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さいたま地方裁判所 平成20年(行ウ)14号 判決 2011年11月09日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告は、株式会社a設計事務所に対し、平成19年3月28日桶川市が桶川市庁舎建設基本設計業務委託契約解除に伴う委託精算金として支払った709万0650円につき返還請求をせよ。

2  被告は、Aに対し、第1項の支払金709万0650円相当額につき損害賠償請求をせよ。

3  被告は、Bに対し、第1項の支払金709万0650円相当額につき損害賠償命令をせよ。

第2事案の概要

本件は、桶川市の住民である原告らが、桶川市が株式会社a設計事務所との間で締結していた桶川市庁舎建設基本設計業務に係る業務委託契約(本件契約)を解除した際、a設計事務所に対し精算金(本件精算金)として709万0650円を支払ったこと(本件支出)について、本件精算金の額が過大であることなどから本件支出は違法な公金支出であると主張して、被告に対し、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、a設計事務所に対して不当利得返還請求権に基づく本件精算金の返還請求をすること、当時の桶川市長であるAに対して不法行為に基づく損害賠償請求をすること、及び、当時の桶川市助役として本件支出の執行をしたBに対して同法243条の2第3項の規定による損害賠償命令をすることを求めている住民訴訟である。

1  争いのない事実等(証拠により容易に認定できる事実については、かっこ内に証拠を示す。)

(1)  当事者

ア 原告らは、桶川市の住民であり、被告は、普通地方公共団体の長としての執行機関である。

イ a設計事務所は、本件支出の相手方である。

ウ Aは、本件支出当時の桶川市長である。

エ Bは、本件支出当時の桶川市助役(平成18年6月7日法律第53号による改正前の地方自治法161条2項)であり、本件精算金の支出命令及び本件支出をした者である。(乙21)

(2)  本件契約締結に至る経緯

ア 桶川市の本庁舎は、昭和34年に建設された庁舎であったが、建物が手狭であることや、耐震性に対する懸念があることなどから、新庁舎の建設が急がれていた。そうした中、市議会議員、区長、商工会等を構成員とする桶川市庁舎建設協議会が、同市内のb特定土地区画整理地内に新庁舎を建設すべきであるとの答申をしたため、同市としてもその方向で建設することとしていたが、上記土地区画整理事業の完了まで時間がかかることが判明したことから、同土地区画整理地内における建設を断念し、現在本庁舎がある場所で、隣接地を買収した上で建て替えることとした。隣接地地権者は、当初は用地買収に応じる様子であったが、買収価格に難色を示すようになり、賃貸であれば応じるとのことであったため、桶川市は、借地の形で用地を確保することとした。(弁論の全趣旨)

イ 用地確保の目処が立ったことから、桶川市は、新庁舎建設事業をさらに進めることにした。そして、新庁舎建設の基本設計業務を委託する業者の選定に当たり、指名型プロポーザル方式を採用し、プロポーザル審査委員会を新たに設けるとともに、桶川市庁舎建設工事に係る指名型プロポーザル実施要領(乙1)を新たに定めた。

ウ プロポーザル審査委員会は、平成18年5月28日、設計者としてa設計事務所を選定した。

エ 上記選定を受けて、桶川市及びa設計事務所は、契約内容や今後のスケジュール等について打合せを行った後、平成18年7月18日、桶川市を委託者とし、a設計事務所を受託者とする次の内容の業務委託契約を締結した(本件契約)。(乙3の1)

(ア) 委託業務の名称 桶川市庁舎建設基本設計業務

(イ) 委託業務の対象場所 桶川市<以下省略>

(ウ) 履行期間 平成18年7月18日から平成19年2月28日まで

(エ) 委託金額 2714万6700円(うち消費税及び地方消費税の額129万2700円)

(オ) 契約保証金 免除

(カ) その他条件 なし

(3)  本件契約の解除

ア 本件契約締結後、桶川市議会において、借地では権利関係が不安定になるのではないかなどの意見が出され、平成18年9月20日には、「隣接地及び駐車場用地の買収ができない現状においては、基本設計にかかわる事務は停止し、隣接地等の買収交渉は期限を定め、不可能であれば中止し、新たな建設地を市民合意をもとに選定するべきである。」との決議(乙7)が議決された。

イ Aは、上記決議で言及された買収交渉の期限を平成19年1月中旬としたが、隣接地地権者から直ちに用地買収についての同意を得ることができず、また、本件契約の続行を前提とした予算案では議会の議決が困難だと判断されたため、本件契約を解除することとした。(弁論の全趣旨)

