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さいたま地方裁判所 平成20年(ワ)2273号 判決 2010年9月24日

原告

被告

主文

一  被告は、原告に対し、四五一〇万七四七二円及びうち一九三一万四九四八円に対する平成一八年五月二〇日から、うち二五七九万二五二四円に対する平成一四年一二月一五日から、各支払済みまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、八〇二八万五二四二円及びうち一九三一万四九四八円に対する平成一八年五月二〇日から、うち六〇九七万〇二九四円に対する平成一四年一二月一五日から、各支払済みまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、A(以下「A」という。)運転の普通乗用自動車(以下「甲車」という。)と被告運転の普通乗用自動車(以下「乙車」という。)とが正面衝突した後記二(1)の交通事故(以下「本件事故」という。)につき、甲車に同乗していた原告が、民法七〇九条又は自動車損害賠償保障法三条に基づき、被告に対し、原告の受傷に伴う損害の賠償及びこれに対する本件事故の日である平成一四年一二月一五日から(ただし、一部については本件事故の後である平成一八年五月二〇日から)支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

二  前提事実(争いのない事実並びに掲記証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  本件事故の発生(争いがない)

ア 日時 平成一四年一二月一五日午後一一時二〇分ころ

イ 場所 さいたま市岩槻区大字南辻一番地の四先路上

ウ 事故態様 Aが原告(昭和五〇年○月生まれ、当時二七歳)を助手席に乗せて甲車を運転し、上記イの付近のカーブに差し掛かったところ、飲酒の上で乙車を運転し、制限速度を大幅に超過して甲車の対向車線を走行していた被告が、乙車の運転を誤り、乙車を乙車進行方向左側の縁石に衝突させ、さらに乙車の対向車線(甲車の進行車線)へとはみ出し走行させ、甲車に正面衝突させた。

(2)  被告の責任原因(争いがない)

ア 被告は、乙車を運転するに当たり、体内にアルコールを保有していない状態で運転すること、制限速度を遵守すること及び自らの車線内を走行すべき注意義務が存するにもかかわらず、これらをいずれも怠り、乙車の運転を誤った過失により、乙車を甲車に衝突させ、原告に傷害を負わせたのであるから、民法七〇九条に基づき、原告に対し、本件事故により原告が被った損害を賠償すべき責任を負う。

イ 被告は、乙車の所有者かつ運転者であって運行供用者に当たるから、自動車損害賠償保障法三条に基づき、原告に対し、本件事故により原告が被った損害を賠償すべき責任を負う。

(3)  原告の受傷内容及び治療経過等(甲二の一〇、甲三、四、八、一九、二〇、乙一、四~七)

原告は、本件事故により、第九、一一胸椎圧迫骨折、頸椎捻挫、腰椎捻挫、右肋骨骨折、胸骨骨折、外傷後ストレス障害(PTSD。以下「PTSD」という。)等の傷害を負い、症状固定日である平成一八年一〇月一六日までの間、次のとおり治療を受けた。

ア 丸山記念総合病院

入院 平成一四年一二月一六日から平成一五年三月二日まで(七七日)

通院 平成一五年三月三日から平成一七年一一月四日まで(実通院日数三〇一日)

イ すずき整形外科

通院 平成一六年七月一二日から平成一七年一〇月八日まで(実通院日数三七日)

ウ 東京医科大学病院

通院 平成一七年五月一〇日から同年六月一日まで(実通院日数二日)

エ 東京女子医科大学附属女性生涯健康センター

通院 平成一七年八月五日から平成一八年一〇月一六日まで(実通院日数二三日)

なお、原告は、各病院に通院した日のうち、平成一六年七月一三日、平成一七年四月二一日、同年八月四日については、丸山記念総合病院及びすずき整形外科の双方に通院している。

(4)  原告の後遺障害(甲五、七、一四、一五)

原告の本件事故による傷害については、①脊柱に変形を残したほか、②事故のフラッシュバック、回想時の動悸など生理的反応、感情回避と心的麻痺等の精神障害の後遺障害が残り、これらの後遺障害については、自動車損害賠償保障法施行令別表第二記載の後遺障害等級(以下単に「後遺障害等級」という。)の併合一一級(①につき一一級七号、②につき一四級一〇号(平成一六年政令第三一五号による改正前のもの))に該当する旨の認定を受けた。

