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さいたま地方裁判所 平成20年(行ウ)41号 判決 2011年10月19日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は,原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  原告Aの請求

川口労働基準監督署長が,亡Bに対して,労働者災害補償保険法に基づき,平成18年3月30日付けでした休業補償給付を支給しない決定,同日付でした障害補償給付を支給しない決定及び同年6月7日付けでした療養補償給付変更決定をそれぞれ取り消す。

2  原告D,同E及び同Fの請求

川口労働基準監督署長が,亡Bに対して,労働者災害補償保険法に基づき,平成18年6月7日付けでした療養補償給付変更決定を取り消す。

第2事案の概要

本件は,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)33条1号における特別加入者であり,本件訴訟の係属中に死亡した亡Bの訴訟上の地位を承継したと主張する原告らが,亡Bが代表取締役を務める訴外有限会社C(以下「訴外会社」という。)の倉庫(以下「本件倉庫」という。)敷地の屋外においてフォークリフトに乗車して作業中であった亡Bの後頭部に,本件倉庫の道路を挟んで向かい側にある公園(以下「本件公園」という。)から飛来したサッカーボールが当たり,その衝撃で顎をフォークリフトのハンドルにぶつけた事故(以下「本件事故」という。)により,亡Bが四肢麻痺等となり,このことが業務災害に当たると主張して,川口労働基準監督署長が亡Bについてした,療養補償給付変更決定(療養補償給付たる療養の給付を支給する決定及び療養の費用を支給する決定をそれぞれ取り消す旨の変更決定。以下「本件変更決定」という。)の取消しを求め,原告Aが,川口労働基準監督署長が亡Bについてした,休業補償給付及び障害補償給付をそれぞれ支給しない旨の決定(以下「本件各不支給決定」といい,本件変更決定と併せて「本件各決定」いう。)の取消しを求める事案である。

1  前提となる事実(証拠を付さない事実は,当事者間に争いがない。)

(1)  亡B及び原告ら

ア 亡Bは,昭和9年12月1日生まれであり,プラスチック卸業を営む訴外会社の代表取締役であった者であるが,本件訴訟提起後の平成20年12月26日に死亡した。

イ 原告Aは亡Bの妻,原告Dは亡Bの長女,原告Eは亡Bの二男,原告Fは亡Bの二女である。

ウ 訴外会社は,平成14年4月17日,埼玉労働局長に対し,労災保険法34条1項に基づいて,亡Bの労災保険の特別加入の申請をし,埼玉労働局長は,同月18日,これを承認した(乙14の1)。

(2)  本件事故の概要

ア 亡Bは,平成14年5月25日午後2時45分ころ,本件倉庫敷地の屋外において,フォークリフトに乗車し,運転作業を行っていたところ,本件倉庫の道路を挟んで向かい側にある本件公園において訴外Gとキックベースボールをしていた訴外Hの蹴ったボールが,本件公園の外周に沿ってある生け垣を越えて,本件倉庫の敷地内に飛来し,亡Bの後頭部に当たった(本件事故)。

イ 亡Bは,フォークリフトから降りて訴外Gに殴りかかり,さらに,その場から逃げる訴外G及び訴外Hを追いかけた。

ウ 亡Bは,その後,本件公園の入口付近に座りこんで,歩くことができなくなり,一旦訴外G宅まで逃げてから本件公園まで戻ってきた訴外G及び訴外Hの父親に抱えられて,本件倉庫の事務所内へ運ばれ,その後,意識朦朧となり,意味不明な言葉を発し,やがて痙攣・嘔吐を起こした。

エ 亡Bは,原告A又は原告Fが出動を要請した救急車により,埼玉協同病院に搬送された。

(3)  亡Bの診療経過の概要

ア 亡Bは,平成14年5月25日,救急車により搬送された埼玉協同病院において,JCS(意識レベル)30(痛み刺激で辛うじて開眼する),健忘及び見当識障害があり,四肢の不全麻痺の症状を呈した(以下,亡Bのこれらの症状を呈する状態を「本件傷病」という。)。亡Bは,同病院において,後方からの頭部への直達外力が受傷機転となった脊髄損傷と診断され,同日,川口市立医療センターに転院した。

イ 亡Bは,その後,以下のとおり,各医療機関で治療を受けた。

(ア) 川口市立医療センター

平成14年5月25日から同年7月31日までの間 入院

(イ) 東京厚生年金病院

平成14年7月24日 通院

平成14年8月1日から同年9月3日までの間 入院

(ウ) 埼玉県総合リハビリテーションセンター

平成14年9月3日から同年12月4日までの間 入院

(エ) 川口市立医療センター

平成14年12月5日から平成16年11月9日までの間 通院

(4)  本件各決定及び支給状況等

ア 亡Bは,平成14年9月19日,川口労働基準監督署長に対し,労災保険法による療養補償給付たる療養の給付を請求した。川口労働基準監督署長は,平成15年3月12日付けで,前記請求について,療養補償給付たる療養の給付を支給する決定をし,埼玉労働局長は,これに基づき,平成14年8月1日から平成16年11月9日までの間に,医療機関への治療費等として,合計383万5543円を支払った(乙1,11,12)。

イ 亡Bは,平成17年2月2日,川口労働基準監督署長に対し,労災保険法による療養補償給付たる療養の費用の請求,休業補償給付の支給の請求及び障害補償給付の支給の請求をした。

川口労働基準監督署長は,前記療養補償給付たる療養の費用の請求について,同年3月3日付けで支給する決定をして,これに基づき,同日,亡Bに対し,療養の費用として4000円を支払った(乙2,13)。

川口労働基準監督署長は,前記休業補償給付の支給の請求及び障害補償給付の支給の請求について,業務上の負傷による休業ないし障害とは認められないとして,それぞれ平成18年3月30日付けで不支給決定(本件各不支給決定)をした(乙5の1・2)。

ウ 川口労働基準監督署長は,平成15年3月12日付けの療養補償給付たる療養の給付の支給決定及び平成17年3月3日付けの療養補償給付たる療養の費用の支給決定について,負傷が業務上の事由によるとは認められないとして,平成18年6月7日付けで,前記各支給決定を取り消す旨の変更決定(本件変更決定)をした(乙6,13)。

エ 川口労働基準監督署長は,平成18年6月7日,埼玉労働局長に対し,平成15年3月12日付けの療養補償給付たる療養の給付の支給決定による医療機関への治療費等の合計383万5543円の支払が過誤払に当たるとして,これを亡Bから回収するように依頼した(乙11)。埼玉労働局長は,これを受け,平成19年7月27日付けで,亡Bに対し,前記金額の返還を求めた(乙12)。

川口労働基準監督署長は,平成17年3月3日付けの療養補償給付たる療養の費用の支給決定による亡Bへの療養の費用4000円の支払が過誤払に当たるとして,平成18年6月7日ころ,亡Bに対して,前記金額の返還を求めた(乙13)。

(5)  審査請求及び本件訴訟の提起

ア 亡Bは,埼玉労働者災害補償保険審査官に対し,平成18年5月25日に本件各不支給決定について,同年7月24日に本件変更決定について,それぞれ不服があるとして各審査請求をした。埼玉労働者災害補償保険審査官は,同年12月15日付けで,前記各審査請求を棄却する決定をした。

