開閉のみ可能な状態を「自動状態」ともいう)。手動開閉可能な状態(以下「手動状態」ともいう)から自動状態にするには,ドアステップの後方寄りに設置されたオートドアユニット内の自動,手動切替えレバー(以下「自手動切替えレバー」ともいう)を「自動」に合わせる。

(イ) 自動状態の場合,運転席に設置されたオートセンタードアスイッチを操作してセンタードアを自動開閉することとなり,手動で開閉することはできない。また,センタードアのロックボタンが施錠されていても,自動開閉することができる。

(4) 本件車両の使用状況等

ア 被告人は,例外的な場合を除き,通常児童らを送迎する際は,センタードアを自動状態にして,運転席で開閉するようにしており,他方,センタードアをロックボタンにより施錠することはなかった。

イ 児童らは,1列目の助手席に着席するときを除き,シートベルトを着用することがなく,被告人も特にシートベルトを着用するよう指導することはなかった。また,児童らが補助席を使用することも多かった。

ウ 本件サッカークラブの経営者は,児童らを送迎する際,運転者以外に成人の補助者を同乗させることを基本方針としており,特に練習試合等で遠方に送迎する場合の多くは,補助者を同乗させていた。

(5) 運転席から車内後方を見たときの視認状況等

ア ルームミラーを通しての視認可能範囲は,上下方向については,下は,ミラーから三ないし四列目座席上部付近に至る直線よりも上の範囲,左右方向は,右側が,ミラーから3列目二人掛け席中央付近に至る直線より左側の範囲,左側が,ミラーからドアステップ右前角ないしドアステップ後方中央部分に至る直線より右側の範囲である。

イ 被告人が運転席に座ったまま,顔を若干左後方に向けて車内を確認するとき,ドアステップ部分付近は視野の範囲内に入るものの,その範囲内の詳細を把握することはできない。

ウ 本件事故発生当時,本件車両内のルームランプは点灯しておらず,車内は薄暗い状態であった。また,従前,ベンチコートを頭から被った状態で寝ている児童がいた。

3  本件事故発生に至るまでの経緯

(1) d広場までの状況

被告人は,平成19年12月24日,本件サッカークラブの練習試合のため,同クラブ所属の小学四,五年生の児童26人を被告人の運転する本件車両に乗車させて茨城県かすみがうら市内のd広場(以下「本件広場」ともいう)まで向かった。当初,本件サッカークラブの経営者が同乗する予定であったが,上記経営者に他の試合会場へ行く必要が生じたため,他に成人の同乗者がいない状態で,被告人のみが児童らを引率することになった。

(2) 本件広場から本件事故現場まで

ア 被告人は,本件広場で練習試合を終えた後,父兄が迎えに来た2人を除く24人(小学5年生23人,4年生1人。うち,本件児童を含む5人はサテライトチーム所属)を本件車両に乗車させ,本件広場から埼玉県ふじみ野市及び川越市の解散場所に向かって本件車両の運転を開始しようとした。その際,別のサッカークラブの監督が,手袋の忘れ物があると伝えてきたので,いったん運転席ドアから降りてこれを受け取り,児童らに見せようとした。しかし,センタードアが自動状態になっていて外からドアを開けることができなかったため,中にいる児童らに声をかけ,自手動切替えレバーを「手動」に切り替えさせた上,外からセンタードアを開けて車内に入り,手袋を児童らに見せて確認した。心当たりのある児童がいなかったことから,センタードアを閉め,手袋を返しに行った後,運転席ドアから運転席に乗り込み,同日午後4時30分ころ,本件車両の運転を開始した。その際,センタードアの施錠をせず,自手動切替えレバーを「手動」から「自動」に切り替えることもしなかった上,「自動」に切り替わっているか否かの確認もしなかった。