ウ 平成19年1月23日、議会運営委員会において、地権者との調整・合意は不成立であり、本件契約を解除するとの報告がされた。

エ Aは、平成19年2月6日、a設計事務所に対し、建設用地に関する関係者との調整・合意が成立しないため、当分の間、建設事業を進めることが困難であり、その事業推進の見込みがないと認められるので、本件契約を解除することとした旨の通知をした。(乙8)

オ これに対し、a設計事務所は、平成19年2月9日、本件契約の解除を承諾する旨の返答をした。(乙9)

(4)  本件支出までの経緯

ア 桶川市は、a設計事務所との協議の結果、本件解除までにa設計事務所の費やした人件費等について精算金を支払うこととし、a設計事務所から提出された業務実績報告書(甲7、乙14)等の資料に基づき、平成19年2月22日、財務課による自主検査(乙17)、同年3月2日、工事検査室による出来高検査(乙18)を行った。

イ 工事検査室による出来高検査により、本件契約に係る出来高金額は709万0650円と認定された。そこで、Aは、平成19年3月15日、本件精算金の金額を709万0650円と決定し、同日、a設計事務所から同金額の請求書(乙20)が出された。(乙18ないし20)

ウ Bは、平成19年3月23日、709万0650円の支出命令をし、同月28日、桶川市は、a設計事務所に対し、同金額の本件精算金を支払った(本件支出)。(乙21)

(5)  監査請求及び本件訴え提起

ア 原告らは、平成20年3月26日、桶川市監査委員に対し、本件支出は違法不当であって市に損害を与えることになるとして、a設計事務所に対する709万0650円の返還請求並びにA及びBに対する同金額の損害賠償請求の措置を求める監査請求をした。(甲1の1・2)

イ 桶川市監査委員は、同年5月24日、本件支出は違法不当であるとは認めがたいとして上記監査請求を棄却する決定をし、同月26日、同決定が原告らに送達された。(甲2)

ウ 原告らは、平成20年6月24日、本件訴えを提起した。

(6)  本件に関連する桶川市会計規則等の定めは、以下のとおりである。

ア 桶川市会計規則(昭和39年5月14日規則第6号)

「第29条 支出命令権者は、歳出を支出しようとするときは、当該支出に係る次の事項を調査し、確認したうえ、会計管理者等に支出の命令をしなければならない。

(1) 予算配当額の範囲内であること。

(2) 年度別、会計別及び歳出科目の区分に誤りがないこと。

(3) 金額の算定に誤りがないこと。

(4) 法令又は契約に違反していないこと。

(2項 省略)」

(乙29)

イ 桶川市委託契約約款(測量・設計・調査)(昭和60年9月11日告示第57号。以下「委託契約約款」という。)

「第22条 甲(委託者を指す。以下同じ)は、業務が完了しない間は、前条第1項に規定する場合のほか、必要があるときは契約を解除することができる。

2  甲は、前項の規定により契約を解除した場合において、これにより乙(受託者を指す。以下同じ)に損害を及ぼしたときは、その損害を賠償しなければならない。この場合における賠償額は、甲乙協議して定める。」

「第26条 この約款及び仕様書に定めのない事項又はこの約款の条項について疑義が生じた場合は、必要に応じて甲乙協議して定めるものとする。」

(乙3の2)

ウ 桶川市建設工事請負契約約款(平成9年3月25日告示第9号。以下「請負契約約款」という。)

「第50条 甲(桶川市を指す。以下同じ)は、契約が解除された場合においては、出来形部分を検査の上、当該検査に合格した部分及び部分払の対象となった工事材料の引渡しを受けるものとし、当該引渡しを受けたときは、当該引渡しを受けた出来形部分に相応する請負代金を乙(請負者を指す。以下同じ)に支払わなければならない。この場合において、甲は、必要があると認められるときは、その理由を乙に通知して、出来形部分を最小限度破壊して検査することができる。

(2項ないし8項 省略)」

(乙10)

2  争点

(1)  本件支出の違法性

(2)  Aの故意又は過失の有無

(3)  Bの故意又は重過失の有無

3  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(本件支出の違法性)について

(原告らの主張)

ア 以下のとおり、本件精算金の額は過大であるから、本件支出は地方自治法2条14項及び地方財政法4条1項に反し、違法である。

(ア) 本件精算金の算定において、数時間の打合せを1日と換算し、契約前の打合せも算入するなど、過大な人工計算がされている。a設計事務所の社内業務については、専らa設計事務所の申告のみによるものであり、実際の業務について何ら確認がされていない。

