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さいたま地方裁判所 平成20年(行ウ)36号 判決 2011年2月23日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

原告は,平成20年10月21日時点において,平成23年8月31日の前後1か月間に到来する免許証更新時,「優良運転者又は一般運転者」の区分により免許証の更新を受ける地位にあることを確認する。

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,埼玉県警察本部長が原告に対し平成20年10月21日付けで行った60日間の運転免許停止処分(本件処分)について,原告が,本件処分の前提となった平成20年5月18日の接触事故(本件事故)の相手方Aの受傷に関する埼玉県警察本部長の認定には誤りがあり,Aが本件事故により傷害を負っていないことを前提とすると,本件処分の時点で原告は次回の免許証更新時「優良運転者及び一般運転者」の区分により免許証の更新を受ける地位にあることになると主張して,当該地位の確認を求めている当事者訴訟である。なお,請求の趣旨において「優良運転者又は一般運転者」と記載されているが,これは道路交通法(道交法)92条の2第1項の表が免許証の有効期間について定める「優良運転者及び一般運転者」の区分を意味する趣旨と解される。本件は,当初本件処分の取消しを求めて提起されたが,その後,上記第1のとおり訴えの変更がなされた。

2  争いのない事実等(証拠により容易に認められる事実については,かっこ内に証拠を示す。)

(1)  原告は,埼玉県公安委員会から,運転免許証(第一種中型自動車免許)の交付を受けていた者である。同免許証の有効期間は,平成23年9月30日である。(甲2)

(2)  原告は,平成20年5月18日午前9時40分ころ,埼玉県所沢市ab番地のc先路上において,普通乗用自動車(車両番号省略,以下「原告車両」という。)を運転中,Aが運転する原動機付自転車(車両番号省略,以下「A車両」という。)と接触する本件事故を起こした。

本件事故は,原告車両が片側2車線道路の第2車線から第1車線に車線変更した際,第1車線を走行してきたA車両の右側面と原告車両の左前フェンダーが接触したというものであり,A車両は,原告車両の前方に転倒することなく停止した。

本件事故の直後,現場に到着した警察官による実況見分がなされ,その際,Aもこれに立ち会った。

(3)  本件事故後,AはB病院において治療を受け,本件事故当日から平成20年6月11日まで入院し,その後も通院した。Aは,平成20年8月11日,同病院の医師C作成に係る「病名 右膝内側側副靱帯損傷」,「症状 右膝痛」「治癒見込年月日 平成20年8月31日」と記載された同日付診断書(本件診断書)の交付を受け,同診断書をその頃警察に提出した。(甲10の15頁)

本件診断書に基づき,埼玉県警察本部長は,本件事故による原告の安全運転義務違反等の違反点数が11点(安全運転義務違反2点,人の傷害に係る交通事故で治療期間3か月以上,かつ責任の程度が軽いもの9点)であるとして,原告に対し,平成20年10月21日付けで原告の運転免許の効力を同日から同年12月19日までの60日間停止する旨の本件処分をした。

(4)  原告は,平成20年11月5日,本件処分の取消しを求め,本件訴えを提起した。

なお,本件口頭弁論終結時までに,原告は,本件事故以外の違反行為をしていない(弁論の全趣旨)。

3  争点

(1)  本件訴えに確認の利益があるか

(2)  本件事故によりAが受傷していないといえるか

4  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)(本件訴えに確認の利益があるか)について

(原告の主張)

原告は,本件処分を受けた平成20年10月21日時点において,本件処分により,免許証の有効期間が完了する日すなわち原告の誕生日である平成23年8月31日の前後1か月間の次回更新期間に,法令上「優良運転者及び一般運転者」として免許証の更新を受ける地位にないことが確定している。しかしながら,本件事故に係る違反行為がなければ,本件処分は無効なのであり,そうであれば,少なくとも本件処分時点において,原告は,それまで行政処分歴はないのであるから,次回更新時においては「優良運転者及び一般運転者」と区分された免許証の更新を受ける地位にある。

