大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

さいたま地方裁判所 平成20年(わ)968号 判決 2008年10月31日

主文

被告人を懲役25年に処する。

未決勾留日数中80日をその刑に算入する。

押収してある払戻請求書1通(平成20年押第90号の1),解約請求書1通(同押号の2)の各偽造部分を没収する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は,昭和38年5月に,Aと見合い結婚し,同人との間に一男一女を儲けたが,婚姻当初からAから優しくされず,同人に対して愛情を感じられずにいた。特に,Aは金銭管理に厳しく,被告人に対して給与明細を見せることもなく生活費として毎月最低限の一定額を渡すほか,被告人の細かな出費についても口を挟み,平成9年ころからは被告人に生活費を渡さなくなった。

これより前の平成5年ころ,被告人は,自宅近くの公園でXに声をかけられ,不倫関係となり,平成13年から同17年にかけて,Xの経営する会社で仕事をしていたところ,同年2月,被告人は,Xが上記会社の経営資金として信用金庫から400万円を借り入れる際,同人から依頼を受けてその連帯保証人となった。しかし,その後,同社の経営が破綻して,Xが借金の返済をできなくなり,平成19年ころからは,被告人が消費者金融等から借り入れをして,Xの借金を返済したり,同人に生活費や食費の援助をすることもあった。

ところで,被告人は,かつて,Xに対して夫であるAへの不平不満を述べる中で,同人が退職金等で四,五千万円に及ぶ多額の預金を有し,その預金通帳を自宅の金庫内に保管している旨話していたところ,金銭的に困窮していたXから,上記金庫の鍵を開けてAの預金通帳等を持ち出すことを唆されたが,被告人が拒絶して実行されなかった。しかし,平成20年4月下旬ころ,被告人は,金策ができず5月分の借金肩代わりの返済ができずその旨をXに告げたところ,同人から,Aを殺害して同人宅金庫内にある同人の預金通帳等を奪い,その預金を引き出そうという話を持ちかけられ,被告人はAにXとの関係や連帯保証の事実が露見することを恐れこれを了承するに至った。その後,被告人はXとの間でA殺害の具体的な計画を話し合ったり,殺害に用いるロープや同人の死体を切断するためのこぎりなどの必要な道具を買い揃え,A宅の間取りをXに教えて,犯行の準備を整え,同年5月中旬ころ,被告人がA宅の勝手口からXを同宅内に招き入れたが,2階に被告人とAの長女及びその家族がいることを知ったXは何もせずに逃げ出したため,Aの殺害は失敗に終わった。そこで,被告人及びXの両名は再びA殺害の手順を練り直し,2階にいる長女及びその家族が留守の隙を狙って犯行を実行することに決めた。そして,同月23日朝,長女及びその家族が留守になったことから,被告人はXに連絡し,Aが散歩に出かけているうちにXを自宅内に招き入れ,Aが散歩から帰宅して自宅1階の四畳半洋間に入ったところで,被告人は別室に隠れていたXに合図をし,2人でAのいる四畳半洋間に向かった。

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1夫であるA(当時75歳)を殺害して同人から金品を強取しようと企て,分離前相被告人であるXと共謀の上,平成20年5月23日午前11時30分ころ,a県b市内のA方四畳半洋間において,同人に対し,殺意をもって,その頸部をポリプロピレン製ロープで絞め付けた上,手でやく圧し,さらに,その鼻口部を右手やタオルで押さえてふさぐなどし,よって,そのころ,同所において,同人を窒息により死亡させて殺害した上,同人所有の現金約12万100円及び預金通帳6通等13点を強取し,

第2不正に入手したA名義の預金通帳等を使用して,預金払戻し又は解約の名目で現金を詐取しようと企て,前記Xと共謀の上,

1  同月26日午前9時16分ころ,b市内の銀行において,行使の目的で,同支店備付けの払戻請求書のおなまえ欄に「A」,金額欄に「¥135000」とボールペンで各冒書し,払戻請求印欄に「A」と刻した印鑑を押なつし,もってA作成名義の払戻請求書1通(平成20年押第90号の1)を偽造した上,同店係員Bに対し,上記偽造の払戻請求書を真正に成立したもののように装い,A名義の預金通帳と共に提出行使して,普通預金13万5000円の払戻しを請求し,上記Bに正当な権限に基づく払戻請求であると誤信させ,よって,そのころ,同所において,上記Bから,預金払戻しの名目で現金13万5000円の交付を受け,

