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さいたま地方裁判所 平成20年(行ウ)4号 判決 2010年1月27日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用(補助参加によって生じた費用を含む。)は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の請求

1  被告は,Aに対し,952万8650円及び内金734万3000円に対する平成20年2月1日から,内金72万7000円に対する同月28日から,内金72万7000円に対する同年3月18日から,内金73万1650円に対する同年4月18日から各支払い済まで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。

2  被告は,株式会社Bに対し,872万8650円及び内金654万3000円に対する平成20年2月1日から,内金72万7000円に対する同月28日から,内金72万7000円に対する同年3月18日から,内金73万1650円に対する同年4月18日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は,C町の住民である原告が,平成19年4月1日に,当時のC町長(前C町長)であった補助参加人Aが補助参加人株式会社B(B社)との間で学校給食配送業務委託契約(平成19年契約)を締結したが,これは私法上も無効となる違法な随意契約であると主張して,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,被告に対し,Aに平成19年契約に基づいて支出された委託料相当額等の損害賠償請求をすることを,B社に同社が平成19年契約に基づいて受領した委託料を不当利得として返還するよう請求をすることを,それぞれ求めた住民訴訟である。

2  争いのない事実等(証拠により容易に認められる事実については,かっこ内に証拠を示す。)

(1)  当事者等

ア 原告は,C町の住民である。

イ Aは,平成19年4月1日当時のC町長である。

ウ B社は,自動車運送事業等を業とする株式会社である。同社の代表取締役であるDは,昭和54年5月13日から平成19年5月12日までの7期28年間にわたってC町議会議員を務め,昭和62年5月13日から平成3年5月12日まで及び平成7年5月15日から平成11年5月12日までの期間は,同議会の議長を務めた者である。

なお,平成10年4月1日から,平成19年6月27日までの間は,同人の妻が代表取締役を務めていた。

(2)  平成19年契約の締結

ア 平成19年4月1日,C町は,随意契約の方法により,B社との間で,以下の内容の学校給食配送業務の委託契約を締結した。

(ア) 履行期間  平成19年4月1日ないし平成20年3月31

(イ) 業務委託料 872万8650円

(ウ) 支払方法  上記委託料を12で除した月額(千円未満の端数は切り捨て)分を,受託者の請求に基づき,30日以内に支払うものとする。ただし,毎月の千円未満の端数を切り捨てた額は,最後の月に加算する。

(エ) 業務内容  調理した食品及び食器類を格納したコンテナーを給食配送車に積載し,C町立学校給食センター(給食センター)からC町立小中学校5校へ午前11時30分までに配送し,午後1時30分以後に配送先の各学校から,食缶類及び給食後使用済みの食器類等を格納したコンテナーを回収し,回収した食缶類及び食器類は洗浄作業が手順できるよう配慮しながら洗浄室へ運搬する。

イ なお,C町は,B社との間で,平成10年5月27日に随意契約の方法により上記同様の給食配送業務委託契約を締結し(平成10年契約,甲4の1),それ以後,毎年,B社と同様の契約を繰り返し締結している。

(3)  委託料の支払

平成19年4月当時,C町長を務めていたAは,平成19年契約に基づき,B社に対して,以下のとおり合計872万8650円の委託料を支払った。

ア 平成20年1月末日まで 654万3000円

イ 同年2月27日        72万7000円

ウ 同年3月17日        72万7000円

エ 同年4月17日        73万1650円

(4)  監査請求

原告は,平成19年11月5日,①平成19年契約に関わるC町の担当次長の発言や行為は違法なものである,②同契約は虚偽,架空の管理費及び経費等に基づいて委託料が定められているため,委託料が不当に高額に設定されている等の理由から,同契約に基づく公金の支出が不当なものであると主張して,C町監査委員に対し,監査請求を行った(乙1,本件監査請求)。

