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さいたま地方裁判所 平成20年(わ)448号 判決 2008年8月08日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中90日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,分離前相被告人Xと共謀の上

第1A(当時66歳)を殺害して金品を強取しようと企て,平成20年3月1日午前9時45分過ぎころ,a県b市cのCビル2階所在の雑貨店「B」入口前を通りかかった同人を同店内に連れ込み,そのころから同日午後1時ころまでの間に,同店内において,同人に対し,椅子に座らせて紐様のもので手足を緊縛し,頭にナイロン製エコバッグをかぶせて頭部,顔面を覆い,出刃包丁を頭頂部に突き立てながら,「通帳はどこ。言わないと殺すよ」と申し向けるなどの暴行,脅迫を加え,さらに,殺意をもって,三尺帯等を巻き付けて首を絞め,上記エコバッグの上から頭部,顔面にビニールテープを多数回巻き付けて鼻口部を閉塞するなどし,よって,そのころ,同所において,同人を窒息死させた上,同人が所持していた現金約3万円,同人名義の預金通帳1通,同人方玄関の鍵1本ほか11点(時価合計1万2000円相当)を強取すると共に,同ビル3階同人方から,Aの妻所有又は管理に係る同人名義のクレジットカード機能付きキャッシュカード1枚ほか9点在中の財布1個(時価1000円相当)を持ち出して強取し,

第2同月2日午前3時50分ころ,前記「B」において,前記Aの死体をこたつ掛けで包み,同所から普通乗用自動車でb市dのD方南西方向荒川左岸まで搬送した上,同日未明ころ,同所において,同死体を荒川に投棄し,もって死体を遺棄し,

第3前記第1の強取に係るAの妻名義キャッシュカードのF株式会社によるクレジットカード機能を使用して商品を詐取しようと企て,同日午後5時48分ころ,b市cの株式会社E地下1階食料品売場において,同店従業員に対し,上記カードの正当な使用権限も同カードシステム所定の方法により代金を支払う意思もないのに,これあるように装い,同カードを呈示して食料品等の購入を申し込み,同人をしてその旨誤信させ,よって,そのころ,同所において,同人からウィスキー6本ほか80点(販売価格合計3万8807円)の交付を受け,もって人を欺いて財物を交付させ

たものである。

(証拠の標目)

【省略】

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為は刑法60条,240条後段に,判示第2の所為は同法60条,190条に,判示第3の罪は同法60条,246条1項にそれぞれ該当するところ,判示第1の罪について所定刑中無期懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるが,同法46条2項本文,10条により最も重い判示第1の罪につき選択した無期懲役刑で処断し他の刑を科さないこととして,被告人を無期懲役に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中90日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は,被告人が,共犯者X(以下,「共犯者」という。)と共謀して,金品強取の目的で被害者を殺害して現金やクレジットカード機能付きキャッシュカード等を強取した上,その死体を遺棄したという強盗殺人及び死体遺棄並びに上記キャッシュカードを用いてスーパーマーケットで食料品等を詐取したという詐欺の事案である。

1  被告人と共犯者との関係及び本件各犯行に至る経緯は概ね次のとおりである。

(1)  被告人は,平成14年8月に前刑での服役を終えた後は公園で寝泊まりする浮浪者の生活をしていたところ,雑貨屋を経営していた共犯者と知り合い,平成20年2月ころには,共犯者から食事などをご馳走になりこれ以降,被告人が共犯者の力仕事を手伝うなどして,親しく付き合うようになった。

(2)  同月末ころ,被告人は,共犯者が経営する雑貨屋「B」の大家である被害者から嫌がらせを受けているので被害者一家を殺害し,現金や預金通帳を奪いたい旨の話を持ちかけられ,その協力を依頼された。被告人は,被害者とは面識はなかったものの,食事をご馳走してくれたり優しく接してくれたりする共犯者を恩に感じていたことからその力になりたいという考えや,奪い取った現金について分け前をくれるという話を聞かされたことから,共犯者の申出に応じて被害者夫婦を殺害することに協力することとし,被害者の殺害に及び,さらに,その犯行を隠ぺいするためにその死体を遺棄した。そして,被害者から強取したクレジットカード機能付きキャッシュカードを用いてスーパーマーケットから大量の食料品等を騙し取るに至っている。

2  以上のように,被告人が本件各犯行に及んだ動機は,普段世話になっている共犯者の役に立ちたいという報恩の念から生じている側面があるとはいえ,畢竟,奪った金品の分け前欲しさから本件各犯行に及んだもので,その利欲的な動機,ためらいもなく重大犯罪に安易に加担した経緯に酌量の余地は全くなく,強く糾弾されるべき非難に値する。

