さいたま地方裁判所 平成20年(行ウ)6号 判決 2009年11月25日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
浦和税務署長が平成18年3月28日付けでした原告の平成16年分所得税の更正処分のうち総所得金額606万3800円,還付すべき税額112万8380円を超える部分,及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
第2事案の概要等
1 事案の概要
本件は,原告が浦和税務署長に対し平成16年分所得税の確定申告をしたところ,同税務署長から原告に対し,みなし配当所得の申告漏れがあるとして総所得金額の更正処分(本件更正処分)及び過少申告加算税の賦課決定(本件賦課決定処分,以下本件更正処分と併せて「本件更正処分等」という。)がなされたが,原告はみなし配当所得は生じておらず,また,仮に同所得が生じていたとしても,当該所得は非課税所得に該当するから上記各処分は違法であると主張して,被告に対し本件更正処分等の取消しを求めている事案である。
2 争いのない事実等(証拠により容易に認定できる事実についてはかっこ内に証拠を示す。)
(1) 原告は,平成9年7月23日,株式会社A(本店所在地は埼玉県戸田市。以下「A」という。)から,以下の約定により2億円を借り入れた(以下「本件借入れ」ないし「本件貸金契約」という。)。
ア 元金の弁済期及び弁済額
初回 平成14年6月30日 330万円
2回目以降 同年7月末日から平成19年4月末日まで1か月毎 330万円
最終回 平成19年5月末日 530万円
イ 利息 年2.2パーセント
ウ 利息の支払期及び支払方法
利息の支払方法は「前払い」とし,次の時期に所定の方法により,年365日の日割計算で支払う。
初回 平成9年7月23日
2回目以降 同年8月末日から平成19年3月末日まで1か月毎
最終回 平成19年4月末日
エ 損害金 年14.0パーセント(年365日の日割計算)
(甲4)
(2) 本件借入れの際,原告は,Aに対し,本件貸金契約に基づく債務を保全するため,その所有するAの株式4万0236株(本件株式)に担保権(本件担保権)を設定し,有価証券担保差入書(本件差入書)と共にこれをAに差し入れた。本件差入書には,以下の記載がある。
「担保権設定者(以下設定者という)は,債務者が貴社にたいして負担する・・債務の担保として,債務者が別に差し入れた金銭消費貸借契約証書の各条項のほかこの証書別紙約定を承認のうえ,・・の有価証券を貴社に差し入れました。(以下,省略。)」
そして,本件差入書添付の別紙には,以下の記載がある。
「約定
第1条(担保の処分)
① 債務者が有価証券差入書の債務を履行しなかった場合には,貴社は,設定者に事前に通知することなく,担保有価証券を一般に適当と認められる方法,時期,価格等によって処分のうえ,その取得金から諸費用を差し引いた残額を法定の順序にかかわらず債務の弁済に充当することができます。
② 前項によって有価証券差入書の債務の弁済に充当しなお残債務がある場合には,債務者は直ちに弁済します。
第2条 省略
第3条(法定果実等の処分)
① 債権者が有価証券差入書の債務を履行しなかった場合には,担保有価証券の配当金は担保の一部とみなし,この約定に従い処理することに同意します。」
(乙2の1)
(3) 原告は,本件貸金契約に基づき,平成9年7月分から平成14年6月分までの約定利息を支払ったが,それ以降,元金及び利息の弁済を怠った。なお,Aからの配当金201万1800円のうち,源泉徴収された所得税額を控除した160万9440円は本件借入れの元本の弁済に充当された。
(4) Aは,原告に対し,平成16年6月22日到達の「期限の利益喪失通知書兼催告書」と題する書面(本件利益喪失通知書)により,本件貸金契約につき期限の利益を喪失させることを通知するとともに,同書面が到達した日から10日以内に,本件貸金契約の残元金,約定利息及び遅延損害金を支払うよう催告した(乙18の1,18の2)。
(5) これに対して,原告が支払をしなかったことから,Aは,平成16年7月5日,原告に対し,本件株式を1株あたり5145円,総額2億0701万4220円と評価の上,同日付けの「担保権実行による返済充当通知書及び催告書」と題する書面(本件充当通知書)を送付して,そのころ本件担保権の実行を通知した。(乙3)
(6) Aは,上記担保権の実行による本件株式の取得価格2億0701万4220円と,同株式にかかるAの資本金等の金額2011万8000円との差額1億8689万6220円について,所得税法(平成18年法律第10号による改正前のもの。以下同じ。)25条1項5号により配当等と見なされる金額に該当するとして(本件みなし配当),当該金額に20パーセントの税率を乗じた額の所得税3737万9244円を源泉徴収した(乙19)。 なお,Aは,当初の源泉徴収においては,誤って税額を44円過少に計算し,3737万9200円を源泉徴収していた(乙4)。