イ 被告人は,本件広場を出発した後,kインターチェンジから高速自動車国道常磐自動車道に入り,途中,給油のため,lサービスエリアに立ち寄った。lサービスエリアでは,児童らが乗降することはなく,センタードアを開くことはなかった。lサービスエリアを出発してからは,m料金所等を通過して,高速自動車国道常磐自動車道・東北縦貫自動車道i線に入り,関越自動車道方面に向かって走行し,本件事故発生現場に至った。

(3) 本件広場出発時から本件事故発生時までの車内の児童らの様子

ア 本件広場からの出発時,ドアステップ右側の3列目補助席は展開されておらず,2列目一人掛け用座席に本件児童,補助席に児童A,二人掛け用座席の左側に児童B,右側に児童C,3列目二人掛け席左側に児童D,右側に児童Eが着席していた。児童らはシートベルトを装着しておらず,被告人も,児童らにシートベルトを装着するよう注意はしなかった。

イ 本件広場を出発後,児童Bが,いつの間にか展開されていた3列目補助席に移動し,児童D及びEとともに話を始めた。

ウ lサービスエリアを出発した後,2列目に着席していた本件児童,児童A及びCがひざを座面について後ろを向き,児童Bらの話に加わった。その後,本件児童は,座席をまたぐようにして後方に移動し,ドアステップ内に置かれていたサッカーボールの上に座った。そのうち,児童A,B,C,D及びEと本件児童の6人は,それぞれ着ていたベンチコートを頭上に引っ張り上げ,円陣を組み,あたかもベンチコートでテントを作るような体勢をとり,「ひそひそ話」を始めた。その際,本件児童は,ドアステップ内に立って円陣に加わっていた。話が終わると,本件児童は,再びドアステップ内のサッカーボールの上に座り,センタードアに背中を寄り掛けるようにしていた。

4  本件事故の発生

本件車両が,判示の日時場所において,時速約60ないし70キロメートルで走行中,ドアステップに置かれたサッカーボールの上に座っていた本件児童の身体がドアレバーに接触するなどしてセンタードアが開き,本件児童は,開口部から高速道路の路上に転落し,本件車両左後方から走行してきた車両に礫過され,即時,同所において脳挫砕により死亡した。

第3ドア施錠等義務違反の成否について

上記第2の事実関係を前提に,被告人にドア施錠等義務違反が認められるか否かを検討する。

1  予見可能性の有無について

(1) 被告人は,本件広場を出発した際,本件事故が発生し得べきことを予見し得たかについて検討する。なぜなら,行為者に対して過失責任を問うためには,原因行為の際,行為者において,単に抽象的な結果発生の危険や不安を感じ得るだけではなく,結果回避措置をとることを動機づける程度に具体的に,結果の発生及び因果関係の基本的部分を予見し得ることが必要だからである。

(2) 児童らがドアステップに立ち入ることの予見可能性について

本件事故は,サッカークラブの練習試合終了後に,小学校四,五年生の男子児童24人を同乗させたマイクロバスの走行中に発生したものである。児童らは,走行中の車両内では,安全のため静かに着席していなければならないことを,理屈として理解し得る年齢ではあるが,理屈として理解したところを確実に実行できるほどに思慮分別が十分とは必ずしもいえず,その年頃の少年達が,ときに羽目を外して思わぬ行動,不注意な行動に及ぶことがあり得ることは,多言を要しないと思われる。ましてや,同年代で日頃から親しい者同士が集団でバスに同乗しており,しかも練習試合終了後であったことからすると,児童らが,高揚感や解放感,集団心理なども手伝って,思わぬ行動,不注意な行動に及ぶおそれがより大きかったというべきである。そればかりか,被告人の外に成人の同乗者がいなかった上,被告人は,基本的に運転操作に集中していて,児童らを事細かに監視することは困難な状況にあり,本件車両内には,児童らを適切に監護し得る者が存在しなかったのである。さらに,児童らはシートベルトを着用していなかった(上記第2の3の(3)のア)。これらによれば,児童らが,走行中,不安定な姿勢を取ったり,席を移ったり,車内を移動したりすることは,十分あり得るところであって,予見し得たといえる。

