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さいたま地方裁判所 平成21年(わ)1291号 判決 2010年2月05日

主文

被告人を懲役3年に処する。

この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。

被告人をその猶予の期間中保護観察に付する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,通行人から金品を強取することを企て,Aと共謀の上,平成21年1月4日午後9時45分ころ,さいたま市a区bc丁目d番付近路上において,同所を通行中のBに対し,それぞれ,その顔面などを3回げん骨で殴り,その頭部や腹部などを多数回足で蹴る暴行を加えてその反抗を抑圧し,同人から,同人所有又は管理の現金5万円及びキャッシュカード2枚等5点在中の財布1個(時価合計約3万円相当)を強取し,その際,前記暴行により,同人に全治約2週間を要する頭部外傷及び全治約1か月を要する脾臓損傷の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は,刑法60条,240条前段に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,なお犯情を考慮し,同法66条,71条,68条3号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予し,なお,同法25条の2第1項前段を適用して被告人をその猶予の期間中保護観察に付し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

1  不利な事情

(1)  動機・目的,経緯について

被告人は,犯行当日,共犯者Aと共に,遊ぶ金欲しさから路上強盗することとし,暗い夜道を襲う相手を探して,本件犯行に及んだものであり,その動機・目的,経緯に酌量の余地はない。

弁護人は,被告人は,平成13年に来日してから,仕事に就き,妻子と共に真面目に生活してきたが,平成19年にその妻子が他の男性の下に去り,次いで,平成20年11月には職を失うなど心の拠り所を失って孤独感に苛まれる中,同年12月にCグループ(このグループの構成員らは通行人に対する強盗行為や窃盗行為を繰り返していた。)の構成員らと知り合い,交遊する中で本件犯行に及んでしまったものであって,酌むべき事情があると主張する。しかし,当裁判所は,被告人が,遠く故国を離れて,慣れない日本において幾多の困難に遭いながら生活してきたという不遇な境遇を有することは否定しないが,こうした事情を,量刑上,特に被告人に有利な事情と見ることはできないと判断した。

(2)  犯行態様について

犯行態様も,被害者の後方から近づき,Aが前方に回り込んで後方にいる被告人と挟み撃ちして逃げられないようにした上で突然襲いかかり,2人で強烈な暴行を加え,財物を奪って逃走するなど,手際良いものである。被告人らは,いずれもが,人体の枢要部である顔面をげん骨で1回ずつ殴った上,Aが,被害者の腹部をげん骨で1回殴打し,その場にうずくまって「やめて」と叫ぶ被害者に対して,さらに,いずれもが,その頭部や腹部などを多数回足で蹴る暴行を加えており,被告人らの行為は執拗で危険,悪質である。被告人は,その供述によれば,どのような暴行を加えるかについて事前に具体的な相談をしていなかったというにもかかわらず,上記のように積極的な暴行を行い,奪った現金5万円のうち2万円を分け前として得るなど,本件強盗致傷行為に主体的に関わったことが認められる。

なお,上記の犯行態様に照らせば,弁護人は被告人が共犯者に誘われたものであると主張し,被告人もこれに沿う供述をし,共犯者は誘ったのは被告人であると供述しているが,当裁判所は,本件において被告人と共犯者のいずれが主導的(どちらが誘ったのか)であったかについては,判断するまでもないと結論した。

(3)  結果について

被害者は,上記一連の暴行によって,全治約1か月を要する脾臓損傷及び全治約2週間を要する頭部外傷の傷害を負っている。脾臓損傷については,生命に関わる危険もあったものである。財産的被害は,現金5万円を含み時価総額約8万円に上り,キャッシュカードなど日常生活に欠かせないものが含まれていることからすれば,被害者に与えた不便の度合いは大きいものがある。また,被害者は夜間帰宅途中で見知らぬ2人組に襲われ,激しい暴行を受けたのであって,その精神的恐怖もまた大きく,実際に帰宅ルートの変更を余儀なくされた。加えて,被害者はとても悔しい思いをしており,本件結果は重大である。

(4)  一般予防の必要性について

本件のような犯罪者集団を背景とした通行人を無差別に狙った犯行は,一般社会に大きな不安を与えるものであるとともに,模倣性も認められるのであって,一般予防の見地からも許されない。この点を軽視することはできない。

(5)  その他の事情について

被告人は,本件直前には前記Cグループの構成員の自宅で暮らし,また,そのころ他の構成員らと複数回万引き行為を行うなどしていた旨当公判廷でも述べており,被告人の日常の行状も悪かったことが窺われる。

(6)  以上からすれば,本件は,本来,実刑をもって臨むべき事案とも思われる。

2  有利な事情

(1)  示談の成立について

被告人は,被害者に対して謝罪の手紙3通(ローマ字で作成したもの2通,被告人が辞書を引くなどしながら平仮名で作成したもの1通)を弁護人を通じて送付し,さらに平成21年11月8日付けで示談が成立し,示談金5万円を現に被害者に支払っている(なお,共犯者も5万円支払っていることが窺われる。)。当時,被告人に対する厳しい処罰を求めていた被害者も現在では,被告人に対し,許すとまでは言わないものの厳罰は望まない旨の意思を表明している。

(2)  被告人の反省について

被告人は,捜査段階から本件犯行を素直に供述し,反省の態度及び更生の意欲を示している。被告人は,当公判廷において,本件犯行後,共犯者らから同様の犯行の誘いを受けたものの,一切返事をしなかった,あるいは,今後もCグループの構成員らと一切接触をしない旨述べている。

(3)  被告人の更生に向けた環境について

病を抱える実母が,当公判廷に情状証人として出頭し,今後の更生の支えとなり,監督する旨述べている。また,実母の元夫が被告人の就労面の支えとなる旨の陳述書を提出している。身柄拘束後知り合ったカトリック教会関係者が当公判を毎回傍聴している。

(4)  その他の事情について

被告人は,若年の外国人とはいえ,前科がない。

被告人は,現在23歳と若年であり,自分自身の問題点に正面から向き合って努力すれば,更生を期待することの可能な年齢である。被告人は,来日後,日本語学校に通うなどして現在では相当程度に日本語が使用できるようになるなど努力する姿勢があることが窺える。

3  結論

そこで,量刑であるが,以上を総合考慮し,被告人に対し,酌量減軽した上刑を量定し,社会内処遇の途を歩ませることとするが,今後同居の予定されている家族状況に照らすと,その監督能力には心許ないものがあるので,被告人を保護観察に付し,保護観察所による補導援護や指導監督を受けさせながら,実母及びその元夫ら家族と共に被告人に社会内で更生する機会を与えるのが相当であると判断した。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役5年)

(裁判長裁判官 傳田喜久 裁判官 佐藤基 裁判官 菱川孝之)

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