3  被告人らは,被害者の殺害を決意するや,その具体的な殺害方法を話し合った上,そのための道具としてビニールテープや紐を準備し,本件犯行当日以前にも実際に一度被害者を上記雑貨店内に連れ込もうとする行動を起こして失敗し,また,通勤に向かう被害者を足止めにするために被害者運転車両をパンクさせるなどしたがこれも功を奏さなかった。それにもかかわらず,これに懲りず本件犯行当日にもさらに被害者が上記雑貨店店舗前を通るのを待ちかまえ,通りかかったところ無理矢理2人で同店舗内に連れ込んで本件殺害行為を実行している。このように,本件強盗殺人は,入念な準備に基づく計画的な犯行である。

被告人らは,被害者を無理矢理同店舗内に連れ込んで椅子に座らせてその手や足を椅子に縛り付けたり,頭部にエコバッグを被せてその上からビニールテープを巻き付けたり,紐でその首を絞めたりした上,最終的には,鼻や口の辺りにビニールテープを何重にも巻き付けて,被害者を死亡するに至らしめている。途中に被害者の頭部に包丁を突き付けたり,さらには,被害者が動かなくなった後もその太ももを包丁で切りつけたり,胸部等を足蹴にするなどしている。このように,その犯行態様は,強固な殺意に基づく,粗暴,執拗,残忍で非情なものである。その後,被告人らは,毛布で被害者の死体をくるんで車で運搬し,さらには被告人が足で蹴落として崖から被害者遺体を川に遺棄している。この死体遺棄の態様は,死者に対する畏敬の念が微塵も感じられない非道で悪質なものである。

そして,上記のような強盗殺人,死体遺棄にかかる各犯行は男性である被告人の関与がなければ遂行困難であることは明らかであり,被告人が上記実行行為において果たした役割は不可欠で大きいといえる。

4  被害者は本件犯行によってその尊い生命を奪われ,無惨な姿で発見されるに至った。被害者は,妻と共に縫製業を営みながら2人の子供を育て上げ,その後は,運転手等のアルバイトで生計を立て,孫達との交流を楽しみにしながら日々の生活を慎ましやかに送っていたところ,突然被告人らから前記のような残酷な仕打ちを受け,その生涯を終えることを余儀なくされたのである。予期せぬ非業の死を迎えさせられた被害者自身が受けた苦痛,無念さは筆舌に尽くし難く察するに余りある。被害者の妻は,被害者の死体が発見されるまでの約1週間,帰宅せず携帯電話での連絡もとれなくなった被害者の安否を気遣い続けた末に,変わり果てた姿の被害者と対面するに至ったのであり,その受けた精神的衝撃,経済的損失の大きさはいずれも計り知れない。このように,被害結果は甚大である。にもかかわらず,被告人は遺族に対し何らの慰謝の措置も講じておらず,今後十分にこれが講じられる可能性は認め難い。被害者の妻は,当公判廷において,見ず知らずの被告人に夫を殺害されたことの悔しさ,悲しみ,憤りを吐露した上,被告人に対する厳しい処罰感情を表明しているが,それも当然の感情と理解できる。

5  また,判示第3の詐欺の犯行についてみるに,被告人らは,失敗に終わったものの,被害者から強取したクレジットカード機能付きキャッシュカードで借財や現金の引き出しを試みたり,判示記載のとおりスーパーマーケットから大量の食料品等を詐取しているところ,このように被害者を殺害して間もない時間帯に何ら躊躇することなく利得獲得のために走るなど,まさに利欲的な動機に基づく悪質な犯行であり,その被害額も3万8807円と少なくない。

6  被告人には,本件の強盗殺人のような重大犯罪の前科はないものの,それでも,前刑の窃盗未遂のほか服役前科8犯を有しながら本件各犯行に及んでいてその規範意識の鈍麻は著しい。

7  以上の事情からすると,被告人の刑事責任は極めて重大である。ただ,被告人が本件各事実を認め,本件の全容解明に積極的に協力するなどして被告人なりに反省の態度を示していること,前記のように被告人が本件強盗殺人及び死体遺棄に果たした役割は大きいものとはいえ,本件犯行を計画,主導したのは共犯者であって,被告人は幾分従属的な立場であったこと,判示第1,第3にかかる被害金額はいずれも多額とまではいえず,また,本件各犯行による被告人自身の利得は多くないことなど被告人にとって酌むべき事情が存するので被告人に対しては無期懲役を選択し,その残りの全生涯をもって罪を償わせることが相当で,さらに酌量減軽をすべき事案ではないと判断したものである。

(求刑 無期懲役)

(裁判長裁判官 大谷吉史 裁判官 西野牧子 裁判官 長橋政司)

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