さいたま地方裁判所 平成20年(わ)597号 判決 2008年8月20日
主文
被告人を懲役30年に処する。
未決勾留日数中60日をその刑に算入する。
押収してある繰小刀1振(平成20年押第54号の1)及び金属様片1個(同押号の2)をいずれも没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1平成20年3月31日午前1時15分ころ,埼玉県八潮市ab丁目c番地d所在のe八潮店駐車場において,A(当時35歳)に対し,殺意をもって,その胸部,側腹部,背部等を所携の繰小刀(刃体の長さ約12cm。ただし,犯行時に繰小刀1振(平成20年押第54号の1)と金属様片1個(同押号の2)とに分解したもの)で約11回突き刺すなどし,よって,同日午前4時20分ころ,同県越谷市内の病院において,同人を前胸部左側刺切創による心損傷により死亡させて殺害した。
第2業務その他正当な理由による場合でないのに,同日午前1時15分ころ,前記駐車場において,前記繰小刀1振を携帯した。
(証拠の標目)
省略
(累犯前科)
被告人は,平成6年9月30日浦和地方裁判所で殺人罪により懲役10年に処せられ,平成16年7月21日その刑の執行を受け終わったものであって,この事実は前科調書(乙5)によってこれを認める。
(法令の適用)
省略
(量刑の理由)
本件は,暴力団幹部である被告人が,些細なことから対立する暴力団の構成員と諍いとなった際,同人の言動に激高して,その胸部等を多数回,繰小刀で突き刺して殺害したという殺人,銃砲刀剣類所持等取締法違反の事案である。
1 被告人の責任を基礎付けるべき事情
(1) 犯行態様は執ようで,強固な殺意に基づく凶暴かつ残虐なものである。
被告人は,丸腰の被害者が腕でガードをしたり体を交わすなど必死に防御しているのも構わず,先端鋭利で極めて殺傷能力の高い繰小刀で,その腹部や胸部付近を狙い,連続して少なくとも11回も突き刺し続けるなどした結果,胸腹部だけでなく背部や手足にも刺創や刺切創等を生じさせている。しかも,致命傷となった前胸部左側中央の刺切創は,深さが11cm前後にも及び,肋軟骨等を切断して心臓にまで達しているほか,右側腹部及び背部の2か所の刺切創も,同程度の深さがあり,いずれも長さ約12cmの刃体の大半を体内に刺入させている。また,胸腹部や背部等に見られる5か所の刺創や刺切創も,4~5cmないし7cmの深さのものである。
このように,被告人は,極めて執ように被害者を強い力で刺し続けたばかりか,確実に殺してやろうとして刺した最後の一撃は満足のできるものだったとも述べているように,本件犯行は,極めて強固な殺意に基づく凶暴かつ残虐なものである。
(2) 結果は余りにも重大であり,被害者遺族の処罰感情も厳しい。
ア 被害者は,後にみるように,被告人を殊更刺激するような挑発的言動を繰り返したとはいえ,積極的に攻撃を仕掛けたり,そうした素振りを示したことは全くなく,もみ合いになって以降も,防戦一方であって,殺されなければならない事情など何もないのに,必死の抵抗も空しく,前記のように繰小刀で滅多刺しにされて殺害されており,その際,同人が感じたであろう肉体的苦痛や恐怖心,絶望感は,想像を絶するものである。しかも,被害者は,暴力団構成員ではあるものの,正業に就き,病気を乗り越えて家計を支え,内縁の妻と幼子3人と共に幸せな家庭生活を送っていたところ,いまだ35歳という若さで妻子を遺しその生涯を終えなければならなかったのであり,その無念さは察するに余りある。
イ 被害者の内縁の妻は,突然,被害者が病院に運ばれたとの報せを受けて,何が起きたのかも分からないまま,搬送先の病院を必死で調べ上げた上,駆け付けた病院で被害者の冷たくなった遺体を目の当たりにして泣き崩れ,その後も毎日泣き明かしているというのであり,その精神的衝撃,悲しみの深さは計り知れないものである。しかも,同女は,家計の支えを失い,幼子3人を抱えて仕事にも就けず,生活保護の申請をしなければならない状況に追い込まれているのであり,遺族らに与えた影響は余りにも大きく,その処罰感情が厳しいのは当然というべきである。