三  争点及びこれに対する当事者の主張

主な争点は、本件事故により原告が被った損害の額である。

(1)  原告の主張

原告は、本件事故により、以下のとおり損害を受けた。

ア 治療費 七〇五万五〇七五円

イ 文書料 六万九六五〇円

ウ 入院雑費 一一万五五〇〇円

一日当たり一五〇〇円の七七日分

エ 通院交通費 一四〇万五九八〇円

(原告の平成二二年六月二五日付けの訴えの変更申立書には、通院交通費の合計額として一四〇万五九〇〇円と記載されているが、その内訳として記載されている額を合計すると一四〇万五九八〇円となるから、上記合計額の記載は誤記と認める。)

オ 付添看護料 三一五万〇五〇〇円

(ア) 入院中付添看護料 五〇万〇五〇〇円

一日当たり六五〇〇円の七七日分

(イ) 症状固定前自宅付添看護料 二六五万円

原告は、本件事故により重篤な傷害を負い、症状固定前も自宅において両親による介護を必要とした。その費用は一日当たり二〇〇〇円の一三二五日分である。

カ 入院中付添のための交通費 一七万七三八五円

キ 休業損害 一九八二万七一九九円

原告は、本件事故当時、看護師としてa病院に勤務していたところ、本件事故による受傷により、本件事故の日から症状固定日までの一四〇二日間にわたり、就労することができなかった。この間の休業損害は、次の計算式により上記額となる。

(計算式)

5,161,860÷365×1,402=19,827,199

5,161,860:本件事故当時の原告の年収

ク 結婚式キャンセル費用 二七万七〇〇〇円

原告は、本件事故当時、Aと婚約し、結婚式及び披露宴も既に予約していたが、本件事故により、結婚式を挙げることができなくなり、キャンセル費用として上記額を要した。

ケ 逸失利益 四一三六万〇一三四円

(ア) 原告には、前記二(4)の後遺障害が残ったところ、原告は、本件事故当時二七歳と若年であったこと、上記キのとおり、a病院で看護師として勤務しており、昇給の可能性が十分にあったこと、原告の本件事故当時の年収は五一六万円余であり、これは同年代の大学卒男子の平均賃金を二割近くも上回る水準であったこと等の事情からすれば、逸失利益計算の基礎収入としては、男子労働者の平均賃金を用いるべきである。

(イ) 原告は、PTSDによる精神障害により現在に至るまで就労不可能な状態であり、その後遺障害は後遺障害等級九級一〇号に相当する。後遺障害等級の認定は、労災保険の後遺障害認定基準(昭和五〇年基発第五六五号。以下「認定基準」という。)に準じて行うとされているところ、原告のような非器質性精神障害に関しては、本件事故当時の認定基準(以下「旧基準」という。)によれば一四級九号(ただし、労働者災害補償保険法施行規則別表第一記載の後遺障害等級であって、これに相当する自動車損害賠償保障法施行令別表第二記載の後遺障害等級は一四級一〇号(平成一六年政令第三一五号による改正前のもの)である。)に該当するとされ、これ以外の等級はなかったのであるが、うつ病やPTSD等の精神障害の労災認定の増加傾向にかんがみ、旧基準は本件事故の一〇か月後に改正され、それ以降は非器質性の精神障害の実態に応じて整備されたのであるから、原告についても改正後の認定基準(以下「新基準」という。)によるべきである。そして、原告には、前記二(4)のとおり、本件事故により脊柱に変形を残すものとして後遺障害等級一一級七号に該当する後遺障害が生じているから、上記精神障害による後遺障害との併合により、後遺障害等級八級に相当する。

(ウ) そうすると、原告は、症状固定時である三一歳から六七歳までの三六年間にわたって労働能力を四五%失ったから、原告の逸失利益は、次の計算式により上記額となる。

(計算式)

5,554,600×0.45×16.5469=41,360,134

5,554,600:平成18年賃金センサスによる男子労働者の平均賃金

16.5469:36年に対応するライプニッツ係数

コ 将来付添費 六七〇万八〇六〇円

原告は、PTSDによる後遺障害により、身辺日常生活や他人との意思伝達等について「時に助言・援助が必要」又は「しばしば助言・援助が必要」な状態であり、両親からの見守り・声掛けといった介護や生活上の援助が症状固定時における平均余命である五五年間にわたり必要である。その費用は、一か月当たり三万円として次の計算式により上記額となる。

(計算式)

