大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

さいたま地方裁判所 平成20年(ワ)1344号 判決 2009年12月25日

住所<省略>

原告

訴訟代理人弁護士

福村武雄

神野直弘

若狭美道

池本誠司

福岡市<以下省略>

被告

アレンジ興産株式会社

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

川戸淳一郎

滝田裕

主文

1  被告は,原告に対し,1077万9336円及びこれに対する平成17年3月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを10分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決は,原告勝訴部分に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

(主位的請求)

被告は,原告に対し,1317万4744円及びこれに対する平成17年3月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(予備的請求)

被告は,原告に対し,1317万4744円及びこれに対する平成14年3月14日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  原告は,コスモフューチャーズ株式会社(コスモフューチャーズ)と先物取引委託契約を締結し,商品先物取引を行ってきたところ,主位的には,同社従業員の勧誘行為,受託行為は違法な行為であり,社会的相当性を逸脱した行為であって,不法行為が成立し,同社は民法715条1項により損害賠償責任を負うと主張して,同社を承継した被告に対し,損害賠償として,原告が被った損失1197万7040円,弁護士費用119万7704円の合計1317万4744円及びこれに対する取引終了日である平成17年3月16日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,予備的には,コスモフューチャーズは原告に対し善管注意義務や誠実公正義務を負うところ,同社の行為は上記義務に反しており債務不履行となると主張して,同社を承継した被告に対し,損害賠償として上記1317万4744円及びこれに対する取引開始日である平成14年3月14日から商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。

2  前提となる事実(証拠を示した事実以外は,当事者間に争いがない。)

(1)  原告は,昭和24年○月○日生まれの女性である。(乙6)

(2)  コスモフューチャーズは,商品取引所法に規定する商品取引所に上場されている商品及び商品指数並びにオプション取引等の売買,受託,仲介又は代理等を業とする株式会社である。

コスモフューチャーズは,平成17年10月1日,株式会社USS証券に吸収合併され,同社は平成19年3月11日に会社を分割し,証券取引部門がUSS証券準備株式会社に,商品先物取引部門が株式会社USSひまわり(被告)に商号変更し,同社は平成20年5月1日に現商号に変更した。(弁論の全趣旨)

(3)  原告は,平成14年3月13日,コスモフューチャーズとの間で先物取引委託契約を締結し,同月24日,証拠金として80万円を入金し,同社に委託して商品先物取引を開始し,同日から平成17年3月16日まで,別紙建玉分析表記載のとおり取引を行った(本件取引)。その間,原告は,別紙入出金明細書記載のとおりコスモフューチャーズに入金し,同社から払戻しがあった(甲2,乙3,4)。その結果,売買損益として127万4600円の損失を被り,委託手数料として1019万2800円(税込みで1070万2440円)かかり,合計1197万7040円の損失を被った。

3  争点

(1)  コスモフューチャーズ従業員の勧誘・受託行為は社会的相当性を逸脱した違法な行為か。

(原告の主張)

商品先物取引には,投機性が極めて強く,決済のタイミングについて迅速,的確に分析・判断しなければならないなどの,危険性,特殊性があることから,先物取引業者には以下のような注意義務がある。本件取引の経緯によると,以下のとおり,本件取引のほぼ全体にわたって,コスモフューチャーズ従業員による違法な勧誘・受託行為が繰り返されているといえる。

ア 適合性原則違反

先物取引業者は,先物取引に関する知識や経験がなく,業者の提供する情報,判断に依存せざるを得ない一般投資家を勧誘するにあたっては,先物取引の仕組みや危険性を理解し,自主的に判断できる能力と余裕資金を有する者のみを対象とすべきであり,顧客の生活状況,判断力,理解力,資力状況,投資意思から判断して,先物取引を行うことがふさわしくない者に対しては,取引の勧誘及び受託をしないようにすべき注意義務を負っている(適合性原則)。

原告は,高リスクで複雑な先物取引に関する知識も判断能力も有していなかったことは明らかであり,コスモフューチャーズ従業員らの原告に対する先物取引の勧誘行為は適合性原則に違反するもので,違法である。