2  同日午前10時30分ころ,b市内の銀行の出張所において,行使の目的で,同出張所備付けの解約請求書(2枚つづりの1枚目)のおなまえ欄に「A」,口座番号欄にAの預金口座の口座番号をボールペンで各冒書し,お届け印欄に「A」と刻した印鑑を押なつし,もってA作成名義の解約請求書1通(同押号の2)を偽造した上,同出張所係員Cに対し,上記偽造の解約請求書を真正に成立したもののように装い,A名義の預金通帳と共に提出行使して,普通預金口座の解約を請求し,上記Cらに正当な権限に基づく解約請求であると誤信させ,よって,そのころ,同所において,上記Cから,預金解約の名目で現金20万5007円の交付を受け,

もって人を欺いて財物を交付させ

たものである。

(証拠の標目)

【省略】

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為は刑法60条,240条後段に,判示第2の1及び2の各所為のうち,有印私文書偽造の点はいずれも同法60条,159条1項に,偽造有印私文書行使の点はいずれも同法60条,161条1項,159条1項に,詐欺の点はいずれも同法60条,246条1項にそれぞれ該当するところ,判示第2の1及び2の各罪それぞれにつき有印私文書偽造とその行使と詐欺との間には順次手段結果の関係があるので,いずれも同法54条1項後段,10条により,一罪として最も重い各詐欺の罪の刑(ただし,短期はいずれも各有印私文書偽造罪の刑のそれによる)でそれぞれ処断することとし,判示第1の罪については無期懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法46条2項本文,10条により最も重い判示第1の罪の刑で選択した無期懲役刑で処断し,他の刑を科さないこととして,なお犯情を考慮し,同法66条,71条,68条2号,14条1項を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役25年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中80日をその刑に算入することとし,押収してある払戻請求書1通(平成20年押第90号の1)の偽造部分は,判示第2の1の偽造有印私文書行使の犯罪行為を組成した物,解約請求書1通(同押号の2)の偽造部分は,判示第2の2の偽造有印私文書行使の犯罪行為を組成した物で,いずれも何人の所有をも許さないものであるから,いずれも同法19条1項1号,2項本文を適用してこれらを没収し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

1  本件は,被告人が,共犯者と共謀の上,夫である被害者を殺害して現金や預金通帳等を強取したという強盗殺人(判示第1の事実),その預金通帳等を用いて同人の預金を引き出すため,払戻請求書や解約請求書を偽造してこれらを行使するなどして預金払戻しあるいは預金解約名下に現金を詐取したという有印私文書偽造,同行使及び詐欺2件(判示第2の各事実)の各事案である。

2  まず,第1の強盗殺人の犯情について検討する。

(1)  犯行に至る経緯は前記記載のとおりである。この点,関係証拠によると,被害者はかねてから頑固な性格で金銭管理にも極端に厳しく,交通事故に遭った被告人に心ない言葉をかけたり,それ以降は被告人に生活費を全く渡さなくなるなど,妻である被告人に対する接し方については,夫としてやや配慮の欠く面があったことは否定できない。このような被害者とのあつれきから被告人が長年にわたり蓄積した不満が,被告人に自活能力が乏しく,被害者が離婚による夫婦関係解消に同意しなかったことから,行き場を失って夫殺害という凶行に走らせた主たる動機となったものと推認できよう。

しかし,上記のような事情を最大限に考慮したとしても,被害者には殺害されるべき程の落ち度はなく,不満解消には,裁判離婚や調停,別居というように他にとりうる手段はいくらでもあったことを指摘できる。そればかりか,被告人は,有夫の身でありながら,約15年にもわたり共犯者との不倫関係を続ける中で,最後には被告人が借金をしてまで共犯者の借金を肩代わりし,もはや借金の返済が出来ないとなるや,共犯者との関係や借金のことを被害者に発覚することを防ぐとともに,被害者が有していた多額の預金により共犯者の借金を返済して同人との関係を維持すべく本件犯行に及んだものというべきであって,その利欲的で身勝手な犯行動機に酌量の余地は皆無である。

(2)  被告人は,被害者殺害を決意するや,共犯者との間で殺害方法等について具体的に話し合った上,首を絞めるためのロープなどを購入し,さらには,被告人において共犯者に自宅の間取りを教示するなどしている。このように,本件強盗殺人は入念な準備に基づく計画的な犯行であるといえる。

そして,犯行態様についてみると,共犯者において,被害者の正面からロープでその首を絞め,さらに逃げようとする同人をベッド上に押し倒して全体重をかけてその首を絞めながら,同時にその口や鼻を手で押さえつけた上で,とどめを刺すべく,被害者の顔にタオルを被せて全体重を乗せてその口と鼻をふさぐなどして同人を殺害している。このように,その犯行態様は,強固な殺意に基づく,非道かつ残忍なものであり,極めて悪質である。

