さいたま地方裁判所 平成20年(ワ)1208号 判決 2013年3月28日
原告
X1
原告
X2
原告ら訴訟代理人弁護士
岡村親宜
同
吉田總
同
齋田求
同
岡田正樹
同
野呂久美子
同
田口花子
同
佐渡島啓
同
谷川生子
同
田中浩介
同訴訟復代理人弁護士
村田直樹
被告
Y社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
安西愈
同
渡邊岳
同
松原健一
同
山岸功宗
同
竹澤勝美
主文
1 被告は、原告X1に対し、60万円及びこれに対する平成19年5月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告X2に対し、60万円及びこれに対する平成19年5月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用はこれを50分し、その1を被告の負担とし、その余は原告らの負担とする。
5 この判決の主文1項及び同2項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1 被告は、原告X1に対し、4134万9325円及びこれに対する平成12年9月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告X2に対し、4134万9325円及びこれに対する平成12年9月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
第2事案の概要
1 本件は、被告の経営するレンタルビデオ店に従業員として勤務していたB(以下「亡B」という。)が被告を退社してから約6か月後に自宅でくも膜下出血を発症して死亡した原因は、被告における過重労働にあるとして、亡Bの両親である原告らが、被告に対し、債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償として、それぞれ4134万9325円及びこれに対する平成12年9月9日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実
(1) 当事者等
ア 原告X1は、亡B(昭和47年○月○日生)の父であり、原告X2(以下「原告X2」という。)は、亡Bの母である。
イ 被告は、CD、ビデオソフト等の販売及びレンタル等を目的とする資本金1億4000万円の株式会社であり、主に東京都内及び埼玉県内にレンタルビデオ店「○○」を複数(約25店舗)経営している。
(2) 事実経過
ア 亡Bは、平成5年3月、a専門学校編集広報科を卒業し、同月、b株式会社に就職した。亡Bは、同社の学習書部門営業部において学校教材の販売及び営業企画の業務(県外出張を含む。)に従事する傍ら、社内広報委員として同社の広報誌の編集にも携わっていたが、平成10年7月、自己都合により同社を退社した。
イ 亡Bは、平成10年8月1日に被告に入社し、被告を退社するまでの間、以下の店舗において勤務した。
(ア) 平成10年8月1日から同年12月頃まで
「○○」 c店(東京都千代田区外神田。以下「c店」という。)
(イ) 同年12月頃から平成11年6月頃まで
「○○」 d店(埼玉県越谷市瓦曽根。以下「d店」という。)
(ウ) 同年6月頃から平成12年1月頃まで
「○○」 e店(埼玉県川口市栄町。以下「e店」という。)
(エ) 平成12年1月頃から同年3月15日まで
d店
亡Bの立場は、上記(ア)、(イ)及び(ニ)の各店舗では一般社員、上記(ウ)の店舗では店長代理であった。なお、亡Bは、平成11年12月下旬頃から平成12年1月初旬頃のうちの約1週間、「○○」f店(以下「f店」という。)において勤務した。
ウ 亡Bは、平成12年3月15日、被告を退社した(平成12年3月6日から同月15日までは有給休暇であり、被告における最終の出勤日は同月5日である。)。
亡Bが被告に入社した平成10年8月1日から被告を退社した平成12年3月15日までの亡Bの出勤時間、退出時間及び拘束時間は、別紙1<省略>「労働時間等一覧表(被告)」に記載のとおりである(書証<省略>)。
エ 亡Bは、被告を退社した後、自宅で休養しながら就職活動をし、平成12年6月27日、商業印刷業を営む株式会社g(東京都<以下省略>。資本金1000万円。以下g社という。)に入社した(書証<省略>)。
オ 亡Bは、平成12年9月8日、自宅においてくも膜下出血を発症し、死亡した(書証<省略>)。
3 争点
(1) 安全配慮義務違反の有無
(2) 安全配慮義務違反と亡Bの死亡との因果関係の有無
(3) 損害額
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(安全配慮義務違反の有無)について
ア 原告の主張
被告は、亡Bの使用者として、亡Bが過重な労働により健康を破壊し、過労死を発症することのないよう労働時間、休憩時間、休日、労働密度、休憩場所、人員配置及び労働環境等、適切な労働条件を措置すべき義務があったにもかかわらず、これを怠り、下記(ア)ないし(カ)のとおり、亡Bを漫然と過重労働に従事させた結果、亡Bを死亡させたものであるから、被告には安全配慮義務違反がある。
被告においては、労働法規が遵守されておらず、また、時間外労働が従業員の健康に及ぼす影響について一切配慮がなされていないことからして、実質的な労務管理が行われていなかったことは明らかであり、上記安全配慮義務違反の程度は著しいものであったといわざるを得ない。
(ア) 労働時間
亡Bは、d店に配属された平成10年12月頃以降、長期間にわたり長時間の時間外労働に従事しており、特に、e店の店長代理となってからは、店舗における時間外労働に加えて、自宅においてもシフト表の作成等の業務に従事していたものであり、そのような労働も考慮すると、上記期間における亡Bの労働は、著しく過重なものであったというべきである。
(イ) 不規則勤務・深夜勤務
被告における亡Bの勤務は、出勤時間及び退出時間が日によって様々であり、著しく不規則であったことに加えて、その多くは、深夜である午前2時頃にまで及んでおり、疲労の蓄積が顕著である深夜勤務であった。
(ウ) 休日・休暇の不足
被告における亡Bの勤務時間は著しく不規則であったが、休日は週に1日が通常であり、月に多くても5日程度であった。休日出勤をしていたにもかかわらず、代休をとった形跡はない。また、就業規則に定められている夏期休暇5日、冬期休暇5日も退社まで1日もとることができなかったし、退社前を除き有給休暇も全くとることができなかった。
このような休日・休暇の不足の原因は、亡Bに課せられていた店長代理としての責任及び店舗に正社員が1名しかいないような被告の人員配置にあった。
(エ) 休憩・仮眠時間の欠如
亡Bが勤務していた店舗は、亡Bの勤務時間帯に他の正社員が勤務していなかったことから、亡Bが休憩や仮眠をとることが困難であった。店舗の外に出て食事をとることが難しかったため、亡Bは、電気ポットを持参して店舗に備え付け、カップラーメン等を食べるなどしていた。また、店舗内には休憩室、仮眠室はおろか、休憩するための椅子もなかったため、亡Bは、いつも店舗の壁に寄りかかって休憩していた。
(オ) 継続勤務
亡Bが勤務する店舗内には常に比較的大きな音量でBGMが流れ、来店者の動きや声などで常にざわついていて決して良好な環境とはいえないだけでなく、万引きの警戒等、勤務中、亡Bには注意力の継続が要求されていた。
(カ) 責任の重大性
亡Bがe店に勤務していた当時、同店には正社員が亡B1人しかいなかったため、その後約3か月の間、亡Bが同店の責任者として1人で同店を管理する状況が続いた。亡Bは、ビデオテープ等のレンタル業務だけでなく、アルバイト従業員のシフト表の作成やアルバイト従業員の採用、労務管理、売上金の管理、営業についての責任等、同店の責任を一身に背負っていた。
また、亡Bは、通常業務に加えて、「○○」h店(以下「h店」という。)の閉鎖及びリニューアルオープンという作業の面でも責任の面でも大きな負担となる業務に従事していた。具体的には、平成11年8月初め頃、被告は、近所に大手レンタルビデオ店が出店するとの情報があり、これに対抗するため、h店を閉鎖してe店に統合しようとした。そこで、亡Bは、h店に勤務していたC(以下「C」という。)と2人で同年8月初めから約1か月間、日常業務をこなしながらe店への統合作業もしなければならなかった。さらに、同年8月末、e店への統合が落ち着いたと思った矢先に、被告がh店を2週間足らずの短期間でリニューアルオープンさせることを決定したことから、亡Bは、Cとともに、e店に運んだビデオテープ等をh店に戻し、チラシ数千枚を配布する等の作業を行った。
イ 被告の主張
原告らの安全配慮義務違反の主張は、その義務の具体的内容が特定されておらず、主張自体失当というべきである。
被告における亡Bの労働については、拘束時間は長いものの、下記(ア)ないし(カ)のとおり、労働密度は相当低く、業務内容は精神的緊張を伴うものではなかった。また、被告は、年1回の定期健康診断を実施しているところ、亡Bは、被告在職中である平成10年8月4日及び平成11年8月19日の2回これを受診したが、いずれの健康診断においても異常所見は認められなかったし、亡Bから被告に対して体調不良や就業時間の短縮等の申出がされたこともなかった。亡Bには休日や休息時間も十分に与えられていた。これらの事情からすると、被告における亡Bの労働が過重であったとはいえず、被告において、亡Bがくも膜下出血を発症することを予見することはできなかった。
したがって、亡Bの労務管理等について、被告に安全配慮義務違反はない。
(ア) 労働時間
被告は、亡Bが自宅においてシフト表の作成等の業務に従事していたことを把握していない。また、被告が亡Bに対し、自宅における作業を命じたことはない。
(イ) 不規則勤務・深夜勤務
亡Bの出勤・退出時刻が日によって異なることは認めるが、一般的なシフト制であって、これをもって勤務時間が不規則であったとの主張は争う。
亡Bが夜間に勤務していたことがあることは認めるが、疲労の蓄積が顕著であったとの主張は争う。仮に、午前2時30分頃に帰宅し、午後3時頃に家を出たとしても、連続して12時間以上自宅に滞在することが可能であり、食事時間、入浴時間及び余暇時間を差し引いても、8時間程度の睡眠時間を確保することができたのであるから、深夜勤務による疲労があるにせよ、疲労は十分回復できたはずである。
(ウ) 休日及び休暇の不足
亡Bの休日に関する原告らの主張は争う。
亡Bが夏期休暇、冬期休暇を1日もとっていないこと、退職時の有給消化を除き有給休暇をとっていないことは認めるが、被告が亡Bの休暇の取得を制限したことはない。
(エ) 休憩・仮眠時間の欠如