イ 重要事項不告知,説明義務違反

原告は,本件取引開始時において,先物市場の相場動向について,独自に情報を収集し判断する能力も手段もなかったのであるから,コスモフューチャーズ従業員には,原告を勧誘して取引を開始するにあたっては,先物取引の仕組みや危険性に関する重要事項を十分に説明する義務があった。この先物取引の仕組みや危険性の説明とは,単に相場変動によって大きな損失が生じるといった抽象的な説明ではなく,証拠金比率,差金決済制度,追証拠金制度,特殊な取引手法の意義と利害損失,相場変動の要因と実際の変動実績など,先物取引の投機性の高さと損益の計算を自ら認識,判断できる程度の説明でなければならない。

しかし,コスモフューチャーズ従業員らは,原告に対し,先物取引の利益面ばかりを強調し,先物取引の仕組みやリスクについては十分な説明をせず,原告は,証拠金取引の意味や限月などの先物用語の理解もほとんどできていなかった。また,コスモフューチャーズ従業員は「1か月くらいで利息を付けて返せますから。」と述べており,虚偽の説明すら行っている。したがって,コスモフューチャーズ従業員の勧誘行為には,原告に対して上記の重要事項を告知せず,説明義務に違反した違法性がある。

ウ 断定的判断の提供

先物取引は,経済動向や取引参加者の思惑によって相場変動が著しく変動するものであり,将来の確実な予測は本質的にできないものであるから,「必ず利益が得られる」とか「必ず損を取り戻す」などという断定的な判断を提供することは,先物取引の投機的本質を誤認させる不実の告知として禁止されており,違法な勧誘方法である。

しかし,コスモフューチャーズ従業員は,原告に「今はトウモロコシの状態が良い。」「春はトウモロコシが上がる。」などと断定的判断の提供を行い,その旨の資料を見せるなどして,取引を開始するよう勧誘した。上記勧誘行為は,断定的判断の提供として,違法な行為である。

エ 新規委託者保護義務違反

先物取引業者は,新規委託者を保護するため,顧客の生活状況,判断力,理解力,資力状況,投資意欲から判断して,商品取引開始後一定期間は,受託を数量的に制限し,習熟度に応じて段階的に受託数を増加させるべき注意義務を負っている。

本件では,原告は,夫と死別した後,預貯金と遺族年金で生活を維持していた状態であるから,基本的に投資可能資金といえるような余裕資金はなかった。それにもかかわらず,コスモフューチャーズ従業員は,取引開始から2日目には200万円を入金させ,同額の証拠金を必要とする取引を行っており,取引開始から2か月未満の平成14年5月7日には800万円もの証拠金を要する取引を行わせている。よって,上記コスモフューチャーズ従業員の行為は,新規委託者保護義務に違反することは明らかである。

オ 無断,一任売買の禁止違反

先物取引は極めて投機性が高い取引であるから,あくまでも委託者の自主的な意思決定によって行わなければならず,業者は取引継続中に各売買取引を受託するに際しては,委託者自身が,商品名だけではなく建玉の枚数や限月や約定価格や必要証拠金額などを具体的に把握した上で,委託者の自主的な意思決定による注文を受けなければならない。業者が積極的に取引の一任を勧誘することは,取引方法の違法性を推認させる重要な事情といえる。

本件においては,当初から原告は,先物取引における十分な知識を有しておらず,具体的な取引の種類,期限,数量等を把握し,それに基づき,原告からコスモフューチャーズの担当者に取引を指示したことはない。よって,本件において一任売買が存在したことは明らかである。

カ 両建,両落ちの勧誘

両建は,現在の損失を固定する意味しかなく,後日,売建玉と買建玉をそれぞれ有利なタイミングで仕切ってこそ意味があるが,既存の建玉を一度仕切った上で,改めて新規に売買を行うのと同じリスクを伴うものであり,むしろ,一時に証拠金や手数料が2倍かかる点では負担が大きい不合理な売買手法である。