ウ さらに,本件は,深夜,商店や住宅が建ち並ぶ一角にあるファミリーレストランの駐車場に,暴力団関係者らが集まって,目撃した付近住民によれば,1人を数名でリンチしているように見えたというのであり,周辺住民やレストラン関係者らに与えた恐怖心や不安感も到底軽視することはできない。
(3) 犯行の動機も,暴力団特有の論理に基づく,反社会的で独りよがりなものである上,本件犯行自体,被告人の根深い粗暴性の発露とみるほかはない。
本件の発端は,被告人が,深夜,自宅近くに停車していた被害者運転の自動車内をのぞき込んだところ,被害者が,「何見てんだよ」と怒鳴り,「おれは山口組だ」などと言って口論となったことにある。その後,被告人が,妻を介して連絡をとり,組関係者を呼び集めたほか,喧嘩(けんか)に備え,自宅から繰小刀を持ち出して,着衣の内ポケットに隠し持った上,場所を移して被害者に謝らせるため,被害者の車に乗り込んで,本件現場に向かった。ところが,現場に着くや,被告人の仲間のB(以下「B」という。)が,被害者を一方的に怒鳴りつけ,その身体を押してフェンス際に追い込むなどしたため,被害者が,「山口組と住吉の喧嘩だ」,「やれるもんならやってみろ」などの言動に及んだ。これを聞いて,被告人は,激高し,「本当にやるぞ」などとすごんだが,被害者がなおも「やれるもんならやってみろ」などと言い返したことから,更に激高するとともに,自己の縄張り内で自分やその組織に喧嘩を売ったらどうなるかを示すために,暴力団幹部としての面子をかけて,同人を殺すしかないと考えて,本件犯行に至ったというのである。
なお,被告人は,Bが被害者を一方的に怒鳴りつけた事実はない旨供述するが,Bを含む関係者らの供述と大きく食い違っており,採用できない。
このように,被告人は,その所属する暴力団組織の,しかも,被告人が責任者を務める縄張り内で,対立する暴力団の構成員である被害者が,その暴力団の名前を出した上,組同士の命を懸けた抗争だなどと虚勢を張り,「やれるもんならやってみろ」などと挑戦的な態度に出たことに憤激し,売られた喧嘩は買わなければならない,馬鹿にされて生きて帰すわけにはいかないと考え殺害行為に及んだというのであって,このような動機は,暴力団特有の論理や価値観に盲従して,法秩序を無視し,他者の生命をも一顧だにしない,余りにも反社会的で独りよがりなものというほかない。
しかも,被告人は,あらかじめ刃体の長さ約12cmという殺傷能力十分な刃物を自宅から喧嘩道具として持ち出している上,仲間らが止めようとしたのも振り切って,自らの憤激の赴くままに,ためらうこともなく本件犯行に及んでいるのであり,後に見る多数の粗暴前科からもうかがわれる被告人の粗暴性のまさに発露というほかない。
(4) 規範意識が欠如している。
被告人は,平成6年に,同じ組織に所属する暴力団組員を包丁2丁で滅多刺しにしたという殺人罪で懲役10年の判決を受け,長期間に及ぶ服役生活を送ったにもかかわらず,出所後わずか4年足らずでためらう様子もなく再び殺人を犯しただけでなく,本件犯行後には,「もう1人殺したい奴がいる」とも話していたというのであって,その規範意識はもはや欠如しているというほかない。また,被告人は,中学卒業と同時に暴力団に入り,少年時代には強盗傷人で中等少年院送致を受けるなどの前歴3件,成人後は上記累犯前科である殺人を含め前科6犯を有しており,その内容も,大半が暴行,傷害などの粗暴犯であって,長らく暴力団という反社会的組織に所属して,その組織特有の論理に深く染まった挙げ句,法秩序を殊更無視する姿勢をとり続けているのであり,厳しい非難に値する。
2 被告人のために酌むべき事情
(1) 被害者の軽率にすぎる言動が本件の一因となったことは否めない。
