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さいたま地方裁判所 平成20年(ワ)2230号 判決 2009年12月18日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)  被告は,原告に対し,41万8824円及びこれに対する平成18年11月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

(3)  仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第2事案の概要

1  本件は,原告が普通乗用自動車(以下「原告車両」という。)を運転中,先行する複数の車両に轢かれた交通事故被害者(以下「本件事故被害者」という。)を更に轢き,その体の一部がその底部にからみついたので,これを除去回収するため,被告により設置されたA消防署A特別救助隊等に所属する救助隊員らが,救助工作車のクレーンを使用して原告車両を持ち上げた際,同車両に変形等の損傷を与えたとして,国家賠償法1条1項に基づき,被告に対し,車両の修理費41万8824円及びこれに対する不法行為の日である平成18年11月30日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  前提事実

以下の事実は,争いのない事実又は証拠(甲1ないし4,甲6,乙1,乙5ないし7,乙8の1ないし8,乙9,乙10,証人D,原告本人)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。

(1)  当事者

ア 原告

原告は,登録番号熊谷○○×△△△△の原告車両(BMW)を所有している。

イ 被告

被告は,宮城県内の市町村のうち,a,b,c,d,e,f,g,h及びiによって構成され,仙南地域広域行政事務組合規約3条4号に基づき,消防組織法及び消防法の規定による消防事務に関する事務処理権限を持つ地方自治法1条の3第3項の地方公共団体の組合である。

A消防署A特別救助隊,同署A分隊及びB消防署B救助隊は,仙南地域広域行政事務組合特別救助隊等設置規程2条1項に基づき,被告により設置された救助隊である。

(2)  死体の轢過,原告による通報及び救助隊の出動

ア 死体の轢過と原告による通報

(ア) 原告は,平成18年11月30日午後7時20分ころ,原告車両を運転し,宮城県内の国道○号線をa方面に向かってその供述によれば時速約45キロメートルの速度で進行中,宮城県B郡A町××先路上(以下「本件事故現場」という。)において,進路前方約40メートルの地点に黒色様の障害物(後に判明したところによれば先行する複数の車両に轢かれた本件事故被害者の体躯)を発見したが,停止することなくこれを轢過した。

(イ) 原告は,本件事故被害者の体躯を轢過した直後,車両底部に何かが引っかかった感じを受け,同車両を停止させて見てみると,車両の下に人の足の一部が見えたことから,人体を轢過したことを知り,110番通報をし,同日午後7時27分ころ119番通報をした。

イ 救助隊の出動

被告の指令課は原告の通報を受け,これに基づく出動命令により,A消防署A特別救助隊及び同署A救急隊が同日午後7時33分ころ,B消防署B救助隊が同日午後7時36分ころ,A消防署A分隊が同日午後7時37分ころ,それぞれ本件事故現場に到着し,特別救助隊員6名,救急隊員3名が救助工作車1台,救急車1台,ポンプ車1台及びその他の車両(搬送車など)4台の装備で,警察官10名と共に救助活動に当たった(以下,上記の各救助隊等を総称して「本件救助隊」という。)。

(3)  死体回収作業と原告車両の破損

ア 死体の発見

本件事故現場に臨場した本件救助隊の隊員らの確認により,本件事故被害者は既に死亡しており,その衣服と内臓の一部が原告車両の排気管に巻き付くなどし,その死体が原告車両底部に深くからみついていて容易に除去することができないことが判明した。

しかも,本件事故被害者の手足が折れ曲がって白煙を上げ,本件事故現場周辺には,その血液や脳漿その他身体組織片が散乱して,人肉が焦げる音と臭気が広がっており,同現場周辺に集まった人たちからは,「早く出してやれ」などの声があがっていた。

イ マイティバックの使用

本件救助隊の隊員らは,原告車両底部に深くからみついた本件事故被害者の死体を回収するため原告車両前部を持ち上げる作業として,まず,常備していたマイティバックと呼ばれるマット型空気ジャッキを原告車両のエンジン下に挿入する方法(車体と地面の間にバックを入れ,バックに空気を入れることによって空気圧により車体を持ち上げる方法)を試みたが,この方法によっては,車体を30センチメートル程度持ち上げることができたにとどまり,車両底部にからみついた死体を取り出す作業に必要な空間を確保することができなかった。

