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さいたま地方裁判所 平成20年(わ)346号 判決 2008年11月12日

主文

被告人を懲役16年に処する。

未決勾留日数中150日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,平成20年2月17日午後7時10分ころ,埼玉県熊谷市a町b丁目c番地の店舗駐車場から同所先道路に向かい,運転開始前に飲んだ酒の影響により前方注視及び運転操作が困難な状態で普通乗用自動車を走行させ,もって,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自車を走行させたことにより,同日午後7時25分ころ,同市de番地f先道路において,自車を時速約100ないし120キロメートルの速度で走行させて対向車線に進出させ,折から対向して進行してきたA(当時48歳)運転の普通乗用自動車右側面部に自車右側面部を衝突させ,さらに,前記A運転車両の後方を対向して進行してきたB(当時21歳)運転の普通乗用自動車前部に自車前部を衝突させ,その衝撃により前記B運転車両を同道路右側のブロック塀に衝突させて横転させ,よって,同車に同乗していたC(当時56歳)に全身打撲等の傷害を負わせ,同日午後9時20分ころ,同市gh番地所在のi外科病院において,同人を前記傷害に基づく呼吸不全により死亡させ,同車に同乗していたD(当時56歳)に脳挫傷等の傷害を負わせ,同日午後9時45分ころ,同市dj番地k所在のl外科病院において,同人を脳挫傷により死亡させたほか,別紙被害者受傷状況一覧表記載のとおり,前記Bほか5名にそれぞれ傷害を負わせた。

(証拠の標目)

省略

(事実認定の補足説明)

第1争点

本件公訴事実について,弁護人は,被告人がアルコールの影響により正常な運転が困難な状態ではなかったし,その速度も時速約100キロメートルであったと主張し,本件について危険運転致死傷罪は成立せず,自動車運転過失致死傷及び道路交通法違反の各罪が成立するに留まる旨主張している。

したがって,本件の争点は,①被告人が,熊谷市内の店舗から自車を運転して出発し,その約15分後に本件衝突現場において対向車線に自車を進出させ,折から対向車線を進行してきたAの運転する車両(以下「A車両」という。)及びBの運転する車両(以下「B車両」という。)と順次衝突した際に,運転前に飲んだ酒の影響により前方注視及び運転操作が困難な状態であったか(以下「争点1」という。),②被告人が衝突直前において,自車を時速約100ないし130キロメートルの速度で走行させていたか(以下「争点2」という。)である。そこで,以下,これらの争点に関する当裁判所の判断を補足して説明することとする。

第2関係各証拠から明らかに認められる事実

1  被告人は,本件当日である平成20年2月17日,ゴルフ仲間であるE,F,G,H,Iらとともに,Hの経営する熊谷市内の居酒屋「甲」で酒を飲むなどしていた。被告人は午後1時30分ころ,甲に到着し,午後6時20分に甲を出発するまでの間,甲で,ビールと焼酎のウーロン茶割りを飲んだ。

2  甲での飲食が終わると,被告人,E及びFはさらに別の場所で酒を飲むこととなり,被告人は自己の運転する車両(以下「被告人車両」という。)で,EとFとはF運転の車両(以下「F車両」という。)でそれぞれ甲を出発した。被告人は,乙橋を渡って熊谷市内のパブクラブ「丙」の駐車場に到着した。F車両も被告人と連絡を取るなどしてその後丙駐車場に到着した。被告人,E及びFは,丙の関係者であるJから開店時間まで店の外で待つように言われたため,駐車中の被告人車両の中で待つこととした。その後,被告人らは,丙の開店時間までの間,被告人車両で走行することとなり,被告人は助手席にE,後部座席にFを乗せて,午後7時10分ころ丙駐車場から被告人車両を発進させた。

3  その後,被告人車両は熊谷市d内の道路を行田市方面から深谷市方面に進行していたが,午後7時25分ころ,被告人は,本件衝突現場のカーブ(以下「本件カーブ」という。)の直前から少なくとも時速100キロメートル程度まで自車を加速させた。しかし,被告人は,自車を制御することができずに対向車線に進出し,折から対向車線を進行していたA車両の右側面に自車の右側面を衝突させ,さらにB車両の前部に自車の前部を衝突させた。

第3検察官の主張

1  争点1

争点1について,検察官は,①被告人は,本件当日,甲でビール1杯と焼酎のウーロン茶割り約8杯という自己の通常の飲酒量に比してかなり多い量の飲酒をしていること,②甲での飲食の際,被告人は,他のゴルフ仲間の食べ残した味噌ラーメンのスープを口にしたり,年長のゴルフ仲間であるEと激しい口論をして,Eに頭突きされて後方に倒れ込んだりしたという普段と異なる状態であった上,トイレに行く際にいわゆる千鳥足の状態であったこと,③本件衝突の約2時間後である午後9時35分ころに採取された被告人の血液から,血液1ミリリットルにつき2.2ミリグラムのアルコールが検出されていることから,丙を出発した時点から本件衝突までの間,被告人はそれまでに飲んだ酒の影響により前方注視及び運転操作が困難な状態であったことは明らかである旨主張している。

