さいたま地方裁判所 平成21年(わ)1465号 判決 2011年2月14日
主文
被告人両名をそれぞれ懲役2年に処する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人両名は,Cの勤務する運送会社のトラック等の運転手であり,先輩運転手としてCに仕事の指導等をしていたものであるところ,平成20年2月17日午後1時30分ころから同日午後6時20分ころまでの間,埼玉県熊谷市ab番地c所在のUにおいてCらと共に飲酒した。その後,被告人AはCと共に他の飲食店で更に飲酒することとし,Cは普通乗用自動車を運転し(以下,Cが運転した車両を「本件車両」という),被告人Bは被告人Aを同乗させた普通乗用自動車(以下「B運転車両」という)を運転してそれぞれ発進し,被告人両名とCが携帯電話で連絡を取り合うなどしながら,同日午後7時過ぎころ,C運転の本件車両が同市d町e丁目f番地所在の飲食店Vの駐車場に先着し,続いて被告人Aを同乗させたB運転車両が到着した。被告人両名は,Vの駐車場において,本件車両に乗り込んでCと共にVの開店を待つうち,同日午後7時10分前後ころ,Cから「まだ時間あるんですよね。一回りしてきましょうか」などと,開店までの待ち時間に,本件車両に被告人両名を同乗させて付近道路を走行させることの了解を求められた。
第1被告人Aは,平成20年2月17日午後7時10分前後ころ,Vの駐車場に駐車中の本件車両内において,Cが,既に高度に酩酊しており,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で本件車両を走行させることになることを認識しながら,顔をCに向けるとともに顔を縦に振って頷くなどしてCが被告人Aらを同乗させたまま本件車両を走行させることに了解を与え,さらに,同日午後7時25分ころ,埼玉県熊谷市gh番地i先道路に至るまでの間,下記のとおり,Cがアルコールの影響により正常な運転が困難な状態で本件車両を走行させることを黙認した。
第2被告人Bは,平成20年2月17日午後7時10分前後ころ,Vの駐車場に駐車中の本件車両内において,Cが,既に高度に酩酊しており,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で本件車両を走行させることになることを認識しながら,「そうしようか」などと答え,Cが被告人Bらを同乗させたまま本件車両を走行させることに了解を与え,さらに,同日午後7時25分ころ,埼玉県熊谷市gh番地i先道路に至るまでの間,下記のとおり,Cがアルコールの影響により正常な運転が困難な状態で本件車両を走行させることを黙認した。その結果,Cは,平成20年2月17日午後7時10分前後ころ,運転開始前に飲んだ酒の影響により前方注視及び運転操作が困難な状況で,Vの駐車場から本件車両を発進させてこれを走行させ,もってアルコールの影響により正常な運転が困難な状態で走行させたことにより,同日午後7時25分ころ,埼玉県熊谷市gh番地i先道路において,本件車両を時速約100から約120キロメートルの速度で走行させて対向車線に進出させ,折から対向して進行してきたD(当時48歳)運転の普通乗用自動車(以下「D運転車両」という)右側面部に本件車両右側面部を衝突させ,さらにD運転車両の後方を対向して進行してきたE(当時21歳)運転の普通乗用自動車(以下「E運転車両」という)前部に本件車両前部を衝突させ,その衝撃によりE運転車両を道路右側のブロック塀に衝突させて横転させ,よって,E運転車両に同乗していたF(当時56歳)に全身打撲等の傷害を負わせ,同日午後9時20分ころ,同市jk番地所在のW病院において,上記Fを上記傷害に基づく呼吸不全により死亡させ,E運転車両に同乗していたG(当時56歳)に脳挫傷等の傷害を負わせ,同日午後9時45分ころ,同市gl番地m所在のX病院において,上記Gを脳挫傷により死亡させたほか,別紙一覧表記載のとおり,Eほか3名にそれぞれ傷害を負わせた。被告人両名は,Cが上記のような危険運転致死傷の犯行を行ったことについて,これを容易にさせて幇助したものである。
(証拠の標目)
省略
(事実認定の補足説明)
第1本件の事実認定における争点
1 本件では,Cが,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で本件車両を走行させ,判示のとおりの危険運転致死傷の犯行を行ったことは,証拠上,明らかであり,被告人両名及び被告人両名の弁護人ら(以下,被告人両名の弁護人らを指すとき単に「弁護人ら」という)も特に争わない。
2 本件の事実認定における争点は,被告人両名が,Cがアルコールの影響により正常な運転が困難な状態で本件車両を走行させること(以下「Cの犯行」ともいう)を容易にさせたか否かである。
すなわち,検察官は,①Cが,「一回りしてきましょうか」などと言って了解を求めたことに対して,被告人Aが「うん」,被告人Bが「そうしようか」などと言って了解を与えたこと,②被告人両名が,Cの運転を制止すべき義務があるのに制止せずに黙認したことが,それぞれCの犯行を容易にさせた行為に当たり,上記①及び②の双方が認められればもちろん,いずれか一方しか認められなくとも幇助罪が成立する旨主張し,弁護人らは,これらを争い,被告人両名はいずれも無罪である旨主張する。
3 具体的な争点は,次のとおりである。
(1) 上記①の了解について
ア 被告人両名が了解を与えたか否か。
イ 被告人両名が了解を与えたことにより,Cの犯行が容易になったといえるか否か。
ウ 幇助の故意の有無,すなわち,被告人両名が,Cの犯行を容易にさせることを分かっていながら,それでも了解を与えたといえるか否か。
エ 被告人Aについて,運転中のCに対し「よせよせ」などと言ったことにより,了解を与えた影響が解消されたといえるか否か。
(2) 上記②の黙認について
ア 被告人両名に制止すべき義務があったか否か。
