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さいたま地方裁判所 平成21年(わ)1809号 判決 2012年4月13日

主文

被告人を死刑に処する。

理由

(罪となるべき事実)

第1被告人は,Aが結婚相手を探すためにa社が運営するウェブサイトに会員登録をしていることを利用して,同人から金銭をだまし取ろうと企て,平成20年8月24日頃から同年12月10日頃までの間,多数回にわたり,東京都板橋区所在の甲1マンションの当時の被告人方において,パーソナルコンピューターを使用して,Aに対し,真実は,同人と結婚する意思がなく,b大学に在籍しておらず授業料や寄付金等を納入する必要やマンションの更新手続の費用を納入する差し迫った必要がないのに,これらがあるように装い,かつ,クレジットカードの代金決済や生活費等に費消するつもりであるのに,これを秘し,別表1(省略)送信メールの要旨欄記載のとおり,真剣に結婚を考えているのでb大学の学費等を支援してほしい旨の虚偽の内容のメールを送信し,いずれもその頃,長野県内において,同人に同メールを閲覧させてその旨誤信させ,よって,別表1(省略)振込入金欄記載のとおり,同年9月2日から同年12月11日までの間,前後6回にわたり,東京都板橋区所在の株式会社c銀行乙1支店に開設された被告人名義の普通預金口座に合計130万円を振込入金させ,もって人を欺いて財物を交付させた。

第2被告人は,Bが結婚相手を探すために前記ウェブサイトに会員登録をしていることを利用して,同人から金銭をだまし取ろうと企て,同年8月24日頃から同年12月23日頃までの間,多数回にわたり,前記の当時の被告人方において,パーソナルコンピューター及び携帯電話を使用して,Bに対し,真実は,同人と結婚する意思がなく,b大学に在籍しておらず授業料や寄付金等を納入する必要がなく,学会の出席のために交通費等を支出したこともないのに,これらがあるように装い,かつ,クレジットカードの代金決済や生活費等に費消するつもりであるのに,これを秘し,別表2(省略)送信メールの要旨欄記載のとおり,真剣に結婚を考えているのでb大学の学費等を支援してほしい旨の虚偽の内容のメールを送信し,いずれもその頃,静岡県内において,Bに同メールを閲覧させてその旨誤信させ,よって,別表2(省略)振込入金欄記載のとおり,同年10月8日から同年12月25日までの間,前後4回にわたり,前記普通預金口座に合計189万9000円を振込入金させ,もって人を欺いて財物を交付させた。

第3被告人は,平成21年1月10日午後11時頃から同月11日午前10時頃までの間,東京都豊島区所在のホテルd客室内において,Bの財布内から,同人所有の現金5万円を抜き取り窃取した。

第4被告人は,Cと結婚するように装って同人から受け取った現金の返済等を免れるため,練炭自殺に見せかけて同人を殺害しようと企て,同年1月30日頃,東京都青梅市所在の同人方において,殺意をもって,何らかの方法により同人(当時53歳)を睡眠状態等の無抵抗状態に陥らせた上,練炭複数個を燃焼させて一酸化炭素を発生させ,これを同人に吸引させ,よって,同月31日頃,同所において,同人を一酸化炭素中毒により死亡させて殺害した。

第5被告人は,Dと交際をする中で金員の交付を受けたことなどについて同人から責任を追及されることを免れるため,同人を殺害しようと企て,同年5月15日午前9時頃から同日午前10時30分頃までの間,千葉県野田市所在の同人方において,殺意をもって,同人(当時80歳)に睡眠薬成分であるトリアゾラム及びブロチゾラムを含有する薬物を服用させて睡眠状態に陥らせるとともに,練炭を燃焼させて一酸化炭素を発生させ,これを同人に吸引させ,よって,同人を一酸化炭素中毒にさせた上,同人方内で発生した火災による熱傷を負わせ,同日午後0時56分頃,同人を急性一酸化炭素中毒及び気道熱傷の競合により死亡させて殺害した。

第6被告人は,Eが結婚相手を探すために前記ウェブサイトに会員登録をしていることを利用して,同人から金銭をだまし取ろうと企て,同年7月13日頃から同月17日頃までの間,多数回にわたり,前記の当時の被告人方又はその周辺において,パーソナルコンピューター及び携帯電話を使用して,Eに対し,真実は,同人と結婚する意思がないのに,これがあるように装い,かつ,単身で居住するためのマンションの転居費用等に費消するつもりであるのに,これを秘し,別表3(省略)記載のとおり,真剣に結婚を考えているので料理学校の受講料を貸してほしい旨の虚偽の内容のメールを送信し,いずれもその頃,神奈川県内において,同人に同メールを閲覧させ,同人をその旨誤信させて金銭をだまし取ろうとしたが,結婚の意思がないことを同人に見破られたため,その目的を遂げなかった。

第7被告人は,Fが結婚相手を探すために前記ウェブサイトに会員登録をしていることを利用して,同人から金銭をだまし取ろうと企て,同年7月13日頃から同月22日頃までの間,多数回にわたり,前記の当時の被告人方又はその周辺及び福島県内又はその周辺において,パーソナルコンピューター及び携帯電話を使用して,Fに対し,真実は,同人と結婚する意思がないのに,これがあるように装い,かつ,単身で居住するためのマンションの転居費用等に費消するつもりであるのに,これを秘し,別表4(省略)記載のとおり,真剣に結婚を考えているので料理学校の受講料を貸してほしい旨の虚偽の内容のメールを送信し,いずれもその頃,東京都内又はその周辺において,同人に同メールを閲覧させ,その間の同月15日頃及び同月23日頃,東京都内において,同人に対し,真剣に結婚を考えているので料理学校の受講料を貸してほしい旨の虚偽の内容を告げるなどして,同人をその旨誤信させ,よって,同月24日,東京都千代田区所在のe駅構内において,同人から現金約470万円の交付を受け,もって人を欺いて財物を交付させた。

第8被告人は,判示第7のとおりFからだまし取った現金の返済等を免れるため,練炭自殺に見せかけて同人を殺害しようと企て,同年8月5日頃,東京都内又は埼玉県内において,殺意をもって,同人(当時41歳)に睡眠薬成分であるゾルピデム,トリアゾラム及びブロチゾラムを含有する薬物を服用させて同人を睡眠状態に陥らせた上,埼玉県富士見市所在の月極有料駐車場敷地内に駐車中の自動車内において,練炭を燃焼させて一酸化炭素を発生させ,これを同人に吸引させ,よって,その頃,同所において,同人を急性一酸化炭素中毒により死亡させて殺害した。

第9被告人は,Gが結婚相手を探すために前記ウェブサイトに会員登録をしていることを利用して,同人から金銭をだまし取ろうと企て,同年8月19日頃,東京都豊島区所在の甲2マンションの当時の被告人方又はその周辺において,パーソナルコンピューターを使用して,Gに対し,真実は,同人と結婚する意思がないのに,これがあるように装い,かつ,専らクレジットカードの代金決済等に費消するつもりであるのに,これを秘し,別表5(省略)記載のとおりのメールを送信し,その頃,長野県内の同人方において,同人に同メールを閲覧させ,さらに,同月31日頃,同区所在の丙1百貨店のカフェレストランにおいて,「料理学校fは,3か月で学費が70万円かかる,6か月行きたい。一週間後が締め切りになっている。」などの趣旨を告げるなどして,真剣に結婚を考えているので料理学校の受講料を出してほしい旨の虚偽の内容を伝え,同人をその旨誤信させて金銭をだまし取ろうとしたが,結婚の意思がないことを同人に見破られたため,その目的を遂げなかった。

第10被告人は,Hが結婚相手を探すために前記ウェブサイトに会員登録をしていることを利用して,同人から金銭をだまし取ろうと企て,同年8月31日頃から同年9月2日頃までの間,甲2マンションの当時の被告人方又はその周辺において,パーソナルコンピューター及び携帯電話を使用して,Hに対し,真実は,同人と結婚する意思がないのに,これがあるように装い,かつ,専らクレジットカードの代金決済等に費消するつもりであるのに,これを秘し,別表6(省略)の番号1及び番号2記載のとおりのメールを送信し,いずれもその頃,埼玉県内の同人方又はその周辺において,同人に同メールを閲覧させ,さらに,同日頃,甲2マンションの当時の被告人方又はその周辺において,H方の同人に対し,電話で,「料理学校fのパンを作る学科の上級のクラスに行くために,その学費をお願いできないか。9月10日までに学費として70万円を入金しなくてはならない。全額までは無理なら,せめて半分くらいまではお願いできないか。」などの趣旨を告げた上,同月3日頃,甲2マンションの当時の被告人方又はその周辺において,携帯電話を使用して,Hに対し,別表6(省略)の番号3記載のとおりのメールを送信し,その頃,同人方又はその周辺において,同人に同メールを閲覧させるなどし,真剣に結婚を考えているので料理学校の受講料を出してほしい旨の虚偽の内容を伝え,同人をその旨誤信させて金銭をだまし取ろうとしたが,同人がその両親の反対により金銭の要求に応じなかったため,その目的を遂げなかった。

(証拠の標目)

省略

(争点に対する判断)

第1本件の争点

弁護人は,①判示第4の殺人につき,被告人がCを殺害した事実はなく,Cは自殺によって死亡した可能性がある,②判示第5の殺人につき,被告人がDを殺害した事実はなく,Dは失火によって死亡した可能性がある,③判示第8の殺人につき,被告人がFを殺害した事実はなく,Fは自殺によって死亡した可能性があるから,いずれの殺人についても無罪である旨主張し,被告人もこれに沿う供述をする。

また,④判示第1及び第2の詐欺につき,いずれも詐欺罪が成立することは争わないものの,犯情として,被告人はA及びBとの結婚を真剣に考え,結婚に至ることを目標に交際していた旨主張し,被告人もこれに沿う供述をする。

さらに,⑤判示第7の詐欺につき,被告人がFから現金約470万円の交付を受けた事実はなく,被告人はFとの結婚を真剣に考え,結婚に至ることを目標に交際していた,⑥判示第6,第9及び第10の詐欺未遂につき,被告人は,それぞれ,E,G及びHとの結婚を真剣に考え,結婚に至ることを目標に交際していた,⑦判示第3の窃盗につき,被告人がBの財布から現金を窃取した事実はないから,いずれの詐欺,詐欺未遂,窃盗についても無罪である旨主張し,被告人もこれに沿う供述をする。

そこで,(1)被告人がC,D及びFを殺害したか,(2)被告人がFから現金約470万円の交付を受けたか,(3)被告人が各交際相手と結婚する意思があったか,(4)被告人がBの財布から現金を窃取したかについて,順次検討する(以下,判示第4の殺人を「C事件」,同第5の殺人を「D事件」,同第8の殺人及び同第7の詐欺を「F事件」という。)。

第2C事件について(争点①)

1  前提となるCの死因等

(1) 関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

ア Cの遺体は,平成21年2月4日午後6時頃,東京都青梅市所在のC方6畳和室内で発見された。

イ C方は,3部屋の居室と台所の間取りであるが,同人方の各居室と洗面所に各1個,台所に2個の練炭コンロが置かれ,いずれのコンロ内の練炭も最後まで燃焼していた。なお,ベランダには,着火後立ち消えになった形跡のある練炭10個が段ボール箱に入れて置かれていた。

ウ Cの死因は,死体検案等の結果,一酸化炭素中毒と判断された。

(2) 以上によれば,Cは,同人方に置かれていた練炭の燃焼による一酸化炭素中毒で死亡したことは明らかである。このようなCの遺体発見時の状況及び死因等によれば,Cは自殺したか,何者かに殺害されたかのいずれかであると認められる。

