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さいたま地方裁判所 平成21年(わ)1925号 判決 2010年6月09日

主文

被告人を懲役4年に処する。

未決勾留日数中130日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,通行人から金品を強取しようと企て,A及びBらと共謀の上,平成21年9月28日午前5時40分ころ,埼玉県a市b町c番地d先路上において,同所を通行中のC(当時38歳)に対し,その顔面をげん骨で殴って路上に転倒させた上,さらに,その顔面及び肩を多数回足で蹴るなどの暴行を加えてその反抗を抑圧し,同人から,同人所有又は管理の現金約1万円及び運転免許証1枚等24点在中の財布1個(時価約2000円相当)を強取し,その際,前記暴行により同人に加療約2週間を要する右肩鎖関節脱臼及び加療約3週間を要する顔面打撲等の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は,刑法60条,240条前段に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,なお犯情を考慮し,同法66条,71条,68条3号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役4年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中130日をその刑に算入することとし,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

1  不利な事情

(1)  動機・目的,経緯について

被告人は,犯行前夜来,同国人のアパートで共犯者らとパーティをしていたが,共犯者らが被告人を残して出かけたためこれを追いかけて行ったところ,e駅付近で共犯者らによる路上強盗を目撃し,犯行当時金に窮していたなどの事情がないにもかかわらず,共犯者らとさらに路上強盗することとし,早朝,未だ薄暗い公道において襲う相手を探して,たまたま通りかかった被害者を対象として選び,本件犯行に及んだものであって,その動機・目的,経緯に酌量の余地はまったくない。

(2)  犯行態様について

被告人らは,被害者を犯行の対象とすると,予て相談したとおり,まず,被告人が,その右手拳で被害者の右目付近を殴って路上に転倒させ,続けて,共犯者らにおいて,被害者の元に駆け寄り,それぞれが被害者の顔面を多数回蹴るなどした。被告人らは,突然被告人の一撃を受け転倒させられ,ほとんど気を失った状態で,全く抵抗できない被害者に対して,一方的に強烈な暴行を,手加減なく,顔面を中心に加えたもので,場合によっては,より重大な結果をもたらしかねない暴行を加えた。被告人らの行為は執拗で危険,悪質である。

被告人は,自らが率先して最初に被害者を殴ることを宣言して,上記のように強烈な暴行を加えて本件犯行の口火を切り,被害者から財布を奪い,また,奪った現金1万円と本件直前に被告人が目撃した共犯者らによる強盗の被害現金2万5000円の合計3万5000円のうち5000円を分け前として得るなど,本件強盗致傷行為の重要部分に主体的に関わったことが認められる。なお,本件犯行に至る経緯などに照らせば,被告人がリーダーなどとして主導的に関わったとまでは評価できないものと判断した。

なお弁護人は,被告人は一度殴った後は暴力をふるっていない,対象者の選別を始めとして共犯者らの指示に従って行動していた旨主張し,これに沿う事実が証拠上認められるものであるが,上記のように主体的な関わり方をしている以上,こうした事情が量刑上,特段,被告人に有利な事情となるわけではないと判断した。

(3)  結果について

被害者は,上記一連の暴行によって,加療約2週間を要する右肩鎖関節脱臼及び加療約3週間を要する顔面打撲等の重傷を負わされた。これらの傷害により被害者は手術を受け,少なくとも1か月経過した時点においても仕事を休まざるを得ない状況にあったことが認められるものであって,トラック運転手という被害者の職業及び職に就いていない両親を抱えている身上関係を考慮すると前記受傷自体重大である。財産的被害は,現金約1万円を含む時価総額約1万2000円であるものの,自動車運転免許証,キャッシュカード等日常生活に欠かせないものが含まれていることからすれば,被害者に与えた不便の度合いは大きく,この被害結果も軽視できない。また,被害者は早朝帰宅途中で見知らぬ集団に襲われ,激しい暴行を受けたのであって,その精神的恐怖も大きく,さらに暗い道を歩くことに恐怖を抱いたり,外国人を恐怖に感じたりするなど犯行後にも大きな精神的苦痛を負っている。

そうすると,本件結果は重大である。

(4)  その他の事情について

被告人は,共犯者らが路上強盗を行っていることを知りつつ交遊しており,このように日ごろの行状においても芳しくない面がある。

本件のような早朝,路上で通行人を無差別に狙った強盗事件は,一般社会に大きな不安を与えるものであるとともに,模倣性も認められるので,一般予防の見地からも許されない。この点を軽視することはできない。