イ 亡Bは,平成19年2月9日,労働保険審査会に対し,前記アの決定に不服があるとして再審査請求をした。労働保険審査会は,平成20年6月16日付けで,前記再審査請求を棄却する裁決をし,裁決書謄本は,同月17日,亡B代理人に送達された。

ウ 亡Bは,平成20年12月12日,本件訴訟を提起した。

2  争点及びこれについての当事者の主張

本件の争点は,原告らが亡Bの訴訟上の地位を承継したか(争点1)及び本件傷病に業務起因性があるか(争点2)であり,これらの争点についての当事者の主張は,以下のとおりである。

(1)  争点1(原告らが亡Bの訴訟上の地位を承継したか)について

(原告らの主張)

原告らは,以下のとおり,相続又は労災保険法11条に基づき,亡Bの訴訟上の地位を承継した。

ア 原告らは,亡Bの法定相続人として,亡Bが有していた休業補償給付請求権,障害補償給付請求権及び療養補償給付請求権を実体法上承継し,亡Bの訴訟上の地位を承継した。

なお,現物支給である療養補償給付たる療養の給付請求権は,一身専属権であって,相続により承継されるものではないとの考え方もあろう。しかしながら,既に亡Bが療養補償給付たる療養の給付の支給を受けたことにより,一身専属性は消失しており,一身専属性を理由に原告らによる亡Bの訴訟上の地位の承継は否定されない。

イ 労災保険法11条は,労災保険法に基づく保険給付請求権を有する者が死亡した場合において,未支給の保険給付があるときは,配偶者,子,父母,孫,祖父母又は兄弟姉妹等であって,その者の死亡の当時その者と生計を同じくしていた者(以下「遺族」という。)は,自己の名で,その未支給の保険給付の支給を請求することができると規定する。

原告Aは,亡Bが死亡した当時,亡Bの配偶者で生計を同じくしていた者である。よって,原告Aは,労災保険法11条により,亡Bの訴訟上の地位を承継した。

(被告の主張)

ア 本件各不支給決定の取消しを求める部分について

(ア) 労災保険法11条は,労災保険給付が,基本的に,労働基準法(以下「労基法」という。)に基づく使用者の災害補償責任を担保するものであることを考慮すると,受給権者に未支給の保険給付がある場合,受給権者の相続人よりも,受給権者と生計を同じくしていた遺族が受けるにふさわしいという趣旨に基づいて規定されたものであり,その限りで相続に関する民法の規定を排除する。

よって,亡Bの遺族であって,亡Bの死亡当時,亡Bと生計を同じくしていた者は,労災保険法11条1項により,自己の名で,亡Bに支給すべきもので未支給の保険給付の請求をすることができるから,本件各不支給決定の取消しを求めるにつき,法律上の利益(原告適格)を有するのであり,本件請求に係る訴えのうち本件各不支給決定の取消しを求める部分につき,亡Bの訴訟上の地位を承継する。

(イ) この点,国民年金法に基づく年金の受給権を有する者が死亡した場合に関し,最高裁判所平成7年11月7日第三小法廷判決・民集49巻9号2829頁は,同法19条1項所定の者は,平成19年7月6日法律第109号による改正前の同法16条1項による社会保険庁長官による未支給年金の支給決定を受けるまでは,死亡した受給権者(以下,単に「死亡者」という。)が有していた未支給年金に係る請求権を確定的に取得したということはできないとして,国に対して未支給年金の支払を求める訴訟の係属中に,同法に基づく年金の受給権を有する者が死亡した場合において,同法19条1項所定の者への訴訟承継を否定した。

しかし,本件のように,不支給決定の取消しを求める訴訟の受給権者は,処分が取り消されて受給権があるとされた場合に,以後の受給権のほか,支給を受けられたはずの給付を受け得る地位を回復するという法律上の利益を有していたところ,その遺族は,労災保険法11条1項により,労働基準監督署長の支給決定を受けることを条件とするものの,同項により,受給権者の上記地位ないし利益を承継する立場にあるのであり,これをもって原告適格を基礎づける法律上の利益が承継されたということが可能である。そして,不支給決定が取り消されない限り,不支給決定の公定力により給付を受ける余地がないこと,訴訟承継を認めて遺族による取消訴訟の追行を許した結果,判決により決定が取り消されても,当該遺族は改めて労災保険法11条1項に基づく請求をする必要があり,労働基準監督署長が,当該遺族が同項所定の遺族に当たるかどうかを判断する余地が残っている以上,労働基準監督署長の第一次判断権を害するものではないことを考慮すると,労災保険法11条1項による支給決定を受け得る地位にあると認められる限りで,訴訟承継が認められる。

(ウ) したがって,本件請求に係る訴えのうち本件各不支給決定の取消しを求める部分について,亡Bの配偶者である原告Aが,亡Bの死亡時において,亡Bと生計を同じくしていたのであれば,原告Aが亡Bの訴訟上の地位を承継する。

イ 本件変更決定の取消しを求める部分について

療養補償給付たる療養の給付は,診察,薬剤又は治療材料の支給,処置,手術その他の治療等,労災保険法13条2項各号が定めるものを内容とする現物支給であり,同給付を請求する権利は一身専属権であるが,本件において,一旦,療養補償給付たる療養の給付を支給する旨の決定がなされ,これを取り消す旨の本件変更決定により,亡Bは,被告に対し,医療機関に既に支払われた治療費等の合計383万5543円の返還債務を負っていた。よって,亡Bが負っていた同債務は,金銭債務として相続性を有する。

また,亡Bは,本件変更決定により,被告に対し,療養補償給付たる療養の費用4000円の返還債務を負っており,同債務も,金銭債務として相続性を有する。

したがって,亡Bの相続人は,本件変更決定が取り消されることにより,前記各返還債務を免れることとなり,本件変更決定の取消しを求めるにつき法律上の利益(原告適格)を有する。

よって,亡Bの相続人は,本件請求に係る訴えのうち本件変更決定の取消しを求める部分について,亡Bの訴訟上の地位を承継する。

(2)  争点2(本件傷病に業務起因性があるか)について

(原告らの主張)

ア 「業務」と「災害」との間の相当因果関係について

(ア) 災害と業務の相当因果関係の有無を判断するに当たっては,当該業務を抽象的に捉えるのではなく,業務の性質,作業環境,業務施設の状況等を具体的に捉える必要がある。そして,亡Bが乗車して運転作業をしていたフォークリフトは,前後左右に車両内外を分ける窓硝子やドア等が存在しない構造であったことのほか,以下のとおりの本件公園と本件倉庫の位置関係等の具体的事情を考慮に入れると,本件において,業務と災害との間に相当因果関係があることは明らかである。

a 本件公園で蹴られたサッカーボールの飛距離は十数メートルに過ぎない。また,自分の方に転がってくるサッカーボールを助走して蹴った場合には一層の勢いが増していること,バレーボール等に比してサッカーボールは堅い素材であることに鑑みると,亡Bに想像以上の衝撃が加わったであろうことは,容易に想像できる。

b 本件公園の本件倉庫に面する外周には,高さが道路側で1.1m,公園側で0.8m,幅員が1.95mの生け垣があるのみであり,サッカーボールが本件公園の敷地外に飛来することを何ら妨げるものではない。

c 多数の住民が,本件事故以前から,本件公園でキャッチボールやボール蹴りなどのボール遊びがなされているのを目撃しており,本件公園内でボール遊びがなされることは稀なことではなかった(乙20の1)。