また,本件救助隊は,装備している油圧式ジャッキや角材等を用いて車体を持ち上げる方法も検討したが,不安定であり,作業に当たる救助隊員の身に危険の及ぶおそれがあり,不適当と判断した。

ウ クレーンによる持ち上げ作業の実施

(ア) そこで,本件救助隊は,救助隊所属の救助工作車(2.9tのユニッククレーン車。以下「本件救助工作車」ともいう。)に設置されたクレーンを用いて必要な作業空間を確保することとし,原告車両の前部の左右ロアアームの下に被覆ワイヤーを掛け,ワイヤーの両端を1点で救助工作車に設置されたクレーンの先端に取り付けて,原告車両の前部を持ち上げ,本件救助隊員が原告車両の下に身を入れてその底部に深くからみついた死体の一部を漸く取り外すことに成功した。本件救助隊員は取り外した死体を毛布に包んで救出した。

(イ) 原告は,その作業に先立ち,現場にいた警察官から,その死体の取り外しのために原告車両を持ち上げる旨告げられ,これに同意した。本件救助隊の隊員らは,持ち上げ作業に先立ち,原告に対し,本件救助工作車のクレーンにより持ち上げるという方法を採ること及び同方法により原告車両が破損する危険性があることを説明しなかった。

(ウ) 本件救助隊の救助工作車による持ち上げ作業により,原告車両の左右フェンダー部分がひしゃげたような変形が生じた。原告は,この修理のため,40万円程度の費用を要した。

3  争点

(1)  救助工作車による原告車両の持ち上げ作業の違法性

(2)  原告車両の損害の程度

4  当事者の主張

(1)  争点(1)(違法性)について

ア 原告の主張

(ア) 本件救助隊の隊員らが本件事故現場に臨場した際,本件事故被害者は既に社会死状態にあったのであるから,原告車両の持ち上げ作業を行うに当たっての緊急性は低く,原告車両を破損してまで緊急に同被害者の死体を回収する必要はなかった。したがって,本件救助隊としては,原告車両に損傷を生じさせない他の持ち上げ方法を採用するか,同車両の本件救助工作車による持ち上げと車両破損の可能性について原告に説明の上その承諾を得るべきであった。

なお,原告は,車両を持ち上げることについては同意したが,車両の破損についてまで同意したものではない。

(イ) 原告車両に損傷を生じさせない他の持ち上げ方法として,例えば,本件救助隊が救助工作車による車両持ち上げ作業に着手した時点で,既にレッカー業者である有限会社Cのレッカー車が臨場していたのであるから,同レッカー車により2点吊りにて持ち上げ作業を行えば,原告車両の破損は生じなかったはずである。

また,仮に,同時点でレッカー車が到着していなかったとしても,本件救助隊が原告車両を破損しない他の手段を検討したのであれば,警察官の手配したレッカー車が臨場することが判明し,あるいは,警察官や原告にレッカー車や車両積載車の手配を依頼することもできたのであり,レッカー車等の臨場を待って,車両持ち上げ作業をすることも可能であった。

イ 被告の主張

(ア) 特別救助隊を含む救助隊は,消防法1条及び消防組織法1条により災害による被害の軽減,すなわち災害救助の職務を担っているところ,本件事故現場において救助工作車により原告車両を引き上げ,本件事故被害者の死体を回収した行為は,緊急避難ないし緊急状況下における救助隊としての正当な業務行為であり,違法性はない。

すなわち,本件救助隊の隊員らは,惨状を衆目に晒したままの本件事故現場を一刻も早く旧に復す必要に迫られ,死者に対する尊厳を急ぎ回復するため,緊急避難として,本件事故被害者の死体の損壊と原告車両の毀損のうち,より重大な法益侵害である死体の損壊を回避したのであり,あるいは,本件事故被害者が車両引き上げ作業の時点では既に社会死状態にあったといっても,凄惨な本件事故現場において,その死体を一刻も早く収容するといった作業も,救助隊の任務である災害救助に含まれる人命救助と密接不可分の関係にあるものとして,救助隊の正当な業務に含まれるものである。

なお,本件事故現場において,原告車両を持ち上げるに当たり,他の方法を採ることは不適切あるいは不可能であった。

(イ) 事故車を移動するためのレッカー車は,費用負担や二次災害の防止といった観点から,一連の救助作業が終了した段階で,当事者に確認の上警察官がレッカー業者に臨場を要請するもので,本件救助隊の隊員らが原告車両の持ち上げ作業に着手した時点では,Cのレッカー車は本件事故現場に臨場していなかった。