また,両落ちは,両建を行う本来の目的を自己否定する処理方法であり,合理的な理由が認められない最悪の処理方法であって,委託者にことさら不利益を及ぼす不当な処理である。

本件では,取引開始後間もない平成14年5月1日に両建がなされたのを始めとして,全部で35件もの両建が行われている。また,両落ちは,同月24日を始めとして,合計16回も行われている。よって,コスモフューチャーズ従業員が原告に対して行ってきた勧誘行為の違法性は明らかである。

キ 特定売買の勧誘

「直し」「途転」「日計り」「両建」「手数料不抜け」の手法は特定売買と呼ばれ,業者の売買取引状況をチェックする指標となり,このような不合理な売買が多用されている場合は,委託者の利益を考慮せずに業者の利益(主に手数料)を計る方向で誘導された取引であることが推認される。

本件においては,特定売買比率が76.51パーセント(特定売買回数127回,全取引回数166回)であり,その取引量が異常に多い。

ク 不当な増し建玉(利乗せ建玉)の勧誘

利乗せ建玉は,業者側が手数料稼ぎの目的で取引を拡大させ,顧客に確実に損失を生じさせるというものであるから,信義則上違法であり,また,これは委託者の意思に反しているといえることから,禁止されていると解される。

本件においては,利益金が証拠金に振り替えられて取引が拡大されており,違法性を有することは明らかである。

ケ 無敷,薄敷

先物取引には十分な資力を有する者だけが参加すべきであり,証拠金を預託できない者は適格性に欠けるというべきであるから,証拠金の制度は,不適格者を市場から排除することによって,委託者の保護を図ることを趣旨とするものである。また,証拠金の制度は,商品取引員が証拠金の預託を受けずに取引をすることによって,自社の経営基盤を危殆化ならしめ,委託者に不測の損害をもたらすことを防止するという趣旨もある。したがって,商品取引員には,無敷,薄敷による取引をしてはならない義務がある。

本件では,平成14年5月1日から同月6日まで,東京穀物コーンの売玉50枚につき,無敷の状態となっており,違法である。

以上のとおり,コスモフューチャーズ従業員は,先物取引について十分な知識や経験がなく,また,特段の情報を収集する術もなく,商品取引のガイドや受託契約準則等を十分理解する知識経験のない原告に対し,利益が得られるなどと言って,本件取引を行うように勧誘し,その後も,習熟期間とされる3か月の間に取引を次々と拡大させて,原告に多大の損害を与えたものである。

本件においては,売買回転率が4.53回(全取引件数166回,全取引期間1099日,月平均×30日),特定売買比率が76.51パーセント,損金に占める手数料の割合(手数料(税込み)化率)が89.36パーセント(手数料(税込)合計1070万2440円,差引損益合計マイナス1197万7040円)にのぼっており,その割合は異常に高い。この取引経過からしても,コスモフューチャーズ従業員は,原告に先物取引の知識,経験がなく,従業員の提供する情報に一任せざるを得ない状況にあることに乗じて,断定的判断の提供と一任売買の受託によって不合理な売買取引を頻繁に繰り返し,原告が預託した証拠金の多くを被告の委託手数料として取り込んだことは明らかである。

したがって,コスモフューチャーズ従業員の一連の勧誘・受託行為は,社会的相当性を逸脱した行為として,全体として違法なものであり,不法行為が成立する。

(被告の反論)

商品先物取引がハイリスク・ハイリターン取引であることは自明のことである。商品先物取引業者に取引受託者として一般的な注意義務等を負担していることは認めるが,コスモフューチャーズに注意義務違反はない。

コスモフューチャーズ従業員であったBは,平成14年3月13日に原告と面談し,先物取引が証拠金取引であることや先物取引の仕組み,売買の方法,コーン相場の相場観などを説明した。その後,資金的余裕があれば先物取引による利益追求を行わないかと勧誘し,原告は,本件契約を締結したのである。