(イ) 本件精算金は、本件契約に基づいてした業務の成果に対する対価として支払われているのであるから、精算の対象として計上すべき業務は、契約締結後のものに限られるべきであるのに、契約締結前の役務提供も本件精算金の算定に当たって計上されており、この部分は過大である。

(ウ) 本件契約に基づく業務の内容として、19種類の図書の提出が契約されているが、a設計事務所からは、図書の提出はなされていない。a設計事務所から成果物として提出されたのは、各課の調査シートのまとめと現状のレイアウト図面のみであるところ、同調査シートは職員が記入したものを内部作業として加工したものに過ぎず、同レイアウト図面はプロポーザルの際に資料として提供されたものであることに鑑みると、ほとんど業務は行われていないといえる。また、a設計事務所は、スケジュール表にある「ワークショップ」を実施しておらず、10月までの「条件整理とゾーニングプラン」もほぼ未実施であって、実施したのは、その前段階としての現状把握のみである。このような業務内容に照らせば、本件契約の代金2714万6700円の26.1パーセントに相当する709万0650円という精算金額は過大である。

(エ) 自主検査及び工事検査室による検査は、庁内に存在する何らかの証拠書類と照合をすることによりなされるべきであるが、その証拠書類となるべき内部記録は存在せず、a設計事務所が提出した、「桶川市新庁舎建設基本計画 基本設計業務a設計事務所業務人工内訳」(人工内訳表。乙13)にある金額をそのまま認めたものといえる。また、本来であれば、a設計事務所からの請求書の提出がなされた後に、検査をし、その上で金額の決定がされるべきであるのに、請求書が提出される前に本件精算金額の確定がなされており、本件精算金額の算定根拠はないといえる。このように、支払確定検査に根拠がないことからも、精算金額が過大であることが窺える。

(オ) a設計事務所が作成した「(株)a設計事務所業務記録一覧表」(業務一覧表。乙12)を基に、業務従事期間を業務開始時刻から業務終了時刻までの時間単位で把握して人件費を算出すると、直接人件費の額は104万3812円、諸経費の額は96万0307円、技術料は30万0618円、特別経費の額は7万5000円となるから、a設計事務所に支払われるべき精算金の額は、上記合計249万8724円となる。この点からも、本件精算金の額は過大である。

イ 桶川市会計規則違反

前記ア(エ)のとおり、本件精算金の額は、a設計事務所から請求書が提出される前に確定しており、その算定根拠はないものといえるから、本件支出は、金額の算定に誤りがないことの確認を支出命令権者に要求する桶川市会計規則29条1項3号の義務を怠った違法なものである。

ウ 地方自治法違反

(ア) 本件精算金の額には全く根拠がなく、金額の確定手続も違法であって、支出負担行為を法令又は予算の定めるところによりこれを行わなければならないとする地方自治法232条の3に反している。

(イ) 地方自治法232条の4第1項、同法施行令160条の2第1号によれば、会計管理者は、当該支出負担行為に係る債務が確定した時以後に行う命令がなければ、支出をすることができないとされているところ、本件では、契約における仕様書の業務完了の確認が行われておらず、債務は未確定であるから、債務確定後の命令がないのに本件支出をしたことになり、違法である。

(ウ) 本件においては、地方自治法234条の2第1項に定める検査が行われておらず、この点でも違法である。

(エ) 本件において、桶川市が、本件契約の内容を変更することなくa設計事務所に対して何らかの金銭を支払い得るとすれば、委託契約約款22条2項に基づく損害賠償によることになるところ、その場合、損害賠償額の決定を議会の議決事項とする地方自治法96条1項13号に反し違法である。

(被告の主張)

ア(ア) 桶川市は、委託契約約款22条1項の規定による解除権に基づき、本件契約を解除した。そして、解除後の法律関係については、同約款に規定がないことから、同約款26条に基づき、a設計事務所と協議した結果、請負契約約款50条に準じて、検査で認定された出来形部分に相当する金額を支払うこととされた。かかる精算金の支払義務は、損害賠償ではなく、解除に伴う原状回復として、不当利得返還義務の性質を持つものである。ただ、検査での認定が必要である点や、返還の範囲が現存利益に限られないなどの点で、民法703条以下の義務とは異なるものであるから、検査で認定された出来形部分に相当する代金を桶川市が支払う義務は、民法703条以下の不当利得返還義務そのものではない。

(イ) 請負契約約款50条は、工事請負契約が解除された場合に、解除までに業者が工事を終えた部分だけの代金を市が支払うことを規定しており、当事者間の利益調整として合理的なものであるから、同規定に準じたことに違法又は不当な点はない。