イ 被告人両名が制止しなかったことにより,Cの犯行が容易になったといえるか否か。
ウ 幇助の故意の有無,すなわち,被告人両名が,Cの犯行を容易にさせることを分かっていながら,それでも制止しなかったといえるか否か。
エ 被告人Aについて,運転中のCに対し「よせよせ」などと言ったことにより,制止すべき義務を尽くしたといえるか否か。
4 そこで,以下,具体的な争点に即して,判示の事実を認定した理由を補足的に説明する。
なお,以下の説明において,日時はすべて平成20年2月17日のものであり,地名はすべて埼玉県内のものである。
第2前提事実
関係証拠によれば,本件の前提となる事実として,次のような事実が認められ,これらの点は,被告人両名及び弁護人らも特に争わない。
1 被告人両名とCとの関係
(1) 本件当時,被告人Aは45歳,被告人Bは43歳,Cは32歳であり,いずれも深谷市内にあるY運輸株式会社でトレーラーやトラックの運転手として勤務していた。Y運輸での勤務年数は,被告人Aが約20年,被告人Bが約15年,Cが六,七年であった。
(2) 被告人Aは,勤務先からの信頼が厚く,他の運転手からも頼りにされる存在であった。Cに対しては,先輩として荷物の積み方などの仕事の仕方を教えたり,共に飲酒したり,ゴルフをしに行ったりしており,Cも,このような被告人Aに対し,目上の人として礼儀正しく接しており,本件当日の喧嘩以外に,横柄なことを言ったり,逆らったり,喧嘩を売ったりというようなことはなかった。また,Cは,被告人Aから頼まれてバイクの部品やラジコンヘリを買いに行ったこともあった。
(3) 被告人Bは,業務の変更により,それまで乗務していたトラックをCに引き継いだことがあった。その際,上司から一通り仕事を教えるよう言われ,Cに対して荷物の縛り方等を教えたことがあり,Cもそれに従っていた。また,青森まで一緒に荷物を運んだこともあった。
(4) Y運輸では,気のあった従業員同士のグループがいくつか存在しており,その中に,被告人A,被告人B及びCらが共にゴルフをしたり,飲食をしたりするグループがあった。
2 Uでの宴会
被告人Aは,午後0時10分ころ,ゴルフ仲間であるHと共にUに行き,その後,被告人Bらも合流して一緒に酒を飲むなどしていた。Cは,午後1時30分ころ,Uに到着し,午後6時20分ころまでの間,被告人両名やHら数名のゴルフ仲間らと共に酒を飲むなどしていた。
3 本件車両がVの駐車場から発進するまでの状況
(1) Uでの宴会終了後,Cは本件車両で,被告人Aと被告人BはB運転車両でUを出発し,途中携帯電話で連絡を取り合いながらVの駐車場に到着した。
なお,本件車両はいわゆるスポーツカータイプの乗用車であった。
(2) 被告人両名は,店外でVの開店を待つことになったが,相当に寒かったため,Cに促されてVの駐車場に駐車中の本件車両に乗車することになり,Cが運転席,被告人Aが助手席,被告人Bが後部座席にそれぞれ乗車した。その後,午後7時10分前後ころ,Cが本件車両を発進させた。
4 本件事故の発生
Cは,被告人両名を同乗させた本件車両を運転して熊谷市g地内の道路を行田市方面から深谷市方面に向けて進行していた際,判示のとおりの事故を引き起こした。
5 Cの血中アルコール濃度等
上記4の本件事故発生から約2時間10分後に採取されたCの血液から,血液1ミリリットル当たり2.2ミリグラム,呼気換算で呼気1リットル当たり1.1ミリグラムのアルコールが検出された。この数値を元に計算すると,CがVの駐車場を発進した時刻における血中アルコール濃度は,血液1ミリリットル当たり2.47から2.66ミリグラムであったと推定される。
第3了解を与えたことによる幇助の成否について
1 被告人両名が了解を与えたか否かについて
(1) 被告人Bの検察官調書における供述について
ア 被告人Bは,平成21年6月24日付け検察官調書(職9)において,発進前の本件車両内の状況に関し,概略,次のとおり供述している(以下「B検面供述」という)。すなわち,
私たちがVの店外に出ると,Cが,私とAさん(被告人Aのこと。以下同じ)に向かって,「寒いから,車に乗ってください」と言って,Cのランサーエボリューションに乗り込むように誘ってきた。これを聞いて,Cが,Vが開店するまで,3人でCの車に乗って時間を潰そうと誘ってきたことが分かった。そして,Cは,右前方の運転席に座り,Aさんは左前方の助手席に座り,私はCの後ろの後部座席に座った。私たちが座席に座ると,Cは,エンジンをかけて暖房をつけた。Cは,その後,いったん車から降りてVの従業員と話をするなどした後,運転席に座ったまま,助手席に座っていたAさんと何か会話を交わしていた。当時,私とCやAさんとの距離は,1メートル前後くらいしか離れていなかったし,車の外から差し込んでくる明かりもあったので,CやAさんの様子は見ることができた。私の位置からは,特にAさんの動きがよく見え,Aさんが,Cの方に顔を向けて,口を動かしている様子が見えた。Aさんは,さらに,上体を右回転させて右斜め後ろを振り向き,顔を私の方に向けて,私に向かって何か話しかけてきたこともあった。Aさんから具体的にどのようなことを言われたか,私がどんなことを答えたかは,はっきり覚えていない。AさんがCと会話をしたり,私と会話をしたりした後,今度は運転席に座っていたCが,上体を助手席側に傾けて,上体を左回転させながら後ろを振り返った。そして,Aさんや私の方に顔を向けながら,「まだ時間あるんですよね。一回りしてきましょうか」と言ってきた。このとき,Cは,Aさんと私の顔に向かって,順番に自分の顔を向けながら,このように言ってきた。私は,Cの言う「一回り」というのは,Vの開店時刻までの時間に行って戻ってこられる程度の範囲で,ランサーエボリューションでドライブをしようという意味だと思った。だから,Cが,私とAさんの2人に向かって,Vの開店を待つ間,ドライブをしようと誘ってきたことが分かった。