(7) Aは,上記取得価格2億0701万4220円から上記源泉徴収額3737万9200円を控除した残額1億6963万5020円を本件借入金残額に充当した(乙3,4)。
(8) 平成17年2月16日,原告は,浦和税務署長に対し,本件みなし配当に係る所得1億8689万6220円を配当所得に含めず,配当所得の金額を,Aからの配当金201万1800円のみであるとし,総所得金額が606万3800円,退職所得が100万円であり,還付すべき税額が112万8380円であるとして,平成16年分所得税の確定申告を行った(乙1)。
(9) 浦和税務署長は,原告の平成16年分所得税の確定申告には,本件みなし配当に係る所得が計上されていないとして,平成18年3月28日付けで,配当所得が1億8890万8020円,総所得金額が1億9296万0020円であり,これに退職所得100万円を加えると,納付すべき税額は1970万4600円であると更正する旨の本件更正処分を行い,本税として2083万2900円を追加して納付するように通知すると共に,過少申告加算税として309万9500円賦課する旨の本件賦課決定処分を行った(甲1)。
(10) 原告は,平成18年5月17日,浦和税務署長に対し,本件更正処分等に対する異議申立を行ったが,同署長は,同年8月10日にこれを棄却した。
(11) 原告は,平成18年9月8日,国税不服審判所長に対し,審査請求を行ったが,同所長は,平成19年8月30日付けでこれを棄却した。
(12) 原告は,平成20年1月28日,本件訴えを提起した。
3 争点
(1) 本件担保権の実行の適法性(争点(1))
(2) みなし配当所得金額の算定における本件株式の評価方法の適否(争点(2))
(3) 法9条1項5号の非課税所得該当性(争点(3))
4 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件担保権の実行の適法性)について
(被告の主張)
ア 本件更正処分等の根拠及び適法性については,別紙記載のとおりである。
イ この点原告は,①本件借入金のうち,担保権実行時点においていまだ弁済期が到来していない部分については,原告は期限の利益は喪失していなかったのであるから,上記部分について期限の利益が喪失していることを前提に行われた本件担保権実行は違法であり,また②本件担保権実行にあたっては,本件差入書添付書面記載の約定に従い,一般に適当と認められる価格により本件株式を処分する必要があったのに,本件において算出された本件株式の額は,上記一般に適当と認められる価格ではなかったのであるから,本件担保権実行は約定に反してなされたものである上,さらに③本件でAが行った自己株式取得は,定時株主総会決議のない違法なものであるから,いまだ本件株式はAにより有効に取得されていない旨主張する。
(ア) 期限の利益の喪失について
原告が,初回元本返済日以降の返済を怠ったため,AのB元専務は,原告に対してたびたび催告を行ったところ,原告が今後も履行は困難であると申立てたことから,原告に対して本件担保権の実行による弁済を求め,原告がこれに同意したため,期限の利益を喪失させる意思を表示した本件利益喪失通知書をもって催告したが,期間内に履行もなく期限の利益の喪失に対する反論もないため,本件担保権を実行したものである。かかる事情に照らすと,原告は本件担保権の実行に同意していたといえ,この点に関する原告の主張は失当というべきである。
(イ) 約定違反の点について
担保権実行の際の担保評価の方法は,非上場株式の場合,適当な評価人に鑑定依頼するなどして適正な処分株価を決める必要があるが,本件では,Aは,適正な処分株価を算出するため,C税理士法人に本件株式の株価の評価を依頼し,その結果に基づいた価格で本件株式を取得している。
したがって,原告主張のような約定違反はない。
(ウ) 自己株式の取得について
旧商法(平成13年法律第79号による改正施行後のもの。以下単に「商法」という。)210条1項は,自己株式の買い受けについて,同法に別段の定めがある場合を除いて,定時株主総会の決議により所定事項の承認が必要である旨規定するが,自己株式の取得が担保権の実行手続の一環として行われる場合,上記別段の定めがある場合に該当し,自己株式の取得の規制は及ばないと解されている。
そうすると,Aが債権の回収のために担保権の実行として行った本件自己株式の取得は商法210条1項に定める「別段ノ定」に当たり,同条1項の定時株主総会の決議の規制は及ばないと解すべきである。
ウ なお,仮に原告が主張するような瑕疵があったとしても,本件更正処分等は適法である。