なお,原告が,仮に本件処分後免許証更新までの間に違反行為を行った場合は,次回更新時に法令上「優良運転者及び一般運転者」として免許証の更新を受ける地位にはなくなる。しかし,現在まで原告は何ら違反行為を犯しておらず,また,あくまでも本件処分時の原告の法的地位を問題としているのであるから,本件処分後の原告の違反行為の発生自体が不確定な事実だからといって,確認の利益がないことにはならない。少なくとも本件処分を否定しなければ,本件処分により本件処分時に原告が「優良運転者及び一般運転者」として免許証の更新を受ける地位を失うことが確定するのである。そうである以上,確認の利益は認められる。

(被告の主張)

以下のとおり,本件訴えには確認の利益がない。

ア 本件訴えは,過去の法律関係の確認を求める訴えであるが,「優良運転者及び一般運転者」の区分による免許証を受けられるのは,平成23年8月31日の40日前までの5年間,原告に違反行為のない場合であって,平成20年10月21日時点ではそのような免許証の更新を受ける地位にはなく,確認することができない。

イ また,そもそも原告が次回の運転免許証更新時にいかなる運転免許証の交付を受けられるかは,運転免許証更新時までの原告の違反行為の有無にかかっており,平成23年8月31日の40日前までの5年間に原告に違反行為がない場合に初めて「優良運転者及び一般運転者」に対する免許証が交付されるのであって,平成23年8月31日の40日前以前においては原告の主張する免許証交付請求権は未だ法的保護に値する権利とはいえない。無事故無違反を条件として地位の確認を求めるのであれば,条件成就にかからしめる確認であって,紛争の直接かつ抜本的な解決にはならない。

ウ さらに,原告は更新処分に対して抗告訴訟を提起することでその目的を達成することができるのであり,原告の自動車を運転する自由は,「優良運転者及び一般運転者」としての免許証でなくとも保障されており,違反運転者等としての免許証とは再度の更新までの期間が異なるに過ぎないのであるから,侵害を受けた後に争うことによっては権利行使の実質を回復することができない性質の権利ということはできない。運転免許証の更新に際して行われる講習の受講時間は1時間半あるいは1時間の差異しかないし,更新手数料については1000円あるいは650円の差異があるのみであり,これは経済的なものであって事後的に回復可能なものであるから,事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情があるとはいえない。よって,確認の利益は否定されるべきである。

(2)  争点(2)(本件事故によりAが受傷していないといえるか)について

(原告の主張)

以下のとおり,本件事故によりAは受傷していない。

ア 本件事故における接触部位は原告車両の左前フェンダー部分とA車両の右側後方の泥よけ部分であり,A車両は,原告車両の前方にやや斜め右を向いた形で転倒することなく停止し,A自身も車両に乗ったままの状態であった。Aは転倒もしていなければ原告車両に右膝をぶつけたこともないのであって,右膝内側側副靱帯損傷との傷病名がつくような傷害を負ったとは考えられない。

また,被告はAが転倒しないよう踏ん張ったことにより上記の傷害を負ったと主張するが,本件事故は,前記のとおり原告車両の左前フェンダーにA車両の右側面が接触したものであるから,右から左に向かって力が加わったA車両が転倒しないようとっさにとる行動は,左足で踏ん張ることであって,右足で踏ん張ることではない。したがって,右膝の靱帯を損傷するというのは本件事故の状況からしてあり得ない。

イ 本件事故直後,警察が事故現場に到着し,実況見分がなされたが,Aの受傷内容はすぐに病院に行かなければならないほどの重傷ではなかったため,Aも実況見分に立ち会って指示説明を行うなどしていた。原告は,Aに対し救急車で病院に行くことを勧めたが,Aは「救急車で自分の知らない病院に連れて行かれるのは困る。自分の知っているB病院へ自分で行くことにする。」と言ってこれを拒否し,実況見分終了後にA車両を運転して事故現場を去ったのである。