私は,Cが,やっぱりAさんや私を乗せてランサーエボリューションを運転してみせて,見せびらかそうとし始めたと思い,内心,「やっぱり,そっちきたか。それしか自慢がねえのかよ」と思った。しかし,よい時間潰しになると思ったことや,先ほどの(Uでの)喧嘩の原因になった話題を避けて盛り上がることができるようにしてやりたいと思ったことなどから,Cの誘いに乗って,Cの運転するランサーエボリューションでドライブに出かけたいと思った。一方,Aさんは,確か,Cの方に顔を向けて,「うん」と言って,顔を縦に振って頷き,Cの誘いに賛成した。もっとも,このとき,Aさんが言った言葉が「うん」という言葉だったかどうかははっきりしないが,いずれにしても,Aさんは,Cの誘いに賛成しているとしか受け取れない態度を取った。Aさんが賛成したのであれば,私もCの誘いに賛成しようと思い,Cに対して「そうしようか」と言って,Cの運転するランサーエボリューションでドライブに行くことに賛成した。
イ B検面供述の信用性について
(ア) ①被告人両名は,いずれもCより10歳以上年長で,勤務先での勤務年数も倍以上長かったこと,②被告人Aは,勤務先からの信頼が厚く,他の運転手からも頼りにされる存在であったこと,③被告人Aは,Cに対しては,先輩として仕事の仕方を教えたり,飲酒やゴルフの遊びを共にしたりしており,Cも,被告人Aに対し,目上の人として礼儀正しく接し,本件当日の喧嘩以外に,逆らったりしたことはなかったこと,④被告人Bは,乗務していたトラックをCに引き継いだことがあり,その際,Cに対して荷物の縛り方等を教え,Cもそれに従っていたことなど(上記第2の1の(1)から(3)まで),被告人両名とCとの関係に照らせば,そもそも開店待ちの間の寒さをしのぐために本件車両に乗車したにすぎなかったのであるから,Cが,本件車両を発進させることについて被告人両名の了解を求めることは極く自然な行動である。そうすると,発進前の本件車両内でのやり取りというB検面供述の核心的部分は,このような被告人両名とCとの関係と整合しており,事態の推移として自然である。
(イ) B検面供述は,内容的に格別不自然な点が見当たらないばかりか,発進前の本件車両内での状況等を,「やっぱり,そっちきたか。それしか自慢がねえのかよ」と思った,あるいは,喧嘩の原因になった話題を避けて盛り上がることができるようにしてやりたいと思ったなどと,その時々の内心の思いを交えつつ具体的かつ詳細に語ったものであって,体験した者でなければ語り得ない迫真性に富んでいる。
(ウ) B検面供述を仔細にみると,被告人Bは,記憶が明確でない部分はその旨はっきりと述べており,とりわけ,発進前の本件車両内でのやり取りという核心的部分についても,発進前に被告人Aが「この車6速あるんだぞ」と言ったのではないかとの検察官の追及に対して,被告人Aから話しかけられた具体的な内容は覚えていない旨自らの記憶に基づく供述を維持しているのであるから,被告人Bの言い分にも配慮した無理のない取調べのされたことが窺える。
(エ) 被告人Bは,証人として出廷したCの公判において,概略,「車の中で数分間は雑談的なことをしていたように記憶しているが,その話の中の流れで,『まだちょっと時間があるから一回りしてきましょうか』とC君が発したので,私たちはそれに賛同して,一回りということで,車が発進することになった。3人で行動だったので,3人の意見が合わないと多分車が動き出すことはなかったのではないかと思うところがあり,そのときに,C君が『一回りしてきましょうか』と言って,それに私もAさんも賛同したんだと記憶している」旨証言している(検乙30。以下「B証言」という)。
B証言は,内容的に特に不自然なところがない上,具体的で迫真性に富んでいる。しかも,被告人Bが,証人として宣誓し,公判廷において証言したものであり,Cの弁護人による反対尋問も行われているのであるから,手続的に信用性が担保されているといえる。のみならず,B証言を仔細にみると,被告人Bは,覚えていない事実はその旨,自己の警察官調書に記載されていることも,推測で述べたことはその旨,それぞれ率直に述べており,記憶に基づいて慎重に語ろうという姿勢が窺われるのであって,供述態度が真摯である。そうすると,B証言は十分に信用することができる。B証言は,Cからの「一回りしてきましょうか」という提案に対して,被告人両名がこれに賛同したというものであるから,B検面供述の核心的部分と基本的に符合しており,その信用性を裏付けているといえる。
(オ) ここまでの検討によれば,B検面供述は,これと相反する被告人Bの公判供述(下記(2)で説明する)と対比して特信性が認められるのはもとより,信用性も高いというべきである。
ウ B検面供述に関する弁護人らの主張について
弁護人らは,B検面供述の特信性,信用性を争い,次のように主張する。
すなわち,①B検面供述では,本件車両内での会話の内容が具体的に述べられておらず,不自然である,②被告人Bは,後部座席に座っていた上,酔っている状態で時間を潰していたのであって被告人Aの動きを注意深く見ていたとは考えにくいことからすると,被告人Bに被告人Aの様子が見えたか疑問である,③被告人Bは,被告人Aの動作を見た際,酔っている者特有の意味のない声や動きを,了解を与える動作と誤認した可能性がある,④被告人Bの供述経過をみると,本件事故から8か月間は推測ばかりの供述であったのに,さらにその8か月後のB検面供述では詳細な供述に突如変遷しており,不自然である,⑤B検面供述は,被告人Bが,取調べ検察官から,その意に沿う供述をしなければ逮捕するかのごとく脅かされて,取調べ検察官に対する恐怖心から供述をしてしまったものであって,取調べ状況に問題がある,というのである。
しかし,弁護人らの上記主張は,いずれも採用できない。すなわち,
(ア) 上記①についてみると,本件車両のエンジンがかかっていた上,被告人B自身も酔っており,後部座席に乗車していたことからすれば,被告人Bが,言葉は聞き取れなかったが,声だけは聞こえたというのも,あながち不自然ではない。