すなわち,そもそも課税処分は,現に経済的成果が生じている限りなしうるのであって,その原因となる私法上の行為の瑕疵の存在は,課税処分の適法性に何ら影響を及ぼさない。
本件では,原告は本件担保権の実行により,現実に配当所得という経済的成果を得て,支払うべき源泉徴収額を支払い本件借入金を弁済したのであるから,原告に対する本件更正処分は,本件担保権実行の瑕疵の有無に関わらず適法なものである。
したがって,そもそも原告のこの点に関する主張は失当である。
(原告の主張)
ア 期限の利益喪失について
原告は,本件貸金債務について,平成14年7月1日以降その弁済をしていないが,本件借入金の最終返済期限は平成19年4月末日なのであるから,Aが原告に対し,本件担保権を実行する旨の通知をした平成16年7月5日以降に返済期限が到来する部分については,いまだ,原告は期限の利益を喪失していなかった。したがって,Aが本件株式の全部について本件担保権を実行することはできなかったのであるから,本件株式の全部について本件担保権が実行されたのは不当であり,本件株式は有効にAに移転していない。
イ 約定違反について
本件株式の処分については,一般に適当と認められる価格による処分をする旨,本件差入書添付書面に記載の約定に定められている。しかるところ,Aは,本件株式の価額について,原告と合意することなく,本件借入れに係る債権額合計2億0701万3220円を本件株式の4万0236株で除して求められた1株あたり5145円という価格で評価し,本件担保権を実行した。したがって,本件担保権実行は,約定に反してなされたものであり,本件株式は有効にAに移転していない。
ウ 自己株式の取得について
Aは,原告から本件株式を自己の株式として取得しているが,定時株主総会の決議をしておらず,いまだ本件株式は適法にAに移転していない。
エ 本件更正処分等の違法
以上のように,本件株式はAに有効に移転していないから,これを前提になされた本件更正処分も違法である。
(2) 争点(2)(みなし配当所得金額の算定における本件株式の評価方法の適否)について
(被告の主張)
ア 所得税法25条1項5号は,法人の法人税法2条14号に規定する株主等(株主等)が当該法人の自己の株式の取得(証券取引法2条16項に規定する証券取引所の開設する市場における購入による取得その他の政令で定める取得を除く。)により金銭その他の資産の交付を受けた場合において,その金銭の額及び金銭以外の資産価額の合計額が当該法人の資本金の額の内,その交付の基因となった株式又は出資に対応する部分の金額を超えるときは,その超える部分の金額にかかる金銭その他の資産は,剰余金の配当,利益の配当又は剰余金の分配の額とみなす旨規定している。
これは,法人がその利益を留保していた場合に,その留保利益(利益積立金額)に相当する資産が,所得税法25条に規定する各事由によって株主等に帰属したときは,それは通常の配当の場合と同じ性質を有すると考えられるので,通常の配当と同様に課税しようとするものである。
上記みなし配当の額の計算の基礎となる「資本金等の額のうちその交付の基因となった株式又は出資に対応する部分の金額」とは,自己の株式の取得を行った法人が一の種類の株式を発行していた法人である場合には,その法人のその自己株式の取得等の直前の資本金等の額にその直前の発行済株式等の総数に占める株主等がその直前に有していたその法人のその自己株式の取得等に係る株式の割合を乗じて計算した金額をいう(同法施行令(平成18年政令第124号による改正前のもの。以下同じ)61条2項5号)。
イ 本件では,平成16年7月5日に本件株式の担保権の実行によりAが自己株式を取得し,株主である原告がAより2億0701万4220円の収入を得て,そこから源泉徴収された額を差し引いた額が本件借入金の貸付元本,付帯利息,遅延損害金の返済に充てられたところ,原告の同取得のうち本件株式に係る資本金の額を超える部分は,所得税法25条1項5号のみなし配当所得に該当する。
そこで,被告は,上記法令にしたがって,本件株式にかかる資本等の金額を2011万8000円と算定したものであり,その算定方法は適法である。
ウ 原告は,原告が本件担保権の実行により得た収入額を,本件株式の客観的な価額に基づいて算定すべきと主張するが,本件株式の担保権実行のような取引の場合,取引の当事者が取引価額を決定すべきものであって,課税庁は,これを前提として原告の所得額を算定すればよく,原告の主張は失当である。
(原告の主張)
被告は,原告が本件担保権の実行により得た収入の金額について,本件株式の1株当たりの価額が5145円であることを前提としているが,同額は,Aが,本件借入金に係る債権回収額2億0701万4220円を本件株式数で除して求めた額に過ぎない。Aの税務会計処理はともかく,被告にあっては,本件株式の時価を,所得税基本通達59-6に基づいて客観的に算定した上で,上記原告の収入額を算出すべきであった。