なお,検察官は,④被告人は,幅の狭い片側一車線で最高速度が時速40キロメートル,右側はみ出し禁止の交通規制がなされている道路において,本件カーブの出口周辺の様子が見通せないのに手前から急加速し,本件カーブに入った後も加速を続け,自車を制御できなくなって,対向車線に進出して本件衝突に至っており,全く道路状況に即さない判断をしていることを指摘しているが,公判前整理手続の結果に照らすと,検察官は,かかる事実についても,丙を出発した時点から本件衝突までの間,被告人が酒の影響により前方注視及び運転操作が困難な状態だったことの根拠として主張しているものと解される。

その上で,検察官は,⑤信用できる被告人の捜査段階の供述によれば,被告人は甲でトイレに行くときに目が霞んでしまったり,甲出発後,乙橋を走行中,酒に酔っていたために,目が霞んでしまい,前を走っている車のテールランプがぼやけて見えにくくなり,危ないと思ったり,丙でJから酒臭いと言われ,そのころ,酒の酔いにより体がふらついているのを自覚したりしていることからして,少なくとも丙を出発した時点から本件衝突までの間,被告人は,自らが正常な運転が困難な状態にあることを認識していたことは明らかである旨主張している。

2  争点2

争点2について,検察官は,①本件衝突現場の状況や車両の損傷状況などから科学的に鑑定したところ,被告人車両がA車両に衝突した際の速度は,時速100ないし120キロメートルよりも高いものと考えられるとの結果が出ていること,②Aや本件衝突直前にA車両の前方を車で走行していたKが,被告人車両は本件カーブ内で時速130キロメートルぐらい出していた旨それぞれ証言していることからすれば,被告人車両が,本件衝突直前において,時速約100ないし130キロメートルで走行していたことは優に認められると主張している。

第4当裁判所の判断

1  争点2について

争点2は,犯情としてだけではなく,争点1の認定の前提となる可能性もあるので,先に検討することとする。この点,埼玉県警察本部刑事部科学捜査研究所技術職員作成の鑑定書(甲26)は,被告人車両がA車両に衝突した直後の速度は,時速100キロメートルないし120キロメートル程度であると考えられ,被告人車両がA車両に衝突した際の速度自体は,右後輪ホイールや車軸の破損がどの程度減速に寄与するか判然としないので,推定し得ないが,損傷の方向から見て減速に寄与していると考えられるから,被告人車両がA車両に衝突した直後の速度よりは高速度であると判断される旨鑑定している。同鑑定書は信用性が争われておらず,その判断過程は現場の状況や車両の損傷状況等から科学的に速度を計算するというもので特段不合理な点はないから,十分信用することができる。弁護人は,同鑑定書が,被告人車両がA車両に衝突する際の速度は推定し得ないとしている点を捉えて,本件衝突直前の被告人車両の速度は時速100キロメートル程度であったとの被告人供述は否定し得ない旨主張するが,同鑑定書は時速100キロメートルないし120キロメートルよりは高速度である旨明確に判断しているのであるから,弁護人の主張は失当である。また,被告人は,公判廷において,本件衝突直前の速度は時速約100キロメートルくらいであると供述するが,時速100キロメートル以上で走行した,あるいは他の人が言っているのであれば,時速130キロメートル以上であったと思うという被告人の捜査段階の供述と一致していないことや,そもそも被告人自身全体的に本件時の記憶が明確でないことが認められることに照らせば,被告人の上記公判供述は信用できない。なお,被告人車両の速度について,Kは,大体時速約130から140キロメートルは出ていたと思う旨証言し,Aは,大体時速130キロメートルは出ていたと証言し,両者の証言は概ね一致しており,検察官は両者の証言をも合わせて,被告人車両の速度の上限について時速130キロメートルと主張しているが,両者の証言は,あくまで感覚によるもので,対向車両の速度について正確に認識することは困難であるから,両者の証言を根拠に具体的な速度を特定することはできない。したがって,鑑定結果に基づき,本件衝突直前の被告人車両の上限は,時速120キロメートルよりは高速度であると認定することができるが,どの程度高速度であったかを認定することはできないので,被告人に有利に判断して,時速120キロメートルを若干超える程度の速度を含むものとして,時速約120キロメートルと認定するのが相当である。

