さいたま地方裁判所 平成20年(行ウ)31号 判決 2010年6月30日
主文
1 本件訴えのうち、原告が被告に対し、平成20年8月8日付け及び同月21日付けでした過払介護給付費4179万0044円の返還命令の取消しを求める部分を却下する。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第2事案の概要
1 事案の要旨
原告は、さいたま市内において指定介護老人福祉施設を運営する社会福祉法人であり、介護保険法上の保険者である同市から、介護保険法に基づく介護給付費の支給を受けていたところ、被告は、原告が過大に介護給付費の支給を受けたとして、原告に対し、介護保険法22条3項(平成20年法律第42号による改正前のものをいい、以下断りのない限り、介護保険法22条3項は同改正前のものをいう。)及び民法上の不当利得返還請求権に基づき、過払介護給付費4179万0044円を返還するよう通知し(本件通知)、原告は、これに応じて、被告に対し、4179万0044円を支払ったが、本件は、原告は本件通知は行政処分に当たるものの違法であると主張して、被告に対し、本件通知の取消しを求めるとともに、不当利得返還請求権に基づき、上記4179万0044円及びこれに対する法定利息の支払を求めた事案である。
2 関係法令等
(1) 介護保険法
8条
22項(平成18年法律第83号による改正前のもの)
この法律において「介護保険施設」とは、第48条第1項第1号に規定する指定介護老人福祉施設、介護老人保健施設及び同項第3号に規定する指定介護療養型医療施設をいう。
23項 この法律において「施設サービス」とは、介護福祉施設サービス及び介護保険施設サービスをいい、「施設サービス計画」とは、介護老人福祉施設又は介護老人保健施設に入所している要介護者について、これらの施設が提供するサービスの内容、これらを担当する者その他厚生労働省令で定める事項を定める計画をいう。
24項 この法律において「介護老人福祉施設」とは、老人福祉法第20条の5に規定する特別養護老人ホーム(入所定員が30人以上であるものに限る。以下この項において同じ。)であって、当該特別養護老人ホームに入所する要介護者に対し、施設サービス計画に基づいて、入浴、排せつ、食事等の介護その他の日常生活上の世話、機能訓練、健康管理及び療養上の世話を行うことを目的とする施設をいい、「介護福祉施設サービス」とは、介護老人福祉施設に入所する要介護者に対し、施設サービス計画に基づいて行われる入浴、排せつ、食事等の介護その他の日常生活上の世話、機能訓練、健康管理及び療養上の世話をいう。
22条
1項 偽りその他不正の行為によって保険給付を受けた者があるときは、市町村は、その者からその給付の価額の全部又は一部を徴収することができる。
2項 前項に規定する場合において、訪問看護、訪問リハビリテーション、通所リハビリテーション若しくは短期入所療養介護又は介護予防訪問看護、介護予防訪問リハビリテーション、介護予防通所リハビリテーション若しくは介護予防短期入所療養介護についてその治療の必要の程度につき診断する医師その他居宅サービス若しくはこれに相当するサービス、施設サービス又は介護予防サービス若しくはこれに相当するサービスに従事する医師又は歯科医師が、市町村に提出されるべき診断書に虚偽の記載をしたため、その保険給付が行われたものであるときは、市町村は、当該医師又は歯科医師に対し、保険給付を受けた者に連帯して同項の徴収金を納付すべきことを命ずることができる。
3項 市町村は、第41条第1項に規定する指定居宅サービス事業者、第42条の2第1項に規定する指定地域密着型サービス事業者、第46条第1項に規定する指定居宅介護支援事業者、介護保険施設、第53条第1項に規定する指定介護予防サービス事業者、第54条の2第1項に規定する指定地域密着型介護予防サービス事業者又は第58条第1項に規定する指定介護予防支援事業者(以下この項において「指定居宅サービス事業者等」という。)が、偽りその他不正の行為により第41項第6項、第42条の2第6項、第46条第4項、第48条第4項、第51条の2第4項、第53条第4項、第54条の2第6項、第58条第4項又は第61条の2第4項の規定による支払を受けたときは、当該指定居宅サービス事業者等に対し、その支払った額につき返還させるほか、その返還させる額に100分の40を乗じて得た額を支払わせることができる。
48条
1項 市町村は、要介護被保険者が、次に掲げる施設サービス(以下「指定施設サービス等」という。)を受けたときは、当該要介護被保険者に対し、当該指定施設サービス等に要した費用(食事の提供に要する費用、居住に要する費用その他の日常生活に要する費用として厚生労働省令で定める費用を除く。以下この条において同じ。)について、施設介護サービス費を支給する。ただし、当該要介護被保険者が、第37条第1項の規定による指定を受けている場合において、当該指定に係る種類以外の施設サービスを受けたときは、この限りでない。