同監査委員は,同年12月26日付けで,原告の上記請求のうち①については,監査請求の対象とならないとして,これを却下し,②については,給食配送業務の内容,性質,目的等を考慮して設計積算を行っていることから,平成19年契約の設計積算根拠が違法,不当であるとはいい難いとして,これを棄却した。(甲3)

(5)  本件訴訟提起

平成20年1月25日,原告は,本件訴訟を提起した。

3  関係法令の定め等

(1)  地方自治法(平成19年5月16日号外法律第47号による改正前のもの。以下同じ。)234条1項は,売買,貸借,請負その他の契約は,一般競争入札,指名競争入札,随意契約又はせり売りの方法により締結するものとすると規定している。同条2項は,政令で定める場合に限り,随意契約の方法により契約を締結することができる旨定めており,地方自治法施行令(平成19年3月16日号外政令第49号による改正前のもの。以下同じ。)167条の2第1項2号は,地方自治法234条2項の規定により随意契約によることができる場合として,不動産の買入れ又は借入れ,普通地方公共団体が必要とする物品の製造,修理,加工又は納入に使用させるため必要な物品の売払いその他の契約でその性質又は目的が競争入札に適しないものをするときを挙げている。

(2)  C町においては,町の契約に関する事務について,C町契約規則が定められており,同規則13条の2第1項は,町長は,随意契約によろうとするときは,原則として予定価格を定め,契約の相手方から見積書を徴さなければならない旨を,同2項は,その見積書は,原則として2人以上の相手方から徴さなければならない旨を規定している。また,同3項は,第1項の規定により予定価格を定める場合においては,原則として予定価格書を作成しなければならない旨を規定している。

4  争点

【本案前の争点】

(1) 監査請求前置の有無(本件監査請求と本件訴訟の対象の同一性)(争点(1))

【本案の争点】

(2) 平成19年契約を随意契約により締結するとした前C町長の判断に裁量逸脱濫用の違法があるか(争点(2))

(3) 平成19年契約が違法である場合,私法上も無効な契約といえるか(争点(3))

(4) 損害額及び不当利得額(争点(4))

5  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)(本件監査請求と本件訴訟の対象の同一性)について

(原告の主張)

住民訴訟は,監査請求の結果の当否を対象とするのではないから,監査請求と住民訴訟の対象は,厳密な意味において一致することは要求されず,両者の間に社会的事実としての同一性があれば足りるというべきである。原告は,本件監査請求において,平成19年契約による委託料の違法支出という財務会計上の行為を対象としているところ,委託料は本件訴訟の対象たる平成19年契約の内容として重要な要素であるから,平成19年契約の委託料の違法不当を判断する際には,平成19年契約全体を対象としてその適否を判断することが不可欠となる。

そうすると,本件監査請求の対象と本件訴訟の対象は社会的事実として同一であるといえるから,本件訴訟は監査請求前置の要件を充足する適法なものということになる。なお,本件監査請求と本件訴訟において,平成19年契約についての異なる違法事由を主張することは何ら問題がない。

(被告及び補助参加人らの主張)

原告が,本件監査請求で監査を求めた事項は,平成19年契約が,管理費及び諸経費について虚偽ないし架空の金額で締結されたものであり,また「特記仕様車看板料」名目の根拠のない支出があり,これにより町に損害を与えたという点である。しかし,本件訴訟の対象は,平成19年契約が,地方自治法234条1項及び2項に反して締結された随意契約で,違法無効であるという点であるから,本件訴訟の対象と本件監査請求の対象は同一性に欠けるものであり,本件訴訟は監査請求前置の要件を欠く不適法な訴えである。

(2)  争点(2)(裁量逸脱濫用の違法の有無)について

(原告の主張)

ア 平成19年契約について,地方自治法施行令167条の2第1項2号の「性質又は目的が競争入札に適しないもの」に該当し,随意契約によって契約することができるとした前C町長の判断には,以下に述べるとおり裁量逸脱濫用の違法がある。