したがって,争点2については,本件衝突直前の被告人車両の速度は,時速約100ないし120キロメートルであったと認定することができる。

2  争点1について

(1) 検察官が主張する事実の認定について

ア 検察官の主張する事実①(被告人の飲酒量)について

Hは,被告人にビールをグラスで1杯(約280ミリリットル),その後に焼酎のウーロン茶割りを8杯提供した旨証言している。被告人に提供した焼酎のウーロン茶割りの杯数が8杯であることについて,Hは,事件後に捜査官と一緒に検分してみた結果確認できた旨証言するところ,同検分では,事件当日に2リットルのウーロン茶のペットボトルを開けたこと,被告人らが甲を出た後にそのペットボトルには約600ミリリットルのウーロン茶が残っていたこと,事件当日より前に開けたウーロン茶を事件当日に使ってはいないこと,その日に店でウーロン茶を使ったのは,ランチのサービスドリンク1杯(約150ミリリットル)のほかは被告人に提供した焼酎のウーロン茶割りだけだったこと,被告人に提供した焼酎のウーロン茶割りを1杯作るのに使用するウーロン茶の量は約150ミリリットルであることを確認した上で,これらの事実から8杯という数字を割り出したとしている。このような証言内容は,合理的な根拠に基づく具体的なもので,これを十分に信用することができる。弁護人は,ペットボトル内のウーロン茶の残量や焼酎のウーロン茶割り1杯に使うウーロン茶の量が目分量だったことを指摘し,H証言はあくまで理論値を示すに過ぎず,実際に事件当日,甲で被告人に提供された焼酎のウーロン茶割りの杯数を示すものではない旨主張するが,検分はHが逮捕される前の段階で,事件後比較的早期に実施されていること,Hは,業務として日頃から焼酎のウーロン茶割りを作っていたから,量についての証言は信用性が高いと考えられることなどに照らせば,弁護人の主張には理由がない。これに対して,被告人は,甲で飲んだ焼酎のウーロン茶割りは,四,五杯である旨供述している。しかし,被告人の供述によれば,それは記憶があるのは四,五杯飲んだところまでというに過ぎず,それ以上飲んだこともあり得るというのであるから,被告人の上記供述はH証言の信用性を何ら動揺させるものではない。

そして,信用できるH証言によれば,焼酎のウーロン茶割りに使うのはアルコール度数25度の焼酎であり,1杯当たりの使用量は100ミリリットルで,量は計量カップで量っていることが認められる。また,同証言によれば,被告人とEが喧嘩した際に半分くらい残った状態で焼酎のウーロン茶割りのグラスが倒れてしまったので,再度被告人に焼酎のウーロン茶割りを提供したが,それが半分ちょっとぐらい残ったままの状態で被告人らは甲を出たことが認められ,これらのことからすると,被告人が実際に飲んだ焼酎のウーロン茶割りは約7杯と認められる。

そうすると,被告人は,事件当日の午後1時30分から午後6時20分ころまでの間,甲で,ビールグラス1杯(約280ミリリットル)及び焼酎のウーロン茶割り(アルコール度数が25度の焼酎100ミリリットルをウーロン茶約150ミリリットルで割ったもの。)を約7杯飲んだと認めることができる。時間をかけているとはいえ,この飲酒量は相当多量であって,被告人は,自らが主張するビールグラス1杯と焼酎のウーロン茶割り四,五杯だとしても,普段の飲酒量に比べて多いと供述しているのであるから,事件当日に被告人が甲で飲酒した量は,被告人の普段の飲酒量をかなり上回っていたということができる。

イ 検察官の主張する事実②(甲における被告人の言動)について

H及びGの各証言によれば,検察官が主張するように,・※被告人とEとが,Eの被告人に対する借金のことで口論になり,被告人の態度に激高したEが被告人に暴力を振るうに至っているところ,それまでのつきあいの中で,被告人は,大人しく,飲んでも年長のEに対し,言い合いをしたり,喧嘩をふっかけたりすることはなかったこと,・※被告人がトイレに立った際,足もとがふらつき,俗に言う千鳥足であったこと(なお,この点は被告人も認めている。),・※被告人がIの食べ残した味噌ラーメンのスープを飲んでいたことがそれぞれ認められる。これらの事実に加えて,被告人の公判供述によれば,甲出発後丙に到着するまでの間の乙橋において,被告人は,目が30秒くらい霞んで,先行車のテールランプが見にくかったというのであるから,被告人が本件当時相当程度酩酊していたことが窺える。

ウ 検察官の主張する事実③(本件後の血中アルコール濃度)について

弁護人も特に信用性を争っていない捜査報告書(甲15)添付の鑑定書の写しによれば,本件当日の午後9時35分ころに,搬送先の病院で被告人から採取された血液の血中アルコール濃度は,血液1ミリリットルにつき2.2ミリグラムだったと認めることができる。そして,同報告書添付の資料によれば,血中アルコール濃度が血液1ミリリットルにつき1.5ないし2.5ミリグラムの状態(呼気中濃度に換算すると,呼気1リットルにつき0.75ないし1.25ミリグラム)では,個人差はあるが,症状として,「自己の酩酊を認識し得る。不快感を伴わないめまいがあり,極めて快活・有頂天となる。千鳥足など運動失調が顕著となり,言語不明瞭,意識奔逸,話題変転となる。感覚,特に痛覚が鈍麻し,手に持った物を落としたり,傷を受けても気がつかない。注意力散漫となり判断力が鈍るので,運転事故は必発である。」とされている。この血中アルコール濃度は,酒気帯び運転として処罰される血中アルコール濃度が,血液1ミリリットルにつき0.3ミリグラムであることに照らすと,極めて高い濃度である上,本件衝突の約2時間後にこのように相当程度の高い血中アルコール濃度が検出されていることからすると,本件衝突時の血中アルコール濃度はさらに高かったと推認することができる。

