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さいたま地方裁判所 平成21年(わ)1848号 判決 2010年5月19日

主文

被告人を懲役8年に処する。

未決勾留日数中100日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,自転車に乗って通行中のA(当時19歳)に強いてわいせつな行為をしようと企て,平成21年10月1日午後10時35分ころ,埼玉県a市b区cd丁目e番f号南側路上において,同人の左腕をつかんで引っ張り,同人を自転車から降ろし,手で同人のショーツをスカートごと引き下ろし,さらに同人を仰向けに押し倒すなどの暴行を加え,その膣内に手指を挿入するなどし,もって強いてわいせつな行為をし,その際,同人に全治約8日間を要する右肘挫傷等の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(省略)

なお,被告人は,「自分としては,指を入れようと思っていたが入れることができなかった,被害者の膣内に指を挿入した認識はなかった」旨述べるが,「膣内に指を挿入された」旨の被害者供述には,その信用性に疑問を差し挟むような事情は一切認められず,また,被告人自身も前記のように述べる一方で,「被害者が膣内に指を挿入されたと述べるならそうかもしれない」旨述べていることなどからすれば,被告人が被害者の膣内に指を挿入したことは優に認められる。

(累犯前科)(省略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法181条1項(176条前段)に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,前記の前科があるので同法56条1項,57条により同法14条2項の制限内で再犯の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役8年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中100日をその刑に算入し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

1  不利な事情

(1)  経緯,動機・目的

被告人は,犯行当日,原動機付自転車を運転して勤務先に向かう途中,たまたま,自転車で走行中の被害者を認め,痴漢行為の対象と定め,被害者の嫌がる反応による快感を味わいたいなどという自己の特異な性的嗜好に基づく欲求を満たすため,直ちに同女の後をつけて本件犯行に及んだものであって,その経緯及び動機・目的は短絡的かつ自己中心的であって酌量の余地は全くない。

(2)  行為態様

被告人は,夜間,人通りの少ない路上において,自転車に乗った被害者の右横から原動機付自転車で追い抜きざまに被害者の右乳房を左手で鷲掴みにして揉んだ。そして,逃げようとする被害者に対し,その自転車の前かごを掴んでこれを止めさせ,右手で被害者の左腕を掴んで引っ張り,被害者を自転車から降ろし,右手を被害者のスカート内に差し入れて陰部を触り,ショーツをスカートごと太ももの上辺りまで引き下ろした。被告人は,前屈みになってしゃがみ込むようになった被害者を仰向けにコンクリートで舗装された路上に押し倒し,右手で被害者の首を押さえ付けながら,両足を閉じて抵抗している被害者の陰部を左手で触り,その手指を膣内にこじるようにして挿入した。

このような犯行態様は,手慣れた執拗なものであり,また,幸い全治期間としては比較的軽微な傷害で済んだとはいえ,より大きな傷害結果をも生ぜしめかねない粗暴かつ危険な行為であって,悪質である。

(3)  結果

被害者は,被告人の暴行によって,全治約8日間を要する右肘挫傷,右第5指切傷の傷害を負ったものであり,全治期間だけを取り上げれば重大なものとはいえないとしても,その部位及び被害者の年齢などを考慮すれば決して軽微なものということはできない。

また,被害者は,夜間,路上を通行中に,見知らぬ男に突然追い抜きざまに襲われ,上記のように危険な暴行を受け,また,乳房を鷲掴みにして揉まれたり,下着を着衣ごと引き下ろされて仰向けに倒されて,手指を膣内に挿入されるなどの執拗なわいせつ行為を受け,「レイプされて殺されてしまうと考え,本当に恐ろしい思いをした」旨述べているなどその恐怖・屈辱感・絶望感が大きかったことは明らかである。事件後も,初対面の男性に恐怖心を抱いたり,バイクのエンジン音に過敏になってしまうなど大きな精神的苦痛を負っている。被告人からは謝罪文が検察官を通じて送付されているが,被害弁償などの措置は何ら果たされておらず,被害者が「できる限り長い間刑務所に入ってもらいたい」旨述べて厳重処罰を求めているのも当然である。

本件結果は大きい。

(4)  その他

被告人には,上記の累犯前科を含め,平成9年以降,やはり強制わいせつ罪,同未遂罪といった同種前科が4件あり,いずれも服役している。そして,服役しても出所後約1年程度経過すると同じ態様の犯罪を繰り返し,本件も前刑を終えて社会復帰後約11か月で再び全く同じ態様の犯行に及んでいる。さらに,被告人自身の当公判廷における言葉によっても,それ以外に相当数の同種類似事案があるという。そうすると,本件は被告人の独特の性的嗜好に基づくものであり,その常習性は顕著である。被告人のこの種事案についての規範意識は極めて乏しいと評価せざるをえず,被告人の抱える問題は相当に根深く深刻なものである。しかも後記のとおり,情状証人となった養父がいるとはいえ,適切な監督者がいるとはいえない。

したがって,被告人が今後カウンセリングや治療を受けて更生していく意思を当公判廷において表明していることを考慮しても,現時点においては,被告人の再犯可能性は非常に高いというほかない。

本件のような路上における通り魔的なわいせつ犯罪は,周辺住民らに与える不安が大きく,このような点も軽視することはできない。

2  有利な事情

(1)  被告人の養父の存在

被告人には,以前の本件同種事案で身柄拘束中に知り合って,平成21年5月に養子縁組した養父があり,その養父が,被告人を案じて情状証人として出頭している。ただし,この養子縁組の経緯には理解し難いものがあったり,さらに,これまでの被告人との関わり及び養父の身上関係などからすれば,今後の監督の実効性については疑問があり,かえって,被告人に対して甘えを許す素地がないではない。そうすると,この点を被告人にそれほど有利な事情と考えることはできない。

(2)  被告人の反省や謝罪

被告人は,謝罪文を作成し検察官を通じて被害者に送付したり,反省文を作成したりしている。また,当公判廷においても,「今回は今までとは異なり,被害者を思いやることができた。今後は二度と犯罪を繰り返さない」旨述べるなど謝罪や反省の弁を述べている。こうした言葉に嘘はないと信じたいが,被告人が一部被害者の言い分と整合しない供述をしながらも謝罪文や反省文を作成した経緯が必ずしも明らかではないこと,また,前回の法廷でも同様の反省や謝罪の言葉を述べ,そのことについて,被告人自身,「前回の裁判までは,刑を軽くするために口から出任せのその場限りの言葉を言っていた」旨述べていることなどからすれば,社会復帰後に,当公判廷におけるそうした言葉に基づいた行動を実践していけるかは甚だ心許ない。そうすると,この点も被告人のためにそれほど有利な事情とみることはできない。

(3)  また,弁護人は,被告人が何度も服役したにもかかわらず繰り返し同種の犯行に及んでいることなどからすれば性依存症であり,被告人にとっては長期間の服役よりも治療が必要である旨主張する。しかし,そもそも被告人が性依存症であると証拠上認定することはできない上,裁判所としては,被告人において,まず自らの犯した罪に対する責任としての服役を果たし,その後に,必要があれば医師による診断を受けて適切な治療を受けることを期待するものであって,弁護人の主張を採用することはできない。

3  結論

以上の事情を総合考慮すると,検察官は被告人を懲役7年に,他方,弁護人は前刑同様に懲役3年に処すべきとの意見を述べるが,本件犯情の悪さ及び被告人の再犯可能性の高さなどに照らし,主文の刑を量定するのが相当と判断した。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役7年)

(裁判長裁判官 傳田喜久 裁判官 寺尾亮 裁判官 菱川孝之)

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