したがって,本件株式の価額を客観的に算出することなく,Aの算出した数字を前提に原告が本件担保権実行により得た収入額を算定するのは誤りであり,これにより被告が課税の対象とした金額も誤りであるから,仮に本件株式が有効にAにより取得されていたとしても,本件更正処分は違法である。
(3) 争点(3)(非課税所得該当性)
(被告の主張)
ア 所得税法9条1項10号は,「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合における国税通則法第2条第10号(定義)に規定する強制換価手続による資産の譲渡による所得その他これに類するものとして政令で定める所得(第33条第2項第1号(譲渡所得に含まれない所得)の規定に該当するものを除く。)」とし(ただし,上記国税通則法は,平成18年法律第10号による改正前のものである。以下同じとし,「通則法」という。),同条項柱書はかかる所得につき非課税とする旨規定している。また,所得税法施行令(平成18年政令第124号による改正前のもの。以下同じ。)26条は「法第9条第1項第10号(非課税所得)に規定する政令で定める所得は,資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であり,かつ,国税通則法(括弧内省略)第2条第10号(定義)に規定する強制換価手続の執行が避けられないと認められる場合における資産の譲渡による所得で,その譲渡に係る対価が当該債務の弁済に充てられたものとする。」と規定している。
なお,通則法2条10号は,「強制換価手続」の定義について,「滞納処分(その例による処分を含む。),強制執行,担保権の実行としての競売,企業担保権の実行手続及び破産手続をいう。」と規定している。
この「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」である場合とは,債務者の債務超過の状態が著しく,その者の信用・才能等を活用しても,現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができず,近い将来においても調達することができないと認められる場合をいい,これに該当するかどうかは,当該資産を譲渡したときの現況により判定すべきものであると解されている。
そして,所得税法9条1項10号が一定の場合に非課税としたのは,「強制換価等によって資産の譲渡が行われるのは,その資産の所有者の資産状態が悪化し,自己の有する資産の全部をもってしても債務の全部を弁済することができないような状態に陥ってはじめてなされる場合が多く,このような場合に譲渡所得に課税を行っても,その者には担税能力がなく,結果的には徴収不能となることが明らかであること,また,個人に対しては,その最低限度の生活を保障すべき憲法上の要請があることから,これらを考慮して一定の合理的な範囲で課税所得とすることを控え,個人の生計維持を図ったものと考えられる。そうすると,所得税法9条1項10号,同法施行令26条に規定するものは,強制換価手続による資産の譲渡又は強制換価手続を避けるためこれに代えて行われる資産の譲渡に限られるもの」と解されるから,同号の適用については,譲渡者の資産が負債に比し単に下回っているだけでは足りず,譲渡者において,強制換価手続の執行が避けられない程度に著しく資力を喪失している状況にあることが必要というべきである。
イ(ア) これを本件についてみると,原告は,本件株式を譲渡した時点で,以下のとおり総額2億7661万0194円の資産を有しており,これに対して同時点で負っていた負債の総額は2億5102万7220円であり,資産の額が負債の額を上回っている。
a 本件譲渡時における原告の資産の状況
本件譲渡時における原告の資産の合計額2億7661万0194円上記金額は,下記(a)ないし(e)の各資産の合計額であり,本件譲渡時における原告の資産の総額である。
(a) 本件株式 2億0701万4220円
上記金額は,原告が,Aに対し,本件株式を譲渡した対価の額である。
(b) 不動産 3859万8000円
上記金額は,原告が,本件譲渡時において有していたと主張する不動産の金額である。
(c) その他の資産 784万7000円
上記金額は,原告が,本件譲渡時において上記(a)及び(b)以外に有していたと主張する資産の合計額である。
(d) 貸付金 2015万0974円