いずれの店舗においても休憩時間がとれない状態であったことは争う。店舗に休憩室や仮眠室を設けていないことは認めるが、事務室、バックヤードあるいは店舗外において休憩することは可能であり、社会通念に照らしてこれが過酷であるとはいえない。当時の店舗内の椅子の有無については把握していないが、壁に寄りかかって休憩することを余儀なくされたという趣旨であれば、当時の店舗運営の実態からしても、想像し難いことである。
なお、電気ポットの持参については、繁忙のあまり店舗外で食事する時間がなかったということではなく、周辺に飲食店の少ないd店においては、弁当を持参し、店舗内の事務所で食事をする従業員が多かったことから、食事の際に使用するために電気ポットを持ち込んでいたようである。
(オ) 継続勤務
店舗内にBGMが流れていたことは認めるが、良好な環境とはいえないことは争う。いずれの店舗においても、顧客との会話の妨げになったり、不快となるような大音量でBGMを流したということはない。
また、一般論として万引きを警戒すべきことは認めるが、出入口には警報装置が備え付けられていたため、亡Bが警備員のように常時監視することを求められていたわけではない。
(カ) 責任の重大性
一部の期間を除いて、e店の正社員が1名であったことは認めるが、亡Bが店舗の全責任を背負っていたことは争う。同店舗にもアルバイト従業員が勤務しており、亡Bが1人で常時同店舗の管理をし続けなければならないという状況にはなかった。
大手レンタルビデオ店の出店情報を契機としてh店とe店との営業戦略を見直したことは認めるが、h店を閉鎖する計画であったことは否認する。その内容は、取扱品目のうちCD(コンパクトディスク)及びCDS(CDシングル)をe店に集約するとともに、h店の店内レイアウトを見直してリニューアルオープンしようとするものであった。このため、h店のCD及びCDS全部並びにビデオテープの一部をe店に移動させることとし、平成11年8月21日から同年9月3日までの14日間はh店のビデオテープ、CD及びCDSのレンタル(新規貸出)業務を休止してリニューアルオープン作業を行った。
このため亡B及びCが中心となって商品の移動等を行ったことは認めるが、他方で、当該期間中はh店の新規貸出は停止していたことから、日常業務の業務量は少なかった。
h店のリニューアルオープンに際し、h店からe店に移動させたビデオテープを再びe店からh店に移動させたことは把握していないが、ビデオテープ全部を移動させたとは考えにくい。チラシを配布していたことは認めるが、業務内容は軽易かつ一時的なものであり、アルバイト従業員と分担して行っていた。
(2) 争点(2)(安全配慮義務違反と亡Bの死亡との因果関係の有無)について
ア 原告の主張
(ア) 亡Bのくも膜下出血の原因
a 亡Bのくも膜下出血は、就寝中に発症した非外傷性のくも膜下出血であるところ、非外傷性くも膜下出血の原因は、約70ないし80パーセントが脳動脈瘤破裂である。
他方、亡Bのくも膜下出血は発症から直ちに死亡に至るほど激烈なものであることからすると、その出血は動脈性出血であったと考えられるが、脳動静脈奇形の破綻による出血は静脈性出血が多いこと、脳動静脈奇形が破綻した場合には、大脳表面側への出血が多く、また死亡に至るものは約2ないし10パーセントに過ぎないことからすると、その原因が脳動静脈奇形であるとは考え難い。したがって、亡Bのくも膜下出血の原因は、脳動静脈奇形の破綻ではなく脳動脈瘤破裂である。
脳動脈瘤は、発生後に血管壁が傷ついたとしても、通常であれば適切な睡眠等によりこれが修復され、脳動脈瘤の増大を防いでいるため、ほとんど破裂することがないとされているが、夜勤労働等により睡眠が不足したり、長時間の緊張状態を強いられることなどにより血管の修復機能が十分に得られない場合には、それまでは修復機能が働いて大きくならなかった脳動脈瘤が徐々に大きくなり、最終的には破裂するという経過をたどる。
亡Bに飲酒習慣や喫煙歴はなく、高血圧等の基礎疾患もない。両親も健在で、高血圧等の脳血管障害はなく、くも膜下出血を発症する家系でもない。亡Bの脳動脈瘤は、その性別や年齢からして、本来であれば血管壁に対する修復機能が十分に機能し、自然経過によっては破裂しないはずのものが、疲労の蓄積によって修復機転が十分に働かなかったため、傷ついた血管壁が十分に修復されず、動脈瘤壁が脆い硝子様構造物に置き換わってしまったため、27歳という若年でこれが破裂するという事態に至ったと考えるほかない。そして、亡Bの疲労が蓄積した原因としては、被告における亡Bの労働があまりにも過重であったこと、具体的には、恒常的な長時間労働、深夜勤務及び不規則勤務、さらには休日や休暇の不足といった事情から、血管壁の修復にとって最も重要である睡眠時間が十分に確保されなかったこと、また、深夜勤務により睡眠時間が早朝から日中となることで血圧が十分に低下しなかったこと、さらに、長時間の過度の緊張状態から脱する機会がなかったこと以外に考えられない。
したがって、被告の安全配慮義務違反によってもたらされた過重労働と亡Bの死因であるくも膜下出血との間には、相当因果関係がある。
b 被告は、亡Bのくも膜下出血の原因について、着衣に乱れがないこと、死体検案時に瞳孔不同が認められたことを根拠として、後頭蓋窩の動脈性出血を起こしたものであり、かつ、一側の動眼神経を支配する部位に破綻が生じたものであると主張する。
しかしながら、瞬時に昏睡状態に陥る病態は、くも膜下出血の出血部位にかかわらず普遍的に認められるものであり、これが出血部位を特定する根拠とはなり得ない。また、動眼神経核は、外眼筋を司る主核と内眼筋を支配する副核(エジンガー・ウエストフォール核)から構成されるところ、副核は中脳の背側部で正中線を挟んで左右に近接した位置に存在しており、瞬時に昏睡状態に陥るほどの高度な出血がその一側のみを破壊し、他方が機能を失うことなく存在するなどということは、解剖学的にあり得ない。
また、仮に、亡Bのくも膜下出血の原因が脳動静脈奇形であったとしても、被告の過重労働によってもたらされた睡眠障害、リズム障害等による交感神経緊張状態が被告退職後も継続したことにより、これが破綻に至ったとの結論が変わるものではなく、被告における業務と亡Bが発症したくも膜下出血との間の相当因果関係が否定されることにはならない。
(イ) 「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書」(書証<省略>、以下「専門検討会報告書)という。」について
a 被告は、専門検討会報告書を引用し、発症前1か月間から6か月間の過重負荷の有無を考慮することを基本とすべきであると主張する。
しかしながら、同報告書の認定基準は、大量の労災申請を迅速かつ画一的に処理すべく便宜上定められた基準であるから、形式的には同基準に該当しない場台であっても、民法上の相当因果関係が否定されるわけではない。
同報告書の認定基準によっても、「業務による著しい過重な負荷が長期間にわたって加わった場合、疲労の蓄積を背景として、血管病変等が自然経過を超えて著しく増悪し、脳・心臓疾患が発症することがあり得る」、「この場合において発症時の疲労の蓄積度合は、長期間における働き方を考察して判断することが必要である。」とされており、その評価期間については、「少なくとも発症前おおむね1~6か月間、場合によっては過去1年間以上にわたっているものがある。」との記載や、「疲労の蓄積を評価するに当たって、発症前の6か月より前の就労実態を示す明確で評価できる資料がある場合には、付加的な評価の対象となり得るものと考えられる。」との記載があり、このことからすると、脳・心臓疾患の原因として長期間にわたる過重負荷を考慮するに当たって、発症前6か月よりも前の事情を一切考慮しないということにはならない。また、疲労からの回復という点についても、疲労蓄積の性質及び程度によっては、負担からの解放が直ちに疲労回復につながらないこともあり得る。
脳動脈瘤が発生してから破裂の危険が高まる大きさにまで増大するには約3か月を要し、未破裂動脈瘤が発見されてから破裂するまでに要する期間は1、2年が最も多い。これらのことからすると、発症前6か月のみならず、発症前1、2年から発症までの期間における過重労働及びこれによる疲労の蓄積の有無を検討する必要がある。
また、発症をどの時点と捉えるべきかという点について見ると、脳動脈瘤破裂による大出血を起こす前には、頭痛を伴う少量の出血を起こすことがあり得るとされているところ、亡Bが、平成12年5月中旬頃及び同年8月11日に普段とは違う頭痛を訴えていたことからすると、亡Bの脳動脈瘤破裂の発症時期は、同年5月中旬頃であると考えられる。したがって、上記認定基準を前提に発症前6か月間の過重負荷の有無を中心的に考慮する場合には、同年5月中旬から6か月前以降の業務内容に着目すべきである。
b 被告就労中における長時間労働、不規則勤務及び深夜勤務により、亡Bは、一定時刻の食事や入浴、睡眠、趣味等の社会的活動などの慢性疲労回復のための質の良い時間を確保することができず、疲労を蓄積させた。そして、被告退社後の亡Bの生活状況を見ると、就労こそしていないものの、一日中横になっていることが多く、食への興味、衣服への興味などもなく、友人と連絡を取るなどもしていないのであって、明らかに被告就労中と同様の身体状況であった。したがって、この約3か月の非就労期間をもって亡Bの蓄積疲労が回復したとはいえない。
また、この時期における亡Bの脳動脈瘤は、十分な修復をなされないままその動脈瘤壁が脆い硝子様構造物に置き換わった状態に至っており、仮に、非就労期間を通じて亡Bの蓄積疲労が解消されていたとしても、脳動脈瘤破裂の危険性は全く変わらなかったというべきである。
したがって、被告退社後、g社に就職するまで約3か月間の非就労期間があることは、被告における過重労働と亡Bのくも膜下出血発症との間に相当因果関係があるとの結論に何ら影響しないというべきである。
イ 被告の主張
(ア) 亡Bのくも膜下出血の原因
a くも膜下出血の原因は、脳動脈瘤に限られず、脳動静脈奇形、脳出血、頭部外傷、脳腫瘍等の頭蓋内疾患や血小板減少症、凝固異常等、多種多様なものがある。
着衣の乱れがなく、死後の瞳孔不同が認められたという亡Bの死体検案状況からは、頭蓋内出血により直接に脳幹部が損傷され、あるいは瞬時に脳幹部が虚血に陥るとともに、動眼神経核が破壊されたと考えられる。これを前提として、くも膜下出血の原因を検討すると、亡Bに発症した頭蓋内出血は、後頭蓋窩の動脈性出血である可能性が高い。そして、後頭蓋窩の動脈性出血の原因としては、椎骨・脳底動脈瘤の破裂や小脳・脳幹部の脳動静脈奇形の破裂等が考えられるところ、椎骨・脳底動脈瘤の破裂によって動眼神経核、が直接破壊されることはないこと、20歳代に限れば、小脳・脳幹部の脳動静脈奇形の破裂の頻度の方が椎骨・脳底動脈瘤の破裂の頻度よりも高いこと、小脳・脳幹部の脳動静脈奇形が破裂した場合には第4脳室内に大量の出血をもたらし、くも膜下腔の髄液も血性となるところ、このことは、血性髄液という本件死体検案時に認められた所見と矛盾しないことからすれば、亡Bのくも膜下出血の原因は、小脳・脳幹部の脳動静脈奇形である可能性が最も高い。