(イ) 被告は,近隣住民への調査の結果を根拠に,本件公園の近隣住民の自宅敷地内にボールが飛来して来ることが極めて稀であると主張する。

しかしながら,前記住民の自宅がどこにあるか不明であるし,本件公園と隣接していたとしても,ボールが飛来する可能性は,ボール遊びが多くなされている場所との距離やボールが飛来する方向性を無視することができない。また,前記住民の自宅敷地が,壁などによりボールの飛来を相当程度回避している可能性がある。さらに,近隣住民の証言がどのような方法により得られたのか不明であって,信用性に乏しい。よって,前記のとおりの被告の主張は妥当ではない。

(ウ) 本件と類似する他の事例を見てみると,①ダンプカーの運転手が運転を誤り十字路四つ角の事務所内に飛び込んだために,同事務所内で就業中の労働者が負傷したという事案において,労働者の就労する作業場が道路に面し,労働者が業務に従事することによって交通事故の危険にさらされており,自動車の飛込み等の交通事故によって受けた負傷等は一般に業務上と解すべきであるとされた事例(昭和35年12月22日・基収第5828号),②自動車の運転中に他の自動車からビール瓶が飛んできて負傷した事案において,業務上の負傷と認定された事例(昭和36年6月26日・基収第9734号),③工事現場を通過する列車より投げられた氷が労働者に当たって死亡した事案において,業務上の負傷と認定された事例(昭和43年1月10日・基収第4866号)がある。

よって,本件においても,業務上の負傷と認定されるべきである。

イ 「災害」と「傷病」との因果関係について

(ア) 使用者の集団的ないし総体としての補償責任が問題となる労災保険の場合には,因果関係は高度の蓋然性でなくても一定の蓋然性が証明されれば足りると解するべきである。仮に,高度の蓋然性が必要であるとしても,業務起因性ないし条件関係の立証が法的に労災補償を認めるに値するとの判断が可能な程度の原因・結果の立証であり,個々の事案によって柔軟に解釈する必要がある。そして,現代医学をもってしても発生機序が明らかとされていない傷病が数多くあるのであり,本件事故と本件傷病の条件関係について,本件傷病の発生機序についての医学的知見が示された上で,医学的経験則から本件事故により本件傷病が発症したと証明されることが必要であるとすれば,極めて不当な結論となる。

よって,本件では,厳密に当該症状の原因疾病ないし傷病名の特定にとらわれずに,本件傷病が亡Bの後頭部にサッカーボールが当たったことに起因することが認められれば,因果関係の立証として足りるというべきである。

(イ) 亡Bは,フォークリフトのパレットにフォークを差し込むために,前傾姿勢を取って一点に集中して乗車していたところ,後方から飛来したサッカーボールに当たって,その衝撃により顎がハンドルの突き出た部分であるノブに激突した。そして,本件事故が発生したわずか2時間後に本件傷病を発症していたのであり,本件事故以外に,本件傷病を発症させる事象はなく,亡Bに本件傷病の発現に関わる既往症もない。よって,本件傷病が亡Bの後頭部にサッカーボールが当たったことによることは明らかである。

(ウ) もっとも,本件傷病について,原因疾病ないし傷病名を特定することができれば,思考経済的観点から便宜であるところ,本件傷病の原因は,以下のとおり,頸髄損傷又は脳震盪後症候群であった可能性が高い。

a 亡Bは,複数の医療機関において,頸髄損傷との診断がなされており,殊に,川口市立医療センターにおいては,平成15年9月11日,頸髄損傷との診断を受けたほか,東京厚生年金病院においては,平成15年1月29日,頸髄不全損傷の診断を受けた。

b 亡Bは,埼玉医科大学総合医療センター精神科において,亡Bの脳外傷について軽傷脳震盪との診断を受け,また,事故後まもなく生じて現在まで持続している症状について脳震盪後症候群との診断を受けた。

(被告の主張)

ア 本件事故が業務に内在する危険の現実化と認められないこと

(ア) 川口労働基準監督署が実施した調査によれば,本件公園でボール遊びをしている人はいたものの,本件公園の近隣住民の自宅敷地内にボールが飛来することは極めて稀であったことが認められる。よって,本件公園で蹴られたボールが本件倉庫敷地で作業中であった亡Bの後頭部に当たったことは,業務に付随する危険とはいえず,業務に内在する危険が現実化したものと認めることはできない。

この点,運送会社の運転手が,貨物を自動車に積載して市内の小学校前を進行中,小学校校庭で児童がバットで打った小石が自動車の前面ガラスを破って飛来し,左眼を負傷したという事案について,都道府県労働基準局からの業務上外の判断に係る問合わせに対し,当時の労働省労働基準局は,「本件被災労働者の負傷は,運転業務従事中に生じたものであるが,この種の危険が一般に被災者の自動車運転業務に付随しているとは考えられないから,業務上の負傷とは解せられない」と回答している(昭和31年3月26日・基収第822号通達)。

(イ) 原告らが挙げる事例のうち,①十字路の角の事務所で就業中にダンプカーが飛び込んできた事例は,事務所が平均して15秒に1台という交通量の激しい道路に面しており,このような環境のもとにある当該事業施設にあっては,自動車の飛込等の交通事故が発生する高度の危険性があることを考慮し,業務起因性を肯定したものと推測される。また,②自動車の運転中に他の自動車からビール瓶が飛んできて負傷した事例は,通常,飛来物による事故は業務起因性が否定されるということを前提としつつ,被災者が自動車運転業務に従事していることに加え,災害の発生した場所が交通量の多い国道一号線上であり,行楽シーズンであったという本件の特殊性を重視して,自動車運転業務に起因する業務上の負傷と認定したものである。さらに,③工場現場を通過する列車から投げられた氷が労働者に当たって死亡した事例は,もともと被災者と加害者との間で列車から氷を投げるということについて話をしたことがあったという事情があり,明確な約束はされていなかったものの機会があれば加害者が被災者に対し通過列車から氷を投げるということが容易に想定されたため,通常の飛来物と同視すべきではないという判断がされたものと推測される。

本件においては,前記①の事例のように,危険な場所のそばに本件倉庫があったものではなく,前記②及び③の各事例のように,飛来物による事故について業務起因性を肯定する例外を認めるべき特殊な事情は存在しない。