30,000×12×18.6335=6,708,060

18.6335:55年に対応するライプニッツ係数

サ 慰謝料 一八三二万円

(ア) 傷害慰謝料 四三二万円

(イ) 後遺障害慰謝料 一四〇〇万円

シ 損害のてん補 二五四七万九八一九円

原告は、被告が契約する自動車共済から上記額の支払を受けた。

ス 弁護士費用 七二九万八六五八円

セ 合計 八〇二八万五三二二円

ソ 遅延損害金

原告は、上記シのほか、平成一八年五月一九日、被告が契約する自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から三三一万円の支払を受けたが、これについては既に発生していた遅延損害金へ充当した。よって、これに対応する元本部分である一九三一万四九四八円については、同月二〇日以降について遅延損害金が発生しており、その余の元本部分については本件事故の日である平成一四年一二月一五日から遅延損害金が発生している。

(2)  被告の主張

ア 治療費、入院雑費、結婚式キャンセル費用、自動車共済からの支払については認め、その余の損害項目については、下記イないしエに掲げるものを含め、否認ないし争う。

イ 休業損害について

原告は、平成一七年一月には医師から「今後軽作業より就労可とする。」と診断されており、同年二月以降は漸次労働能力は回復していたといえるから、同月以降の休業損害のうち、本件事故と相当因果関係があるのは、原告主張額の二分の一程度と考えるべきである。

ウ 逸失利益について

(ア) 逸失利益の算定においては、事故前の収入を基礎収入とするのが原則である。したがって、本件事故発生の年である平成一四年の原告の収入を基礎収入とすべきである。

(イ) 後遺障害等級は、被害者や加害者の公平を図る観点から、事故日時点の認定基準により判断されることとなっている。したがって、原告の精神障害による後遺障害についても旧基準が適用されるべきであり、これによれば、非器質性の精神障害の後遺障害等級は一四級一〇号(平成一六年政令第三一五号による改正前のもの)であるとされているから、原告の上記障害の後遺障害等級も同号に該当する。なお、新基準に照らしても、原告の上記障害の後遺障害等級は一四級が相当である。そうすると、脊柱変形の後遺障害と併合して、本件事故による原告の後遺障害は後遺障害等級一一級に該当する。

(ウ) PTSDの一般的な症状継続期間は三年程度と考えられていること、神経症状の場合の労働能力喪失期間は通常三年から五年程度と考えられていること等からすれば、原告の精神障害による後遺障害に基づく労働能力喪失期間は五年程度とするのが相当である。

(エ) 原告のPTSDによる精神障害が遷延化、長期化しているのは、本件事故のほか、原告の性格、両親及び職場との関係、被告についての刑事裁判の経過など本件事故以外の事情も影響している。したがって、原告の精神障害による後遺障害に対して本件事故が寄与する割合は、多くとも六割とみるべきであって、原告の逸失利益の算定に当たっては、民法七二二条二項の類推適用により、上記寄与の割合を考慮すべきである。

エ 後遺障害慰謝料について

上記ウ(イ)のとおり、原告の後遺障害は後遺障害等級一一級に該当するから、後遺障害慰謝料はこれに基づいて算定されるべきである。また、原告の後遺障害のうち精神障害による部分については、本件事故の寄与の割合は六割と考えるべきである。

第三当裁判所の判断

一  本件事故により原告が被った損害の額について

前提事実及び掲記の証拠等によれば、本件事故と相当因果関係を有する原告の損害は、以下のとおりと認められる。

(1)  治療費 七〇五万五〇七五円(争いがない)

(2)  文書料 三万三六〇〇円

証拠(甲三三の①~⑬)によれば、原告は、文書料として合計三万三六〇〇円を要したことが認められる。他方、その余の三万六〇五〇円(甲三三の⑭~file_4.jpgの合計額)については、本件事故と相当因果関係のある文書料とは認められない。

(3)  入院雑費 一一万五五〇〇円(争いがない)

(4)  通院交通費 一二六万九四〇〇円

証拠(甲一九、二〇、二三、乙四)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告が明らかに争わない通院交通費一一四万六二八〇円のほか、平成一五年三月四日から同年四月八日までの丸山記念総合病院への一五日間の通院のために二万三四〇〇円、平成一六年七月一二日から平成一七年一〇月八日までのすずき整形外科への三七日間の通院のために四万九五八〇円、平成一七年八月五日から平成一八年一〇月一六日までの東京女子医科大学附属女性生涯健康センターへの二三日間の通院のために五万〇一四〇円をそれぞれ交通費として要したことが認められ、その合計は上記額となる。

(5)  付添看護料 五〇万〇五〇〇円

ア 入院中付添看護料 五〇万〇五〇〇円

前記第二、二(3)のとおりの原告の受傷内容及び証拠(甲二の一一、乙三)によれば、原告は、七七日間の入院に際して付添いが必要であったことが認められ、その費用は、一日当たり六五〇〇円と認めるのが相当である。