そして、脳動静脈奇形については、脳動脈瘤と異なりその多くが高血圧を有しない若年者に発症していること、出血リスクは生来の解剖学的因子に左右されることなどから、本質的に生来の奇形血管の脆弱性がその自然史を決定すると考えてよい。脳動静脈奇形の破綻によるくも膜下出血の場合、亡Bがその好発年齢でもあることから、自然経過の中で発症したものと考えるのが妥当であり、長期的に見ても、発症前6か月間の中期的に見ても、発症直前の状態を考慮しても、その破綻に至る病気の自然史に影響を及ぼすような環境要因は指摘できない。また、医学文献(書証<省略>)によれば、脳動静脈奇形の出血は、高血圧症、運動及び痙痛時の一過性の血圧上昇と関係しないとされている。
したがって、被告における業務と脳動静脈奇形の破裂との間には相当因果関係はない。
b 原告らは、亡Bのくも膜下出血の原因が脳動脈瘤の破裂であるとし、被告での過重労働、疲労蓄積によって亡Bの脳動脈瘤が十分に修復することができず、脳動脈瘤壁が脆い硝子様構造物に置き換わって破裂準備状態に陥り、これが破裂に至ったものであるから、被告における過重労働とくも膜下出血発症との間には相当因果関係があると主張する。
しかしながら、仮に、亡Bのくも膜下出血の原因が脳動脈瘤の破裂であったとしても、脳動脈瘤が破裂するか否かは、当該脳動脈瘤の生来の脆弱性に帰するところが多いとされている。20歳未満の若年者のくも膜下出血においては、脳血管障害、喫煙、高血圧等の後天的要因がほとんど存在せず、遺伝的素因がより重要であるとされているところ、このことは、20歳代の場合にも基本的には同様であると考えられ、亡Bの脳動脈瘤は、専らその生来の脆弱性や遺伝的素因により、自然経過の中で増大・破裂し、くも膜下出血を発症したと考える方が自然である。
脳動脈瘤の発生・成長・破裂のメカニズムは複雑なものであり、正常な血管が血圧に耐えきれなくなって破裂するというような単純なものではない。過労による睡眠不足・精神的ストレスが高血圧を媒介とすることなく脳動脈瘤の発生・成長・破裂に関連することはないとされているが(なお、高血圧は、脳動脈瘤破裂の直接の引き金になり得るという限度において、脳動脈瘤破裂との関連性を有するにとどまる。)、亡Bが被告における業務によって高血圧になったという事実はない。
原告らは、亡Bに平成12年5月中旬頃及び同年8月11日に生じた2回の頭痛は脳動脈瘤破裂の前駆症状としての頭痛(以下「警告頭痛」という。)であると主張するが、臨床的に2回のくも膜下出血を生じた者がその後普通に生活することは想定できないとされているところ、亡Bは、2回目の頭痛以降もg社において通常どおり勤務していたというのであるから、上記2回の頭痛が警告頭痛であるということは考えられない。
したがって、仮に、亡Bのくも膜下出血の原因が脳動脈瘤の破裂であったとしても、被告における業務と脳動脈瘤破裂との間に相当因果関係はない。
(イ) 専門検討会報告書について
a 専門検討会報告書によれば、業務と脳・心臓疾患の発症との関連性が強いと判断される場合として、「発症前1か月間におおむね100時間を超える時間外労働が認められる状態」、「1日4時間程度の時間外労働が継続し、発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる状態」が挙げられている。また、同報告書には、「疲労の蓄積に係る業務の過重性を評価する期間を発症前6か月間とすることは、現在の医学的知見に照らし、無理なく、妥当であると考える。」、「疲労は、恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用することにより蓄積するが、逆にこの負荷要因が消退した場合には、疲労も回復するものである」などの記載がある。これらの記載からすれば、脳・心臓疾患の原因として長期間にわたる過重負荷を考慮するに当たっては、発症前1か月間から6か月間の過重負荷の有無を考慮することを基本としつつ、蓄積された疲労の回復にも留意すべきである。
b 亡Bは、平成12年3月15日に被告を退職した後、求職活動を行いながら自宅で療養し、同年6月27日にg社に就職し、同年9月8日にくも膜下出血により死亡したものであり、亡Bが被告を退職してから死亡するまでには、6か月弱(被告における最終の出勤日である同年3月5日からは6か月以上)もの期間があったことに加えて、亡Bは、被告を退職してからg社に就職するまでの間、基本的には自宅で療養していたのであって、このような事実経過及び上記認定基準に照らせば、被告における業務と亡Bの死亡との間に相当因果関係を肯定することはできない。
(3) 争点(3)(損害額)について
ア 原告の主張
(ア) 過重労働に対する慰謝料
亡Bは、被告において著しい過重労働を課され、そのため健康を害し、退社に追い込まれたものであり、その過重労働による蓄積疲労は、3か月間の自宅休養においても回復せず、くも膜下出血を引き起こすほどのものであった。このような過重労働を課されたことにより亡Bが被った精神的損害は、500万円を下らない。
(イ) 逸失利益
亡Bの死亡による逸失利益は、基礎年収を平成12年度全男性労働者平均賃金年収560万6000円、労働能力喪失期間を67歳までの39年(ライプニッツ係数:17.017)とした上で、生活費控除率を50パーセントとして算出すると、4769万8651円となる。
(ウ) 死亡慰謝料
亡Bの死亡慰謝料は、2000万円を下らない。
(エ) 原告ら固有の慰謝料
原告らは、一人息子である亡Bを27歳8か月という年齢で失い、息子の結婚や孫を見ることもできなくなってしまった。
また、亡Bの直接の死因はくも膜下出血であるが、その原因を調査していく過程において、被告における過重労働がくも膜下出血の原因であることが明らかになり、このような原因により息子を失ったことによるショックは大きい。さらに、老後の不安も現実化していることなどを考えると、原告らにはそれぞれ500万円の固有の慰謝料が認められるべきである。
(オ) 原告らは、平成12年9月8日に亡Bが死亡したことにより、亡Bの被告に対する上記(ア)ないし(ウ)の損害賠償請求権を各2分の1ずつ相続した。
以上によれば、被告は、債務不履行に基づき、原告らに対し、それぞれ4134万9325円の損害を賠償する義務を負っている。
イ 被告の主張
いずれも否認ないし争う。
第3当裁判所の判断
1 認定事実
証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 被告における勤務条件等
被告における正社員の就業時間については1毎月1日から月末までを変形期間とする1か月単位の変形労働時間制が採用されており、所定労働時間は1か月を平均して週44時間以内とされている。1日の所定労働時間は8時間であり、休憩時間は1時間(ただし、時間外労働をする場合には15分を加える。)である(書証<省略>)。
週休日は4週を通じて4日以上とされ、休日は当該4週間が始まる2週間前に社員に通知される。週休日のほか、特別休日として、夏季及び年末年始にそれぞれ5日間の休日が認められている。
なお、被告は、亡Bが勤務しでいた当時、労働基準法36条により従業員に時間外労働をさせる場合に締結しなければならないと定められているいわゆる36協定を締結していなかった。また、亡Bが勤務していた当時、被告は、時間外労働に従事した従業員に対し、時間外労働手当を支給していたが、休日勤務をした場合であっても、それによる割増賃金を支給していなかった。
(2) 各店舗における亡Bの業務内容
亡Bが勤務していた各店舗における従業員の業務内容は、以下のとおりである(証拠<省略>)。なお、亡Bは、当時原告らとその住所地に同居し、そこから各店舗に出勤していた。
ア c店
亡Bは、平成10年8月1日に被告に入社し、同日から3か月間を試用期間としてc店に配属され、同日から同年12月頃まで、同店において勤務した。
亡Bは、この時期の通勤には電車(自宅から最寄り駅までは主に自転車)を利用していた。
c店の営業時間は、午前11時から午後8時までの9時間であった。同店は、レンタル商品の取扱いがなく、新品及び中古のCD、CDS及びテレビゲーム機・ソフト・周辺機器・攻略本等(以下「ゲーム機等」という。)の販売を取り扱っていた。
c店において従業員が従事していた定型業務の内容は、レンタル商品の取扱いに関するものを除き、概ね後記d店における定型業務の内容と同様である。
イ d店(1回目)
亡Bは、平成10年12月頃から平成11年6月頃まで、一般社員としてd店において勤務した。
亡Bは、この時期の通勤には自動車を利用していた。
d店の営業時間は、午前11時から翌日午前1時までの14時間であった。同店は、レンタル及び販売のいずれも取り扱う店舗であり、新品・中古のCD、CDS及びゲーム機等の販売並びにビデオソフト、CD及びCDSのレンタルをそれぞれ取り扱っていた。d店には常時複数の正社員を含む十数名の従業員が在籍しており、店舗フロアには販売用のレジ2台、レンタル用のレジ2台がそれぞれ設置され、時間帯により2名ないし4名程度の従業員が勤務していた。
d店において従業員が従事していた定型業務の内容は、概ね以下のとおりである(人証<省略>)。
(ア) 開店前の業務
トイレ、店頭及び店内の清掃並びにレジ内の釣り銭準備金の確認を行う。営業時間外に返却ボックスに返却されたレンタル商品の返却処理を行う。ただし、これらの作業は、基本的にはアルバイト従業員が行うこととなっていた。
(イ) 営業時間中の業務
新品商品の販売等
a 新品商品が入荷された場合には、入庫伝票に記載されている入荷数量をレジ搭載のPOSシステムに登録し(入荷処理)、その一部を陳列棚に陳列し、残りをバックストックに置く(陳列)。新品商品が売れた場合には、バックストックから同じ新品商品を取り出して陳列棚に陳列し、常に新品商品を陳列しておく。
b 中古商品の買取、販売等
被告本社から買値が指定されている商品について買取の申出があった場合、ゲーム機であれば動作確認、ゲームソフトであれば外箱や説明書の有無、CDやCDSであれば盤面のキズの有無・程度や歌詞カードの有無等を確認し、マニュアルで指定されているランクに当てはめて当該ランクの買値を顧客に伝え、顧客がこれに応じた場合には顧客に代金を支払って買い取る。被告本社から買値が指定されていない商品については、買取の申出があっても、買取を断る。
買い取った中古商品は、透明の破れにくい袋に入れ、被告本社から指定されている売値の値札を付け、セーファーと呼ばれる防犯タグ付のケースに入れて店頭の陳列棚に陳列する。中古商品は新品商品とは異なり、バックストックには置かず、すべて陳列棚に陳列することとされていた。中古商品が売れた場合には、陳列棚を整理し、隙間ができないように中古商品を陳列しておく。1週間に1回、被告本社から送られてくるデータをもとに人気ランキングの棚にある中古商品を並べ替える。