よって,前記各事例が業務上の負傷と認定されたからといって,これを本件における業務起因性の判断にそのまま当てはめることは適当ではない。

イ 相当因果関係の前提となる条件関係がないこと

(ア) 本件傷病の原因疾病が頸髄損傷ではないこと

以下のとおり,亡Bは,そもそも,頸髄損傷を発症しておらず,本件傷病の原因疾病が頸髄損傷であるとはいえない。

a 頸髄損傷は,発症直後に四肢の弛緩性(筋緊張が低下した状態)麻痺を呈する。しかし,亡Bは,本件事故後,訴外Gを数発殴って,逃げる訴外G及び訴外Hを追いかけたのであり,本件で頸髄損傷となっていれば,かかる行為は不可能である。

b 東京厚生年金病院医師及び埼玉県総合リハビリテーションセンター医師は,亡Bを継続的に診察し,①CT・MRI等の画像による検査で,頸髄損傷を示す所見が認められないこと(この点は,川口市立医療センターでの検査でも同様であった。),②病的反射や痙性が欠如していること,③拮抗筋も不随意に収縮するという下肢に不自然な動きがあること,④膀胱直腸障害が欠如していることを挙げて,臨床所見のみならずCT,MRI等による所見等に基づいて,亡Bが頸髄損傷を発症していることを否定している。

c 自治医科大学附属さいたま医療センターI医師は,亡Bが本件傷病に関して治療を受けた医療機関の診療録及び画像所見を基に作成した意見書(乙24)において,①重度な頸髄損傷がある場合には脊髄のMRIに何らの所見があると考えられるところ,亡Bの脊髄のMRIには,急性期にも慢性期にも,脊髄の異常を示す所見が見られないこと,②亡Bの神経学的臨床所見において,高度な四肢麻痺を呈するのに反射の異常が見られない上,麻痺の分布が典型的ではなく,筋力低下が著しいのに感覚障害もないか軽度である点が典型的ではなく,神経学的観点からも,頸髄損傷は否定的であることを挙げて,本件傷病の主たる症状である四肢麻痺の原因が頸髄損傷であることを否定するのが医学常識であると意見を述べる。

その上で,I医師は,同意見書において,脊髄損傷が否定され,他に本件傷病の原因として考えられる疾病が認められないこと,診療録に心因性障害の時に見られる現象が記録されていること,亡Bの経過を直接観察した医師2名が心因性と判断していることからすると,本件傷病の主たる症状である四肢麻痺の原因は,ヒステリーなどの心因性と考えるのが医学常識であると意見を述べる。

d この点,埼玉協同病院医師は本件傷病の原因疾病は脊髄損傷(上から4番目の頸椎レベルでの障害であり,ここでいう脊髄損傷は頸髄損傷と同義である。)であると診断したが,亡Bが救急車で搬送された際の1回限りの診察で,臨床所見のみに基づくものであり,上記bのとおり,亡Bを継続的に診察し,臨床所見のみならずCT,MRI等による所見にも基づく東京厚生年金病院及び埼玉県総合リハビリテーションセンター医師の診断の方が,信憑性が高い。

(イ) 本件傷病の原因疾病が脳震盪後症候群ではないこと

脳震盪後症候群は,世界保健機関(ILO)が定めた国際疾病分類(ICD-10)の中の精神疾患分野において,器質性精神障害の一種とされる「F07 脳疾患,脳損傷および脳機能不全によるパーソナリティおよび行動の障害」に位置付けられ,頭痛,めまい,疲労感,易刺激性,集中と課題遂行の困難,記憶障害,不眠,ストレスや情緒的興奮あるいはアルコールに対する耐性の低下などいくつかの異なった症状を含むと説明されている。

よって,脳震盪後症候群を発症しても,本件傷病の主たる症状である四肢麻痺を呈さないのであり,本件傷病の原因疾病は,脳震盪後症候群であるとはいえない。

第3当裁判所の判断

1  争点1(原告らが亡Bの訴訟上の地位を承継したか)について

(1)  処分の取消しの訴えの係属中に原告が死亡した場合においては,死亡した者が有していた,当該処分の取消しを求めるについての法律上の利益(行政事件訴訟法9条1項)を実体法上承継する者が,死亡した者の訴訟上の地位を承継すると解される。

本件において,原告らが,亡Bが有していた本件各決定の取消しを求めるについての法律上の利益を実体法上承継したかが問題となるところ,以下において,①本件各不支給決定の取消しを求めるについての法律上の利益の承継があったか,②本件変更決定の取消しを求めるについての法律上の利益の承継があったかに分けて検討する。

(2)  本件各不支給決定の取消しを求めるについての法律上の利益の承継があったか(①)について

ア(ア) 労災保険法に基づく保険給付は,政府が保険制度を管掌して,使用者が義務としてこれに加入して保険料を納め,労働災害を被った労働者がこの保険によって補償を受けることとすることにより,基本的に,労基法75条以下で規定する無過失責任たる使用者の災害補償を保険化して,これを担保し,労働者に対する迅速かつ公正な保護を確保しようとするものである(労災保険法1条,2条,6条,7条,労働保険の保険料の徴収等に関する法律3条)。

そして,労働者の使用者に対する災害補償請求権(労基法75条以下)は,当然に相続の対象となるものであり,支給決定を受けることにより保険給付を受け得る地位も,これに準じて,相続の対象となるものと解される。

(イ) 労災保険法11条1項は,保険給付が年金化された昭和40年法律第130号による労災保険法の改正により設けられたものである。同条が設けられる以前において,保険給付の受給権者が保険給付の支給を受けないうちに死亡した場合には,受給権者の相続人がその未支給の保険給付を受けることとなっていたところ,同条は,年金たる保険給付については受給権者が死亡した場合には必ずその未支給分が生じることのほか,前記(ア)のとおりの労災保険法に基づく保険給付の目的を考慮した場合,受給権者の相続人よりも受給権者と生計を同じくしていた遺族の方がその未支給分を受けるにふさわしいことから,未支給の保険給付の請求権者について特に規定したものであり,その範囲内において民法の相続に関する規定を排除するものと解される。

そうだとすると,同条は,基本的に労災保険法に基づく保険給付を受け得る地位に相続性があることを前提として,受給権者の死亡時において受給権者と生計を同じくしていた遺族について,一定の順位によって,民法所定の相続人に優先して,死亡者が有していた保険給付の支給を請求する地位を承継させるものであると解される。

(ウ) しからば,受給権者の死亡時において,同人と生計を同じくしていた遺族であって,労災保険法11条1項,3項の規定により,最も先順位の地位にある者は,死亡者が有していた保険給付を受け得る地位を承継取得したといえるのであり,同条1項,12条の8第2項,同法施行規則1条2項,3項に基づく労働基準監督署長の支給決定を受けることにより,死亡者に係る保険給付請求権を取得するのであって,死亡者が有していた処分取消しを求めるについての法律上の利益を,実体法上承継したといえる。

他方,死亡者の相続人であっても,受給権者の死亡時において受給権者と生計を同じくしていた後順位の遺族や受給権者の死亡時において受給権者と生計を同じくしていたとはいえない者は,直ちに死亡者が有していた保険給付を受け得る地位を承継取得したとはいえないのであり,死亡者が有していた処分取消しを求めるについての法律上の利益を実体法上承継したとはいえない。

(エ) この点,最高裁判所平成7年11月7日第三小法廷判決・民集49巻9号2829頁は,国に対して未支給年金の支払を求める訴訟の係属中に,国民年金法に基づく年金の受給権を有する者が死亡した場合において,同法19条1項所定の者への訴訟承継を否定した。

