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さいたま地方裁判所 平成20年(わ)347号 判決 2008年6月05日

主文

被告人を懲役2年に処する。

未決勾留日数中30日をその刑に算入する。

この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,a県b市内において,飲食店「A」を経営している者であるが,同店の客であるX(当時32歳)が酒気を帯びて車両等を運転するおそれがあることを知りながら,平成20年2月17日午後1時30分ころから同日午後6時20分ころまでの間,同店において,同人に対し,焼酎等の酒類を提供し,同人において,酒気を帯び,アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で,同日午後7時25分ころ,b市内の道路において,普通乗用自動車を運転したものである。

(証拠の標目)

【省略】

(法令の適用)

被告人の判示所為は道路交通法117条の2の2第3号,65条3項に該当するので,その所定刑中懲役刑を選択した刑期の範囲内で,被告人を懲役2年に処し,刑法21条を適用して未決勾留日数中30日をその刑に算入し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。

(量刑の理由)

本件は,被告人が経営する飲食店での客であったXに対し,Xが酒気を帯びて車両等を運転するおそれがある状態であることを知りながら数時間にわたって焼酎等を提供し,Xにおいて同店を出た約1時間後に酒に酔った状態(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態)で普通乗用自動車を運転したという事案である。

その経緯等を見る。被告人とXは単に飲食店の店主と一見の客という関係にとどまらずに,かねてからのゴルフ仲間であった。当日はこれらゴルフ仲間が被告人の店に集合し,被告人において各自の注文に応じて酒類を提供して懇談等していた。被告人は,Xらにビールや焼酎を提供し続け,Xが運転代行やタクシー,家族の迎え等を手配していないこと,Xの酒席での言動から相当酩酊していた状況を知悉しながら,Xの酒酔い運転を阻止する行動をしていない。そのことが発端となって,Xは酒に酔った状態で普通乗用自動車を制限速度をはるかに上回る高速で運転し,カーブを曲がりきれずに対向車線に飛び出して同車線を走行していた車両2台に衝突して死者2名,負傷者6名(うち2名はX運転車両の同乗者)の大惨事を惹起させる結果に至っている。

ところで,昨今,酒酔い運転による悲惨な事故が頻発し,尊くかけがえのない国民の生命等を守るために,交通事故を起こした運転手に対する刑事罰等だけでは不十分で,運転手に酒類を提供した者に対しても刑事罰を加える旨の立法が成立し,その法令遵守を徹底させることは国民的な課題ないし悲願となっている。

それにもかかわらず,被告人は,仲間うちで酒類の提供を拒否できずに本件犯行に至った旨弁解する。しかし,仲間であれば一層酒酔い運転防止の注意が容易とも考え得る。被告人が酒酔い運転防止という交通安全の理念を軽んじて,Xに酒類の提供をし続けたのは結局はその販売による自己の利益を確保しようとしたものと推認され,被告人の自己中心的かつ身勝手な犯行動機に汲むべき点は乏しく,その刑事責任は重大である。一般予防,特別予防の双方の観点から被告人を厳罰に処して交通事故の惨劇を防止すべきとの証人の真摯な証言には強く胸を打たれるところである。

もっとも,Xは被告人の飲食店で飲酒後,さらに前記仲間と飲酒する目的で他の飲食店に走行し,いったん同店の駐車場で駐車後,同店の開店まで時間があるということで時間つぶしに運転を再開し前記事故に至ったと推認される。

そこで,このように緊急性,必要性もなく安易にその場でXの車に同乗した者の行為,X自身の常軌を逸した交通法規無視の暴走行為等が前記交通事故発生の主たる原因と認められよう。被告人が,本件犯行時において,Xらの上記のような異常な暴走等を予見してまで酒類を提供していたことを窺わせる証拠は認められない。また,被告人には罰金前科があるが懲役前科はないこと,深く反省の態度を示し,前記交通事故の被害者らにも謝罪し生涯かけて慰謝をしたいと誓約していること,被告人が扶養している病気で高齢の母親がいて被告人の帰りを待ち望んでいること,被告人が相当期間勾留されたこと,被告人の監督を確約する実姉や被告人の更生に助力したいと嘆願する被告人の多くの知人の存在など被告人に有利に斟酌すべき諸事情を勘案すると,被告人に対しては今回に限り刑の執行を猶予し,社会内で自力更生する機会を付与することを相当と判断した次第である。

(求刑 懲役2年)

(裁判長裁判官 大谷吉史 裁判官 西野牧子 裁判官 長橋政司)

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