被告本社からオンラインのPOSレジで受信する中古商品の売値の変更の指示があった場合には、当該中古商品の値札を付け替える。
c 入会・更新・会員カード再発行手続のレジ対応顧客が入会の申込みをしてきた場合には、①入会申込書(書証<省略>)に必要事項を記載してもらう、②学生証や運転免許証等の身分証明書を預かり学校名や学籍番号、公安委員会の登録番号を控える。③交付する会員カードの番号を入会申込書に記載する、④会員カード(書証<省略>)の裏面に氏名を記載してもらう、⑤入会金を受け取る、⑥会員のしおりを手渡し、顧客にその概要を説明するという一連の作業を行う。
顧客が会員カードの有効期限の更新を希望した場合には、①会員カードのバーコードを読み取り、有効期限等の登録情報を確認する、②顧客に氏名と電話番号等を質問して本人確認をする、③更新のバーコードを読み取って更新の手続をとる、④顧客から更新料金を受け取る、⑤会員カードを顧客に返すという一連の作業を行う。
顧客が紛失等による会員カードの再発行を希望した場合には、従前の会員データを利用して再度入会手続を行うこととなっていた。会員カードの再発行手続のレジ対応の作業内容等は、入会手続のレジ対応のものとほぼ同様である。
d レンタル商品の貸出レジ対応
①会員カードを受け取る、②会員カードのバーコードを読み取る、③貸出日数を確認する、④貸出日数のバーコードを読み取る、⑤レンタル商品のバーコードを読み取る、⑥レジに表示されたレンタル料金を受け取る、⑦レンタル商品を袋に入れて手渡すという一連の作業を行う。
e レンタル商品の返却レジ対応
①レンタル商品を受け取る、②レンタル商品のバーコードを読み取る、③レジに表示される延滞の有無を確認する(延滞がある場合には延滞料金を清算する。)、④レジに表示される他の貸出商品の有無を確認し、これがあれば顧客にその旨を伝えるという一連の作業を行う。
f レンタル商品の棚戻し
返却されたレンタル商品は、一時的にレジカウンターの背後にある棚に置かれるが、棚に置かれたレンタル商品が一定数量になったときや顧客が少ないときなどには、これらの商品を棚に戻す作業を行う。
g 延滞連絡
レンタル商品の返却が延滞し、返却予定日から3日程度を経過しても返却がなかった場合には、登録されている電話番号に電話をかけ、電話での連絡がつかないときは、登録されている住所に所定の葉書を送り、延滞の連絡をする。
(ウ) 閉店後の業務
当日の売上金額を確認し、売上金を店舗内の金庫に入金する。営業日報及びレンタル売上報告書を作成し(営業日報等に記入する数字はレジに搭載されているPOSシステムにより自動的に集計されている。)、被告本社にファックスで送信する。クロージングチェックシートを作成し、戸締まり等を行う。
これらの作業は、正社員及びアルバイト従業員がそれぞれ役割分担して行っていた。
ウ e店
亡Bは、平成11年6月頃から平成12年1月頃まで、e店の店長代理として同店において勤務した。
当時、e店の店長は被告本社に勤務するDであり、店長はe店において勤務することがなかったため、店長代理である亡Bが同店の業務を基本的に統括していた(ただし、亡Bが被告本社において定期的に開催されるレンタル店会議に毎回出席していたわけではなかった。)。
亡Bは、この時期の通勤には自動車を利用していた。
e店の営業時間は、午前11時から翌日午前1時までの14時間であった。同店は、レンタル及び販売のいずれも取り扱う店舗であり、生カセットテープ及び生ビデオテープ(以下「生カセットテープ等」という。)、レンタルアップ(レンタルから販売に回した商品)CD・CDS・ビデオソフトの販売並びにCD、CDS及びビデオソフトのレンタルをそれぞれ取り扱っていた。
亡Bがe店に勤務していた時期に同店に配置されていた正社員は、基本的に亡B1人だけであったが、h店のリニューアルオープンに係る作業が行われた平成11年8月半ばから同年9月頃と、亡Bが再度d店に配属となる直前の約1か月間は、亡Bの他にもう1人の正社員が配置されていた。e店には、時間帯により概ね2名ないし3名程度の従業員(多くはアルバイト従業員)が勤務していた。
e店において従業員が従事していた定型業務の内容は、概ね以下のとおりである。なお、亡Bは、そのほかに同店の店長代理として、他の従業員に対し、万引き防止等に関する指導を行っていた。
(ア) 日常業務
a 開店前の業務
上記イ(ア)と同じ。
なお、e店には返却ボックスを設置していなかったため、返却ボックスに返却されたレンタル商品の処理は、同店の作業内容には含まれていない。
b 営業時間中の業務
(a) 生カセットテープ等の販売レジ対応
①生カセットテープ等のバーコードを読み取る、②販売代金を受け取る、③生カセットテープ等を袋に入れて手渡すという一連の作業を行う。
(b) 入会・更新・会員カード再発行手続のレジ対応上記イ(のcと同じ。
(c) レンタル商品の貸出レジ対応
上記イ(イ)dと同じ。
(d) レンタル商品の返却レジ対応
上記イ(イ)eと同じ。
(e) レンタル商品の棚戻し
上記イ(イ)fと同じ。
(f) 延滞連絡
上記イ(イ)gと同じ。
(g) 入荷商品の処理
e店には、火曜日、木曜日及び金曜日にレンタル用のビデオソフトが入荷され、水曜日及び土曜日にレンタル用のCD・CDSが入荷されることとなっており、以下の手順により、入荷当日に入荷商品の加工・登録及び陳列を行っていた。
入荷されたレンタル商品を市販の状態から、CDについては本体と歌詞カードを、ビデオソフトについては本体と表紙をそれぞれ取り出してレンタル用のケースに入れ替え、当該レンタル商品のタイトル、新旧選択及びジャンルをレジ搭載のPOSシステムに登録し、防犯シール、バーコードシール及び新旧シールを当該レンタル商品に貼り付け、当該レンタル商品に貼り付けたバーコードを読み取り、レジに登録する。これらの作業は、基本的にはアルバイト従業員が行うこととされていた。
加工・登録された入荷商品を入荷当日に新作の棚に並べる。入荷から1か月程度経った商品は準新作に、2か月程度経った商品は旧作に登録を変更(①変更の対象となるレンタル商品のバーコードを読み取る、②レジに登録されている新作との情報を準新作に変更する、③レンタル商品に貼り付けられている新作のシールを準新作のシールに張り替えるという一連の作業を行う。)した上で、それぞれの棚に並べ替える。この入荷商品や登録変更された商品の陳列は、店長(e店に店長が勤務していない間は店長代理。以下同じ。)や正社員が行うことが多かった。
なお、レンタル商品のうち稼働実績が悪いものは、レンタルアップとして販売に回すが、当該店舗で販売するか他の店舗で販売するかは被告本社で決定していた。被告本社の指示があった場合、当該レンタル商品の登録情報を抹消した上で、当該店舗で販売する場合には商品として陳列し、他店舗で販売する場合には、被告本社に送ることとされていた。
c 閉店後の業務
上記イ(ウ)と同じ。
(イ) 日常業務以外の業務
a シフト表の作成
e店においては、1週間ごとにアルバイト従業員のシフトを組むこととされており、アルバイト従業員のシフト表は、店長が作成していた。
シフト表の作成は、アルバイト従業員がシフトノートに勤務希望日(曜日)及び希望時間帯を記載し、その希望どおりにシフトを組むことができない場合には、アルバイト従業員に連絡してシフトを調整するという手順で行われていた。
b 週間報告書及びビデオジャンル別売上表の作成被告においては、店長が、毎週の売上目標及び売上実績、商品管理や接客の実情等を記載した週間報告書及びビデオジャンル別売上表を作成した上、毎週日曜日にファックスで被告本社に提出することとされていた。
なお、週間報告書の売上目標は、前年比110パーセント程度の数値を記入するのが通例とされていた。また、ビデオジャンル別売上表の売上額及び枚数の各欄は、レジに搭載されているPOSシステムで自動的に集計されたものを転記し、前年比及び前月比の各欄は、上記転記した数額を電卓で計算していた。これらの作業は、定型的な用紙に定型的な事項を記入すれば概ね完成するものであり、長時間を要する困難なものではなかった。
c 備品の発注
会員カード、入会申込書、文房具等の備品が不足した場合には、毎週1回、所定の備品発注書に数量を記載して被告本社にファックスで送信するか、直接持参して提出することとされていた。この作業は、店長が行っていた。
d アルバイト従業員の募集、面接及び採用等
アルバイト従業員の募集は、店頭や店内に募集広告を貼り付けるほか、求人広告業者に時間帯、時給及び店舗の場所等を伝えて求人雑誌に広告を載せる方法で行っていた。アルバイト従業員の面接は、店舗内の事務室で行われた。なお、店長は、店舗運営に必要な人員が不足していると判断した場合、被告本社の承認を得てアルバイト従業員を採用することができるものとされていた。これらの作業は、店長が行っていた。
新たに採用したアルバイト従業員に対しては、上記日常業務の教育を行う必要があり、亡Bは店長代理としてこの教育に関わったが、アルバイト従業員への教育は、基本的にはベテランのアルバイト従業員が一緒に仕事をしながら行われていた。
e 売り場変更
1年に1回程度、陳列棚等の什器を移動して売り場のレイアウトを変更することがあった。この作業は、被告本社の許可を得た上で、店長とアルバイト従業員が協力して行うものとされていた。
f 店卸し
毎年1回、営業年度末である4月頃、店長が営業時間中に店内にあるすべてのレンタル商品の数量を数える、いわゆる店卸し作業を行うこととされていた。
なお、亡Bがe店の店長代理であった間は、被告の営業年度末をまたがなかったため、亡Bが同店の店卸し作業を行うことはなかった。
(ウ) h店の閉店・統合及びリニューアルオープン作業
被告は、平成11年8月頃、大手レンタルビデオ店の出店情報を契機として、h店を閉店し、e店に統合するという経営方針を立てた。亡Bは、Cらと協力して、その頃からh店の顧客に対する告知、延滞者の処理、h店のCD及びCDS全部並びにビデオテープの一部をe店に搬送する作業(徒歩で5分程度の距離であったため、自動車を使用せず、原則として手作業で行った。)、搬送したビデオテープ等の受入処理等を行った。h店の閉店・統合作業の途中からe店の正社員が1名増員され、亡Bは同作業に専従した。
同作業が概ね完了した同月終わり頃、被告がh店を閉店する方針を変更し、同年9月4日頃にh店をリニューアルオープンするという方針を示したことから、亡Bは、Cらとともに約2週間でh店を再開させるため、e店に搬送したビデオテープ等の再搬送及び受入処理、顧客を呼び戻すためのチラシ配布等に追われた(別紙3<省略>「時間外労働時間等一覧表」に記載のとおり、平成11年8月11日から同年9月9日までの間の亡Bの時間外労働時間は、111時間46分と被告在籍中最も長時間であった。)。
エ d店(2回目)