1号 都道府県知事が指定する介護老人福祉施設(以下「指定介護老人福祉施設」という。)により行われる介護福祉施設サービス(以下「指定介護福祉施設サービス」という。)
2項 施設介護サービス費の額は、施設サービスの種類ごとに、要介護状態区分、当該施設サービスの種類に係る指定施設サービス等を行う介護保険施設の所在する地域等を勘案して算定される当該指定施設サービス等に要する平均的な費用(食事の提供に要する費用、居住に要する費用その他の日常生活に要する費用として厚生労働省令で定める費用を除く。)の額を勘案して厚生労働大臣が定める基準により算定した費用の額(その額が現に当該指定施設サービス等に要した費用の額を超えるときは、当該現に指定施設サービス等に要した費用の額とする。)の100分の90に相当する額とする。
4項 要介護被保険者が、介護保険施設から指定施設サービス等を受けたときは、市町村は、当該要介護被保険者が当該介護保険施設に支払うべき当該指定施設サービス等に要した費用について、施設介護サービス費として当該要介護被保険者に支給すべき額の限度において、当該要介護被保険者に代わり、当該介護保険施設に支払うことができる。
5項 前項の規定による支払があったときは、要介護被保険者に対し施設介護サービス費の支給があったものとみなす。
6項 (平成18年法律第83号による改正前のもの)
市町村は、介護保険施設から施設介護サービス費の請求があったときは、第2項の厚生労働大臣が定める基準及び第88条2項に規定する指定介護老人福祉施設の設備及び運営に関する基準(指定介護福祉施設サービスの取扱いに関する部分に限る。)、第97条第3項に規定する介護老人保健施設の設備及び運営に関する基準(介護保険施設サービスの取扱いに関する部分に限る。)又は第110条第2項に規定する指定介護療養型医療施設の設備及び運営に関する基準(指定介護療養施設サービスの取扱いに関する部分に限る。)に照らして審査した上、支払うものとする。
(2) 介護保険法48条2項等に基づき定められた、指定施設サービス等に要する費用の額の算定に関する基準(厚生省告示第21号、以下「算定基準」という。)
別表注1 指定介護老人福祉施設において、指定介護福祉施設サービスを行った場合に、当該施設基準に掲げる区分及び別に厚生労働大臣が定める基準に掲げる区分に従い、入所者の要介護状態区分に応じて、それぞれの所定単位数を算定する。ただし、別に厚生労働大臣が定める夜勤を行う職員の勤務条件に関する基準を満たさない場合は、所定単位数の100分の97に相当する単位数を算定する。
(3) 上記算定基準等に基づき定められた、厚生労働大臣が定める夜勤を行う職員の勤務条件に関する基準(厚生省告示第29号、以下「夜勤基準」という。)
1号 指定短期入所生活介護の夜勤を行う職員の勤務条件に関する基準
ロ 併設型短期入所生活介護費又は併設型ユニット型短期入所生活介護費を算定すべき指定短期入所生活介護の夜勤を行う職員の勤務条件に関する基準
(1) 併設型短期入所生活介護費を算定すべき指定短期入所生活介護の夜勤を行う職員の勤務条件に関する基準
(2) 当該指定短期入所生活介護事業所が併設事業所である場合の指定短期入所生活介護の夜勤を行う職員の勤務条件に関する基準
e 利用者の数が101以上の併設事務所にあっては、併設本体施設として必要とされる数の夜勤を行う介護職員又は看護職員に加えて、4に利用者の数が100を超えて25又はその端数を増すごと1を加えて得た数以上
5号 指定介護福祉施設サービスの夜勤を行う職員の勤務条件に関する基準
イ 介護福祉施設サービス費又はユニット型介護福祉施設サービス費を算定すべき指定介護福祉施設サービスの夜勤を行う職員の勤務条件に関する基準
(1) 介護福祉施設サービス費を算定すべき指定介護福祉施設サービスの夜勤を行う職員の勤務条件に関する基準
1号ロ(1)の規定を準用する。
(4) 法88条2項等に基づき定められた、指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準(厚生省令第39号、以下「人員基準」という。)
24条
2項 指定介護老人福祉施設は、当該指定介護老人福祉施設の従業者によって指定介護福祉施設サービスを提供しなければならない。ただし、入所者の処遇に直接影響を及ぼさない業務については、この限りでない。
3 争いのない事実等(証拠により容易に認定できる事実については、かっこ内に証拠を示す。)
(1) 原告は、さいたま市内において、指定介護老人福祉施設である「a」(以下「本件施設」という。)を運営する社会福祉法人である。本件施設の入所定員は104名である(甲14、乙10)。
(2) 原告は、平成13年5月から平成18年2月まで、原告の従業員4名に加え、社団法人さいたま市シルバー人材センター(シルバー人材センター)との請負契約又は委任契約に基づき、同センター会員1名を本件施設の夜間勤務に従事させていた。
(3) 原告は、夜間基準及び人員基準の要件を満たすとして、被告に対し、介護福祉施設サービス費を請求し、被告はこれを支払っていた。