(イ) 上記②についてみると,狭い車内での出来事であることからすれば,弁護人ら指摘の点を考慮しても,被告人Bから被告人Aの様子を見ることは十分可能であったはずである。
(ウ) 上記③についてみると,B検面供述では,被告人Aの了解を与える言動が具体的に語られており,その内容からして,被告人Bが見間違いをしたとは考え難い。
(エ) 上記④についてみると,B検面供述以前の被告人Bの供述内容を仔細にみれば,それらは,被告人Aの了解を与える言動について何ら触れられていないだけで,B検面供述と積極的に矛盾するわけではないものであったり,「Cが流しましょうかと言ったときに,声は聞こえなかったがAさんがうんと首を縦に振ったように見えた」旨(平成20年3月21日付け警察官調書),あるいは「Aさんの行動ははっきり覚えていないが,Cが一回りしてきますかなどと言ったとき,うなずくか,うんなどの肯定の返事をしたと思う。CとAさんの顔が互いに相手の方を向くことがあったので,2人は何か話しているのだろうと思った」旨(平成20年8月19日付け検察官調書),いくぶん抽象的ではあるが,むしろB検面供述に沿うものであったりしているのである。また,B検面供述においてすら,被告人Bは,被告人Aの述べた了解した旨の文言を明確には供述していないのであって,その点では一貫している。さらに付言すれば,事故直後,Cが,本件車両の運転者は自分ではない旨供述していたのであり(下記(3)のイ),このような状況と相俟って,捜査段階の当初は,本件車両の運転者が誰かに焦点を当てた捜査がされていたと考えられるから,事件から余り日が経過していない段階の供述調書に,被告人Aが了解を与えたかどうかに関する記載がないことは十分あり得るところである。結局のところ,被告人Bの供述経過は,実質的にみて変遷しているとは認められない。
(オ) 上記⑤についてみると,被告人Bは,当公判廷において,弁護人らの主張に沿う供述をしている。しかし,この供述は,具体性が乏しいものであり,既に説明したとおり,B検面供述の内容からして無理のない取調べのされたことが窺われる(上記イの(ウ))ことを併せみれば,信用し難いというべきである。
(2) 被告人Bの弁解について
ア 被告人Bは,当公判廷において,発進前の本件車両内の状況に関し,概略,「後部座席に座って,リラックスしたような体勢をしていると,暖房が効いて車の中が暖かくなり,うとうとしていた。ドアの開閉音が聞こえたりし,その後,ふと気がつくと,目の前にぼんやりと信号が見え,最初は何で信号があるんだろうと思ったが,特別何もしなかった。それから,またぼんやりと信号が見えたが,別に何もしなかった。Cから『一回りしてきましょうか』と聞かれたことはないし,私が『そうしようか』と応じたことはない。Aさんが了解するのを見たことはない」旨供述している(以下「B公判供述」という)。
イ しかし,B公判供述は,Vの駐車場に駐車していたはずの本件車両が走行していて信号が見えた,という被告人Bにとって予期しない出来事があったにもかかわらず,Cに対して何らの確認もしなかったというものであって,その内容自体が不自然である。
また,B証言との間にも明らかな変遷が認められるところ,被告人Bは,その理由に関し,当公判廷において,概略,「私は,取調べで警察官や検察官から言われたことが自分の記憶になってしまっており,Cの裁判ではその記憶に沿って話をしてしまった。しかし,Cの裁判で証言した際,最後に裁判長から自分の記憶に基づいて話しているのかと質問されて違和感を感じ,思い返してみて,自分の記憶ではなかったと思うようになった」旨述べている。しかし,そもそも,この供述そのものが理解の困難な不自然なものである。また,被告人Bは,Cの公判の前に検察官から証人テストを受けた際,検察官から何度も同じ質問をされたときには,検察官が自分の答えに納得していないのだと考え,最初に答えたものと違う内容の話もした旨述べており,これは,取調べで記憶をすり込まれたという上記供述とは一貫しないものである。そればかりか,被告人Bは,Cの公判においても,Vの駐車場を出発する際に被告人Aが了解を与えた言動を具体的に証言できておらず,また,Vの名称すら,当初,検察官から質問された際は「名前は聞いていません。分かりません」と答えており,さらに,本件車両に対する好奇心から同乗したのではない旨,Cの公判以前の捜査段階における供述を否定する趣旨の証言をもしているのであって,これらの点は,取調べ官による記憶のすり込みがなかったことを物語っているといえる。そうすると,被告人Bが供述の変遷の理由として述べるところは,信用できないというべきである。
これらによれば,B公判供述は信用できない。
(3) Cの当公判廷における証言について
ア Cは,当公判廷において,発進前の本件車両内の状況に関し,概略,「自分が乗ったときに,ちょうどAさんが,『この車は6速あるんだぞ』とBさん(被告人Bのこと。以下,同じ)に話をしていた。それに対し,Bさんは,少し経ってから,『流しに行くべ』と言った。Bさんがそのようなことを言ったことについて,Aさんは,『よし,行くぞ』だったか,『じゃあ,行くぞ』だったかは分からないが,『行くぞ』とは言っていた。そのとき,Aさんは,うなずくというか,体をふらふらさせていた。それで私は車を発進させた。Bさんから『流しに行くべ』と言われる前に,私の方から車を発進させることを提案したということは絶対にない」旨証言している。
