さいたま地方裁判所 平成20年(行ウ)37号 判決 2009年10月14日
主文
1 原告が,埼玉県知事に対し,平成20年4月28日付けでなした別紙1記載の産業廃棄物処理施設設置許可申請に対し,埼玉県知事が何らの処分をしないことが違法であることを確認する。
2 原告が,埼玉県知事に対し,平成20年4月28日付けでなした別紙2記載の産業廃棄物処理施設設置許可申請に対し,埼玉県知事が何らの処分をしないことが違法であることを確認する。
3 原告が,埼玉県知事に対し,平成20年4月28日付けでなした別紙3記載の産業廃棄物処理業の事業範囲変更許可申請に対し,埼玉県知事が何らの処分をしないことが違法であることを確認する。
4 原告が,埼玉県知事に対し,平成20年4月28日付けでなした別紙4記載の産業廃棄物処理業の事業範囲変更許可申請に対し,埼玉県知事が何らの処分をしないことが違法であることを確認する。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 主位的請求
主文と同旨
2 予備的請求
(1) 原告が,埼玉県知事に対し,平成20年4月28日付けでなした別紙1記載の産業廃棄物処理施設設置許可申請に対し,埼玉県知事が同年5月21日付けで同申請の受理を拒否した処分を取り消す。
(2) 原告が,埼玉県知事に対し,平成20年4月28日付けでなした別紙2記載の産業廃棄物処理施設設置許可申請に対し,埼玉県知事が同年5月21日付けで同申請の受理を拒否した処分を取り消す。
(3) 原告が,埼玉県知事に対し,平成20年4月28日付けでなした別紙3記載の産業廃棄物処理業の事業範囲変更許可申請に対し,埼玉県知事が同年5月21日付けで同申請の受理を拒否した処分を取り消す。
(4) 原告が,埼玉県知事に対し,平成20年4月28日付けでなした別紙4記載の産業廃棄物処理業の事業範囲変更許可申請に対し,埼玉県知事が同年5月21日付けで同申請の受理を拒否した処分を取り消す。
第2事案の概要等
1 事案の概要
本件は,産業廃棄物の収集運搬業及び処分業の許可を得た原告が,埼玉県比企郡A町BC番D所在の土地(本件土地)に産業廃棄物処理施設を設置し,同施設を拠点として,産業廃棄物収集運搬業及び処分業を行うことを計画し,埼玉県知事に対し,平成20年4月28日付けで別紙1ないし4記載の許可の各申請をしたところ,同知事が申請書を返戻し各申請に対する許可・不許可の処分を行わないとして,被告に対し,主位的に上記不作為が違法であることの確認を,予備的に申請書の返戻行為が各申請の受理を拒否する処分に当たるとして,その取消しを,それぞれ求めている事案である。
2 争いのない事実等(証拠により容易に認められる事実については,かっこ内に証拠を示す。)
(1) 原告は,埼玉県知事から,平成16年8月9日付け許可番号第E号による産業廃棄物収集運搬業の許可,及び平成15年8月30日付け許可番号第F号による産業廃棄物処分業の許可を取得して,産業廃棄物収集運搬業及び処理業を行っている。
(2) 埼玉県知事は,廃棄物の処理及び清掃に関する法律(廃掃法)に基づいて,さいたま市及び川越市を除く埼玉県を区域とする産業廃棄物処理施設の設置の許可,産業廃棄物処理業の事業範囲の変更の許可等の処分を行う権限を有する行政庁である。
(3) 原告は,平成16年8月11日本件土地を購入し,埼玉県知事に対し,平成20年4月28日付けで,廃掃法15条1項に基づき,本件土地に関する別紙1及び2記載の各産業廃棄物処理施設設置許可申請,並びに同法14条の2第1項に基づき,別紙3及び4記載の各産業廃棄物処理業の事業範囲変更許可申請を行った(本件各申請)。(甲3の3,4の3,5の3,6の3,7の3)
(4) 埼玉県知事は,本件各申請に対し,現在まで,許可・不許可の処分を行っていない(本件不作為)。
(5) 本件各申請に係る申請書は,平成20年9月12日付けで,原告に返戻された(本件返戻行為)。
3 法令の定め
(1) 廃掃法
(変更の許可等)
14条の2
1項 産業廃棄物収集運搬業者又は産業廃棄物処分業者は,その産業廃棄物の収集若しくは運搬又は処分の事業の範囲を変更しようとするときは,都道府県知事の許可を受けなければならない。ただし,その変更が事業の一部の廃止であるときは,この限りでない。
(産業廃棄物処理施設)
15条