2  Cが何者かに殺害された可能性が高いこと

(1) Cが練炭を入手した形跡がなかったこと

ア 練炭

(ア) C方ベランダにあった練炭10個の写真によれば,同練炭のうち2個の上面にあるマッチを置く溝の幅が比較的広くかつ深く,別の1個の上面の灰は円形を保ったまま本体からずれていることが認められる。そして,証人Iの供述によれば,このような溝の特徴及び灰の固まり具合は,g社製の練炭特有の特徴のものと認められる(証人Iは,g社の製品管理課長で30年以上練炭製造に携わっており,自社製練炭の特徴を熟知していることに加え,他社製とg社製とでは練炭上面の溝の違いは明らかであるから,その供述は十分に信用できる。)。したがって,C方から発見された練炭16個のうち少なくとも3個はg社製であると認められる。

(イ) 他方,関係証拠によれば,次の事実が認められる。

Cは料理等に練炭コンロを使っていた形跡は全くない。したがって,Cが16個もの練炭をかねてからストックしていたとは考えにくい。また,被告人が別れ話をしたとしている平成21年1月30日からCの遺体が発見される同年2月4日までの間に,C方から半径5キロメートル圏内の燃料販売店及びガソリンスタンドではg社製の練炭を取り扱っていないだけでなく,これら店舗からCが練炭を購入した形跡はない。同期間内に,同圏内のホームセンター3店舗のうち1店舗のみg社製の練炭を取り扱っていたが,同店舗はC方から直線距離で約2.5キロメートルも離れている上,販売されている練炭は,1パック14個入り(重さ約19.6キログラム)でかなりの重量があり,しかも手で持って運ぶには不安定な包装であった。また,検索サイトで把握できる練炭販売のインターネットウェブサイトを調べても,これらからCが練炭を入手した形跡はなかった。

(ウ) 以上によれば,平成21年1月30日以降にCが近隣でg社製練炭を入手するには,C方から直線距離で約2.5キロメートル離れたホームセンターに行くほかなかったが,自動車や自転車を持たないCがわざわざ遠方の同ホームセンターに行き,重く,持ち運びをするのに不安定なg社製練炭を購入したという事態は,容易には考えられない。また,Cは,もともと16個もの練炭をストックしていたとは考えられず,平成21年1月30日以降に近隣の燃料販売店及びガソリンスタンド並びにインターネットウェブサイトを通じて練炭を入手した形跡もない。これらの事実を踏まえると,C方の練炭は,Cが入手購入したものではなく,Cには自殺の手段がなかったと認められる。そうすると,C方にCが死亡する原因となった練炭を持ち込むのは犯人以外考えられないのであるから,Cは何者かに殺害されたことが強く推認される。

弁護人は,Cによる練炭の入手可能性に関する捜査が不十分である旨主張する。しかし,自動車や自転車を有しない者を前提とすると店舗の捜査範囲は十分である上,燃料店やガソリンスタンドから練炭を一見で購入する者は珍しく,記憶に残りやすいことから,聴き取りという捜査手法も妥当である。また,Cは料理等に練炭コンロを使用した形跡がなく,仮にCが自殺したとしても,後述のとおり,その動機は被告人との交際が解消されたこと以外に見当たらないのであるから,被告人が別れ話をしたとしている平成21年1月30日以前にまで捜査対象を拡大する必要はない。よって,弁護人の主張は採用できない。

イ 練炭コンロ

(ア) 証人Jは,C方にあった練炭コンロのうち洗面所のもの,4.5畳洋室のもの及び台所(流し台前)のものは,練炭コンロ本体及び補強用金具の色がh社製の練炭コンロと同じである,洗面所の練炭コンロは背面中央に左右端中央の各1か所を留め具で留めて取扱注意書が取り付けられている点でh社製のものと共通の特徴を有している,4.5畳洋室及び台所(流し台前)の各練炭コンロは正面に赤黒2色の商品名ラベルが取り付けられており,h社製と同様の特徴を持っている,写真を見る限り,これら3つの練炭コンロはh社製だと思う旨供述する。

証人Jは,h社の無限責任社員として練炭コンロの製造に従事しており,自社製練炭コンロの特徴を熟知しており,供述の信用性は高い。しかし,前記供述は写真に基づく判断であるから,自ずと限界がある。そうすると,4.5畳洋室及び台所(流し台前)の各練炭コンロは,商品名ラベルの色及び取り付け位置という明白な特徴が一致しているため,h社製と極めて高い類似性が認められるが,洗面所の練炭コンロは,取扱注意書の取り付け位置や方法等の特徴が一致するにとどまるため,一応の類似性が認められるにすぎない。

(イ) 同様に6畳和室の練炭コンロ,台所(6畳洋室前)のもの及び6畳洋室のものについて,証人Kは,練炭コンロ本体及び補強用金具の色が,i社製の練炭コンロと同じである,いずれの練炭コンロも正面から向かって右側の真横から前面にかけて取扱注意書が取り付けられており,その右端が補強用金具に重ねて取り付けられているところ,i社製の練炭コンロも同様の特徴がある,したがって,写真を見る限り,これらの3つの練炭コンロはi社製だと思う旨供述する。

証人Kは,i社の常務取締役で製造部門の責任者であるから,取扱注意書の取付方法など練炭コンロ製造上の特徴を熟知しており,その供述の信用性は高い。前記(ア)と同様,写真に基づく同一性判断には限界があるというべきであるが,前記の6畳和室,台所(6畳洋室前)及び6畳洋室の各練炭コンロは,敢えて固い補強用金具の上に取扱注意書を留め具で取り付けるというそれ自体相当に特徴的な点で一致していることに照らせば,i社製と相当に高い類似性が認められる。

(ウ) 以上のとおり,C方から発見された練炭コンロがh社製及びi社製であったと断定まではできない。そのため,Cが練炭コンロを入手した形跡があったかについて,h社製及びi社製の練炭コンロであることを前提とする証拠は,Cが自殺したか,何者かに殺害されたかを判断する上で有用とはいえない。もっとも,Cは,もともと料理等に練炭コンロを使っていた形跡はないのであるから,練炭コンロを複数個以上ストックしていたとは考えられない上,被告人から別れ話をされた直後の数日内に自殺目的で多数の練炭コンロを準備するというのは相当に不自然である。したがって,C方に6個もの練炭コンロが置かれていたという状況は,Cが何者かに殺害されたことについて弱いながらも推認力がある。

(2) C方から合鍵がなくなっていたこと

ア(ア) 関係証拠によれば,遺体発見時のC方はすべての出入口が施錠されており,何者かが侵入した形跡はなかったことが認められる。

(イ) 他方,証人Lの供述等の関係証拠によれば,C方の玄関の鍵は,C本人が正規の鍵1本,姉であるL及び母がそれぞれ合鍵1本ずつを管理していたこと,平成21年1月18日又は同月24日に,被告人にスペアキーを渡したいとCから言われ,母からCに合鍵1本が渡され,その時点でCは鍵を2本持つに至ったこと,しかし,遺体発見当時,C方からは2本の鍵のうち1本が発見されなかったことが認められる。そして,証人Lは,同年2月7日及び同月11日,C方においてCの遺品整理を行った際,母からCに渡された合鍵がないかを真剣に探し,同月14日以降に清掃に入った業者も,貴重品があった場合にはその都度Lに確認しながら家財等を処分していったが,合鍵を発見するには至らなかったと供述する。Cは,被告人とデートをした際のレストラン等のレシートを保管していたなど几帳面な性格と認められ,被告人に渡すための合鍵を紛失したとは考えられない。そして,合鍵は被告人に渡す目的で母からCに交付されたのであるから,被告人の存在に不審の念を抱いていたLが遺品整理の際に合鍵の所在に大きな関心を寄せなかったはずはなく,C死亡後も前記レシートを保管していたというLの慎重な態度にも鑑みるならば,Lは,その言葉どおりにC方内を十分に探したと認められ,その後清掃業者によっても発見されなかったことを併せ考えると,遺体発見当時,C方からは合鍵1本がなくなっていたと認められる。

イ Cは密室で死亡していたのであるから,C方内に鍵が2本ともあれば,自殺である蓋然性が相当に高まる。しかし,C方の鍵が1本なくなっていたということになれば,Cを殺害した犯人が密室を作り出すために鍵1本を持ち去ったと考えられる。したがって,C方から合鍵がなくなっていたことはCが何者かに殺害されたことを強く推認させる。

(3) C方からデスクトップパソコン及び手帳がなくなっていたこと

ア 関係証拠によれば,遺体発見時,C方から,デスクトップパソコンの本体部分及び直近2年分の手帳がなくなっていたことが認められる(なお,ノートパソコンについては,それをLが見た時期が判然としないため,Cの死亡時になくなったとするには合理的疑いが残る。)。

イ デスクトップパソコンの本体部分だけと,手帳の直近2年分だけがなくなっていることは,それ自体相当不自然な状況であって,犯人が自己の犯人性特定に繋がるデスクトップパソコンの本体部分や直近2年分の手帳を持ち去った可能性がある一方で,C自身による自殺前の身辺整理の可能性も完全には排除できない。そのため,これらのものがなくなっていたことは,それだけでは,Cが何者かに殺害されたことと矛盾しない程度の事情と評価すべきである。

(4) 以上のとおり,Cが練炭を入手した形跡がなく,C方にCが死亡する原因となった練炭を持ち込むのは犯人以外考えられないこと,同じくC死亡の原因となった練炭コンロを6個もCが準備したとは考えにくいことに加え,密室のC方から合鍵がなくなっており,Cを殺害した犯人が密室を作り出すため合鍵を持ち去ったと考えるのが自然であることなどの事情を総合するならば,Cが何者かに殺害されたことは常識的にほぼ間違いないといってもよい。しかし,なお慎重な判断を期するためには,Cに自殺の動機があったかを検討する必要があるところ,この点は被告人が犯人であるかの検討と不可分であるため,犯人と被告人の同一性の中で併せて検討する。

3  犯人と被告人の同一性

(1) C方から発見された練炭コンロ等と特徴の一致する練炭コンロ等を被告人が所持していたこと

ア 練炭コンロ

(ア) C方から発見された練炭コンロ6個については,前記2(1)イのとおり,2個はh社製と極めて高い類似性が認められ,1個も一応の類似性が認められた。また,残りの3個はi社製と相当に高い類似性が認められた。

(イ) 他方,関係証拠によれば,被告人は,平成21年1月5日にj社に練炭コンロ3個を注文したところ,j社は,翌6日に仲卸であるk社にh社製の練炭コンロ4個を発注し,同月9日に被告人に向けて練炭コンロ3個を発送したことが認められる。このような一連の流れからすれば,j社は被告人に販売する練炭コンロをk社から仕入れたことは明らかといえ,被告人が同月5日に注文購入した練炭コンロ3個はh社製と認められる(弁護人は,j社の仕入先及び在庫状況が明らかになっていないため,被告人が購入した練炭コンロがh社製であると断定はできない旨主張するが,j社が他社製品の在庫を3個持ちながら,被告人の注文があった翌日にさらに4個の練炭コンロを仕入れるのは不自然である。弁護人の指摘は抽象的可能性にとどまっており,採用できない。)。

また,関係証拠によれば,被告人は,同月24日にl社にi社製の練炭コンロ3個を注文し,同月28日にこれを受け取ったことが認められる。

(ウ) Cが何者かに殺害されたとすると,犯人は犯行に使用した練炭コンロを準備できた者であるところ,練炭コンロのメーカーが複数存在する中で,被告人が同月30日の時点で,C方から発見された練炭コンロと同一個数の練炭コンロを所持し,さらに,C方から発見された練炭コンロ6個のうち,2個はh社製のものと極めて高い類似性,1個も一応の類似性,残りの3個はi社製と相当に高い類似性があり,類似メーカーのものが3個ずつという内訳まで符合するという偶然が重なることはそう多くはない。このことは,h社製及びi社製の各練炭コンロの流通量を踏まえても,被告人が犯人であることを一定程度推認させる。