しかしながら,本件は,これとは異なり,処分の取消しを求める訴訟であって,訴訟上の地位の承継は,死亡者が有していた処分取消しを求めるについての法律上の利益が実体法上承継された場合には肯定され,行政庁の支給決定による受給権の確定的な承継までは要しないというべきである。よって,本件においては,前記判決と同様に解する必要はない。

イ そこで本件において検討すると,前記前提となる事実(1)ア,イ及び弁論の全趣旨によれば,原告Aは,亡Bの妻であり,亡Bが死亡した平成20年12月26日において,同人と生計を同じくしていたことが認められる。したがって,原告Aは,亡Bが有していた本件各不支給決定の取消しを求めるについての法律上の利益を実体法上承継したといえるのであり,本件各不支給決定の取消しを求める訴えについての亡Bの原告の地位を承継した。

他方,原告D,原告E及び原告Fは,前記前提となる事実(1)イのとおり,それぞれ亡Bの長女,二男及び二女であって,亡Bの相続人であるが,証拠を精査しても,亡Bの死亡時において,同人と生計を同じくしていたと認めるには足りず,また,仮に生計を同じくしていたとしても,労災保険法11条3項の規定上,亡Bの配偶者である原告Aよりも後の順位にある者である。したがって,原告D,原告E及び原告Fは,亡Bが有していた本件各不支給決定の取消しを求めるについての法律上の利益を実体法上承継したとはいえないのであり,本件各不支給決定の取消しを求める訴えについての亡Bの原告の地位を承継していない。

(3)  本件変更決定の取消しを求めるについての法律上の利益の承継があったか(②)について

ア 前記前提となる事実(4)ア,イのとおり,本件において,亡Bは,平成14年9月19日に,川口労働基準監督署長に対し,療養補償給付たる療養の給付請求をしたところ,川口労働基準監督署長は,これに対し,平成15年3月12日に支給決定をして,埼玉労働局長は,医療機関への治療費等の合計383万5543円を支払ったこと,亡Bは,平成17年2月2日,労働基準監督署長に対し,療養補償給付たる療養の費用の請求をしたところ,労働基準監督署長は,平成17年3月3日に支給決定をして,亡Bへの療養の費用4000円を支払ったことが認められるのであり,亡Bは,本件変更決定により,これらの返還債務を負っていたことが認められる。そして,各返還債務は,金銭債務であり,亡Bの死亡により,相続人に承継された。

よって,亡Bの相続人である原告らは,本件変更決定が取り消されれば,前記各返還債務を負わなくなるとの亡Bが有していた本件変更決定の取消しを求めるについての法律上の利益を,実体法上承継したといえ,本件変更決定の取消しを求める訴えについての亡Bの原告の地位を承継した。

イ なお,療養補償給付たる療養の給付は,労災保険法13条2項各号が規定する診察,薬剤又は治療材料の支給等の現物支給であり,同条に基づく療養補償給付たる療養の給付請求権は,一身専属権として,相続により承継されないが,本件においては,前記アのとおり,療養補償給付たる療養の給付が既に支給されており,金銭債務である返還債務が発生している。よって,療養補償給付たる療養の給付請求権の一身専属性は,前記アのとおりの判断を左右しない。

2  争点2(本件傷病に業務起因性があるか)について

(1)  認定事実

後掲各証拠によれば,以下の各事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。

ア 本件公園について

(ア) 本件公園は,川口市が昭和63年10月12日に設置したものであり,同市が管理している(乙20の1・2)。

(イ) 本件公園は,南北46.0m,東西26.3m,面積1210㎡であり(本件公園の外周に沿ってある生け垣まで含めると,南北50.0m,東西30.3m,面積1515㎡),南側約3分の2が広場であり,北側約3分の1がジャングルジム,滑り台等の児童用遊具施設が設置され,広場の部分と遊具が存する部分を分けるフェンス等の構造物は存しなかった(甲5,乙23)。

(ウ) 本件公園の南側広場部分の東側に,幅員6.0mの道路を挟んで本件倉庫の敷地が存し,本件公園の外周に沿ってある生け垣のうち本件倉庫敷地に面する部分は,高さ1.0m,幅員2.0mであり,同部分には,北から南に向けて順に,高さ3.65m,4.73m,3.3m,5.25m,3.3m,4.6mの樹木が6本立っていた(甲5,乙23)。

(エ) 川口市都市計画部公園課管理係担当者は,平成18年2月17日,川口労働基準監督署労働基準監督官の聴き取り調査に対し,以下のとおり回答した(乙20の1・2)。

a 川口市が管理する公園では,近隣の住民からの苦情が多い場合,ボール遊びを禁止する旨の表示を行っており,同市管理に係る約400ある公園のうち,250から260の公園で同旨の表示を行っている。

b 本件公園では,ボール遊びを禁止する旨の表示を行っておらず,今後も行う予定はない。

(オ) 川口労働基準監督署労働基準監督官は,平成17年8月9日から同年9月5日,本件公園の近隣住民ないし近隣で勤務する者等5名に対し聴き取り調査を行い,これらの者から,自宅敷地内にボールが飛んで来ることはなかったか,または年に1回か2回程度飛んで来ることがあったとの回答を得た(乙23)。

イ 本件事故について

(ア) 訴外Hは,平成14年5月25日,本件公園南側の広場部分において,同人から約6.3m離れて東側に相対する訴外Gが転がしたサッカーボール(4号球,直径20.7cm)を助走してから同人の方向へ蹴るという,いわゆるキックベースをして遊んでいたところ,訴外Hが蹴ったサッカーボールが本件公園の敷地境界を越え,本件倉庫の敷地内西側のコンクリート敷き部分において,フォークリフトに乗って作業をしていた亡Bの後頭部に当たった(乙23)。

(イ) 亡Bは,フォークリフトを降り,サッカーボールを取りに来た訴外H及び訴外Gに対し,「この野郎,ボールを当てやがって。」と言って訴外Gに殴りかかり,訴外Gは,顔面,頭部,両上腕部打撲で全治1か月の傷害を負った(乙15の1・2)。さらに,亡Bは,訴外H及び訴外Gが逃げたことから,本件公園東側の出入り口付近まで約13.8m追いかけた(乙23)。

(ウ) 亡Bが乗車していたフォークリフトは,全長3.69m,全幅1.1m,高さ1.99mであり,運転席の上部にはヘッドガード(屋根)が,側面にはヘッドガードを支える4本の支柱及びマスト(パレット等を持ち上げて荷役するフォークを上下させるレール)がそれぞれあった(乙23)。

ウ 亡Bの診療経過について

(ア) 埼玉協同病院における診療(平成14年5月25日)の経過について(以下の事実につき,乙16の1ないし3,乙24,25)

a 救急車で搬入された後の初診時におけるJCS(意識レベル)は30(痛み刺激で辛うじて開眼する程度)であり,健忘及び見当識障害があった。同日朝からの記憶がなく,「なんで,俺はここにいる」と繰り返し,問いかけに対する回答は当を得ない状態であった。

b 顔面以下において,かろうじて触覚がわかる程度であり,温痛覚の低下,四肢の不全麻痺があり,麻痺は,左よりも右の方で強かった。四肢反射はあり,バビンスキー(病的反射の一種で脊髄の異常を強く支持する根拠になる所見)はなかった。

c 後方からの頭部への直達外力が受傷機転となったものとして,脊髄損傷と診断された。会話時に低酸素状態となるなど,呼吸管理を含む集中的管理が必要であるとされ,川口市立医療センターに転院することとなった。

