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さいたま地方裁判所 平成21年(わ)1298号 判決 2010年2月19日

主文

被告人を懲役5年に処する。

未決勾留日数中100日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,歩行中のA(当時20代前半)を強姦しようと企て,平成21年7月9日午前2時10分ころ,埼玉県川越市ab番地c先路上において,同人に対し,カッターナイフを突き付け,「静かにしろ。言うことを聞かないと殺すからな。やらせろよ。中には出さないから。」などと言い,その顔面を手けんで数回殴打し,両手で同人の頚部を絞め付けるなどの暴行を加え,その反抗を抑圧した上,強姦しようとしたが,同人に激しく抵抗されるとともに,通行人に発見されたため,同人の乳房を直接舐めたにとどまり,その目的を遂げず,その際,前記暴行により,同人に,当初診断全治約10日間の見込みの右手関節部切創,頚部・顔面挫傷の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(省略)

なお,被告人は当公判廷において,強姦の犯意発生時期について,被害者に声をかけた当初からではなく,被告人が被害者の胸を舐めた後である旨述べているが,信用できる被害者供述によれば,被告人は当初から「やらせてよ」と声をかけたことが認められるところ,「やらせてよ」という言葉は被告人自身性交を意味している旨当公判廷で述べていること,被告人は被害者に「今生理だから」と言われて「妊娠させたら可哀想」などと思った旨供述するところ,その供述自体からして当時被告人が性交を考えていたことを示すものである上,同女からそう言われたのは当初声をかけた際であることは明らかであり,そうすると,被告人自身被害者が姦淫されるのではないかと思っていることを認識していたにもかかわらず,さらに,同女にカッターナイフを示すなどして脅していることなど本件犯行における被告人の一連の言動等からすれば,被告人が被害者に声をかけた当初時点において,既に強姦の犯意があったことが認められる。

また,被害者に突き付けた刃物について,起訴状記載の公訴事実には「カッターナイフ様の刃物」とあるが,信用できる被害者供述及び当公判廷における被告人の供述等からすれば,「カッターナイフ」であると認定するのが相当であると判断した。

さらに,被告人は,当公判廷において,強姦の目的を遂げなかった理由について,被害者が生理中である旨聞いたため,妊娠したら可哀想だと思ったから(なお,被告人は当公判廷において生理中は妊娠のリスクが高いと誤解していた旨述べている。)などと述べているが,信用できる被害者供述及び目撃者である通行人(以下「通行人」という。)の供述からすれば,被害者自身が生理中である旨述べたのは被告人が声をかけた当初の時点であること,通行人が通りかかった時点において,被告人は被害者を襲っている最中であり,被告人は,声を掛けた通行人に近寄り,「なんだよ,お前」,「どっか行け」などと言ったりし,また,被害者が興奮しながら被告人に襲われたなどと通行人に話すのを聞くと,被害者と知り合いであるなどとしてごまかそうとしていたことなどからすれば,被告人において被害者から生理中である旨聞いた後もかなりの時間その犯意が継続していたことが窺われるのであって,到底信用することはできず,判示のとおり認定するのが相当であると判断した。

その他判示の暴行行為について,押し倒した点や顔をげん骨で殴った点について,被告人はその故意を否定するような供述をしているが,被害者の供述が具体的で信用できる反面,被告人の供述は曖昧で,また,明確に覚えているとする部分についても被害者供述と矛盾する供述をしており,信用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は,刑法181条2項(179条,177条前段)に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役5年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中100日をその刑に算入し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

1  不利な事情

(1)  経緯,動機・目的

被告人は,犯行当日前夜から実母と飲酒した後,犯行現場付近を通行中,たまたますれ違った被害者の容姿を見て,自己の好みだと思って欲情し,酒に酔った勢いから,性欲を満たすため,直ちに同女の後をつけて本件犯行に及んだものであって,その経緯及び動機・目的は短絡的かつ自己中心的であって酌量し難い。

(2)  行為態様

被告人は,深夜,人通りのない犯行現場で被害者の背後から突然周りこみ,「やらせてよ。」と声をかけて性交を迫り,その両手首を掴んで付近駐車場方向へ強く引っ張るなどし,同女から踏ん張られたり,「今,生理だから,やめてよ。」などと言われてもなお同女を強く引っ張り,その足を踏みつけた上,同女の目前にカッターナイフを突き付け,「静かにしろ。言うことを聞かないと殺すからな。」などと脅迫文言を発するなどして脅し,同女の足の甲を踏みつけるなどして被害者を身動きの取れない状態とした上でその上着と下着をまくり上げ,露出した乳房を直接舐め,さらに,「やらせろよ。」,「早く下脱げよ。」,「中には出さないから。」などと言って同女に性交に応ずるよう脅迫し,被害者が「本当にやめて。」と叫び声を上げているにもかかわらず,再びカッターナイフを示して「静かにしないと殺すからな。」と言い,首を片手で絞め上げ,口を手で塞ぎ,引っ張って付近駐車場へ移動させた上,「そこに座れよ。下,脱げよ。」と言って同女を仰向けに押し倒し,手足をばたつかせて必死に抵抗する同女の顔面を立て続けにげん骨で数回殴り,両手で首を絞めるなど,偶々騒ぎを聞きつけた通行人が駆けつけるまでの約20分もの間,同女と性交をするために暴行,脅迫を続けたものであり,本件態様は,粗暴で危険かつ執拗であって,悪質というべきである。