上記金額は,平成16年5月31日現在,原告が設立した有限会社D(D)に対して有していた貸付金残高である。平成17年5月31日現在の同貸付金残高は2277万5341円であり,1年間で262万4367円増加した事実が認められるものの,この間において減少した事実は認められない(原告が回収見込みがないと主張することからも原告が同社から返済を受けていないことが優に推認される。)。
したがって,本件譲渡時において,最低でも同額の貸付金残高があったと認められる。
なお,上記貸付金の存在については原告も認めているが,回収不能資産であると主張している。
しかしながら,Dの財務状況は別表記載のとおりであるから,同社が本件譲渡時を含む事業年度において稼働していたことは明らかであり,法律上回収不能であったとは評価できず,資産として計上するのが相当である。
(e) 出資金 300万0000円
上記金額は,平成16年5月31日において,原告がDに対して有していた出資金の額であり,平成17年5月31日における原告の同社に対する出資金と同額であるから,本件譲渡時においても同額の出資金を有していたと認められる。
なお,上記出資金の存在については原告も認めているが,回収不能資産であると主張している。
しかしながら,上記(d)と同様の理由で回収不能資産であったとは評価できず,資産として計上するのが相当である。
b 本件譲渡時における原告の負債の状況
本件譲渡時における原告の負債の合計額2億5102万7220円
上記金額は,下記(a)及び(b)の合計額であり,本件譲渡時における原告の負債の総額である。
(a) Aに対する負債額 2億0701万4220円
上記金額は,下記ⅠないしⅢの金額の合計額である。
Ⅰ 本件借入金 1億9839万0560円
上記金額は,本件譲渡時において原告がAに対して負っている借入金の残高である。
Ⅱ 約定利息 657万2857円
上記金額は,原告が平成9年7月23日付でAに差し入れた金銭消費貸借契約証書(本件金銭消費貸借契約証書)第1条5項に基づき,Aが計算した,本件譲渡時において支払われていない約定利息の金額である。
Ⅲ 遅延損害金 205万0803円
上記金額は,遅延損害金の額について,本件金銭消費貸借契約証書第1条7項に基づき,Aが計算した,本件譲渡時において支払われていない遅延損害金の額である。
(b) その他の債務 4401万3000円
上記金額は,本件譲渡時における原告の債務のうち,上記②以外の債務の合計額であり,原告が,本件譲渡時の負債の額として主張する,E銀行F支店に対する借入金4321万5000円及び未払住民税79万8000円の合計額である。
(イ) 加えて,原告は,昭和58年5月から平成16年5月20日に常務取締役を退任するまで(平成10年5月20日から平成12年5月19日までを除く。),Aにおいて,監査役や取締役等の要職にあった者であり,平成13年において,給与収入として1695万2520円を,配当収入として201万1800円を,不動産収入として49万6499円を,長期譲渡収入として2895万8985円をそれぞれ得ており,平成14年及び平成15年において,Aからそれぞれ1686万4460円及び1620万3280円の役員報酬を得ている上,平成16年においても574万2000円の給与収入及び400万円の退職金の支払も受けていた。さらに,原告は,平成10年6月10日に埼玉県上尾市に婦人衣料雑貨の販売を主たる目的とするDを設立し,同社の代表取締役に就任している。また,原告は,東京都豊島区に所在するG株式会社(G)の設立時に,発起人として20株(1株5万円)の出資をし,本件株式の譲渡のときは同社の取締役であった。
(ウ) これらの事情からすれば,原告は,本件株式を譲渡したとき「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難な状況」にあったとは到底いえない。
(エ) また,原告は,平成14年6月30日から弁済すべき本件借入金の元本,同年7月以降発生した約定利息及び遅延損害金を返済せず,その後の交渉の結果として上記元本等を本件借入金の担保として差し入れた本件株式により弁済したものであり,本件株式の譲渡は,原告が本件差入書の約定に基づいて,Aに対して本件借入金を弁済することを承諾したことにより生じたものといえる。しかるとき,本件みなし配当の原因たる本件担保権の実行は,強制換価手続による資産の譲渡又は強制換価手続を避けるため,これに代えて行われる資産の譲渡とはいえず,所得税法9条1項10号及び同法施行令26条により非課税とする要件に該当しないというべきである。
なお,原告の主張する源泉徴収額3737万9200円の債務は,本件譲渡時の債務ではないから,上記原告の債務には含まれない。