原告は,夫が経営する会社を手伝い,夫死亡後は,長男と一緒にその経営に携わってきた。また,原告は,平成14年3月時点で400万円以上の預貯金を有していたのであり,商品先物取引の不適格者ではなかった。

原告は,商品先物取引が証拠金取引であることを認識しており,自己の投資額が増大していることを認識しながら,取引を中止することなく継続していたのである。

原告が特定売買と主張する売買仕法は,先物取引において一般的に行われている売買仕法であって,有意義,有益なものである。原告主張のように,特定売買比率や手数料化率をもって取引を違法と判断することはできない。

(2)  コスモフューチャーズには,債務不履行があるか。

(原告の主張)

コスモフューチャーズは,問屋として,原告に対し善管注意義務を負い,信義則上も誠実公正義務を負うところ,前記一連の行為は,債務不履行と評価せざるを得ない。

(被告の主張)

原告の主張は争う。

(3)  過失相殺

(原告の主張)

過失相殺を行う際の「過失」は,相手方の不法行為と比べて,対当させて相殺するに足るような過失である必要があり,また,対加害者との関係で,相殺すべきものであるか否かを検討する必要がある。

故意と過失とは質的に全く異なるのであり,故意による不法行為については,過失相殺すべきではない。本件におけるコスモフューチャーズ従業員らの不法行為は,同社従業員らが組織的,確信的に行っているものであり,故意による一連一体の不法行為と評価すべきである。

実質的一任売買においては,コスモフューチャーズやその従業員らは高度の注意義務を負っており,委託者の信頼は厚く保護されるべきであり,過失相殺は認められるべきではない。

商品先物取引においては,自己責任原則は大きく修正されており,自己責任を問う前提としての徹底的な情報開示と顧客の理解がない限り,自己責任原則を理由に,過失相殺すべきではない。

第3当裁判所の判断

1  事実経過

前記前提となる事実及び後掲各証拠によると,次の事実が認められる。

(1)  原告の経歴,資産状況等

ア 原告は,商業科の高校を卒業後,文房具屋に就職して,事務,営業の仕事を行っていたが,婚姻して退職し,専業主婦となった。その後,夫が,臓物を洗う機械や粉吹き機等の製造を目的とする有限会社を経営するようになり,原告も役員となっていたが,実際には経営には携わっておらず,役員報酬も受領していなかった。原告の夫は平成9年○月に死亡し,上記会社は原告の息子が引き継いだ。夫が死亡した後も原告は上記会社の役員となっていたが,事務的なことを手伝うだけで,役員報酬はなく,収入は月約8万円の遺族年金と半導体の内職の収入だけであった。

原告は,本件取引を行うまで,商品先物取引も株取引も経験がなかった。(甲3,原告本人)

イ 原告は,夫の死亡により,保険金として2000万円受領したが,家の工事代金や学費,保険金の掛金の支払等で支出し,平成14年3月14日時点で有していた財産は,郵便貯金が約190万円,●●●銀行の定期預金が100万円,貯蓄預金が480万円余,国債等が230万円のほか,いくつか生命保険に加入していた。また,原告が居住している自宅は,原告所有であった。(甲6の2ないし6の4,7の1,9,原告本人)

原告は,平成15年7月ころからは,パートをして,月約6万から11万円の収入を得るようになった。(甲3,6の3)

(2)  本件取引を開始するまでの経緯

ア 原告は,平成14年3月初めころ,コスモフューチャーズの従業員であったBから電話を受け,同人と面談した。Bは,原告に対し,「今はトウモロコシの状態が良い。」などと言って,商品先物取引を勧誘した。その後,Bから原告あてに,トウモロコシの状態が非常によいので,先物取引を再度検討して欲しいという趣旨の手紙が届いた。(甲3,4,原告本人)

イ 同月13日,Bが再度原告宅を訪れ,1枚8万円で大体10枚くらいで始められるので,80万円あれば取引が始められると言って,商品先物取引を勧誘した。原告は,Bから,80万円がなくなってしまうかも知れないが,なくなっても破産しませんよねと聞かれ,80万円くらいでは破産しないと答えていた。原告は,80万円くらいでできるのであれば,先物取引をしてみようかと考えるようになった。(甲3,原告本人)