イ 症状固定前自宅付添看護料 〇円

証拠(乙二、五)によれば、原告は、丸山記念総合病院を退院後、症状固定までの間、当初は実家で両親と同居し、後には主として婚約者と同居生活を送っており、原告の症状には波があるが、ある程度自分でも家事をこなしたり外出したりしていたことが認められ、日常生活を送るのに両親等による付添いが必要であったとは認められない。

(6)  入院中付添のための交通費 一一万八一〇五円

証拠(甲二三)によれば、原告の両親が、原告の入院中、付添い等のために交通費を支出したことが認められるが、両親ともに付添いが必要であったと認めるに足りる証拠はなく、各日につき一人分の交通費を認めるのが相当であり、その額は上記額と認められる。

(7)  休業損害 一七〇九万七七七七円

証拠(甲六、七、二四、乙二、五)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、看護師としてa病院に勤務しており、その年収は五一六万一八六〇円であったこと、原告は、本件事故による受傷のため平成一八年五月ころ退職を余儀なくされるまで勤務先を休んでいたこと、原告は、上記退職後職には就いていないが、上記(5)イのとおり、ある程度自分で家事を行うなどしていたこと、後記(9)ウのとおり、症状固定後の原告の後遺障害による労働能力喪失率が四五%であることからすると、事故発生日から症状固定日である平成一八年一〇月一六日まで一四〇二日間のうち入院期間七七日及び前記第二、二(3)の通院日三六〇日(通院日の合計三六三日から同じ日に複数の病院に通院した日数である三日を除いた日数)については一〇〇%、それ以外の九六五日については八〇%休業したものとして原告の休業損害を算定するのが相当である。そうすると、原告の休業損害の額は、次の計算式のとおり一七〇九万七七七七円(円未満切捨て。以下同じ。)となる。

(計算式)

5,161,860÷365×(77+360+965×0.8)=17,097,777

(8)  結婚式キャンセル費用 二七万七〇〇〇円(争いがない)

(9)  逸失利益 二八五二万〇三三四円

ア 原告は、逸失利益算定の基礎収入として、平成一八年の男子労働者の平均賃金(五五五万四六〇〇円)を用いるべきであると主張する。しかし、同年の賃金センサスによれば、女子看護師の平均賃金は四六四万円余りであって、原告が若年であったことや、本件事故当時の原告の年収が同年代の大学卒男子の平均賃金を二割近くも上回っていたこと等の原告が主張する事情を考慮しても、原告が就労可能期間にわたって男子労働者の平均賃金と同等の賃金を得る蓋然性があるとまで認めることはできず、本件事故前の原告の収入(五一六万一八六〇円)を逸失利益算定の基礎収入とするのが相当である。

イ 証拠(甲九、一七)によれば、原告のPTSDによる精神障害については、抑うつ状態等の精神症状があり、仕事、生活に積極性・関心を持つこと、普通に作業を持続すること、他人との意思伝達、対人関係・協調性等の項目について「しばしば助言・援助が必要」と判定されるなど能力低下が見られ、これらの事情からすると、就労可能な職種が相当な程度に制限されるといえるから、後遺障害等級九級一〇号に相当するものと認めるのが相当である。

被告は、本件事故に適用されるべき旧基準(甲二八)によれば、原告の上記障害による後遺障害等級は一四級に該当する旨主張する。しかし、認定基準は、あくまで労災給付における後遺障害の等級認定の基準であり、これが自賠責保険の保険金等の支払基準として準用されているものであって、裁判所が不法行為における損害額を認定するに当たって拘束されるものではないし、証拠(甲二九)によれば、旧基準から新基準に認定基準が改正されたのは、それまで非器質性精神障害については外傷性神経症に係る認定基準のみが存し、これについては一四級九号に該当するものとされていた(原告についても、旧基準に依拠して前記第二、二(4)のとおり後遺障害等級一四級一〇号と認定されたものである。)ところ、うつ病やPTSD等の精神障害の増加傾向にかんがみ、非器質性精神障害の後遺障害一般に関して適用する基準を実態に即して整備する趣旨であって、新基準においては、障害の程度に応じて九級、一二級及び一四級の三段階に区分して認定することとされたことが認められ、これによれば、原告の後遺障害についても、上記のとおり後遺障害等級の九級一〇号に相当すると認めるのが相当である。したがって、被告の主張は採用することができない。