そして,本件車両にはドアステップへの立ち入りを防ぐための設備がなく,座席とドアステップがごく近接した位置関係にあり(上記第2の2の(2)のア),児童らがしばしば使用していた補助席を展開すれば,さらに補助席とドアステップとの間にごくわずかな間隙しかないこと(上記第2の2の(2)のウ)などの本件車両の構造,走行中の車内では揺れや振動等により身体のバランスを崩す危険性が高いことなども併せ考慮すると,児童らが,偶発的あるいは自発的に,ドアステップ内に立ち入ることも十分予見し得るというべきである。

(3) 本件事故発生の予見可能性について

本件車両は,ドアステップの奥行き,幅がいずれも小さい上(上記第2の2の(2)のア),ドアレバーがセンタードアから突起するように設置されており(上記第2の2の(2)のイ),ドアステップ内に立ち入った者の身体が容易に触れてしまう構造である。さらに,センタードアは,ドアレバーを約6.5センチメートル時計回りに上方に回転させると開き始め,更に外側に押すことで車体後方にスライドして開き,それらに必要な荷重は,前者が2.48キログラム,後者が最大2.56キログラムにすぎない(上記第2の2の(3)のア)。これらに加えて,走行中の車内では揺れや振動等により,身体のバランスを崩す危険性が高いことなどを併せ勘案すると,ドアステップ内に立ち入った児童の身体がドアレバーに接触するなどしてセンタードアが開き,開口部から児童が転落することは,十分予見し得るというべきである。そして,走行中の車両から児童らが転落すれば,後続の車両に礫過されることは当然あり得るところであり,殊に本件では,出発時において高速道路を走行することが予定されており,高速道路においては,他車が転落した同乗児童を避けられずに礫過することはより一層あり得べきことであるといえる。

なお,念のため付言すると,関係各証拠によれば,被告人は,本件車両を運転して本件広場を発進する際,自手動切替えレバーが「手動」に切り替えられたままであるのを失念しており,「自動」に切り替わっているものと思い込んでいたことが認められる。しかし,予見可能性は,行為の当時において,その場に置かれた一般人ならば知り得た事情及び行為者の特に認識していた事情を基礎として判断すべきものである(東京高裁昭和39年2月19日判決・東京高裁判決時報(刑事)15巻6号107頁等参照)ところ,被告人は,発進直前,別のサッカークラブの監督から手袋の忘れ物があると伝えられたため,本件車両内の児童らに声をかけ,自手動切替えレバーを「手動」に切り替えさせた上,外からセンタードアを開けて車内に入り,手袋を児童らに見せて確認し,心当たりのある児童がいなかったことからセンタードアを閉めている(上記第2の3の(2)のア)のであって,その際の被告人の状況に置かれた一般人ならば,自手動切替えレバーが「手動」に切り替えられたままであって,「自動」に切り替わっていないことを容易に知り得たはずであるから,自手動切替えレバーが「自動」に切り替わっていない事実を基礎として,予見可能性を判断することになるというべきである。

(4) 弁護人の主張について

ア 弁護人は,通常の判断能力をもった小学校四,五年生であれば,ドアステップ内に立ち入るという危険な行動はとらないはずであり,児童らがドアステップに立ち入ることは予見できない旨主張するが,既に説示したところから採用することはできない。

イ 弁護人は,①ドアレバーに正面から接触するだけではセンタードアは開かないから,仮に児童らがドアステップに立ち入ることまでは予見できるとしても,そこから直ちに,児童らがドアレバーに接触して,ドアレバーが左上方向に回転することは予見できず,児童らが,ドアステップに特異な態様で立ち入ったり,ドアステップ内で不安定な体勢をとったりするというセンタードア開扉の具体的危険性を伴う行動に出ることまでを予見して,初めてセンタードアの開扉を予見し得る,②したがって,本件では,本件児童がドアステップ内に置かれたサッカーボールの上に座って不安定な姿勢をとることまでが,因果関係の基本的部分として予見可能性の対象となり,それについての予見可能性が認められない限り,被告人に過失責任を負わせることはできない旨主張する。