亡Bは、平成11年12月頃、被告を退社する決意を固めて被告に辞表を提出した。被告は、当時e店のリニューアルオープンを予定していたことから、d店の店長であったE(以下「E」という。)を通じて、亡Bに対し、Eにe店のリニューアルオープン作業を担当させ、その間亡Bにd店に勤務することを依頼した。亡Bは、上記依頼に応じ、平成12年1月頃から被告を退社した同年3月15日まで、一般社員としてd店に勤務した(なお、亡Bは、平成11年12月下旬頃から平成12年1月初旬頃のうちの約1週間、f店において勤務した。)。
この時期の通勤手段は、1回目の勤務(上記イ)と同じであった。
d店の人的・物的設備、同店における作業内容等は、上記イのとおりである。なお、d店には常時複数の正社員が在籍していたため、e店に勤務していた期間に比して、亡Bの勤務時間帯に同時に他の正社員が勤務している時間帯が多かった。
(3) 休暇、休憩時間等
亡Bは、被告在籍中に特別休日をとったことはなく、退社直前の平成12年3月6日から同月15日までの間を除き、有給休暇を取得したこともなかった。
亡Bが勤務していた各店舗において同人がどの程度休憩時間を確保することができていたかという点については、客観的な資料が存しないため、詳細な事実を認定することができないが、c店において試用期間として勤務していた期間や、複数の正社員が在籍し、勤務している正社員が亡B1人であった時間帯が比較的少なかったd店において勤務していた期間は、1日の勤務当たり概ね1時間程度の休憩時間を確保することができていたものと認められる。
他方で、証拠(書証<省略>)及び弁論の全趣旨によれば、e店の平成11年8月及び同年9月の1時間当たりの平均貸出本数は23.3本、1時間当たりの平均返却本数は25.0本であったこと、同年10月ないし同年12月の1時間当たりの平均貸出本数は14.7本、1時間当たりの平均返却本数は16.3本であったことが認められるところ、同店の営業時間中に勤務していた従業員は概ね2名ないし3名程度であり、上記貸出・返却に係るレジ対応業務のほかに延滞処理業務や販売業務に従事していたこと、そのほかに亡Bは日常業務以外の店長代理としての業務に従事していたこと、当時同店にアルバイト従業員として勤務していたFが亡Bに対し、「くれぐれもお体に気をつけて。私はBさんが無理をしすぎて倒れないかが心配です。休む時はちゃんと休んで下さいね。」と記載したメモ(書証<省略>)を手渡したことがあったことなどを併せて考慮すれば、亡Bが同店の店長代理として勤務していた期間は、その勤勉な性格も相まって、1日の勤務当たり1時間の休憩時間を確保できなかった日も少なくなかったものと推認される。
なお、証拠(書証<省略>)及び弁論の全趣旨によれば、d店には従業員が休憩することのできる部屋が設けられていたこと、e店には事務室があり、そこには休憩の際に使用可能な椅子が置かれていたことが認められる。原告らは、これらの店舗には椅子が置かれていなかったため、亡Bが壁に寄りかかって休憩していたと主張するが、このような主張は上記証拠に反するほか、原告らの主張する事実を認めるに足りる的確な証拠もなく、にわかに採用することができない。
(4) 被告における従業員の労務管理等
ア 被告においては、亡Bを含む従業員のタイムカード情報が1か月毎に被告本社に送られることとなっており、被告はこれにより各店舗の従業員の勤務状況を把握することが可能であったが、当時の各店舗における従業員の勤務日数、勤務時間及び日勤・夜勤の別等について、当該店舗の店長ないし店長代理には広汎な裁量が与えられており、被告が各店舗の従業員の勤務状況について、店長ないし店長代理に改善等の指示をすることはなかった(人証<省略>)。
イ 亡Bは、被告に在籍していた間、平成10年8月4日及び平成11年8月19日に被告の健康診断を受診した。
亡Bの血圧は、平成10年8月4日が118/70mmHg、平成11年8月19日が126/56mmHgであり、その他の検査項目についても特に異常は認められなかった。同日の健康診断当時、亡Bは、身長184.4センチメートル、体重74.5キログラムであった。
なお、亡Bは、幼少時から健康で体格が良く、大病で入院や手術をしたことはなく、日常生活においても健康なスポーツマンであった。亡Bに喫煙歴はなく、飲酒はたしなむ程度であった。亡Bの父方祖母は、87歳の時にくも膜下出血及び脳梗塞により死亡した。
(5) 被告退社後の生活状況、勤務状況等
ア 亡Bは、平成12年3月6日以降有給休暇を取得し、同月15日に被告を退社してからしばらくは、雇用保険を受給しながら、自宅で好きな時間に起きて、好きな時間に寝るという生活を送った。
その後、亡Bは、同年4月20日頃から5月末まで何度かハローワークに通い、また、インターネットや就職情報誌等で就職先を検索し、就職面接を複数回受けるなどして次の就職先を探した。
イ 同年5月中旬頃、原告X2は、亡Bが頭痛を訴えて自宅2階にある自室から自宅1階に降りてきたため、自宅1階の部屋で亡Bを休ませたところ、しばらくすると頭痛が落ち着いた様子であった。亡Bは、この頭痛について医師の診察を受けることはなかった。
ウ 亡Bは、g社の採用面接を受けて採用され、同年6月27日、正社員として同社に入社した。
亡Bは、g社への通勤に電車(自宅から最寄り駅までは主に自転車)を利用した。
g社における所定労働時間は午前9時から午後5時40分までの8時間40分、休憩時間は午後0時から午後0時50分までと午後3時から午後3時10分までの合計1時間であり、土日及び祝祭日等の休日が付与された。なお、入社してから3か月間は試用期間とされている。
亡Bは、g社の営業部に所属し、商業印刷の営業関連業務を行っており、その主な業務は、社内パソコンのメンテナンス、パソコンによる挨拶文及び案内文の作成、Eメールによる顧客の開拓、原稿の引渡し等であった。亡Bは、入社して間もなかったため、これらの業務につき事務所内で知識の習得、研修等に励んでいた。
同年6月27日以降のg社における亡Bの出勤時間、退出時間及び拘束時間は、別紙2<省略>「労働時間等一覧表(g社)」に記載のとおりである(書証<省略>)。
エ 同年8月11日、亡Bは、原告X2に対し、同日はg社の暑気払いがあったが、頭痛のため二次会には参加せず、同僚に黙って帰宅したと言って外出着のまま自宅1階に敷いてあった原告X2の布団で一時的に寝てしまった。なお、亡Bは、この頭痛についても医師の診察を受けることはなかった。
同月12日及び同月13日は土日であり、亡Bは、これに続けて同年同月14日及び同月15日に休暇(盆休み)を取得した。
オ 亡Bは、同年8月31日、同年9月5日及び同月7日のそれぞれ午後6時から午後9時まで、自ら希望して日本グラフィックサービス工業会が実施する自己啓発セミナー(全6回)に参加した。
なお、同月7日、上記セミナー参加後、亡Bが自宅に帰ったのは、電車の遅れもあったため、午後11時頃であった。
(6) くも膜下出血発症時の状況等
平成12年9月8日午前7時頃、原告X2は、自宅の布団の中で死亡していた亡Bを発見した。
亡Bの死体検案を行ったG医師(以下「G医師」という。)は、検案時の状況について、亡Bは布団の中で腹臥位の状態で死亡しており、着衣の乱れや外傷がなく、嘔吐はなく、瞳孔に左右差があり、髄液が血性であったことを認め、死因はくも膜下出血であり、死亡時刻は同日午前4時頃、発病(発症)から死亡までの時間は約30分と推定されると判断した(書証<省略>)。
亡Bの解剖は行われなかった。
(7) 医学的知見等
ア 脳及び脳血管の構造等
脳幹は、中脳、橋及び延髄に区分される。大脳と脊髄との神経線維の通り道であるだけでなく、多数の小さな灰白質領域である神経核を入れている。これらの神経核は、脳神経の核や呼吸・循環中枢を形成している。また、脳幹の全長にわたって網様体という灰白質領域があり、脳幹網様体により意識は調節されている。この領域が障害されると昏睡に陥る。また、脳幹網様体は、呼吸・循環中枢でもある(書証<省略>)。
小脳は、橋と延髄との背側にあり、中脳、橋、延髄とそれぞれ上、中、下の小脳脚で連絡している。小脳の機能は平衡機能の調整、姿勢反射の調整、随意運動の調節であり、障害されると運動が滑らかではなくなり、動作に際して振戦が起こったり、歩行時に身体がふらついたり、倒れたりする(書証<省略>)。
脳を栄養する動脈は、大動脈の弓部及びその分枝から出る。左総頸動脈は大動脈弓より、左椎骨動脈は左鎖骨下動脈より分枝する。左右の総頸動脈は腕頭動脈より、右椎骨動脈は右鎖骨下動脈より分枝する。左右の総頸動脈はそれぞれ内頸動脈を出し、内頸動脈は視神経の後方から、椎骨動脈は大後頭孔から頭腔内に入り、脳に達する(書証<省略>)。
内頸動脈は、脳底において前大脳動脈、中大脳動脈と後交通動脈に分かれる。椎骨動脈は、脳底で左右が合流し、脳底動脈となる。
イ くも膜下出血
くも膜下出血とは、頭蓋内血管の破綻によりくも膜下腔中に出血を来たす病態をいう。くも膜下出血の原因としては、脳動脈瘤、脳動静脈奇形、脳出血、頭部外傷、脳腫瘍等の頭蓋内疾患、血小板減少症や凝固異常等の出血性素因があげられる。くも膜下出血の原因の約75パーセントは脳動脈瘤の破裂である。ただし、20歳未満の若年者のくも膜下出血についてみると、脳動脈瘤破裂の割合は約半数程度で、脳動静脈奇形の破綻が約4分の1を占める(書証<省略>)。
くも膜下出血発症のピークは男性が50歳代、女性が70歳代であり、30歳未満の割合は10パーセント未満、20歳未満の若年者の割合は1ないし2パーセントと稀である(書証<省略>)。
くも膜下出血の重症度分類(ハント・アンド・コスニック)によれば、軽度の意識障害を伴うものはグレードIII、深昏睡を伴うものは最重症のグレードVに分類され、グレードが悪くなればなるほど発症時に嘔吐を伴う可能性が高い(人証<省略>)。
ウ 脳動脈瘤
脳動脈瘤には嚢状脳動脈瘤(血管分岐部に発生することが多い)と紡錘状脳動脈瘤(動脈硬化性脳動脈瘤と解離性脳動脈瘤)がある。嚢状脳動脈瘤は、脳表面を走る脳主幹動脈の分岐部(前交通動脈、内頸動脈と後交通動脈分岐部、中大脳動脈分岐部、脳底動脈先端部等)に生じやすい。紡錘状脳動脈瘤は、椎骨動脈に生じやすい。脳動脈瘤の好発年齢は、50歳代から60歳代である。動脈瘤の形成機序は完全には解明されていないが、遺伝的素因と後天的要因(脳血管障害、喫煙、高血圧等)が指摘されている。20歳未満の若年者の場合においては、後天的要因はほとんど存在せず、遺伝的要因がより重要であると考えられている。また、若年者の破裂脳動脈瘤は、内頸動脈先端部及び椎骨脳底動脈系に多いこと、巨大脳動脈瘤(椎骨脳底動脈系に多い。)の頻度が約20ないし50パーセントと高いことが特徴的である(書証<省略>)。
脳動脈瘤破裂は、突然の極めて激しい頭痛と吐気、嘔吐で発病し、意識障害を伴う。髄膜刺激症状があり、頚部硬直が認められるほか、動眼神経麻痺、片麻痺、失語等の症状も見られる。発症に先行して、患者が頭痛を経験している場合があり、この場合は軽度のくも膜下出血が先行している可能性がある。