ウ 原告は、本件事故による後遺障害により、症状が固定した三一歳から六七歳までの三六年間にわたって労働能力を四五%失った旨主張する。確かに、証拠(甲一一、一二、一三、乙五)によれば、原告については、PTSDによる精神障害につき、症状固定後も医師の診察を受け、中程度の抑うつ状態、フラッシュバック等の高度の不安の状態等の症状が継続していることが認められる。しかしながら、証拠(甲一七、乙九)によれば、一般に、非器質性の精神障害については、症状が重篤であっても大幅に症状の改善する可能性が十分にあり、PTSDについても多数の症例で回復が期待できるとされていることが認められ、これに弁論の全趣旨を総合すれば、原告についても今後症状が改善することが期待されるから、原告の精神障害についての後遺障害による労働能力の喪失期間を一二年間と認めるのが相当である。

よって、前記第二、二(4)のとおり原告に残存している脊柱変形の後遺障害(後遺障害等級一一級七号)を併せ考えると、原告の後遺障害は、三一歳から一二年間は後遺障害等級八級に相当し、その後六七歳までは後遺障害等級一一級に相当するものとして、それぞれ労働能力を四五%、二〇%喪失したものと認めるのが相当である。

エ 被告は、原告のPTSDによる精神障害が遷延化、長期化している原因には、本件事故のほか、原告の性格、両親及び職場との関係、被告についての刑事裁判の経過など本件事故以外の事情も影響しているから、原告の精神障害による後遺障害に対する本件事故の寄与割合は六割である旨主張し、原告のカルテ(乙五)にも上記事情が原告の精神障害に影響している旨の記載があることが認められる。

ところで、身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害が加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超えるものであって、かつ、その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは、損害賠償額を定めるにつき、民法七二二条二項を類推適用して、その損害の拡大に寄与した被害者の事情をしんしゃくすることができる(最高裁昭和六三年四月二一日第一小法廷判決・民集四二巻四号二四三頁)が、本件事故の態様及びPTSDの患者の中には慢性の経過を示す者がいるとされていること(乙九)からすれば、原告の精神障害が通常発生する程度、範囲を超えていると認めることはできないし、上記カルテの記載から、原告に損害の拡大に寄与した著しい性格的特徴があると認めることはできない。また、その他被告主張の事情も本件事故とは全く無関係な事情とはいえないことからすれば、原告の損害を減額すべき事情には当たらない。

オ 以上によれば、原告の逸失利益は、下記の計算式により上記額となる。

(計算式)

(5,161,860×8.8633×0.45)+{5,161,860×(16.5469-8.8633)×0.20}=28,520,334

8.8633:12年に対応するライプニッツ係数

16.5469:36年に対応するライプニッツ係数

(10)  将来付添費 〇円

証拠(乙五)によれば、上記(5)イと同様、原告は、症状固定日後においても、日常生活を送るのに付添いが必要であるとまでは認められない。

(11)  慰謝料 一一五〇万円

本件事故の態様、原告の受傷内容、後遺障害その他一切の事情を考慮すれば、慰謝料はそれぞれ下記の額が相当であり、その合計額は上記額となる。

ア 傷害慰謝料 三二〇万円

イ 後遺障害慰謝料 八三〇万円

(12)  損益相殺後の損害 四一〇〇万七四七二円

原告が、本件事故による損害のてん補として被告の契約する自動車共済から合計二五四七万九八一九円の支払を受けていることは当事者間に争いがないところ、これを上記(1)ないし(11)の合計額六六四八万七二九一円から控除すると上記額となる。

(13)  弁護士費用と上記(12)との合計額 四五一〇万七四七二円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は四一〇万円と認められる。これと上記(12)の損害額との合計額は上記額となる。

(14)  遅延損害金について

原告は、「上記(12)の自動車共済からの支払のほか、被告が契約する自賠責保険から三三一万円の支払を受けている(被告は、これにつき争うことを明らかにしない。)ところ、これについては遅延損害金への充当を指定している。そして、弁論の全趣旨によれば、原告は上記額を平成一八年五月一九日に受領したことが認められるから、本件事故の日から平成一八年五月一九日(三年と一五六日)までの遅延損害金のうち、三三一万円に対応する元本の額は、下記の計算式により、一九三一万四九四八円となる。

(計算式)

3,310,000÷{0.05×(3+156÷365)}=19,314,948

0.05:遅延損害金の利率

二  結論

以上によれば、原告の請求は、四五一〇万七四七二円及びうち一九三一万四九四八円に対する平成一八年五月二〇日から、うち二五七九万二五二四円に対する平成一四年一二月一五日から、各支払済みまでそれぞれ年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤正男 井原千恵 谷藤一弥)

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