(ア) 特別な知識等を要しない業務内容であること

平成19年契約によって委託された業務は,調理した食品及び食器類が格納され施錠されたコンテナーを給食配送車に積載し,給食センターから同町立学校等に指定された時間までに配送し,給食後使用済みの食器類が格納され施錠されたコンテナーを回収するというものであって,特別の知識,技術,経験を必要とする業務とはいえず,「性質又は目的が競争入札に適しないもの」に該当しない。C町では,平成20年4月以降,給食配送業務を町の直営事業として実施しており,70歳過ぎの男性に配送車の運転業務を委託しているが,このことからも,同事業に特別の技術等が必要ないことが明らかとなっている。

(イ) 総合評価方式によれば足りること

仮に平成19年契約の履行に何らかの特別な知識技術等が必要であり,これらを有する業者を選定する必要があったとしても,一般競争入札における総合評価方式によって落札者を決定することができるのであるから,同方式によって適切な業者の選定ができたはずであり,随意契約による必要はなかった。

(ウ) B社選定の経緯等について

以下の事情によれば,前C町長がB社を平成19年契約の相手方として随意契約を締結した点に不当な意図が窺え,このことからも上記前C町長の判断に裁量逸脱濫用の違法があることが明らかであるといえる。

すなわち,C町の学校給食配送業務委託は平成10年4月から開始されたものであり,C町は,平成10年契約以降,毎年B社との間で契約を繰り返しているところ,B社の実質的な経営者は,昭和54年5月3日から平成19年5月12日まで連続7期28年間にわたってC町議会議員を務め,昭和62年5月から平成3年5月12日まで及び平成7年5月から平成11年5月まではC町議会議長も務めていたDであり,その委託料は,不当に高額なものであった。被告は,同契約の委託料については,B社及び他の業者2社から合見積を出させ,そのうち最も低い額を提示したのがB社であったと主張するが,平成10年契約に先立って合見積を提出したE株式会社(E社)に同見積書の提出を求めたのはDであることや,その後の委託契約において合見積を出した業者は,いずれもC町に本店を置き,本件業務委託に関する前年度までの予算額と前々年度までの決算額を知ることができる状況にあったのに,あえて前年度の予算額を大幅に超過した見積書を提出しているなど見積額も不自然であること,他方,B社は町が決めた予算額に限りなく近い額の見積額を提示していること,以上の事情によると,3社の見積額が公正に比較されたものか疑わしく,他社から合見積を出させていたことから委託料が適正なものであったとはいえない。

また,平成18年9月の定例議会開催前に,当時の教育委員会の担当者が,前年の定例議会においてB社との業務委託契約の委託料について質疑をした議員に対し,Dを説得して委託料の値下げをさせるから議会において一般質問を行わないでくれと依頼をした事実もある。なお,その後に締結された平成19年契約の委託料は,前年度から約270万円減額されている。

加えて,平成19年契約にあたっては,予定価格を決めて予定価格調書の作成をするなど随意契約における契約金額の適性を確保するための措置が一切行われていない。

イ 以上によれば,平成19年契約を随意契約によって締結した前C町長の判断には,裁量逸脱濫用の違法があることが明らかである。

(被告及び補助参加人らの主張)

平成19年契約は,給食センターからC町内にある小中学校に給食を配送するというものであるところ,学校給食の配送は,食の安全を確保しつつ,毎日,迅速かつ確実に行われる必要があるものであり,また,給食は公教育の一環であるから,受託者には,契約を履行することが可能なだけの技術・信用等を有している業者でなければならない。そのため,一般競争入札の方法ではなく,上記の条件を備えた業者を選定した上で契約を締結することができるよう,随意契約の方法による必要があった。