ウ Bは,同日,原告に対し,「商品先物取引-委託のガイド-」というガイドブック等を示して,商品先物取引の仕組みや危険性を説明した。

原告は,同日,上記ガイドブックと商品取引所に係る受託契約準則の交付を受けた上,先物取引の危険性を了知した上で,原告の判断と責任において取引を行うことを承諾したという趣旨の文面が印刷された約諾書に署名押印して,コスモフューチャーズと商品先物取引に関する委託契約を締結した。また,上記ガイドブックと受託契約準則の内容を理解し,商品先物取引の損失発生やその仕組みを承知しており,投資資金は余裕を持った自己資金の範囲で,自己責任で取引を行う旨印刷された商品先物取引口座開設申込書にも署名押印し,同申込書の「預託金の予定と取引経験について該当する所に○印をつけてください」と書かれた欄の「現金」に○印をつけ,先物取引の経験と証券取引の経験についてはいずれも「無」に○印をつけた。取引可能額については,Bから500万円と書いておいて下さいと言われ,500万円と記入した。(乙1,5,原告本人)

エ 翌14日,Bと支店長のCが原告宅を訪れ,原告は証拠金として80万支払い,東穀コーンを10枚購入することとし,先物取引を開始した。この際,Cらは,原告に対し,損をした場合には追い証として金員を入金しないと,取引が継続できなくなるという説明をした。(甲3,原告本人)

オ 原告がBらから渡されたコスモフューチャーズのパンフレットには,米国農務省が発表した世界のトウモロコシ需要によると,世界的な消費の拡大により,平成12年から平成13年度が1398万トンの供給不足,平成13年から平成14年度も1443万トンの供給不足になると予想しており,シカゴトウモロコシ期近が大暴騰した平成7年から平成8年度に匹敵する低在庫率になること,平成8年に東京トウモロコシの値が2万1310円に上がったこと,世界第2位の生産大国である中国も,純輸入国に転落する公算が大きくなること,米国産トウモロコシは春に価格が上がる傾向があることが記載され,さらに,(トウモロコシが先行き値上がりすると予測した場合),100枚の委託証拠金を預託し,1トン当たり1万4000円で買い注文を出して,予想どおり値上がりして1万5500円で決済すると,1426万5000円の純利益が出るという取引例が紹介されていた。(甲5)

(3)  本件取引開始後の経緯

ア 本件取引を開始した翌日である平成14年3月15日,Cが原告宅を訪ね,原告に対し,今はトウモロコシの値が上がっているので,取引量を増やした方がいい,あと120万円出せないかと,証拠金を追加するよう勧め,原告は,同日,原告名義の郵便貯金から120万円を払い戻し,これを証拠金として被告に入金した。(甲3,6の3)

イ 同日,コスモフューチャーズの管理部にいたD,原告あてに架電して確認したところ,原告は,先物取引の仕組みや危険性を理解したということであった。(乙6,証人C)

ウ Dは,同月18日,原告宅を訪れ,原告に対し,同日時点での取引の内容が記載された残高照合の回答書を示すと共に,買いから入った場合は,値段が上がると利益になり,値段が下がると損失が出,売りから入った場合は,値段が上がると損失が出,値段が下がると利益になることや,決済,追証拠金,難平,両建の説明を行い,先物取引に関する情報専門会社のホームページアドレスを教えたりした。しかし,原告は,その後,そのホームページを見ることはなかった。残高照合の回答書には,残高照合の内容に間違いがない場合は「1」の項目に○印をつけ,相違がある場合は「2」の項目に記入の上,署名押印をして返送するよう記載されていたが,原告は,「1」にも「2」にも○印をつけず,また,「2」の項目に何も記入することなく,署名押印をして,これをDに渡した。(乙9の1,10,証人C,原告本人)