加えて,被告人は,平成21年1月30日夜,あらかじめC方に発送しておいた段ボール箱3個を自ら受領しているところ,この段ボール箱3個には練炭コンロを6個入れることが可能であり,このことも被告人が犯人であることと矛盾しない事情である(被告人は,段ボール箱3個には調理器具を入れてあった旨弁解する。しかし,証人Lは,遺品整理をした際に被告人が前記段ボール箱3個に入れてC方に置いてきたとされている荷物は一切見当たらなかったと述べている。証人Lは,自らと母とでそろえたC方内の調理器具についてよく知っており,Cの遺品整理時には思い出のためにC方内の様子を写真に撮るなど,C方内に存在していたものについて強い関心を持っていたのであって,記憶違いや勘違いは考え難く,その供述は信用できる。この供述に反する被告人の前記弁解は信用できない。)。

イ 練炭

(ア) C方から発見された練炭16個のうち少なくとも3個は,前記2(1)アのとおり,g社製である。

(イ) 他方,関係証拠によれば,被告人は,同月5日及び同月24日に,m社にg社製の「丁1レンタン」合計16個を注文し,同月28日までにこれを受け取ったことが認められる。

(ウ) Cが何者かに殺害されたとすると,犯人は犯行に使用した練炭を準備できた者であるところ,練炭のメーカーが複数存在する中で,被告人が同月30日の時点で,C方から発見された練炭16個と同一個数の練炭を入手し,少なくとも3個はメーカーも一致していることなどの偶然がそう重なるとは考え難く,g社製の練炭の流通量を踏まえても,被告人が犯人であることを一定程度推認させる。

ウ 被告人は,これらの練炭コンロ及び練炭は料理に使用するために購入したものであって,数が多いのは,いろいろな条件で同時に煮豆を調理する実験を行うためであった,平成21年1月上旬に購入した練炭コンロは同月下旬までに全部廃棄したなどと弁解するが,そもそも料理目的というには数が不自然に多い上,数の多さについての説明も具体性が乏しく,にわかに信用し難い内容である。また,被告人は,料理に関するインターネットウェブサイト「n」内に開設していたブログ(以下「本件ブログ」という。)に掲載した料理のうち,練炭で煮炊きしたものを指摘しているものの,被告人自身,必ずしも練炭を用いた明確な記憶があるわけでもないとも供述している。また,被告人は,本件ブログに,練炭に関する具体的な記載が一切ないことを合理的に説明できておらず,練炭コンロを廃棄するに至った経緯も不自然である。結局,被告人の弁解は不自然,不合理というほかはなく,信用することができない。

(2) 被告人がC方玄関の合鍵を手にする機会が十分にあったこと

ア 遺体発見時のC方は,前記2(2)のとおり,すべての出入口が施錠され,玄関の合鍵1本がなくなっていた。また,関係証拠によれば,C方内には争った形跡や物色の形跡もなかったことが認められる。

イ 他方,証人Lの供述によると,平成21年1月18日又は同月24日に母からCに合鍵1本が渡されたのは,結婚を前提に同居を予定していた被告人に渡すためであったことが認められる(この点のL証言は,合鍵がCに渡された日付こそ曖昧であるものの,Cが被告人からスペアキーが欲しいと言われた経緯や,母の合鍵をCに渡したことなど具体的かつ明確に供述しており,信用できる。)。そして,被告人は,関係証拠によれば,同月25日にCと池袋で会い,同月30日にC方を訪れており,Cから合鍵を受け取る機会が十分にあったと認められる。

ウ Cが何者かに殺害されたとすると,犯人は,殺害の手段として6個もの練炭コンロと16個の練炭をC方に持ち込み,練炭に着火するなどした後にC方を密室状態にして立ち去ることができた者であるから,C方に争ったり,物色されたりなどの形跡がないことをも併せ考えると,通り魔やCと面識のない第三者が犯人である可能性は排除される。また,本件全証拠によっても,Cが純粋な怨恨だけで殺害をされるような事情は全くうかがえない。これに対し,被告人は,合鍵を入手する機会があり,結婚を前提に同居を予定していたほどにCと親密な交際をしていたのであるから,これら事情は被告人が犯人であることについて相当程度の推認力がある。

(3) 被告人がCが死亡する前日から数日前にC方を訪れていること等

ア(ア) 平成21年2月4日午後8時からCの遺体を検案した証人M(以下「M医師」という。)は,Cの遺体は腐敗が相当に進行しており,一見したところ死後1週間程度であったが,同年1月30日夜の時点でCの生存が確認されていることから,Cは遅くとも同月31日頃に死亡したものと判断した。M医師は,検案医として豊富な経験を持った専門家であって,専門的知見に基づき実際に遺体の腐敗の程度等を観察して判断しているため,供述の信用性は高いものの,死亡推定日を厳密に特定するには限界がある。しかも,法医学教授である証人N(以下「N医師」という。)は,Cの遺体上半身がホットカーペットによって温められていた影響を重視して,死亡日を同年2月1日以降と判断している。もっとも,当該判断は,Cの遺体写真を観察した上でのものという限界がある。N医師自身も,死亡推定日の特定には幅があることを認め,同年1月31日にCが死亡した可能性も排除されないと供述している。よって,M医師及びN医師の各判断から,直ちに死亡推定日がいつかを断定することはできない。

(イ) しかし,関係証拠によれば,Cは,同月30日午後8時16分にC方の最寄駅であるo駅の改札を通過して以降,鉄道を利用した形跡がないことに加え,同年2月1日午後9時55分,C方の固定電話に電話がかかってきたが,それに出ず,約15分おきに合計3回Cの携帯電話に転送されたが,いずれにも出ていないこと,同月2日(月曜日)に無断欠勤したこと,本件で発見された練炭と同一個数を本件と同様の条件下で燃焼させた場合,約5時間で死亡等の重篤な結果をもたらすことなどの事実が認められ,これら事実にM医師及びN医師の各判断を併せ考えるならば,Cは,同年1月31日頃から同年2月1日深夜にかけて死亡したと認められる。

イ また,関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

被告人は,平成20年6月上旬頃,a社が運営するインターネットウェブサイト(以下「本件サイト」という。)を通じてCと知り合い,後述のとおり,結婚を前提とするという名目で交際を進めていた。

被告人は,平成21年1月30日夕方,C方の近くにあるpホテルに1人でチェックインし,同日午後8時6分頃,C方に宛ててあらかじめ自ら送っていた段ボール箱3個を受領した上,帰宅したCとともにC方において食事をした。その後,門限である翌31日午前0時までにpホテルに戻った。

被告人は,同日午前6時46分にpホテルから実測約5.2キロメートルの距離にある高速道路のインターチェンジを通過し青梅を後にした。

ウ Cが何者かに殺害されたとすると,犯人はCの生存が確認されている同年1月30日午後8時過ぎから,同年2月1日深夜にかけてCに接触した者であるところ,被告人はまさに当該時間帯にC方を訪れており,このことは,被告人が犯人であることを直ちに推認することまではできないにせよ,被告人が犯人であることを一定程度推認させる事情である。

(4) 被告人にはC殺害の動機がある反面,Cには自殺の動機がないこと

ア Cとの交際は結婚目的ではなかったこと

(ア) 関係証拠によれば,被告人は,平成20年6月3日頃,Cの携帯電話番号及びメールアドレスを被告人の携帯電話に登録し,その頃,Cとの交際を始めたこと,Cに対しては,現在大学院生であり,音楽教室で講師もしていると嘘をついていたこと,Cとの交際開始以降,被告人は,本件ブログ上で,Cと行ったレストランやカフェのことなどと関連して,Cが自分にとって特別な存在であり,交際が結婚に向かって順調に進んでいることを暗に匂わせる内容の記事を次々と掲載したことが認められる。

(イ) 証人Lの供述によれば,Lは,Cから,平成21年1月1日以降,被告人が結婚してくれると言っている,被告人に婚約指輪に代えてブレスレットをプレゼントした,同月4日の時点ではすぐにでも同居のために被告人が荷物を送って越してきそうだったが,その後同月末から同居ということになった,被告人のおばに同月下旬に婚姻届の証人欄に署名をもらった上で大安の同年2月18日に婚姻届を提出するなどと聞いていたこと,また,同年1月30日の二,三日前には,そのおばに会う際の手土産について被告人からCにメールが送られていたこと,さらに,同月29日(木曜日)のCとの電話でも今度の週末にそのおばに会いに行くと聞いていたことが認められる。

証人Lは,Cの姉として,Cの結婚話を喜び,その進捗状況に関心を持っており,勘違いや記憶違いをする可能性は乏しいことに加え,その内容自体,具体的で不自然な点もなく,Cが,同月11日に被告人に対して約80万円もの高価なブレスレットを購入し,同月18日には冷蔵庫や洗濯機を新たに購入するなどして結婚に向けた準備を実際に行っていたという客観的裏付けもある。また,証人Lの供述態度は抑制的で冷静なものであり,殊更虚偽を述べているとうかがえる事情は見当たらないし,CがLに虚偽を述べたとも考えられない。したがって,証人Lの前記供述は信用できる。

そうすると,Cは,被告人とのやり取りを通じて,被告人が自分と結婚してくれると信じ,準備を進めていたものと認められる。

(ウ) 他方,関係証拠によれば,被告人は,Cが結婚に向けて準備を進めている中,同月10日,本件サイトで知り合って交際を続けていたBとホテルdに行き,平成一五,六年頃から交際をしているOと肉体関係を含めた親密な交際や売春行為を継続し,さらに,Cとの婚姻届の証人欄に署名をもらうためにおばに会いに行く段取りも詰めておらず,Cを被告人の家族に紹介することさえしていなかったことが認められる。

(エ) このように,Cは被告人が自分と結婚してくれると信じる一方で,被告人は,Cから前記ブレスレットをプレゼントされる前夜にBとホテルに行き,Oとの肉体関係を含む親密な交際や売春行為も継続し,自らの家族にCを紹介しないなど,Cとの真剣な結婚を考えている者としては明らかに不合理な行動をとっている。しかも,被告人は,これらの事実がCに発覚すれば,結婚に至ることは極めて難しいことは十分認識していたと認められる。そうすると,被告人がCとの結婚を真剣に考え,結婚に至ることを目標に交際していたとは到底認められない。

イ Cから多額の金銭を受け取っていたこと

関係証拠によれば,被告人は,平成20年6月以降から平成21年1月上旬までの間に,Cから合計で700万円以上の金銭的援助を受けていたことが認められる。

ウ 被告人にはC殺害の動機があったかについての結論

以上のとおり,Cとの交際は真剣な結婚目的ではなかったところ,Cから700万円以上にも上る多額の金銭的援助を受けていることから,Cとの交際は金目的であったと推認できる。そして,Cは,被告人が結婚を念頭に真剣に交際している相手であるからこそ多額の金銭を渡したことは想像に難くなく,被告人の真意を知った際には,Cが被告人を追及し又は既に交付した多額な金銭の返済を求める可能性があることは容易に想像できる。しかも,Cとの結婚話は,同居を開始し,平成21年1月末の週末には被告人のおばに婚姻届の証人欄に署名をもらいにいくまでに進展しており,そのままでは,おばと何の調整もしていないことが直ちに露見する状況にあった。そのため,被告人が,Cに真意を知られて多額の金銭の返済を求められたり,そのままCと結婚せざるを得なくなったりする事態から逃れるために,Cを殺害しようと考えたとしても不思議ではなく,被告人にはCを殺害する動機があったといえる。このことは,犯人と被告人の同一性を肯定する方向の事情といえる。

エ Cには自殺をする動機がないこと

(ア) 関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

Cは,人付き合いには積極的ではなかったが,プログラム開発につき豊富な専門的知識や技術力をもって充実した仕事をしており,平成21年1月30日に被告人と会う直前の職場での様子からは,自殺する予兆は全く見られなかった。また,Cは,前記ア(イ)のとおり,婚姻届の証人欄に署名をしてもらうために被告人のおばを訪ねる心積もりでいたし,被告人もそのつもりでいると読める内容のメールをCに送っており,同日の直前まで,Cは,被告人との結婚を信じ,順調に交際が進んでいることを疑ってはいなかった。