また,上記のとおり,死体の収容も救助隊の任務の一つであるところ,救助隊が,急を要する死体収容作業を放棄し,民間のレッカー業者の臨場を待つことは許されない。

(2)  争点(2)(損害)について

ア 原告の主張

本件救助隊の救助工作車による持ち上げ作業によって,原告車両の左右フェンダー部分に変形が生じ,また,作業中の救急隊員の乱暴な扱いによりフロントドア内側レバーが破損し,原告車両に修理費41万8824円の損害が発生した。

イ 被告の主張

救助工作車による持ち上げ作業によって,原告車両の左右フェンダー部分に変形が生じたことは認めるが,責任については争う。フロントドア内側レバーの破損については知らない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(違法性)について

(1)  上記のとおり,被告は,消防法及び消防組織法の規定による消防事務に関する事務処理権限を持つ地方公共団体の組合であり,その権限に基づき本件の作業を行った本件救助隊を設立したものである。

消防法は,その目的として,災害による被害を軽減し,社会公共の福祉の増進に資することを掲げ(1条),人命の救助を行うため必要な特別の救助器具を装備した消防隊(救助隊)を配置することとしている(36条の2)。また,消防組織法は,消防は災害を防除しこれによる被害を軽減することを任務とするものと定めている(1条)。そして,消防法36条の2の規定に基づき救助隊の編成,装備及び配置の基準を定める省令(昭和61年自治省令第22号,以下「本件省令」という。)は,救助隊は人命の救助に関する専門的な教育を受けた隊員で編成され,救助器具及びこれを積載することができる救助工作車その他の消防用自動車1台を備えるものと定めている(2条)。こうした救助隊の設置の目的及び任務に照らせば,その職務は公共の利害に関わり,かつ公益の目的に奉仕するものであることは明らかである。

そして,消防法及び消防組織法の定める上記のような目的及び任務に鑑みれば,救助隊の職務には交通事故による被害者の救助等その生命身体の保護を含むことはもとより,不幸にして救助に至らずあるいは既に死亡してしまった被害者についてその死体等を適切に処理することも,救助活動に通常随伴し,またこれと密接な関係にあるものとして,その職務の内容に包含されるものと解するのが相当である。

また,救助隊のこのような職務の内容及び性質に照らせば,被害の回復除去等のその職務遂行の過程において,ときに他人の生命身体の安全やその他の重大な法益に対する差し迫った危険等を除去するための緊急の必要から,被害者以外の者の所有権等の私的権利を侵害する措置に及ぶことを余儀なくされる場合も当然に予想されるところ,このような災害防除のための消防活動の一端を担う救助組織が公共の福祉に資する目的の下に法令上定められている法意に鑑みると,こうした救助組織の活動による法益侵害行為については,その行為の態様とこれにより侵害される法益の性質や程度等を考慮の上で,それが救助の目的,範囲を著しく逸脱しているとか,救助活動に関する権限を濫用するものであると評価すべき特段の事情があるというような場合は格別,そうした事情の認められない限りは,その救助活動は,法令に基づく正当な職務行為として,国家賠償法1条1項の違法性が阻却されるものと解するのが相当である。

(2)  本件においては,本件救助隊は,原告が誤って死体を轢過したことから,その通報により出動したところ,既に被害者は死亡していたがその死体の一部が原告車両の底部にからみついていたことから,現場に臨場した救急部隊としてその処理の掌に当たったものである。