イ Cは,被告人両名の後輩であり,自身に対する危険運転致死傷事件の裁判も既に確定していることに鑑みると,偽証罪の制裁の下,被告人両名に不利な虚偽の供述を敢えてするとは考えにくい。しかし,Cは,上記のとおり証言する一方で,Vの駐車場から発進したその場面の記憶はないとも証言しているのであって,発進そのものの記憶がないのに,発進前の車内での具体的なやり取りについては記憶があるというのは,不自然である。しかも,Cは,自らの公判やその後の検察官の取調べにおいては,Vの駐車場から発進する前に被告人Aが「行くぞ」と言った旨の供述をしておらず,供述の核心的部分に変遷があるのに,その理由について何ら合理的な説明をしていない。のみならず,Cは,本件事故直後の自身の入院中は,事故時に運転していたのは被告人Bである旨述べており,退院してからは,事故の瞬間に運転していたのは自分だと考えるようになったものの,なおも発進時に運転していたのは被告人Bであると考えていたのであって,逮捕される1週間ほど前の平成20年2月20日には,本件事故のときに運転していたのは自分だけれども,Vの駐車場から発進したときに運転していたのは被告人Bである旨の上申書を作成し,警察に提出していたのである。本件当時,C自身が高度の酩酊状態にあった(下記3の(1),(2))ことも併せみれば,Cは,Vの駐車場から発進した際の状況に関する記憶が混乱している可能性を否定できない。そうすると,Cの上記証言は信用できないというべきである。
(4) 小括
信用性の高いB検面供述によれば,①被告人両名とCは,寒さをしのぐためにVの開店時間まで本件車両内で待つこととし,会話をしていたところ,Cが,被告人両名の方に顔を向けながら,「まだ時間あるんですよね。一回りしてきましょうか」などと言ったこと,②これに対し,被告人Aは,Cの方に顔を向けて,顔を縦に振って頷き,これに了解を与えたこと,③被告人Bも,Cに対して,「そうしようか」などと言ってこれに了解を与えたことが認められるから,被告人両名が,Cが本件車両を発進させることについて了解を与えたことは明らかである。
なお,本件公訴事実は,被告人Aが「うん」と言って了解を与えたというものであるが,既に説明したとおり,B検面供述において,被告人Bは,被告人Aが「うん」と言ったかはっきりしない旨も供述していることに照らせば,被告人Aが「うん」と発言した事実まで認めることはできない。
2 被告人両名が了解を与えたことにより,Cの犯行が容易になったといえるか否かについて
当初,被告人両名とCは,Vの駐車場において,Vの開店時間までの間,寒さをしのぐために本件車両に乗車して車内で会話を交わすなどしていた(上記第2の3の(2)。B検面供述)ところ,Cが,被告人両名に対して,当初の目的とは異なる本件車両を発進,走行させることを提案し,被告人両名が了解を与えたのである。このような事態の推移に加えて,既に見た被告人両名とCとの関係(上記第2の1の(1)から(3)まで)を併せ考えれば,被告人両名が了解を与えたことにより,Cが,単に自身の提案が受け入れられたと認識したに留まらず,本件車両を走行させる意思をより強固なものにしたことは明らかというべきである。そうすると,被告人両名が了解を与えたことにより,Cの犯行が容易になったと認められる。
3 被告人両名が,Cの犯行を容易にさせることを分かっていながら,それでも了解を与えたといえるか否か(幇助の故意の有無)について
(1) U内でのCの状況
ア Uの経営者であるI及びUでの宴会に同席していたJの当公判廷における各証言(以下「I証言」,「J証言」という)によれば,次のような事実が認められる。
(ア) Cは,本件当日のUでの宴会の際,他人の食べ残した冷めたラーメンのスープを飲んだり,目が座っていたり,トイレに立ち上がるときにはよろけて千鳥足になったりしていた。また,先輩に対していわゆる「ため口」をきいたり,ろれつが回らなかったりもしていた。
(イ) さらに,Cは,それまで,目上の人として礼儀正しく接しており,逆らうようなことはなかった被告人Aと,金銭の貸し借りの問題で喧嘩となり,被告人Aのことを呼び捨てにしたため,被告人AがCに頭突きをするなどした。喧嘩の後,被告人AとCは,仲直りをし,被告人AがIに頼んで出してもらった酒で,乾杯をした。
(ウ) Cの本件当日のUにおける飲酒量は,以前にUで飲んだときと比べても多く,ビール約1杯と焼酎のウーロン茶割り約7杯であった。
イ I証言及びJ証言は,概ね符合して相互に信用性を補強し合っている上,いずれも内容が具体的で自然である。I及びJは,いずれも体験した事実とそうでない事実を区別して供述し,弁護人の反対尋問にも丁寧に答えているのであって,供述態度が真摯である。また,いずれも被告人両名の遊び仲間であり,偽証罪の制裁の下に被告人両名に不利な虚偽供述を敢えてする立場にはない。これらによれば,I証言及びJ証言の信用性に疑いを差し挟む余地はないというべきである。
(2) V到着時のCの状況
ア Vで営業指導をしているKの当公判廷における証言(以下「K証言」という)によれば,次のような事実が認められる。
(ア) Kは,午後7時過ぎころ,Vの店に入ってきたCと言葉を交わした際,Cが,かなり酒臭く,目が真っ赤であったことなどから,大分酔っていると感じた。Cに対して「おまえ,飲んでんのか」などと言ったところ,Cが「はい」と答えたため,「よく酔っぱらった状態でここまで来れたな。酔っぱらって運転して事故でも起こしたら家庭も台なし,仕事も台なし,だめじゃないか」などと強く言った。
(イ) Kは,Cから「飲ませてほしい」などと言われたが,「まだ営業をやってないからだめだよ」などと言って断った。Cに続いて被告人両名が店に入ってきており,被告人Aは,「早く酒を出せ,飲ませろ」などと騒ぎ,Kから「まだ営業前だから,困る」などと言われても,大きな声を出すなどしていた。Kは,3人の中で一番話が通じるような印象を受けた被告人Bに対し,「飲むのならば,他のお客さんに迷惑にならないように,ちゃんと責任を持って見てくださいよ」などと言ったところ,被告人Bが「分かりました」などと答えた。そこで,Cらを店で飲ませることにしたが,「営業前だから,とりあえず店の中にいては困るので,店の外に出てください」などと言って,Cらをいったん店の外に出した。