(ウ) もっとも、請負契約約款50条は、一部にせよ工事によってでき上がった部分の代金を支払う旨の条項であるが、設計委託業務の場合、設計図の作成は経過日数に応じて完成していくという性質のものではないため、成果品の有無に着目して金額を算定することはa設計事務所に過分な損失を負わせることとなり妥当ではない。よって、原状回復のためには、a設計事務所が費やした労力に着目して精算金の額を算定する必要がある。

a設計事務所が行った作業ないし労務は、単に人件費のみからなるものではなく、社内作業における電気代や、コピー機の費用、参考図書代などの経費を含むものであるが、これらを実額で算定することは不可能である。そうすると、a設計事務所の行った作業ないし労務の金額評価に当たっては、設計代金の相場ないし標準的な設計代金を基礎とせざるを得ない。そのため、桶川市は、「埼玉県設計監理委託料算定基準・運用」(県算定基準。乙11)に従って算定することとしたのである。県算定基準は、従事する技術者の能力に応じて人件費をきめ細かく算定し、かつ諸経費をも含んだ算定が可能であること、埼玉県が設計委託業務を発注するに当たって価格が不当に高くならないようにするため設けられた基準であって、その策定に当たっては設計代金の相場を慎重に考慮されているはずであること、埼玉県内の他の市町村でも用いられている標準的なものと考えられること、同基準は本件契約の代金額を決める際にも用いられたものであり、契約解消の場面でも同じ基準を用いることが公平であることからすれば、設計代金の相場ないし標準的な設計代金として合理的なものであって、桶川市が同基準により算定する手法を採用したことについて違法又は不当な点はない。

イ 原告らは、契約締結前の役務を計上したことが違法であると主張するが、本件において、本件契約締結前はa設計事務所がただ働きをするなどの契約はなく、契約締結前のa設計事務所による労務提供は、本件契約に基づくものとみるほかないから、これを計上したことに何ら違法不当な点はない。

プロポーザル審査委員会で選任された設計者と桶川市は必ず契約を締結することになっており、契約締結までに契約内容や今後の作業スケジュールなどについてa設計事務所と打合せをする必要があったため、契約金額は、a設計事務所側の契約締結前の経費を含めて金額が決められたところであった。また、本件精算金の算定は、本件契約解除までにa設計事務所側が要した従事人数及び日数などに応じて行うということで合意したものであり、契約締結前に提供された役務は除外するとの合意はなかった。さらに、そもそも契約締結前の役務に対する支出が禁止されるとしても、それは支出がルーズにならないように契約に基づかせようとする趣旨に出たものであって、本件では、契約締結に至っている以上、契約前の役務の提供をあえて除外する必要はない。したがって、この点に何ら不当性はない。

ウ 原告らは、人工計算が過大であると主張するが、設計業務委託の積算において、作業に要する期間の把握は、通常、1日ないし半日を単位として行われており、また、a設計事務所が費やした打合せのための準備時間や移動時間も考慮されるべきであるから、人工計算を半日単位で行ったことに不当な点はない。

エ 原告らは、本件精算金の額が過大であると主張するが、本件精算金の算定は、中途で解除された契約の原状回復のための金額として相当な算定方法に基づいており、さらに、工事検査室は、従事人数及び従事日数を、打合せ記録(乙5の1ないし14)、a設計事務所が提出した諸資料(乙14参照)等、相当な資料に基づいて出来高認定をしたものであって、県算定基準へのあてはめの過程についても誤りはないから、本件精算金の額が高すぎるということはない。

オ 原告らは、債務確定前に本件精算金が支払われたと主張するが、請負契約約款50条の場合、検査に合格した出来形部分について代金を支払うことになるので、代金額確定前に検査が行われることは必然であり、本件では、出来高認定に当たり同約款50条に準じて工事検査室による検査が行われており、同検査による出来高認定に基づいて本件精算金の額が決定されているのであるから、本件精算金債務は確定している。よって、本件支出は確定した債務に係る支出である。

(2)  争点(2)(Aの故意又は過失の有無)について

(原告らの主張)

ア 前記(1)(原告らの主張)のとおり、本件支出は違法であるところ、Aは、故意又は過失により、違法な本件精算金の支払を決定した。

イ 仮に、本件支出につき法令違反がなかったとしても、用地確保の確実な見通しが立たない段階で本件契約を締結し、同契約に基づき漫然とa設計事務所に業務遂行をさせ、結果的に用地の確保ができないために契約解除となり、桶川市に本件精算金の支払を余儀なくさせた点について、Aには注意義務違反がある。特に、桶川市議会が本件市庁舎建設は用地の確保ができるまで業務を一時中止するよう求める決議をし、これをAに提出した平成18年9月25日以降は、上記注意義務が認められるべきである。Aには、上記注意義務違反について故意又は過失があるから、a設計事務所に対する本件精算金の支払は、Aの責任において負担すべきである。