B社は,食の安全性を確保しうるだけの信頼のおける埼玉県トラック協会会員資格を有する業者であり,また,その本店が給食センター及び配送先の学校と近接した位置にあることから,合理的な配送ルートをとること及び事故等の緊急事態に早急に対応することが可能な業者であり,さらに,平成10年度からの受託により給食センターのコンテナーを積載できる仕様の配送車両をすでに2台所有していた。また,C町は,平成19年契約に先立ち,B社の他に本件給食配送業務委託について,埼玉県トラック協会会員資格を有し,かつ配送時の事故等の緊急事態に対する早急な対応を図りうる業者であるF株式会社(F社),G株式会社(G社)に対しても見積書を出すよう依頼したところ,これに対して提示された見積額は,B社が831万3000円,F社が1300万円,G社が1032万円であり,B社の提示額が最も低額であった。

以上によれば,平成19年契約は,その性質から,競争入札に適しないものとして,随意契約により契約を締結することが許される契約に該当するから,当時C町長であったAがB社と平成19年契約を随意契約の方法により締結した判断に裁量逸脱ないし濫用の違法があるとはいえない。

(3)  争点(3)(私法上も無効な契約といえるか)について

(原告の主張)

平成19年契約が締結された当時,B社の代表者はDの妻が務めていたものの,実質的にはDが経営者であった。そして,Dは,長期にわたってC町議会議員,同議長を務めてきたのであるから,同人が平成19年契約を随意契約によっては締結できないことを認識していたか,少なくとも容易に認識し得たことは,明らかである。

したがって,B社は,平成19年契約が随意契約の方法によることが許されないことを,知り又は知りうる状況にあったといえるから,平成19年契約は違法なものというだけでなく,私法上も無効な契約というべきである。

(B社の主張)

平成19年契約は,上記のとおり適法なものであるが,仮に違法であったとしても,B社は,C町が平成19年契約を随意契約の方法によりB社と締結することになった具体的な経緯は知なかったものであり,平成19年契約は適法有効なものと考えていた。

したがって,平成19年契約の締結が許されないとしても,そのことについて,B社が知り又は知ることができたということはできず,私法上も無効な契約とはなり得ない。

なお,Dは,平成19年契約当時,B社の代表者ではなく,原告の主張するような実質的経営者でもなかった。

(4)  争点(4)(損害額,不当利得額)について

(原告の主張)

ア Aが違法に平成19年契約を締結したことにより,C町が被った損害は,以下のとおり,734万3000円である。

(ア) 支払済みの委託料   654万3000円

(イ) 原告に支払うべき弁護士費用 80万円

(ウ) 合計           734万3000円

イ B社は,無効な平成19年契約に基づいて支払を受けた委託料654万3000円を,不当利得としてC町に返還すべきである。

(被告及び補助参加人らの主張)

原告の主張は争う。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(監査請求と本件訴訟の対象の同一性)について

(1)  地方自治法242条1項は,普通地方公共団体の住民は,監査請求をした場合に,同請求に係る違法な行為又は怠る事実について,住民訴訟を提起することができる旨を定めており,住民訴訟を提起するためには,あらかじめ住民訴訟の対象とされる財務会計上の行為又は怠る事実について監査請求をすべきこととされている(監査請求前置)。

このように監査請求前置とされている趣旨は,住民訴訟に先立って,当該普通地方公共団体の監査委員に,住民の請求にかかる行為又は怠る事実についての監査の機会を与えることにより,当該行為又は当該怠る事実の違法不当を,当該普通地方公共団体の自治的内部的処理によって予防,是正させることにある。なお,監査請求を受けた監査委員は,監査請求に係る行為又は怠る事実について監査をするに際し,住民が主張する違法事由に拘束されるわけではない。

そうすると,監査請求を受けた監査委員は,監査請求にかかる行為又は怠る事実について,住民が主張していない違法事由も含めて第一次的に監査をする機会を与えられているということができるから,監査請求前置があるというためには,住民訴訟の対象とされている行為又は怠る事実が監査請求の対象とされた行為又は怠る事実と同一といえればよく,住民訴訟で主張される違法事由が監査請求においても主張された違法事由であることまでは必要ないというべきである。