(ウ) Kは,Cらが店の外に出た後,近くの飲食店に食事に出かけた。その食事中に,救急車やパトカーなどのサイレン音を聞き,Cがかなり酔っぱらって運転してきていることを思い浮かべ,ひょっとしたらCが大きな事故を起こしたのではないかと胸騒ぎがして心配になり,Vの店に電話をかけて,本件車両が駐車しているか尋ねた。すると,止まっていないということだったので,今度はZ警察署に電話をかけて確認したところ,大きな事故が起きたと教えられた。
イ K証言は,その内容が具体的かつ詳細で自然であるばかりか,食事の最中に救急車などのサイレン音を聞き,咄嗟にCが事故を起こしたのではないかとの不安を覚えた際の胸中を生々しく語るなどしており,迫真性に富んでいる。Kは,記憶していないことはその旨率直に述べ,弁護人の反対尋問にも丁寧に答えており,供述態度が真摯である。さらに,被告人両名とは面識のない第三者であって,偽証罪の制裁の下,被告人両名に不利な虚偽供述を敢えてするとは考えられない。これらによれば,K証言の信用性に疑いを差し挟む余地はないというべきである。
(3) 被告人両名の認識について
ア 上記(1)及び(2)の各アに認定したCのUやVにおける言動等,とりわけ,Kが,Vの店内に入ってきたCと言葉を交わして,大分酔っていると感じ,Cに対し,「酔っぱらって運転して事故でも起こしたら家庭も台なし,仕事も台なし,だめじゃないか」などと強く言ったこと,食事中に,救急車などのサイレン音を聞き,Cが大きな事故を起こしたのではないかと胸騒ぎがして心配になり,確認のためVの店や警察署に電話をかけたことに加えて,本件当時のCの血中アルコール濃度(上記第2の5)を併せ考えると,Cが,本件当時,高度に酩酊していて,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態にあった上,通常人であればCのそのような状態を認識し得る状況にあったことは明らかである。しかも,被告人両名は,Uで5時間近くにわたりCと共に飲酒し,その後,Vの駐車場で本件車両に同乗するなど長時間にわたりCと行動を共にしていたのである。これらによれば,被告人両名は,Cが,本件当時,高度に酩酊していて,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態にあったことを認識していたと認めるのが相当である。
イ さらに,これまでに認定した,被告人両名がCに了解を与えた際の状況(上記1の(4)),被告人両名とCとの関係(上記第2の1の(1)から(3)まで)をも併せ考えると,被告人両名は,Cの犯行を容易にさせることを分かっていながら,それでも了解を与えたものと認められるから,被告人両名には幇助の故意があったというべきである。
ウ 弁護人らは,この点を争い,Cがアルコールの影響により正常な運転が困難な状態にあったことを認識していたとすると,そのようなCの運転する本件車両に同乗することは自らを危険にさらすことになるから,被告人両名が,上記認識の下に同乗したとは考えられない旨主張する。
確かに,被告人両名が現に本件事故により重傷を負っていることを併せみれば,弁護人らの指摘にはもっともな面もある。しかし,既に認定したとおり,被告人両名は,Uで長時間にわたり飲酒した後にVの駐車場に到着しているのである(上記第2の2,3,第3の3の(1)及び(2)の各ア)から,Cの運転の危険性を認識しつつも,酔いのため気分が大きくなって冷静な判断ができなかったとしても,あながち不自然ではない。このことは,B検面供述の中に,「当時は,私は既に酔っていて,気持ちが大きくなっていたし,冷静な判断もできなくなっていた。Aさんも,酔いが回っていたせいで気持ちが大きくなっていて,Cに運転させることの危険性について,深くは考えていなかったのだと思う」旨の供述があることにより裏付けられている。また,本件当時の状況からして,Cからの提案とそれに対する被告人両名の了解が,Vが開店するまでの短時間,付近をドライブすることを前提としたものであったことは明らかであり,そのために,被告人両名が,Cの運転する本件車両に同乗することの危険性を余り意識しなかったことも十分にあり得るところである。そうすると,弁護人ら指摘の事情によって,被告人両名の認識に関する上記認定が左右されることはないというべきである。弁護人らの上記主張は当を得ない。
4 被告人Aについて,運転中のCに対し「よせよせ」などと言ったことにより,了解を与えた影響が解消されたといえるか否かについて
被告人Aは,当公判廷において,概略,「事故の直前,異常な加速のために危険を感じたのでCに『よせよせ』と言った。Cは,『世話ないんっすよ』と言って薄ら笑っていた。それを言った直後に事故が起きた」旨供述している。
しかし,仮に被告人Aが上記のような発言をした事実があったとしても,被告人Aが述べる,発言をした際の状況に照らすと,それは運転自体を制止するものではなく,急加速したことを制止するに留まるものと認められる(現に被告人Aも,当公判廷において,スピードを落とせという意味である旨述べている)から,上記発言をしたからといって,被告人Aについて了解を与えた影響が解消されたとはいえない。
5 以上によれば,被告人両名が了解を与えたことは,Cの犯行を容易にさせる行為に当たると認められる。
第4黙認による幇助の成否について
1 被告人両名に制止すべき義務があったか否かについて
これまでに認定した,①被告人両名とCとの関係(上記第2の1の(1)から(3)まで),②被告人両名は,Cが本件車両を発進させることについて了解を与えたこと(上記第3の1の(4)),③被告人両名が了解を与えたことにより,Cは,本件車両を走行させる意思をより強固なものにしたこと(上記第3の2),④被告人両名は,Cが,本件当時,高度に酩酊していて,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態にあったことを認識していたこと(上記第3の3の(3)のア)などの事情に照らすと,被告人両名には,Cが本件車両を走行させることを制止しなければならない作為義務があったことは明らかである。