(4) 被告は、本件施設が平成13年5月から平成18年2月まで夜勤基準を満たしていなかったとして、原告に対し、平成20年8月8日付け文書で、介護保険法22条3項及び民法上の不当利得返還請求権に基づき、平成13年6月から平成18年3月までの介護福祉施設サービス提供に係る介護給付費4181万0934円を返還するよう通知し、同月21日付け文書で過払介護給付費に変更が生じたとして、介護給付費4179万0044円を返還するよう通知した(本件通知)。
原告は、同月27日、被告に対し、4179万0044円を支払った。
4 争点
(1) 本件通知の処分性(争点(1))
(2) 原告の被告に対する不当利得返還請求権の成否(争点(2))
5 争点に対する当事者の主張
(1) 本件通知の処分性(争点(1))について
(原告の主張)
介護保険法22条3項は返還させる額の40パーセントの金額を加算金として支払わせることができる旨の制裁を定めていること、同項による請求と民法上の不当利得返還請求権とは発生要件が異なることからすれば、同項は市町村に公法上の特別の権限を与える趣旨の規定であると解されるから、本件通知は民事上の債権に基づく請求ということはできず、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」にあたる。平成20年法律第42号による改正は、同項が定める行政処分を担保する強制力の存否に疑義があったため、地方税法の例による強制徴収を可能にしたものにすぎず、同改正によって民事上の請求権が公法上の請求権に変質したわけではない。
仮に同項に基づく返還請求が民事上の債権の行使であるとしても、被告は原告に対し、介護給付費の返還を求める行政指導を執拗に行い、介護給付費の返還に応じなければ指定事業者としての認可を取り消すと威嚇したのであるから、本件返還請求は「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」にあたる。
(被告の主張)
抗告訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは、行政庁の一方的な意思決定に基づき、特定の行政目的のために国民の身体・財産等に実力を加えて行政上必要な状態を実現させようとする権力的行為をいう。
本件通知は介護保険法22条3項等に基づくものであるところ、同項に基づく請求権は民事上の債権と解され、公法上の債権にあたらない。このことは、同項が「市町村は、(中略)額を支払わせることができる。」と規定していたのに対し、平成20年法律第42号による改正後の同項は「市町村は、(中略)徴収することができる。」と規定し、強制徴収できるようになったことから明らかである。
よって、本件通知は「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」にあたらない。
(2) 原告の被告に対する不当利得返還請求権の成否(争点(2))について
(原告の主張)
ア 以下のとおり、本件通知の根拠とされた介護保険法22条3項及び不当利得返還請求権にはいずれも理由がなかったにもかかわらず、原告は被告に対し4179万0044円を支払ったから、同金額について、被告は、原告の損失の下、法律上の原因なく利得を得たこととなる。
イ(ア) 介護保険法22条3項にいう「偽りその他不正な行為」とは、嘘をつくなど、本来請求できないことを知りながら、あえて請求する行為をいう。
(イ) 原告は、シルバー人材センターからの派遣を受ける際、埼玉県北足立福祉総合センター介護保険課に対し、シルバー人材センターからの派遣者を夜勤勤務に就かせることについて相談したところ、問題はない旨の回答を得た。また、原告は、平成13年以降、埼玉県及び被告から介護保険事業の業務内容に関し詳細な監査を受けていたが、平成18年2月まで、夜勤体制について違法性を指摘されたことはなかった。
(ウ) 以上のとおり、原告は、介護福祉施設サービス費の支払が一部認められないことを知らなかったから、「偽りその他不正な行為」をしたとはいえない。
ウ 原告は、本件施設と同一建物内で介護老人保健施設を運営しており、同施設において従業員4名を夜間業務に従事させていた(定員は2名)から、本件施設で行うべき夜間業務をいつでも補充できる体制を備えていた。また、シルバー人材センター会員は、業務遂行に当たり、事実上、本件施設の管理者等の指揮監督下に置かれていた。
そもそも、同センター会員は、調理や洗濯など入居者の処遇に直接影響を及ぼさない業務のみを行っていたにすぎないから、本件施設は人員基準24条2項但書に該当する。
よって、本件施設は夜勤基準を満たしていたから、原告に不当利得は生じていなかったこととなる。
エ また、社会福祉法人の認可等の適正化並びに社会福祉法人及び社会福祉施設に対する指導監督の徹底についてと題する通知(平成13年7月23日雇児発488社援発1275老発274)は、制裁措置が過去に遡及して行われてはならないことを定めているから、平成13年に遡って介護給付費の返還を請求することは許されない。