(被告の主張)

ア 新庁舎建設は、現庁舎の手狭さや耐震性への不安に照らし、桶川市にとって焦眉の急であった。また、用地確保ができる確実な見通しが立った段階まで本件契約を待っていれば、新庁舎建設はそれだけ遅れることになってしまう。さらに、本件では隣接地地権者は、桶川市への賃貸は了承していたので、確実に用地が確保できることになっていた。そうした中で、本件契約を締結するかどうかは、いわゆるビジネスジャッジメント同様、Aの裁量に委ねられているものである。したがって、用地確保ができる確実な見通しが立った段階でなければ本件契約を行ってはならないという注意義務は存在しない。そして、上記状況に照らせば、Aが本件契約締結に踏み切ったことに裁量権の逸脱はない。

イ 市議会決議の後、a設計事務所の業務を中断させなかったことについては、市議会決議に法的拘束力はないこと、新庁舎建設が焦眉の急であったこと、隣接地地権者が心変わりをして、用地を即時に売ってくれるようになるかもしれないことなどを考慮すれば、Aに裁量権の逸脱はないというべきである。

ウ よって、Aに故意又は過失はない。

(3)  争点(3)(Bの故意又は重過失の有無)について

(原告らの主張)

前記(1)(原告らの主張)のとおり、本件支出は違法であり、Bは、桶川市助役として、故意又は重過失により本件精算金の支出命令をした。

(被告の主張)

争う。

第3当裁判所の判断

1  後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  a設計事務所が行った業務内容及び契約解除までの経緯

ア 平成18年6月14日、同月22日、同年7月4日及び同月13日に、桶川市とa設計事務所との間で、本件契約の締結に向けた今後のスケジュール等の打合せが行われた。打合せの結果は、a設計事務所が文書化し、その内容について桶川市の決裁を受けた。(乙5の1ないし4)

イ 本件契約の締結後、平成18年7月26日、同年8月2日、同月4日、同月10日、同年9月6日、同月21日、同年10月12日及び同月26日に、桶川市とa設計事務所との間で、本件契約に関する打合せが行われた。打合せの結果は、a設計事務所が文書化し、その内容について桶川市の決裁を受けた。(乙5の5ないし12)

これらの打合せにおいては、現市庁舎の隣接地地権者との交渉や、これに関する議会の意向等についても議題となっていた。平成18年8月10日の打合せでは、桶川市から、議会全員協議会で隣接地の問題について指摘があり、9月議会に再度諮ること、それまでの間、市民・職員のワークショップを延期することが報告され、同年9月6日の打合せでは、桶川市から、9月4日の議会全員協議会で隣接地のことについて説明を行ったが、議会からは庁舎計画を進めることについて回答がないこと、9月11日の運営委員会及び9月20日の本会議後に方針が出るのではないか、との報告がされた。その後、同年10月12日の打合せでは、桶川市から、10月24日に議会運営委員会が実施され、そこで何らかの進展が見られるのではないか、地権者とは調整中である旨の報告がされた。同年10月26日の打合せでは、桶川市から、南側敷地について12月までには結論を出したいこと、土地の買上または代替地の提供の2つの方法にて調整していること、基本設計の再スタートが翌年1月末頃になると考えていることが報告され、a設計事務所からは、敷地が確定できず、市民のワークショップ等が実施できないので、具体的なプランニングを進めるのは難しいが、勉強会のようなものを実施していきたいとの提案がされた。(乙5の8、9、11、12)

ウ この間、a設計事務所は、次のとおり、グループ会議、視察見学、課別ヒアリング、勉強会、現場調査を行った。

平成18年8月3日、桶川市本庁舎においてグループ会議を開催し、同月7日、群馬県明和町役場及びさいたま市プラザウエストにおいて視察見学を実施した。同月23日、24日、28日及び30日、課別ヒアリングを実施し、同年11月13日及び14日、現庁舎の現場調査を実施した。同年11月2日及び同月24日、庁舎建設に関する勉強会を開催した。(乙6の1ないし4、6、乙22、23)

エ その後、平成19年1月17日になって、現市庁舎の隣接地の用地交渉が不調に終わったことの経過説明等をするため、打合せが行われた。この打合せにおいて、桶川市は、現市庁舎の隣接地の用地交渉が不調に終わったこと、現基本構想での庁舎建設を断念せざるを得なくなったことを伝えた。a設計事務所から、隣接地を取得できないからといって庁舎建設を断念することはもったいないため、現有敷地のみでの庁舎建設のプランの提示など、できる限りのことをしたいとの申し出がされた。(乙5の13)