(イ) これに対し,被告人は,平成21年1月30日はC方に泊まるつもりであったが,同日午後8時30分過ぎ頃に帰宅したCの言動や部屋の汚さ等に失望し,Cに対する嫌悪感が沸々と湧いてきて結婚自体が考えられなくなり,Cにその旨を伝え,その晩はpホテルに急遽泊まることにした,C方を出るときCは肩を落として泣いていたので,その後自殺したのだと思う,1127万円が入金された通帳は,別れ話をした後にCが使ってくださいと言って渡してきたので,これを受け取った旨供述する。

しかし,1127万円という高額な入金がされた預金口座の通帳を,急な別れを告げてきた相手にその場で渡すということ自体が常識的にまず考えられない。また,被告人は,同日,あらかじめpホテルにチェックインをしてからC方に赴いているが,このチェックインの際に当夜は同ホテルに宿泊する旨のやり取りを同ホテル支配人と行っている(この点に関する証人Pの供述は,入室予約表の記載に基づく具体的なものであるから,十分に信用できる。)。そうすると,平成21年1月30日夜に突如別れ話をした旨の前記供述は,信用できない。

(ウ) このように,充実した仕事ぶりや自殺の予兆は見られなかったことに照らせば,Cが自殺する動機はなかったことは明らかである。

4  総合的検討

以上のとおり,前記2の検討で,Cが何者かに殺害されたことは常識的にほぼ間違いないといってもよい程度に達していたが,さらにCには自殺の動機がなかったことをも踏まえれば,Cは何者かに殺害されたと優に認定できる。各部屋に練炭コンロがばらばらに配置されていたことやベランダに段ボール箱に入れて練炭が出されていたことの意味が十分には解明されていないものの,他殺の結論自体が揺らぐことはない。

そして,事前に練炭コンロ6個及び練炭16個を持ち込み,争った形跡もないままCを殺害し,C方を密室状態にして立ち去ったという態様からは,犯人はCと面識があり,玄関の鍵を手にする機会がある者以外考えられないところ,被告人は,Cと結婚を前提として交際し,現に合鍵を手にする機会が十分にあった上,他にそのような可能性がある者は見当たらない以上,犯人は被告人にほぼ絞り込まれる。しかも,被告人は,類似性が極めて高い練炭コンロを含んだ同個数の練炭コンロを所持し,同種のものを含む同個数の練炭を入手していたことや,Cを殺害する動機があったこと,被告人との交際に関わる情報が保存されている可能性のあるデスクトップパソコンの本体部分や被告人との交際期間に該当する直近2年分の手帳が持ち去られていたことをも併せ考えると,Cを殺害した者は被告人以外にあり得ないというべきである。また,大人の男性であるCが,練炭を燃やされて無抵抗のまま一酸化炭素中毒になっていること,遺体発見時のCが布団に横たわっていたこと,被告人がCに睡眠薬等を飲ませることは物理的に可能であったことに照らせば,被告人がCを何らかの方法により睡眠状態等の抵抗できない状態に陥らせていたことも優に認められる。加えて,被告人は,本件発覚直後,警察官に対して電話でCは自殺をしたと思う旨話すなどしており,練炭自殺を装ったことも認められる。

したがって,被告人が,Cに対し,練炭自殺を装って,何らかの方法により睡眠状態等の抵抗できない状態に陥らせた上,練炭複数個を燃焼させ,一酸化炭素中毒によって同人を殺害したことは優に認定できる。

Cは,前記3(3)アのとおり,同年1月31日頃から同年2月1日深夜にかけて死亡したと認められるところ,さらに,被告人が犯人であることを踏まえると,Cは同年1月31日頃に死亡したものと認められる。

5  結論

よって,被告人には,判示第4のとおり,Cに対する殺人罪が成立する。

第3D事件について(争点②)

1  前提となるDの死因等

(1)ア 関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 平成21年5月15日午後1時15分,千葉県野田市所在のD方の4畳半間において,仰向けになったDの遺体が発見された。

(イ) Dの死因は,急性一酸化炭素中毒及び気道熱傷の競合であった。Dの遺体の血中一酸化炭素ヘモグロビン飽和度は54パーセントであった。通常の住宅火災であれば,一酸化炭素ヘモグロビン飽和度が上がるにつれて気道内にすすの混入が見られるのに,Dの気道内にすすや炭粉はほとんど付着していなかったことから,Dは火災による煙を吸い込む前に急性一酸化炭素中毒及び気道熱傷によって死亡したと認められる。

イ(ア) また,関係証拠によれば,D方から,遺体発見当時,練炭の残渣物が入った練炭コンロ1個が発見された(以下,この練炭残渣物を「コンロ内練炭」という。)こと,平成22年5月14日,焼け残った瓦礫の一部がD方の敷地内に埋められていた場所から,練炭が三,四個発見された(以下「土中練炭」という。)ことが認められる。

(イ) 証人Qは,コンロ内練炭について,日本工業規格の石炭類及びコークス類の工業分析という手法を用いて揮発分を定量したところ,揮発分の減少量及びq大学で実施した練炭の燃焼実験を考察すると,コンロ内練炭の燃焼時間は2時間半から3時間半程度と考えられる旨供述する。証人Qは,鉄鋼を中心に材料分析等を行うr社において,練炭の分析にも10年近く携わっている専門家であって,分析手法や証言態度に特に問題は見当たらず,専門的知見に基づく証言内容に不合理な点もないことから,その供述の信用性は高い。

もっとも,q大学における燃焼実験結果をみると,元々の揮発分の割合やその減少度合いには個体差がある上,練炭の部位によっても差があり,当該実験結果に基づいてコンロ内練炭の燃焼時間を断定することまではできない。しかし,コンロ内練炭の燃焼時間は,少なくとも一,二時間以上の長さを要するという限度では確かなものと認められる。

(ウ) また,証人Rの供述によれば,D方の四畳半間に約2時間半いた者の一酸化炭素ヘモグロビン飽和度が54パーセントに達するには,たばこによる失火の場合に発生する室内の一酸化炭素濃度では説明困難と認められる。このことは,Dが喫煙者であって,非喫煙者に比べて血中一酸化炭素ヘモグロビン飽和度が高かった可能性があることを考慮しても揺るがない。

(エ) 以上の事実に加え,コンロ内練炭や土中練炭の他に,D方に火災以外で一酸化炭素を放出する原因となるものは見当たらないことをも併せ考えると,Dは火災による煙を吸い込む前,少なくとも一,二時間以上前からコンロ内練炭の燃焼によって発生した一酸化炭素を吸引し続けていたと認められる。

(オ) なお,関係証拠によれば,当日の気温は温かく,日当たりの良いD方で暖房をつける必要はなかったと認められる。

ウ 関係証拠によれば,Dの遺体からは,トリアゾラムとその代謝物及びブロチゾラムが検出されたこと,その検出量を処方薬に換算すると,少なくともハルシオン0.25ミリグラム錠11錠以上,レンドルミン0.25ミリグラム錠2錠以上の合計13錠以上に相当すること,ハルシオン0.25ミリグラム錠について,高齢者の場合に承認されている用量は1回1錠までとされていることが認められる。

(2) 以上の事実によれば,Dは,ハルシオン0.25ミリグラム錠11錠以上を含む合計13錠以上の2種類の睡眠薬を服用した状態で,暖房の必要もない居室内で着火されたコンロ内練炭の一酸化炭素を少なくとも一,二時間以上も吸引し続け,急性一酸化炭素中毒になるとともに,その後発生した火災による高温の空気を吸い込んで,火災の煙を吸い込む前に気道熱傷を引き起こし,両原因が競合して死亡したと認められる。

この点,弁護人は,コンロ内練炭が消防隊による放水によっても完全に消火していなかった可能性を指摘し,コンロ内練炭の分析結果から火災に先行して同練炭が長時間燃焼していたことを推認することはできない旨主張する。しかし,消防士らは,D方の塀の外側,塀の内側,家屋の中というように段階を踏んで,1平方メートル当たり700リットルを超える大量の放水を行っており,再燃火災を防ぐために念入りに火種を探すとの消防士一般の心理も踏まえると,火種は十分に消えていたと認められ,前記弁護人の主張は採用できない。また,弁護人は,Dの気道内にすす等が付着していなかった点につき,すすや煙の出にくい火災の可能性や,Dがすすや煙を吸い込みにくい体勢をしていた可能性を主張する。しかし,D方の焼け跡には激しく焦げた木枠などが散見されるから,弁護人主張のような火災であったとは到底考えられない上,Dの遺体が仰向けになっていたという客観的状況に反するから,これらの主張も採用できない。

このような客観的なDの死因及び死亡状況からすると,Dの死亡は,失火では説明し難く,自殺か,何者かに殺害されたかのいずれかである可能性が高い。

2  Dが何者かに殺害されたこと

(1) Dが自ら睡眠薬を服用したとは考え難いこと

ア 証拠によれば,次の事実が認められる。

Dは,Sが保健師としてD方を訪れ始めた平成21年3月10日以降,睡眠薬を服用していた形跡はなかった。また,保険外診療も含めて病院から睡眠薬の処方を受けたことがなく,インターネットウェブサイトを通じて睡眠薬を入手した形跡もなかった。

火災当日の同年5月15日,Dはかねてから楽しみにしていた畳替えを行っており,同日午後3時には畳搬入のために畳屋が再訪する予定になっていたほか,Sも同日夕方までにはD方を訪問することになっていた。

イ 日頃から睡眠薬を服用する習慣のないDが,当日来訪者が予定されている中で合計13錠以上もの睡眠薬を自ら服用するとは考え難いことに加え,Dがあらかじめ睡眠薬を入手していた形跡はない。そのため,Dの遺体から睡眠薬成分が検出されたことは,自殺では説明し難い。また,そのように多量の睡眠薬を誰が何の目的で飲ませたのかを考えると,それに引き続く本件死亡が単なる事故死とは到底考えられない。そうすると,Dは何者かに睡眠薬を飲まされたと認められ,何者かに殺害されたことが極めて強く推認される。

(2) Dに自殺の動機がないこと

Dは,前記のとおり,火災の発生した平成21年5月15日は,かねてから楽しみにしていた畳替えを行っており,午後3時に畳屋が畳の搬入をしに再訪することを了承していたことから,同日Dが自殺するとは考えられず,Dに自殺の動機はなかったと認められる。

(3) 以上のとおり,Dが何者かに睡眠薬を飲まされた上,練炭コンロの燃焼と火災で死亡したという経過や,Dには自殺する動機もなかったことから,Dが何者かに殺害されたことは明らかである。

この点,弁護人は,Dはたばこの火の不始末による失火で死亡した可能性がある旨主張する。しかし,失火とすると,火災に先行してコンロ内練炭が燃焼していたことや,Dが何者かに睡眠薬を飲まされたことを合理的に説明することが不可能であり,弁護人の主張は採用できない。

3  犯人と被告人の同一性について

(1) 被告人がDの死亡時刻と近い時間にD方を立ち去ったこと

ア Dは,平成21年5月15日,前記1(1)ア(イ)のとおり,火災による煙を吸う前に,急性一酸化炭素中毒と気道熱傷の競合により死亡したのであるから,火災のごく初期に死亡したと認められる。また,火災の覚知時刻は,通行人が119番通報した同日午後0時56分である上,同じ頃,大家であるTがD方の四畳半間の北西角辺りから煙が出ているのを目撃している(証人Tの供述)。

そうすると,この時点において,D方の火災は煙が外に出る状態に至っていたのであるから,遅くともその頃までには気道熱傷を引き起こす高温の空気を吸い込んだものと認められ,Dは同日午後0時56分頃までには死亡したと認められる。

イ 他方,関係証拠によれば,被告人とDは,平成20年6月上旬頃,本件サイトを通じて知り合い,交際を進めていたこと,被告人は,平成21年5月15日午前8時53分頃,D方から約54メートルの距離にある戊1スーパーマーケットの駐車場に自ら運転してきた自動車を駐車し,D方を訪れたこと,その後,被告人は,同日午前10時36分頃,前記駐車場から自動車を運転して立ち去ったことが認められる。