脳動脈瘤破裂の前駆症状の中で最も重要なものは警告頭痛である。警告頭痛の出現から大出血までの期間は、約75パーセントが1か月以内であり、約55パーセントが14日以内であったとする統計がある。警告頭痛の持続時間は平均13日で、ほとんどの症例で警告頭痛の症状が消失しないうちに大出血に至る(書証<省略>)。
エ 脳動静脈奇形
脳の動脈・静脈管に毛細血管を介さない直接短絡(動静脈シャント)が見られるものを脳動静脈奇形という。脳動静脈奇形は、胎生3ないし4週間に発生する先天的な血管奇形であり、流入動脈、ナイダス(異常血管がとぐろを巻いた腫瘤)、流出静脈から構成される。
ナイダスの血管壁は弾性板や筋層の発達が悪いために薄く脆弱である。高い動脈圧が直接ナイダス及び流出静脈にかかり続けることにより、破綻や出血を起こす。
脳動静脈奇形破綻による出血の好発年齢は20歳代ないし40歳代であり、30歳代に最も多いとされている。若年者の脳内出血やくも膜下出血ではまず脳動静脈奇形の破綻を疑うとする文献もある(書証<省略>)。男女ではやや男性が多い。初発症状として最も多いのが、頭痛、吐気、痙攣である(書証<省略>)。
(8) 専門検討会報告書(書証<省略>)
従前、脳・心臓疾患を発症した労働者に対する労災保険給付については、昭和36年2月に策定され、その後、昭和62年10月の改正を経て平成7年2月及び平成8年1月に改正された「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」により業務起因性の判断が行われていたが、その後の医学的研究により、発症から近接した時期における業務による過重負荷のほか、長期間にわたる慢性ないし急性反復性の過重負荷も脳・心臓疾患の発症に重要な関わりをもつ可能性があると考えられるようになり、また、脳・心臓疾患の成因に関連して、労働者に加わる慢性の疲労や過度のストレスが血管病変を増悪させるのではないかという観点からの研究が進められたことに伴い、平成12年11月から平成13年11月にかけて、脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会の中で上記認定基準の見直しに関する検討が行われた。
上記検討会において、脳・心臓疾患の当時の現状、各疾患の病態、業務の過重負荷についての考え方、慢性の疲労や過度のストレスの評価、作業環境を含む就労態様の負荷要因と発症との関連に係る医学的知見、脳・心臓疾患のリスクファクターの評価等についての整理・検討が行われ、その検討結果として専門検討会報告書が作成された。なお、同報告書には、上記検討会における検討は、業務起因性を客観的かつ迅速に判断できるように、できるだけ医学的証拠に基づいた医学的思考過程に沿って行ったが、疲労やストレスと発症との関係についての医学的解明は、同報告書作成時においては十分なものでなく、今後の研究を待たなければならない部分も多く存在するとの記載がある。
同報告書のうち、業務の過重性の評価及び脳・心臓疾患のリスクファクターに係る部分の内容は、以下のとおりである。
ア 業務の過重性の評価
脳・心臓疾患は、血管病変等の形成、進行及び増悪によって発症する。この血管病変等の形成、進行及び増悪の要因は、加齢、食生活、生活環境等の日常生活による諸要因や遺伝等の個人に内在する要因が密接に関連する。業務による負荷は、血管病変等を形成する直接の要因とはならないものの、過重な負荷が加わることにより、発症の基礎となる血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪する場合があることは、医学的に広く認知されている。
脳・心臓疾患の発症から近接した時期における業務による過重負荷のほか、長期間にわたる過重負荷もまた、それによる睡眠不足に由来する血圧上昇等を生じさせ、脳・心臓疾患の発症の基礎となる血管病変等を自然経過を超えて著しく増悪させるという観点から、その発症に影響を及ぼすことがあり得る。
長時間労働が脳・心臓疾患に影響を及ぼす理由は、睡眠時間が不足し疲労の蓄積が生じること、生活時間の中で休憩・休息や余暇活動の時間が制限されること、疲労し低下した心理・生理機能を鼓舞して職務上求められる一定のパフォーマンスを維持する必要性が生じ、これが直接的なストレス負荷要因になること、就労態様による負荷要因に対するばく露時間が長くなることなどが考えられる。また、不規則勤務は睡眠のリズムを障害するため、不眠、睡眠障害等による生活リズムの悪化をもたらす場合が多いとする報告があり、深夜勤務についても、これが脳・心臓疾患の大きな要因となるものではないものの、生活リズムと生活リズムの位相のずれが生じ、その修正の困難さから疲労が回復しにくいということが考えられる。
長期間にわたる過重負荷との関係において、業務の過重性の評価は、原則として、発症前6か月間における就労状態を考察し、発症時における疲労の蓄積度合をもって判断することが妥当である。具体的には、労働時間、勤務の不規則性、拘束性、交替制勤務、作業環境等の諸要因の関わりや業務に由来する精神的緊張の要因を考慮して、日常業務を支障なく遂行できる同種労働者等にとっても特に過重な身体的、精神的負荷と認められるか否かという観点から、総合的に評価するのが妥当である。
このうち疲労の蓄積の最も重要な要因である労働時間に着目すると、①発症前1か月間に特に著しいと認められる長時間労働(1日5時間程度の時間外労働が継続し、概ね100時間を超える時間外労働が認められる状態)に継続的に従事した場合、①発症前2か月間ないし6か月間のいずれかの期間にわたって、著しいと認められる長時間労働(1日4時間程度の時間外労働が継続し、1か月当たり概ね80時間を超える時間外労働が認められる状態)に継続的に従事した場合には、業務と発症との関連性が強いと判断される。
発症前1か月間ないし6か月間にわたって、その日の疲労がその日の睡眠等で回復し、疲労の蓄積が生じないような労働(1日の時間外労働が2時間程度であって、1か月当たり概ね45時間を超える時間外労働が認められない状態)に従事した場合は、業務と発症との関連性が弱いと判断される。他方で、発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たり概ね45時間を超えて時間外労働時間が長くなれば長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まるものと判断される。もっとも、脳、心臓疾患の発症は、日常生活と密接に関連しているものであり、発症から遡るほど業務以外の要因が発症に関わり合うことから、疲労の蓄積を評価するに当たっては、発症前6か月より前の就業実態を示す明確で評価できる資料がある場合には、付加的な評価の対象となり得る。
1か月当たり概ね45時間を超える時間外労働に従事していない場合には、疲労の蓄積が生じないものと考えられる。また、長時間労働によって生じた疲労の蓄積は、休息により徐々に解消していくものと考えられる。
イ 脳・心臓疾患のリスクファクター
脳血管疾患の発症には血管病変が前提となり、大部分は動脈硬化が原因となる。動脈瘤や動脈硬化は、短時間に進行するものではなく、長い年月をかけて徐々に進行する。脳血管疾患が発症するメカニズムは十分解明されているわけではない。
脳・心臓疾患のリスクファクターとして、通常、常識として広く認知されているものには、是正不可能なものとして、性、年齢、家族歴(遺伝)があり、是正可能なものとして、高血圧、飲酒、喫煙、高脂血症、肥満、糖尿病がある。脳・心臓疾患は、それぞれ複数のリスクファクターの組み合わせが総合的に作用して発症するものであり、それぞれの関与の程度は個人によって異なる。
2 争点(1)(安全配慮義務違反の有無)について
(1) 労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして疲労や心理的負荷等が過度に蓄積することにより、当該労働者の心身の健康を損なう危険があることは周知のところである。したがって、使用者は、労働者との雇用契約上の信義則に基づいて、業務の遂行に伴って労働者にかかる負荷が著しく過重なものとなって労働者の心身の健康を損なうごとがないように、労働時間、休憩時間及び休日等について適正な労働条件を確保する義務を負っているものと解される。
被告は、安全配慮義務違反に係る原告らの主張は特定されておらず主張自体失当であると主張するが、原告らは、安全配慮義務違反の内容として、亡Bにつき被告が上記義務を履行していなかったことを主張するものであり、その主張が特定されていないということはできない。
(2) そこで、以下において、亡Bにつき被告が上記義務を怠ったと認められるか否かについて検討する。
ア 被告における労働の過重性
(ア) 前記前提事実(第2の2(2)ウ)のとおり、亡Bの労働時間は、試用期間であるc店においては概ね規則正しく、休日(検討の便宜上、連続して24時間以上業務から開放されていれば休日1日と認めることとする。)も1か月当たり8日が確保されていたが、平成10年12月頃にd店に配属されてからは、日勤(開店から夕方までの早番勤務)と夜勤(夕方から閉店までの遅番勤務)のシフトが混在するようになり、午前2時以降に退出した日の午前8時台ないし午前9時台に出勤することがあったり、13日連続の勤務(平成11年4月22日から同年5月4日まで)に従事するなど、亡Bの労働時間は次第に不規則なものとなっている。さらに、e店の店長代理として同店に配属された平成11年6月頃からは、労働日の大半が夜勤となったことに加えて、休日も1か月当たり8日を確保することができなくなっている。また、1日の休憩時間を1時間として仮に計算した30日当たりの時間外労働が90時間を超える期間(平成11年8月11日から同年9月9日まで、同年9月10日から同年10月10日まで、同年10月11日から同年11月8日まで)や、休日を1か月当たり3日しか確保できない月(平成11年10月)があったり、夜勤12日を含む14日連続の勤務(平成11年10月7日から同月20日まで)に従事するなど、亡Bの労働は過酷さを増している。その後、再びd店に配属された平成12年1月頃からも、亡Bの長時間労働、不規則勤務及び深夜勤務は解消されていない。
なお、平成11年5月13日から平成12年3月7日までの間の労働について、1日の休憩時間を1時間として仮に計算した亡Bの30日当たりの時間外労働時間は、別紙3<省略>「時間外労働時間等一覧表」に記載のとおりである(なお、亡Bがe店に勤務していた期間において、同人が1日の勤務当たり1時間の休憩時間を確保できなかった日が少なくなかったことは、前記のとおりである。)。
以上のとおり、亡Bは、d店に配属された平成10年12月頃から、次第に日勤と夜勤の不規則勤務を繰り返すようになり、e店に配属された平成11年6月頃からは、休日も十分に確保されないまま不規則勤務及び深夜勤務を含む長時間労働に従事することが常態となっていたものと認められる。