(2)  これを本件についてみるに,前記争いのない事実等によれば,原告は本件監査請求において,平成19年契約に違法,不当な点があることから,同契約に基づく公金の支出についての不当性を監査の対象とするよう求めており,本件訴訟と同一の平成19年契約の締結行為を対象として本件監査請求を行っていたといえる。したがって,本件監査請求の対象とする行為と本件訴訟の対象としているそれは同一であるといえ,本件訴訟は監査請求を前置する適法なものであるといえる。

(3)  したがって,この点についての被告及び補助参加人らの主張には理由がない。

2  争点(2)(裁量逸脱濫用の違法の有無)について

(1)  平成19年契約は随意契約の方法で締結されたものであるところ,法234条1項は,売買,賃借,請負その他の契約は,原則として一般競争入札,指名競争入札,随意契約又はせり売りの方法により締結するものと定め,同条2項で,例外的に,随意契約の方法で契約締結をすることができると定めている。そして,地方自治法施行令167条の2第1項は,このような随意契約の方法により得る場合を限定的に列挙しており,本件では,このうち2号の「その性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき」に該当するかどうかが問題となる。

地方公共団体が契約を締結するに当たり競争入札の方法によることが不可能又は著しく困難とはいえない場合であっても,競争原理に基づいて契約の相手方を決定することが必ずしも適当ではなく,当該契約の目的,内容に相応する資力,信用,技術,経験等を有する相手方を選定してその者との間で契約を締結するという方法をとるのが当該契約の性質に照らし又はその目的を達成する上でより妥当であり,ひいては当該地方公共団体の利益の増進につながると合理的に判断される場合には,右契約の締結は,「その性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき」に該当すると解すべきであり,これに該当するか否かは,地方公共団体の契約担当者(地方公共団体の長その他契約締結権限を有する者)が,契約の公正及び価格の有利性を図ることを目的として地方公共団体の契約締結の方法に制限を加えている法令の趣旨を勘案し,個々具体的な契約ごとに,当該契約の種類,内容,性質,目的等諸般の事情を考慮して,その合理的な裁量に基づいて判断すべきものであると解するのが相当である(最高裁昭和62年3月20日第二小法廷判決・民集41巻2号189頁参照)。

(2)  そこで,前C町長が,平成19年契約を随意契約として締結したことについて,裁量逸脱又は濫用の違法があったといえるかを検討するに,平成19年契約の業務内容が,調理した食品及び食器類を格納したコンテナーを給食配送車に積載し,給食センターからC町立小中学校5校へ午前11時30分までに配送し,午後1時30分以後に配送先の各学校から,食缶類及び給食後使用済みの食器類等を格納したコンテナーを回収し,回収した食缶類及び食器類は洗浄作業が手順できるよう配慮しながら洗浄室へ運搬することであることは当事者間に争いがない。ところで,給食配送業務の内容は,小中学校に学校給食を運送するものであるところ,給食が食の安全を確保しつつ適切に運送されなければならないものであることは明らかであるから,単なる物品の運送業務とは異なるものというべきである。そして,給食の運送に当たっては,食の安全を考慮した運送方法が採られる必要があることからすると,受託業者には,この要請に応えられる設備を有していることが要求される。さらに,運送する対象は学校給食であるところ,学校給食は食事の提供時間が一定でなければならず,また一堂に会しての給食もまた教育の一環とみるべきことから,定時かつ同時に運送されなければならないものであり,そうすると,受託業者には,事故等の突発的な事態に対応できる人的物的設備を有していることも要求されるというべきである。これらのことに照らすと,その運送業者を選定するにあたっては,信用のおける,また上記目的に適する人的物的設備を備えた業者であるかを判断することが必要となるというべきである。そうであれば,競争原理に基づいて契約の相手方を決定することが必ずしも適当ではなく,契約の目的,内容に適した相手方を選定してその者との間で契約を締結するという方法をとることが,本件平成19年契約業務内容に照らしてより妥当であるとの判断は相当であるといえる。