2 被告人両名が制止しなかったことにより,Cの犯行が容易になったといえるか否かについて
上記1に挙げた事情に加えて,CがVの駐車場から本件車両を発進,走行させて本件事故に至るまでに十数分の時間的間隔があったことを併せ考えれば,被告人両名において,Cに対して,本件車両を走行させることを止めるよう指示,説得することが可能かつ容易であり,また,Cも,先輩である被告人両名から指示,説得されれば,走行を継続することに心理的な障害が生じたと認められるから,被告人両名が制止しなかったことにより,Cの犯行が容易になったことは明らかである。
なお,付言すると,上記1に挙げた事情に照らせば,被告人両名は,相当高度の作為義務を負っていたと認められ,他方,本件車両の走行を止めるよう指示,説得することは可能かつ容易であったのであるから,被告人両名の黙認による幇助は,作為による幇助と同視することができるというべきである。
3 被告人両名が,Cの犯行を容易にさせることを分かっていながら,それでも制止しなかったといえるか否か(幇助の故意の有無)について
上記1に挙げた事情に照らせば,被告人両名は,Cの犯行を容易にさせることを分かっていながら,それでも制止しなかったと認めるのが相当であるから,被告人両名は,幇助の故意に欠けるところがないというべきである。
4 被告人Aについて,運転中のCに対し「よせよせ」などと言ったことにより,制止すべき義務を尽くしたといえるか否かについて
既に説明したとおり,仮に被告人Aが「よせよせ」などという発言をした事実があったとしても,それは運転自体を制止するものではなく,急加速したことを制止するに留まるものと認められる(上記第3の4)から,上記発言をしたからといって,被告人Aが制止義務を尽くしたとはいえない。
5 弁護人らの主張について
(1) 弁護人らは,本件証拠上,本件車両がVの駐車場から発進した後,被告人両名が寝ずに起きていたと認めることはできないから,被告人両名には,発進後の黙認について刑事責任を問う前提が欠けている旨主張する。
(2) しかし,被告人Bは,発進後の本件車両内の状況に関し,検察官調書(職9)において,概略,「Cが車を発進させた後,私は,後部座席にも暖房が効き始めたので,目を閉じて後部座席の背もたれに寄りかかって休んでいた。しかし,寝入ったわけではなく,何度か目を開けて,車内の様子や外の景色を見ていた。Cがランサーエボリューションを発進させた後,事故を起こす前に,何度か信号待ちで停止したように記憶している。私は,その度に目を開けて車内の様子を見たが,その度に,Aさんが,Cの方に顔を向けて,口を動かしているのが見えた。また,信号待ちで停止しているときは,走行中よりはエンジン音が小さくなったので,CやAさんの声も聞こえた」旨供述している。被告人Bの上記調書における供述が全体として信用性の高いものであることは,既に説明したとおりである(上記第3の1の(1)のイ)。
もっとも,被告人Bは,Cの公判で証言した際,主尋問に対し「私もお酒に酔っていたし,車の暖房も効いて,車内が暖かくなったため,私もちょっとうとうとしてきて,もう途中からは,ほとんど目をつぶっている,で,シートにもたれ掛かっているような,そんな状態だったので,時たま目を半開き,若しくは,まばたきはしたと思うが,ほとんどそんな状態なので記憶がない。私が覚えているのは,急加速が始まったのを,体が,後ろのシートに引っ張られるような感覚,それで意識が戻った」旨供述し,反対尋問に対しても「急加速して初めて気付いた。それまで車内での会話等について,全く記憶がない」旨供述している。被告人BのC公判における証言が全体として信用性の高いものであることも,既に説明したとおりである(上記第3の1の(1)のイの(エ))。
そこで,検討すると,被告人Bの上記証言は,Cの刑事責任について審理する公判におけるものであり,その点に主眼をおいて尋問がされているのであって,そもそも発進後の本件車両内の状況に関する詳細な尋問がされていないばかりか,反対尋問に対する供述も弁護人からの誘導の結果されたものであることに照らせば,上記証言は,発進後の本件車両内の状況に関する上記調書の信用性を減殺させるものではなく,上記調書における供述は十分に信用できるというべきである。
そうすると,上記調書における供述により,被告人Aが,発進後も起きてCと会話を交わしていたこと,被告人Bも寝入ることなくCや被告人Aの様子を見ていたことが認められる。
(3) ところで,被告人Bは,この点に関し,当公判廷において,「信号に気がついた後は,私には記憶がない。体がシートに押し付けられるような感覚に気がつき,スピードが急に速くなったというのが分かり,何でそんなに飛ばすのかと言おうと思った直後,体に強い衝撃を感じた。その後は記憶がない」旨供述している。しかし,被告人Bの公判供述が全体として信用性に欠けることは,既に説明したとおりである(上記第3の1の(2))から,上記公判供述は,上記調書における供述と対比して,信用できない。
(4) 弁護人らの上記主張は採用できない。
6 以上によれば,被告人両名の黙認は,Cの犯行を容易にさせる行為に当たると認められる。
第5結論
以上の次第で,被告人両名には,いずれも了解及び黙認の一連の幇助による危険運転致死傷幇助罪が成立する。弁護人らの主張は採用できない。
(法令の適用)
被告人両名について
罰条
判示所為のうち
F及びGに対する各危険運転致死幇助の点 いずれも刑法62条1項,208条の2第1項前段(致死)
E,L,D及びMに対する各危険運転致傷幇助の点 いずれも刑法62条1項,208条の2第1項前段(致傷)
科刑上一罪の処理 刑法54条1項前段,10条(1個の行為が6個の罪名に触れる場合であるから1罪とし,最も重いF及びGに対する危険運転致死幇助罪の刑で処断(両被害者で犯情が異ならないのでその一を選ぶことをしない))