(イ) 川口市立医療センターにおける診療(平成14年5月25日から同年7月31日までの間の入院)の経過について(以下の事実につき,乙17の1ないし3,乙24,26,29の2)

a 平成14年5月25日の初診時において,C4以下の知覚低下,四肢麻痺があり,脊髄損傷の評価尺度を表すフランケル分類C(損傷高位以下の筋力は少しあるが,実用性がない。)として頸髄損傷と診断された。亡Bの家族には,脊柱管が元々狭く,ちょっとしたきっかけで神経麻痺を起こしている,脊髄損傷を起こしているとの説明がなされた。

b 平成14年5月28日に実施されたMRI検査においては,椎間板に多少の変化があったが,脊椎に異常はなかった。

c 平成14年5月30日,上下肢の徒手筋力試験においては2ないし3で,左上下肢にしびれを訴え,反射は正常であった。

(ウ) 東京厚生年金病院における診療(平成14年8月1日から同年9月3日までの入院)の経過について(以下の事実につき,乙18の1ないし3,乙24,27)

a 平成14年8月1日の入院時において,上肢の麻痺は既に回復しており,両下肢の不全麻痺の状態であった。四肢深部の反射亢進があり,病的反射は陰性であった。上肢の徒手筋力試験は正常であった。

b 平成14年8月8日に実施されたMRI検査では,脊柱管椎間孔は正常であり,脊髄も正常であった。同月7日に行われた頸椎単純X線でも,脊柱管狭窄はなく,不安定性もなかった。

c 平成14年8月14日,病的反射や痙性が欠如していること,拮抗筋も同時に不随意に収縮するという,下肢に不自然な動きが見られたこと,MRI画像の所見が正常であること及び膀胱直腸障害がなかったことの各現象は,頸髄損傷では説明ができず,時に我を忘れた言動をするとの精神的な異常があることからすると,不全対麻痺は,転換ヒステリー等が原因となっているものと考えられると判断された。

(エ) 埼玉県総合リハビリテーションセンターにおける診療(平成14年9月3日から同年12月4日まで入院)の経過について(以下の事実につき,乙19の1,2,乙24,28)

a 平成14年9月3日の初診時において,上肢の徒手筋力試験は,3+ないし4レベルであり,両下肢筋力は2レベルで起立歩行ができなかった。尿意,便意はあり,導尿は行わず,溲瓶で腹圧排尿可能であった。四肢腱反射において,下肢に軽度亢進が見られ,病的反射はなかった。

b 平成14年9月17日における経頭蓋刺激下肢MEP検査を行い,潜時,振幅とも正常であった。

c 診察,検査の場面では体幹筋力が2レベルになるが,日常生活動作を観察すると坐位バランスがとれていた。さらには,診察時に挙手を指示すると,なかなか上がらないが,前方から抱える車椅子移動の際は,看護師の首までスムーズに手が上がっていた。

d 四肢腱反射の明確な亢進がなく,東京厚生年金病院におけるMRI検査の画像においても異常所見がなかったことから,頸髄損傷の病名を用いるのは不適当と判断し,四肢麻痺との症状に基づいた診断名を付した。平成14年9月18日,亡Bの家族には,亡Bの症状は心因性であり,改善は難しいとの説明がなされた。

エ I医師の意見について

I医師は,亡Bの四肢麻痺について,以下のとおり意見を述べた(乙24)。

(ア) 脊髄損傷は,受傷以前からの脊柱管狭窄や外傷による脊椎骨折や脱臼などの不安定性,あるいはそれらの合併により,脊髄が何らかの圧迫を受けて発生するところ,歩行できないほどの重度の脊髄損傷がある場合,脊髄のMRIには何らかの所見があるはずである。しかしながら,原告の川口市立医療センターにおけるMRI検査の画像を確認したところ,硬膜管の圧迫所見や脊髄の圧迫所見はなく,「脊柱管が元々狭い」ことは画像にはなかった。

また,C4付近の脊髄損傷であれば,通常肩周辺に重い麻痺が現れ,四肢の反射亢進が見られるはずであるが,亡Bにおいては,高度な四肢麻痺を呈するのに反射の異常がなく,一見対麻痺と思われるような下肢の強い麻痺であって,麻痺の分布が典型的ではない。筋力低下が著しいのに感覚障害がないか軽度であり典型的ではない。よって,神経学的観点から,頸髄損傷は否定的である。

(イ) 脊髄が損傷されていないのに,あたかも損傷されたかのように見える場合,本人が,無意識に麻痺があるかのように思いこむ状態であるヒステリー又はわざと麻痺があるように見せかける詐病の心因性を疑うのが医学的常識である。

埼玉県立リハビリテーションセンターのカルテには,「診察・検査時での体幹筋力が2レベルになるが,日常生活動作を観察すると坐位バランスがとれていた。」,「診察時に挙手を指示するとなかなか上がらないが,前方から抱える車椅子移動の際は看護師の首までスムーズに手が上がっていた。」などの記録がある。これらは心因性障害の時に見られる現象である。また,亡Bの経過を直接観察した2名の医師が心因性と判断している。心因性障害の発症原因は,カルテのみで判断することは不可能である。

オ 脳震盪後症候群について

(ア) 脳震盪後症候群は,世界保健機関(ILO)が定めた国際疾病分類(ICD-10)の中の精神疾患分野において,器質性精神障害の一種とされる「F07 脳疾患,脳損傷および脳機能不全によるパーソナリティおよび行動の障害」に位置付けられ(F07.2),以下のように説明される(乙22)。

a 頭部外傷(通常意識の消失を生ずるほど重いもの)に引き続いて起こり,頭痛,めまい(普通は真性めまいの特徴を欠く。),疲労感,易刺激性,集中と課題遂行の困難,記憶障害,不眠,ストレスや情緒的興奮あるいはアルコールに対する耐性の低下などいくつかの異なった症状を含む。これらの症状は,ある程度の自尊心の喪失と永続的な脳損傷への恐怖から生ずる抑うつと不安感を伴うことがある。この感情が本来の症状を増強させ,悪循環を生む。これらの症状の原因は,常に明白であるとは限らず,器質的要因及び心理的要因の両者によって原因が説明されてきた。それゆえ,この病態の疾病分類的位置付けはやや不明確である。

b 確定診断のためには,前記aの特徴のうち少なくとも3つが存在しなければならない。検査手技(脳波,脳幹誘発電位,脳画像診断,眼振図)を用いた入念な評価が,症状を実証する客観的な証拠を与えることもあるが,しばしばこれらの検査の結果は陰性に終わる。