エ 検察官の主張する事実④(本件衝突時の運転態様)について

関係各証拠によれば,本件カーブ付近の道路は,幅5.8メートル,片側1車線で中央線が鮮明に引かれていた道路であり,最高速度は時速40キロメートルで,追い越しのための右側部分はみ出し禁止という交通規制がなされ,行田市方面から深谷市方面に進行する場合は,道路が左にカーブする場所であって,先の見通しも良くないこと,平成20年2月19日午後7時17分ころから同日午後8時ころまで間に本件カーブ付近を,被告人車両と同方向に通過した220台の車両の通過速度を計測した結果,走行速度を計測できた179台の車両の中で,最も速かった速度は時速67キロメートル,平均速度は時速約43キロメートルであり,時速40キロメートル以上時速50キロメートル未満の速度で通過する車が最も割合が多く,その数は112台だったことがそれぞれ認められる。これに対し,被告人は,本件カーブに入る直前ころから急加速をはじめ,前記認定のとおり,本件衝突直前には,時速約100ないし120キロメートルのスピードであったことから,ほぼそれに近い極めて高速度で本件カーブに進入して加速を続けた結果として,自車を制御できない状態で対向車線に進出させ,A車両及びB車両と衝突していることが認められる。なお,被告人は公判廷で,本件カーブに入る前まではギアを3速に入れて加速したが,本件カーブに入ってからは加速していない旨供述するところ,被告人車両はマニュアル車であり,このような高速度で走行中にギアを3速に入れた状態で加速を止めればエンジンブレーキがかかって車内に相当な負荷が生じるはずなのに,本件衝突直前にそのような負荷が生じたとは誰も供述していないのであるから,被告人の上記供述は不自然であり信用できない。このように,被告人の本件カーブにおける運転態様は,道路状況に応じたものとは到底評価できない極めて無謀かつ危険なものであって,そのこと自体酩酊による判断力の低下を強く窺わせる。

(2) 総合評価

以上認定した事実を総合評価すると,被告人は,本件当日,甲において,午後1時30分から午後6時20分ころまでの間に,ビールグラス1杯(約280ミリリットル)及び焼酎のウーロン茶割り(アルコール度数が25度の焼酎100ミリリットルをウーロン茶約150ミリリットルで割ったもの。)約7杯という相当多量のアルコールを摂取しており,この飲酒量が被告人の普段の飲酒量をかなり上回っていることをも合わせ考慮すれば,飲酒後約1時間後である,丙を出発してから本件衝突に至るまでの間,被告人が相当程度酩酊していたことは強く推認できる。そして,本件衝突後,約2時間10分後に採取された被告人の血液から,血液1ミリリットルにつき2.2ミリグラムという極めて高濃度のアルコールが検出されていることからも,丙を出発してから本件衝突に至るまでの間,被告人が相当程度酩酊していたことが強く推認できる。この程度のアルコール濃度があれば,個人差があるとはいえ,アルコールの影響により脳の働きが麻痺し,注意力が散漫となって判断力が鈍ることは当然であって,特に,被告人の血中アルコール濃度は,既に指摘した症状が一般的に見られるアルコールの濃度の中では相当高い程度の濃度であったことからしても,被告人がそのような状態でなかったとは到底認めることはできない。現に,本件衝突時,被告人は,本件カーブの状況に照らせば,あまりに無謀かつ危険な時速約100ないし120キロメートルという高速度で走行したのであって,そのこと自体,アルコールの影響により道路状況に即した運転ができなかったことを端的に示している。甲における被告人の言動が普段と相当異なっていることや乙橋で前方注視が困難となったことも,被告人が相当程度酩酊していたことを示している。以上の事実によれば,被告人が,丙を出発してから本件衝突に至るまでの間,飲酒の影響により前方注視及び運転操作が困難な状態であったことはこれを優に認めることができる。

(3) 弁護人の主張について

弁護人は,①甲から丙に到着するまでの間,被告人は自車を問題なく走行させていること,②丙において,被告人はJと会話ができており被告人の酔いはある程度醒めていたこと,③丙出発後の運転については,戊交差点の赤信号で一時停車した以降は被告人の記憶が明瞭であり,運転操作も的確だったことなどをそれぞれ指摘し,これらの事実に照らせば,本件当時,被告人の意識は明瞭であり,ただ,自車の性能を見せつけようと腐心するあまり無理な急加速をして中央線を超えたに過ぎないのであるから,丙を出発してから本件衝突に至るまでの間も,被告人は酒の影響により前方注視及び運転操作が困難な状態だったとはいえない旨主張する。