2  有利な事情

(1)  示談の成立及び被害者からの上申書について

ア 被害者との間に他の共犯者らと共に被害弁償金として合計33万円を支払い(うち被告人が5万円)示談が成立している。さらに,被告人の実母が被告人のためにしていた貯金の中から20万円を被害弁償として支払い,被害者から「被告人が罪を認め,フィリピンに帰るなら刑務所に入れることまでは望まない」旨の上申書が提出されている。

イ 検察官は,①被告人が動機などについて曖昧な供述をしていたり,責任逃れをするような態度を示しているなどの事情から「罪を認めた」とはいえない,②被告人が本当にフィリピンに帰国するかは疑わしいから,こうした事情からすれば,被害者の提出した上申書は前提が異なる可能性があり,また現在の被害者の気持ちと合致しているか疑問であって,上記事実を被告人にとってさ程有利な事情として考慮すべきではない旨主張する。

ウ しかし,被告人は捜査段階から現在に至るまで罪自体は認めており(①),また,当公判廷において被告人及び情状証人として出頭した実母が,「もし刑務所に入らなくて済んだなら,直ぐに実母らとフィリピンに帰る」旨述べていたり,被告人の供述によれば,被告人の在留資格は既に失われ,更新申請も許可がおりず,さらに入管当局の職員に対して「刑務所に入らない場合には短期間の準備期間を経てフィリピンに帰る」旨の誓約書を提出していることが窺われるなどの事情からすれば,被告人がフィリピンに帰国する可能性は極めて高い(②)。

そして,上申書作成の前提に関する証拠は上申書しか存在せず(またかかる上申書は検察官が何らの留保もなく同意の意見を述べたことにより取り調べられたものである。),検察官の主張するような上申書についての「異なる前提」を窺わせる証拠は何ら存在しない。また,こうした前提事情や被害者の気持ちが事後的に変化したことを窺わせる証拠も存在しない(検察官としては,もし,これらの主張をするのであれば,証拠採用されるか否か,これらの事実が立証されたとして量刑上考慮されるかどうかは別として,上申書の前提について,あるいは,被害者の現在の気持ちなどについて反証すべきであった。)。

よって,検察官の主張は採用できない。

エ したがって,当裁判所としては,被害者が上記のような上申書を提出していることを被告人にとってそれなりに有利な事情として考えるべきと判断した。

(2)  被告人の謝罪・反省について

被告人は,捜査段階から本件犯行を認め,被害者に対し,謝罪文を作成し,当公判廷においても,未熟ながらも,反省及び更生の弁を述べてはいる。今後はフィリピンに帰国する旨述べている。しかし,被告人において,被害者がどんな状況にあるかについて気にかけたり,弁護人に聞いたりした形跡もみられないなどその反省は不十分と言わざるを得ない。

(3)  被告人の更生に向けた環境について

実母は,被害者に対して5万円の示談金を自ら,さらに,これとは別に20万円の被害弁償金を被告人のためにしていた貯金の中から工面して支払い,当公判廷にも情状証人として出頭し,共にフィリピンに帰国し,今後の更生の支えとなり,監督する旨述べている。

(4)  その他の事情について

被告人は現在24歳と若年であり,自分自身の問題点に正面から向き合って努力すれば,更生を期待することの可能な年齢である。

被告人は,来日以来本件時まで約7年間日本に滞在し,これまで前科がないが,前科なく暮らすのは当然のことであって,これを特段被告人に有利な事情としては考慮しないものと判断した。

3  結論

以上の諸事情を総合考慮し,酌量減軽した上,主文の刑を量定した。なお,弁護人は被告人に対して刑の執行を猶予すべきである旨の意見を述べるが,当裁判所は,本件犯情の悪さに鑑み,刑の執行を猶予すべき事案ではないと判断した。

よって,当裁判所としては,被告人が,被害者の苦しみ,痛みにも思いを致すとともに反省を深め,しっかりと罪を償った後,本人が望むとおり,本国に戻り,大学に通うなど目標に向けて更生することを期待して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 傳田喜久 裁判官 寺尾亮 裁判官 菱川孝之)

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