エ 同年4月4日,Dは原告に,同日時点での残高照合の回答書を示した。原告は,Dから,証拠金として100万円入金するよう要請され,同日被告に100万円入金し,入金額は合計300万円となった。原告は,Dの指示により,同日付けで,コスモフューチャーズに対し,上記入金により,契約時に記載した取引可能額の7割にあたる350万円を預けることとなるが,今後共自己責任で取り組んでいく旨の申出書を提出した。(甲3,乙7,9の2,証人C,原告本人)

オ 原告は,同年5月1日時点で,同年4月4日に建てた買い玉50枚の値洗差金が220万円の損失であったところ,同年5月1日,Cから電話がかかり,両建にすればこれ以上損失が広がることを食い止めることができる,これを外すタイミングが難しいが,それについては自分を信用して欲しいなどと言われ,400万円入金するよう要望された。原告は,Cを信用して,両建にすることを承諾し,400万円の入金を承諾したが,400万円はすぐには準備できないと説明した。同日,Cは,両建とした上で,同日時点での残高照合の回答書を持参して原告方へ行き,同書面を示しながら,改めて,決済,追証,難平,両建について説明した。(甲3,乙9の4,証人C,原告本人)

カ 原告は,同月7日,●●●銀行にあった原告名義の定期預金の満期金100万4373円,原告名義の郵便貯金の払戻金20万円,長女名義の郵便貯金の解約金81万3600円を受領し,同日,残高照会の回答書を持参してきたCに,証拠金として400万円を渡した(甲3,6の1ないし6の3,乙9の5,証人C,原告本人)。

これによって,原告の入金額は,同年4月5日の返金額3万8990円を除いて,合計696万1010円となった。原告は,Cから指示され,同年5月7日付けで,コスモフューチャーズに対し,上記入金により投資可能額の500万円を超えるが,引き続き取引する旨の申出書を提出した(乙8,証人C,原告本人)。

キ 原告は,同年6月18日ころ,Cから100万円入金するよう言われ,生命保険から借りないとお金がないと告げたが,1か月くらいで利息を付けて返せると言われ,同月24日,契約していた原告名義の生命保険から100万円借り入れ,同日証拠金として100万円を支払った。(甲3,7の1,7の2,原告本人)

ク 原告は,同年7月23日,原告名義の生命保険2口からそれぞれ40万円,長男名義の生命保険から20万円余を借り入れ,これから証拠金として100万円を支払った。(甲3,8の1ないし8の3,原告本人)

ケ 原告は,同年9月5日,有していた国債等を約238万1779円で売却し,翌6日,これから110万円を引き出して被告に入金した。(甲3,6の3,原告本人)

コ Cらは,上記のほか,同年4月11日,同年5月16日,同年7月24日,同年9月6日,同年10月7日にも原告宅へ行き,残高照合の回答書を示し,原告から確認のための署名押印をもらった。(乙9の3,9の6ないし9の9,10)

サ 原告は,平成15年1月24日以降も,原告名義の預貯金から金員を引き出して,別紙入出金明細書記載のとおり,被告に金員を入金した。(甲3,6の3)

シ 原告は,平成17年,自分で決済を行い,同年2月4日,コスモフューチャーズから28万4665円が入金された。(甲3)

ス 本件取引の利益金は,次のとおり,証拠金に振り替えられた。(甲2,乙3,4)

平成14年3月28日 77万1750円

同年4月4日 26万7240円

同年8月15日 14万0080円

同年12月5日 7130円

平成15年2月17日 3万9580円

同年11月5日 2万4720円

平成16年2月27日 14万6530円

同年5月19日 13万2650円

同年7月26日 15万1930円

同年9月29日 23万5090円

同年10月5日 25万8600円

同年11月26日 21万7480円

同年12月1日 21万7200円

同年12月3日 48万4610円

セ 本件取引の対象となった商品は,当初は東穀コーンであったが,平成14年7月1日には西大ミル,同月3日には中部ガソリン,同年8月15日には関門コーンと,取引の対象が広がっている。(甲1)