弁護人は,本件で被害者に生じた怪我が軽いものであったから,被告人が行った行為も軽い態様に過ぎなかった旨主張するが,本件犯行態様は上記のとおり軽い態様ではない上,後述のとおり,被害者に生じた結果を軽いものとみることはできない。むしろ,全治に要する期間が比較的短期にとどまったのは,被害者の必死の抵抗や偶々通行人が通りかかったことによるものと認められる。被告人の行為態様について,これを軽いものと見ることはできないものと判断した。なお,臨床心理士で大学教授の証人Bは,被告人の言動のうちその記憶にない部分は本件当時被告人自身に認識のない言動である旨供述するが,上記のとおり,被告人の本件犯行は強姦目的に基づいた合理的なものであって,被告人自身に認識がなかったとは到底考えられない(また,同証人は,本件犯行当時の被告人の責任能力に問題があったかのような供述もするが,本件では被告人が犯行当時責任能力に問題がなかったことは当事者間に争いがないので争点になっていない上,上記の本件犯行状況,犯行前後の状況に照らしても,本件犯行当時の被告人の責任能力には問題がなかったものと認められる。)。

(3)  結果

被害者は,被告人の暴行によって,当初診断全治約10日間の見込みの右手関節部切創,頚部・顔面挫傷の傷害を負ったものであり,その部位及び被害者の年齢を考慮すれば,けして軽微なものということはできない。

また,被害者は,深夜路上で,見知らぬ男に突然襲われ,上記のように執拗な暴行,脅迫を受けた上,下着もろとも着衣をまくりあげられて乳房を直接舌で舐められるなどの被害を受けており,その恐怖・屈辱感が大きかったことは明らかであり,事件後も,現場の道を通れなくなったり,道を歩いているとき後ろから足音がするとつけてこられると感じ恐怖を覚えるなど大きな精神的苦痛も負っている。加えて,被害者は「謝罪されても自分の重たい気持ちは変わらない。」などとして,弁護人を通じてであっても被告人の謝罪を受けることを拒否し,また,当公判廷においても,厳重な処罰を求める旨の意見を表明するなどしている。被告人からは被害弁償などの慰謝のための具体的措置は何ら果たされていない。

本件結果は大きい。

(4)  その他

本件のような路上における通り魔的なわいせつ犯罪は,周辺住民らに与える不安が大きく,かかる点も軽視することはできない。

2  有利な事情

(1)  本件は,酔余の犯行であって計画的犯行ではない。

(2)  被告人は,不合理な弁解を述べるなどしており不十分ではあるものの,被害者に対する謝罪・弁償の意思を示すなど反省の弁を述べてはいる。

(3)  被害者が必死で抵抗したことや,通行人が偶々通りかかったためとはいえ,結果的に強姦は未遂にとどまり,怪我の程度も結果的に全治に要する期間としては比較的軽いものにとどまっている。

(4)  被告人は,自身の責めに帰すことのできない幼少期に受けた性的虐待などその不遇な生育歴に端を発すると思われる認知の歪みなどの心理的な問題を抱えており,そうした問題が本件の一背景となっている。また,そうした問題を抱えつつも,これまで前科もなく,派遣社員として働くなどして通常の社会生活を営んできた。

(5)  弁護人によれば,弁護人が中心となって,被告人の再犯を防止するために必要不可欠とされる上記問題点の改善を目的とした,精神科医師,精神保健福祉士,社会福祉士及び弁護士らで構成されるチームが既に用意されており,その一員が情状証人として当公判廷に出席して,今後の支援態勢について供述するなど,被告人を更生させるための支援者が現におり,被告人自身も更生の意欲を示している。

なお,被告人の実母が情状証人として当公判廷に出廷したが,当裁判所は,その供述内容からして被告人に有利な事情として特に考慮するものはないと判断した。

3  結論

そこで,量刑であるが,弁護人は,被告人に対して酌量減軽した上,保護観察付きの執行猶予判決を求める旨主張している。

当裁判所は,上記のような犯情の悪さに照らし,本件は酌量減軽すべき事案ではないと判断するが,被告人に有利な事情,殊に,被告人の更生に向けられた環境調整及び被告人の今後の更生の意欲を考慮し,量刑は法定刑の最下限に止めるのが相当であると判断して,主文のとおり,刑を量定した。

よって,当裁判所は,被告人が,服役中に罪と罰の意識を涵養するとともに,今ある更生の意欲を維持して,性犯罪防止プログラムなどを受け,また,出所後も弁護人の推奨する保護観察と支援のためのNPOなどの社会的資源を活用して更生への道を歩むことを期待し,主文のとおり,判決する。

(求刑 懲役6年)

(裁判長裁判官 傳田喜久 裁判官 佐藤基 裁判官 菱川孝之)

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