本件事故によってAが右膝内側側副靱帯損傷を発症したのだとすれば,事故の時点で靱帯が緊張し,断裂するはずであるから,本件事故の直後にAが歩行しながら実況見分に立ち会うことはあり得ない。

ウ その後,Aは,八王子でボランティア活動をしたとのことであり,同日午後10時ころに救急隊を呼び,B病院に搬入されている。その際の救急隊に対するAの一番の訴えは腰部に関するものであったことが窺われる。

入院中の画像所見上,右膝のレントゲンには明らかな骨折はない。これ以上の画像所見は見当たらず,客観的に靱帯損傷であることが画像所見で示された痕跡がなく,医学的客観的に靱帯損傷が明確とはいえない。しかも,Aは本件事故以前にB病院に膝で通院していた事実がある。

さらに,Aは入院中も病院内を移動したり,外出や外泊の許可をもらったりしており,歩行困難を伴う靱帯損傷を受傷した患者というには不自然である。

エ Aは証人尋問において,本件事故の際,原告車両のバンパーとA車両のシートとの間に挟まったと証言し,右側からぶつけられて左に倒れそうだったという合理的な理由で,右足を踏ん張った事実については明確に否定している。しかし,供述調書では転倒しないように踏ん張った際に右足を受傷したとなっており,上記証言とは食い違っている。右足の痛みを感じた時期が,原告車両に接触したときなのか,それとも接触後しばらく走行したA車両が転倒しないように踏ん張ったときなのかは,時間的に間隔が空いた出来事であって誤りようがない。

また,Aの証言のように強くぶつかったのであれば原告車両のボディにへこみ傷があってしかるべきであるのに,そのような傷はないのであるから,A証言は原告車両の損傷状況と食い違っている。

オ Aの対応には,原告から過大に金銭を得ようとする意図が窺われる。その例として,本件事故によって壊れた眼鏡代として29万円もの請求をしていること,転院先の病院において,当初触れられていなかった右肘骨折までが本件事故に基づく傷害として診断されていることが挙げられる。

(被告の主張)

ア 本件診断書から明らかなとおり,Aには右膝痛の症状が認められ,診断の結果右膝内側側副靱帯損傷とされて平成20年5月18日から同年6月11日まで25日間入院治療を受けたものである。本件事故と入院治療開始時までの間に右膝を負傷する事故の存在を窺わせる事情はなく,退院後に交付を受けた本件診断書も入院治療を受けたB病院によるものであって,Aの負傷状況を熟知した医療機関が作成したものであるから信用性は極めて高い。

内側側副靱帯損傷は,予期せぬ衝突と急停止というとっさの事態に即応するため正常範囲以上の関節運動を強制され,あるいは,異常肢位を強制されて発生するものであり,本件事故による負傷として何ら不自然ではない。Aも,警察官に対し,転倒しないよう踏ん張ったので右足を負傷した旨供述しており,本件事故による負傷として疑問の余地はない。

イ Aは,本件事故の現場において原告に対し「自分はこのあとB病院に行くことにする」と述べて負傷している旨告げ,救急車を呼ぶほどの痛みでなかったことからボランティア活動に出掛け,その後痛みが増したため救急車で病院に搬送されたこと,その際救急隊員に対し「10時頃,d交差点内でバイクと乗用車と接触し,膝部を打撲」と説明していること,B病院での外科診療において「右側から車にぶつけられた。その後ボランティア活動をしていた。救急隊を呼んだ」旨の説明をし,入院に際しても「車線変更してきた車にぶつかったんです。今は右足と腰と右手が痛い」と説明していること,その後同病院で右膝内側側副靱帯損傷に対する治療を受けたこと,平成20年8月上旬,Aは原告側関係者に対し「自分のバイクと加害者の車の間に右膝を挟まれて受傷した」と受傷状況を述べていること,受傷の機序と医学的知見は矛盾しないこと,Aには右膝内側側副靱帯損傷の既往歴はなく,本件事故日に入院して治療を受けていることから,Aの受傷は本件事故に起因するものと考えられ,その程度は本件診断書による治癒見込み年月日平成20年8月31日と考えるのが合理的である。

