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さいたま地方裁判所 平成20年(ワ)1607号 判決 2009年3月25日

埼玉県<以下省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

福村武雄

神野直弘

東京都千代田区<以下省略>

被告

同訴訟代理人弁護士

山岸宏彰

堀廣士

主文

1  被告は,原告に対し,167万3127円及びこれに対する平成20年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

主文と同旨。

第2事案の概要

1  本件は,貴金属スポット保証金取引を業とする会社との間において,いわゆるロコロンドン金取引を行った原告が,上記取引は賭博罪に当たるから,また,同会社の勧誘員が断定的判断を提供したから,違法行為に当たり,同会社の代表取締役である被告は,その職務を行うについて悪意又は重大な過失があると主張して,会社法429条1項に基づいて,被告に対し,取引損金相当損害金152万3127円と弁護士費用15万円の合計167万3127円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成20年7月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  前提事実(争いのない事実と証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)

(1)  被告は,あさひアセットマネジメント株式会社(以下「あさひアセット」という。)の代表取締役であり,あさひアセットは,貴金属スポット保証金取引を業としている。

(2)  原告は,あさひアセットの従業員の勧誘により,平成19年6月中旬,あさひアセットとの間において,貴金属スポット保証金取引契約を締結し,同月19日に基本保証金100万円を委託し,金2枚の買いポジションを注文して,貴金属スポット保証金取引(以下「本件取引」という。)を開始した。

(3)  原告は,追加証拠金(保証金)として,あさひアセットに対し,平成19年7月24日に50万円,同月30日に25万円,同年8月17日に15万円,同年10月22日に27万円の合計117万円を支払って本件取引を継続したが,同年12月初旬に損失を受けたため手仕舞いをし,同月5日に精算金35万3023円の返還を受けて本件取引を終了した。なお,原告は,あさひアセットから,取引終了前の同年9月14日に9万3850円,同年11月19日に20万円を受領したから,本件取引に係る原告の受領金は,合計64万6873円である(甲2)。

(4)  本件取引により,基本保証金100万円と追加保証金117万円の合計217万円から受領金合計64万6873円を控除した152万3127円の損金が原告に生じた。

(5)  本件取引は,ロンドンスポット市場における金の現物100トロイオンス(1トロイオンス=31.1035グラム)を1枚(1取引単位)とし,1取引単位に対する委託基本保証金を50万円とする取引で,金の現物の受渡しを目的とするのでなく,上記市場における当初売買取引時の金価格と反対売買取引時の金価格との差金(為替レートに従うドル建て計算)の授受を目的とする取引である。

3  争点及びこれに関する当事者の主張

(原告の主張)

(1) 本件取引の賭博行為該当性

本件取引は,金相場及び為替相場の変動という偶然の事情によって財物の得喪を争う行為であって,刑法上の賭博罪に該当する。

(2) 勧誘員の断定的判断の提供

本件取引の開始に当たり,あさひアセットの従業員Aは,原告に対し,電話で,「市場価格より金のレートが1ドル上がると1万円儲かります」「うちに任せてもらえば直ぐに20万円ぐらいは利益を上げられます」「必ず損はさせません」などと,断定的判断を提供した。

(3) 被告の責任

被告は,あさひアセットの代表取締役として,同会社の業務を適法かつ適正にすべきであるところ,同会社において扱っている業務自体が賭博行為であり,違法行為が組織的構造的にされていたことを考えると,被告には,業務監督義務について任務懈怠があり,そのことに少なくとも重大な過失があった。

(4) 原告の損害

原告は,被告の任務懈怠により,本件取引の損金相当損害金152万3127円の損害を受けた。また,原告は,被告に対する本件訴訟提起を余儀なくされたところ,その弁護士費用は15万円を下らない。よって,原告は,被告に対し,上記の合計167万3127円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成20年7月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

(1) 原告の主張(1)は否認し,又は争う。

(2) 原告の主張(2)は否認する。Aは,訪問説明員であるから,原告に対して勧誘の電話をすることはあり得ない。また,あさひアセットのマニュアルにおいて,断定的文言の使用を一切禁じているから,その従業員が原告に断定的判断を提供することいはあり得ない。

(3) 原告の主張(3)は争う。

(4) 原告の主張(4)は争う。

第3当裁判所の判断

1  賭博行為該当性について

前記前提事実に加え,証拠(甲3ないし9)及び弁論の全趣旨によれば,本件取引においては,貴金属スポット保証金取引を業とするあさひアセットが顧客である原告に金の現物を交付することは当初から予定されておらず,原告が本件取引開始後一定の期間内に反対売買をすることを前提として,ロンドンスポット市場における当初売買取引時の金価格と反対売買取引時の金価格との差金(為替レートに従うドル建て計算)を算出し,これを為替レートにより円換算して,あさひアセットと原告との間で金員を授受することを目的とする取引であり,上記差金は,ロンドンスポット市場における金の現物価格と為替レートにより決定されるものであることが認められる。

しかるところ,上記のロンドンスポット市場における金の現物価格と為替レートは,業者であるあさひアセットにおいても,顧客である原告においても,予見が不可能又は著しく困難で,また,その意思によって支配することができないものであるから,本件取引は,あさひアセットと原告との間において偶然の事情によって利益の得喪を争うものというべきであり,賭博行為に当たるというほかない。

したがって,本件取引は,不法行為に当たることになる。

2  被告の責任について

上記証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件取引は,代表取締役である被告を総括責任者とするあさひアセットにおいて組織的構造的にされたものであると認められ,被告は,代表取締役の職務を行うについて悪意又は重大な過失があったということができ,本件取引により原告に生じた損害を賠償する責任を負うことになる。

3  原告の損害について

前記前提事実のとおり,原告は,本件取引により損金として152万3127円の損害を受けたものであり,本件の事案に鑑みると,弁護士費用として15万円を認めるのが相当である。

4  結論

よって,原告の請求は理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤公美)

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