(3)  被告人の犯行により,被害者の尊い生命が奪われたのであり,その結果自体極めて重大である。被害者は長年にわたり鉄道会社職員として真面目に稼働する一方で,堅実で質素な生活を送り,定年退職後にようやくその貯蓄などで老後の人生を謳歌していたところ,最も安心できる自宅内において,突然見ず知らずの共犯者に襲われた上,妻である被告人に両足を押さえつけられたままその最期を迎えることを余儀なくされたのである。おそらく,被害者は,共犯者に全体重をかけられて首を締め付けられている際,被告人が自分を助けるどころか両足を押さえつけ共犯者の犯行を手助けしているという状況から,長年夫婦生活を送ってきた妻の裏切りを悟ったものと思われ,被告人の名前を呼んだ末,苦悶の中で予期せぬ非業の死を迎えることになった被害者自身が受けた驚愕,苦痛,無念さは察するに余りある。また,財産的被害も現金約12万100円及び預金通帳6通等と少なくない。

(4)  そして,本件強盗殺人においては,確かに犯行を提案し,主要な実行行為を担ったのは共犯者であるが,被告人宅で犯行を敢行し,現金のほか,金庫内にある被害者の預金通帳等を強取するにあたっては,被害者の妻である被告人の協力なくしてはその目的は達し得ないものであり,被告人は本件強盗殺人を遂行するにあたって重要な役割を果たしたものと評価できる。

3  判示第2の1及び2の各有印私文書偽造,同行使,詐欺についてみても,被害者を殺害してわずか3日後に多額の金員を得るべく何らの躊躇もすることなく各犯行に及んだものであり,まさに利欲的な動機に基づく悪質な犯行であるといえ,その被害額も合計で約34万円と多額である。各犯行はいずれもすべて被告人が実行行為を行っているのであり,その果たした役割は大きい。

4  以上の事情によれば,被告人の刑事責任は極めて重いというべきである。

5  他方で,被告人には次のような酌むべき事情も認められる。

被告人は,捜査機関に発覚する前に被害者を殺害したことにつき警察に申告している。しかし,被告人は当初は捜査機関に対して被告人単独による殺人である旨供述し,共犯者の存在や強盗目的,有印私文書偽造,同行使,詐欺については供述していないので,有印私文書偽造,同行使,詐欺について自首が成立しないのは当然であり,さらに,強盗殺人罪と殺人罪の法定刑が大きく異なること,強盗殺人の共犯者の存在を隠すことは,他面において犯人を逃れさせる行為であり,被告人自身が強盗殺人罪を真摯に反省してこれを告白したものと評価することはできないから強盗殺人罪についてもこれを法律上,自首と認めることはできない。そうではあるが,被告人の上記申告がきっかけで本件が発覚し,本件事案解明の端緒となったことは間違いない。また,当公判廷において事実関係をすべて認めて被害者や子供らに謝罪の言葉を述べるその態度からは,現時点までの反省の情が不十分であるということはできない。前記指摘のとおり,被害者には殺害されるまでの落ち度はないものの,被害者から長年にわたり配慮の欠く扱いを受けてきたことにより鬱憤が蓄積したことも本件強盗殺人に及んだ動機の一部であるといえ,その動機の形成過程の背景事情については,幾分か同情の余地がある。また,本件各犯行による利得の大部分は共犯者が得たもので,被告人自身が得た利得は全体の2割にも満たない約7万7000円である。

さらに,本件各犯行を提案し,被害者殺害の行為を実行したのは共犯者であって,被告人が積極的に本件各犯行を立案し,主導したとまでは認め難い。本件強盗殺人の被害者の遺族でもある被告人の長男及び長女が被告人に対する寛大な処分を望む旨の上申書を裁判所に提出した上,当公判廷においても被告人の帰りをいつまでも待ち続ける旨証言していることは,被告人が子供らに対しては愛情深き良き母親であったものであることを窺わせる。また,被告人は現在69歳と高齢であるがこれまで前科前歴はなく,苦汁の多い家庭生活の中で懸命に働き,忍耐して真面目に社会生活を営んできたことは一定の評価に値しよう。

6  以上のように,被告人の強盗目的による夫殺害を不倫相手と共謀して実行したという冷酷無惨で人倫に悖る刑責の重大さはこれを筆舌に尽くし難く,厳罰を免れないが,被告人に有利に斟酌すべき事情,とりわけ,共犯者が本件各犯行を主導したこと,被告人の子供らが,いずれも被告人に対する寛大な刑を望んでいること,被告人が高齢であること,被告人と被害者があつれきのある実質上外縁の夫婦関係にあったこと等の諸事情に鑑みれば,被告人については,無期懲役刑を選択し,これを酌量減軽した上で,主文の有期懲役刑に止めることが相当であると判断したものである。

(求刑 無期懲役,主文記載の払戻請求書,解約請求書の各偽造部分の没収)

(裁判長裁判官 大谷吉史 裁判官 西野牧子 裁判官 長橋政司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例