よって,Aの受傷の程度は埼玉県警察本部長の認定したとおりであり,受傷の事実が認められる以上,受傷の程度や如何にかかわらず,原告は,免許証の更新に際し「優良運転者及び一般運転者」の区分による免許証を受ける地位にない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(本件訴えに確認の利益があるか)について

(1)ア  原告は,平成20年10月21日時点において,平成23年8月31日の前後1か月間に到来する免許証更新時,「優良運転者及び一般運転者」の区分により免許証の更新を受ける地位にあることの確認を求めている。

イ  道交法92条の2第1項は,免許証の交付又は更新を受けた者を「優良運転者及び一般運転者」と「違反運転者等」とに区分した上,免許証の有効期間を,その区分ごとに,それぞれ,更新日等における年齢に応じて定めている。そして,「優良運転者」とは,「更新日等までに継続して免許(仮免許を除く。)を受けている期間が5年以上である者であって,自動車等の運転に関するこの法律及びこの法律に基づく命令の規定並びにこの法律の規定に基づく処分並びに重大違反唆し等及び道路外致死傷に係る法律の規定の遵守の状況が優良な者として政令で定める基準に適合するもの」をいい(同項の表の備考一の2),「一般運転者」とは,「優良運転者又は違反運転者等以外の者」をいうものとされている(同表の備考一の3)。さらに,「違反運転者等」とは,「更新日等までに継続して免許(仮免許を除く。)を受けている期間が5年以上である者であって自動車等の運転に関するこの法律及びこの法律に基づく命令の規定並びにこの法律の規定に基づく処分並びに重大違反唆し等及び道路外致死傷に係る法律の規定の遵守の状況が不良な者として政令で定める基準に該当するもの又は当該期間が5年未満である者」をいうものとされ(同表の備考一の4),上記基準は,道路交通法施行令(施行令)33条の7第2項により,更新前の免許証の有効期間が満了する日の直前のその者の誕生日の40日前の日前5年間において「違反行為又は別表第四若しくは別表第五に掲げる行為をしたことがあること(軽微違反行為1回のほかこれらの行為をしたことがない場合(当該軽微違反行為をし,よって交通事故を起こした場合にあっては,当該交通事故が建造物以外の物の損壊のみに係るものであり,かつ,法第72条第1項前段の規定に違反していないときに限る。)を除く。)」とされている。

ウ  原告は車線変更をするにあたり本件事故を起こしており,原告には安全運転義務違反(違反点数2点)があると認められることから,原告は平成23年8月31日の誕生日の40日前の日の前5年間に違反行為をしたことがある者に当たり,原則として「違反運転者等」に該当する(道交法92条の2第1項の表の備考一の4,施行令33条の7第2項)。もっとも,安全運転義務違反は違反点数が2点の「軽微違反行為」に該当するところ(道交法102条の2,施行令37条の8第1項),原告は同違反行為1回のほかには違反行為を行っていないと認められることから(弁論の全趣旨),「当該軽微違反行為をし,よって交通事故を起こした場合にあっては,当該交通事故が建造物以外の物の損壊のみに係るものであり,かつ,法第72条第1項前段の規定に違反していないときに限る。」(施行令33条の7第2項かっこ書中のかっこ書)との要件を充たせば,「違反運転者等」には該当しないことになる(同項かっこ書)。

前記のとおり,原告は安全運転義務違反行為によって交通事故を起こしているから,上記要件を満たすためには当該交通事故が「建造物以外の物の損壊のみに係るもの」であることが必要となるところ,本件事故によりAが傷害を負っていれば,受傷の程度に関わらず,本件事故が「建造物以外の物の損壊のみに係る」交通事故といえないことは明らかである。