オ そして、平成19年1月26日に行われた打合せにおいて、桶川市は、現有敷地等での建設が可能であるかについて検討した結果、南側隣接地の買収という現構想に基づく庁舎建設ということで議会の承諾を得たものであり、9月議会の決議を尊重することから、現構想以外の建設方法では議会の承諾は得がたいと判断し、現有敷地等での建設の可能性の検討はしないこととしたこと、本件契約を解除させていただきたいこと、今後の処理について、a設計事務所から出来高及び請求額の根拠を提示してもらい、それに対して市が確認をするということを伝えた。(乙5の14)

(2)  契約解除後の処理

ア 委託契約約款では、契約解除の際の措置について定めていないため、請負契約約款50条における解除時の精算措置を準用し、完了届に代わる業務実績報告書の提出を求め、出来高確認を行うこととされた。(乙19)

これを受けてa設計事務所は、桶川市に対し、業務実績報告書として、各課ヒアリングシート、既存調査現状レイアウト、勉強会資料、見学会資料、打合せ記録を提出したほか、業務一覧表、人工内訳表を提出し、出来高金額802万2263円を提示した。(甲7、乙5の1ないし14、乙12ないし14、16、22、23、証人C)

イ 桶川市財務課は、工事検査室への検査申し出に必要な自主検査をし、県算定基準に当てはめて、金額を709万0650円と算定した上で、工事検査室に対して検査の申し出をした。(証人C)

ウ 工事検査室で出来高検査を担当したDは、財務課との事前打合せにおいて、財務課が提出を予定する資料のほかにも資料を追加するよう指示した。そして、平成19年3月2日実施の検査において、打合せ記録、既存調査現状レイアウト、各課ヒアリングシートを参照し、業務一覧表及び人工内訳表の内容を確認した。打合せについては、契約締結前の打合せ記録はなかったものの、それ以外は対応する打合せ記録が全てあったことから、打合せ記録と照合し、人工計算を確認した。課別ヒアリングについては、実際にa設計事務所がヒアリングで職場を回ることの通知があったこと、成果品としてヒアリングシートがあることから、業務一覧表の内容が正しいことを確認した。その上で、出来高金額を709万0650円と認定した。(証人D)

2  争点(1)(本件支出の違法性)について

(1)  前記争いのない事実等及び前記1で認定した各事実によれば、a設計事務所は、本件契約に基づく各種業務を行っていたが、桶川市による隣接地地権者との買収交渉が不調に終わり、市庁舎建設の基本構想が崩れたため、桶川市としては、委託契約約款22条1項の解除権に基づき、本件契約を解除せざるを得なくなったものである。そうすると、本件契約が解除されたのは、専ら桶川市の責任によるものということができるから、a設計事務所が行った業務に係る各種費用等については、桶川市が負担すべきものといえる。したがって、桶川市は、解除に伴う原状回復の措置として、a設計事務所に対して精算金を支払う必要があるのであって、精算金を支払うこと自体に違法性があるということはできない。

そこで、次に、本件支出の手続面又は実体面において、原告らが主張するような違法があるか否かについて検討する。

(2)  手続面について

ア(ア) 本件においては、前記1(2)で認定したとおり、本件契約の解除に当たり、委託契約約款26条による協議の結果、契約の中途における解除の場合の処理について定めた請負契約約款50条に準じた措置を採ることとなった。

ところで、請負契約約款50条は、請負契約が解除された場合において、桶川市は、出来形部分を検査の上、当該検査に合格して引渡しを受けた出来形部分に相応する請負代金を請負者に支払うことと定めているが、本件契約は基本設計業務の委託契約であり、請負契約の場合のような中途における出来形部分の引渡しは想定しがたい。そうであるとすれば、請負契約約款50条に準じた措置とは、要するに、出来高について工事検査室による検査を受けた上で、a設計事務所が行った業務に相応する合理的な金額として同検査に合格した金額を、本件精算金としてa設計事務所に支払うという意味であると解される。このように解することが、解除に伴う原状回復の措置としての本件精算金の趣旨にも合致するというべきである。

(イ) 次に、桶川市は、a設計事務所の行った業務を金銭的に評価するに当たり、設計監理委託料についての標準的な算定基準及び運用を定めた県算定基準に従うこととした。県算定基準は、建築物等に係る設計監理委託料を構成する費用の内容について、直接人件費、諸経費、技術料等経費、特別経費及び消費税等相当額の5項目に分けている。そして、各項目の算定方法は次のとおりである。