長時間労働が労働者に睡眠時間の不足による疲労の蓄積やストレス等をもたらし、不規則勤務及び深夜勤務がそれぞれ生活リズムの悪化や疲労回復の困難をもたらすとされていることは前記認定事実(第3の1(8)ア)のとおりである。亡Bは、e店勤務となってからは日常業務に加えて店長代理としての業務を行わなければならない立場となり、その後相当長期間にわたって長時間労働、不規則勤務及び深夜勤務に従事していたこと、平成11年8月頃から同年9月4日頃までの間は、通常の業務とは異なり、h店の閉店・統合及びリニューアルオープン作業(同作業は手作業による部分が多く、また、気候的にも消耗が激しい時期であったため、亡Bに対する肉体的な負担も大きかったものと推認される。)に従事したことに照らせば、少なくとも亡Bがe店勤務となってからの労働は、肉体的にも精神的にも亡Bの疲労を蓄積させる過重なものであったと認められる。
この点について、被告に勤務することとなった以降、b株式会社に勤務していた頃と比べて、次第に亡Bが友人との交友を持つこともなくなり、自宅においても疲れた様子を見せ、不機嫌な態度を示すことが多くなったという原告X2の供述は、当時亡Bが従事していた上記業務内容等に整合し、十分に信用することができる。
(イ) これに対して、被告は、被告における亡Bの労働は密度が低く、精神的緊張を伴わないものであり、過重なものであったとはいえないと主張する。
確かに、被告における亡Bの業務は、レジ等における顧客対応が中心であり、また、業務の性質上、顧客が多数来店している時間帯とそうでない時間帯とがあり、その間で繁忙の程度が異なるものと推認されることに加えて、入荷商品の処理や棚戻しについても、ある程度自らのペースで行うことが可能な業務であるから、日常業務に関する限り、亡Bがその労働時間中、常に精神的緊張を伴う業務に従事していたとは認め難い。
しかしながら、亡Bは被告の正社員として各店舗に勤務していたものであり、特にe店においては、店長代理という立場ではあったが実質的には同店の責任者であったことからすると、亡Bは、労働時間中、アルバイト従業員の勤務状況や顧客の来店状況など店舗全体の状況を把握した上で、アルバイト従業員に対して適宜状況に応じた必要な指示を行ったり、顧客への対応を行ったりするために一定の精神的緊張を保っている必要があったものと認められるから、上記日常業務の内容のみによって亡Bの肉体的負担及び精神的負担を推し量ることは相当でない。また、前記認定事実(第3の1(2)ウ)のとおり、亡Bは、日常業務以外の店長代理としての業務に加えて、平成11年8月から同年9月にかけて、h店の閉店・統合作業及び方針変更によるh店のリニューアルオープン作業という肉体的な負担の大きい業務にも従事していたものであり、これらの事情と上記(ア)で指摘した長時間労働、不規則勤務及び深夜勤務の程度等を併せて考慮すれば、e店における亡Bの労働が過重なものであったことは明らかである。
イ 被告の労務管理
使用者が負っている労働者の適正な労働条件を確保する義務には、労働者に対して過重労働を強制しないという義務のみならず、過重労働に陥っている労働者に対して、当該労働者の労働時間、休憩時間及び休日等に照らしてその労働が過重なものとならないよう適切に労務管理権限を発動する義務も含まれると解される。
ところが、前記認定事実(第3の1(4))のとおり、被告は、1か月毎に送られてくるタイムカード情報により、各店舗の従業員の勤務日数等の勤務状況を容易に把握することが可能であり、上記アのとおり亡Bが過重労働に従事していたことを容易に認識し得る立場にあったにもかかわらず、当時各店舗の従業員の勤務状況につき店長ないし店長代理に改善等の指示をすること自体がそもそもなかった。亡Bについても、過重労働により心身の健康を損なうことのないように、労働時間等につき亡Bの業務量等を踏まえた具体的な検討が行われた形跡は証拠上認められず、被告が、亡Bの勤務状況を改善するに足りる人員を補充したり、亡Bの業務量を軽減するよう指示するなどの具体的な措置を講じた事実は認められない(なお、e店において、亡Bの他にもう1人の正社員が配置されたことがあったが、これは亡Bら従業員の健康に配慮して行われた業務量軽減のための措置というよりも、主に営業活動の維持ないし促進を目的とした人員配置であったと認められる。)。
したがって、被告が適切にその労務管理権限を発動したとは到底認められないから、被告は、亡Bの適正な労働条件を確保する義務を怠ったものと認められる。
なお、過重労働による肉体的負担及び精神的負担は、必ずしも健康診断の結果に現れるとは限らないのであるから、平成11年8月19日までに計2回行われた亡Bの健康診断の結果、健康状態に異常がなかったことは、被告が亡Bの適正な労働条件を確保する義務を果たしたとする根拠にはならないというべきである。
(3) 小括
以上のとおり、被告は、過重労働に陥っている亡Bに対し、その適正な労働条件を確保する義務を怠り、その結果、同人は肉体的にも精神的にも疲労を蓄積させる過重な労働に継続的に従事することとなったものであり、この点について、被告に安全配慮義務違反があると認められる。
3 争点(2)(安全配慮義務違反と死亡との因果関係の有無)について
(1) 次に、亡Bの過重労働と死因であるくも膜下出血発症との間に相当因果関係が認められるか否かについて検討する。
まず、亡Bが発症したくも膜下出血の原因について、原告らは脳動脈瘤の破裂であると主張し、被告は脳動静脈奇形の破綻の可能性が最も高いと主張するので、この点について検討する。
ア 前記認定事実(第3の1(7)イ)のとおり、くも膜下出血の原因の約75パーセントは脳動脈瘤破裂であるとされているものの、その好発年齢は50歳代から60歳代と高く、若年者に関しては、脳動静脈奇形の破綻の割合が相対的に高まっていることからすると、27歳の若さで発症した亡Bのくも膜下出血の原因として、脳動静脈奇形の破綻の可能性を軽視することはできないというべきである。
イ また、脳神経外科医であるH医師(以下「H医師」という。)は、亡Bの死体検案状況等から見て、亡Bのくも膜下出血の原因として最も可能性が高いのは、小脳・脳幹部の脳動静脈奇形の破綻であると結論づけている(証拠<省略>)。その意見の内容は、概ね以下のとおりである。
(ア) 重症度の高いくも膜下出血を発症した患者のほとんどは嘔吐してもがくにもかかわらず、死体検案時において、亡Bが布団の中で腹臥位の状態で死亡しており、着衣の乱れがないという状況が認められたことからすると、亡Bは、頭蓋内出血により直接に脳幹部が損傷され、あるいは瞬時に脳幹部が虚血に陥り、瞬時に昏睡状態になるとともに、呼吸停止や致死性不整脈を来たしたと考えられる。
(イ) 亡Bの死後に瞳孔不同が認められたことは、くも膜下出血発症から死亡までの短時間に動眼神経麻痺による瞳孔不同が生じたことを意味する。そして、亡Bが瞬時に昏睡状態に陥りごく短時間のうちに死亡していることからすると、頭蓋内圧の亢進や脳ヘルニアの進行による動眼神経麻痺(これらは動眼神経麻痺を生ずるまでに一定の時間を要する。)は考えにくく、頭蓋内出血によって直接に動眼神経核が破壊されたと考えられる。
(ウ) 後頭蓋窩で動脈性出血があれば、上記(ア)のとおり、脳幹部が直接損傷され、あるいは後頭蓋窩の急激な脳圧の上昇によって脳幹部が瞬時に虚血に陥ることになる。また、動眼神経核は脳幹部を構成する中脳の背側にあり、上記(イ)のとおり、これが頭蓋内出血によって直接に破壊されていることからすると、脳幹部を擁する後頭蓋窩で出血が起こったと考えられる。
したがって、亡Bの発症したくも膜下出血としては、後頭蓋窩の動脈性出血(椎骨・脳底動脈瘤の破裂、小脳・脳幹部の脳動静脈奇形の破綻等)のほかには考えられない。
(エ) 動眼神経核は中脳の背側にあり、椎骨・脳底動脈は中脳の腹側を走行しているから、椎骨・脳底動脈瘤の破裂により動眼神経核が直接破壊されることはない。
亡Bは発症当時27歳であり、20歳代の発症に限れば、小脳・脳幹部の脳動静脈奇形の破綻の頻度の方が椎骨・脳底動脈瘤の破裂の頻度よりも高い。
小脳・脳幹部の脳動静脈奇形の破綻は血性髄液という死体検案状況とも矛盾しない。
(オ) 以上の考察から、亡Bが発症した頭蓋内出血の中で最も可能性が高いのは、小脳・脳幹部の脳動静脈奇形の破綻である。
ウ I医師の意見書(書証<省略>)及びJ医師の意見書(書証<省略>)も、主として亡Bがくも膜下出血発症時において若年であったことに着目し、くも膜下出血の原因として、脳動静脈奇形の破綻の可能性を否定することはできないとした上で、その原因が脳動脈瘤破裂であったとしても、脳動静脈奇形の破綻であったとしても、発症時期の点から、被告における業務が原因となり発症に至ったとはいえないとする。
上記3名の医師の意見は、いずれも亡Bのくも膜下出血の原因が脳動静脈奇形の破綻である可能性を指摘するものであり、その原因が脳動脈瘤破裂である可能性を否定するものではない。そもそも、亡Bについては解剖が行われておらず、亡Bのくも膜下出血の原因を特定するための十分な資料が整っているとはいい難い。このような中で、数少ない資料である亡Bの年齢や死体検案状況等から、医学的知見に照らして、亡Bのくも膜下出血の原因として脳動静脈奇形の破綻の可能性が十分に考えられるというのであるから、本件証拠上、亡Bの死因であるくも膜下出血の原因を脳動脈瘤破裂又は脳動静脈奇形の破綻のいずれかに特定することはできないというべきである。
エ これに対して、K医師(以下「K医師」という。)作成の「B氏のくも膜下出血に関する意見書」(書証<省略>)及び「意見書に関する照会事項および回答書」と題する書面(書証<省略>)、同医師の東京地方裁判所において行われた証人尋問における証言(書証<省略>。同裁判所平成20年(行ウ)第575号・遺族補償給付不支給処分取消等請求事件。)、L医師作成の意見書(書証<省略>)及びM医師ほか3名(K医師を含む。)作成の意見書(書証<省略>。以下「医師団意見書」という。)は、それぞれ脳動静脈奇形の破綻を原因とするくも膜下出血は脳動脈瘤破裂を原因とするそれに比してはるかに少ないとする統計結果や、脳動静脈奇形の破綻による出血は主として静脈性出血であり、その病態の進行は脳動脈瘤の破裂に比して通常緩徐であり、出血による死亡率も低いとされていることなどを理由に、いずれも亡Bのくも膜下出血の原因は脳動静脈奇形の破綻ではなく脳動脈瘤破裂であるとする。
しかしながら、亡Bのくも膜下出血発症時の年齢を考慮すると、統計上も亡Bのくも膜下出血の原因として脳動静脈奇形の破綻の可能性を軽視できないことは前記のとおりであるし、脳動静脈奇形は動静脈シャントを伴う血管奇形であり、脳動静脈奇形の破綻による出血であるということとその出血が動脈性出血であることは直ちに矛盾しないのであるから、上記K医師らの意見によっても、亡Bのくも膜下出血の原因が脳動静脈奇形の破綻であることの合理的な疑いを排斥することはできず、上記ウの判断を覆すには足りないというべきである。