しかし,既に説示したとおり,ドアステップ内に児童らが立ち入れば,児童らの身体がドアレバーに接触するなどしてセンタードアが開き,開口部から児童らが転落することは十分具体的に予見することができるのであって,児童らがドアステップ内に置かれたサッカーボールの上に座って不安定な体勢をとることまで予見しなければ,児童らの本件車両からの転落を予見できないとはいえないから,本件において,本件児童がドアステップ内に置かれたサッカーボールの上に座って不安定な姿勢をとることまでが,予見可能性の対象になるものではない。弁護人の上記主張は採用できない。

ウ 弁護人は,その他,縷々主張するが,逐一検討してみても,いずれも採用の限りではない。

(5) 以上の検討によれば,被告人は,本件広場を出発する時点において,自手動切替えレバーを「自動」に切り替えず,かつ,センタードアの施錠もせずに発進すれば,走行中,ドアステップ内に立ち入った児童の身体がドアレバーに接触するなどしてセンタードアが開き,開口部から児童が転落し,後続車両に礫過されて死亡するという結果の発生及び因果関係の基本的部分を予見することができたと認められる。

2  結果回避可能性の有無について

本件事故は,本件児童が,ドアステップ内でサッカーボールの上に座っていた際,その身体がドアレバーに接触するなどしてセンタードアが開き,本件児童が転落したことにより発生したものであるから,自手動切替えレバーを「自動」に切り替えるか,あるいはロックボタンによりセンタードアを施錠していれば,本件児童の身体がドアレバーに接触してもセンタードアは開かず(上記第2の2の(3)のア,イの(イ)),開口部から本件児童が転落することもなかったといえる。そして,被告人が上記の措置を執ることは容易なことであったから,結果回避可能性が認められることは明らかである。

3  被告人の過失について

以上の次第で,被告人は,本件車両を運転して本件広場を発進する際,ドア施錠等義務を負っていたものと認められ,この義務を怠って本件車両を発進させ,本件事故を惹起しているから,被告人には,判示のとおり,ドア施錠等義務に違反した過失を優に認めることができる。この点についての弁護人の主張は採用することができない。

なお,付言するに,被告人は,当公判廷において,「従前,児童らがドアステップに立ち入り,センタードアが開くことがあろうとは全く感じたことがない。また,従前本件車両を運転する際,センタードアを自動状態にして運転していたのは,児童らの昇降の便宜のためにすぎない」旨供述する。しかし,他方で,被告人は,当公判廷において,従前ドアロックを施錠していなかったことの理由に関し,「バスのドアが,自動で操作するときというのは,施錠がされていない場合でもドアは開くことはないので,そういう認識から,施錠の方はほとんどしていない状態だった」旨供述しているのであり,センタードアを自動状態にすることは,万が一にも走行中ドアが開くことのないよう,センタードアの施錠を兼ねた措置でもあったと見るのが自然である。被告人は,従前安全のためにも執っていた措置を,本件については失念したものというほかない。

第4動静留意義務違反の成否について

上記第2の事実関係を前提に,被告人に動静留意義務違反が認められるか否かを検討する。

1  予見可能性の有無について

既に説示したところに照らせば,走行中においても,本件事故発生の予見可能性は認められるというべきである。

2  結果回避可能性の有無について

(1) 検察官は,動静留意義務の具体的内容として,①適宜,顔を後方に向ける,②ルームミラーで車内の様子を見る,③後部座席の児童らの声に注意を向ける,④席を立たないよう児童らに声を掛けたりして,児童らの注意を喚起する,⑤児童らがドアステップ内に立ち入ったことを察知した場合には,そこから出るように声を掛けたりする,などの点を主張する。