すなわち、直接人件費については、技術者の職種を6種類に区分した上、それぞれの直接人件費単価を定め、業務に直接従事した技術者の業務人・日数に、当該技術者の直接人件費単価を乗じたものの総和により、算定するものとする。諸経費については、業務の履行に当たって通常必要となる直接人件費以外の経費であって、直接経費及び間接経費で構成されるものであり、直接人件費の額に諸経費率を乗じて算定するものとする。技術料等経費については、業務において発揮される技術力、創造力等の対価として支払われる費用であり、直接人件費と諸経費の合計額に技術料等経費率を乗じて算定するものとする。特別経費については、発注者の特別の依頼に基づいて必要となる費用の合計とし、実情に応じて算定するものとする。最後に、消費税等相当額については、直接人件費、諸経費、技術料等経費及び特別経費の合計(業務価格)に消費税等率を乗じて算定するものとする。(乙11)

このように、県算定基準は、業務に従事する技術者の能力に応じて直接人件費をきめ細かく算定することとしており、その他の経費の算定方法についても定めているものであって、a設計事務所の行った業務の金銭的評価に適しているものということができるから、県算定基準に従ったことについて、違法ないし不当な点はないといえる。

(ウ) 以上より、本件精算金の算定は、a設計事務所の行った業務について県算定基準に従って金銭的評価をし、請負契約約款50条に準じた工事検査室による検査を受けて誤りや不合理な点がないことを確認するという手続により行われたものであって、かかる手続を採用したことは合理的であり、違法であるとはいえない。

イ 原告らは、かかる手続に関して、損害賠償額の決定を議会の議決事項とする地方自治法96条1項13号に反し違法であると主張する。

しかし、前記(1)で述べたとおり、本件精算金は、桶川市の責任で本件契約の解除に至ったことから、a設計事務所が行った業務に係る費用を桶川市が負担するという趣旨で支払われるものであって、その性質は解除に伴う原状回復ないし不当利得返還であるといえる。すなわち、本件精算金は、損害賠償ではないから、その額の決定に議会の議決は必要ない。

よって、本件精算金の算出は、地方自治法96条1項13号による議会の議決事項には当たらないから、この点に係る原告らの主張は採用することができない。

ウ 次に、原告らは、工事検査室による検査は、a設計事務所が提出した資料にある金額をそのまま認めたものであり、検査に根拠がないと主張するので、この点について検討する。

前記1(2)ウで認定したとおり、工事検査室による検査を担当したDは、a設計事務所が提出した打合せ記録等の諸資料に基づいて、a設計事務所が行った業務の内容及び人工の内訳を確認したものである。a設計事務所は、前記1(1)のとおり、打合せや課別ヒアリング等の各種業務を行ったものであるところ、このことは、桶川市による決裁を受けた打合せ記録(乙5の1ないし14)、「第1回桶川市役所職員ワークショップ記録」(乙6の1)、視察見学に係る報告文書(乙6の2)、課別ヒアリングに係る伺い文書(乙6の3)、各課ヒアリングシート(乙22)、現場調査に係る現状レイアウト(乙23)、勉強会に係る報告資料、レジュメ(乙6の4、6、7)により、それぞれ確認することができる。そして、これらの資料と業務一覧表との間に齟齬があるとは認められないのであるから、a設計事務所が、実際に行った業務を超えて過大な請求をしていることを窺わせる事情はない。よって、この点に関して工事検査室による検査に根拠がないとはいえない。

原告らは、a設計事務所の社内業務については、これを確認する資料がないと主張するが、前記のとおり、a設計事務所は、打合せ、課別ヒアリング、現場調査、勉強会等の業務を行っている以上、その準備のために社内においても資料作成等の業務を行う必要があることは当然想定されるところである。そうすると、社内業務の量としてa設計事務所が申告した内容が明らかに不合理であるなどの事情がない限り、直接確認する資料がなかったとしても、これを行ったものとして認定することが許されるというべきである。そして、人工内訳表により申告された社内業務は、全体でも、39.5人日に過ぎないのであるから(乙13)、本件契約に係る作業に従事した期間に照らしても、過大であるとはいえず、明らかに不合理であるなどの事情はないといえる。よって、この点に関して工事検査室による検査に根拠がないとはいえない。

以上より、工事検査室は、a設計事務所側で業務に従事した人数及び時間等を相当な資料に基づいて検査したものといえるのであり、検査に根拠がないとする原告らの主張は採用することができない。