したがって,平成19年契約の締結は,「その性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき」に該当するとした前C町長の判断に裁量逸脱又は濫用の違法はないというべきである。

(3)ア  上記のように,平成19年契約の締結を随意契約の方法によって行うことが,裁量逸脱又は濫用にあたらないとしても,特定の相手方と契約したことにつき,いわゆる他事考慮が働いているなど公正を妨げる事情が認められる場合には,その契約担当者の判断は裁量の逸脱又は濫用になるというべきである。

イ  そこで検討するに,前記争いのない事実等,証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。

(ア) 平成10年契約締結経緯について

① Dは,昭和54年5月から平成19年5月までC町議会の議員を務めていた者であり,昭和62年5月から平成3年5月まで及び平成7年5月から平成11年5月までは同議会の議長を務めていた。また,Dは,B社の設立以降平成10年3月末まで同社の代表取締役を務めていたが,同年4月1日に同人の妻が代表取締役に就任し,平成19年6月27日から,また同人が代表取締役となった。なお,Dは同社の株式200株のうち198株を所有している者である。(丁2,証人D)

② C町は,平成10年ころ,それまで町の直営事業としてきた給食配送業務を民間に委託することとし,同年1月ころ,B社をその候補の1つとして挙げ,同社に対して見積書の提出を求めた(丁2,証人D)。

③ これに対して,B社は,コンテナーを積載できる2トン車の配送専用車両を2台購入し,1台につき1名の運転手を配送業務に従事させるという前提で,国土交通省関東運輸局が公示している一般貨物自動車運送業貸切運賃料金をもとに運送料金を算定し,また,給食のない日も配送専用車両を他の仕事に使うことができず,売上を得られないことに対する補償料を「特記仕様車看板料」名目で計上して,平成10年度(ただし,同年7月1日から平成11年3月31日までの9か月分)の見積金額を合計904万500円とし,C町に提示した(丁2,証人D)。

④ C町は,平成10年契約について,上記B社により提示された見積額等を参考資料として,予算額を904万1000円とした(甲4の3,14)。

⑤ C町は,平成10年5月,F社及びE社からも見積書の提出を受けたが,F社の見積額は954万4500円,E社の見積額は963万9000円であった(甲4の2)。E社に対しては,B社を介して,合見積を出すようにとの依頼がなされていた(甲15)。

⑥ 平成10年5月27日,C町とB社は,委託料を904万0500円として,平成10年契約を締結した(甲4の1)。

⑦ Dは,当時C町議会の議長であったことから,上記契約の妨げにならないよう,平成10年契約の締結に先立って,同年4月1日にはB社の代表者を辞任し,後任には,同人の妻が就任した(証人D)。

(イ) 平成19年契約締結経緯について

① 平成10年契約締結以降,C町とB社の間では,毎年同様の契約が締結されていた。その契約のうち,委託料の額は以下のとおりであった(甲4の1,8,9の1,10の1,11の1,12の1)。

平成10年  904万0500円(契約期間は9か月)

平成13年 1203万3000円(契約期間は1年。以下同じ。)

平成15年 1197万0000円

平成16年 1197万0000円

平成17年 1155万0000円

平成18年 1144万5000円

平成19年  872万8650円

② 平成17年9月に開催されたC町議会において,当時のC町議会議員であったH(H議員)は,C町とB社の間の給食配送業務委託契約の委託料に関する質疑を行った(甲14)。

③ 平成18年9月に開催されたC町議会(9月議会)に先立ち,同年8月31日に行われた全員協議会の終了後,当時のC町教育委員会教育次長のI(I教育次長)は,H議員に対し,9月議会において給食配送業務委託契約についての質問を控えるように求めた(甲14)。