(2) そこで、亡Bの死因であるくも膜下出血の原因が脳動脈瘤破裂又は脳動静脈奇形の破綻のいずれかに特定することができないことを前提として、被告における過重労働により亡Bがくも膜下出血を発症したといえるか否かについて検討する。
ア 上記判示(第3の2(2))のとおり、亡Bがe店において勤務していた間の労働は、睡眠不足による疲労の蓄積やストレス、生活リズムの悪化や疲労回復の困難等をもたらす過重なものであり、このような過重労働が亡Bの脳動脈瘤又は脳動静脈奇形をその自然を超えて著しく増悪させ、これらを破裂又は破綻させる場合があるという意味において、亡Bのくも膜下出血の原因になり得ることは否定できない。
この点について、脳動静脈奇形は先天的な血管奇形であり、その破綻の主たる原因は奇形血管の脆弱性にあると考えられるが、このことは直ちに脳動静脈奇形が破綻する過程において後天的要因の影響を一切受けないということを意味しないのであるから、亡Bのくも膜下出血の原因が脳動静脈奇形の破綻であったとしても、被告における過重労働がその破綻の原因である可能性を否定することはできないというべきである。
イ 前記認定事実(第3の1(5))のとおり、亡Bは、被告退社後g社に就職するまでの約3か月間は次の就職先を探してハローワーク等に通っていた期間があるものの、基本的には自宅で好きな時間に起きて、好きな時間に寝るという生活を送っていた。また、g社就職後の亡Bの労働は、出勤時間が規則的であり、深夜勤務はなく、退出時間、拘束時間に照ら」しても全体として過重労働といえるようなものであったとは認められない。さらに、g社における亡Bの勤務状況についても、特に異常な点は見出し難い。
このように、本件は、被告退社後約3か月間の非就労期間を経て、被告退社から約6か月後にくも膜下出血を発症したという事案であり、この間にくも膜下出血をその自然を超えて著しく増悪させる明らかな後天的要因が証拠上認められないにもかかわらず、その発症に至っているという点に大きな特徴がある。このような事案においては、過重労働とくも膜下出血発症との時的関係から直ちにその発症の原因が過重労働によるものであることが推認されるものではないから、本件において、被告における過重労働がくも膜下出血発症の原因であるといえるためには、被告における過重労働の影響が、被告退社後くも膜下出血発症時まで何らかの形で亡Bに残存していたことが証拠上認められる必要がある。そこで、以下においては、このような観点から、さらに被告における過重労働とくも膜下出血発症との因果関係について検討する。
なお、原告らは、亡Bが平成12年5月中旬頃及び同年8月11日に発症した頭痛はいずれも警告頭痛であるとして、脳動脈瘤破裂の発症時期は同年5月中旬頃であると主張するが、上記各頭痛については、いずれも医師の診察を受けるに至っておらず、症状の詳細が明らかでないほか、前記認定事実(第3の1(7)ウ)のとおり、警告頭痛を発症した場合には約75パーセントが1か月以内、約55パーセントが14日以内の短期間で大出血に至るとされていること、警告頭痛の持続時間は平均13日であることからすると、上記各頭痛が警告頭痛であるかそれ以外の原因による頭痛であるかを特定することは困難であるといわざるを得ず、上記各頭痛がいずれも警告頭痛であることを前提とする原告らの上記主張を採用することはできない。
ウ(ア) 被告における過重労働の影響について、まず蓄積疲労の回復という点から見るに、被告退社後約3か月間(亡Bが取得した有給休暇を含めると、3か月間半を超える。)の非就労期間は、客観的合理的に見て蓄積疲労を回復させるに十分な期間であることからすると、亡Bの蓄積疲労は、この非就労期間を通じて相当程度回復が図られたものと認められる。
この点について、N(財団法人労働科学研究所慢性疲労研究センターセンター長、主任研究員)の鑑定書(書証<省略>。以下「N鑑定書」という。)は、被告における過重労働により睡眠構築バランスが崩壊し、慢性疲労状態に陥ったが、その易疲労性が非就労期間にも回復せず、g社への再就職等により慢性疲労状態が再び進展し、睡眠構築バランス不良が限界に達する中で血行力学的な脆弱性が限界に達し、脳・心臓疾患を発症させたとする。
しかしながら、専門検討会報告書においても、過重労働に従事していた労働者について、その負荷がなくなれば蓄積疲労が徐々に解消し、回復するということは当然の前提とされており、これに反して、亡Bが被告退社時に慢性疲労状態に陥っていたことや、非就労期間を通じて亡Bの蓄積疲労が回復していなかったことを示す身体的所見は証拠上認められない。非就労期間中の亡Bの睡眠時間は十分に確保されていたものと認められ、g社における就労状況その他の生活状況に照らしても、亡BがN意見書のいうような慢性疲労状態であったと認めることはできない。
(イ) もっとも、被告における過重労働により、被告退社時において既に亡Bの病態に不可逆的な変化が発生していた場合には、蓄積疲労の回復によってもこのような不可逆的変化は改善されないから、過重労働の影響がくも膜下出血発症時まで残存し、その発症をもたらしたとみる余地がある。したがって、被告にお、ける過重労働の影響の有無を判断するに当たっては、脳動脈瘤破裂及び脳動静脈奇形の破綻に至る機序に照らして、被告における過重労働により亡Bにこのような不可逆的変化が生じていたといえるか否かという点についても検討する必要がある。
a そこで、まず脳動脈瘤破裂について見るに、前記認定事実(第3の1(7)ウ)のとおり、脳動脈瘤の形成機序は完全には解明されておらず、脳動脈瘤破裂の原因についても定説はないといってよい(証拠<省略>)。
脳動脈瘤の発生・成長・破裂の各過程と高血圧との関係については、関連性をいずれも肯定する見解がある一方で、高血圧は脳動脈瘤の発生・成長には関連せず、破裂の引き金になるという限度においてのみ関連性を有するとする見解があり、見解の一致を見ないが、仮に、関連性を肯定する見解を採用したとしても、前記認定事実(第3の1(4)イ)のとおり、被告における健康診断において亡Bに高血圧は認められず、そのほかに被告就労中に亡Bが高血圧であったことを認めるに足りる証拠はないから、高血圧が亡Bの病態に不可逆的な変化をもたらしたとは認められない。
なお、医師団意見書には、亡Bが仮面性高血圧であった可能性があるとの指摘があるが、あくまでも可能性の指摘にとどまるものであり、これを裏付ける証拠はないから、本件において、亡Bが仮面性高血圧であったことを因果関係判断の前提とすることはできない。
脳動脈瘤の発生にずり応力(血管壁に対して平行に働く力)が影響するとの有力な見解があり(証拠<省略>)、医師団意見書は、この見解を前提として、被告における過重労働がもたらす精神的緊張によって亡Bの血管内のずり応力が上昇し、脳動脈瘤の壁が脆くなってこれが破裂準備状態に至ったとする。しかしながら、高血圧を伴わない精神的緊張等の精神活動がどの程度くも膜下出血の発症に影響するかという点の関連づけは困難であるとの文献があるほか(証拠<省略>)、精神的緊張とずり応力上昇の関係や、精神的緊張がもたらすずり応力上昇の程度等についても医学的な裏付けに乏しく、また、被告における健康診断の結果以外に被告就労時における亡Bの身体的所見を裏付ける客観的証拠が存しないことからすると、上記意見は推測の域を出ないといわざるを得ない。
K医師は、被告における過重労働により疲労が蓄積し、血管壁に対する修復機能が働かなくなり、動脈壁が脆い硝子様構造物に置き換わってしまったことが、亡Bの脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の原因であるとする(書証<省略>)。しかしながら、既に判示したとおり、脳動脈瘤の形成機序やその破裂の原因については未だ解明されていない点が多いことに加えて、前記認定事実(第3の1(7)ウ)のとおり、亡Bのくも膜下出血発症時の年齢からして、その原因が先天的な血管の脆弱性等の遺伝的要因にある可能性を無視することはできない。さらに、被告就労時において亡Bに高血圧の症状は認められず、血管内に脳動脈瘤を増悪させる程度のずり応力が働いていたことを裏付ける証拠もない。亡Bの脳動脈瘤が被告における過重労働により硝子様構造物に置き換わったというのは推測に過ぎず、証拠上このような事実を認めることはできない。
b 次に、脳動静脈奇形の破綻について見ても、被告における過重労働の影響という観点からは、その病態の性質上、先天的な血管の脆弱性が破綻の原因である可能性が高いということを除き、脳動脈瘤破裂と大きく異なるところがあるとは認められない。
したがって、上記aにおいて判示したことは、くも膜下出血の原因が脳動静脈奇形の破綻であった場合においても、概ね妥当するものと認められる。
(ウ) 以上によれば、亡Bのくも膜下出血の原因が、脳動脈瘤破裂又は脳動静脈奇形の破綻のいずれであったとしても、被告における過重労働によって亡Bの病態に不可逆的な変化が発生し、これがくも膜下出血の発症をもたらしたとは認められない。
(3) 小括
以上のとおり、亡Bについては解剖が行われておらず、生存時の身体的所見に関するその他の資料も乏しいほか、脳動脈瘤破裂及び脳動静脈奇形の破綻に関する医学的知見並びに亡Bの年齢及び証拠上認定することができる身体的所見に照らして見ても、被告を退社してから約6か月を経過した後に発症したくも膜下出血について、被告における過重労働とは関係しない遺伝的要因その他の先天的要因等がその発症の原因であることの合理的な疑いを排斥することはできず、被告における過重労働の影響が、被告退社後くも膜下出血発症時まで亡Bに残存していたことを証拠上認めることはできない。
したがって、被告の安全配慮義務違反と亡Bの死亡との間に相当因果関係は認められない。
4 もっとも、被告の安全配慮義務違反により、亡Bが肉体的負担及び精神的負担を伴う過重労働に従事させられたことは前記のとおりである。そして、被告の安全配慮義務違反は明白であること、亡Bが従事した過重労働の期間はその負担の程度に照らして短期間とはいえないこと、他方で、亡Bの蓄積疲労は非就労期間を通じて相当程度回復が図られたことなど、本件に現れた一切の事情を斟酌すると、これにより亡Bが被った精神的損害に対する慰謝料の額は、120万円とするのが相当である。
原告らは、亡Bが死亡したことにより、亡Bの被告に対する上記慰謝料に係る損害賠償請求権を各2分の1ずつ相続した。
したがって、被告は、債務不履行に基づき、原告らに対し、それぞれ60万円及びこれに対する平成19年5月19日(遅延損害金の起算日は、訴状送達日の翌日とする。)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による損害を賠償する義務を負うことになる。
5 以上によれば、原告らの請求はそれぞれ上記の限度で理由がある。
よって、原告らの請求をそれぞれ上記の限度で認容し、その余の請求をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 窪木稔 裁判官 山口信恭 裁判官 川﨑慎介)
別紙<省略>