ウ 以上のとおり,本件みなし配当にかかる所得は,原告が強制換価の手続の執行が避けられないほど著しく資力を喪失している状況ではないことから所得税法9条1項10号及び所得税法施行令26条が予定した場合ではないというべきであり,しかも,本件株式の譲渡は,強制換価手続により資産の譲渡又は強制換価手続きを避けるためこれに代えて行われる資産の譲渡とはいえないことから所得税法9条1項10号及び所得税法施行令26条の適用要件に該当しないことは明らかである。
したがって,非課税所得に該当する余地はない。
(原告の主張)
ア 原告が資力喪失の状況にあったか否かの判断は,原告の資産及び負債の具体的状況から原告に債務を弁済する資力があったといえるかによって判断されるべきである。
イ しかるところ,確かに原告はDに対して出資をし,また貸付金を有しているが,平成16年5月31日現在,Dの換金可能金融資産は90万6529円にすぎず,原告の貸付金は回収見込みがなかった。
また,出資金の価額については,その株式の時価に基づいて評価すべきであり,基本通達59ー6により,まず純資産価額を計算すると,Dは,資産を負債が上回るから,純資産価額はマイナスとなり,原告のDに対する出資金の価額はゼロとなる。
また,Gに原告の名義の株式があるが,これは,同社の代表取締役Hに頼まれて名義を貸したものであり,原告は実質的には株式を取得していない。さらに,原告が同社の取締役として登記されていることについては,上記Hが原告に無断で登記したものである。したがって,原告はGから株式の配当及び役員報酬を受け取ったことがない。
加えて,本件担保権の実行は,被告の主張のように原告の承諾の上でなされたものではない。原告は,本件借入金にかかる債務の弁済について,Aとの間で,本件株式の価額について折り合いがつけば本件担保権の実行に同意するとの意向を持って交渉してきたが,原告は本件株式を1株あたり5140円で担保権の実行をすることに同意はしていない。
さらに,被告が主張する原告の債務の他にも,原告はAに対して源泉徴収額3737万9200円の債務を負っている。
以上のとおりであるから,本件担保権の実行は,原告が上記のとおり債務超過の状態が著しく,資力喪失の状態に陥り,本件借入金に係る債務の弁済が困難となったことに起因してなされたものである。
ウ したがって,本件みなし配当所得が仮にあったとしても,同所得は非課税所得であり,この点を誤った本件更正処分は違法である。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(本件担保権実行の適法性)について
所得税法25条1項5号は,「株主等が,当該法人の自己の株式の取得により金銭その他の資産の交付を受けた場合において」,その金銭の額及び金銭以外の資産価額の合計額が当該法人の資本金の額の内その交付の基因となった株式又は出資に対応する部分の金額を超えるときは,その超える部分の金額にかかる金銭その他の資産は,剰余金の配当,利益の配当又は剰余金の分配の額とみなす旨規定しているところ,ここに「金銭その他の資産の交付を受けた場合」には,金銭のその他の資産の交付のみならず,同様の経済的成果をもたらす債務の消滅等があった場合も含むと解するのが相当である。
そして,所得税は,現実に発生した経済的成果を課税対象とするものであるから,同成果の発生の前提となる私法上の行為に瑕疵がある場合であっても,これによる経済的成果が発生し,存続していると認められる以上,同経済的成果を対象に課税することは適法になし得るところである。
上記争いのない事実等によれば,原告は,Aの株主であるところ,同社から2億円を借り入れるに際し本件株式を担保に供したことが認められる。そして,上記争いのない事実等及び証拠(乙4,6,10)によれば,Aは,原告が平成14年7月分以降,配当金を弁済に充当したほかは本件借入れの返済を怠ったため,本件担保権を実行することとし,自己の株式である本件株式を合計2億0701万4220円と評価し原告に提案したこと,原告は,本件担保権実行について「しょうがない」と同意し,その後のAからの本件利益喪失通知書に対し,返済や反論をしなかったことが認められ,これらの事情からすると,原告は,Aによる本件担保権の実行に同意し,Aが本件株式を同社提案の金額で取得することに同意していたものと認められる。こうしたことから,Aは,2億0701万4220円から同社の資本等の金額のうち本件株式に対応する部分の金額(後記2(2)記載の計算によれば2011万8000円)を差し引いた1億8689万6220円について源泉徴収を行い,2億0701万4220円から源泉徴収額を差し引いた残金を本件借入れに対する弁済に充てたということができる。
そうすると,原告は,本件担保権の実行により2億0701万4220円を得たのであり,同金額から上記2011万8000円を差し引いた1億8689万6220円が原告のみなし配当にかかる所得として課税対象になるというべきである。以上によれば,浦和税務長が本件みなし配当にかかる所得に課税を行うことは適法であるといえる。