1項 産業廃棄物処理施設(廃プラスチック類処理施設,産業廃棄物の最終処分場その他の産業廃棄物の処理施設で政令で定めるものをいう。以下同じ。)を設置しようとする者は,当該産業廃棄物処理施設を設置しようとする地を管轄する都道府県知事の許可を受けなければならない。
(2) 行政手続法
(標準処理期間)
6条 行政庁は,申請がその事務所に到達してから当該申請に対する処分をするまでに通常要すべき標準的な期間(法令により当該行政庁と異なる機関が当該申請の提出先とされている場合は,併せて,当該申請が当該提出先とされている機関の事務所に到達してから当該行政庁の事務所に到達するまでに通常要すべき標準的な期間)を定めるよう努めるとともに,これを定めたときは,これらの当該申請の提出先とされている機関の事務所における備付けその他の適当な方法により公にしておかなければならない。
(申請に対する審査,応答)
7条 行政庁は,申請がその事務所に到達したときは遅滞なく当該申請の審査を開始しなければならず,かつ,申請書の記載事項に不備がないこと,申請書に必要な書類が添付されていること,申請をすることができる期間内にされたものであることその他の法令に定められた申請の形式上の要件に適合しない申請については,速やかに,申請をした者(以下「申請者」という。)に対し相当の期間を定めて当該申請の補正を求め,又は当該申請により求められた許認可等を拒否しなければならない。
(3) 埼玉県行政手続条例
(申請に関連する行政指導)
32条
1項 申請(法律又は法律に基づく命令(告示を含む。)に基づくものを含む。以下この条において同じ。)の取下げ又は内容の変更を求める行政指導にあっては,行政指導に携わる者は,申請をした者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明したにもかかわらず当該行政指導を継続すること等により当該申請をした者の権利の行使を妨げるようなことをしてはならない。
2項 前項の規定は,申請をした者が行政指導に従わないことにより,災害防止,環境保全その他の公益の確保に著しい障害が生ずるおそれがある場合に,当該行政指導に携わる者が当該行政指導を継続することを妨げない。
4 争点
(1) 本件不作為は違法か
(2) 本件返戻行為は,本件各申請の受理を拒否したという処分に当たるか
(3) 本件各申請の受理拒否処分は違法か
5 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件不作為は違法か)について
(原告の主張)
本件各申請についての埼玉県知事の判断は羈束裁量であり,同知事は,許可の要件を満たしていれば許可をし,要件を満たしていない場合には不許可処分をすべきであり,同知事が,本件各申請から長期間が経過するにもかかわらず,許可又は不許可の処分を行わないのであるから,本件不作為が違法であることは明らかである。
(被告の主張)
原告から埼玉県知事に対し,本件各申請に係る申請書が郵送されてきたが,原告がA町産業廃棄物処理施設の設置等に係る周辺環境の保全に関する条例(A町環境保全条例)及びA町産業廃棄物処理施設の設置等に係る周辺環境の保全に関する条例施行規則で定める手続等の履行を怠っていることから,埼玉県知事は,これらの手続等を履行するよう原告に対して指導(本件行政指導)を継続し,本件各申請に対する判断を留保しているのである。
ところで,申請を受けた行政庁としては,①申請者が行政指導にもはや協力できないとの意思を真摯かつ明確に表明したものと認めるに足りないとき,②行政指導の目的とする公益上の必要性と申請者の受ける不利益とを比較衡量して,行政指導への不協力・不服従が社会通念上正義の観念に反するといえるような特段の事情があるときには,行政指導の継続を理由に許可・不許可の処分を留保することも許されると解すべきである。
