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さいたま地方裁判所 平成20年(行ウ)25号 判決 2009年6月24日

主文

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

新座市長が,原告に対し,平成20年8月8日付けで行ったAについての新座市家庭保育室の指定取消処分を取り消す。

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,原告が,新座市内において,被告市長から家庭保育室の指定を受けて家庭保育室を運営していたところ,平成20年8月8日,被告市長が,交付された委託料等の帳簿類の5年間の保存を怠っていたこと,帳簿類を改ざんし,委託料を不正に受領したこと及び臨時保育者を常勤保育者と偽って委託料を不正に受領したことを理由として,家庭保育室の指定取消しを行ったため,これを不服とした原告が,被告に対し,家庭保育室指定取消しの取消しを求めている事案である。

2  争いのない事実等(証拠により容易に認められる事実については,かっこ内に証拠を示す。)

(1)  被告市長は,新座市において,新座市家庭保育室委託事業実施要綱(本件要綱)に基づいて,家庭保育室の指定及びその取消しを行う行政庁である。

(2)  原告は,埼玉県新座市BC丁目D番E号において,施設長として無認可保育室Aを開設し,平成16年5月1日付けで被告市長から家庭保育室の指定を受けた。その後,原告は,平成19年8月15日付けでAの所在地を埼玉県新座市BC丁目F番G号に変更し,以後同所においてAを運営してきた。

被告市長による家庭保育室の指定は年度ごとに行うものとされているため,原告は,平成20年4月1日,被告市長から,期間を同日から平成21年3月31日までとする家庭保育室の指定(本件指定)を受け,平成20年4月1日,被告との間で,契約期間を同日から平成21年3月31日までとし,被告が原告に対して乳幼児の保育業務を委託する旨の新座市家庭保育室事業委託契約(本件委託契約)を締結した。(甲4)

(3)  平成20年8月8日,被告市長は,原告に対し,①交付された委託料,保護者が負担した保育料等の収入,支出等の帳簿類の5年間の保存を怠っていたこと,②帳簿類を改ざんし,児童の入室日及び退室日を偽って委託料を不正に受領したこと,及び③臨時保育者を常勤保育者と偽って委託料を不正に受領したことを理由として本件指定を取り消す(本件指定取消し)旨の通知,あわせて,上記①ないし③の理由に加え,本件要綱に定める各事項を遵守しなかったことを理由として,本件委託契約を解除する旨の通知を行った。(乙1)

3  法令の定め

(1)  児童福祉法(児福法)24条

1項 市町村は,保護者の労働又は疾病その他の政令で定める基準に従い条例で定める事由により,その監護すべき乳児,幼児又は第39条第2項に規定する児童の保育に欠けるところがある場合において,保護者から申込みがあったときは,それらの児童を保育所において保育しなければならない。ただし,付近に保育所がない等やむを得ない事由があるときは,その他の適切な保護をしなければならない。

(2)  本件要綱

1条(趣旨)

この告示は,児童福祉法(昭和22年法律第164号)第24条第1項ただし書に基づく保育の実施を行うため,家庭保育室委託事業(以下「事業」という。)に関し必要な事項を定めるものとする。

2条(定義)

この告示において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めるところによる。

(3)  家庭保育室 自宅その他の施設(児童福祉法第35条第4項の認可を受けているものを除く。)において,保護者の就労,疾病等により保育に欠ける乳児及び幼児(以下「乳幼児」という。)を保育する施設をいう。

10条(家庭保育室の指定等)

1項 家庭保育室の指定を受けようとする者は,次の調書を添付の上,新座市家庭保育室指定申請書を市長に提出しなければならない。

(1) 設置者・保育者の調書

(2) 保育設備調書

(3) 賠償責任保険加入調書

(4)  傷害保険加入調書

2項 市長は,前項の申請があったときは,その内容を審査し,指定するものにあっては,新座市家庭保育室指定書を交付するものとする。

3項 設置者は,第1項の申請内容に変更があった場合,新座市家庭保育室内容変更申請書を提出しなければならない。

4項 第2項の指定をしたときは,設置者と委託契約を締結するものとする。

13条(委託料の請求及び支払)

1項 設置者は,対象乳幼児の保育を実施した月ごとにその翌月10日までに新座市家庭保育室委託料請求書に委託料請求額内訳書を添えて,市長に委託料を請求するものとする。

2項 前項に定める委託料は,請求のあった日から1か月以内に設置者に支払うものとする。

15条(家庭保育室の廃止等)

2項 市長は,次の各号のいずれかに該当する場合は,家庭保育室の指定を取り消すことができるものとする。

(1) 設置者又は保育者が,この告示に定める事項に違反したとき。

(2) 家庭保育室の設備が,基準に適合しなくなったとき。

(3) 設置者が,市長の命令又は指導に従わなかったとき。

4  争点

(1)  本件指定取消しの処分性(争点1)

(2)  訴えの利益(争点2)

(3)  本件指定取消しの違法性(争点3)