エ  以上によれば,本件事故によりAが傷害を負った事実がなく,かつ,平成23年8月31日の40日前の日までの間に原告が違反行為をしなければ,原告は「違反運転者等」には該当せず,「優良運転者及び一般運転者」の区分に応じた有効期間のある免許証の更新を受けることができる。

(2)  以上を前提として本件訴えの確認の利益について検討するに,原告は,本件訴えにおいて,平成23年8月31日の40日前の日までに違反行為をしないことを条件として,次回の免許証更新時に「優良運転者及び一般運転者」の区分により免許証の更新を受けるため,あらかじめそのような地位にあることの確認を求めているものということができる。

ところで,「優良運転者及び一般運転者」という地位が,免許証の更新処分において否定されたときは,これを回復するために,同処分の取消しを求める訴えの利益を有しているところである(最高裁平成21年2月27日第二小法廷判決民集63巻2号299頁参照)。そうすると,そのような地位を否定された者は,当該処分について取消訴訟を提起することによってこれを争うことができるのであり,あらかじめそのような地位にあることの確認を求める訴えは,事後的にそのような地位にあることを争ったのでは回復しがたい重大な損害を被るおそれがある等,事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情が存在することが必要というべきである。

そこで,本件においてこれを検討するに,原告は,平成20年10月21日,埼玉県警察本部長から原告の運転免許の効力を同日から同年12月19日までの60日間停止する旨の本件処分を受け,不服申立期間内である平成20年11月5日,Aの受傷の有無及び治療期間を争って本件処分の取消しを求める訴えを提起したところ,審理中に運転免許の効力停止期間が経過し,その後原告は無違反無処分で1年間が経過したため,当初の訴えは訴えの利益を失うに至ったのである。そして,埼玉県警察本部長が本件事故によりAが受傷したと認定し,埼玉県公安委員会もまた本件処分が適法であると主張していることに照らすと,次回の免許証更新の際,本件事故が「建造物以外の物の損壊のみに係るもの」ではないと認定され,原告は「優良運転者及び一般運転者」に該当しないと判断されることになる可能性が極めて高いといえる。そうであれば,このような審理経過に照らし,また再度の訴訟の提起及び審理を当事者等に負担させることは妥当でないことを考慮すると,このような事情は事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情にあたるというべきである。したがって,本件訴えには確認の利益が認められる。

なお,本件訴えにおいて原告の求める趣旨が,本件事故が「建造物以外の物の損壊のみに係るもの」に該当することすなわち本件事故においてAが受傷していないことの確認であるすれば,本件訴えは過去の事実関係の確認訴訟ということになるが,原告に現存する危険ないし不安定を解消するために確認判決を得ることが必要かつ適切であるといえる場合には,過去の事実関係も確認訴訟の対象になり得るものと解される。そして,本件事故によりAが受傷していないのであれば,平成23年8月31日の40日前の日までに違反行為をしないことを条件として,次回免許証更新時の区分は「優良運転者及び一般運転者」になるが,埼玉県警察本部長は本件処分時にAが受傷したとの認定をしており,原告の上記区分について危険,不安定が現存しているといえる。かかる危険,不安定を解消するためには,本件事故が「建造物以外の物の損壊のみに係るもの」であるとしてAが受傷していないことについて確認判決を得ることが必要かつ適切であるということができるから,いずれにしても確認の利益を認めることができる。

(3)  そうすると,本件訴えについては確認の利益が認められるから,適法な訴えということができる。

2  争点(2)(本件事故によりAが受傷していないといえるか)について

(1)  前記争いのない事実等及び証拠によれば以下の事実が認められる。

ア Aは,平成20年5月18日,本件事故にあった後,八王子でボランティア活動を行った後,タクシーで帰宅したが,午後7時44分に119番通報し,救急車でB病院へ搬送された。その際,Aは,救急隊員に対し,d交差点内でバイクと乗用車が接触し膝部を打撲した旨伝えた。(甲10の3頁,6頁)