原告は,本件みなし配当所得が生じた原因である,本件株式のAによる取得が適法になされていないと縷々主張する。しかし,前記のとおり,原告は本件株式の交換価値として2億0701万4220円の経済的成果を受けているのであり,たとえ本件担保権の実行に原告が主張するような違法があったとしても,これによって,当然に上記経済的成果がなくなるものではない。
よって,本件更正処分は適法であり,この点についての原告の主張には理由がない。
2 争点(2)(本件株式の評価方法の適否)について
(1) 原告は,本件において原告が得た収入金額は,本件株式の客観的な価額に基づいて算定されるべきであったと主張する。
(2) そこで,この点について検討するに,所得税が,現実に発生した経済的成果を課税対象とするものであることは前述のとおりであるところ,本件担保権の実行により,Aは,担保として原告から差し入れられていた本件株式を1株あたり5145円,総額2億0701万4220円と評価した上で取得し,その評価額から本件株式に対応する前記資本金額を控除した額について源泉徴収し,上記評価額から源泉徴収額を差し引いた残額を原告の残債務に充当している。その結果,原告は本件株式の交換価値として2億0701万4220円の経済的成果を受けている。
このように,所得税の課税の対象となる,原告が受けた経済的成果は,本件株式の客観的時価に基づいて算出されるものではなく,上記取引において現実に前提とされた価額に基づいて算出されるものというべきであるから,原告が本件担保権の実行により得た収入を,Aが行った算定額を前提として算出することは適法である。
そして,原告の取得した上記所得は,みなし配当所得に該当するところ(法25条1項5号),法25条1項5号のみなし配当の額については,交付を受けた金銭の額から,当該法人の資本金等の額のうちその交付の基因となつた当該法人の株式に対応する部分の金額を引いて求めるものであり,同金額は,当該株式の取得を行った株式会社の当該取得の直前の資本等の金額を,同会社の当該取得直前の発行済み株式等の総数で除して計算した金額に,取得された株式の数を乗じて算定するものとされるところ(所得税法施行例61条2項5号),本件においても,Aの本件株式取得の直前の資本等の金額1億6000万円を,発行済み株式等の総数32万株で除して計算した金額に,本件株式の数4万0236株を乗じて計算して得た金額(2011万8000円)となっており,上記にしたがって,みなし配当額が算定されている。
(3) したがって,被告の本件における本件株式の評価の方法は適法である。
3 争点(3)(非課税所得該当性)について
(1) 原告は,本件みなし配当にかかる所得は,所得税法9条1項10号に規定されている非課税所得に該当すると主張する。
所得税法9条1項10号は,資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合における国税通則法2条10号に規定する強制換価手続(滞納処分(その例による処分を含む。),強制執行,担保権の実行としての競売,企業担保権の実行手続及び破産手続をいう。)による資産の譲渡による所得その他これに類するものとして政令で定める所得(33条2項1号(譲渡所得に含まれない所得)の規定に該当するものを除く。)については,所得税を課さない旨定めている。そして,所得税法施行令26条は,上記政令で定める所得について,資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であり,かつ,国税通則法2条10号に規定する強制換価手続の執行が避けられないと認められる場合における資産の譲渡による所得で,その譲渡に係る対価が当該債務の弁済に充てられたものとする旨定めている。
上記法令の趣旨は,資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合における強制換価手続による資産の譲渡に係る譲渡所得については,この場合の譲渡が本人の意思に基づかない強制的な譲渡であり,またこのような場合には実際問題として課税することが困難であることなどから,課税しないこととしたものである。また,強制換価によらずに任意換価によって資産を譲渡して債務の弁済を行うことも一般に行われることから,任意換価のうち一定のものについても,強制換価手続に類するものとして非課税としたものである。
このような趣旨にかんがみると,資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合とは,当該資産の譲渡時に,債務者の債務超過の状態が著しく,その者の信用,才能等を活用しても,現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができないのみならず,近い将来においても調達することができないと認められる場合をいうと解すべきである。所得税基本通達9-12の2においても同様に解されている。