法律上の減軽 刑法63条,68条3号(従犯)
訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
本件は,運送会社で運転手をしていた被告人両名が,同じ運送会社の後輩運転手であるCがアルコールの影響により正常な運転が困難な状態にあるにもかかわらず,本件車両を走行させることを了解,黙認し,走行中にCが犯した2名死亡,4名負傷の危険運転致死傷の犯行を容易にした,という危険運転致死傷幇助の事案である。
当裁判所が量刑上最も重視したのは,被害結果が極めて重大なことである。
職場の先輩という立場にあった被告人両名による安易かつ無責任な了解,黙認がCの犯意を強固なものにさせ,Cが無謀運転に及んだ結果,何らの落ち度もない6名が死傷するという悲惨かつ重大な本件事故が引き起こされている。
息子であるEが運転する車両に同乗していたF,G夫婦は,温かな家庭を築き上げ,平穏で幸せな生活を送っていた矢先に突如としてその生命を絶たれるに至っているのである。衝突直前に感じたであろう驚愕や恐怖,絶命するまでに味わったであろう肉体的,精神的苦痛の大きさ,最愛の家族を残し,夫婦でうどん屋を開くという夢をも絶たれてこの世を去らなければならなかった無念さは察するに余りある。
Eは,第4腰椎脱臼骨折等の重傷を負って長期間の入院を余儀なくされた上,様々な後遺症を背負わされて,日常生活に多大な支障が生じるとともに,年若い青年にとって耐え難い思いを強いられ,結婚等の将来への不安を感じている。さらには,本件当時に在学していた大学を休学せざるを得なくなって就職先すら奪われてもいるのである。E運転車両の同乗者であった双子の妹のLも,下顎骨骨折等の重傷を負い,度重なる手術を余儀なくされたばかりか,容貌までも変えられてしまっており,年若い女性が負った心の傷は計り知れない上,外傷後ストレス障害その他の後遺症による日常生活上の多大な支障も続いている。さらには,幼少のころからの夢であった保育士として充実した生活を送っていたにもかかわらず,本件により退職を余儀なくされている。のみならず,E,L兄妹は,上記のとおり重傷を負っていたため父母の葬儀に出席することすらも叶わなかったのである。また,F,G夫婦と同様に,E,L兄妹が衝突直前に感じたであろう驚愕や恐怖も多大であったと察せられるのであって,このことは,急死に一生を得たE,Lの兄妹が入院先のベッドの上で再会した際,Lが「生きていてくれてありがとう」と述べ,駆け付けた兄のN,O夫婦らと共に涙を流しあったことが如実に物語っているといえる。これらによれば,E,L兄妹が被った肉体的,精神的苦痛は甚大である。
F,G夫婦の遺族は,深い悲しみや喪失感を抱くとともに,被告人両名に対する極めて強い憤りを感じている。殊に,E,L兄妹は,自らの負傷による多大な被害と同時に,最愛の両親を奪われた遺族としても多大な精神的衝撃を受けており,いわば二重の被害を被っているのである。また,N,O夫婦は,愛する両親を奪われたばかりでなく,Nは後遺障害を負った弟妹を引き取り,その介護のために転職を余儀なくされ,Oは心労や看病による疲れなどが重なって体調を崩しているのであって,これらの点も見過ごすことはできない。
D運転車両に乗車していたD,M親子も,頸椎捻挫等の傷害を負うとともに精神的衝撃を受けており,殊に,Mは,事故後相当期間が経過した後においても悪夢にうなされるなど精神的苦痛に苛まれている。
ここまでに述べたように,被害結果は極めて重大である。
E運転車両に係る被害者及び遺族らが,被告人両名に対する峻厳な処罰感情を吐露し,生命をもって償って貰いたいとの思いや,Cと同じあるいはそれ以上の刑に処してほしいとの思いを抱きつつ,法律上の上限である懲役10年に処することを強く希望しているのも,被害結果の重大性からすればやむを得ないところである。
被告人Aは曖昧な供述に終始し,被告人Bは不合理な弁解に終始しているばかりか,被告人両名は,自らが同乗していた本件車両により上記のような悲惨な結果が引き起こされているにもかかわらず,被害者らの被った被害に思いを致した言葉を一切語ろうともしていないのであって,そのような供述態度からは,残念ながら被告人両名の反省の情を認めることはできない。
これらによれば,被告人両名の刑事責任は軽いものではない。
しかし,被告人両名は,自ら運転したわけではなく,あくまでCの犯行を幇助したに留まっているのである。しかも,幇助の態様は,Cが被告人両名に了解を求めたことに対して,被告人Aが顔を縦に振るなどし,被告人Bが「そうしようか」などと言ってそれぞれ了解を与え,その後,Cの犯行を制止すべき義務があるのに黙認したというものであって,積極的なものと評価することはできず,車両を提供するなどの場合と比較し,悪質さが高度であるとはいえない。これらの点は,被告人両名の量刑を考えるに当たって,十分に斟酌されるべきである。加えて,被告人両名は,いずれも,自らが招いた結果とはいえ,本件事故により負傷して3か月ほど入院していること,長年従事した職を失うなど一定の社会的制裁を受けていること,以前から飲酒運転を繰り返していたなどその危険性に対する認識が欠如していたといわざるを得ないものの,これまで前科がなく,運送会社の運転手として真面目に働いてきたことなど,被告人両名のために酌むべき事情も認められる。
以上の諸事情を総合して考慮し,とりわけ被害結果の重大性に思いを致すと,本件は刑の執行を猶予すべき事案ではないものの,上記のような被告人両名のために酌むべき事情,殊に被告人両名は幇助に留まっており,幇助の態様も悪質さが高度ではないことを斟酌すると,検察官の求刑意見は重きにすぎるというべきである。そこで,被告人両名を主文の刑に処することとした次第である。
(求刑 被告人両名に対しそれぞれ懲役8年)
(裁判長裁判官 田村眞 裁判官 安藤祥一郎 裁判官 東根正憲)