ア そこで弁護人の主張について順次検討するに,確かに,被告人は,甲から丙まで被告人車両を運転しているところ,既に認定したとおり,乙橋の上で,30秒間くらい目が霞んで先行車のテールランプが見にくい状態になったことを除き,その間の運転状態で,特に被告人が危険な運転態様であったことを示す事実は証拠上認められない。しかしながら,そもそも被告人は,自身も認めるように飲酒の影響であると思われるが,甲から丙までの運転態様については,甲を出発した直後に加え,丁交差点で赤信号に従って停車した点,その後乙橋を渡った点を除いて,その他の運転経路や運転態様については明確には記憶していないのである。例えば,被告人は,弁護人の主質問に対しては,甲を出てから居酒屋「戌」に行こうとしたが電話がつながらず,途中でUターンして市街地を走行し,途中,地下道や高架橋のある場所を通ったなどと供述したものの,検察官の反対質問では,戌に行こうとした記憶自体はなく,市街地をどのように走行したのか,Uターンをしたのかどうかについても記憶は残っていない旨供述している。既に認定した被告人の飲酒量,本件衝突時の無謀かつ危険な運転態様,本件衝突後の被告人の血中アルコール濃度,甲での被告人の言動等の事情に照らせば,被告人が甲から丙まで運転したという事実は,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態であったことを認定するのを妨げる事実にはならないのであり,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態であることを積極的に裏付けるような危険な運転行為がその間にあったとまでは認められないという限度で被告人に有利な事実となるに過ぎない。したがって,弁護人の主張には理由がない。

なお,被告人は,丙出発後本件衝突現場に至るまで約15分間にわたり,被告人車両を運転しているところ,弁護人は公判前整理手続の結果に基づき,この点について,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態だったことと矛盾する事実として明示的に主張してはいないものの,仮にそのような主張がされたとしても,同様の理由で,前記推認は妨げられない。

イ 次に,丙での被告人の状態について,Jは,被告人と会話した際,被告人について,ろれつが回らなかった感じは受けず,被告人の足がふらつくこともなかった,酒臭と目の赤さで被告人が酒を飲んでいると感じた,酒を飲んでいることが分かる程度に被告人は酔っていた旨証言しており,Fは,丙駐車場にいたときの被告人の状態について普通であった旨証言しているのであって,この点は弁護人の指摘する事実をある程度裏付けるものといえる。しかし,「正常な運転が困難な状態」といっても,運転ができる程度に身体を動かせる状態であることは当然の前提であって,被告人が,Jと会話ができていたり,その間足がふらつくことがなかったとしても,被告人とJとの会話は,時間にしてさほど長くないのであるから,この点は,被告人が身動きが取れないほどの酩酊状態ではなかったことを裏付けても,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態であることとと矛盾するほどに酔いが醒めたていたことまで裏付けるものとはいえない。この点は,Fの証言についても同様である。また,既に認定したとおり,甲における被告人の飲酒量,本件衝突後被告人の体内から検出されたアルコール濃度や本件衝突時における被告人の運転態様等の事情から,被告人の酔いの程度は相当程度強かったと合理的に推認することができることに照らせば,上記のJやFの供述が,この推認を覆すに足りるものとも評価できないのは明らかである。したがって,この点についても弁護人の主張は理由がない。

ウ 最後に,被告人は,丙出発後,戊交差点の赤信号で一時停車した後,信号が青に変わったので左折進行し,その後少し経過して,Fから「この車どうなの。」と尋ねられた,前方がカーブになっていることは分かっていたが,対向車のライトなどが見あたらなかったので,仮に中央線をはみ出してもカーブを曲がりきれると考え,自車の性能を見せつけるためにギアを3速の状態で急加速した,急加速したことについて,Eから調子づくなよという趣旨のことを言われた旨供述しているところ,弁護人は,急加速したのはあくまで自車の性能を見せつけるためであって,そのために被告人はレバーやアクセル等を現に操作し,本件衝突後もハンドルやブレーキ等を操作していたこと,被告人の本件衝突直前の記憶が明瞭であることを指摘して,本件当時,被告人はアルコールの影響により正常な運転が困難な状態ではなかった旨主張する。