ウ Dが死亡した時刻は,遅くとも同日午後0時56分頃で,少なくとも一,二時間以上は火災に先行してコンロ内練炭が燃焼していたことも踏まえると,犯人は火災の一,二時間以上前の同日朝にD方に赴く必要があるところ,被告人はまさにその頃D方を訪れ,間もなく立ち去っている。また,Dは13錠以上という多量の睡眠薬を服用させられていたことや殺害の手段が練炭であることから,通り魔のような第三者がDを殺害したとは考えにくい。また,被告人がD方を立ち去ってからわずか2時間半の間にDに恨み等がある別の者がDを殺害したとも考え難い。そのため,被告人がDの死亡時刻に近い同日午前10時30分過ぎにD方を立ち去ったことは,犯人と被告人を極めて強く結びつける事情といえ,これだけでも犯人は被告人にほぼ絞り込まれる。

(2) D方から発見された練炭コンロと同種の練炭コンロを被告人が所持していたこと等

ア(ア) 関係証拠によれば,D方から押収された練炭コンロは,s社が輸入販売している練炭コンロと同種のものであると認められる。

(イ) 信用できる証人Qの供述によれば,コンロ内練炭や土中練炭について,X線マイクロアナライザー分析の手法(試料の表面に電子線を照射し,試料の原子から放出されるエネルギーを計測して,構成元素を分析する手法)を用いて分析したところ,コンロ内練炭は,元素の組成及び比率から,t社製の「丁2レンタン」と高い類似性が認められること,土中練炭は土中の成分が浸透していると思われるため断定はできないが,元素の組成及び比率から,コンロ内練炭に相当に類似していることが認められる。

この点,弁護人は,コンロ内練炭に土砂等の異物が混入した可能性や,製造日によって練炭自体の成分比率が異なる可能性を指摘するとともに,微量な元素を検出することが困難であるため,正確な同一性判断ができない旨の主張もする。しかし,D方から発見された練炭コンロには蓋が付いており,穴は開いているものの,土砂や落下物がコンロ内まで入り込む可能性は低く,警察官が取り扱う際にも異物が混入しないよう相応の注意を払っていたと認められる。また,確かに,練炭原料の採掘場所や原料の混合の割合に多少の差異がある可能性があり,練炭の成分比率が製造日によって異なる可能性はあるものの,Qは,含有成分の有無だけではなく,相対的濃度や組み合わせに着目して判断しており,同一性判断を揺るがすほどの影響があるとは考えられない。したがって,弁護人の主張は採用できない。

イ 他方,関係証拠によれば,被告人は,平成21年4月23日,u社にs社製の練炭コンロ1個及びt社製の練炭8個を注文し,同月26日にこれを受け取ったことが認められる。

ウ Dを殺害した犯人は,犯行の手段である練炭コンロや練炭を準備できた者であるところ,練炭コンロや練炭のメーカーが複数存在する中で,同年5月15日の時点で,D方から発見された練炭コンロと同種の練炭コンロ及びコンロ内練炭と高い類似性が認められるt社製の練炭を被告人が入手していたことなどが単なる偶然とは考えにくく,s社製の練炭コンロやt社製の練炭の流通量を踏まえても,被告人が犯人であることを一定程度推認させる。

(3) Dの遺体から検出された睡眠薬成分を含有する睡眠薬を被告人が所持していたこと

ア 関係証拠によれば,次の事実が認められる。

Dの遺体から検出された2種類の睡眠薬成分は,ハルシオン,レンドルミンに含まれるものである。他方,被告人は,同年5月15日の時点で,平成17年3月以降,ハルシオン合計182錠,レンドルミン合計477錠の処方を受けていた。

イ Dを殺害した犯人は,殺害に用いた2種類の睡眠薬を準備できた者であるところ,被告人は,同月15日の時点で,Dの遺体から検出された睡眠薬成分を含有する睡眠薬を十分に所持していた上,Dと飲食を共にしていたので,睡眠薬を服用させる機会があった。このことは,単独では極めて弱い推認力しかないものの,犯人と被告人の同一性を肯定する方向の事情といえる。

(4) 被告人にはD殺害の動機があること

ア D方から無断で絵画を持ち出したこと

(ア) 関係証拠によれば,被告人は,平成20年6月上旬頃,Dと知り合い,何度かD方を訪れていたこと,Dに対しては,現在大学院生であり,音楽教室で講師もしていると嘘をついていたことが認められる。

(イ) また,関係証拠によれば,被告人は,平成20年10月31日,Aに対して,Dの父であるUが描いた4枚の絵画をDの子であるVから譲り受けた旨伝え,同年11月1日に,Dの母が描かれた絵画(以下「本件絵画」という。)を含む4枚の絵画の写真をメールに添付して送り,これらの買取りを求めたこと,しかし,被告人は,本件絵画を含む4枚の絵画をVから譲り受けた事実はなかったこと,他方,Dは,同年10月末頃,Vに対して,本件絵画を含む数枚の絵画が盗まれたと話し,平成21年3月以降,Sに対しても,同様に盗まれたと述べた上で,本件絵画はお金を出してでも取り戻したいと話していたことが認められる。

そうすると,平成20年11月1日の時点で,被告人の手元に本件絵画を含む絵画4枚があったことは明らかであって,同年10月末頃及び平成21年3月以降のDの言動はその意に反して絵画がなくなっていることの現れといえるから,被告人が無断でD方から本件絵画を含む4枚の絵画を持ち出したと認められる。

この点,被告人は,本件絵画を含む4枚の絵画は,Dから譲り受けた旨供述し,弁護人もD自身が被告人に渡したことを忘れている可能性を指摘する。しかし,仮に被告人がDから譲り受けたとしても,Aにこの点を隠す必要はないし,そもそも譲り受けた相手という重要な事実を偽ること自体,絵画を譲り受けた事実がないことをうかがわせる。そして,Dは母が描かれた本件絵画に強い思い入れを持っており,そのような絵画を被告人に渡して覚えていないことは考え難い。そのため,被告人の前記供述は信用できず,弁護人の主張も採用できない。

イ Dのクレジットカードを無断使用したこと

関係証拠によれば,被告人は,平成20年12月26日,戊2スーパーマーケット及び丙2百貨店において,D名義のクレジットカードを利用して,合計7万0520円の食料品を購入したこと,他方,Dは,翌27日,当該クレジットカードを紛失したとして再発行手続を行ったこと,また,Dは,平成21年1月25日,「12月に(丙2百貨店)で買い物をしたといっていたけれど 何を買ったのかしら」などとメールに記載して,被告人に使途を尋ねたところ,被告人は,同日,「(Dが)電車の中に置いてきたのでしょうか」と自分は知らない旨の嘘の内容の返答をしたことなどの事実が認められる。

これらによると,クレジットカードの再発行手続やDのメールの内容から,Dが被告人にクレジットカードの使用を了承していなかったことは明らかであって,使途を尋ねたDに対する被告人の返答内容もこれを裏付けるため,平成20年12月26日に被告人が無断でDのクレジットカードを使用したと認められる。

ウ Dの預金口座から出金をしたこと

(ア) 平成21年4月17日の出金

関係証拠によれば,Dの厚生年金保険に係る年金記録の訂正が行われ,平成21年4月15日,発生した年金未払分の一部等が入金されていたこと,被告人は,v銀行乙2支店のATMにおいて,同月17日午後0時36分頃,同支店開設のD名義の預金口座から,現金30万円を引き出し,同日午後3時15分頃,c銀行乙3支店のATMにおいて,同銀行乙1支店開設の被告人名義の預金口座に現金33万円を入金したこと,その後,同口座から30万円を現金出金し,被告人のカードローンの返済に充てたことが認められる。

確かに,Dは,同年5月15日までの間に,前記30万円の引出しに関して,被告人を追及するなどした形跡は見当たらない。しかし,関係証拠によれば,被告人は,同年3月下旬から翌4月中旬にかけて,性的な関係を匂わせつつ,偽りの京都旅行を提案し,旅行会社に申込みをするなど具体的に準備を進めている旨Dに伝えていたこと,被告人がDに送付したメールのうち,同月13日のものには,旅行の費用についてDにも相当部分の負担を求める旨の記載があり,同月14日のものには,被告人自身も10万円を用意したので,Dの方でも同月17日にD方を訪れる際までに10万円程度を用意するよう求める旨の記載やプリペイドカードのようなものとしてデビットカードの使用を示唆する記載もあること,その後も,被告人とDとの間では,先送りされつつも,いつかは京都旅行に行く前提で話が進んでいたことが認められるのであるから,同年4月17日の現金30万円の引出しについては,これがDに無断で行われたとまでは断定できないものの,前記京都旅行のやり取りも含めた被告人とDの交際経緯に照らせば,前記30万円は,被告人がDに何らかの虚偽を申し向けてDの真意に反して交付させたものと推認できる。

(イ) 平成21年5月15日の出金

関係証拠によれば,D名義の前記口座に,平成21年5月15日,前記年金未払分の残部金である187万2614円が入金されたこと,被告人は,同口座から,同日午前10時8分頃,前記乙1支店開設の被告人名義の預金口座に対して100万円を振込入金するとともに,現金88万円を引き出したことが認められる。

Dは,年金未払分の入金は,自分がまとまった金銭を入手する最後の機会であると考えており,Vに対して,自分の葬式代を残すなどと話しており,同月15日の年金未払分の最終入金の全額を含む188万円の出金を,被告人に対して承諾したとは到底考えられず,同日の被告人による出金は,Dに無断で行われたものと認められる。

この点,被告人は,同年5月15日の188万円について,100万円の振込はDから貸金の返済を受けたもので,残りの88万円はD方に戻ってから同人に渡した旨供述するが,同年9月5日付け警察官調書によれば,被告人は,Dから貸金180万円くらいをまとめて返済されたものである旨供述していたのであって,188万円という多額の金銭を入手した趣旨という重要な内容が不合理に変遷している。よって,188万円のうち,100万円は貸金の返済であり,88万円はDに渡した旨の被告人の供述は到底信用することができない。

エ Dに厳しく追及されたこと

関係証拠によれば,Dは,被告人に対して,同年3月17日,「頭の冷えた処で(被告人の名字)さんとの出会いからのこと,色々思い出して居ましたが,何か釈然としないものがのこります。」などと記載したメールを送信し,さらに,同月23日には,「ご返事しだいでは 正式に法の手続きにはいります」「司法の手にわたれば学校の授業料も家賃の件も全部裏どりされますよ」などと記載したメールを送信し,被告人がD方を訪れた後にDが意識喪失を起こした同月6日について,厳しく説明を求めたこと,その後,被告人は,同月下旬から翌4月中旬にかけて,性的な関係を匂わせつつ,京都旅行を提案して,旅行会社に申し込みをするなど具体的準備を進めている旨Dに伝えたが,実際には,京都旅行の準備を進めている事実はなかったことが認められる。

これらの一連の流れからは,Dからの追及をおそれた被告人が偽りの京都旅行でDの機嫌を取り,法的手続をとられることを防ごうとしていた形跡がうかがわれる。

オ 被告人にはD殺害の動機があったかについての結論

以上のとおり,Dの絵画を無断で持ち出したり,Dのクレジットカードを無断で使用したり,偽りを述べるなどして現金30万円の交付を受けたり,無断で預金口座から出金しようとした被告人には,Dに対して,負い目があったところ,これが発覚するとDが返済を求めたり,被害届を出すなど厳しい対応を取ることが容易に想像できる状況にあった。そのため,被告人が,Dから返済を求められ,法的手続をとられることから逃れるために,Dを殺害しようと考えたとしても何ら不思議ではなく,被告人にはDを殺害する動機があるといえ,このことは,犯人と被告人の同一性を肯定する方向の事情といえる。