(イ) 埼玉医科大学総合医療センター精神科のJ医師は,亡Bに関して,以下のとおりの意見を述べる(甲2)。

a 代表的な脳外傷の診断分類である Gennarelli による分類(1984)によれば,亡Bの脳外傷については,軽症脳震盪と診断される。

b アメリカ精神医学会が作成したDSM-Ⅳの診断基準(案)によれば,本件事故後に持続している症状は,脳震盪後症候群と診断される。

c 亡Bの四肢麻痺に関して,器質性損傷によらないという判断が明確でなく,性格的要因,二次的疾病利得の存在など,精神科の側から転換性障害の可能性を考える要因もないため,転換性障害と診断することは難しい。

カ 亡Bを診察した病院の意見書について

埼玉労働者災害補償保険審査官は,平成18年7月18日付けで,亡Bを診察した各病院に対して,意見書の提出を依頼したところ,東京厚生年金病院及び埼玉県総合リハビリテーションセンターは,①頸髄損傷の発症時に,人を殴って,10m程追いかけることが可能と思うか,②一般的に発症時にどのような状態になるものかとの各問いに対し,以下のとおり,回答した。

(ア) 東京厚生年金病院の回答(乙18の2)

a 前記①の問いについて

可能だとは思わない。

b 前記②の問いについて

発症直後に一旦の四肢の弛緩性(筋緊張が低下した状態)麻痺を呈すると思われる。

(イ) 埼玉県総合リハビリテーションセンターの回答(乙19の2)

a 前記①の問いについて

骨傷があって,気付かずに動いてしまい,動いたことにより脊髄に損傷を受けたりした場合には,このようなことが発生し得る。

b 前記②の問いについて

一般的には,頸髄損傷は発症直後から四肢麻痺となる。

(2)  業務起因性の判断について

ア 亡Bは,労災保険法34条1項1号により,特別加入者として,同法3章1節,2節等の規定の適用については,当該事業に使用される労働者とみなされる。そして,同法に基づく保険給付は,労働者の業務上の負傷,疾病,障害又は死亡に関する保険給付等であり(同法7条1項1号),療養補償給付及び休業補償給付は,労働者が業務上負傷し,又は疾病にかかった場合において(同法12条の8第2項,労基法75条1項,76条1項),障害補償給付は,労働者が業務上負傷し,又は疾病にかかり治った場合において(労災保険法12条の8第2項,労基法77条),それぞれ支給される。

そして,労働者の負傷等が業務上のものと認められるためには,前記1(2)ア(ア)のとおり,労災保険法に基づく保険給付が労基法の定める使用者の災害補償責任を担保するための制度であること,災害補償制度が業務に内在又は随伴する各種の危険が現実化して労働者に負傷等の結果がもたらされた場合には,使用者に過失がなくとも,その危険を負担して損失の補てんに当たるべきであるとする危険責任の法理に基づくものであることからすると,当該負傷等の結果発生と業務との間に条件関係があるだけではなく,当該負傷等が業務に内在又は随伴する危険が原因となって発生したという相当因果関係があることが必要である。

イ そして,前記アにおける条件関係については,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることが必要である(最高裁判所昭和50年10月24日第二小法廷判決・民集29巻9号1417頁)。

この点,原告らは,労災保険の場合には,因果関係は高度の蓋然性でなくても一定の蓋然性が証明されれば足りるのであり,本件では厳密に当該症状の原因疾病ないし傷病名の特定にとらわれずに,本件傷病が亡Bの後頭部にサッカーボールが当たったことに起因することが認められれば因果関係の立証として足りるなどと主張するが,原告らのかかる見解は,独自の見解を述べるものであって,採用することはできない。

(3)  サッカーボールが亡Bに当たったことが業務に内在する危険が現実化したといえるか

ア 前記(1)ア(イ)のとおり,本件公園は,南北46.0m,東西26.3m,面積1210㎡であり(生け垣の部分を含まず。),その南側約3分の2が広場であり,北側約3分の1がジャングルジム,滑り台等の児童用遊具施設が存すること,広場の部分と遊具が存する部分を分けるフェンス等の構造物は存しないことが認められる。これらの本件公園の構造からすると,本件公園は,南側の広場部分を含めて全体として,児童が遊ぶことを目的としたものであって,本格的なスポーツの使用に供することを目的としたものではなく,また,南側の広場部分において,2人が相対してサッカーボールを使用して遊ぶにしても,サッカーボールが本件公園の敷地外に飛び出すことが頻繁に生じない程度に十分な広さがあったといえる。

イ そして,前記(1)ア(ア),(エ)a,b,(オ)のとおり,川口市は,同市管理に係る約400ある公園のうち,近隣住民からボール遊びに関して苦情が多い250から260の公園においてボール遊びを禁止する旨の表示を行っているところ,本件公園において,昭和63年の開園から本件事故の発生時まで,ボール遊びを禁止する旨の表示をしていなかったこと,本件公園の近隣に居住する者等が,労働基準監督官の聴き取り調査に対し,自宅敷地内にボールが飛んで来ることはないか,または年に1回から2回程度飛んで来ることがあると回答したことがそれぞれ認められる。

これらの認定事実からすると,本件公園におけるボール遊びにより,本件公園の敷地外までボールが飛び出して,近隣の住宅等に飛来することが相当程度の頻度で生じていたとか,近隣住民に危険が生じていたということもいえない。

この点,証拠(乙23)によれば,原告Fは,川口労働基準監督署労働基準監督官の調査において,本件公園から何回も敷地内にボールが飛んできていると回答したことが認められるが,前記のとおり,川口市が本件公園にボール遊びを禁止する旨の表示を行っていないこと及び近隣住民が同調査において回答する内容と整合しないのであり,直ちに措信することはできない。

ウ 加えて,前記(1)ア(ウ),イ(ア)のとおり,本件公園の広場から本件倉庫の敷地までの間には,生け垣,6本の樹木及び幅員6.0mの道路があったことが認められるところ,本件事故において亡Bに当たったサッカーボールの直径が20.7センチメートルであったことを考慮すると,前記生け垣等は,本件公園の敷地から外にサッカーボールが飛び出し,本件倉庫の敷地に到達することを,ある程度阻害するものと推認される。また,前記(1)イ(ウ)のとおり,亡Bが本件事故の発生時に乗車していたフォークリフトにあるヘッドガード(屋根),それを支える4本の支柱及びマストも,フォークリフトに乗車作業する者に飛来したサッカーボールが当たることをある程度阻害するということができる。

エ 以上の次第で,本件公園の目的,広さ,構造,公園管理者や近隣住民等の回答のほか,本件公園と本件倉庫の間に樹木等が存することからすると,本件公園は,特段,近隣に危険を生じさせる施設であるということはできず,これに,ヘッドガード等が存するフォークリフトの構造をも併せて考慮すると,本件事故は,亡Bの業務とは無関係の危険によって生じたものというべきであって,業務そのものに内在又は随伴する危険によって生じたとはいえない。

(4)  本件傷病が本件事故により生じたものであるかについて

ア 本件傷病の原因疾病が頸髄損傷であるかについて

(ア) 前記(1)エ(ア)のとおり,脊髄損傷は,脊髄が,受傷以前からの脊柱管狭窄や外傷による脊椎骨折や脱臼などの不安定性,あるいはそれらの合併により,脊髄が何らかの圧迫を受けて発生するものであり,脊髄損傷がある場合には,通常,歩行できない程度に重度である場合には,脊髄のMRI画像に何らかの異常な所見が存すること,C4付近の脊髄損傷である場合には,肩周辺に重い麻痺が表れ,四肢の反射亢進が見られる。