しかし,弁護人の主張に鑑み再度検討するに,前述のように,本件カーブ手前で急加速して,時速約100ないし120キロメートルの速度で本件カーブを曲がろうとすること自体,付近の道路状況に明らかに沿わない無謀かつ危険な運転であって,仮にFから被告人車両の性能を尋ねられたとしても,被告人が飲酒していない状態であれば,それだけでかかる無謀かつ危険な運転に及ぶということは考えられない。現に,被告人も本件カーブでは時速約100キロメートルに加速して走行することは危険であることは分かっており,今までは時速約五,六十キロメートルで走行していた旨供述しているのであって,本件カーブを急加速して曲がろうと判断したことは,単なる運転技術に対する過信では説明できない異常な判断であり,アルコールの影響によるものと認められる。そうすると,被告人が,本件衝突前後に自己の意思でハンドルやブレーキなどの操作をしていたとしても,上記のように,それは,アルコールの影響による異常な判断により,付近の道路状況に明らかに沿わない無謀かつ危険な操作をしたことに他ならないのであって,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態ではなかったとする弁護人の主張には理由はない。また,本件衝突直前の被告人の記憶が比較的明瞭に残っているとの点についても,それ以前の甲や丙でのやりとり,甲から丙を経由して本件カーブまで至った走行経路については被告人の記憶が欠落している部分が多いこと,本件衝突直前について比較的明瞭に被告人の記憶があったとしても,現に同乗していたEもそうであるように,自らの死をももたらしかねない異常事態が起きた際のことだから記憶が残っている可能性もあることに照らせば,本件衝突直前の記憶だけが明瞭に残っていることによって,丙を出発してから本件衝突までの間の被告人の酩酊の程度が殊更それ以前よりも醒めていたとは到底いえない。したがって,この点についての弁護人の主張にも理由がない。

(4) 被告人の故意

関係各証拠によれば,被告人は,事件当日,甲で焼酎のウーロン茶割り等を飲んだ後も,自らの意思で被告人車両を運転して丙,本件衝突現場にまで至っているのであるから,丙から本件現場まで運転している間も,自らの酩酊の程度,身体の状態等を認識することは当然できたというべきである。そして,前記のとおり,被告人が甲で飲酒した量は,被告人の通常の飲酒量をかなり上回る量であって,事件後に被告人から採取された血液には血液1ミリリットルにつき2.2ミリグラムもの高濃度のアルコールが検出されているのであるから,被告人が感じた酩酊の程度は相当なものであったと優に推認でき,そのような状態で運転することの認識があれば,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態であることの認識はあったというべきである。現に被告人自身も,少なくとも甲でふらつきを,乙橋で目の霞みをそれぞれ感じたと供述しており,公判廷では,丙でJから飲酒運転を注意されたこと自体は認めているのであって,このことも,丙を出発してから本件衝突現場に至るまでの間,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態であったことの認識が被告人にあったことを示している。

3  結論

以上の次第で,争点2については,時速約100ないし120キロメートルの速度で被告人が走行していたこと,争点1については,被告人がアルコールの影響により正常な運転が困難な状態であったことを,いずれも認めた。

(法令の適用)

省略

(量刑の理由)

本件は,被告人が,飲酒の影響で正常な運転が困難な状態であるにもかかわらず,自動車の運転を開始し,熊谷市内の左カーブになった道路を進行するに当たり,時速約100ないし120キロメートルまで加速して,自車を対向車線に進出させ,折から対向車線を進行してきたA車両の右側面部に自車右側面部を衝突させた上,A車両の後方を進行してきたB車両と正面衝突し,よって,B車両に乗車していたC及びDを死亡させ,さらに,同車両に乗車していたL及びM,A車両に乗車していたA及びN並びに被告人車両に同乗していたE及びFにそれぞれ判示傷害を負わせたという危険運転致死傷の事案である。

被告人は,飲酒することが分かっていながら,自動車を運転して甲に向かい,ビール1杯に焼酎のウーロン茶割り約7杯という通常の飲酒量をかなり上回る量の飲酒をした。そして,現に甲でトイレに立ったときにふらつきを覚えるなどしていたにもかかわらず,妻に迎えを頼んだり,代行運転を頼んだりして帰宅しようとはせず,あろうことかE,Fとともにさらに別の店で飲酒しようなどと考えて,甲から自車を出発させた。その後も丙に到着するまでの間目が霞むのを感じたり,丙到着後にはJから飲酒運転を注意されたりしたにもかかわらず,被告人は,丙の開店時間まで時間をつぶすためという全く必要性がなく,かつ安易な理由で,正常な運転が困難な状態であるのに,E及びFを同乗させた状態で運転を再開した。そして,被告人は,約15分間飲酒運転を継続した挙げ句,制限速度が時速40キロメートルに規制された片側一車線の左カーブを,時速約100ないし120キロメートルという現場の道路状況に照らせば異常な高速度で走行したために自車を制御できなくなり,対向車線に自車を進出させた結果,対向車両に次々と衝突するという大惨事を起こしたのである。被告人は,本件現場を過去に何回か通ったことがあり,道路の状況は認識していたにもかかわらず,前方の対向車線に進行車両はないと安易に考えて,自車の性能を同乗者に見せつけるという,あまりに安易な理由で,このような極めて無謀かつ危険な運転行為に及んでいるのであるが,このことは事件後に被告人から採取された血液から血液1ミリリットルにつき2.2ミリグラムという極めて高い濃度のアルコールが検出されていることと相俟って,本件当時,いかに被告人が,正常な運転が困難なほどに酩酊していたかを如実に物語るものといえる。このような,本件衝突に至るまでの経緯に照らせば,まず,飲酒運転に対する罪悪感,危機意識が少しでも被告人にあれば,幾度となく飲酒運転を思い留まる機会は十分にあったということができるし,次に,多量の飲酒の結果,正常な運転が困難な状態に至ったことを十分認識していたにもかかわらず,安易に飲酒運転を続けたことが,上記のような極めて無謀かつ危険な運転に発展して,本件が起きたものということができる。したがって,本件は,偶発的な事故ではなく,むしろ被告人の飲酒運転に対する安易な態度が重なり,飲酒の影響に思いを致すことなく,かつ何らの躊躇を覚えることもなく,敢えて飲酒運転を続けたことによって引き起こされた,言わば起こるべくして起きた事件ということができる。その意味で,本件の犯情は極めて悪質である。