イ B病院においても,Aは,同日事故にあい,右側から車にぶつけられたと説明していた(甲10の4頁)。Aは,同病院において,同日,「腰部打撲」,「右膝内側側副靱帯損傷(疑)」と診断され(甲10の3頁,乙4),右膝シーネ固定の処置を受けて,同日緊急入院し,同年6月11日まで入院していた(甲10の5頁,16頁,46頁)。入院中,保存的治療を行ったところ,症状は改善し,同年5月26日にはシーネを外し,同月27日からは歩行訓練が開始された(甲10の47頁)。

ウ B病院の担当医師であるC医師は,平成20年8月11日,Aについて,病名を右膝内側側副靱帯損傷と診断し,症状を右膝痛と診断した(甲10の15頁)。

エ Aは,本件事故以前に,B病院で右肘開放性脱臼骨折による治療を受けていたことがあるが,膝の治療を受けた事実はない(甲10の11頁,33頁,乙5)。

(2)  以上の事実からすると,Aは,本件事故の発生した平成20年5月18日にB病院を受診し,右膝内側側副靱帯損傷と診断され,即日入院して治療を受けており,本件事故により,右膝に上記の傷害を負ったものということができる。

原告は,Aは転倒もしていなければ原告車両に右膝をぶつけたということもなく,さらに本件事故の状況からすると左側に倒れないよう左足で踏ん張るのが合理的であるから,Aが右膝の靱帯損傷を負うことはあり得ない,Aは本件事故直後の実況見分にも立ち会っており,右膝内側側副靱帯損傷を負っていたとは考えられない旨,さらにAは警察官に対しては転倒しないよう踏ん張ったため右足を負傷したと供述していたのに,証人尋問の際は右足で踏ん張った事実を明確に否定し,原告車両のバンパーとA車両のシートとの間に挟まって右足を痛めたと証言しており,受傷状況に関する説明が変遷していて,信用できない旨主張する。

しかし,本件診断書や診療録により,Aが本件事故の発生日に右膝内側側副靱帯損傷との診断を受けたことが認められ,Aには本件事故以前に膝の治療歴等はなく,他に上記傷害の原因となるような事情も証拠上窺われないのであるから,上記傷害は本件事故に起因するものといわざるを得ない。Aは,救急隊員やB病院の医師らに対し,本件事故により右足を痛めた旨一貫して説明しており,医学的にも,オートバイを急停止させた際に,膝を内側に曲げるような力が働けば,内側側副靱帯を損傷することは十分考えられる(乙6)。また,確かにAは本件事故直後実況見分に立ち会ったりしているが,膝内側側副靱帯損傷の後も必ずしも歩行することが不可能であるとはいえない(乙6)。さらに,本件事故から約1年8か月後の証人尋問において,事故状況や負傷状況を細かく記憶して証言することは困難であるから,左右いずれの足で踏ん張ったか,右足をどのように痛めたかについて,Aの証言が当初の供述と食い違っていることをもって,本件事故による受傷の事実を否定することはできない。

なお,本件事故の態様や入院中のAの状況から考えて治療期間が長すぎるとしても,「優良運転者及び一般運転者」の地位の確認を求める本件において問題となるのは,「建造物以外の物の損壊のみに係るもの」すなわちAの受傷の有無であって,受傷の程度は問題とならない。

(5)  以上によれば,本件事故によりAが受傷したことが認められるから,本件事故は「建造物以外の物の損壊のみに係る」交通事故には該当せず,したがって,原告の安全運転義務違反が「軽微違反行為1回のほかこれらの行為をしたことがない場合」(施行令33条の7第2項かっこ書)として違反行為から除外されることはないから,原告は,誕生日である平成23年8月31日の40日前の日前5年間に違反行為をしたことがある者として,「違反運転者等」に該当することとなる。

3  結論

以上のとおり,原告の請求には理由がないからこれをを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠山廣直 裁判官 八木貴美子 裁判官 髙部祐未)

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