5  争点に対する当事者の主張

(1)  争点1(本件指定取消しの処分性)について

(原告の主張)

本件要綱1条から,被告における家庭保育室の制度は,被告が児福法24条1項ただし書に定める義務を果たすために設けている制度であることは明らかであるから,本件要綱は法律の委任を受けたものである。本件要綱が法律上の委任を受けたものでないとしても,本件要綱が,設置者に請求できる委託料の金額や請求の方法,設置者の遵守事項を定めているなど内容が具体的なものであること,11条に基づく対象乳幼児の認定が処分とされていることから,本件要綱は法規の性質を有するというべきである。

仮に,本件要綱が法規の性質を有せず,また,児福法24条1項ただし書の委任を受けたものでないとしても,本件要綱によれば,設置者が家庭保育室の指定を受けるためには,指定申請書を提出しなければならないのであり,行政庁たる被告市長はこれを受けて指定するかどうかの判断をするのであるから,設置者による申請行為は行政手続法にいう申請であり,被告市長による指定は申請に対する処分と位置づけることができる。そして,設置者は,その指定を受けることによって,被告における家庭保育室の設置者という地位を取得するとともに,本件要綱に定める委託料を請求する権利を有し,本件要綱に定める義務を負うことになる。そうであれば,指定の取消しはこのような権利を害するものであるから行政処分というべきである。

したがって,本件指定取消しは処分に当たる。

(被告の主張)

本件訴えは処分の取消しの訴えであるところ,行政事件訴訟法上,取消しの対象となる処分であるといえるためには,当該行為が法令に根拠があるものであることが必要である。しかし,本件指定取消しの根拠となっている本件要綱は,法規ではなく,何らかの法令の委任を受けたものでもない。

また,処分というためには,その行為によって,直接国民の権利義務を形成し,あるいはその範囲を確定するものであることが必要であるところ,家庭保育室の指定を受けるだけでは被告市長に対する委託料請求権や,設置者としての義務が発生するわけではなく,原告が,家庭保育室の指定によって発生するという権利義務は,すべて被告との業務委託契約に基づいて発生するものである。したがって,家庭保育室の指定は処分ではなく,その取消しも処分でない。

よって,本件指定取消しは処分ではない。

(2)  争点2(訴えの利益)について

(原告の主張)

本件訴えには,訴えの利益がある。

(被告の主張)

原告が新座市家庭保育室事業を行えないのは,本件指定取消しがなされたからではなく,事業委託契約が解除されたからである。仮に,本件指定取消しが取り消されたとしても,当然に事業委託契約が復活するわけではない。よって,本件訴えは訴えの利益を欠く。

(3)  争点3(本件指定取消しの違法性)について

(原告の主張)

家庭保育室の指定取消しは,これによって設置者は本件要綱に定める委託料を受け取ることができなくなるものであるから,新座市行政手続条例(本件手続条例)2条4項の不利益処分に該当する。したがって,家庭保育室の指定取消しを行うためには,同条例13条以下に定める聴聞手続を行わなければならないところ,本件指定取消しについてはこれらの手続が一切行われておらず,本件指定取消しには手続的な違法がある。

本件指定取消しの理由は,①交付された委託料,保護者が負担した保育料等の収入,支出等の帳簿種類の5年間の保存を怠っていたこと,②帳簿類を改ざんし,児童の入室日及び退室日を偽って委託料を不正に受領したこと,③臨時保育者を常勤保育者と偽って委託料を不正に受領したこととされている。しかし,①については,原告において,帳簿類の保存を怠っていたという事実はなく,②については,ある児童について,実家に戻るが,すぐに戻るので在籍のままにしてほしいという申出が母親からあったため,原告においてその児童をAに在籍する児童として取り扱っていただけのことであり,③については,被告市長が指摘する臨時保育者は,原告との間で常勤として雇用契約を締結しており,常勤の保育者であって,本件指定取消しには理由がなく,違法である。

(被告の主張)

本件手続条例における不利益処分とは,条例等に基づくものであることを要件とするところ,本件要綱はこの条例等に該当しないため,本件指定取消しには本件手続条例の適用はなく,これに違反し違法であるということもない。

本件においては,①原告は,帳簿類の保存はおろか,作成していないものもあり,作成しているものについては内容が不十分なものがほとんどであり,平成18年11月9日及び平成19年11月5日の立入調査においてこの点が指摘され,改善を誓ったが,いっこうに改善されなかった,②原告の主張する事例であっても委託料の不正受給であることには変わりがなく,また,他にも不正受給の事例があり,③常勤職員とは1週間に5日以上かつ30時間以上勤務する職員をいうところ,常勤保育者として委託料が請求されていながら,勤務時間の点で常勤保育者の要件を満たさないというケースが多数発見された。したがって,本件指定取消しは適法である。