被告人はこれまでも飲酒運転を繰り返していた。その頻度について被告人は,捜査段階では,月二,三回程度だったと供述していたのに,公判廷では月一,二回程度だったと供述して供述内容を変遷させているところ,捜査段階では飲酒運転の頻度と飲酒の頻度とを間違えて答えたという被告人の述べる供述の変遷理由が極めて不自然であることや,E,F,H,Iら飲酒仲間の各証言とも符合していないことに照らすと,被告人の公判供述は基本的に信用できず,むしろ捜査段階での供述の方が信用できるというべきであるから,被告人は平成19年2月ころからは,少なくとも月2回以上の頻度で飲酒運転を繰り返していたものと認められる。被告人は平成13年ころから職業ドライバーとして稼働していたのであり,安全運転について日頃から注意すべき立場であるにもかかわらず,このような頻度で飲酒運転を繰り返していたことは言語道断であり,飲酒運転に対する被告人の規範意識の鈍麻は深刻で,相当根深い常習性を認めることができる。したがって,飲酒運転の常習性は,本件の発生に大きな影響をもたらしており,その意味でも本件の犯情は相当悪質である。

既に述べたように,被告人は,本件現場手前の左カーブにおいて急加速して時速約100ないし120キロメートルという現場の状況からは明らかに異常な極めて高速度で走行したことにより,自車の制御ができなくなって対向車線に進出し,A車両及びB車両に衝突している。自動車を運転する者にとって,道路状況に沿わない異常な高速度で自己の車線に進出してくる対向車両があり得ることなどはおよそ予測できることではなく,A車両及びB車両の両運転手に落ち度が全くないことはいうまでもないし,ましてやその同乗者に何らの責任がないのも当然である。

本件によってもたらされた結果はあまりに重大で悲惨である。人命は何物にも代え難く尊いものであるが,C,D夫婦は,本件によって不条理にもその命を奪われたのである。同夫婦は結婚後三男一女をもうけ,仲の良い円満な家庭を築き,今後は子供たちの成長を見守りつつ,自宅を古民家風に改築し,Cの趣味を活かしたうどん屋を夫婦で開くといった夢を抱いていたのであるが,本件によってそうした両名の思いは無残にも踏みにじられた。本件衝突の凄まじさからすると,両名が亡くなるまでに受けた痛みが極めて大きかったであろうことは明らかであるし,被告人の上記のような危険運転により,ただ車に乗っていただけで,何ら落ち度もないのに,避けようもないまま,突然その一生を終えることとなった両名の無念の情が大きいであろうことも十分察することができる。Lは命は取りとめたものの,本件によって加療約6か月を要する第4腰椎脱臼骨折,腹腔内出血,左腓骨骨折,右足関節内果骨折等の重傷を負い,過酷なリハビリ生活を続け,退院後の現在も,下肢機能障害及び排泄機能障害等の後遺症に苦しみ,自力で起きあがることさえ困難な状態である。当然,大学は休学せざるを得ず,生活全般にわたり,今後も多大な辛苦を味わうことを考えると,その絶望感や憤りには想像を絶するものがある。Mも命は取りとめたものの,本件により加療期間不明の下顎骨骨折,上顎骨骨折,頬骨骨折,鼻篩骨骨折,両側眼窩骨折,左肘関節打撲,左肘関節拘縮及び脳挫傷等の重大な傷害を負い,特に顔面の骨折については,顔の下にチタンプレート等を入れて骨を固定しなければならないほか,左目を支える骨がなくなってしまったため,左目が奥に入ってしまうなど,顔の形自体を変えてしまうほど重度の傷害を受けたのであって,肉体的苦痛はもちろんのこと,21歳の女性が顔面に傷害を負った精神的な衝撃には計り知れないものがあり,その心身に与えた傷はあまりに深いといわざるを得ない。念願の保育士の仕事を始めたばかりであったが,左腕の傷害の影響で子供を抱き上げることに不安が残るため,復職の目処が立っていないのであり,今後も事件によって受けた心身の傷と向き合っていかなければならない過酷な人生を背負わされたことへの,悔しさ,絶望感は筆舌に尽くしがたいものがある。この若い二人は,いずれもこのような極めて重大な傷害を負ったのみではなく,本件の結果,同時に両親を亡くすという不幸に直面する立場にも立たされたのである。両親を敬愛していた両名は,それぞれ上記のような重い傷害の結果に苦しんで治療を受けている最中に父母の死亡を知らされて強い衝撃を受けるとともに,葬儀にも出席できなかったのであり,両親が健在であれば,自分達のつらい状態について両親に相談することもできたことに照らせば,両名の遺族としての感情も察するに余りある。A及びNの母子は,本件により,それぞれ全治5日間の頚椎捻挫,腰部挫傷の傷害を負ったのであるが,本件の影響はそれにとどまらず,Aはその後頭痛や不眠の症状に見舞われ,仕事量が本件前の3分の1から4分の1にまで減少し,Nは激しい頭痛等に悩まされるなどの状態で,高校受験を迎えることを余儀なくされ,その後も頻繁に学校を欠席したり,幼児のように母親に甘えるなど精神不安定な状態になるなど,母子が受けた心身の被害は相当深刻である。そして,これらの被害者が本件によって受けた恐怖感は今もなお,被害者らの心を苛ましているのであり,被害者らの受けた精神的な苦痛は今後も引き続きその日常生活に甚大な悪影響を及ぼし続けていくことをも併せ考えると,本件によってもたらされた結果は,悲惨という言葉では語り尽くせぬほどの重さを持っているといわなければならない。また,E,Fについては,本件を引き起こしたことに自らも相当の落ち度があるとはいえ,それぞれ相当長期間の入院加療を要する重い傷害を負わされており,この点も本件の結果として無視するわけにはいかない。