2  適合性原則違反について

(1)  商品先物取引は,将来の価格と現在の価格との差を利用してもうけるという投機的取引であり,小額の委託証拠金によって多額の商品を取引することができるため,値動きによっては委託証拠金の額を大幅に上回る損失が発生する恐れもある,投機性の高い取引である。しかも,商品先物取引市場における相場は,様々な要因で変動するものであるから,相場についての知識のない一般の消費者にとっては極めて危険性の高い取引である。商品取引所法(平成16年法律第43号による改正前のもの。以下,同様とする。)136条の25第1項4号も,商品取引員が,商品市場における取引の受託等について,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って,委託者の保護に欠けることとなる場合には,主務大臣は,商品取引員に対し,必要かつ適当と認めるときは,改善命令等をすることができると定めている。このような事情にかんがみると,商品取引員及びその従業員は,知識,経験,財産の状況等に照らし,商品先物取引を行う適格性がない者に対しては,商品先物取引の勧誘を中止すべき義務があるというべきであり,この義務に反して商品先物取引を勧誘することは,違法な行為であるというべきである。

(2)  これを本件についてみるに,原告は,本件取引が開始された平成14年3月13日当時52歳であり,夫は既に死亡しており,息子が経営する会社の役員にはなっていたものの,会社経営に携わったこともなく,会社の事務の手伝いをするほかは,内職をしている程度であった。また,当時の収入は月約8万円の遺族年金と内職の収入だけであり,財産も,自宅と生命保険のほかは,預貯金等が1000万円程度であって,これらは今後の生活等に充てる必要があったことから,資金的余裕がそれほどある状況ではなかった。現に,原告は,本件取引開始後,証拠金を入金するため,国債等を解約したり,生命保険から借入れを行ったりしている。さらに,原告は,それまで,商品先物取引の経験も株取引の経験もなく,本件取引を開始したのもBから何回か勧誘があったからである。これらの事情によると,原告は,知識や経験の点でも,財産状況からも,また,商品先物取引に対し積極的な投資意思があったわけではないことからしても,商品先物取引を行う適格性がなかったというべきである。

コスモフューチャーズ従業員らは,本件取引開始前の原告からの事情聴取により,原告の年収が500万円未満であることは知っていたと認められ(乙6),また,商品取引や株式取引の経験がないことは知っていた。さらに,上記のとおり,Cは,原告が,平成14年5月1日時点で400万円がすぐには用意できないこと,同年6月18日ころには証拠金を生命保険からの借入金で準備することを知っていたと認められる。したがって,Cらが原告に商品先物取引を勧誘し,これを受託した行為は,前記の注意義務に反する行為であると認められ,違法性があるといわざるを得ない。

3  説明義務違反について

(1)  前記のような商品先物取引の危険性,専門性に加え,商品取引員は商品先物取引市場における先物取引について,豊富な知識と経験を有していること,商品取引所法136条の19では,商品取引員は,商品市場における取引の受託を内容とする契約を締結しようとするときは,予め,顧客に対して,受託契約の概要その他の事項を記載した書面を交付しなければならないという趣旨を規定していることからすると,商品取引員は,顧客に対し,商品先物取引の仕組み,特徴,その危険性等について,顧客が理解できるまで,十分に説明する義務があるというべきである。そして,このような説明を行わずに商品先物取引を勧誘した場合には,その行為は違法になると解すべきである。

(2)  本件においては,上記認定のとおり,BやCは本件取引の開始にあたり,先物取引の仕組みや危険性を説明しており,原告も,これらの説明を受けた上で,自己の判断と責任において取引を行うことを承諾した旨の約諾書等に署名押印するなどしている。しかし,その一方で,Cらは,原告に対し,トウモロコシの値が上がると説明し,そのような趣旨が記載されているパンフレットを交付しており,商品先物取引の危険性について,どの程度原告に説明されたか疑わしい。また,商品先物取引の仕組みは複雑であり,商品先物取引の経験のない委託者が,1度説明を受けたからといって,これを全て理解できたとは考え難い。原告は,本件取引開始後も,平成14年3月18日にDから決済,追証拠金,難平,両建の説明を受けており,同年5月1日には,両建を承諾した後に,Cからこれらの説明を改めて受けており,これは,原告がこれらの仕組み等について良く理解できていなったために,再度説明が行われたものと認めるのが相当である。