第3争点に対する判断

1  争点1(本件指定取消しの処分性)について

(1)  行政事件訴訟法3条2項は,処分の取消しの訴えについて「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(処分)の取消しを求める訴訟をいう」と規定しており,ここに定める処分とは,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう。そこで,本件指定取消しが処分に該当するかにつき検討する。

(2)ア  上記のとおり,本件要綱は,家庭保育室の設置を希望する者にあらかじめ被告市長に対する家庭保育室指定申請書を提出させ,被告市長はその内容を審査して,家庭保育室の指定をした上で,その者と委託契約を締結することとしている。この点につき,原告は,家庭保育室の設置を希望する者は,家庭保育室の指定を受けることにより委託料の請求が可能となり,本件要綱で定める義務を負うことになると主張する。

イ  本件要綱の定める家庭保育室は,児福法上無認可保育施設に当たるところ,無認可保育施設には同法45条の定める児童福祉施設の設備及び運営についての最低基準の規定が適用されず,同法59条の措置を除けば特段の規制をしていない。しかし,かかる施設において保護を受ける児童の心身の健全な育成を図るためには,一定の水準を具備した施設の設備や運営が整えられていることが望ましい。

そのため被告は,本件要綱において,家庭保育室の設置者として遵守すべき基準を定め,同施設の設置を希望する者にあらかじめ申請を行わせ,乳幼児の保護の見地から定められた本件要綱の基準を満たしているかどうかを審査し,本件要綱の定める基準を満たす場合にのみ家庭保育室の指定を行い,その上で保育業務の委託契約を行うこととし,これによって,無認可保育施設に対する保育業務の委託において,被告に義務づけられている保育所における保育に代わる適切な保護が確保できるようにしたものと解される。

そして,本件委託契約(甲4)において委託料の定めを本件要綱にゆだねている趣旨は,行政主体が契約の一方当事者となる以上,契約内容についても一定の公平性及び透明性の確保が求められることから,告示として定められ公開されている本件要綱で委託料の内容を定めることにしたものと解される。

このような,本件要綱の定め及びその趣旨に照らすと,本件要綱において被告市長が家庭保育室の指定をすることによって指定を受けた者に当然に委託料請求権等を発生させることを予定しているということはできず,保育業務の委託契約に従って業務を遂行したことによって発生すると解するのが相当である。そうであれば,保育業務の委託契約によって発生した権利等は,家庭保育室の指定取消しではなく,委託契約の解除によって消滅すると解するのが相当である。また,家庭保育室の指定を受けることによって指定を受けた者は,保育業務の委託を受けうる地位を取得するとしても,契約当事者のいわば適格を与えられたにすぎず,これをもって権利義務を形成したとまではいえない。

ウ  したがって,家庭保育室の指定及びその取消しは,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定するものではなく,本件指定取消しには処分性がない。

(3)ア  家庭保育室の指定及びその指定取消しは,いずれも,本件要綱に基づくものであるところ,上記の本件要綱の定め及びその趣旨からすれば,本件要綱のうち家庭保育室の指定及びその取消しに関する部分は法規と同視できるものではない。

また,児福法24条1項ただし書は,市町村に対し,児童に対する保育所における保育に代わる適切な保護を義務づける規定であって,市町村以外の主体の運営する家庭保育室のような施設の設置や基準等について下位の法令等に委任する文言がない以上,家庭保育室という施設の設置や基準等について委任したものとは解されない。したがって,家庭保育室の指定及びその指定取消しについての本件要綱の定めが,児福法の委任を受けたものと解することもできない。

よって,家庭保育室の指定及びその取消しは,法律に基づくものではなく,この点からしても処分性がない。

イ  なお,本件要綱に基づく家庭保育室委託事業の対象となる乳幼児(対象乳幼児)の認定承認却下の通知書においては,これが処分に該当することを前提として,この処分の取消しの訴えは新座市を被告として提起することができる旨の記載があり(甲10),このことから,原告は,本件要綱が法規であるか,又は児福法の委任を受けていると主張する。

しかし,上記のとおり,児福法24条1項ただし書は,市町村に対し,児童に対する保育所における保育に代わる適切な保護を義務づける規定であり,本件要綱のうち保育所への入所を必要とする乳幼児が保育に代わる適切な保護を受けられる要件等に関する定めは,上記ただし書の委任を受けたものであると解することができる。したがって,これに基づく対象乳幼児認定承認却下は処分に該当するということができるのであって,これによって,家庭保育室の指定やその取消しに関する部分も上記ただし書の委任を受けたものであると解することができるわけではない。

(4)  その他,家庭保育室の指定及びその指定取消しに対し不服申立を認める特別の法令が置かれているということも認められず(弁論の全趣旨),ほかに家庭保育室の指定及びその指定取消しが処分であることを前提とする法令の定めも認められない。

以上によれば,本件指定取消しは,それにより直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものであるということはできず,処分に該当するとは認められない。

2  結論

以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,原告の本件訴えは不適法であるから,これを却下することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠山廣直 裁判官 八木貴美子 裁判官 井田大輔)

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