4  総合的検討

以上のとおり,前記2の検討で,Dが何者かに殺害されたと優に認定できる。

そして,睡眠薬成分を服用させた上,事前に練炭を一,二時間以上燃焼させて殺害したという態様からは,犯人はDと面識があった者以外には考えられない。そして,被告人は,Dの死亡時刻のまさに約2時間半前にD方を立ち去っており,その後,Dに睡眠薬成分を服用させた上で練炭を燃焼させた第三者が存在するとは考え難く,これらの事情だけでも犯人は被告人にほぼ絞り込まれる。しかも,あらかじめ同種の練炭コンロや睡眠薬を入手しており,これらを実際に用いる機会もあったこと,さらに,被告人にはDを殺害する動機があったことをも併せ考慮すると,Dを殺害した者は被告人以外にあり得ないというべきである。

したがって,被告人が,Dに対し,睡眠薬成分であるトリアゾラム及びブロチゾラムを含有する睡眠薬を服用させて睡眠状態に陥らせた状態で,2時間半以上練炭を燃焼させ,急性一酸化炭素中毒及び気道熱傷の競合によって殺害したと優に認定できる。

5  結論

よって,被告人には,判示第5のとおり,Dに対する殺人罪が成立する。

第4F事件について(争点③,⑤)

1  前提となるFの死因等

(1) 関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

ア Fの遺体は,平成21年8月6日午前7時過ぎ頃,埼玉県富士見市所在の月極有料駐車場(以下「本件駐車場」という。)敷地内に停車中の普通乗用自動車(以下「本件自動車」という。)内後部座席で発見された。

イ 本件自動車の助手席足元には,練炭1個が入った練炭コンロ1個,その周辺に着火剤24個の上に練炭7個が置かれており,複数のマッチ棒が落ちていた。いずれの練炭にも燃焼した形跡が見られた。

ウ Fの死因は,急性一酸化炭素中毒であった。また,Fの遺体からは,ゾルピデム,トリアゾラム,ブロチゾラムやこれらの代謝物が検出された。その検出量を処方薬に換算すると,少なくともマイスリー10ミリグラム錠1錠以上(5ミリグラム錠2錠以上),ハルシオン0.25ミリグラム錠7錠以上,レンドルミン0.25ミリグラム錠2錠以上の合計10錠以上に相当する。

(2) 以上の事実によれば,Fが,3種類の睡眠薬を10錠以上服用した状態で,練炭の燃焼による一酸化炭素中毒で死亡したことは明らかである。このような客観的なFの死亡経過からは,Fは自殺したか,何者かに殺害されたかのいずれかであると認められる。

2  Fが何者かに殺害された可能性が高いこと

(1) 本件自動車の鍵及びマッチ箱がなかったこと

ア 関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

本件自動車搭載のカーナビゲーションシステムには,被告人及びFが本件自動車で本件駐車場に至るまでの経路が記録されており,本件駐車場への到着後,本件自動車が移動した形跡はない。

本件自動車の鍵は,携帯していれば施錠や解錠,エンジン始動が可能なアドバンストキーであるが,遺体発見時にはドアは全て施錠されていた上,警察官が試してみてもエンジンが始動しなかったので,鍵は車内又は車外の作動範囲内には存在しなかったものと認められる。

遺体発見後,警察官によって,本件駐車場敷地内及び隣接する歩道,側溝等本件駐車場周辺が捜索されたが,鍵及びマッチ箱の発見には至らなかった。

イ 本件自動車は本件駐車場まで走行し,同車内に複数のマッチ棒が落ちていた(前記1(1)イ)のであるから,当然車内及び付近一帯にあるはずの同車の鍵及びマッチ箱がなかったことは,Fが自殺をしたとすると極めて不自然である。しかも,Fがこれらをわざわざ捨てる必要性は見出せないから,何者かが鍵及びマッチ箱を持ち去った可能性が高い。そのため,本件自動車の鍵及びマッチ箱がなかったことは,Fの死に何者かが関与していること,すなわち,Fが何者かに殺害されたことを強く推認させる事情である。

この点,弁護人は,警察官による本件自動車の鍵やマッチ箱の捜索範囲が狭く不十分であり,Fが鍵やマッチ箱を捨て,その後無くなった可能性がある旨主張する。しかし,本件駐車場に到着した後,本件自動車が移動した形跡がない上,自殺しようとする者が長時間にわたって鍵やマッチ箱を捨てるために歩き回るとは考え難く,警察官の捜索範囲は十分といえ,弁護人の主張は採用できない。また,弁護人は,Fが自殺したことを前提として,被告人方に持参した手みやげ等が入っていた紙袋を捨てた際に,その中に鍵やマッチ箱が入っており,誤って捨てた可能性がある旨主張するが,抽象的可能性といってもよいレベルのものである上,前記捜索では紙袋も発見されていないことに照らし,弁護人の主張は採用できない。

(2) Fが睡眠薬を入手服用した形跡がなかったこと

ア 関係証拠によれば,本件自動車内には,遺体発見時に,睡眠薬の空パッケージは存在しなかったこと,その後の捜査によっても,Fの自宅から睡眠薬は発見されなかったこと,また,Fは,平成15年8月6日にハルシオン1錠を処方された以外に,保険外診療も含めて病院から睡眠薬の処方を受けたことがなく,インターネットウェブサイトを通じて睡眠薬を入手した形跡もなかったことが認められる。

イ Fの遺体から睡眠薬成分が検出された(前記1(1)ウ)にもかかわらず,Fがあらかじめ睡眠薬を入手した形跡がなく,本件自動車内で自ら睡眠薬を服用した形跡もないのであるから,何者かに睡眠薬を飲まされた可能性が高い。そのため,Fが睡眠薬を自ら入手服用した形跡がなかったことも,Fが何者かに殺害されたことを相応に推認させる事情である。

この点,弁護人は,保険外診療やインターネットウェブサイトを通じた入手について捜査が不十分であるし,Fは夜勤があるために昼夜逆転した生活をしており,睡眠薬を必要としていた事情もあるなどと主張するが,保険外診療やインターネットウェブサイトを通じた入手の可能性は抽象的可能性を指摘するものにすぎない上,Fの自宅から睡眠薬が発見されていないことから,日常的に服用していた可能性は乏しいといえ,弁護人の主張は採用できない。

(3) Fの両手に炭粉が付着していなかったこと

ア 関係証拠によれば,練炭や着火剤を素手で触ると,炭粉が付着して触れた部分が黒く汚れるところ,Fの遺体の両手のいずれにも炭粉は付着していなかったこと,また,本件自動車内には,遺体発見時に,炭粉の付着を防ぐことができる手袋等はなかった上,シートやFの着衣,ハンカチ等に,手に付着した炭粉を拭った形跡はなかったことが認められる。

イ 以上の事実によれば,Fが自ら練炭や着火剤を置いたのではなく,何者かが練炭や着火剤を並べて置いた可能性が高い。そのため,Fの遺体の両手に炭粉が付着していなかったことも,Fが何者かに殺害されたことを相応に推認させる事情である。

この点,弁護人は,Fが車外で手を洗った可能性があると主張するも,これから自殺をする者の行動としては不自然であって,採用できない。

(4) 以上のとおり,本件自動車の鍵及びマッチ箱がなかったこと,Fが睡眠薬を自ら入手服用した形跡がなかったこと,Fの両手に炭粉が付着していなかったことだけからも,Fの死に何者かが関与し,Fが何者かに殺害された可能性は高いといえる。しかし,最終的な判断を下すためには,Fに自殺の動機があったかの点も検討する必要があり,この点は被告人が犯人であるかの検討と不可分であるため,以下,犯人と被告人の同一性と併せて検討する。

3  犯人と被告人の同一性

(1) 被告人がFの死亡時刻と接着した時間に本件駐車場を立ち去ったこと

ア 関係証拠によれば,平成21年8月7日の午後に行われた司法解剖の結果,Fは2日前後の死後経過と判断されたこと,また,Fの遺体につき,血中一酸化炭素ヘモグロビン飽和度は81パーセントであったところ,死亡するまでの時間は約45分と推定できることが認められる。これに加えて,Fは,同月5日午後7時30分頃被告人方を訪れていることや翌6日午前7時過ぎには遺体が発見されていることを併せ鑑みれば,Fは同月5日夜から翌6日の未明にかけて死亡したと認められる。

イ 他方,関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

被告人は,平成21年7月13日頃に本件サイトを通じてFと知り合い,結婚を前提とするという名目で交際を進めていた。Fは,レンタカー会社から2泊3日で本件自動車を借り受け,同年8月5日午後7時30分頃,当時の被告人方である東京都板橋区所在の甲1マンションを訪れた。

被告人は,Fと共に,被告人方において食事をした後,本件自動車に乗って,本件駐車場に赴いたが,同日午後10時18分頃,1人で,本件駐車場から徒歩5分の位置からタクシーに乗車して帰宅した。

ウ Fが何者かに殺害されたとすると,犯人は同月5日夜から翌6日未明にかけてFに接触した者であるところ,被告人はFの遺体が発見された本件駐車場に,Fの死亡時刻と接着した時間帯である同月5日の午後10時過ぎまでFと共にいたことに加え,Fは10錠以上という多量の睡眠薬を服用していたことや殺害の手段が練炭であることから,通り魔のような第三者がFを殺害したとは考えにくいこと,本件駐車場がFの自宅や職場から離れた場所であることから,Fに恨み等がある者がFを殺害したとも考えにくいことをも併せ考えると,Fが死亡した時間帯には最大で9時間の幅があることを踏まえても,被告人がFの死亡時刻と接着した午後10時過ぎに本件駐車場を立ち去ったことは,犯人と被告人を極めて強く結びつける事情といえ,これだけでも犯人は被告人にほぼ絞り込まれる。

(2) 本件自動車から発見された練炭コンロ等とメーカーの一致する練炭コンロ等を被告人が所持していたこと

ア 関係証拠によれば,本件自動車内から発見された練炭コンロ1個は,s社が輸入販売しているものであり,練炭8個はt社製であること,他方,被告人は,平成21年7月3日に,u社にt社製の練炭8個及びs社の練炭コンロ1個を注文し,同月8日にこれらを受領したこと,同年8月5日午後3時4分頃,被告人方付近の戊3スーパーマーケットにおいて,着火剤24個を購入したことが認められる。

イ Fが何者かに殺害されたとすると,犯人は犯行に使用された練炭や練炭コンロを準備できた者であるところ,練炭コンロや練炭の製造メーカーが複数存在する中で,被告人が,同月5日夜の時点で,本件自動車内から発見された練炭コンロ及び練炭と,メーカー及び個数において一致する練炭コンロ及び練炭に加え,本件自動車内から発見された着火剤と個数において一致する着火剤を所持していたことなどが,単なる偶然とは考えにくく,練炭や練炭コンロの国内流通量を踏まえても,被告人が犯人であることを一定程度推認させる。

(3) Fの遺体から検出された睡眠薬を被告人が所持していたこと

ア 関係証拠によれば,Fの遺体から検出された3種類の睡眠薬成分は,マイスリー,ハルシオン及びレンドルミンに含まれるものであること,他方,被告人は,同年8月5日の時点で,マイスリー合計70錠,ハルシオン合計217錠,レンドルミン合計477錠の処方を受けていたことが認められる。

イ Fを殺害した犯人は,殺害に用いた3種類の睡眠薬を準備できた者であるところ,被告人は,同月5日夜の時点で,Fの遺体から検出された睡眠薬成分を含有する睡眠薬を十分に所持していた上,Fと食事を共にしており,睡眠薬を服用させる機会があった。このことは,単独では極めて弱い推認力しかないとはいえ,被告人が犯人であることを推認させる事情である。

(4) 被告人にはF殺害の動機がある反面,Fには自殺の動機がないこと

ア 被告人が平成21年6月末当時,金銭的に困窮していたこと

関係証拠によれば,平成21年6月末当時,被告人に定収入はなく,同人が管理している預金口座の合計額とクレジットカード等の借金を差し引き計算すると,約60万円の赤字であったこと,また,同年6月10日請求分のクレジットカード利用額は約30万円であり,翌7月10日請求分は約40万円であったが,いずれも後からリボ払いに変更して,支払を先送りしたこと,さらに,被告人は,同年6月25日,バッグやブレスレットなどの高級ブランド品5点を合計25万円で売却し,同年7月5日には,婚約指輪の代わりにプレゼントされたブレスレットをインターネットオークションサイトを介して30万円で売却したことが認められる。