④ 平成19年1月ころ,I教育次長は,Dに対し,B社が委託料として請求している項目のうちの特記仕様車看板料の趣旨について説明を求めた上,同料金項目の積算額を減額するよう求めた(丁2,証人D)。

⑤ 平成19年3月に開催されたC町議会に先立ち,同年2月26日に行われた全員協議会の終了後,I教育次長は,H議員に対し,平成19年契約においてはB社に委託料を800万円台に下げさせる旨述べた(甲14)。

⑥ 平成19年4月1日,C町とB社との間で,委託料を872万8650円とする内容の平成19年契約が締結された。

ウ  以上の事実に基づいて検討するに,B社が,配送専用車両を準備し,配送要員として一人を確保したうえ,平成10年以降給食配送業務に従事してきたことに照らすと,B社が給食配送業務についてその適格性に問題があったということはできない。また,平成19年契約の委託料が不相当に高額であるといった事情もない。そうであれば,契約の相手方をB社として選択し,872万8650円と委託料を定め平成19年契約を締結したことについて,前C町長に裁量逸脱又は濫用の違法があったとはいえない。

なるほど,上記認定のとおり,①Dは,平成10年契約当時,C町議会の議長の立場にあり,他方同人がB社の発行済み株式200株のうち198株を所有していること,I教育次長が平成19年契約の委託料の減額するようにと話をした相手がDであることなどの事情からすれば,平成10年契約締結時から平成19年契約締結時に至るまで,同人がB社の経営に関与していた可能性があること,②町長が随意契約の方法により契約を締結する場合には,予定価格を定めた上で,2人以上の相手方から見積書を徴さなければならないところ(C町契約規則13条の2第1項,2項),平成10年契約締結に至る経緯をみると,B社から見積書を提出させる前には予定価格が定められておらず,しかもB社から出された見積額を参考に予定価格が定められ,結局,B社の見積額とほぼ同額で契約が成立していること,③合見積についても,一応F社とE社から提出されているものの,上記のようにB社から見積書の提出を受けた上で予定価格を決め,契約額もこれとほぼ同額であったことからすると,上記2社から合見積を出させたのも形式的なものに過ぎなかったと推認され,さらに,E社に対しては,本来C町からなされるべき合見積の依頼が,Dからなされていること,④加えて,平成11年契約においては合見積がなされておらず(甲5),平成12年契約及び平成13年契約においても,合見積がなされたか明らかでないこと,⑤I教育次長は,Dに対して,平成19年契約に係る委託料の見積額の減額を求めているが,その前後に行われた上記H議員とのやりとりの経緯にかんがみれば,I教育次長は,本件契約の委託料についてH議員からの追及を避けるために,Dに対して減額を求めたものと推認できることなどの事情に照らすと,平成18年に締結された契約(平成18年契約)までは,C町がB社を受注業者に選定し,また委託料を決定する過程で,必ずしも定められた手続きが履践されず,その結果,不当に高額の委託料で契約が締結されていたと認められることから,各年の契約締結において,B社を受託業者とするとした前C町長の判断が公正なものではなかったと疑われるところである。しかしながら,平成19年契約の委託料については,見直しが行われ,平成18年契約の委託料に比して271万6350円減額されていること,前述のとおりB社が給食配送業務の受託者として適格性に問題があったとは認められないこと,他に平成19年契約を締結すべき業者が存在するにもかかわらずB社と契約を締結したとまでの事情も認められないことなどからすると,当該減額の経緯について,I教育次長が平成19年契約締結に先立って,Dに対して委託料減額の話をするなど不透明な部分は認められるものの,なお,受託業者をB社とするとした判断が,公正さを欠くものとまでは認めることができないといわざるを得ない。

したがって,上記前C町長の判断が,その裁量を逸脱又は濫用した違法なものであると認めることはできない。

(4)  よって,その余について判断するまでもなく原告の主張は理由がない。

3  以上のとおりであり,原告の請求はいずれも認められないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠山廣直 裁判官 八木貴美子 裁判官 辻山千絵)

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