本件では,原告は,埼玉県知事の本件行政指導に従い,A町環境保全条例の定める手続を開始して本件行政指導に従う意思を示し,同条例13条の定める意見調整会を1回行ったのである。その後,原告は合理的な説明もなく,同条例等で定める手続等の履行を一方的に中断したのであって,このような原告の態度は,本件行政指導への不協力・不服従の意思を原告が真摯かつ明確に表明したものとは解されない。また,A町の人口の約75パーセントに当たる住民等から,本件土地での産業破棄物処理施設の設置によって発生する騒音や振動,ほこり等の環境対策への懸念,トラック等の交通対策への懸念,飛散性アスベストを含有・混入した廃棄物持ち込みへの懸念,健康被害への不安,農作物等への風評被害等を訴えて,原告が同施設を設置することに対する反対があり,このため,産業廃棄物処理業の事業者と関係住民との間の紛争の予防及び調整を図り,良好な環境の保全を確保することを目的としてA町環境保全条例が成立したのである。そうであれば,A町環境保全条例の定める手続等の履行を求める本件行政指導の目的とする公益上の必要性と,原告の受ける不利益とを比較衡量すれば,前者が優越するのは明らかであり,本件行政指導に対する原告の不協力・不服従が社会通念上正義の観念に反するといえる特段の事情がある。したがって,原告に対し本件行政指導を継続し,本件各申請に対する許可・不許可の判断を留保することは違法ではない。
(2) 争点(2)(本件返戻行為は,本件各申請の受理を拒否したという処分に当たるか)について
(原告の主張)
平成20年9月12日配達の郵便により,被告は,原告に対し,本件各申請に係る申請書を返戻するとともに,A町環境保全条例に基づく手続が未了となっており,また産業廃棄物処理業許可に関する手続等を定める要領6条2項,産業廃棄物処理施設設置許可に関する手続を定める要領5条2項に定める,審査結果の通知を受けた日から2年以内とする許可申請書の提出期限に違反しており,改めて計画書を提出する必要がある旨記載した同年5月21日付け書面を送付した。埼玉県知事は,本件返戻行為によって,本件各申請の受理を拒否する処分を行った。
(被告の主張)
本件返戻行為は,本件行政指導の過程における事実上の行為に過ぎず,何らの法的効果を伴う行政処分でないことは明らかである。
(3) 争点(3)(本件各申請の受理拒否処分は違法か)について
(原告の主張)
本件各申請の受理を拒否した処分は,何らの法律上の根拠もなくなされたものというほかなく,違法である。
(被告の主張)
原告の主張は争う。
第3争点に対する判断
1 争点(1)(本件不作為は違法か)について
(1) 行政庁には,法令に基づく許認可の申請に対し,許可・不許可の応答を行う義務があるところ,埼玉県知事は,本件各申請に対し,現在に至るまで許可・不許可の処分を行っておらず,この点について,埼玉県知事の不作為がある(なお,本件返戻行為は,あくまで本件行政指導の過程における事実行為に過ぎず,処分と認めることはできない。)。
そこで,本件不作為が違法となるかにつき検討する。
行政手続法6条は申請に対する標準的な処理期間を定めるよう規定し,同法7条は,行政庁は,申請がなされたときは,遅滞なく審査を開始し,申請に不備があれば当該申請の補正を求め,又は不許可の処分を行う義務があると規定している。このように,同法6条及び7条が,標準処理期間,申請に対する審査応答義務を定めて,申請に対する事務処理の迅速化,透明化を図っていることからすると,原則として,法令に基づく申請から,当該処分を行うのに通常要する期間が経過しているにもかかわらず,許可・不許可の処分が行われていない場合は,その不作為は違法となり,この期間が徒過したことを正当化するような特段の事情がある場合に限り,その不作為は違法とはならないと解すべきである。そして,この通常要する期間の経過,特段の事情を認めるに当たっては,前記の行政手続法の趣旨が考慮されなければならない。
これを本件についてみると,原告は,平成20年4月28日付けで本件各申請をなし,口頭弁論終結時までに約1年1か月が経過している。そして,行政手続法6条の定める標準処理期間の経過により当然に本件不作為が違法と判断されるものではないが,標準処理期間は行政庁が申請に対する事務処理に通常必要な期間として定めたものであることからすると,標準処理期間が不相当に短いものでない限り,その経過は本件不作為の違法性の判断に当たり重要な事情となると解するのが相当である。埼玉県知事は,産業廃棄物処理施設設置許可申請及び産業廃棄物処理業の事業範囲変更許可申請については,標準処理期間を65日と定めていることは当事者間に争いがない。そして,本件各申請についてはこの標準処理期間が経過してからさらに約11か月が経過しているところ,この標準処理期間が不相当に短期間であるとうかがわれるような事情は特に認められない。以上によれば,本件各申請に対する処分を行うのに通常必要とする期間は現在においては既に経過していると認められる。