しかし,上記のような注意義務を尽くせば結果を回避し得たと断じることまではできないというべきである。すなわち,

ア 上記①について見ると,被告人は,自動車運転者として進路の安全を確認すべき注意義務を負っていることに鑑みれば,動静留意義務として,被告人に常に時折車内後方を振り返るべきことを求めることはできない。確かに,被告人が,ルームミラーの視認等によって児童らの状況について危険を感じたのであれば,さらに運転に支障が生じない間隙を見計らって振り返り,車内後方を確認すべきであるといい得るが,そもそもルームミラーの視認によって児童らの状況を把握し得たと断じられないことは,下記イで説示するとおりであり,そうである以上,あくまでも運転に支障のない範囲内で求められるべき動静留意義務の内容として,高速道路を運転中の被告人に,後方を振り返って児童らの状況を目視すべきことを求めることはできない。

イ 上記②について見ると,(ア)ルームミラーには,後部座席の様子が一部映るものの,ミラーの視認可能範囲は必ずしも広範囲とはいえないこと(上記第2の2の(5)のア),(イ)本件事故当時,ルームランプが点灯しておらず,車内が薄暗かったこと(上記第2の2の(5)のウ),(ウ)本来ルームミラーは後続車両確認のために,必要に応じて時折見るべきものであり,これに伴って付随的に車内の様子が目に入ることはあっても,車内の様子に注目して見るものではないことなどに鑑みると,本件児童が座席をまたいでドアステップ内に移動し,さらにその後,ドアステップ前の補助席付近で,他の児童らとともにベンチコートを頭上に被って円陣を組むなど,かなり大胆な行動をしていたことを勘案しても,被告人が,ルームミラーを視認することにより,このような児童らの状況を認識できたと断じることはできない。

なお,検察官は,lサービスエリアで給油した後,車内が騒がしかったことから,被告人は後続車両を確認するためにルームミラーを視認するだけでなく,まさに車内の様子を確認する目的をもってルームミラーに目を向けるべきであったと主張するようであるが,そのような必要を感じさせるに十分な程度,車内が騒がしかったことを認めるに足りる証拠はない。

ウ 上記③について見ると,児童らの話し声が聞こえていても,特段の奇声等でない限り,それは児童らのコミュニケーションの範囲に属するものであって,必ずしも児童らが席を立つなどしていることを関知し得るとはいい難いから,被告人が,児童らの声に注意を向けていたとしても,本件児童が座席をまたいでドアステップ内に移動するなどしていた状況を認識できたとまでは認め難い。

エ 上記④,⑤について見ると,高速道路を運転中の被告人としては,運転席を離れることはできず,せいぜい席に戻るよう本件児童に口頭で注意することしかできないのであり,それによって本件事故の発生を回避し得たかについては,なお多分に不確定であり,回避し得たと断じることはできない。仮に被告人が本件児童がドアステップ内に立ち入っていることを察知し得たとしても,その理は同様である。

(2) 念のため付言すると,被告人は,本件事故発生時,本件車両を運転し,高速自動車国道を走行していたのであり,同道路は片側3車線(事故現場は片側2車線で左側に出口へ向かう減速車線がある)で交通量が少ないとはいえない(甲3)ことにも鑑みれば,被告人は,自動車運転者として,まずもって進路の安全を確認し,的確な運転操作を行うべき高度の注意義務を負っていたのであるから,被告人に求められる動静留意義務は,あくまでも運行の安全に支障を生じさせる恐れのない範囲内で,間隙を見計らって,ルームミラーを見,振り返って車内後方の児童らを確認し,児童らの声に注意を向け,児童らに注意を喚起する限度で足りるというべきであり,それ以上に,ルームミラーを凝視したり,長時間車内後方を振り返って児童らを確認したりすることは,自動車運転中の者に法が要求するところではないというべきである。

(3) 上記に検討したとおり,被告人が,法律上要求し得る限りの動静留意義務を尽くしたとしても,それによって本件事故の発生を回避し得たかについては,合理的な疑いが残るといわざるを得ず,結果回避可能性は認められない。