前記のとおり,本件一連のトラブルの発端が,被害者の軽はずみで挑発的な言動にあっただけでなく,本件犯行の直接の契機も,犯行現場において,再び被害者が,「山口組と住吉の喧嘩だ」,「やれるもんならやってみろ」などと暴力団幹部である被告人を強く挑発する言動を繰り返したことにある。
もっとも,被害者が犯行現場でこのような態度をとったのは,Bが,被害者の身体をフェンスに押し付けながら,「うちの委員長に何かあんのか」,「うちと構えるのか」,「カスみてぇなもんだ」などと執ように被害者を挑発し,既に収まりかけた事態を蒸し返すような言動をしたことが原因となっている。しかし,被害者も,自ら,対立する暴力団の縄張り内で軽率な言動で諍いを生じさせ,その結果,多数の暴力団関係者らに囲まれてしまった状況の下で,その縄張りの責任者である被告人に対し,暴力団同士の抗争まで示唆して挑発したのみならず,被告人から最後通告を受けた後も,被告人を挑発し続けたのである。しかも,被害者も,暴力団構成員である以上,このような態度をとることにより命を落とす危険を生じさせることも十分理解していたはずであるのに,あえて上記のような言動をとったともいえるのであり,このような一連の被害者の言動や対応は,軽率にすぎ,自ら危険を招くものであったことは否めない。
また,前記のような本件犯行直前の状況を作出したのは,被告人側の暴力団関係者であるBではあるものの,被告人は,一応Bを制止しようともしているのであり,Bの言動をすべて被告人の責めに帰すこともできない。
(2) 被告人なりに反省の態度を示している。
被告人は,犯行から10日余り経った後ではあるものの,自ら警察署に出頭し,取調べの当初から,強固な殺意も含めて本件犯行を認め,事実関係を詳細に供述している。
さらに,被告人は,捜査段階では,暴力団特有の論理を述べることに終始して,何ら反省の情を示さなかったものの,公判段階では,自らの犯した犯行の重大さや悪影響の大きさを自覚したとして,暴力団特有の論理への疑問を口にするなどしているほか,脱会届も提出しているのであり,遅ればせながら,自らの行為に対する反省の情が生じつつあることがうかがわれる。もっとも,その公判供述においても,暴力団組織に対する配慮は忘れず,また,その論理をすべて否定しているわけでもないから,その内省の深まりには疑問も残るものの,公判廷での態度等にも照らすと,今後の長期間に及ぶ服役生活の中で,更に内省を深めるであろうことも期待される。
(3) その他
被告人が被害者の遺族に花代として30万円を支払ったこと,僧侶である被告人の友人が当公判廷に出廷し,暴力団員としてではない被告人の善良な一面を指摘し,今後仏教の教えを説くなどして,その更生に協力する旨述べていること,被告人の帰りを待つ妻や養育すべき子供がいること,被告人の体調,その他被告人のために酌むべき事情も認められる。
3 結論
以上みてきたとおり,犯行態様の凶暴さや執ようさ,結果の重大性,反社会的な動機,規範意識の欠如や粗暴性の顕著さ,しかも,同種の累犯前科のあることにも照らせば,被告人の刑事責任は非常に重大であり,その限りでは,無期懲役刑の選択も考慮せざるを得ない事案といえる。
しかしながら,被害者の一連の言動も,Bによる挑発の点を念頭に入れても,暴力団構成員としては軽率にすぎるものであり,本件の結果を自ら招いた面のあることも否定できないこと,被告人なりに反省の態度を示しつつあることなど,被告人のために酌むべき事情もあることから,本件について無期懲役刑を選択することには躊躇を覚えざるを得ないのである。
そこで,これら諸事情を総合考慮すると,被告人に対しては,懲役30年に処するのが相当である。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 無期懲役)
(裁判長裁判官 中谷雄二郎 裁判官 福渡裕貴 裁判官 大竹瑶子)