このように,突如として本件に巻き込まれ,前記のような有形無形の甚大な損害を被った被害者や被害者の遺族らの処罰感情が峻烈を極めているのも当然である。また,O,Pの夫婦は,本件により大切な父母を奪われ,弟妹に重大な傷害を負わされたことにより,父母の葬式をはじめ,LやM,事件により精神の安定を失った弟のQの心身のケア等を一手に引き受け,退院したL,Mを自宅で療養させるなど,本件によりそれまでの平穏な生活が一変したのであって,同夫婦が受けた精神的・肉体的苦痛や衝撃に思いを致すと,同夫婦が当公判廷において激烈な処罰感情を露にしたことも十分理解できる。

そうすると,被告人の刑事責任はあまりにも大きく,そして重い。

しかしながら,他方,被告人車両には対人無制限の任意保険が掛けられており,損害の一部は既に同保険によって支払われ,今後も必要な賠償はされていくことが十分見込まれ,こうした保険による損害の填補が当然のことであり,被害者らが被った有形無形の甚大な損害を回復するには必ずしも十分ではないとしても,任意保険による損害の賠償が見込まれることは,任意保険に加入していなかった場合に比べ,被告人にとって有利に斟酌することのできる事実である。また,被告人には飲酒運転についての根深い常習性があるにしても,これまでさしたる前科前歴もなく,通常の社会人として真面目に稼働し生活してきたもので,これも被告人にとって酌むべき事情であると認められる。妻や実母も,その更生に協力する旨公判廷で述べている。被告人は,当公判廷で,Fに本件の責任を押し付けるかのような供述をしたり,不合理に供述を変遷させたりしている上,被害者やその遺族に対する謝罪の態度や言葉も十分なものとはいえないが,そこには被告人の能力的な限界も窺われ,一定の謝罪や反省の態度を示していることを完全に無視することはできない。

そこで,被告人の最終的な刑の量定について検討するに,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態での運転は,それ自体運転者の意思によっては適格に進行を制御することが困難な状態での走行であり,そのために重大な死傷事故を発生させる危険性が高く,かつ起きてしまった場合には多数の者が死亡するという重大な結果が生じることもあり得ることから,危険運転致死罪の法定刑は自動車運転過失致死罪のそれに比べれば相当重い懲役1年から20年と規定されたものと考えられる。既に述べたように,本件では,被告人の運転行為の危険性や飲酒運転の常習性等の事情から,本件の犯情が極めて悪質であること,E及びFを除く被害者らに何らの落ち度がなく,被害者らにあまりに重大で悲惨な結果が生じていること,それを踏まえて被害者や遺族が峻烈な処罰感情を抱いていること等被告人の刑責が重大であることを示す諸事情があるのであって,これらの諸事情に照らせば,本件は,危険運転致死傷罪が予定している中でも相当に重い部類に属するものと評価できる。したがって,被告人に対しては,相当長期間の懲役刑をもって臨むのが相当であるが,なお,本罪は,危険運転の態様に関しても,結果に関しても,様々な交通状況によって起こり得る本件より重大な類型を想定していると観念できるのであって,既に述べたような被告人に酌むべき事情をも考慮すれば,被告人を主文の刑に処するのが相当である。

(求刑 懲役20年)

(裁判長裁判官 若園敦雄 裁判官 井筒径子 裁判官 依田吉人)

<編注:『※』部分は原文のとおり。>

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