3  以上の次第で,結果回避可能性が否定されるから,被告人に動静留意義務違反の成立を認めることはできない。この点についての検察官の主張は採用できない。

(法令の適用)

罰条  刑法211条2項

刑種の選択  禁錮刑を選択

刑の執行猶予  刑法25条1項

(量刑の理由)

本件は,被告人が,自己が指導員を務める少年サッカークラブに所属する小学校四,五年生の児童24人を同乗させた本件車両を,ドア施錠等義務を怠って発進させた過失により,高速道路を走行中,本件車両の施錠されていないセンタードアが開き,開口部から被害児童が路上に転落し,後続車に礫過されて死亡したという自動車運転過失致死の事案である。

被告人は,サッカークラブの指導員として,思慮分別の必ずしも十分とはいえない多数の児童らを保護者らから預かり,引率して同乗させ,本件車両を運転する立場にありながら,かなり容易に開いてしまうスライド式ドアを施錠等するという,たやすく実行可能な措置を怠って本件車両を発進させ,本件事故を引き起こしているのであって,その過失は,決して軽いものではない。

本件事故により,被害児童は,わずか11歳という年齢で卒然としてその短すぎた人生を閉じられ,そのあり余る将来の夢や希望,可能性を一瞬にして奪われたのであって,その心情に思いを致すと,痛ましいというほかない。結果は重大である。

突然の事故で最愛の息子を失った両親の悲嘆の情や,喪失感の大きさも察するに余りある。両親が「大切な息子を失い,生きている意味が分からなくなりました。何をやっても息子の事が頭から離れることはありません」「私達家族からすれば,被告人の起こした罪は許されるものではありません」「この裁判の判決と社会的制裁を甘んじて受け,息子の御霊を弔ってください」などと厳しい処罰感情を吐露しているのも,誠にやむを得ないことといわなければならない。

これらによれば,被告人の刑事責任を軽く見ることは許されない。

しかし,次のような被告人のために酌むべき事情も認められる。すなわち,本件事故は,被告人が,本件広場を出発しようとした際,別のサッカークラブの監督から手袋の忘れ物があると伝えられ,児童らに手袋を見せるため,児童らに自手動切替えレバーを「手動」に切り替えさせたことが契機となっている上,被害児童が自らドアステップに入り込んだことが一因ともなっているのであって,被告人にとっても,不幸な事故という側面があることは否定できない。本件事故の背景には,遠征する際に運転者の外に成人の監護者を必ずしも同乗させていなかったという,本件サッカークラブを経営する会社の管理態勢の問題があり,責任を被告人一人に負わせるのは酷な面もある。未だ示談は成立していないとはいえ,上記会社の代表者等が加入する保険(うちひとつは対人賠償無制限)によって,遺族に対して少なくとも2100万円が支払われることが既に決定されているなど,いずれは相応の損害賠償がされる見込みであるのみらず,上記代表者も,保険で填補できない損害について,できる限りの誠意ある対応をする旨約束している。被告人は,自己の過失責任を争うものの,概ね事実関係を認めるとともに,自らの運転中に被害児童が死亡する事故を引き起こしたことについて真摯な謝罪の言葉を述べている。これまで前科前歴がなく,一社会人として真面目に生活してきており,本件事故後,被告人を知る他のサッカーチームのコーチ,選手及び保護者並びに被告人が体操授業を担当する幼稚園の教え子及び保護者らが中心となって被告人の処分減免を求める嘆願書が作成され,合計2万7000人以上の署名が集められている。3週間ほど身柄を拘束されるとともに,本件事故が被告人の実名入りで広く報道され,一定の社会的制裁を受けている。

以上の諸事情を総合考慮すると,被告人に対しては,主文の刑を科した上,その刑の執行を猶予するのが相当である。

(求刑 禁錮1年6月)

(裁判長裁判官 田村眞 裁判官 岡部純子 裁判官 東根正憲)

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