以上の客観的な金銭の動きからは,被告人は平成21年6月末頃,経済的に困窮していたと認められる。

イ Fとの交際は結婚目的ではなかったこと

(ア) 関係証拠によれば,被告人は,平成21年7月13日頃から,本件サイトで知り合ったFに対して,現在製菓と製パンの学生で,真剣に結婚相手を探していると伝えたこと,また,同月15日に初めて会って以降も,Fとの間で,宿泊を伴うデートの約束や,被告人の家族にFを紹介したいこと,生涯の伴侶として真剣に考えていること,二人の間の子どものこと,性交渉で妊娠したら結婚する覚悟があることなどを伝え,Fと肉体関係を持つなどしたこと,Fは,被告人が自分と結婚をしてくれるものと信じ,実母に「結婚式場はどこがいいかな」などと話したり,同月下旬には被告人と二人で住む新居を探したりするなどしていたことが認められる。

(イ) 他方,関係証拠によれば,被告人は,同年7月6日から単身居住用の部屋を探していたところ,Fと交際を始めても,甲3マンションの入居申込手続を中止することなく,同月23日に同部屋の入居審査が否決されても,すぐに次の甲2マンションの内見を希望し,同年8月4日には単身居住用として正式に賃貸借契約を締結したこと,この間も,Fと新居を見に行く約束をしたり,新居のことでよいニュースがあると伝えたりするなど,自らもFと二人で住む新居を探しているよう装っていたことが認められる(被告人は,自分が探していたのは料理教室用の部屋であり,Fと結婚して二人で住む新居を並行して探していても矛盾しない旨供述するが,被告人とFのメールの文面からはそのような趣旨は到底読み取ることはできず,信用できない。)。

しかも,関係証拠によれば,被告人は,Fと交際を始めても,同年7月18日から21日にかけて,従前から交際しているOと共に福島県の裏磐梯に宿泊旅行をし,同月21日にはさらに同年8月9日から11日にかけて同じく裏磐梯への宿泊旅行を予約するなどしており,Oとの関係を清算する動きはなかった。

さらに,関係証拠によれば,被告人は,自らの家族に対して,Fを話題に出したことさえなく,Fに対して,同年8月5日に家族を紹介すると嘘をついたことが認められる(被告人は,当初は家族に紹介するつもりであったが,同月3日にFと電話した際に取りやめになった旨弁解するが,Fは,同月5日,自身のブログに相手の家族と会う旨記載しており,当日に至っても被告人の家族と会う心積もりでいたことが認められるため,被告人の弁解は信用できない。)。

(ウ) このように,Fは被告人が自分と結婚してくれると信じる一方で,被告人は,単身居住用のマンションを探したり,Oとの肉体関係を伴う親密な交際を継続したり,Fを被告人の家族に紹介すると嘘をついたりしており,結婚について普通の価値観を持つFとの結婚を目前にして,これを目的としている者としては明らかに不合理な行動をとっている。しかも,被告人は,これらの事実がFに発覚すれば,結婚に至ることは極めて難しいことは十分認識していたと認められる。そうすると,被告人がFとの結婚を真剣に考え,結婚に至ることを目標に交際していたとは到底認められない。

ウ Fから現金約470万円をだまし取ったこと

(ア) 関係証拠によると,以下の事実が認められる。

① 被告人は,Fと知り合った当初から,同人の支援を得やすいように,介護のアルバイトをしていると虚偽を述べ,被告人の通う料理学校である料理学校fの受講料を立て替えてほしい旨伝えていた。

② Fは,平成21年7月24日午後2時27分頃,w銀行乙4支店において,現金470万円を引き出し,同日午後5時19分頃,「お金は用意できました。」という内容のメールを被告人に送信した。

被告人は,同日午後6時頃,e駅構内でFと会った後,同日午後8時47分頃,「先ほど代官山に到着しぎりぎりで間に合いました。5日に手続き書類お見せしますね。とても感謝しています。」という虚偽の内容のメールをFに送信した。なお,平成21年7月下旬から9月にかけて,被告人が料理学校fに受講料を支払った事実はなかった。

③ 被告人は,同年7月25日午前10時1分頃,Oに対して,同日午前7時15分頃に撮影した現金400万円(帯封付きで4束)の写真をメールに添付して送信した。

また,被告人の各口座には,同年7月25日,合計250万円が現金で入金され,これらの現金は後日甲2マンションへの転居費用等に費消された。また,同日,c銀行の当座預金口座の借越に対して50万円が,クレジットカードの借入に対して合計86万円が,それぞれ現金入金されて返済された。また,翌26日,Oへのプレゼント代として約6万円が現金で支払われた。さらに,同年8月6日には,ゆうちょ銀行の口座に38万円が現金入金され,クレジットカードの支払に充てられた。

(イ) 以上のとおり,平成21年7月24日当日の被告人とFのやり取りからは,Fが被告人のために受講料名目で約470万円を準備したことは明らかである。そして,翌25日にOに送ったメールの内容や,前記(ア)③のとおりの金銭の動きからは,同日及び翌26日当時,被告人が合計約390万円を現金で持っていたことも明らかである。加えて,同月24日に被告人はFとe駅構内で会っていることも併せ考えると,被告人がFから現金約470万円の交付を受けたことが優に認められる。この点,被告人は,写真に写っている現金400万円は,Cから同年1月30日の別れ話の際に渡されたものであると弁解する。しかし,一番上に写っている紙幣は,同月16日に製造工場から日本銀行に送られたものであって,Cの預金口座から同日以降にそれに見合った金額の出金が,帯封の付く態様でなされた形跡が見当たらないことなどの客観的事実に明らかに反し,前記被告人の弁解は信用できない。

また,被告人がFとの結婚を真剣に考え,結婚に至ることを目標に交際していたとは到底認められないことは前記イのとおりである上,被告人がFから受講料名目で現金を受け取った後に,料理学校fに受講料を支払った事実はなく,転居費用やクレジットカードの支払等に費消されたのであるから,被告人がFに対して,結婚する意思があるように装って,かつ,転居費用やクレジットカードの支払等に費消する目的を秘して,現金約470万円をだまし取ったことも優に認められる。

エ 被告人にはF殺害の動機があったかについての結論

以上検討してきたとおり,Fとの交際は結婚目的ではなかったところ,被告人が金銭的に困窮していたこと及びFとの交際開始後に現に現金約470万円をだまし取っていることから,Fとの交際は金目的であったと認められる。そして,被告人が結婚してくれると信じているFが,被告人の真意を知った際に,Fから追及されることや現金約470万円の返済を求められることから逃れるために,Fを殺害しようと考えたとしても何ら不思議ではない。殊に,平成21年8月5日に結婚を前提に妹に会わせることになっていた点については,何らかの対応が差し迫って必要であった。被告人にはFを殺害する動機があったといえる。このことは,被告人が犯人であることを肯定する方向の事情といえる。

オ Fには自殺をする動機がないこと

(ア) 関係証拠によれば,Fは,困難には前向きに立ち向かう性格であると周囲の多くが認めていた上,プラモデルの趣味や駐車場メンテナンスの仕事も充実していたこと,同年8月5日午前11時27分頃,自身のブログに,相手の家族と会う,今夜から2泊3日の婚前旅行に行くなどと記載し,家族に渡す手土産も準備しており,当日に至っても,被告人との結婚を信じ,順調に交際が進んでいることを疑ってはいなかったと認められる。

(イ) 被告人は,同月3日午後4時25分から,電話でFに対して結婚についてもう少し落ち着いて考えたい,同月5日に妹に会わせる約束や宿泊デートの件は取りやめにすると伝え,さらに,同月5日にFに別れ話をしたため,Fは自殺をしたのだと思う旨供述する。

しかし,かかる被告人の供述は,前記のとおりのFのブログの記載内容という動かし難い事実と矛盾する。しかも,同月3日午後6時13分という,前記電話からそれほど時間が経っていない時点に,被告人は,Fに対して,「これからの人生が幸せなものとなりますように,力を合わせて頑張っていきましょうね。」「幸せの流れに乗っていきましょう。」等と記載したメールを送信している。このメールは,文面上,結婚の話が依然として順調に進んでいるとしか読めない内容であるから,前記被告人の供述は,被告人自身のメール内容とも明らかに矛盾する。よって,被告人の供述は,到底信用できない。

(ウ) したがって,従来の前向きな性格や充実した生活に照らせば,Fが自殺する動機はなかったと認められる。

4  総合的検討

(1) 以上のとおり,本件自動車の鍵及びマッチ箱がなかったこと,Fが睡眠薬を自ら入手服用した形跡がなかったこと,Fの両手に炭粉が付着していなかったことに加え,Fには自殺の動機がなかったこと,自殺の動機がない以上,被告人の思い出に繋がる物に紛れて本件自動車の鍵やマッチ箱が捨てられた可能性も前提が失われることをも併せ考慮すると,Fは何者かに殺害されたと優に認定できる。このことは,本件駐車場が殺害場所として不自然であるとの弁護人の主張を踏まえても揺るがない。

そして,睡眠薬成分を服用させた上,Fの自宅や職場から離れた本件駐車場において,練炭コンロ1個及び練炭8個を持ち込んでFを殺害したという態様からは,犯人はFと面識があって当該場所まで一緒に行った者以外考えられない。そして,被告人は,現に本件駐車場までFと一緒に行き,Fの死亡時刻と接着した時間に本件駐車場を立ち去っており,この事情だけでも犯人は被告人にほぼ絞り込まれる。しかも,あらかじめ同種の練炭コンロ等や睡眠薬を入手しており,これらを実際に用いる機会もあったこと,さらに,被告人にはFを殺害する動機があったことをも併せ考慮すると,Fを殺害した者は被告人以外にいないというべきである。そして,被告人は,Fは別れ話が原因で自殺したなどと到底信用できない弁解をしており,練炭自殺を装ったことも認められる。

したがって,被告人が,Fに対し,練炭自殺を装って,3種類の睡眠薬を10錠以上服用させた上,練炭を燃焼させ,急性一酸化炭素中毒によって殺害したと優に認定できる。

(2) また,前記3イのとおり,被告人が,Fとの結婚を真剣に考え,結婚に至ることを目標に交際していたとは認められない。そして,前記3ウのとおり,被告人が,Fから現金約470万円の交付を受けた事実も優に認められる。

5  結論

よって,被告人には,判示第8及び第7のとおり,Fに対する殺人罪及び詐欺罪が成立する。

第5詐欺及び詐欺未遂事件について(争点④,争点⑥)

1  Oとの交際状況

関係証拠によれば,被告人は,平成一五,六年頃からOと交際を始め,年に六,七回,福島の裏磐梯に宿泊を伴う旅行に行くなど,肉体関係を含めて親密な交際をしていたこと,被告人は,Oに対し金銭的援助を求めたことは一度もなく,Wという偽名を名乗るなどしていたものの,Oとの交際の事実については家族に告げるなどしていたことが認められる。

2  A,Bと結婚する意思があったか

(1) 関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

ア 被告人は,平成20年8月24日頃,本件サイトを通じてAと知り合い,交際を深める中,身分を大学院生と偽って,学費又は寄付金の名目で合計130万円を受領した。

イ 被告人は,同日頃,本件サイトを通じてBと知り合い,交際を深める中,身分を大学院生と偽ると共に,Bと結婚するため静岡県に就職先を探しており,面接や研究室訪問などの準備を進めているなどと偽って,学費又は就職活動費用等の名目で合計189万9000円を受領した。