以上を前提に,本件みなし配当所得が非課税所得に該当するか検討する。
(2) 本件においては,前記争いのない事実等及び後掲証拠によれば,本件担保権が実行された平成16年7月5日当時の原告の資産状況に関し,以下の事実が認められる。
ア 原告は,自宅等の土地建物を所有していた。これらの不動産の評価額は,原告の試算によると合計3859万8000円である(甲16)。
イ 原告が所有していた本件株式の数は4万0236株であり,同株式は,Aにより,その取得の対価の算定において,2億0701万4220円と評価された。
ウ 原告は,平成10年6月10日にDを設立して同社の代表取締役に就任し,その後平成16年7月5日当時も引き続き代表取締役を務めていた。なお,平成20年4月の時点でも,引き続き代表取締役を務めていた(乙10)。
エ 原告は,平成17年5月31日時点で,Dの資本金300万円全額を出資していたほか,同社に対し,平成16年5月31日現在で2015万0974円,平成17年5月31日現在で2277万5341円の貸金債権を有していた(乙12の1,12の2,29の2,30)。
オ その他,原告の試算によっても,原告は,株式,預貯金,生命保険の解約返戻金等,合計784万7000円相当の資産を有していた。(甲16)
カ 平成16年7月5日当時の原告の負債総額は,本件借入金残額2億0701万4220円,住宅ローン4321万5528円,住民税79万8000円の合計約2億5102万7748円であった。
(3) 上記認定事実に加え,原告は,平成16年にAから539万2000円,Dから35万円の給与等を取得し(乙1),さらにAから,退職金400万円,配当として201万1800円の収入も得ており,上記諸事情を総合すると,本件株式のAによる取得時に,原告の債務超過の状態が著しく,その信用,才能等を活用しても,現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができないのみならず,近い将来においても調達することができないと認められる場合には該当しないといわざるを得ない。
(4) なお,原告は,Dに対する貸付金は回収不能であり,同社の純資産価額がマイナスとなっていることから,出資金の価額は0円と評価されると主張する。
しかしながら,Dは,平成15年度(同年6月1日から平成16年5月31日まで)及び平成16年度(同年6月1日から平成17年5月31日まで)において,それぞれ281万6530円,214万4153円の当期損失を出しているものの,同社は営業を継続しており,現に,平成17年度(同年6月1日から平成18年5月31日まで)には152万0550円の,平成18年度(同年6月1日から平成19年5月31日まで)には425万3545円の当期利益が出ていることからすると(甲6の2,6の3,12,13),上記貸付金は回収不能と評価すべきでなく,同様に出資金の価額も0円と評価すべきではなく,Dに対する貸付金をもって原告の資産として評価しうるものといえる。
また,原告は,本件みなし配当所得にかかる源泉徴収額(3737万9244円。なお,Aが当初源泉徴収した額は3737万9200円)についても,原告のAに対する債務として,上記負債の額に合算すべきであると主張するが,本件みなし配当にかかる所得が,原告の資産状況からみて課税しうる所得であるかは本件株式担保権件実行前の債務をもって判断するのであって,源泉徴収義務は実行による債務の消滅以降に発生するものというべきであるから,これをもってを負債として考慮すべきでないことは当然であり,原告の主張は採用できない。
(5) 以上の事実によれば,本件みなし配当所得は,資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であり,かつ,国税通則法2条10号に規定する強制換価手続の執行が避けられないと認められる場合における資産の譲渡による所得で,その譲渡に係る対価が当該債務の弁済に充てられたものには該当せず,法9条1項10号の規定する非課税所得には当たらない。
4 以上のとおりであるから,本件みなし配当所得に課税をするとして,別紙第1の1記載の根拠によってなされた本件更正処分及び別紙第2の1記載の根拠によってなされた本件賦課決定処分はいずれも適法である。
第4結論
以上のとおり,本件更正処分等はいずれも適法であり,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 遠山廣直 裁判官 八木貴美子 裁判官 辻山千絵)
file_3.jpg別紙