ところで,現場は一般国道上であり,道路上には被害者の死体の一部が散乱し,原告車両の底部には死体の一部が深くからみつき,焼けこげる臭いが周囲にたちこめるという凄惨な状況にあったものである。こうした状況の下では,現場に臨場した本件救助隊としては,速やかに現場の交通の安全を確保しつつ,災害被害者である死者の尊厳を保ちながら適切な方法をもって遺体の収容に努めること(なお,遺体の処理方法によっては死体損壊の罪に該当するおそれがある。)が強く要請されるものであるところ,原告車両を移動させることによる更なる死体の損壊を防ぐためには,当該現場において,可能な限り速やかにこれを除去し保全を図る必要があると判断すべき状況にあったのである。そこで現場での死体除去の作業のためには死体を轢過した原告車両をその場で持ち上げた上で救助隊員がその下に潜るような体勢で作業をする必要があるところ,本件救助隊が装備していたエアマットでは原告車両の前部を充分に持ち上げることができず,また,角材その他の道具を使用して持ち上げる方法では自動車の重量を考えると不安定な体勢での作業を強いられることとなり,作業に当たる本件救助隊員の生命身体に危険を及ぼすおそれがあるため,いずれも相当な方法とはいえない。そこで,本件救助隊が装備する本件救助工作車のクレーンを使用して原告車両を持ち上げる方法こそが上記のような難点を克服するものであり,その場合に,原告車両に対する損傷の程度をより少なくする方法として,そのフェンダー部分に被覆ワイヤーをかけて持ち上げる方法が当時の現場において即時に採り得る手段として相当なものと評価することができる(なお,原告は当時現場に臨場した警察官に対して死体を轢過した原告車両を持ち上げることに同意をしていたという事情があるところ,上記の方法を用いた場合であっても,原告車両を持ち上げるからには,その作業に当たり必然的になにがしかの損傷が生じる可能性のあることは容易に想到し得るところであるが,自ら死体を轢過した結果生じた事態を適正に処理するために採るべきやむを得ない措置の結果生じたものであれば,一般に甘受せざるを得ないものと受け止められるところではないかと思われる。)。本件救助隊が採用した持ち上げの方法により,所期した目的は達成したものの,この過程で原告車両の左右フェンダー部分が変形する損傷(修理費として約40万円を要する程度のもの。)が生じることとなったのであるが,こうした損傷の程度態様を考慮しても,こうした損傷が生じることとなった経緯を踏まえて本件救助隊が採用した方法について検討してみると,当時の救助現場における救助の必要性及び緊急性等の諸般の事情に照らせば,それが救助の目的,範囲を著しく逸脱したものであるとは到底認めることができないし,こうした方法を採用したことについてその権限を濫用するなどの特段の事情があるともいい難い。

したがって,上記方法による原告車両の持ち上げ行為は,本件救助隊の正当な職務行為として違法性が阻却されるものというべきである。

(3)  これに対し,原告は,被害者は既に死亡しているため,原告車両の持ち上げは緊急の要請とはいえなかったとして,業者に対してレッカー車の出動を要請してこれを使用すべきであり,そうすれば原告車両には損傷が生じなかったと主張する。

しかしながら,本件現場における上記判示の状況に照らすと,道路交通の安全確保及び死体の尊厳に配慮した処理の観点からしても,人命それ自体の救助の場合の緊急性に比べればその切迫の度合いこそ劣るとはいえ,依然として可及的速やかな処置が強く要請されていたことに変わりはなく,現場における緊急処理を要する作業であることは明らかであった。そうであれば,本件救助隊が自ら装備していない(証拠(乙5)によれば,本件省令上も常備すべきものとはされていない。)レッカー車の使用を選択すべきであったとはいえず,ましてその手配を要請しその到着を待つべきであったなどとはいえない。なお,原告は,当時現場には警察官の要請によりCのレッカー車が到着待機していたから,これを使用して救助に当たるべきであった旨主張し,証拠(甲6,原告本人)中にはこれに沿う部分があるが,こうした要請による待機の事実自体を否定するCの代表者の陳述書(乙9)並びに証人Dの陳述書(乙10)及びその証言と対比するとにわかに採用することはできないから,その前提において失当というべきであるし,そもそも本件救助隊において当時レッカー車がすぐに使用できる状態にあったことを認識していたような事情も認められないから,いずれにせよ,原告の主張は理由がない。

また,原告は,車両損傷の可能性について本件救助隊は原告に対して事前に説明の上その承諾を得るべきであったとも主張するが,処理の必要性及び緊急性と原告車両に加えられる可能性のある損傷の程度態様に照らせば,そうした説明及び承諾を欠いたからといって,直ちにその職務行為の違法性の阻却が認められないものとはいえない。

(4)  原告は,本件救助隊の隊員らの救助作業中に原告車両のフロントドア内側レバーが破損したと主張するところ,原告車両のそうした破損のあることは証拠(甲2)により認められるが,それが本件救助隊の隊員らの救助作業中に生じたと認めるに足りる証拠はない。

2  結論

以上によれば,その余の点を検討するまでもなく,原告の請求は理由がないことが明らかであるから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤陽一 裁判官 野口宣大 裁判官 開發礼子)

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