ウ 同じ頃,被告人は,Cとの交際も継続し,宿泊を共にするなどしていただけではなく,金銭的援助も受けていた。また,売春行為も継続していた。

(2) 以上の事実を前提とすると,被告人は,Oとの肉体関係を伴う親密な交際や売春行為を続ける一方で,Cとも交際を続けて多額の金銭的援助を受けるなど,結婚について普通の価値観を持った男性との結婚を具体的かつ真剣に考えている者としては明らかに不合理な行動をとっている。また,静岡県に就職すると偽ったこと自体,Bと結婚する意思がないことの現れといえる。しかも,被告人は,これらの事実がAやBに発覚すれば,結婚に至ることは極めて難しいことは十分認識していたと認められる。そうすると,被告人がA及びBとの結婚を真剣に考え,結婚に至ることを目標に交際していたとは到底認められない。

この点,弁護人は,被告人にとってOは結婚相手ではないこと,よりよい結婚相手を探すために複数の男性と同時に交際することはありうることから,Oや他の複数の男性との交際はAやBと結婚する意思がなかったことを意味しない旨主張する。しかし,被告人は,Oとは結婚する意思がなかったとはいえ,容易には清算し難い感情,結びつきを維持し続けていたのであるから,結婚について普通の価値観を持つ男性にとっては,結婚はもとより,結婚を前提とした交際でも大きな障害となるのは明らかであって,このことは被告人自身も十分に認識していたと認められる。そうである以上,Oとの関係を従前どおり維持したまま別の男性と交際を開始することは,同男性と真剣に結婚する意思などなかったことの現れといえる。確かによりよい結婚相手を探すために複数の男性と同時に交際することはありうるものの,被告人は単に交際するにとどまらず,並行して肉体関係を持ったり,多額の金銭的援助を受けたりしている。このような被告人の行動は,ただ1人の結婚相手を真剣に探しているものとは到底見られない。よって,弁護人の主張は採用できない。

3  E,G及びHと結婚する意思があったか

(1)ア 関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 被告人は,平成21年7月13日頃,本件サイトを通じてEと知り合った。被告人は,早々に料理学校の受講料名目で金銭的援助を求め,同月22日に2人で会う話を進めていたが,同月16日,Eから援助は難しい旨伝えられると,翌17日,Eに別れを告げ,以後連絡を取ることはなかった。

(イ) 被告人は,この頃,前記第4のとおり,Fとの交際も継続し,肉体関係を持つに至り,結婚する意思があるように装って,かつ,転居費用やクレジットカードの支払等に費消する目的を秘して,Fから現金約470万円をだまし取った。

イ 証人Gの供述によれば,被告人は,同年8月17日頃,本件サイトを通じてGと知り合い,料理学校の受講料名目で金銭的援助を求め,同月31日,池袋で初めて会ったが,Gから出会って間もないため援助はできない旨伝えられると,急に不機嫌になり,帰宅後Gに別れを告げたことが認められる。なお,弁護人は,被告人は,池袋でGに会ったときに,料理学校の受講料名目で金銭的援助を求めていない旨主張し,被告人もそれに沿う供述をする。しかし,被告人から金銭的援助を求められた旨の証人Gの供述は,教育ローンの保証人になることを代案として話したことなど,迫真性のある具体的な供述内容となっており,Gが殊更記憶にない虚偽を供述しているとはみられず,信用することができる。

ウ 関係証拠によれば,被告人は,同月30日頃,本件サイトを通じてHと知り合い,料理学校の受講料名目で金銭的援助を求めたこと,同年9月1日,池袋のラブホテルで肉体関係を持つに至ったこと,しかし,同月4日,Hから両親の反対にあって援助はできない旨伝えられると,すぐにHに別れを告げ,以後連絡を取ることはなかったことが認められる。

(2) 以上の事実を前提とすると,被告人は,Oとの肉体関係を伴う親密な交際を続ける一方で,FやHなど複数の男性と肉体関係を伴う交際を繰り返すなどしており,結婚について普通の価値観を持つ男性との結婚を具体的かつ真剣に考えている者としては明らかに不合理な行動をとっている。しかも,被告人は,これらの事実がEやG,Hに発覚すれば,結婚に至ることは極めて難しいことは十分認識していたと認められる。また,E,G及びHとは,いずれも5日から約2週間という非常に短期間の内に,金銭的援助が見込めないとなると被告人の方から即座に交際を終了させている。このこと自体からも,被告人には,当初から結婚する意思がなかったとうかがえる。そうすると,前記2と同様に弁護人の主張を考慮しても,被告人がE,G及びHとの結婚を真剣に考え,結婚に至ることを目標に交際していたとは到底認められない。

そして,前記第4のとおり,被告人が平成21年6月末の時点で経済的に困窮していたと認められ,毎月のクレジットカードの代金決済等に窮していた。また,Eと知り合った当時,被告人は,単身で居住するマンションを探しており,入居手続を進めていた上,その後にFからだまし取った約470万円の多くは現にマンションの転居費用に充てられ,その余も同年8月上旬頃までには費消し尽くされていた。これらの点からすると,E,G及びHに対して金銭的援助を求めた目的は,クレジットカード代金の決済等であると認められ,さらに,Eに対しては,前記マンションの転居費用に費消する目的もあったと認められる。

4  結論

よって,被告人がA,B,E,G及びHと結婚する意思はいずれもなかったと認められ,判示第1,第2,第6,第9及び第10のとおり,A及びBに対する各詐欺罪並びにE,G及びHに対する各詐欺未遂罪がそれぞれ成立する。

第6窃盗事件について(争点⑦)

1  B証言の内容及び信用性

(1) 証人Bは,大要以下のとおり供述する。

平成21年1月10日,Bは,1万円札5枚等を財布に入れ,午後9時前頃,ホテルdで被告人と待ち合わせた。レストランで食事をした後,被告人と共に同ホテルの客室に入った。Bは,すぐに着替え,着ていたジャケットやズボンはハンガーに掛けた。ジャケット右側外ポケットには勤務先のIDカードを入れ,財布はジャケットかズボンのポケットに入れていた。それから,被告人と話をしていたが,午後11時頃から翌朝までの記憶が全くない。翌11日午前10時頃目が覚めた際,前記IDカードがジャケット左側外ポケットに入っており,財布から1万円札5枚だけがなくなっており,被告人は同客室から既に立ち去っていた。同月12日,Bが被告人と会って話をしたところ,被告人は,Bとその両親しか知らないはずの地元の福祉協議会の結婚相談所への登録の事実について知っていた。同結婚相談所の会員証は財布の中に入っていた。

(2) B証言は,被害直後の同月11日午後0時58分に被告人へ送ったメールの内容及びBが備忘録として自らに送信したメールの内容とも客観的に符合している。また,同ホテルの支払にB自身が1万円札5枚を使用していない点は,クレジットカードで支払われた旨の同ホテルの利用明細によって客観的に裏付けられており,IDカードが移動していたとの点は,出勤時の日常の習慣に基づくもので記憶違いも考え難い。加えて,Bの証言態度は真摯であって,これらの点について殊更虚偽を述べる理由も見当たらないため,B証言は,信用できる。

2  検討

以上を前提に検討すると,IDカードが入っていたポケットの位置が逆になっていることから,何者かがBのジャケットからIDカードを取り出したと認められ,現金5万円がなくなっていることを併せ考えれば,これは物色の形跡と認められる。また,ホテルの部屋は密室であって,被告人以外に財布から現金5万円を抜き取ることができる第三者は存在しない。また,被告人が福祉協議会の結婚相談所について知っているということは,Bの財布の中身を見たことの現れである。そうすると,被告人がBの財布から現金5万円を窃取したと優に認められる。

この点,被告人は,当公判廷においてはホテルでの詳細は語らないものの,直後のB宛てのメールにおいて,些細なことからBの態度が豹変し,現金5万円を被告人に叩きつけた旨記載している。しかし,特に短気な性格でもないBが,被告人が前記メールに記載したような経緯で突然態度を豹変させたというのは唐突な話であるし,被告人は,恐怖を感じるほどの出来事でかなりショックを受けて帰宅したとする一方で,それからさほど時間が経たないうちに,Bと一緒に行ったホテルdのレストラン等に関する記事を本件ブログに掲載するなどしており,被告人とBとの間で,被告人が前記メールによって記載したような内容のやり取りがあったとは考え難い。また,結婚相談所の点について,弁護人は,Bと被告人との間で以前から話が出ていたために被告人が知っていた旨主張するが,それがBの地元の福祉協議会が運営するものであることについては,被告人が知る機会はそれまでなかったのであり,財布の中身を見たために知ったとしか考えられない。したがって,これらの検討を踏まえても,前記認定は揺るがない。

3  結論

よって,被告人がBの財布から現金5万円を窃取したと優に認められ,被告人がBに対して睡眠薬を飲ませたかどうかを判断するまでもなく,被告人には,判示第3のとおり,Bに対する窃盗罪が成立する。

第7結論

以上の検討結果のとおり,被告人に対しては,判示のとおりの各罪が成立する。

(法令の適用)

罰条  判示第1,第2及び第7の各所為につき

いずれも刑法246条1項

判示第3の所為につき

刑法235条

判示第4,第5及び第8の各所為につき

いずれも刑法199条

判示第6,第9及び第10の各所為につき

いずれも刑法250条,246条1項

刑種の選択  各所定刑中判示第3の罪については懲役刑を,判示第4,第5及び第8の各罪についてはいずれも死刑をそれぞれ選択

併合罪の処理  刑法45条前段,46条1項本文,10条(犯情の最も重い判示第8の罪について死刑に処し,他の刑を科さない。)

訴訟費用の不負担  刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)

1  本件において量刑上最も重視すべき事情は,本件サイトで知り合った男性から真剣な交際を装って多額の金銭を受領するなどした末,返済等を免れるために被害者を殺害したという極めて重大かつ非道な犯罪を3度も繰り返し,何ら落ち度のない3名もの尊い命を奪ったことである。

(1)  判示第4,第5及び第8の各犯行によりC,D及びFという実直な3名の尊い生命が奪われ,結果は深刻かつ甚大である。各被害者は,結婚相手又は交際相手として被告人を信頼したまま,予想だにしない形で理不尽にも生命を奪われたのであって,その無念さも計り知れない。また,各被害者とともに平穏な生活を送っていた遺族らの悲しみや喪失感は大きく,厳しい処罰感情は至極当然である。

(2)  各犯行の態様は計画的で冷酷かつ悪質である。すなわち,いずれの犯行もあらかじめ練炭コンロや練炭を準備しており,計画性が高い。また,各被害者を睡眠状態又は同様の無抵抗状態にさせた上で,練炭を燃焼させるという方法は,被害者を抵抗できなくさせて確実に犯行を遂げ,自らは被害者が死亡する前に現場から立ち去って犯跡を隠蔽することを可能にするもので,強い殺害意欲や巧妙さすらうかがえ,冷酷かつ悪質である。

(3)  被告人は,働かずに贅沢で虚飾に満ちた生活を維持するために本件サイトで知り合った各被害者から多額の金を受け取るなどした末に,その返済等を免れるため各犯行に及んだもので,余りにも身勝手で利欲的な犯行動機に酌量の余地など皆無である。また,何ら落ち度もない各被害者の純粋な思いを踏みにじった経緯も強い非難を免れない。

(4)  加えて,被告人は,このような極めて重大かつ非道な殺人を約6か月というさほど長くない期間内に3度も繰り返しており,生命というかけがえのない価値を軽んじる態度は顕著である。また,平成15年の詐欺罪による懲役刑前科1犯がありながら,本件では,殺人3件のほか詐欺,同未遂及び窃盗の犯行7件を重ねており,被告人は規範意識を放棄したとさえいえる。

2  以上に加え,被告人は,当公判廷において独自の価値観を前提に不合理な弁解に終始するばかりか,各被害者を貶める発言を繰り返すなど,真摯な反省や改悛の情は一切うかがえないことをも併せ考慮すると,被告人の刑事責任は誠に重大である。したがって,死刑が人間存在の根源である生命そのものを永遠に奪い去る冷厳な極刑であり,誠にやむを得ない場合における刑罰であるとしても,被告人に対しては,死刑をもって臨むほかない。

(求刑 死刑)

(裁判長裁判官 大熊一之 裁判官 小坂茂之 裁判官 津島享子)

別表省略

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