しかしながら,前記(1)ウ(イ)b,(ウ)b,エ(ア)のとおり,川口市立医療センターでの平成14年5月28日のMRI検査において亡Bの脊椎に異常はなく,I医師も同検査の画像を読影したところ,脊髄の圧迫所見がなかったとしているほか,東京厚生年金病院での平成14年8月8日のMRI検査においても,亡Bの脊椎に異常は見られなかったことが認められる。また,前記(1)ウ(ア)b,(イ)c,(ウ)a,c,(エ)aのとおり,東京厚生年金病院での平成14年8月1日の診察において,亡Bについて,両下肢の不全麻痺がみられたものの上肢は既に回復していたことが認められるほか,埼玉協同病院での平成14年5月25日の診察,川口市立医療センターでの同月30日の診察,東京厚生年金病院での同年8月1日の診察及び埼玉県総合リハビリテーションセンターでの同年9月3日の診察のいずれにおいても,亡Bの反射に異常がなかったことが認められる。

(イ) さらに,前記(1)ウ(ウ)b,(エ)bのとおり,東京厚生年金病院での平成14年8月7日の単純X線検査において,亡Bについて,頸髄損傷の原因となり得る脊柱管狭窄及び不安定性がいずれもなかったこと,埼玉県総合リハビリテーションセンターでの同年9月17日における経頭蓋刺激下肢MEP検査において,潜時,振幅ともに正常であり,脊髄の障害があったとはいえないことが認められる。加えて,同イ(イ),カ(ア)b,同(イ)bのとおり,頸髄損傷は,発症直後において,通常,四肢の弛緩性麻痺を呈することが認められるところ,亡Bは,本件事故後,訴外Gを殴打して,全治1か月の負傷を負わせ,さらに,訴外Gらを約13.8m追いかけたことが認められるのであり,かかる事実に照らすと,亡Bが,本件事故直後,四肢の弛緩性麻痺を発症していたとはいえない。

(ウ) そして,前記(1)ウ(ウ)c,(エ)dのとおり,東京厚生年金病院においては,亡Bについて,病的反射や痙性が欠如し,拮抗筋も同時に不随意に収縮するという下肢に不自然な動きが見られたこと,MRI画像の所見が正常であること及び膀胱直腸障害がなかったことをそれぞれ挙げて,埼玉県総合リハビリテーションセンターにおいては,四肢腱反射の明確な亢進がなかったこと及びMRI検査の結果において異常がなかったことをそれぞれ挙げて,いずれも,診断名を頸髄損傷とすることは適切ではないとし,その上で,時に我を忘れた言動をする等の精神的な異常の存在が見られたこと等から,亡Bの症状は心因性であるとの所見を示している。

また,同エ(ア),(イ)のとおり,I医師は,亡BのMRI検査の画像に異常所見がないこと,反射の状態,麻痺の分布等の神経学的臨床所見から,脊髄損傷を否定することが医学常識であり,その上で,埼玉県総合リハビリテーションセンターにおいて,(ⅰ)診察・検査時での体幹筋力が2レベルであるが,日常生活動作を観察すると坐位バランスがとれていたこと,(ⅱ)診察時に挙手を指示するとなかなか上がらないが,前方から抱える車椅子移動の際は看護師の首までスムーズに手が上がっていたことからすると,亡Bの症状の原因は心因性障害と考えるべきであり,この心因性障害の発症原因は,カルテのみで判断することは不可能であるとの意見を述べている。

(エ) この点,前記(1)ウ(ア)c,(イ)aのとおり,亡Bについて,埼玉協同病院及び川口市立医療センターにおいて,それぞれ脊髄損傷と診断されたことが認められるが,埼玉協同病院の診断は,亡Bが救急車で搬送された後から川口市立医療センターへ転院する間の臨床所見でしかなく,川口市立医療センターの診断については,前記(ア)のとおりのMRI検査の結果,亡Bの神経学的所見等と矛盾するのであって,いずれも採用することができない。

また,証拠(乙27)によれば,東京厚生年金病院における平成15年1月29日付けの入院・手術証明書(診断書)には,入院・手術の原因となった傷病名として「頸髄不全損傷」,その原因として「頭部の外傷」との各記載があり,他にも,これに類する記載のある同病院の「診断書」と題する書面が複数あるが,これらは,その書類の書式や記載の態様にかんがみると,亡Bの申告に基づいて記載されたものであり,同病院における診断に基づいて記載されたものではないことは明らかである。

(オ) 以上によれば,本件事故によって亡Bが頸髄損傷を発症したとの事実を認めることができず,証拠を精査しても,他にかかる事実を認めるに足りる的確な証拠はない。そうすると,本件傷病の原因疾病が頸髄損傷であるということはできない。

イ 本件傷病の原因疾病が脳震盪後症候群であるかについて

(ア) 前記(1)オ(ア)aのとおり,脳震盪後症候群は,頭痛,めまい(普通は真性めまいの特徴を欠く。),疲労感,易刺激性,集中と課題遂行の困難,記憶障害,不眠,ストレスや情緒的興奮あるいはアルコールに対する耐性の低下などの症状を含むこと,これらの症状は,ある程度の自尊心の喪失と永続的な脳損傷への恐怖から生ずる抑うつと不安感を伴うことがあることが認められるものの,本件傷病のうち,四肢の不全麻痺の症状が生じるものではない。

(イ) また,前記(1)オ(ア)aのとおり,脳震盪後症候群による症状の原因は,常に明白であるとは限らず,器質的要因及び心理的要因の両者によって原因の説明がなされてきたことが認められる。さらに,同(イ)aないしcのとおり,埼玉医科大学総合医療センターにおいて,亡Bの脳外傷について軽症脳震盪であると,本件事故後に持続している症状は脳震盪後症候群であるとそれぞれ診断されたが,亡Bの四肢麻痺に関して,器質性損傷によらないという判断が明確でなく,精神科の側から転換性障害の可能性を考える要因もないため,転換性障害と診断することは難しいとの意見が述べられたに止まる。

(ウ) よって,四肢麻痺を含む本件傷病の原因疾病が脳震盪後症候群であると認めることはできないのであり,また,本件証拠を精査しても,他に,かかる事実を認めるに足りる証拠はない。

ウ 以上からすると,本件傷病の原因疾病が頸髄損傷又は脳震盪後症候群であると認めることはできず,心因性障害である可能性が高い。この心因性障害は,本件事故をきっかけとして生じたものと推認されるから,本件傷病と本件事故との条件関係はあるといえるものの,心因性であることをも考慮すると,本件に現れた事実及び証拠をもってしては,いまだ,本件事故との間の相当因果関係を認めるに足りないというべきである。

(5)  以上からすると,本件傷病が本件業務に内在する危険が現実化したということはできず,本件傷病について業務起因性は認められない。

第4結論

以上の次第で,本件請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原啓一郎 裁判官 古河謙一 裁判官 猪坂剛)

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