(被告の主張)
ア 被告は、以下のとおり、法律上の原因に基いて、原告から4179万0044円の支払を受けた。
イ(ア) 指定介護老人福祉施設である本件施設においては、夜勤基準5号イ(1)が準用する1号ロ(1)(二)eに基づき、夜勤を行う職員として5名の介護職員又は看護職員を従事させる必要がある。そして、この5名の職員は、人員基準24条2項に基づき、本件施設の従業者でなければならない。しかるところ、原告が夜間業務に従事させていたシルバー人材センター会員と原告との間に指揮監督関係はなかったから、同センター会員は本件施設の従業者とはいえない。
(イ) そうすると、本件施設は夜勤基準を満たしていなかったということができるから、原告は、算定基準別表注1但書に基づき、所定単位数の100分の97に相当する単位数をもとに算定された費用の100分の90に相当する額の支払を受けられるにすぎなかったはずであるのに、所定単位数をもとに算定された費用の100分の90に相当する額の支払を受けていたこととなる。
(ウ) なお、介護保険法22条3項の適用についていえば、同項にいう「偽りその他不正な行為」とは、本来請求できないことを知りながらあえて請求する行為に限られず、結果として誤った請求をした行為もこれに含まれるのであって、上記のような過誤に基づく場合にも同項が適用されるというべきである。
(エ) したがって、原告は被告に対し、所定単位数の100分の3に相当する単位数をもとに算定された費用の100分の90に相当する額合計4179万0044円について、返還義務を負っていたこととなる。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(本件通知の処分性)について
(1) 処分の取消しの訴えは、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」を対象とするものである(行政事件訴訟法3条2項)。そして、ここでいう行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(行政処分)とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうものであり、これに当たらない行為を対象として提起された取消しの訴えは不適法なものとなる。
(2) 介護保険法に定められた徴収金については、地方税の滞納処分の例による処分が認められ、国税及び地方税に次ぐ先取特権の順位が定められている(介護保険法144条・地方自治法231条の3第3項)。そして、徴収金に関する処分に不服がある者は、介護保険審査会に審査請求をすることができ(介護保険法183条)、徴収金に関する処分の取消しの訴えは、当該処分についての審査請求に対する裁決を経た後でなければ、提起することができないと定められ(介護保険法196条)、特別の不服審査手続が設けられている。
徴収金について定めた介護保険法22条1項及び2項が、「徴収」という字句を用いて、上記各規定の適用があることを明らかにしているのとは異なり、同条3項は、支払った額につき「返還させる」ことができると規定するにとどまることに照らすと、同条3項はあえて同条1項及び2項とは別個の法的扱いとする趣旨で上記のように規定していると解すべきであり、同条3項に定められた返還請求は公法上の債権とはせず私法上の債権として規定したものと解するのが相当である。このように解することは、同項に定める返還金及び加算金を徴収金として公法上の債権に位置付けるべく、平成20年法律第42号による改正後の同項が「徴収することができる」と規定していることにも整合する。
したがって、介護保険法22条3項に基づく返還請求は、私法上の請求であると解され、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているとはいえないから、本件通知をもって行政処分ということはできない。
(3) 原告は、介護保険法22条3項が民法上の不当利得返還請求権と異なる発生要件を定め、加算金の支払という制裁を認めていることから、同項が公法上の債権を定めたものであると主張するが、同項が民法上の不当利得返還請求権と異なる要件及び効果を定めていることのみをもって、同項に基づく返還請求が私法上の債権であることが否定されるものではない。
また、原告は、被告が原告に対し、介護給付費の返還を求める行政指導を執拗に行い、介護給付費の返還に応じなければ指定事業者としての認可を取り消すと威嚇したことを理由に、本件通知が行政処分にあたるとも主張するが、同項に基づく返還請求が私法上のものであるか否かは実定法の解釈によって決せられるものであり、仮に原告主張のような事実があったとしても、それは本件通知とは別個の行為であり、これによって、本件通知自体の法的性格が変更されるものではない。
よって、原告の主張はいずれも採用できない。