(2) これに対し,被告は,判例(最高裁判所昭和60年7月16日第三小法廷判決・民集第39巻5号989頁)及び埼玉県行政手続条例32条に基づき,①原告が行政指導にもはや協力できないとの意思を真摯かつ明確に表明したものと認めるに足りないとき,②行政指導の目的とする公益上の必要性と原告の受ける不利益とを比較衡量して,行政指導への不協力・不服従が社会通念上正義の観念に反するといえるような特段の事情があるときには,行政指導の継続を理由に処分を留保することも許されると主張する。
しかしながら,前記の判例は,建築基準法上の建築確認の申請を行政指導を理由に留保することが国家賠償法1条1項の適用上違法となるかについて判断した事案である。そして,違法な公権力の行使によって受けた損害の填補を目的とする国家賠償法と,違法な不作為により不利益を受けている申請人の救済を目的とする不作為の違法確認訴訟とは,その目的とするところが異なる以上,国家賠償法における違法性の判断がそのまま不作為の違法確認訴訟における違法性の判断において妥当するものではない。また,埼玉県行政手続条例32条は,行政手続法6条及び7条が申請に対する事務処理の迅速化を図っていることとの整合性をふまえれば,行政指導を行う際の基準を規定したに過ぎず,本件のような申請に対する不作為の違法性が問題となっている事案において直ちに適用されるものではない。さらに被告の主張を前提とすると,原告が行政指導に従えない真摯かつ明確な意思を表明していない,行政指導の目的とする公益上の必要性が当該行政指導により原告が受ける不利益とを比較すれば行政指導への不協力・不服従が社会通念上正義に反するという理由で,いつまでも処分を留保することが事実上可能となってしまい,かかる事態は同法6条及び7条が,申請に対する事務処理の迅速化を図っている趣旨に反するというべきである。
(3) さらに,被告は,産業廃棄物処理施設を設置し産業廃棄物の収集運搬業,処分業を行うことにより生ずる環境への負荷,生活環境に及ぼす影響等につき,原告が近隣住民に説明しその理解を得られるよう真摯かつ誠実に説明努力を粘り強く続けるよう求め,近隣住民が原告によるこれらの事業に反対している事態の改善を期待して,許可又は不許可の判断を留保してきたと主張する。
ところで,廃掃法は,産業廃棄物処理施設の設置,産業廃棄物の収集運搬及び処分の事業範囲の変更について,環境への負荷,生活環境に及ぼす影響を考慮して許可要件を定めている(例えば,産業廃棄物の収集運搬事業について同法14条の2第2項の準用する14条5項及び同法施行規則10条においては産業廃棄物が飛散し,及び流出し,並びに悪臭が漏れるおそれのない運搬車,運搬船,運搬容器その他の運搬施設を有すること,処分業について同法14条の2第2項の準用する14条10項及び同法施行規則10条の5においては,ゴムくずの処分を業として行う場合には,当該ゴムくずの処分に適する破砕施設,切断施設,焼却施設その他の処理施設を有すること,産業廃棄物処理施設の設置について廃掃法15条の2第1項及び同法施行規則12条においては,著しい騒音及び振動を発生し,周囲の生活環境を損なわないものであることがそれぞれ定められている。)。さらに,生活環境の保全の見地から必要な条件を許可処分に付すことができるとも規定しており,これらの規定による対処も考えられる(産業廃棄物の収集運搬業,処分業については同法14条の2第2項の準用する同法14条11項,産業廃棄物処理施設の設置については同法15条の2第4項。)。
以上の規定を考慮すると,本件では原告が不作為の違法を主張して訴えを提起した以上,行政指導に任意に従えない意思を表明したことは明らかであるから,このような場合には行政指導に従わない事業者であることを前提に許可又は不許可の判断をし,許可をする場合には生活環境の保全の見地から必要な条件を付することで対処すべきであり,行政指導の継続を理由に許否の判断を留保することは許されないと解すべきである。
(4) よって,被告の上記各主張は,いずれも通常必要とする期間を経過したことを正当化できる特段の事情とはいえず,本件不作為は違法というほかない。
2 結論
以上のとおり,原告の主位的請求には理由があるから,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 遠山廣直 裁判官 八木貴美子 裁判官 井田大輔)
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