したがって,Cらは,原告に対する上記説明義務に違反して先物取引の勧誘,受託を行ったと認められ,同人らの勧誘行為は違法であると認められる。

4  新規委託者保護義務違反について

(1)  前記の商品先物取引の危険性,専門性に照らすと,商品取引員は,新規委託者に対し,商品先物取引により適合的となるよう保護すべき善良な管理者としての注意義務を負っており,新規委託者が自主的に判断できるようになるまでの一定期間(3か月程度)は取引の量を制限して,新規委託者を保護すべき義務があるというべきである。そして,商品取引員及びその従業員がこれに著しく反するような勧誘行為を行った場合は,その行為は違法であるというべきである。

(2)  本件においては,取引可能額は500万円となっていたにもかかわらず,原告は,取引開始から約3か月経過後の平成14年6月24日時点では,上記取引可能額を上回る合計796万1010円もの金員を投資しており,当日時点での委託証拠金は,取引の利益から証拠金に振り替えられたものも含めて,886万3500円となっている(甲2,乙4)。さらに,同年6月から同年8月にかけて,極めて多数回にわたって取引が行われている(上記期間は,本件取引において,一番取引が集中している時期である。)が,先物取引が初めてである原告が,当時,これだけの取引を自主的に判断しうるだけの経験,知識を有していたとは考えられない。したがって,これらの取引の勧誘,受託行為は,上記義務に著しく反する行為であるといわざるを得ず,違法な行為であると認められる。

5  以上のとおり,コスモフューチャーズ従業員らの行為は,適合性原則違反,説明義務違反及び新規委託者保護義務違反の点で違法な行為であるといえ,その余の点について判断するまでもなく,同従業員らの一連の行為は不法行為にあたると認められる。したがって,コスモフューチャーズは,民法715条1項に基づき,上記不法行為により原告に生じた損害を賠償すべき義務があり,被告はこの義務を承継している。

6  争点(3)(過失相殺)

本件においては,被告から明示的には過失相殺の主張はなされていないものの,原告がこの点について主張しており,過失相殺の有無については裁判所が職権で判断することができることから,過失相殺の有無について判断する。

前記のとおり,コスモフューチャーズ従業員の勧誘行為等は違法な行為であると認められるところ,原告は,商品先物取引の仕組み等について,本件取引開始時に一応説明を受けたほかガイドブック等を交付されており,その後も何回か説明を受けており,その危険性について理解する余地があったと考えられること,投資額が当初の予定額を大幅に超えていることは認識できていたことなどを考慮すると,これらの事情は原告の過失として斟酌すべきである。

しかし,本件においては,本件取引開始から約3か月後である平成14年6月から同年8月までの期間に取引が集中して行われており,同年9月には差引損益累計が約700万円になっていること,平成15年3月には差引損益累計が1000万円を超え,その後本件取引が終了する平成17年3月16日まで,差引損益累計は約900万円から1100万円までの間を推移していること,最終的な原告の損失1197万7040円のうち1019万2800円はコスモフューチャーズへの委託手数料となっていることも考慮すると,本件における原告の過失割合は1割とするのが相当である。

なお,原告は,本件においては過失相殺すべきではないと主張するが,採用することはできない。

7  損害

前記のとおり,本件取引により原告は1197万7040円の損害を被ったところ,これから原告の過失割合1割を控除すると,1077万9336円となる。よって,被告は,不法行為による損害賠償として1077万9336円及びこれに対する取引終了日である平成17年3月16日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

8  よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の主位的請求は,1077万9336円及びこれに対する平成17年3月16日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し,その余は理由がないのでこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判官 八木貴美子)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例