(4) 以上によれば、本件訴えのうち、原告が被告に対し、平成20年8月8日付け及び同月21日付けでした過払介護給付費4179万0044円の返還命令の取消しを求める部分(請求の趣旨1)は不適法といわざるをえない。
2 争点(2)(原告の被告に対する不当利得返還請求権の成否)について
(1) 指定介護老人福祉施設である本件施設では、夜勤基準5号イ(1)が準用する1号ロ(1)(二)eに基づき、夜勤を行う職員として5名の介護職員又は看護職員を従事させる必要がある。そして、人員基準24条2項によれば、5名の介護職員又は看護職員は本件施設の従業者でなければならないと解されるから、4名の職員及び1名のシルバー人材センター会員が夜勤を行っていた本件施設は、夜勤基準を満たしていなかったと認められる。
この点、人員基準24条2項但書に規定する業務を行う者を夜勤基準に定める夜勤を行う職員の数に算入することができるとすると、夜間に、入所者の処遇に直接影響を及ぼす業務を行うことができない職員が存在するという事態が生じるところ、夜勤基準がそのような事態の生じることを容認するものとは解されない。すなわち、夜勤基準が利用者の数に応じて夜勤に従事すべき職員の数を決めているのは、夜間、入所者全員に適切に対応するためには、少なくともそれだけの数の職員が必要であると考えられたからであると解されるところ、夜勤する者の中に入所者の処遇に直接影響を及ぼす業務に従事することができない者がいるとすると、夜勤基準が夜勤に従事すべき者の数を定めた目的が達せられないというべきである。そして、介護保険法22条3項は、「偽りその他不正の行為により」支払を受けたときはその額の返還を求めることができると規定しているのであって、その法的性格は民事上の請求であり、その規定の趣旨は正当な行為によらない支払についてはこれを保持することを許さないという趣旨であるというべきであり、原告の上記行為は同項にも当たるものというべきである。
そうすると、原告は、算定基準別表注1但書に基づき、所定単位数の100分の97に相当する単位数をもとに算定された費用の100分の90に相当する額の支払を受けられるにすぎなかったはずであるのに、所定単位数をもとに算定された費用の100分の90に相当する額の支払を受けていたこととなるから、不当利得返還請求権に基づき、所定単位数の100分の3に相当する単位数をもとに算定された費用の100分の90に相当する額について返還を求めたことには理由があり、その返還すべき金額は、合計4179万0044円となる(甲1、2)。
したがって、原告の被告に対する4179万0044円の支払について、法律上の原因がないとはいえず、原告の被告に対する不当利得返還請求には理由がない。
(2) 原告は、本件施設と同一建物内で介護老人保健施設を運営しており、同施設においては、本来定員が2名であるところ、従業員4名を夜間業務に従事させていたのであり、本件施設の夜間業務をいつでも補充できる体制にあったと主張する。しかしながら、夜勤基準では、一定数の職員が常時業務に従事できる体制をとっていることが要求されているのであって、たとえ臨時的に介護老人保健施設の職員が本件施設の夜間業務を応援することができたとしても、これをもって夜勤基準を満たしていたということはできない。
また、原告は、シルバー人材センター会員は、業務遂行に当たり、事実上、本件施設の管理者等の指揮監督下に置かれていたとも主張するが、前記争いのない事実等記載のとおり、原告とシルバー人材センターとの契約は請負又は委任契約であったことからすれば、たとえ原告が同センター会員を指揮監督することがあるとしても、夜勤基準を定めた趣旨に照らすと同センター会員をもって原告の従業員と同等に評価することはできないし、基本的には同センターの指揮監督の下、本件施設における業務に従事していたというべきであるから、原告の主張は採用できない。
さらに、平成20年8月8日付け文書(甲1)に、介護報酬返還額の計算において「加算については、減算なし」と記載されていることに照らすと、本件通知にかかる返還請求が、「社会福祉法人の認可等の適正化並びに社会福祉法人及び社会福祉施設に対する指導監督の徹底について」と題する通知において遡及適用を行わないこととされている「民間施設給与等改善費の管理費加算分か人件費加算分の減算」を行うものとは解されない。その他本件に現れた全証拠を検討しても、本件通知にかかる返還請求が信義則に反すると認めるに足りる事情は伺われない。
3 よって、本件訴えのうち、原告が被告に対し、平成20年8月8日付け及び同月21日付けでした過払介護給付費4179万0044円の返還命令の取消しを求める部分(請求の趣旨1)は不適法であり、かつ、その不備を補正することはできないから、却下することとし、4179万0044円及びこれに対する同月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息の支払を求める原告の請求(請求の趣旨2)には理由がないから、棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 遠山廣直 裁判官 八木貴美子 和田山弘剛)