エ その他、原告らは、桶川市会計規則29条1項3号違反、地方自治法232条の4第1項違反、同法234条の2第1項違反についても主張するので、以下に検討する。

桶川市会計規則29条1項3号については、Bによる支出命令は、a設計事務所が資料を添えて提示した出来高金額802万2263円について、財務課による自主検査及び工事検査室による検査を経て、金額について確認がなされた後に、確認された金額709万0650円と同額の請求書の提出を受けてなされているので、同条項所定の調査、確認はされたというべきであり、同条項に違反する事実は認められない。同様のことから、支出命令が債務の確定前になされたとはいえず、地方自治法232条の4第1項の違反についても認められない。

地方自治法234条の2第1項違反を主張する点については、設計委託契約という本件契約の性質上、中途解除された場合の成果物の引渡しは想定し難く、本件においても、契約の成果物である設計図書の引渡しはなかったのであるから、本件は、契約の履行確保又は給付の完了の確認のための必要な検査を求める同項の適用場面ではないというべきである。そして、財務課による自主検査及び工事検査室による検査は解除に伴う原状回復の措置としての精算金が適正なものであるかを検査したものであり、各検査が適正に行われたことは、既に述べたとおりである。したがって、地方自治法234条の2第1項違反の主張は、失当である。

オ 以上より、本件支出について、手続面での違法性は認められない。

(3)  実体面について

ア 前記(1)及び(2)で検討したところから、本件精算金については、合理的な手続により、工事検査室による検査を受けた上で金額が算定されたものであることからすると、金額が過大であるなどの実体面での違法性も認められないというべきである。原告らは、工事検査室による検査には根拠がなく、本件精算金の額が過大であると主張するが、前記(2)ウで述べたとおり、工事検査室は、相当な資料に基づいて出来高検査を行ったものであること、本件契約に係る業務の性質上、成果物である設計図書の作成にとりかかる前に打合せや各部門の意向聴取を行う必要があり、かかる作成準備業務の出来高を算定した結果、契約金額の約4分の1に達してもあながち不合理とはいえないことからすれば、原告らの同主張は採用することができない。

イ 原告らは、契約締結前の役務を計上したことが違法であると主張するので、この点について検討する。

本件においては、プロポーザル審査委員会において、a設計事務所が選定された後、契約締結までの間に契約内容及び今後のスケジュール等について4回の打合せが行われている(乙5の1ないし4)。この間の打合せに要するa設計事務所側の経費(交通費、人件費、資料作成費等)については、指名型プロポーザル方式の性質上、選定された業者に契約が発注されることになるので、契約締結を前提とする業務であるとして、平成18年6月7日には、契約金額に含む経費として処理することとされていた(乙2)。実際に行われた打合せの内容も、今後のスケジュールを中心として、本件契約の締結後に行うワークショップやヒアリングの実施方法等についての協議や、仮設庁舎に関する協議など、本件契約の締結に向けて行われ、本件契約の目的である設計業務をする上で必要な行為であると認められる(乙5の1ないし4)。

そうすると、本件契約の解除に伴う原状回復としては、プロポーザル審査委員会における選定後、契約締結前にa設計事務所が行った業務(社内業務を含む。)に係る費用も含まれると解するのが相当であるから、契約締結前の業務を計上したことが違法であるとの原告らの主張は、採用することができない。

ウ 原告らは、人工計算が過大であると主張するが、県算定基準においても、直接人件費の算定において「業務人・日数」に直接人件費単価を乗じることとされており、単位として人日を採用しているものといえる。そして、設計委託業務における人工の計算に当たり、一般的に用いられる単位は人日であるから(証人C)、本件においても、1日ないし半日の単位で人工を把握したことが不合理とはいえない。原告らは、打合せ実時間を基に算定しなければならないと主張するが、直接人件費算定にあたっては、桶川市役所での打合せ実時間のみならず、移動時間等の拘束時間も考慮するのが相当であるし、原告ら主張の方法は前記の一般的な算定方法にも合致しないので、本件精算金の算定を違法というには足りず、この点に係る原告らの主張は、採用することができない。

エ その他、本件精算金の金額が不当に多額であることを窺わせる証拠はないのであるから、本件精算金の金額が過大であるとはいえず、本件支出の実体面での違法性も認められない。

(4)  以上より、本件支出は、手続面、実体面のいずれにおいても違法であるとは認められない。

3  結論

以上によれば、本件支出が違法な公金の支出とは認められないから、その余の点につき判断するまでもなく、原告らの請求は理由がない。

よって、原告らの請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原啓一郎 裁判官 古河謙一 髙部祐未)

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